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シナリオ詳細

<鎖海に刻むヒストリア>魔渦海峡

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 新天地(ネオ・フロンティア)発見の悲願を達するため、そして、死兆に侵された仲間たちを救う為――。
 イレギュラーズとの対決を巧みに避けてきたアルバニアを引っ張り出すため、海洋王国女王イザベラと有力貴族ソルベは動いた。
 密かに外交交渉を重ねた末に、敵国ゼシュテル鉄帝国から大援軍を引き出すことに成功したのだ。
 これにより、海洋王国女王イザベラは、確認と掃海で安全領域を広げるこれまでの手段を放棄。全戦力を一点に固めての大進軍を決意する。
 これで『絶望の青』を食い破るという、後には引けない乾坤一擲の大勝負。
 いまここに、戦いの火ぶたは切って落とされた。


 向かう所敵無しの大艦隊は威風堂々と海を征く。
 果たして、大艦隊を擁して海戦に臨むイレギュラーズたちの前に、『それ』は現れた。
大魔種・冠位嫉妬アルバニア。
 『絶望の青』に押し寄せてくる大艦隊を、苛立ちと共に昏い瞳で見つめる大魔種とその配下のものたちの中に、魔種『トリダクナ』はいた。
 修復され、以前よりも強度が増したオオシャコの盾を手に、トリダクナは眉間に皺を寄せて、やってくる大艦隊に凄む。
「ずかずかと踏み込んでくるとは……まったくもって度し難い人間たち。少しは身の程をわきまえなさい」
 鬱積したいらだちを、受け止めるものはいない。常に傍に控え、主の怒りを受け止めてきた執事のアンドレは、先日、イレギュラーズによって倒されている。その前には、大切にしていたペット(狂王種)を殺されていた。
 唸りを上げて海を揉む荒風が、トリダクナの背で波打つ黒髪を乱す。
『絶望の青』を渡る風は、春の終わりを迎えようとしているいまも、体の芯から凍りつくほど冷たい。
 しかし、トリダクナの体は怒りに熱く燃えていた。
「絶望を冠する海の恐ろしさを、とくと思い知らせてあげるわ」


「鉄帝国戦艦隊が、ウズシオ海峡で手ぐすねを引いて待っていた魔種の大部隊に進路を阻まれ、苦戦中だ。進むことも引くこともできず、このままでは全滅もありうる。至急、助けに行って欲しい」
 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は、イレギュラーズの前に、まだ新しい海図を広げた。
「ウズシオ海峡はここだ」
 『絶望の青』の攻略が進むごとに訂正、更新される海図は、正確とはいいがたい。そこに記載されている気象および地形情報も然り。
 クルールはそう断りを入れたうえで、説明を続ける。
「島と島の間、最狭部の幅が3、6キロ。最深部は約110メートル。ただ狭いだけじゃない。二つの巨大な渦巻きが、激しく乱れた潮流を起こしている」
ただでさえ通過するのが難しい場所に、魔種が多くの魔物を率いて待ち構えていたのだ。
 渦潮の流れは一方的で、海峡に入ったが最後、戻ることは難しい。できないことはないが、魔物たちと戦いながら船首を回すことは至難だ。
 魔物の攻撃をかわせたとしても、左右で渦巻く巨大な渦潮にはまってしまい、沈没してしまうのだ。
「じゃあ、前方で海峡を封鎖している魔種を撃破して通過すればいいじゃないかって、いま思っただろう?」
 魔種の撃破そのものが難しいこととはイレギュラーズなら誰でも理解している。だが、たった一隻ならともかく、艦隊を組んで航行であれば――。
「まず、底で待ち構えている魔種トリダクナの能力で、方向を見失ってしまう。以前、戦ったことがある奴は知っていると思うが、こいつは一定範囲を完全な闇にすることができる」
 闇――暗黒は一種の結界のような物で、トリダクナが解くまで解消されない。
 結界の中で光を発した途端、すぐトリダクナに食われてしまうのだ。つまり、ランタンや松明の類はまったく役に立たない。
 闇の中で同士討ちをしてしまったり、渦潮にはまったりして、帝国の軍船はすでに数を半分以下に減らしているという。
「さらに、件の海域には無数の巨大な栄螺が放たれている。栄螺は船が近づくと、海底の岩を離れて浮上。殻の棘で船側を突いたり、船に張りついて底を歯舌で削り取ったりして沈める」
 真っ暗なのに、なぜ、魔種や魔物の正体が分かったのか。
 集まったイレギュラーズの中からそんな質問が飛び出した。
「いい質問だ。なぜ正体が掴めたのか。鉄帝の軍船からSOSの通信を受けた民間の潜水艦――練達で製造された潜水艦らしい、が、ソナーとかいうやつで解析したらしい」
 いま一つ科学技術に疎いクルール故、詳しい話は省かれた。
 敵についてはこの紙に書きだしてあるから読んでくれ、とあっさり、話を締めくくりにかかる。
「これから出撃して、おそらく帝国の戦艦は2隻か1隻が残るのみだろう。だが、救助に出向く意味は大いにある。一人でも多く助けて欲しい。お前たちの活躍に期待しているぜ」

GMコメント

●依頼条件
・魔種『トリダクナ』の撃破
・魔物『ツルボ』(狂王種)の撃退
・帝国軍船の保護(沈没させなければOK)

●日時
・絶望の青に存在する、島と島との間の海峡
 二つの大渦がまく、大型の軍船が比較的動きにくい手狭な海域です。
 なお、渦は自然現象です。

・嵐、時化
 非常に天候が悪く、常に雷が鳴ったり落ちたりしています。
 魔種を撃破しても天候は回復しません。

●魔種『トリダクナ』
アルバニア下の魔種(主属性嫉妬)です。
長い黒髪に、深い藍色のロングドレスを着た色白の美魔女(目撃者談)。
両手に巨大なオオジャコガイの盾を装備、攻守ともに使います。
以前、イレギュラーズと戦ったときにひび割れましたが、いまは修復され強度が増しています。

【光喰結界】……半径500メートル範囲の光を喰らい、暗黒状態にします。出入りは自由。
【殻盾マーク2】近単/連撃……左右の手に持った巨大なオオジャコガイで殴ります。
【海流の槍】遠単貫……ヘソ穴から高圧縮された水流を飛ばします。
【閃光爆裂】遠列……【光喰結界】で体内に取り込んだ光を一気に放出し、目を潰します。
【海面歩行】……海面を歩くことができます。

●魔物『ツルボ』(狂王種)/複数
栄螺が犬ぐらいの大きさになった魔物です。
海底にどのぐらい潜んでいるのか、正確な数はわかりません。
そのため、完全に退治するのは難しいでしょう。
船の接近を感じて浮上してくる『ツルボ』の他に、『トリダクナ』を護衛する『ウルトラツルボ』が3体います。
『ウルトラツルボ』は『ツルボ』よりも二回りほど大きい(牛ほどの大きさ)だけで、攻撃方法は『ツルボ』と同じです。

