シナリオ詳細
<鎖海に刻むヒストリア>黒き翼染める時
オープニング
●
夢を見ていた――
貴方の隣で、青い海の上を走る夢。
波の音が絶え間なく耳朶に響く。
揺れに合わせて軋む船。
仲間達の笑い声。
何の変哲も無い。『日常』のワンシーン。
幾度繰り返したか分からない、ありふれた風景。
幸せに満ち足りた思い出。
「っ……!」
目を覚ませば、陽光がカーテンの隙間から零れていた。
ローレンスは自分が置かれている状況を瞬時に思い出して悲しみに暮れる。
今まで見ていた『日常』ではない『丘の上』の一室。
ローレンスを蝕む廃滅病の進行を遅らせるため、バルバロッサは絶望の青から彼を遠ざけた。
すなわちそれは、手の届かぬ場所に留め置くということ。
会えないということ。伸ばした指先に温もりが感じられないということ。
「絶対に間に合う、から」
小さく口に出した言葉。
不安で押しつぶされそうになる心を励ます言葉。
「うぅ……」
けれど。本当に間に合うのだろうか。
ローレンスに巣くう廃滅病は、既に身体の内部にまで到達している。
身体が内部から溶かされる激痛に。夜も安眠など出来はしない。毎日気絶するように眠りに落ちるのだ。
怖いとローレンスは思う。
このまま廃滅病は己の身をドロドロに溶かしてしまうのではないか。
船の上でもない。戦場でもない。バルバロッサの傍でもない。
このベッドの上で、惨めに、ただ独りで。死んでしまうのではないか。
バルバロッサの為に死ぬことができるのならば、それは意味のあることだろう。
ローレンスにとって自分の命よりも大切な存在なのだから。
けれど、この場所には何も無い。
バルバロッサを助けることも出来ず、自分が弱って行くのを待っているだけなんて出来はしない。
それに。絶望の青への進軍はバルバロッサとオーディンの両船が共同戦線を張るという。
チクリとローレンスの胸に痛みが走る。
赤き炎燻る『赤髭王』バルバロッサと青き雫醒める『青鰭帝』オーディンが共に並ぶ様は、きっと壮麗で気高く美しいのだろう。想像するだけでも目がくらむ。
本来であれば、その傍に自分も居るはずなのに。
何故。
『――ねえ、憎らしいじゃない。好きな男の傍に。他の女が居るなんて』
ローレンスの脳内に響く声。絡みつく言葉。心臓がドクリと撥ねる。
これは聞いてはいけないものだ。耳を傾ければ立ち所に堕ちて戻れなくなる類いの『呼び声』だ。
「うぁあああぁあぁぁぁ!!!」
叫び声を上げ、ローレンスは走り出す。
部屋を出て、宿を抜け。港町の石畳の上を裸足で駆けた。
憎らしくなんてない。そんなこと思って居ない。
けれど。傍に居たい。怖くて、怖くて堪らないのだ。
「ひとりは嫌だ」
全身を走る激痛に顔を歪めながら、ローレンスは。――前を向く。
桟橋に停泊している小型の船に向かって歩き出す。
その船の船長らしき男の肩を掴んだローレンス。
「お願いです! どうか、船を――!」
●
パライバトルマリンの水面が色を増して行く。
絶望の青の中継地点。アクエリア島で補給を済ませたイレギュラーズたちは、バルバロッサ率いるアルセリア号に乗り込み。その先の後半の海へと出立しようとしていた。
「お頭。入り江に船が……」
船員がバルバロッサへ望遠鏡を渡す。
覗き込んだレンズの先には、見覚えのある年代物のジーベック船がこちらに向かってきていた。
ジーベック船はどんどんと近づいて、アルセリア号の横にぴたりと着ける。
サックス・ブルーのマントをはためかせ。
欄干に飛び乗るは。
「まさか、このヨナ・ウェンズデー様を置いて行くなんて事はないだろうね」
『青鰭帝』オーディンこと『看板娘』ヨナ・ウェンズデーだった。
「これは頼もしい援軍だぜ」
バルバロッサが肩をすくめて見せれば、そうだろうと肩を張るヨナ。
「前回の借りは返させて貰うよ」
腰に手を宛て、歯を見せて笑うヨナにイレギュラーズは頷いた。
この先の絶望の青にはヨナみたいな頼れる船乗りが一人でも多く必要だろう。
「さあ、行くよ! この『青鰭帝』オーディンについてきな!」
「「おお!!!!」」
●
「何だって!? ローレンスがこっちに向かってるってのかい!?」
伝書鳩に括り付けられた第一報を受け取ったヨナは船内に響き渡る声で叫んだ。
「……は?」
明らかな動揺を見せたバルバロッサ。ガタリと椅子を鳴らし自船アルセリア号に戻ろうと踵を返す。
「待ちな。バルバロッサ。気持ちは分かるけどね……」
ここは絶望の青。アクエリア島から更に先。
後半の海を進軍しているスレイプニル号の中だ。窓からは併走するアルセリア号が見える。
誰かの大切な人を救うため。自分に課せられた鎖を外すため。
イレギュラーズは破竹の勢いで海を走り抜けていた。
彼らの背を後押しするべく海洋王国女王イザベラとソルベは一計を講じる。
敵国であるゼシュテル鉄帝国からの大援軍を引き出すというものだ。
今までのような少数での攻略ではなく、海洋鉄帝の連合軍で攻め入り、アルバニアを『確実に』引きずりだすのだ。
「今から引き返して行き違いになっちまった方が危ないよ」
