シナリオ詳細
<鎖海に刻むヒストリア>もう一つの脅威
オープニング
●魔種、狂王種、幽霊船、そして……
「さあ進め! あの『嫉妬』を炙り出せ!」
天を貫くほどの怒号がその甲板中に鳴り響く、数十人ものの屈強な兵士が自らの肉体よりも大きく重い補給物資を船橋を渡って歩いていく。
「海の向こうでは恐ろしい魔物と魔種の親玉がいるって話だ、それに比べればこの身の疲労は安い物だろう! ……うう」
船に積み込む部下達に檄を飛ばしながら、身なりのいい隊長が補給物資の一覧の描かれた紙に印を付けながら……その体勢を崩す。
「大丈夫か?」
イレギュラーズがよろめいた船長――サンズビッチに手を差し伸べると、サンズビッチは優しくその手を振り払う。
「船酔いか、俺らしくないな……これもこの身を腐らせる呪怨の仕業か……気にするな勇者達よ、これもまた『戦い』なのだろう?」
口から漏れた赤黒い血は彼に遺された時間が少ない事を示していた。……だが、ここで廃滅してしまうわけにはいかない。
「ならばこの呪いに屈しないのもまた俺たちの戦いなのだ! ……イレギュラーズの皆は軍船に補給が終わるまでゆっくり船室で休んでいてもらいたい。これも戦士としての頼みだ、頼む」
サンズビッチはニヤリと笑いながら自分の口から零れた血を拭うと、心配して寄り添った兵士達を振り払い、再び大きな声を張り上げる。
「急げ! 俺たちは呼び声にも屈しない精鋭として認められた男達だ! ヴェルス様の名に恥じぬ様急ぎたまえ!」
「ハ、ハッ!」
部下達は即座に立ち上がると、再び自らの積み荷を背負い隣接していた軍船へと乗り込んでいく。鉄帝が『たかが補給艦に』これほどまでの精鋭を集める事は、彼らが付き合いなどではなく本気で向き合ってくれることの証左であろう。
ましてやそんな彼らにとって弱点が露呈した廃滅の呪いなど鉄の国民を恐れさせるにはあまりにもちっぽけな『おもちゃ』である。自らの命を惜しまぬ鉄の艦隊はイレギュラーズ達にとっても非常に頼もしい存在である、
はずであった。
●安全な場所など、どこにも
淀んだ空から赤い雨が降り注ぐ、まるで血の様にねっとりと纏わりつき、こびりつくそれはまるでこれまで挑んだ船の勇者達の無念を表すかのようで。
「ああ、嘘だ……隊長……」
周囲に散らばっていた者はつい数分前まで荷物を運び疲労しきっていた兵士たち、軍船から駆け付けた援軍の残骸。そして怯え腰を抜かした僅かな生き残り。
「ウ、オ、オオオ、オオオオ……」
そして体の至る所から無数の鈍い鉄の輝きを放つ腕を生やし、赤黒い液体を垂れ流す、先程まで船長だった魔物。
「あんたら、聞いたか? 『嫉妬』の声を! そんな事なかったのに! 聞こえたとしても屈するような男ではないのに! どうして!」
相対する目の前の男は魔種ではない、しかし目の前の脅威は決して安心できるような状況ではないのがイレギュラーズ達にもわかるはずだ!