【硬棘】近単……固い棘でつき刺します。
【歯舌】近単/流血……鋭くザラザラとした歯舌で皮膚を削ぎます。

●鉄帝国の軍船/2隻
海峡に差し掛かるまでは11隻だった軍戦艦隊ですが、イレギュラーズ到着時には2隻にまで数を減らしています。
フラッグシップで指揮を執る帝国軍人の名は『オルガ・オルデンドルフ』。
鉄騎種の女性で、とても気性が荒く、とにかく負けず嫌いです。
名誉を重んじ、撤退命令を出しませんでした。
魔種の撃破を命じ続けたために、暗闇で同士討ち発生。
魔物の攻撃もありましたが、軍船の大半が沈んだ原因はそれです(本人にいうと激怒します)。
彼女を説得しない限り、撤退させることはできません。
魔手や魔物への攻撃も勝手に行います。

・鉄帝軍船
【側舷砲撃】遠列
【カタパルト】遠単、連……甲板に備えつけた2機の小型カタパルトから鉄弾を投る。

・オルガ・オルデンドルフ
ダイナマイトボディを誇る鉄の女。
肉弾戦が得意。レベルはイレギュラーズの平均ぐらい。

●民間の潜水艦
練達で作られた小型潜水艦です。定員は3名。
【光喰結界】のすぐ外にいます。なぜ、そこにいるのか分かりませんが……。
イレギュラーズが求めれば、敵の数や鉄帝の船の位置など教えてくれます。
攻撃や救助などの手助けはしてくれません。
操縦しているのは、林という練達のビジネスマンです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <鎖海に刻むヒストリア>魔渦海峡完了
  • GM名そうすけ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年05月23日 22時25分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬
郷田 貴道(p3p000401)
喰鋭の拳
ニーニア・リーカー(p3p002058)
辻ポストガール
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
業壊掌
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
シラス(p3p004421)
竜剣
リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)
叡智の娘
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の巫女見習い
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年

リプレイ


 頭の上を重い雲の塊が覆いかぶさっていた。
 時折、空から光る蛇のような稲妻が落ち、混沌の中で逆巻く波と、黒い椀を伏せたような形をした異質なもの照らし出す。
 『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)は、波飛沫を頬にあびながら、上機嫌で言った。
「やあ、あれだね。いつぞや、悪辣なタコをけしかけてくれたお嬢さんの結界は」
 半径五百メートルにもなる闇の結界は、嵐の海で数キロ先から確認できるほど巨大だった。悪天候で光が乏しいにもかかわらず、光の吸収率が高すぎて、そこだけぽっかりと穴が開いたようにも見える。
 セレマは笑顔にちょっぴり棘を含ませた。ふつうなら意地悪く見えるところだが、類まれなる美貌が冷笑に気品を与えている。
「なるほど真っ黒だ。悪辣なタコの飼い主らしく、お嬢さんの腹黒さがよーく表れているね」
 中心にいる魔種トリダクナが鉄帝の軍船を追って動けば、おのずと結界である巨大な黒椀も動くはずだが、離れているためか、イレギュラーズを乗せた海洋船からは揺れが確認できなかった。
 近づけば近づくほど、壁のようになって行く手に立ち塞がってくる。
 揺れなんて確認できなくていいし、確認したくもない。船縁に体を寄りかからせて、『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)が蒼ざめた声をだす。
「うぅ、船酔いで足元がめちゃくちゃぐわんぐわんする……こういう時ばかりは鉄騎の過酷耐性が羨ましいよ、ホント」
 波に合わせて揺れる視線の先に、『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)がいた。
 繰り返し、繰り返し、荒波に叩かれても、鋼鉄の拳士は平然としている。まるで日向ぼっこしているかのようだ。いまにも鼻歌を歌いだしそうな雰囲気すら漂わせている。
 青緑の海が逆立ちになった。
 船首が大きく持ち上げられてかと思うと、次の瞬間には船首から垂直に滑り落ちていく。
 ううっぷ。急いで口に手を当てる。
 イグナートがルフナの体調不良に気づいて、傾く甲板の上を駆け寄ってきた。
「ダイジョウブかい、顔が青いよ? 船酔い……そうか、幻想の森はこんなふうに揺れたりしないもんね。でも、戦いはじめたら気がまぎれて、船酔いなんてスグに治ってしまうさ」
 まあ、それはそうなんだろうけど……。
 大多数の幻想種は繊細なのだ。
 『パンドラの匣を開けし者』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)は、手で濡れた顔をぬぐった。
 全身ずぶ濡れで体が重い。戦う前からこれでは先が思いやられる。しかし――。
(「この暗黒の海。そして主たるトリダクナ……身の程を知らんのはどちらか教えてやらねばな」)
 ラルフの瞳は戦いを前にした高揚に満ちていた。
 大体にして、『廃滅病』による自滅を待つ、大魔種・冠位嫉妬アルバニアの戦略自体が美しくない。
 なにが大魔種だ、と思う。
「讃えるに値しない者を主にする者もまた低俗なり、だ。すべて排除して、絶望の青を希望の青に塗り替えよう」
 そうだね、と横で受けたのは『ラド・バウC級闘士』シラス(p3p004421)だ。病魔に蝕まれ、朽ちつつある体を片手で抱く。
「儀式で持ち直したとはいえ、俺ももう後が無い。いや、俺だけじゃない。多くの仲間たちが死神と向き合っている。この戦い、必ず勝たないとな」
 こうしている間にも、死兆は体に刻まれていく。カウントダウンは止まらない。
 だけどシラスは恐れてはいなかった。今までも、そしてこれからも、イレギュラーズは不可能をひっくり返し、けっして小さくはない奇跡を積み重ねて来たのだから。
「もちろんよ!」
 『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は、全身から炎のごとき怒気を迸らせた。
 荒々しく砕ける波とマストを折らんばかりに吹き荒れる風の音に負けぬよう、声を大きく張りあげる。
「この戦いは、かならず勝利する。トリダクナ? 暗闇とかで私たちをごまかそうだなんて生意気よね。リベンジのつもりみたいだけど、私たちには勝てないってこと、思い知らせてやろうじゃないっ」
 彼の世界では守護者として星をも砕いたのだ。ルツボだかツルボだか知らないが、周りに侍らすその狂王種ごと、トリダクナの浅はかな企みを粉々にしてやる。
 秋奈はぐっと握った拳をまっすぐつきだして、縁を乗り越えてきた波を打ち抜いた。
 ばっと飛沫が散る。
「HAHAHA! いいパンチだ」
 星守りのストレートショットを見て、『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)は機嫌よく笑った。
「ミーも負けていられないな。二人でガンガン敵をぶっ飛ばそうぜ」
 貴道はウインクを飛ばすと、全身から力を抜いた。拳を軽く握り、素早く撃ち出し、素早く引き戻す。
 繰り出された腕の回りで飛沫が渦巻き、風切りの音が飛ぶ。
 目に見えないはずの空気の壁が凹んだ。重い音を立ててブリッジの一部が壊れた。
「早くリング、おっと違った、戦いの場に立ちたいものだ」
 わっ、と声をあげて『銀蒼討』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)は壁の穴から離れた。
 腰に手をあててチャンプに抗議する。
「これ、海洋の船だよ。壊しちゃダメじゃないか」
「ソーリー。つい……」
「魔種相手に気持ちが昂るのはしょうがないけど、その前にやることあるだろ。忘れてない?」
 ああ、とため息交じりに零したのは秋奈だった。
 そもそも、今回のオーダーは鉄帝軍の暴走が発端だ。
敵の罠にはまったと気づいた時点ですぐに彼らが撤退を決断していれば、巨大な渦潮が二つも発生している危険な海域で、視界を奪われたまま、魔種たちの相手をしなくて済んだのに。
少なくとも、被害はぐっと少なくなっていただろう。同士討ちして撃沈などという、無様で不名誉なことは起こらなかったはずだ。
「敵に背は見せられないってやつ? 流石鉄帝。猪突猛進は相変わらずみたいね」
「しかし鉄帝軍人はどうしてこうも力押しばかり……足踏みしてる場合じゃないというのに。廃滅は迫ってきているんだ」
 リウィルディアは激しく壁に手を打ちつけた。
「まー、鉄帝民なんてこんなもんだろ? そりゃ切れ者も居るがどいつもそうってことはねえさ。それよりユー、船を壊すなよ」
 貴道が茶目っ気たっぷりに壁を指す。
 リウィルディアと船酔いが酷いルフナ、そして側舷で出撃準備を進めている二人を除き、全員が笑い声をあげた。
 雨風は酷いが、気分は晴れた。
 いい感じで戦い前の緊張がほぐれたところへ、『辻ポストガール』ニーニア・リーカー(p3p002058)と『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)が、甲板に上がって来た。
 小型船の出航準備ができたようだ。
 これ以上進めば、急速にスピードをあげる潮流に乗ってしまい、引き返せなくなる。
 海洋船にはここで帰りを待ってもらうことにして、イレギュラーズはニーニアと一悟が用意した小型船に分乗して、二つの大渦潮の上を覆うように広がる暗黒結界に入るのだ。
 ニーニアは自分の船に乗せる四人の名を呼び、右舷側に集めた。
 一悟は左舷側に仲間を集める。
 一足先に、一悟たちが下へ降りていった。
「同郷だし、鉄帝の軍艦は見捨てられない。ガンバって説得しよう」
 ヨロシクね、とイグナートがニーニアの肩を叩く。
「……鉄帝の軍船ね。トリダクナと再戦のチャンスをくれたことには感謝しているけど。前回とは事情が違うから追い払うだけってわけにもいかないし、トリダクナとはここで決着をつけさせてもらうよ」
 彼らが鉄帝のフラッグシップで指揮をとるオルガと会い、撤退を説得する。
 二人が説得している間、シラスが軍船の砲手をサポートして魔種に牽制攻撃を仕掛け、秋奈とセレマが海底から浮かび上がってくるツルボを払うことになっていた。
 もう一隻の軍船には、一悟と貴道が撤退を促す。
 その間、軍船を守るのはラルフたちの役目だ。
「しっかし、鉄帝の軍人は脳筋肉ばっかかよ。やみくもに撃ちまくったって当たるワケねーじゃん。あげくに同士討ち。魔種の思うつぼだよ。オレでもわかるぜ、そんなこと」
 そんなに軍人の名誉と誇りとやらが大切なのか、仲間を死なせてまで守らなきゃならないものなのか、と狭い階段を降りなから一悟がぼやく。
 ルフナは、リウィルディアに手を取ってもらいながら小型船に乗り込んだ。
揺れは激しくなる一方なのだが、副腎から大量に放出されるアドレナリンのおかげで船酔いは収まっている。
「命より大事な誇りとやらは僕にも理解できないけどさ、まあ、勝たないと撃沈して行ったクルーたちが犬死だからね。せめて今いる人たちだけでも生きて、帰らせてあげないと」 
 海洋船を離れた二隻の小型船は、すぐに大荒れの潮流に捕まって、魔種が作りだしている暗黒結界に運ばれていった。