安全地帯など何処にもないこの海域で、比較的安全な海路を取っている状況において、違う航路を辿るのは船員を危険に晒すことと同義。
「もうすぐ日が暮れる。真っ暗な海じゃ探せるものも探せないよ」
「……あぁ。そうだな」
絞り出した声は苦虫を噛みしめたようなもので。
悔しさを滲ませるバルバロッサの背を、ヨナは軽く叩いた。
「大丈夫。あの子はそう簡単に死にやしないよ」
「分かってる。あいつは俺の次に強い。戦闘だけじゃねえ。泣き虫なくせに強情でな。人一倍の努力家で、そのくせすまして何でも無いように振る舞いやがる」
「そうか。そのローレンスが追いかけてきたってことは、相当な事があったんだろうね」
ヨナは腰に手を当て考え込む。
ローレンスを迎えに行った方が良いのだろうか。それとも。
その時。
けたたましい警鐘が船内に響き渡った。
「お頭! 後方から小型の船が猛烈なスピードで近づいてきます!」
「――総員、戦闘準備!!!!」
この絶望の青で前を行く船を追い抜かすメリットなどありはしない。
風よけ弾よけよろしく後ろに控えている方が安全なのだ。
その定石を無視するのならば。それ即ち『敵意』を持っている存在に他ならない。
バルバロッサは甲板に走り出す。
そこには頼もしいイレギュラーズの姿があった。
皆、臆することなく真っ直ぐに敵へと視線を向けている。
バルバロッサより年下の者もいるだろうに。
こんな状況においても、イレギュラーズの意思は揺るがない。
正しく。特異運命座標なのだと認識させられる。
「あれは……」
敵へと視線を向ければ、見慣れた金髪と蒼い瞳。バルバロッサの目が見開かれた。
けれど、その背には歪な形の黒い翼が生えている。
「エリオット。お前、生きてたのか!」
前回の闘いで致命傷を負い海へと沈んだ『黒鷹の瞳』エリオット・マクガレンが船首に立ってこちらを睨み付けていた。
「く……ははは! あの程度の傷で死ぬはずが無いだろう? 俺はもう、人間じゃあないんだよ!」
次第にオレンジ色を増して行く空に、エリオットの暗い瞳が陰っていく。
「魔種だ。首輪を付けられた犬だよ。俺に残ったのはこの糞みたいな呪いだけ!」
羨ましいのだと。眩しく光るイレギュラーズ達が羨ましいのだとエリオットの目は告げていた。
「だから、もう。全部終わりにしよう。何もかも全部。終わりだ!」
エリオットの傍らに蹲っていたローブの人影が彼の腕を掴む。
弱々しく掴んで。それでも離さない意志の強さ。
「まさか……」
バルバロッサが欄干から身を乗り出した。
その黄金の瞳は違えない。それが誰なのか見紛うはずも無い。
「ローレンス!!!!」
バルバロッサの声に安堵の表情を浮かべるローレンス。声を聞くだけで心が安らぐ。
たったそれだけの事に。エリオットは酷く嫉妬した。
「なあ、ローレンス」
「どうしたの、兄さん」
「最期の望みを聞いてくれないか? なあ、俺と一緒に死んでほしい」
そうすれば、もう誰も傷つけないから。大人しく海の泡となって消えてみせるから。
縋る瞳。心の弱いエリオットの。最後の砦。
「それは出来ない。僕の命は赤髭王バルバロッサのものだ」
分かりきった答え。それでも一縷の望みに縋った自分が愚かだったのだろう。
「あぁ……そうだよな。ローレンス、お前はそうだ。いつも、家族(おれ)よりあいつを選ぶんだ」
エリオットは絶望し涙を流す。ぶるぶると身体が震え、感情が爆発する。
「もう、いい……! お前も。バルバロッサも」
激高したエリオットはローレンスを引きずって海へと落とした。
普段の彼なら海を泳いで逃げおおせるかもしれない。
けれど、体力は既に限界。全身を駆け巡る激痛で浮き上がることすら出来はしない。
「ローレンス!」
バルバロッサは銃とコートを投げ捨てて海へと飛び込む。
「――全部、殺してやる! イレギュラーズも! 此処にいる全て、全部だ!!!!」
ローレンスは沈む身体で兄の声を聞いた。
取り乱し精彩を欠いた怒号。悲しい声。
それと同時に。
また、あの声が聞こえてくる。
『ねぇ、悔しいでしょう。自分の無力が。力が欲しいでしょう? さあ、この手を取って――』
視線を上げれば、オレンジ色の太陽が水面に揺らめいていた。
- <鎖海に刻むヒストリア>黒き翼染める時Lv:18以上完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年05月23日 22時16分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
オレンジからモーベットへ移ろう空の色。
耳を浚う波の音と船の軋み。
忙しなく動き回る船員の靴音と怒号。
夕陽に煌めく金髪がキラキラと風に揺れていた。
海へと飛び込んだ『赤髭王』バルバロッサの背を視線で追いかける『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は、先刻彼が発した言葉を反芻する。
ローレンスと彼は言った。