- <鎖海に刻むヒストリア>もう一つの脅威完了
- GM名塩魔法使い
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年05月23日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●もう一つの成れの果て
赤黒い雨の降り注ぐ中、錆びついた瘴気を散らしながら隊長だったモノは暴れ続ける。それは屈強と名高い鉄帝の兵士達を怯えさせ、殺し、その残骸を吹き飛ばしていく。
このままでは補給部隊の全滅は必至――だがここには、運命を吹き飛ばす彼らが居た。
「狼狽えるなぁっ!」
吹き飛ばされる瓦礫を塞ぎ同僚達を護る、『脳筋名医』ヨハン=レーム(p3p001117)が必死に声を張り上げ檄を飛ばす。
「サンズビッチは僕らが引き受ける、お前らは自分の身を守る事に集中しろ!」
鉄帝の名高い剣聖バルド=レームの息子――軍に所属する者なら一度は彼の色々な噂は聞いた事があるだろう。そのヨハンの言葉に兵士達は次第に冷静さを取り戻していく。
「し、しかしヨハン殿、誰も魔種の姿は――」
「船の中へ逃げろって言ってるんですよ! おバカですかこのワカランチンっ!」
見ていられぬと声を張り上げたのは『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)。ヨハナはシッシッと杖を振り回すと兵士達を追い払う。
「ヨハナ達が何とかしますっ! こんな場所であの勇士が怪物に堕ちてそれで終わりと本当にお思いですかっ? 恥を知りなさいっ!」
ヨハナはぶんぶんと更に大きく振り回す。丸腰のまま戦ってもらっては更に被害が出る、何よりも――これ以上『敵』が増える事態はあってはならないのだ。
二人に気圧され兵士達は次々と船室へと逃げ込んでいった、その姿をそら逃げろ、逃げろと急かしながら『大号令に続きし者』カンベエ(p3p007540)が高笑いをあげる。
「ウッハハハ! 頭に火薬が詰まっている鉄帝人もこれには堪えたようですね!!」
笑うしかあるまい、廃滅で溶けようとも呼びかけられようとも怯えぬ彼らですら強力さをそのままに変異した上官に逃げまどうのだ――ちっとも楽しくはない、勇敢な兵士に嫉妬をし、引きずり込もうとする『悪霊』どもの身勝手さには反吐が出る。
「……その妄執腐らせてまでここに居たいか、忌々しいなコフィン・ゲージ!!」
その言葉を聞きカンベエの背後、彼にしっかりと守られた黒・白(p3p005407)が静かにうつむいた。補給という花形とはほど遠い役目にも文句を言わず、使命感を持って尽くしていた彼らの手は暖かかった。そんな彼らを、『同胞』になどしてはいけない。
「船長、船員のみなさん……無事に送り届けましょう」
白は背後の黒い腕を静かに掴むと自らの勇気を奮い立たせる。絶対に、必ず助けなくては。
「でもどうやって救うんだ? ワシらに治せるのか?」
「分からぬ――だが」
サンズビッチの背後から『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が双刀を手にその足腰を目がけて薙ぎ払う、他の仲間達の前に立ち、倒れ込んだサンズビッチを前に静かに呼吸を整える。
「だがこれが寄生の類であるのなら、寄生部位を切除すれば影響が出る筈だ……!」
好機を作り、背から無数に生える腕を叩き切れば――『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は懐疑的な目でその姿を見つめる。あの腕はアルバニアの魔力か、あるいは内臓を作り変えて形成された様にも見える――本当に効果はあるのだろうか。
「協力はするっスけど、そうは思えねぇ……っスよ」
後ろ向きな言葉を呟きながらも、彼もまた廃滅にも負けず戦ってきた男を素直に切り捨てられるほど無情な男ではない。だが判断を誤り、この船を落とすのは彼の望みではないはずだ――
「何諦めてるのサ!」
仲間の、そして自身の疑念を振り払うように、『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)が二振りの曲刀を抜き大声を張り上げる。
「やってみなきゃわからないじゃない!」
強くなった自分が付いているんだ、絶対に、絶対に悲劇になどにさせるものか。
「そうだ、隊長からは呼び声を感じない」
純種の俺が言うんだからな、と『ラド・バウC級闘士』シラス(p3p004421)が冷静にその状況を判断する。アレは廃滅病で出来た隙に怨念が入り込み生まれる変異種(アナザータイプ)……だが反転すら一瞬でも解放できる自分達が、あれを救えないと誰が判断したのだろうか?
「諦めるわけにはいかないぜ」
シラスは拳を握りしめ、強い意思をもって魔種に立ち向かう――さあ、彼を救ってやろうではないか!