 セレマは小型潜水艦を探すために、前方のデッキ端に立って身を乗り出し、嵐の海を見た。
 手で庇を作り、めちゃくちゃに飛んでくる海水や雨の飛沫から目を守る。完全に成功しているとはいいがたいが、上や横から被る海水はまあまあ防げている。
「見つけた。左六十度の方向……あれだね、クルールがいっていた民間の潜水艦というは」
 漆黒の壁の手前、乱高下する波の合間に黄色いものが見えた。丸みを帯びたボディと色は、まるで漂流ブイのようだ。
 セイルがほとんどなく、上部に棒のようなものがすっと伸びているだけなので余計にそう見える。
 船内に戻ってきたセレマから話を聞いて、シラスは軽く笑った。
「漂流ブイか、言い得て妙だね。まさかほんとうに、絶望の青の天候を記録しているわけじゃないだろうけれど、あんなところで留まっている理由が絶対にあるはずだ」
 ニーニアは重い舵を切り、立ちあがる波を慎重に避けながら、小型船を左へ流した。
「確かにね。大魔種の庭ともいえる絶望の青に、ちょっとした興味からで入り込むなんてふつうの人ならあり得ない……。海洋人でも鉄帝の軍人でもないだよね、その林って男」
「練達人じゃないか? 潜水艦は練達製だろ。なんで練達の、それもたった一人でここに来ているのかは分からないけど」
 シートに腰を落ち着けたまま、秋奈が会話に加わる。
「いいじゃない、どこの国の人かなんて。敵の位置とか教えてくれるっていうし、深い詮索はなしにしましょ。私たちも助かるんだし」
 気になりはするが、敵ではないのだから、相手の気を害するようなことはしない方がいい。そういって会話を打ち切らせた。
「ところで、秋奈ちゃん。向こうは潜水艦に気づいている?」
 ニーニアがいう「向こう」とは、一悟が操舵する小型船のことだ。
「気がついているみたいだよ。こっちより早く接触できるんじゃないかな?」
 ほんとだ、とイグナートが言う。
「組み立て式のフネにしては早いね」
「あっちには精霊と会話できる人間が三人もいるから。風に助けてもらっているんだよ、きっと」