「陸にいたんじゃ?」
先日の戦いの前に港町で療養させているとバルバロッサは言っていた。
それが、何故この絶望の青の只中に居るのか。
「来ちゃったの……なんで?」
アリアは海に消えたローレンスの思惑を推察する。
廃滅病に侵され、ろくに動けもしない身体。戦闘において自分が役立たずだということは賢いローレンスであれば理解しているだろう。
その状態を認識していながら、それでもバルバロッサの存在が必要だった理由。
「まさか」
至る可能性は一つ。
極限の状態で抗い難い存在に出会ってしまったということ。
原罪の呼び声を聞いてしまったということだ。
それから逃げるために。バルバロッサの傍に居たいと思ったのだろう。
「だとしたら、マズい!」
知らせなければ。バルバロッサにローレンスのことを。原罪の呼び声が彼を蝕んでいることを。
アリアは隣の『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)へ頷く。
「任せて!」
勢いよくオレンジの海へと水しぶきを上げるミルヴィはバルバロッサの後を追いかけた。
海の透明度は高く、どんどん沈んでいくローレンスが見える。
ミルヴィはバルバロッサへ追いついて、二人でローレンスを掴んだ。
『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)の瞳はオレンジの陽光を反射する。
赤髭王との縁もこれで三度目だと、十夜は数奇な巡り合わせに息を吐いた。
今回はバルバロッサだけではない。『青鰭帝』オーディンだって居る。これは今回の依頼も楽勝だなと心の中で呟いた言葉を十夜は肩をすくめて打ち消した。
「――とはいかねぇな、流石によ」
気怠げな視線は近づいてくる小型の船に注がれる。
船の船首に立つ『黒鷹の瞳』エリオット・マクガレンを一瞥し大きく溜息を吐いた。
もう、声の届く範囲。
「やれやれ、この間やり合って、少しは気を紛らわしてやれたかと思ったんだがなぁ」
「貴様……!」
前回の戦いで思い知らされた眩しい輝き。
自分と同じ暗さを持ちながら、前へ進もうとする十夜を見つけエリオットは憎悪の炎を燃やす。
その様子を見遣り十夜は眉を寄せた。
――結局。狂気に心を明け渡しちまったってわけかい。
前に対峙した時に見せた正気と狂気。迷える魂の叫び。
それが今はどうしようも無く破綻して壊れている。狂気に堕ちたいろ。
「お前さんの、あの時の“問い”への答えがまだだったってのに……残念だ」
「答えなど……! もう、何も無い! 全部、ぶっ壊す!」
戦場に響き渡るエリオットの声は怒りと憎悪に塗れていた。
エリオットの怨嗟に引き寄せられて煉獄鳥が何処からともなく飛来する。
ガァガァと耳をつんざく泣き声で海の上を飛び回っていた。
「わぁ……わんさかいるのよ」
夥しい数の煉獄鳥を見上げ『ピオニー・パープルの魔女』リーゼロッテ=ブロスフェルト(p3p003929)は辟易すると肩を竦めた。
このまま、あの大群を相手取るのかと思うと嫌になってくる。
けれど、この身は未だ。未知の魔術を探求し尽くしていない。極めるにはまだ早いのだ。
ここに居る仲間だって然りであろう。
道半ばで。それもこんな海の上で泡となって消えるなんて真っ平御免被る。
ならば取るべき手段はただ一つ。
リーゼロッテは魔術礼装を展開する。散りばめられた色取り取りの宝石が光を放った。
「もう、仕方ないわね」
自分の持ちうる全てを賭して。どちらが生き残るか。
「やってやろうじゃない!」
死闘という名の審判は、高らかに打ち鳴らされる。
「ああ。全力を尽くそう!」
リーゼロッテの声に呼応するは『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)。
魔種という存在はきっと、どのような存在であれ。
何かに絶望し、怒り、憎悪し、諦め、渇望した――悲しい存在なのだろう。
マリアの赤い髪が海風に揺れる。
今までの自分自身では成し得ない事を、他人の力に縋ってしまった結果。
どうしよもなく不可逆的に。堕ちてしまった存在。
もし、彼等に救いがあるとするならばそれは『死』だけなのだろう。
一度誰かに与えられた達成感は、自分では購うことは出来ない。
まるで麻薬だとマリアは思う。
そんな悲しい者達に、自分達は負けることが出来ない。
何がなんでも。勝ってみせる。
それが、呼び声に縋るしかなかった魔種への手向けとなるだろうから。
「嫉妬に、無茶に……男って、馬鹿よねぇ」
「ははっ、違いないね!」
コツンと甲板を叩く靴音が聞こえた。
頬に指を添えて微笑む『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は隣に立つオーディンこと『黄昏の青鰭』ヨナ・ウェンズデーに語りかける。
「こんな綺麗な夕暮れ時は、ラムを楽しみたいのに」
「いいねえ。モヒートなんて美味そうじゃないか」
ミント香る清涼感は夏を感じさせる味わいだろう。ビールとワインを割ったビア・スプリッアーも良いかもしれない。