●呪いの蟻地獄
空から降り注ぐ雨は紛れも無くこの青に屈した海の男達の無念の血――葵は口に入り込む柑橘類の様な味に苛立ちを覚えながらも即座に戦いの構えを取る。幸い、この戦いを邪魔する者は一人も存在しないのだ。
「いくっスよ、援護よろしくっス!」
「うん、やっちゃって!」
ミルヴィの振りかざす曲刀が眩い輝きを放つと暗闇を切り裂くかの様な光の剣となり、それは葵を荒々しくも暖かく守護するオーラとなる。葵は軽やかにサッカーボールを落とさず打ち上げ続けると、サンズビッチの背中から生えた異形達へと華麗なシュートを放つ。
錆びついた腕の一つの根本にヒビが入る。そこへすかさず、葵は戻って来たサッカーボールをなんとサマーソルトで蹴り飛ばした!
「こいつでどうっスか!」
複雑な軌跡を描くボールはそのヒビめがけて激しく衝撃を叩きつけると、鈍い音ともに腕を弾き飛ばす。
「ウ、ウウウ」
「やった!」
ミルヴィが喜び、成果に喜んだのも束の間――白は油断を一切解さず、周囲の味方を守護する方陣を組む。
「いえ、これからですみなさん!」
変異種に生えた異形は一切怯んでいない、それどころか転がった腕を他の錆びた腕が拾い上げると、何かを軋ませる音を立てて取り込み始める!
「ちっ、死んだ腕を食ってるのか!」
「こらー! 食べ物は口から食べるものでしょーが! 行儀悪い!」
その生態を観察しながら黒い思いが湧き上がるシラス。そして頓珍漢な所で怒るヨハナ。
サンズビッチは唸りをあげると、その二人へと怨念を込めた手で力強く殴りかかった!
「カンベエがお相手致す! その怨念がワシに通じるか試してみるがいい!!」
シラスの前へカンベエが飛び出し、その無数の腕を受け止める。直後、無数の魑魅魍魎に襲われる幻覚が彼を襲い、それは実体となってカンベエの魂を吸い上げる。
「ぐ、う、あ……!」
しかし。その魔種すら怯えてしまうであろうほどの規格外の呪いは彼の精神を蝕む事はない。カンベエは歯を食いしばると、刀を力強く振るい腕を払いのけた。
「大丈夫か!」
「なんともない!」
シラスに笑って応えるカンベエ、一方ヨハナは――
「レパートリーが貧弱! 時々見るアレの方が5000兆倍ひどいです!」
謎のダメ出しで一喝し、その腕を目がけて巨大な杖をフルスイング。綺麗にかっとぶ腕を眺めヨシ!と指さした。
「まったく御主は――平常運転だな!」
気丈に振る舞うヨハナに微笑を浮かべ、汰磨羈は目にも止まらぬ速度で再び煌輝を振りかざす。先の連撃で奴は完全に弱ったはず。
「最早まともに避けきれまい、受けてみよ!」
一人で千手を放つかと錯覚させられるほどの汰磨羈の剣筋はサンズビッチを完全に崩し、その背中の腕の根本へと向けて魂の楔を叩き込む!
刺さった――確信した汰磨羈が飛びのくと、サンズビッチの背後から聞いたこともないような奇声が上がり、腕が次々と吹き飛ばされていく。アレもまた残った腕の栄養になるのであろうが、その一部でも、『本体』へと行きわたれば。
「みなさんお疲れですよね、今補給します!」
汰磨羈が一息ついたか付かないかの隙間に、ヨハンの身体から放たれる号令と放電が呪いに苦しむ仲間と自らを癒していく。怨念を一切受け付けない、縁の下の力持ち。
「お代わりだ怨霊! 壊し方しか知らないのが運の尽きだぜ!」
シラスは二つの魔術を混合させ、その手に光るメスの形をした魔力を握りしめる。
人間との戦い方を、その壊し方も他のどのイレギュラーズよりも知っているシラスだからこそ見えるものがある。切除は目に見える錆びついた腕よりも深く、もっと根本から、それでいて生命に影響が出ないギリギリを――!