 秋奈の読みは当たっていた。
 ラルフとリウィルディア、ルフナの三人で風の精霊に働きかけて、船を弄ぶ乱気流を押さえる一方、船の後ろから吹く風はそのままにした。
 ニーニアたちの船より先に、黄色い潜水艦にたどり着くことができたのはそのおかげだ。
 一悟は舵の固定を貴道に頼むと、船から潜水艦に飛び移った。
 風に飛ばされないよう、覆いかぶさるようにしてハッチの取手を掴み、強めにノックする。
「すみません、林さん? イレギュラーズの奥州ってもんです。 林さーん! ――っいて!?」
 外部連絡用のマイクだろうか。下から伸びて来た棒が、一悟の下腹部を直撃した。
<「ああ、申し訳ありません。潜望鏡から近すぎて貴方の姿が確認できなかったものですから。大丈夫ですか、奥州さん?」>
 ボリュームを最大にしているのか、マイクから響く林の声が微妙に割れている。
 一悟は、大丈夫と答えると、体を反対側に移動させてマイクに怒鳴った。
「林さんが、結界の内にいる鉄帝軍船と魔種の位置を教えてくれるって聞いてきました。てか、ここ、開けて」
<「いまから開けると、艦の中が水浸しになってしまいます。最後に、一瞬だけ、名刺をお渡しするときに開けますよ」>
 たしかに。ハッチの周りに海水避けのフードも取りつけられていない。たとえついていたところで、この嵐の中では波かぶりして海水が入ってしまうだろう。
「名刺は、別に……。それよりさ、これ、潜水艦らしくないないよね。なんで背びれみたいなのがついてないの?」
<「この艦の潜望鏡は光学装置意外に赤外線撮影装置、可視光線撮影装置を内蔵した非伸縮式なのです。ゆえにセイルは必要ありません」>
 林はそれ以上詳しい説明はしなかった。
 ぽかんとしている一悟に代わって、ラルフが結界内部の情報を求める。
「鉄帝の軍船を救助するため、一刻を争う。至急、各艦と魔種、魔物の位置を私たちに教えて欲しい」
 するとすぐ、マイクからきびきびとした声で情報が出てきた。
 ラルフからリウィルディアへ、リウィルディアがルフナに、ルフナが横付けされた仲間の船に情報を伝達する。
 貴道はガラス窓を叩く音に気づいて、顔を振り向けた。
 イグナートが口に手をあてて、「オレたち、先に行くよ」と怒鳴っている。
片手を上げて見送った。あっという間に、ニーニアの船が黒い幕の内に吸い込まれていく。
「一悟、早くお礼を言って戻ってこい。ミーたちも行くぞ」
「待って、もうちょっと。まだ林さんにお願いしたいことがあるんだ」
 潜水艦のハッチが開いて、林が顔を出した。
 オールバックの黒髪に銀縁の眼鏡、こんな場所だというのにキッチリと、ノリの利いた白シャツにネクタイを締めている。
「初めまして。総合商社勤務のサラリーマン、林と申します」
 一悟は差し出された名刺を片手で受けとった。
 ラルフが船から、「両手で」、と窘める。
「だって、手、離すと飛ばされちゃうじゃん。――って、ああ!」
 指でつまんだだけの名刺が、あっさりと風に奪われ、吹き飛んでいく。
 咄嗟にリウィルディアとルフナが手を伸ばしたが、掴み取れなかった。
 ラルフはため息をついた。
「……だからというわけではないが、名刺は両手で受け取るものだ」
「まあまあ。名刺交換はまたお会いしたときにいたしましょう。それよりも、奥州さん。私に頼みたいこととは?」
「あの、潜水艦から鉄帝の船に連絡が取れませんか? 撤退するよう説得して欲しいんです」
「それは可能ですが、私が言っても聞いてもらえないでしょう。イレギュラーズのみなさんが直接会って、説得するほうがいいと思います。説得後、安全に軍船を結界の外へ誘導するお手伝いはさせていただきますので」
「ありがとうございます。助かります」とルフナ。
 林は、軍船の通信機は壊れているかもしれない、といって小型の高性能通信機を二機、貸しだしてくれた。
 ラルフとリウィルディアが受け取って船に積む。
 それでは、といって林が潜水艦の中に頭を引っ込める。
 ハッチが閉じる寸前、一悟は林を呼び止めた。
「最後にひとつ! あのさ、林さんはなんでここにいるの?」
「貸付の回収です。オルデンドルフ家にお貸した諸々の、ね。私としても、オルガお嬢さまにここで死なれては困るのですよ」
 こんなところにまで、というルフナたちが驚いてあげた声に、貴道の豪快な笑い声がかぶさった。
「ユーもなかなか大変だな! まさにビジネスマンの鏡だYO!」
「痛み入ります。それでは、私はこれで」
 林は含み笑いをハッチの外に置いて、艦の中に戻った。
 本当はもう一つ、わざわざローレットの情報屋に鉄帝軍船の危機を知らせた理由があるのだが、これは別に教える必要はないだろう。
 言わずとも、イレギュラーズは始末してくれるだろうから。
「そろそろネタもつきますしね」
 眼鏡を拭いて、操縦席に座る。ヘッドフォンを装着し、チェスの駒を眺めるように、デジタルスクリーンに映る二隻の小型船のアイコンを目で追った。