「でも、赤髭コンビとまだ飲み交わせてないし……」
今までのほのぼのとした空気がゆっくりと冷えていく。
『そちら側』に行かせてなるのもか。まだ、終焉を迎えるには早すぎる。
こんな所で終わるなんて、許さない。
「ヨナちゃん! 貴女らしく、派手に暴れちゃいましょ!」
「あいよ!」
アーリアとヨナの声と共に戦線が開かれた。
――――
――
『墨染鴉』黒星 一晃(p3p004679)の漆黒の瞳は鋭い眼光を宿す。
血を啜り真打を越えんとする執念の刀に橙の夕陽が反射した。
精神を研ぎ澄ませ、最良の一閃を得るために構える。
狙うは戦場に降り立つ黒き翼。
意思の弱さ故に魔種へと堕ちて。死地でさえ肉親の情へ縋ろうとした哀れな男に視線を向けた。
「エリオット・マクガレン……」
もう彼に縋るものなど何も無いのだと、一晃は柄を強く握りしめる。
一晃は誰よりも早くこの戦場を知覚できた。
煉獄鳥が空から強襲を繰り返す。エリオットが剣を抜き去ったその瞬間。
アルセリア号に居た操舵手トニーは、隣の船の上を走る銀色の光を見た。
一般人には目で追うことも出来ない程の爆発的な跳躍。
それは、煉獄鳥を引き裂き、エリオットの胴にブラッディ・レッドの穴を開けた。
「ぐ、ぁ!!!!」
一晃が放った痛打にエリオットは苦悶の表情を浮かべる。
払う剣先が一晃の腹を割いた。
両者から流れる血が甲板の隙間を伝う。
鉄の味が空気に漂った。
「リゲルお兄ちゃんとゼファー殿は煉獄鳥を!」
エメラルドの左目で『求婚実績(レイガルテ)』夢見 ルル家(p3p000016)は仲間に合図を送る。
一晃が開いた戦線を封鎖される前に、煉獄鳥を引きつけるのだ。
ルル家の声に頷く『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は銀色に輝く美しい剣を鞘から抜いて前を向いた。
「やれ、どいつもこいつもワケありってやつ?」
ゼファー(p3p007625)のヒールの音が甲板を鳴らす。
槍を取り回せば、風が割ける音がした。
少しずつその身を水平線へ落としていく太陽を横目で流してゼファーは口元を歪める。
ここは絶望の青。一寸先は豪雨や大渦が荒れ狂う摩訶不思議な海域。
あの太陽だって本当に沈んでいってるのか分からない。
もしかしたら、時計も何もかもが狂って、自分達は真夜中の海の上を彷徨っているだけかもしれないのだとゼファーは考えを巡らせる。
こんな恐ろしい水平線の彼方まで、追いかけてきて何を得るのだろうか。
死に近い場所なのに――否、そんな場所だからこそなのだろう。
極限に追い込まれた人間が求めるものは、きっと純粋な欲望。
「まあ、兎に角」
理由なんて人其れ其れ。
仲間がエリオットとの決着を着けるまでゼファーは煉獄鳥相手に耐えしのぐのみ。
「そっち、任せたわよ」
「ああ!」
煉獄鳥目がけて走り出すゼファーとリゲルの声が船上に響く。
親しい人が魔種になる辛さをリゲル=アークライトは知っている。
どれだけ現実を否定しても。どれだけ願いを捧げても。
魔種になってしまった者を戻すことは出来ない。
銀色の光がリゲルの身体を包み込む。
悲しい連鎖は断ち切らねばならない。これ以上、辛い思いはさせたくない。
この手に守れる範囲ではあるのだ。
声を掛けることが出来る範囲ではある。
しかし、此処でエリオットを倒す事ができれば未来に救える命がある。
ローレンスを引き留める事ができれば、悲しい思いをする者が減る。
リゲルは銀剣を空へと掲げた。
「――北の空に燃ゆる星あり。七つの輝きを持って降り注ぐ、業火の炎舞!」
リゲルの剣先から生み出される魔法陣は、宇宙の彼方より流星を伴い煉獄鳥へ降り注ぐ。
「ギァァア!!!」
「ギッギギ!」
リゲルの攻撃に身を焼かれ海へと堕ちていく煉獄鳥。
辛うじて致命傷を免れた個体も怒りを露わにリゲルへと突進した。
●
冷たい海の底に沈んでいく身体。
動かそうとすれば、痛みが全身を走る。
けれど、ローレンスは遠くに見えるオレンジの水面に手を伸ばした。
信じている。
誰よりも何よりも大切な人が。
この手を取ってくれるのだと疑うことなく。
ぎゅっと握られる感覚があった。次に大きな腕の中に包まれる。
同時に温かな加護がローレンスを覆った。
「か、はっ!」
「ぷはっ!」
水面から顔を出したバルバロッサはミルヴィに先に上がるように合図する。
意識を失っているローレンスを抱えてロープを引き上げて貰うには時間が惜しい。
その間に煉獄鳥からの攻撃を受けるとも限らない。
「行くぞ、嬢ちゃん!」
「任せて!」
甲板のミルヴィ目がけてローレンスを投げるバルバロッサ。
その隙。
海に落ちたローレンスをバルバロッサが救出に向かった時点で生じる絶対的な隙を見逃す程、エリオットは愚かではなかった。情けも有りはしなかった。
エリオットは翼を広げ槍を前へ突き出し甲板を蹴る。
翼の推進力と合わせて一気に戦線を抜けた。
「……っ!」
それは一瞬のこと。