「ここだ!」
「グアアアアア……!」
初めて上がる断末魔、そして出血。シラスは良しと頷きながら、続く仲間へ声を飛ばす。
「ミルヴィ!」
「了解、ここらへんカナ!」
踊る様に迫るミルヴィの乱舞は血の雨を振り払い、サンズビッチの腕を斬り落とす。暴れまわる腕の攻撃にも食いしばり、食らいつき……そして!
「隊長サン! 呪いに屈しないのがアンタ達の『戦い』じゃなかったの! 立って! そして戦って!」
最後に残った異物の腕を、大きく振り落した!
「やった……っスか?」
うつ伏せに倒れ沈黙したサンズビッチに汰磨羈がゆっくりと近寄り、その肩を揺さぶる。
「御主、サンズビッチ、目を覚ませ!」
「ウ……」
汰磨羈は静かに頭を挙げるとミルヴィと白を見渡し、彼女達がゆっくりと頷くのを確認する。ほんの微かであるが、自分達の思いは届いている。ゆっくりと安堵のため息をつこうととした――しかし。
「汰磨羈さん、下がりなせえ!」
「何っ!?」
カンベエの叫び声に汰磨羈が飛びのく、サンズビッチの身体から赤黒いオイルが吹き上がると、再びそれはより錆びついた腕の形となり彼を蜘蛛の身体の様に持ち上げたのだ。
「ヴァアアアア……!」
「船長、どうして!」
ヨハンが増え続ける腕の攻撃を受け止め食いしばる。
奴の体力は既に限界、腕もまた全て根本から削ぎ落したはず。だがこの血の雨が、絶望の青がある限り決して救われる事が無いというのか。
「あなたには、僕らには、ゼシュテルの血が流れてる! こんな雨になんか負ける筈がないんだ!」
「やっぱりこうするしかないっスか!」
時間だ――これ以上は自分達が持たない。
歯ぎしりしながら葵はヨハンに組みかかるサンズビッチへとボールを蹴り飛ばすと、拳を握りしめその本体へと痛恨の一打を叩き込む。
「悪いが仲間や友軍の命も救わねばならないのだ。恨みたいなら恨むがいい!」
変異した部位を斬り落とそうとも救えないのならば、こうするしかあるまい。自らの爪に迸る水の魔力を宿すと、汰磨羈は異形の脇腹へと突き刺した。
「まだ、だめです!」
だが諦めが悪いヨハナは皆を制止し、大きく船室のドアを蹴り飛ばすと大声を張り飛ばす。
「いいですか! 雨に当たらないように気を付けながら呼びかけるんですよ!」
船室から木霊するのは友軍の――彼の部下達の声であった。
「隊長!」「お願いします、隊長!」
「船長!」「サンズビッチ船長!」
「う……あ……?」
サンズビッチの動きが鈍る――それが動揺から来る反応である事を、シラスは見逃さなかった。
「そうだ、部下の声なら届くかも……!」
シラスはその触手を振り払うと船室の前へと走り、大きな声を張り上げる。
「もっとだ、隊長に呼びかけろ! 諦めんな、テメーらは世界最強の軍隊だろう!?」
「はいっ!」
広がる応援の声、更に大きくなるサンズビッチのうめき声。白の賢明な祈りが、同僚達の声を彼の魂へと届けているのだ。
「まだ戦いは終わってない! あの怒号は嘘だったの? 部下が不安そうに見つめてるぞ!」
「ぁ、ああ、ヒカリ……」
掴んだ、光。
「船長! 気合入れなおせー!」
「そうだよ! 鉄帝の戦士はこんな所で負けないんだから!」
ミルヴィは最後の力を振り絞り、踊る腕達へ次々と求愛の乱舞を放ち、何度も腕が生えようが叩き落としていく。
「そうですぜえ!」
怨念に蝕まれようとも仲間がいる限り。カンベエは仁王立ちをして倒れるものかと大声を張り上げる。
「鉄帝人ならば、勝つまで戦えというのです!!!!」
「そうだ! 皇帝から授かった任務は終わっちゃいないぜ、それでも鉄帝の精鋭かよ!」
何度腕が蝕もうが切り取ってやる。シラスは迫りくる腕を何度も振り払い、躱し、弾き飛ばすとその触手を再び真っ二つに引き裂く!