「撃ち方用意、撃てーっ」
 士官の鋭い命令が飛んだ。
 満を持して砲手が、一斉に導線に火をつける。が、何分暗闇の中のことだ。なかなか火をつけられない。そもそも、ちゃんと火が起こせているかも怪しい。光はすべて、発した瞬間に魔種が食ってしまうのだ。
「撃て、はやく撃たんか!」
 八門ある側舷砲のうち、まともに弾を飛ばしたのはたった三門だけだった。
 天蓋が崩れ落ちるかのような、すさまじい轟音が波間にこだまする。噴出した真っ黒な煙は見えないものの、硝煙の匂いが辺りに漂った。
 甲板で仁王立ちするオルガ・オルデンドルフの苛立ちは、最高潮に達していた。
「ええい、下は何をしておる! 三発しか砲撃音が聞こえなかったぞ」
 指揮官の罵声が届いたわけではないが、遅れて二発、弾が撃ちだされた。
 遠くで、微かに水柱の上がる音がする。
 たくさんいた僚艦も、魔物の攻撃でたった一隻に減っていた。最後の一隻も、数分前から連絡が取れなくなっている。撃沈されてのかもしれない。
 無能な部下を殴って憂さ晴らししたいところだが、生憎、だれも近づいてこなくなっていた。
 半刻ほど前に、言い訳ばかりして役に立たない副官を派手にぶちのめしたのが原因だろう。目は見えなくとも、副官があげた悲鳴は暴風をついて、兵たちの耳に届いたはずだ。
「どいつもこいつも役に立たん。相手は行き遅れのババアとデカイ巻貝だけじゃないか。鉄帝の武人が遅れを取るはずなど――」
「失礼します! オルデンドルフさま、イレギュラーズの方々がお越しです」
「イレギュラーズだと? 誰が乗船を許可した」
「え、あ、その……あの有名なイグナート・エゴロヴィチ・レスキンさまもいらっしゃったので……」
 オルガは兵の声で位置を確認すると、剣を鞘に納めたまま振りぬいた。闇の中で衝撃波が飛び、肉を叩く重い音がした。
 飛ばされた兵士にぶつかった不運な者が小さく悲鳴をあげる。
「馬鹿者がッ」
 悪態をついた直後、どうっと音がして下から激しい突きあげがきた。ガタガタと船が揺れる。
 どうやらまたあの爆弾貝が船底に当たったらしい。
「船を回せ!! もっと大きく動いて狙いをつけさせるなッ」
「ダメです。そんなことをすれば二つある大渦潮のどちらかに落ちて、沈没しかねません。いままでだって、この暗闇の中で……奇跡のようなものです」
「いま、弱音を吐いた奴は誰だ。出て来い! 鉄拳で性根を入れ替えてやる」
 オルガは固めた拳を振り上げた。
「国から預かっている大切な兵士に、なにをなさるおつもりですか」
 さとすような低い声と共に、振り上げていた腕を後ろから大きな手が掴んだ。
「――!? 離せ、無礼者」
 自分を捕まえていた相手の手を振りほどき、慌てて振り返る。
 当然、闇の中で顔は見えないが、オルガは自分の正面に、只ものではない強者の気配を感じとった。それも複数。
「貴様は誰だ、名乗れ!」
「失礼した。オレはイグナート・エゴロヴィチ・レスキン! ローレットからの援軍だ。指揮官、アナタと話がしたい!」
「ほう、貴様があのイグナート・エゴロヴィチ・レスキンか。ふん、噂だけは聞いているぞ。な、なかなかの男前らしいな……」
「え、いまそれ、顔が何か関係ある?」と秋奈。
「顔ならボクのほうが上じゃないかな、お嬢さん。お見せできないのがつくづく残念だよ」
 茶化す……いや、わりと本気で言っているらしいセレナを、シラスが後ろから袖を引いて止める。
「説得はふたりにまかせて、俺たちはツルボの相手をしに行こう。オルガさん、さっきみたいに下から攻撃されないよう、俺たちがうっとうしい魔物たちを排除する。だから、イグナートたちの話を聞いて欲しい」
「いいだろう。話は聞いてやるが、手短にな。いま魔種と交戦中だ。私のような優秀な指揮官が指揮をとっているからこそ耐えているが、私が指示を出せない時間が長引けば長引くほどピンチになる。最悪、全滅してしまうかもしれんぞ」
 よくいうよ、とイグナートは闇の中で目を回した。
シラスの手の下で、秋奈の口がもごもご動く。
 寧ろあなたはいないほうが絶対いい――と。
「行こう、セレナ。ほら、秋奈も」
 シラスたちは、大揺れする船の上で慎重にバランスを取りながら、船縁に向かった。
 その、魔種ですが、とニーニアが闇の中で手をこすりあわせる。
 気温はさほどでもないが、冷たい風のせいで体感温度が下がっている。完全に体が冷え切らないうちに、二隻の軍船を退避させ、魔種と戦いたいところだ。
「僕らはオルガさんの命令で魔種を倒します」
「私の指揮下に入るというのか?」
「はい、オルガ指揮官。是非僕達を使ってあの忌々しい魔種を討ち果たしてください!」
 オルガが警戒を解き、気を良くした雰囲気が伝わってきた。
 実際、声に上機嫌に跳ねている。
「貴様ら、自分の船で来ているのだな? では早速、魔種を見つけに行ってもらおうか。居場所さえ正確につかめれば、艦首砲で吹き飛ばせるからな。頼んだぞ」
 チョット待った、とイグナートが声をあげた。
 魔種トリナグダがどこにいるか。ほぼ正確な位置を掴んでいるが、それをオルガに教えるつもりはない。いつまでも結界に居続けられると困るのだ。
 だが、イグナートは本音をおくびにも出さない。もちろん、声にも。同じ鉄帝人として、努めてフレンドリーに話しかける。
「モチはモチ屋、ギアバジリカの時見たいにオレたちに最前線をマカセテみない?」
「なに?」
 ニーニアがすかさず補足する。
「この戦いにおいて鉄帝の精鋭をこれほど苦戦させる相手に対して、部下を出来るだけ多く生きて帰せた方が指揮官としての実力の高さを示せるのではありませんか。 僕達ローレットは戦うだけならともかく、操船は鉄帝の精鋭には遠く及びません。
 ですので、指揮官には僕達に戦闘を命令していただき、負傷者の回収をお願いしたいです。これは精鋭を率いるオルガ様にしかできません!」
 闇の向こうで、喉の奥から絞り出したような呻き声が上がった。