気付いた時にはエリオットはローレンスを狙い槍を突き入れていた。
「ローレンス!!!!」
バルバロッサの叫びが戦場に響く。
ぽたり。
アガットの赤が甲板に落ちる。
白い鎧に映える赤。
槍先はローレンスには届かない。
「全員殺すのだろう?」
それはリゲルの背に食い込んで肉を抉っていた。
「まずは俺達を殺してみろ!!!!」
「チッ!」
勢いよく槍が引き抜かれた衝撃でリゲルの傷口から血が噴き出す。
この痛みをローレンスが受けていれば致命傷だっただろう。
リゲルの予感は当たっていた。
膝を着いたリゲルへ槍を構えるエリオット。
その矛先に割って入るのはルル家だ。
エリオットの背後から宇宙の理を越えた閃光を放つ。
多少の命中を犠牲にしようとも、コインの裏表が常に同率なように。
弾ける弾丸はゼロかイチのルーレットだ。
「縋るだけで何が得られますか!」
ルル家の言葉はエリオットへの挑発。
本来であれば己の力で戦い勝ち取らねば得られぬものを。
嫉妬という名の言い訳に縋り、誰かのせいにして目を背けたのだと言葉を重ねる。
「貴方は戦う事を怠った!」
恋人が取られて憎いならばトルタから奪い返せばいいだけのこと。
自分には何も無いのだと。自分の可能性を持って戦う(しんじる)事が出来なかった己の咎。
「今この状況は貴方が招いた事に他ならない!」
「う、るさい! 小娘が! 俺の何が分かる!」
ルル家に向き直り槍を振るうエリオット。意識は弱ったローレンスから離れる。
「大丈夫? 今、回復するのよ」
リゲルの元へ駆け寄るリーゼロッテ。痛みに眉を寄せるリゲルを支え聖なる力に意識を集中させる。
傍に居るローレンス共々癒やすため、煌めきの羽ペンを空に走らせた。
「――告げる。瘴気溢れる地を塗り替え、安寧を齎す聖域と成せ。その為の依代は此処にあり」
リーゼロッテの声と共に広がるペールホワイトの光。
リゲルの傷口はゆっくりと塞がり、跡形も無く消え去った。
「すごいな。ありがとう」
「いいのよ。ほら、行ってくるのよ」
「ああ!」
リーゼロッテはリゲルを送り出し、ローレンスに向き直る。
海水を飲んでむせてはいるが、死んではいない。
だが、苦しげに眉が寄せられている。悔しげで今にも泣きそうな表情。
「ごほ、ごほっ……いや、だ。聞きた、くない」
「おい、ローレンスどうした」
背中を擦りながら様子を伺うバルバロッサ。その耳元へアリアは言葉を紡ぐ。
取り返しの着かない状態になる前に。
「ローレンスさんは恐らく、原罪の呼び声を受けています」
「なんだと!?」
アリアの声に振り返ったバルバロッサ。
意思の強い彼が、自身が足手まといだと理解した上で、バルバロッサ命令を無視してまで、此処にきた理由はそれ以外考えられないと更にアリアは言葉を重ねる。
「それと、ローレンスさんを、いや副船長の帰還を喧伝してもらえますか?」
「ああ、そうだな」
それは下がっていた士気を上げる大切な言葉。
此処にローレンスは居るのだと。居てもいいのだと勇気づける言葉。
ローレンスを抱き起こしたミルヴィはしっかり立ち上がれるように支える。
「二人共一緒に戦おう! 貴方達の力が必要なんだ!」
ミルヴィの声は咲き乱れる花のように軽やかで元気づけられるもの。
「あのお兄さんに目にもの見せてやんなきゃ!」
ローレンスは視線を上げた。途端に耳を浚う戦場の剣檄。
「アンタの弟は凄いんだぞ! ってサ」
明るく朗らかな笑顔。温かな陽だまりのようなミルヴィのこころ。
ローレンスは一歩前に出る。
ふらつく上半身は十夜が支えてくれた。
その先にはバルバロッサの姿がある。ローレンスは手を懸命に伸ばした。
届けと願って伸ばすのだ。
その手を受け止めようとバルバロッサは腰を落とす。
「心配なのはわかりますがローレンス殿も1人の男です!」
戦場に響いたルル家の声。
優しいだけが正解ではない。
「命尽きようと最後まで自分の運命は……!」
攻撃を受け甲板を転がりながら、それでも伝えなければならない言葉をルル家は叫ぶ。
「自分で勝ち取りたいでしょう!」
だって、自分自身がそうであるから。
命が尽きてしまうかもしれない。そんな状況で誰かに運命を委ねるなんて。
出来るわけがないとルル家は戦場を撥ねた。
「まぁ拙者は男ではなく超美少女ですけどね!」
ウィンクと共に一瞬だけ視線を向けるルル家。
「旦那」
十夜がバルバロッサを呼ぶ。
「……ああ」
ローレンスへと伸ばしかけたバルバロッサの手は握りしめられた。
コートを纏い、戦場へ踵を返す。
「あの大きな背中が存分に暴れる為には貴方が必要、解っているでしょ?」
何のために此処まで来たのか。
ただ、会いたいからなのか。それだけなのかとアーリアの瞳は問う。
「一緒に、戦いましょう」
共にある為に。己の魂を賭して抗えと。
「はい」
アーリアから回復を施されながらローレンスは頷いた。
――――
――
ギャアギャァと煉獄鳥の煩い鳴き声がゼファーの耳元で木霊する。
リゲルに視線を向ければ、全て分かっていると瞳が語った。
百戦錬磨のイレギュラーズ。中々どうして頼もしい。