「最後に必要なのはアンタの心なんだ! 嫉妬なんかに負けるんじゃねえ!」
「ア、アアア……!」
サンズビッチの身体から赤い蒸気が吹き上がる、お互い限界まで力を振り絞った死闘。
彼の魂は再び目覚めようとしている、白はその最後の好機を逃さず――彼に憑く無数の悪霊達へと語りかけた。
「良く知ってるよ、水の中は苦しいよな、暗いよな」
『向こう側』を見れなくて辛かったよな、大丈夫だ、オレ達がすぐに連れて行って見せてやる。
「だからよ、船長とじゃなく、オレと遊ぼうぜ――『同胞』」
白が優しく黒い腕を伸ばし、抱きかかえようとした、が。
「ギヤァァァァァ!!!!」
周囲のイレギュラーズを吹き飛ばす勢いで全身から吹き上がる血、背中だけではなく全身の隙間という隙間から湧き上がる腕。もう酸化鉄の塊と言ってもいい程に錆びついたその腕は、彼の変異の進行があまりにも早い事を示していた――
「嘘でしょ、まだ、まだ足りないの……!?」
ミルヴィが口惜しさから噛みしめた唇から血が零れる。これほどアプローチを仕掛けても、みんなで呼びかけても、ほんの一瞬でも彼を戻せないなんて。
皆の意識が朦朧と仕掛けていた、その時。
「皆さーん! 誰か一人忘れてませんかー!?」
そう、誰よりも諦めが悪いヨハナが残っていた。彼女はしっかりと両手でその複雑な杖を握りしめ、大声を張り上げる。
「こうなったら仕方ありません、切り札を使わせてもらいますね!」
その鍵杖は虹色に燃え上がり、絶望を吹き飛ばせと轟き叫んでいる!
激しい闘気の奔流にシラスは思わず振り返る、イレギュラーズがこれほどの力を解放する方法なんて、一つしかないじゃないか!
「おいヨハナ、それは!?」
「ヨハナはこういう時にしんみりするなんて御免ですっ! これでみんながハッピーになるなら喜んで使います!」
それはヤケクソでも悪ノリでもあるまい、彼女なりに考えた、最後に遺された解決方法。
ヨハナの精神を込めた全身全霊の一撃が今まさに炸裂しようとしていた――!
●その身滅んでも
「止セ。勇者よはなヨ、止スんだ――」
「へ?」
血の混じった低い男の声とヨハナへ差し伸べられた腕が、それを静止した。弱まる光、ヨハナはがっくりと腰を落とす。
「も、もう! 驚かさないでくださいよ!」
「隊長、もう大丈夫なのか?」
シラスの言葉にサンズビッチは静かに首を振る。直後、彼の肉を食い破り再び露出する錆びの腕――彼らの戦いは確かに彼の呪いを大きく削ぎ落したが、変異の定めは絶対であった。
「『同胞』達よ、邪魔しないで貰いたい」
サンズビッチは口から零れた血を拭き取り、必死に立ち上がり、怨霊へ説得を続けようと諦めない白へと声を絞り出す。
「俺も随分と好かレたようだ、な……だが、この嫉妬の連鎖は終わらせなけれ、ば」
一歩。
また一歩、彼の身体がよろよろと後方へと進んでいく。彼の『本物の腕』に握られた火薬の筒が目に入った瞬間、ミルヴィは思わず目を見開いた。
「隊長サン! それでいいの!?」
「呪いには屈しないと言ったハズだ。それに……最期だけデも人として生きる事ができたのだ、悔いは、ない」
一つたりとも希望を欠いてはならぬ。
暴れまわる腕が船べりを抉り火花を散らす。火花の一つが導火線へと乗り移るのをサンズビッチは眺めると、イレギュラーズ達へと弱弱しくほほ笑んだ。そして、爆薬を抱きかかえながらそのまま重心を破れた手すりの向こう側へと預けていく。
「希望ヲ支え、勝利を信じるノが俺達の役目――さあ、進め」
そして、この海に勝ってくれ。
数秒後――鼓膜を引き裂くかのような巨大な爆音と絶望をどよめかせる程の希望の光が、赤黒い空へと突き刺した――
「それでは、お気をつけて」