 オルガが熟考タイムに入ったそのころ、一悟たちは大渦潮の横を、縁をかすめるようにして通り過ぎ、もう一隻の鉄帝軍船に接舷していた。
 見えていても恐ろしいだろうが、音だけになると恐怖が倍増する。
 きわどい位置を通りながらも小型船が大渦潮に巻き込まれなかったのは、林が通信機を通じて誘導してくれていたことが大きい。
「よーし、横につけるぞ。みんな、何かに捕まってくれ!」
 一悟は慎重に舵を切ったが、波に押されて軍船とまともに船がぶつかってしまった。
 ものすごい音がして、船が横倒れしそうになる。
「わりい。ミスった」
「もう、なにやってんだ! 早く説得しないと――この船、渦潮に巻き込まれてかかっているんだよッ」
 リウィルディアが怒鳴る。
 一度、軍船から離れて、またつけなおす。
 今度はラルフたちが海の精霊たちに力をかりて、穏やかに接舷することができた。
 貴道が下から甲板に向けて、大声で名乗りをあげる。
「ミーたちはイレギュラーズだ。助けに来たぞ!」
 すぐに縄梯子が降ろされた。
「私とラルフ、ルフナは精霊の力を借りながら、浮き上がってくるルツボを排除する。説得は二人で行ってきて」
「HAHAHA! では『下』を頼んだぞ、すぐに戻ってくる」
 貴道は体に通信機を二つ括りつけると、一悟とともに縄梯子をあがった。
 風に大きく揺さぶられながら、なんとか甲板にたどり着く。
「この船で一番偉いのは誰? 船長?」
 一悟の前に人が進み出てくる気配がした。
「あんたが船長? 悪いこといわねーから、今すぐ離脱しろ。オルガの船にも、いま、仲間たちが説得にいってるからさ。そのうちあっちから撤退命令がくるはずだぜ」
 貴道は通信機を一つ外して、脇に抱えた。
 ズボンのポケットに手を突っ込んで目薬を取りだし、さす。
(「うっすらと……ぐらいなら見えるかな?」)
 兵士たちが手にしている防水カンテラから、魔種がいる方角へ、超極細の光の筋が伸びている。目薬は、その光の筋を若干ではあるが増幅して、周囲をかろうじて見えるようにしていた。
 相手を怖がらせないよう、声をかけながら船長に近づいた。
「この通信機を使うといい。外にいる潜水艦が結界の外に導いてくれる。音からわかっているとは思うが、この船は大渦潮の近くにいる。早く離れないと、飲み込まれて沈むぞ」
 船長に是非はなかった。
 多くの仲間たちが同士討ちに、あるいは大渦潮に飲み込まれて沈んだのを知っている船長は、とっくにオルガに見切りをつけており、単にきっかけというか、逃亡の責任逃れができる言い訳を探していたのだ。
「イレギュラーズの勧告であれば仕方がない。ありがとう。我々、鉄のアイローン号は鋼のプレッサー号より先に戦線から離脱する。オルガさまには――」
「ミーたちが伝えるよ。もうひとつの通信機も持っていなきゃならないしね」
 ほっと胸をなでおろした船長に手を振ると、一悟たちは急いで小型船に戻った。
 下ではラルフたちが次々と浮き上がってくるルツボを始末していた。
「精霊殿のおかげでかなり浄化が進んでいるようだ。代価の魔種や狂王種に穢されてない蒼い海もそう時をおかずに実現できるだろう」
 ラルフは風や光の精霊に頼んでトリナグダの暗黒結界を弱めようとしたのだが、それは叶わなかった。かわりというわけではないが、海の精霊には海底にいるルツボが船に反応しないよう、押さえてもらった。
 それでも浮上してくる魔物はリウィルディアと協力しあって攻撃し、軍船にとりつく前に爆発させいる。
「数が多いね……。だけどこれしきのことでは止まれない!」
「リウィルディア君、すべてを倒す必要はない。このあとの本戦に備えて、力を温存しておこう」
 そうだね、と言ってリウィルディアはまた海に潜った。ラルフも続く。
 ルフナは仲間を癒す合間に特別な海ぶどうを齧りながら、波の上で戯れる海の精霊たちに礼を言った。
「ほんと、助かるよ。軍船が結界の外にでるまで、ずっと守ってくれると嬉しいな」
 海ぶどうの特別な効果で、深くは潜れないが溺れることはない。魔種の近くまで海中を泳いで移動することもできる。
「でも、やっぱりある程度は船で近づきたいね。ちょっと試してみたいことがあるんだけど、それには海の中からよりも、船の上からのほうが効果ありそうだし。君たちもそう思うだろ?」
 精霊と会話していると、リウィルディアが海面に頭を出した。濡れた髪を指ですきながら顔をあげる。
「あ、戻ってきたみたいだね。降りてくる気配がする」
 同時に、ゆっくりと軍船が小型船から離れだした。
「Oh、Oh、Oh! ちょっと待ってよ」
 貴道が縄梯子を話して小型船に飛び移る。一悟も飛んで船に戻った。
 ラルフたちも急いで海から上がる。
「こっちの説得は成功だ。急いでズボンプレッサーに通信機を届けに行こう」
 闇の中で、チチチ、と舌を鳴らす音がした。
顔の前で人差し指をふるしぐさがリアルに浮かぶ。絶対やったに違いない。
「一悟、ズボンプレッサーじゃない。鋼のプレッサー号だ。ついでにこっち軍船の名はアイロンではなく、アイローンだ」
「どっちだっていいじゃん、そんなの。じゃ、行くぜ」
 最新の位置関係は、林の通信機を通じて入手済みだ。難なく鉄帝の軍船までいけるだろう。高波が魔種の目から小型船を隠してくれる。

「魔種討伐の名誉は私……我々帝国がもらっていいのだな?」
もちろんです、とニーニアは顔にチェシャ猫さながらの笑みを浮かべた。オルガにはまったく見えていないが。
「魔種を倒すことだけが僕達の目的だから、討伐の名誉はオルガ様に喜んで献上いたしますよ」
 秋奈とセレナが戻ってきて、一悟たちがやって来たと、告げた。
「貴道さんが一人で上がってくるみたい。なにか渡したいものがあるって。この船の下のルツボはラルフさんたちが片してくれるから、もう、底に穴をあけられることはないよ」
「ん……あれ? シラスはドコ。ここにいないよね?」
イグナートが問う。
応えたのはセレナだ。
「下だよ。砲手の目になって、砲撃をサポートすると言っていたな」
シラスはツルボの排除を秋奈とセレナに任せて、すぐ側舷砲に向かっていた。
軍船が結界の外にでようとしだしたら、トリナグダが追いかけてくるかもしれない。その前に牽制を入れておくのは有効だ。
くわえて、撤退前に少しでもかたき討ちをさせてやりたかった。
「狙いは俺がつけてやる。いくぜ、沈められた仲間の敵討ちだ」
間髪入れず、一斉射撃の烈しい反動が軍船を揺さぶった。八つの轟音とともに重い何かが飛んで行く。
砲撃の照り返しで右手の海が紅く映えたが、光はすぐに赤い尾を引いて魔種の元へ飛んで行き、闇に消えた。
耳に意識を集中させて待つ。
殻が割れるような乾いた爆発音が、幾つも重なりあって船に戻ってきた。
よし!!
シラスは、仲間たちに聞こえるように靴音をたてながら、狭くて急な階段を駆けあがった。
「魔種に命中したぞ! 間違いない。手応えを感じたんだ。いまの内に魔種に近づこう」
「でかした、その調子で――」
「いえ、オルガ様は退避してください。あとは僕達に任せて。ちゃんと約束は守りますから」
 甲板に上がってきた貴道が、オルガに通信機を押し付ける。
「ユーがオルガ? ……あ~、結界の外でユーを待っている人いる。早く行った、行った」
 いぶかしがるオルガを残し、イレギュラーズたちは軍船を降りた。
 