「さあさ。こっちは行きずりの渡り鳥が任されますわ」
誰にも縛られず、自由な風を掴み羽を広げる。
そんな彼女がローレットに居座っているのは、居心地が良かったからだ。
顔を覚えられる程に、深く関係を結んだ人々がいる。らしくない自分がいる。
けれど、それでも構わないかと思えるほど。彼女達の笑顔が好きだった。
自分がここで戦線を維持できなければ、行く行くは掛け替えの無い彼女達にも被害が及ぶことになる。
「だから、海賊さん達は決着をつけてらっしゃいな」
ゼファーの代わりに仲間が敵を討ち。仲間の代わりにゼファーが鳥を押さえる。
だから、存分に振るえ。
己の剣は仲間の拳であり、己の回復は仲間の盾である。
「後悔も禍根も、因縁も。何もかもにも、ね」
口の端を上げてバルバロッサに視線を送るゼファー。
「嬢ちゃん……、ありがとな。そっちは任せたぜ!」
「ええ! 任せなさい!」
ゼファーの槍が煉獄鳥を切り裂き、飛び散った血は雫となって落ちた。
より多くを引きつけるため、リゲルへと視線を上げるゼファー。
リゲルは怒り狂った鳥の鉤爪を受ける。
一つ一つはたいしたことの無い攻撃。されど蓄積されれば致命傷となりえるだろう。
「はぁ、……っ!」
煉獄鳥の鉤爪がリゲルの首元に食い込み肉を削いだ。
吹き出す血は柘榴の実の如く赤い。
だが、こんなもので夜空に瞬く星の輝きを、曇らせることなど出来はしない。
夕空の青が少しずつ濃くなってきた戦場にリゲルの光輝が煌めく。
目の前に寄り集まった煉獄鳥を一掃するため身を屈め銀剣を後ろへ抜いた。
閃光が迸り。
銀色の光が真一文字に走った。
その銀閃は命を奪わない。
けれど、吹き飛ばされて海に落ちた煉獄鳥のその後までは関与しない。
溺死するならば、それが運命。最期までけたたましい鳴き声で煉獄鳥は海に沈んでいった。
一晃は鋭い視線をエリオットに向ける。
「嫉妬する貴様は信じることを諦められぬ」
投げかけられる言葉にエリオットは目を見開いた。
「何処までも己の想いが報われることを、その心のどこかで信じている」
「信じる、だと? この俺が何を信じているというのだ。何もかも信じる事なんて出来ないから、こんな風になってしまったというのに……!」
顔を歪めて一晃へと槍を向けるエリオット。
黒き翼の矛先は一晃の身体を穿ち、アガットの赤がボタボタと音を立てて落ちる。
「だが……もう、嫉妬に浸かり切った、貴様に……」
縋る希望など無く。ただ、何も手に入れる事が出来なかったという現実だけが存在していた。
諦めきれなかった思い。故に、此処まで来てしまった衝動。
どうしようもなく堕ちてしまった方が斬り甲斐があると一晃は贋作の妖刀を握りしめる。
一晃に蓄積された傷は幾重にも重なり、今此処に立っている事が奇跡。
だが、彼の瞳は鋭さを失っては居ない。
神速の跳躍。切り結ぶ刃。
この一太刀に全身全霊を賭して。
一晃は叫ぶ。
「墨染鴉、黒星一晃───一筋の光と成りて、黒き嫉妬を海へと帰す!!!!」
彗星走る刃の煌めき。
受け止めきれぬ重さに、エリオットの左腕は切り離され。
エンバーラストの赤をまき散らしながら、甲板を転がった。
●
「……ぐ、ぅ!」
マリアの喉の奥から声にならない声が上がる。
背中に突き刺さるエリオットの槍。
内蔵が抉られる感覚に吐き気がした。
後から襲って来た痛みに視界が明滅し、真紅の炎が揺れる。
そして、安堵した。
間に合ったのだと――
一晃が放った一撃はエリオットの体力を大幅に奪うことに至った。
しかし、反撃は凄まじいもので一晃は槍での猛撃を受けたのだ。
とどめを刺す為に大きく振り上げた槍先に。
電光石火の速度で割り込んだのがマリアだった。
「マリア! 大丈夫かい!?」
「私は大丈夫……! それより一晃を!」
一瞬でもエリオットの動きが遅くなるように、マリアは自分の背中に刺さった槍を掴んだ。
その隙に走り込んで来たヨナが一晃を掴んで仲間のところへ投げる。
「チィ!」
マリアを蹴りつけ槍を引き抜くエリオット。
お互い翻り、距離を取る。
背中から滴るブラッディ・レッドの血を感じ、歯を食いしばったマリア。
回復の手は一晃に向けられている。
こうなれば、一秒でも長く戦場に立つのみ。
生憎と負けてやる気も無いとマリアは赤い瞳をエリオットに向けた。
「どっちの手数が上かな!! いくよ!!」
「ガキが……っ!」
マリアからパチパチと電気の弾ける音がする。
赤い光は頬を滑り、マリアの全身を覆った。
迫る黒き槍を瞬時に交し、身を低くしたマリアは右脚を後ろへ滑らせる。
本来であれば技を繰り出すのに時間を掛けて集中しなければならない。
しかし、マリア・レイシスは神をも穿つ雷光殲姫。
超速に高められたエネルギーはマリアの身体能力を大幅に引き上げる。
赤き雷。一陣の閃光。
「我、留まる事なかれ。裂き誇れ!!!!」
神鳴る鮮紅が迸る――
「エリオット……!」
戦場に美しい声が響いた。
真剣な瞳でエリオットを見つめるミルヴィが居る。
美しいサファイヤの色彩。慈愛に満ちた、真正面から向き合う心。