数分後、補給船の新たな船長となった隊員が軍船へと向け敬礼をする。その眼差しは惨劇と混乱の直後とは思えぬほど強く、決意の炎に満ちていた。
補給船の兵士達はサンズビッチの意志を継ぎ補給部隊の機能を維持し、一度アクエリアに戻って再編成の後に再び救援物資を届けるのだという。そして空いた軍船には、『考えうるこの場の最高戦力』が引き継ぐ形となったのだ。
可能な限りの回復薬と食料、そして弾薬を受け取ったイレギュラーズ達は離れていく勇敢な鉄の兵士達へと敬礼を返すと、静かに雨の降りしきる外界への扉を閉めた。これを戦地へと送り届ければ、戦線の維持がより強固な物へとなるだろう。
静まり返った軍船の船室の中、ヨハンの小さな声が響く。
「あの人は負けていません、まだ戦っています」
彼の肉体が滅んだとも、その魂が絶望へと溶けたとも誰も見ていないのだ。まだ諦めない、まだ遺された手段は一つだけ残っている。
「ああ、わしらは進まなければならない」
彼を救うために自らの身体をも蝕む廃滅を、怨霊を支配する冠位魔種アルバニアを倒す――カンベエだけではなく他の仲間達もそうであったであろう。
「行くッスよ」
エンジンが駆動する音が重く鳴り響く。
希望を運ぶその鉄の塊は、勢いよく波を切り裂き、彼らを絶望の青の最深部へと導いていった……。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
かなりの強敵でしたが、良くサンズビッチを止めてくれました。
補給部隊は機能を維持したまま、決戦の地へより多くの資源を提供し続けるでしょう。
サンズビッチの行方は不明です。彼を完全に救うには至りませんでしたが……きっとイレギュラーズ達へ最後まで感謝し続けた事でしょう。
BS無効ですら油断できない超呪殺という触れ込みでしたが……そもそも受け付ける以前の問題という人が何人か見られイレギュラーズの底力に大変驚きました。
それではありがとうございました、またの機会がありましたらよろしくお願いします。
GMコメント
こんばんは、塩魔法使いです。
ついにやってきました嫉妬との最終決戦。これはその一幕で御座います。
●ミッション
・補給艦を護る
・敵?を倒す
●敵?
・隊長サンズビッチ?
鉄帝の隊長であり、補給艦を指揮していた軍人……であった男。
海に彷徨う怨念に憑依され変異種(アナザータイプ)と化し、既に人では無くなりかけてしまっている。
肉体を突き破る様に生えた無数の鉄の腕はその見た目通りに恐ろしく高いEXAと命中、そして体力を誇り、怨念を振りまく悪夢のような敵。
・【通常攻撃:超呪殺、域】 通常よりも強力な呪殺を振るいます。
・【怨念】 各種BSの2段階目(毒であれば猛毒まで)を自在にスキルで操ります。
・臨機応変 自らの腕が多ければEXA、少なければ両面攻撃力が増加します。
●友軍
・鉄帝兵×10
補給艦でサンズビッチの指揮下についていた鉄帝軍の兵士です。後方支援とは言え鉄の兵士達は強靭な肉体を持っています――が、隊長の変貌に恐れおののき、力を完全に発揮できなくなっている状態です。
●補給艦
絶望の青の最前線で戦うイレギュラーズ達や兵士達に必要な物資を送り届ける艦船の一つ。
40m四方の戦闘領域を持つ巨大な蒸気船であり、見捨てでもしない限りは沈没はしないだろう。
空は赤黒い血のような雨を降らせる黒い雲に覆われ、光源は十分ではない。
(イレギュラーズは加護によりこの雨に対する耐性を得ているため、変異種と化す事はありません)
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
それでは、よろしくお願いします。
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