最大戦速二十七ノットをふりしぼり、追われる巨鯨のように、鋼のプレッサー号が荒波を砕きながら遠ざかっていく。
 トリナグダは歯を食いしばった。
 正確にこちらを狙って飛んできた弾には驚いたが、すぐに大盾を構えて直撃を避けた。
鉄帝の船は目を離したその隙に回頭したらしく、一目散に逃げて行く。大渦潮に突っ込んで沈みそうなものだが、どういうわけか巧みに航路をとって間を抜けたようだ。
「まぐれでも鉄帝の脳筋どもに当てられるなんて……恥だわ。アホみたいに同士討ちで自滅すると思っていたのに。まあ、いまの一撃で喜びあがって攻めてこないだけの分別はあったようね」
 トリナグダは口の端を持ち上げた。
「逃がさないけど」
すっと足を前に滑らせて、一気に三波進む。巨大な三体のツルボがあとに付き添う。
 ――スッ、――スッ、――スゥ。
 あっという間に大渦潮の間、潮の流れが一段と激しいところに差し掛かった時、二隻の小型船が潮の道を塞いだ。
 セレマが大声を出す。張り上げた声もセクシーで魅惑的だ。
「いつぞやは悪辣なタコをけしかけてくれたお嬢さんだね。この前は遠くから覗き見されるだけだったけど、今回はボクの方から会いに来たよ」
 トリナグダも艶のある声で応える。
「イレギュラーズ……そう、わざわざ私に会いに来てくれたのね。嬉しいわ」
「今度は間近でボクの美しさに見惚れてごらん?」
「うふふ。私、美しすぎるものって壊したくなるのよ。メチャクチャに!」
 トリナグダはセレマが乗る船に向けて、ヘソの水門から海流の槍を飛ばした。
 ニーニアは虫の知らせを受けて急いで舵を回したが、音速で跳んでくる攻撃を避けきれなかった。
 ほぼ真横に寝た船体から、セレマたちが荒れ狂う海に投げ出される。
(「ふふ……。丁度良かった。僕の美しい歌声をソナー代わりにして、この辺りの海底を丸裸にしようと思っていたところだ。水中のツルボは僕が引き受けよう。ステージが整ったら、お楽しみのダンスタイムだ」)
 セレマは水中に潜る前に、トリナグダに投げキッスした。
「悲しまないで。また、あとで会おう」
 イグナートは瞬時にジェットパックを起動させて、波のうえに逃げていた。
 目薬の入った小瓶を開けて、点眼する。
「ミンナ、大丈夫かい?」
 ごくごく僅かな明かりを頼りに、シラスと秋奈を探した。
 いつのまに手に入れたのだろうか。この環境に適応するスキルを持たぬ二人は、いつ溺れてもいいように救命具を身につけていた。
「いつのまに……」
「シラスさんが鉄帝の軍船から持ってきたの。それより、早くニーニアの船を呼んで。よくもやってくれたわね……倍返しよ、倍返し!」
 船をなんとか立て直したニーニアは、イグナートから知らせを受けると、すぐ二人を回収に向かった。
操舵席の横で、ルフナが声を張る。
「一悟君、トリナグダの正面に船を回して!」
「オッケー!」
 ルフナは急いでデッキに出た。
 技を放った直後は、どんな達人でも若干隙ができる。まして、いまの一撃でイレギュラーズの乗る船に大きなダメージを与えた後であれば、トリナグダも気を緩めたはずだ。
 周囲からかき集めたマナで、鎧に埋め込んだ涙の宝石が輝きだす。
 六月の雨が含む光が細い筋となって、ルフナとトリナグダを一直線に結んだ。
「光を食う深海の魔女……その力を利用させてもらうよ。そうさ、君が悪いんだからね」
 光る魔法陣が高速で回転、点滅した。瞬きひとつののちに、ルフナの背後に凄まじい光を放つ翼が現れ、爆発したかのように広がっていった。
 ルフナが黄金に輝く翼を動かす前に、トリナグダに向かって次々と、鋭い刃のような羽が吸い寄せられていく。
 ぎゃっ、と尻尾を踏まれた猫のような悲鳴が上がった。
 ウルトラルツボが射線を塞ごうとしたが、何の役にも立たない。なぜなら、トリナグダ自身が光の刃を吸い込んでいるからだ。
 ラルフは海に飛び込むと、海の精霊たちに護衛されながら水中を泳ぎ進んだ。
 ダメージを受けた直後ということもあるが、精霊たちが気配を隠してくれているおかげで、魔種のかなり近くまでウルトラルツボたちに気づかれることなく接近することができた。
 だが、じっくりとトリナグダを観察している時間はない。すぐにウルトラルツボに気づかれてしまうだろう。
(「よし、まず彼女が持つ大盾から調べよう。一悟君やニーニア君の話では、前回の戦いで傷ついているようだし……この短期で完全回復はどこかに無理が出てしまうからね」)
 エナミーサーチを発動し、トリナグダが両手に持つ盾を精査した。結果、盾のヒビは完全に修復されており、かなりの厚みと固さがあることが判った。
「その割に軽い?」
「ええ、その通りよ」
 ラルフに気づいたトリナグダが悪女の微笑を浮かべ、左の大盾を海面に叩きつけて払い、大波を起こした。
 押し流されるラルフをウルトラルツボの一体が追いかけていく。
 貴道は、ラルフがウルトラルツボの殻を叩く音を頼りに、助けに向かった。
「貴方たちには見えないでしょうけど、新しい大盾の表を赤く塗っているの。これで通常の三倍速く動けるのよ」
 どういうわけか、トリナグダの声は特に張り上げているわけでもないのに、荒れ狂う風と波の音を貫いて、離れたところにいるイレギュラーズのたちの耳にも届いていた。
 シラスはトリナグダの声と、暗視で増幅された光の筋が飛んで行く先を見て、揺れる船の上から狙いをつける。
「赤く塗ったら速度が三倍? 何かのおまじないか」
「あら、知らないの。とある世界では有名だそうよ。さらに、赤い物を身につけている状態で、シャー、シャーいうと反応がよくなるんですって」
 一悟は眉をひそませた。
 誰だ。魔種に歪曲したアニメの話を吹き込んだのは。
 だが、某世界のロボットアニメを知らないシラスは至極真面目に返答する。
「それは知らなかった。じゃあ、もっと早くなれるよう、俺がアンタの体を血で真っ赤にそめてやるよ」
 指ピストルの先から、悪霊の叫びを固めた魔弾を撃ちだした。
 弾は魔種との間に立ちあがった波頭を貫き、ウルトラルツボの固い棘の先を吹き飛ばして、トリナグダが持ち上げたシャコガイの赤い大盾に当たった。
 闇より深き悪夢が、大盾の表面を走るように広がっていく。
「やるわね。でも、私自身は傷ついていないわよ――!?」
 盾を下げたトリナグダが大きく目を見張る。
 イレギュラーズの急接近に、魔種はショックを受けた。
 イグナートにナビされながら、ニーニアが急いで魔種に船を近づけていたのだ。
 デッキでは秋奈が姉妹刀――長剣と短剣を体の前でクロスさせて、二つの緋い刀身に闘気を注ぎ込んでいる。
「ツ、ツルボ! あの船を沈めなさい!」
 二体のツルボがトリナグダの前に出て、船の接近を阻む。
「ニーニア、急いで。シンロが断たれてしまうヨ!」
「僕に任せておいて。――ポータードローン、発進せよ!」
 小型船からドローンが飛び立った。
 もともと配達用なので、悪天候にも耐えうるよう設計されている。大魔種が支配する嵐の海での運用は、さすがに想定外だっただろうが、それでも『雷神の手紙』を配達するべくツルボたちに向かって真っすぐ飛んでいった。
 ニーニアが誇らしげに声をあげる。
「郵便でーす!」
  ポータードローンの底が割れ、ハガキのようなものがばら撒かれた。
 吹く風に散らされて激しく舞った瞬間、一枚、一枚が光を発して弾ける。
 稲妻が網のように広がって二体のウルトラツルボを絡め取り、痺れさせた。
 ほんの少し動きが止まる。
「行け、こいつらはオレたちが押さえる!」
 一悟とリウィルディアが再び動きだしたウルトラルツボを攻撃している間に、ニーニアの小型船はわずかな間を全速力で抜け、トリナグダの目前で急回頭した。
「秋奈ちゃん、今だ!!」
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしないわ!」
 名乗ると同時に、重ねた緋色の刃を素早く開く。
 血を欲する飢狼のごとき閃光の刃が、荒波を跳び越えて右の赤い大盾に食らいついた。
 骨を砕くような太い音が波音を制す。
 左右の盾は完全にあわさることなく、弾かれた。
「ば、バカな!?」
 イグナートが小型船の屋根を蹴って飛び、突撃を仕掛ける。
「ザンネンだったね。ちょっと硬くなったテイドでオレたちは止められない!!」
 トリナグダは、弾丸のごとく突き飛んでくる鋼鉄の拳を、ヒビの入った右の大盾で受け止めた。
 衝撃のすさまじさに海が大きく凹む。砕けた盾の破片が赤々と燃え、海に落ちて大量の水蒸気をあげる。
 イグナートは勢いのまま、トリナグダに体当たり――することなく、盛り返す海に落ちた。
 