彼女の父親が戦ったエリオットという男。父は彼の事を『かわいそうな男』と呼んだ。
踏み躙られた尊厳を取り戻す意地も、全てを壊す憎悪も持てなかった哀れな男。
強くなれない半端者。己の境遇を嘆いているだけの子供だと。
けれど。
「貴方はかわいそうなんかじゃない!」
哀れなんかじゃない。何も持っていないなんて事ないのだとミルヴィは訴えかける。
「立派な弟さんがいてこんなに戦える力がある!」
「何を……」
ミルヴィの言葉に動揺をするエリオット。
眉を寄せて槍を放つ。軌跡はミルヴィの心臓を確実に穿つはずのもの。
けれど、彼女を捉える事はできない。
目の前の男を哀れだと父は言った。
全てを憎む気概もなければ、自分の価値を証明も出来ない。心底哀れな奴だと。
ミルヴィはほんの少しだけ視線を落とす。
エリオット・マクガレンという存在は――ミルヴィの『有り得た可能性』の姿そのものだ。
「その痛み分かるヨ」
尊敬した人に裏切られ、愛を失い途方に暮れた。
だからこそ、彼が感じる痛みが突き刺さるように分かる。
「でも! 魔種になったからどうしたってんだ!」
堕ちてしまっても自分であり続けようとした人は沢山いた。
必死に抗って藻掻いて、自分の正義に正しくあろうと命を削っていた者たちを知っている。
「アタシも辛くて悲しくても証明してやるんだ! 自分の価値を!」
だから、己の全身全霊を賭して剣を交そうとミルヴィはエリオットに叫んだ。
『――悔しいでしょう? 力があれば隣で戦えるんじゃない?』
ローレンスの脳髄に響く原罪の呼び声。芳しく絡む甘言。
「隣で……」
ふらりとローレンスが立ち上がる。
「おい。大丈夫か」
彼を庇い続けていた十夜が逸早く異変に気付きローレンスの肩を掴んだ。
「行かないと……」
自分の身体が動かない事がとても悔しいのだと。それでも、戦場に行きたいのだと訴えかける目。
「ローレンス。よく見てみろ、戦場を」
此方を見る余裕も無く、真剣にエリオットに向きあっている仲間。そしてバルバロッサの姿。
それ程までに、一瞬の油断もならない強敵ということだ。
『ほら、力が無いと助けられない。だから、力を欲しなさい』
ローレンスの脳内に甘い声がした。
その様子を見ていたリーゼロッテもローレンスに言葉を投げる。
「ローレンスさん、悔しいのはわかるのよ!」
傍に居ることができない。共に戦えない辛さ。
「でもね、その声に耳を傾けたらそれこそがバルバロッサさんの敗北よ!」
リーゼロッテの言葉にビクリと肩を振るわせるローレンス。
己の行いが大切な人を貶める。
「嫌でしょう! わかったら私達を信じてなさい!」
慈愛の紫は、力強い優しさでローレンスを包み込んだ。
「……隣で剣を振るう事だけが戦いではないわ」
リーゼロッテやアーリアのように仲間を癒やし立ち上がらせる力を与える事も、同じ戦場で戦うということなのだ。
「それに、回復の方をちょっとでも手伝って欲しいのよー!」
激闘は血に濡れ。ギリギリの境界線を渡っている。
少しでも『戦力』が欲しい。
「アルバニア討伐は目前だ! 必ず廃滅病は振り払える!」
リゲルの声が船上に響く。
大切な人の為にも兄弟の為にも自分を見失うなと叫んでいる。
己の父がそうであった。魔種になるということは大切な人と離れなければならないということ。
「……だから、バルバロッサを守り続けたいのなら、貴方も人として戦い続けるんだ!」
リゲルの言葉に十夜も重ねる。
「こっちをちっとも見ねえのは、赤髭王の旦那はお前さんを信じてるからだ」
気にしていない道理なんてない。けれど、信じている。
ローレンスなら必ず、廃滅病の呪いに打ち勝てる。
呼び声を撥ねのけられると。なればこそ。迷い無く戦えるのだ。
「だから――お前さんも、自分を信じてやれ」
十夜は掴んでいたローレンスの肩を優しく叩いた。
「赤髭王の旦那が信じている、お前さん自身をよ」
仲間の言葉に、ローレンスの青い瞳が輝きを取り戻す。
己が出来ることを。
手を前に。
仲間へ向けて癒やしの言葉を紡いだ。
――――
――
戦場は苛烈。
双方が満身創痍。
パンドラは幾重にも重なり、可能性をねじ曲げた。
「はっ、はぁ」
肩で息をするルル家に追撃の槍が降る。
幾度その槍は彼女の腹を穿っただろう。
溶けた右目がじくじくと疼く。
こうしてる間にも廃滅病の呪いは自身の、仲間の身体を灼く。
迫り来る黒き尖端。
ぞろりとルル家の右目の虚がざわめいた。
一瞬だけエリオットの視界に紛れた黒い粒子は、槍の矛先を惑わせる。
「な、んだ!?」
「あれぇ。おかしいですねえ」
様々な方向からルル家の声が木霊し反響した。
身を引き裂く攻撃は確かにルル家のものだろう。
しかし、何か奇妙な気配を感じる。
浮き上がったルル家の前髪の中。
溶けた虚の中に蠢く何かがエリオットを『視て』いた。
「フィナーレには未だ間に合うかしら?」
ルル家の攻撃に重なる声。
トワイライト・スカイの青に響く靴音。
煉獄鳥を一掃し、焼き払ったゼファーが戦場を舞う。