 ――!!?

「いない。魔種はどこだ!?」


 貴道は豪快なストロークで波をかき分けながら泳ぎ、ラルフとその背に張りつくウルトラルツボに追いついた。
「今、助ける!」
 大揺れする海の中でしっかり体の芯をたてると、波の下から抉りこむようなアッパーパンチを放った。
 あまりの衝撃にラルフごと、魔種の体が宙に浮く。が、それでもウルトラツルボはラルフを離さない。
「OK、もう一発いくぜ! これがチャンプのアッパーパンチだ」
 下から突き上げた貴道の拳が、ウルトラルツボの固い蓋を突き破って内部にめりこんだ。
 その瞬間、解き放たれたラルフの体が海に落ちる。
 ラルフはすぐに海面に頭をだした。海水が、齧り削られた背中の傷に染みるのか、顔をしかめている。
「ラルフ、下がっていろ! ルフナ、ラルフを頼む!」
 ようやく追いついたルフナがラルフの手当を始めると、貴道はウルトラルツボを腕から振り落とした。
 海に浮かんだところで右ストレートを当てる。
 間髪をいれず左アッパーをボディに入れて棘を折り、右ストレートを胎殻、立てつづけに右アッパーをまた胎殻に叩きこんで打ち砕いた。
 割れた蓋と壊れた胎殻から、ぬめりを帯びた体液が吹きだす。
「そろそろゴングだ。沈め」
 アウトからインへ。巧みに移る。
 悪あがきで伸ばしてきたウルトラルツボの口を、左のジャブで払い落としてから、右のフックを放った。
「ナイスファイト!」とルフナ。
 うおっ、と突然ラルフが声をあげた。間を置かずにルフナと貴道も声をあげる。
熱い。
 目に見えないが、熱い水蒸気が海面から出ている顔を焼いた。
 今度は何だ、と思っていると、イグナートの叫び声が聞こえた。

 ――いない。魔種はどこだ!?

「ホワッツ?」
「どういうこと? 魔種がいなくなっただって?」
 貴道とルフナは、イグナートの声がした方へ顔を向けた。
 途端、目の奥に痛烈な痛みが走る。
 すべてが白く焼けた。真っ黒から真っ白へ。
 トリナグダが体内に溜めこんだ光を放出したのだ。不意を突かれた形のイレギュラーズたちは、ラルフを除いて全員、視界がホワイトアウトした。
「貴道君、後ろっ!!」
 言われるより先に体が動いていた。
 振り返ると同時に頭を横へ振って、トリナグダの右ストレートをおでこで滑らせるようにして避ける。
 ひび割れて縁がギザギザになった盾で、額が深く切り裂かれた。血が大量に流れ、涙と混じって顎の先から海に落ちる。
 カウンターを入れるいいチャンスだったが、さすがに体幹がブレブレで、腕を伸ばせなかった。
「いま目と傷を治すよ」
 ルフナが天使の歌を歌う。
 徐々に視力が戻ってきた。暗黒結界は晴れたが、悪天候には違いない。依然として視界が悪い。それでも――。
「随分とケッタイな格好したババアだな! どういうファッションセンスなんだい?」
「なっ……」
 トリナグダは怒りのあまり、体をぶるぶると震わせた。
「ヘソの門が開く。『よく見える』ぞ――」
 ラルフは海流の槍が発射される前に封印の御符を飛ばし、ヘソの門を閉めた。
「ちぃぃ。忌々しいイレギュラーズめ、覚えておいで!」
 敗北を悟ったトリナグダが、海に沈んでいく。
 ――と、また上がってきた。
 セレナがトリナグダの腰を掴んでリフティングしているのだ。
「どこへいくのかな、お嬢さん。ボクとダンスを踊る約束だっただろ?」
 情熱の瞬きでトリナグダを魅了する。
 一悟の船に乗ってきたリウィルディアは、対になったステラロギカにありったけの魔力を注ぎ込んだ。
「そうだよ。逃がさない。ここで君を仕留めるッ!」
 古い術語で虚無を生み出し、トリナグダの右腕ごと大盾を消した。
 腕からまき散らす蒼黒い血を、空から差し込んだ一条の銀光に煌めかせながら、魔種トリナグダの体か空で踊る。
 踊り疲れたところで、トリナグダは一悟が撃った光柱に体を張りつけられた。
「最後はみんなでやろうぜ!」
 イレギュラーズはトリナグダをぐるりと囲むと、一斉に攻撃を放った。

 トリナグダが絶望の青に沈んだ直後、分厚い雲が割れる、陽の光がイレギュラーズたちを照らした。

成否

成功

MVP

ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に

状態異常

郷田 貴道(p3p000401)[重傷]
喰鋭の拳
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)[重傷]
我が為に

あとがき

成功です。
魔種トリナグダと三体のウルトラルツボを滅し、大渦潮の海域からルツボたちを撤退させました。
二隻の鉄帝の軍船も無事に結界を抜けて、保護されました。
オルガを除いて、軍人たちの無事が確認されています。
潜水艦は……イレギュラーズが戻った時にはもういませんでした。
林とはまたどこかで会えるでしょう、たぶん。

ご参加ありがとうございました。

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