「仲間外れなんて寂しいことしないで頂戴な」
風を引き連れてゼファーが槍を繰る。
流れるような槍の演舞。撥ねる音が激しさを増した。
長柄同士。何処を突かれれば部が悪いのか相手の挙動が手に取るように分かる。
だからこそ、深く踏み込む事はしない。
ゼファーの後ろには仲間が居る。
「今よ!」
流された視線に応えるアリア。
「精神を蝕む歌のアンコール♪」
爽やかなアリアの声が耳朶に木霊する。
アリアの奏でる旋律は妖精を呼び込みエリオットを貪った。
「まだまだぁ! 合わせわざよぉ!」
ピンクの髪を揺らし、アーリアが指を振るう。
トプリと樽の中の酒が揺れる音が空間に鳴った。
酒神の加護。バッカナーレの旋律は葡萄酒色の蔦となりて敵を絡め取る。
「お酒が不味くなるってお怒りよぉ?」
アーリアの不敵な笑みの背後から飛躍する影。
「はは! 景気の良い音楽じゃないか! アタシも行くよ!」
サックス・ブルーのマントの中に無数の銃が並ぶ。
エリオットへと降り注ぐ銃弾。
「すまねえな、エリオット。でも、俺はあいつの為にお前を倒さなきゃならねえ」
バルバロッサの剣は怒濤に苛烈に敵を割く。
油断や躊躇など出来はしない。
腹に突き刺さるエリオットの槍。血は吹き出し痛みは計り知れないだろう。
けれど、バルバロッサは笑う。
「ローレンス!」
「はい!」
開いた傷がローレンスの癒やしによって塞がっていく。
エリオットが欲しかった。
信頼から生まれる絶対的な余裕がそこには存在していた。
「ねえ。欲しい物が手に入らないからって駄々捏ねるの?」
自分だけが不幸なのだと、悲劇の中に酔いしれるのかとアーリアは問うた。
「それじゃあ、不幸自慢をしましょうか?」
好いた男が父親となって。そして、自分を逃がして死んだ話を。
隠していた出自の話。未だ抉る感傷はあれど。
幸せになることを諦めなかったアーリアと。
子供の様に駄々を捏ねるエリオットでは掴み得るものが違うだろう。
「嫉妬も怒りも疲れただろ?」
リゲルの剣は輝きを放ちエリオットを追い詰めた。
「本当はローレンスを傷つけたくはなかったんだろ?」
「……っ!」
じりじりと穿つ言葉の数々にエリオットの槍の速度が鈍っていく。
「もうここで、終わらせよう」
切り結ぶ刃は振るえ、押しつぶされるようにエリオットの身体が傾いだ。
「うるさい! うるさい! 何で、……んで!」
爆発した感情のままエリオットは槍を振るった。
立っている者全てに怨嗟をまき散らす。
「……前にやり合った時、どうしてって聞いたろ、お前さん」
十夜の声に顔を上げたエリオット。
「簡単だ。――信じるモンがあるから、進めるのさ」
信じるもの。
己の命を賭してでも守りたい者。
己の命を預けても良いと思えるほど憧れる者。
決定的な破損。
そんなものエリオットには無いのだと。
「……喜遊曲(ボレロ)の終幕は派手に、かつ大胆に!」
アリアの旋律はエリオットの動きを鈍らせる。
複雑に絡み合った状態異常。其処へ降り注ぐ魔晶石の牙。
「此処で、終わらせる!」
彼は十分に苦しんだから。これ以上奪われないように。
「か、はっ……」
重なる攻撃はエリオットの身を穿つ。
何がいけなかったのだろう。
両親が死んだからか。欲に塗れた親類の甘言に騙されたからか。
女王陛下の勅命でトルタの下に配されたからか。
ローレンスが海難事故に合い行方不明になったからか。
傷つけたいわけでも。傷つきたいわけでも無い。
どうしようも無く不器用で。ただ、届かなかっただけ。
ああ、けれど。
考える事も億劫で。
薄れ往く意識に、もう考えなくていいのだと。
酷く安堵し目を閉じた。
――――
――
咽び泣く声がする。
幼い弟が自分に抱きついて泣いている。
その頭をそっと撫でて、仕方が無いなぁと笑った。
古い記憶。走馬灯。
『俺が居ないと何も出来ないなんて、そんな事無いだろ』
『だって……』
『ほら、顔をあげてごらん。皆が待ってる』
薄らと開かれたエリオットの青い瞳は像を結ばない。
命はもう戻ってこない。
けれど、縋り付いて泣きじゃくるローレンスの頭を撫でる指先は、あの頃のまま優しく。
ただ、優しくあったのだ――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
エリオットは無事に眠りにつきました。
きっとこれが彼にとっての救いだったのでしょう。
ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。弱き心に決着を付けましょう。
●目的
・魔種エリオット・マクガレンの討伐(息の根を止めましょう)
・狂王種の撃退
●ロケーション
自船スレイプニル号での白兵戦です。
エリオットは翼で飛びますが、殺意が高いので甲板の上に降りてきます。
バルバロッサとローレンスは数ターン経過後、戦場に復帰します。
魔種の瘴気に引き寄せられて狂王種が集まってきます。
海に落ちる事もあるので気を付けましょう。
●船
○自軍
『スレイプニル号』
自称海洋王国客員提督! ヨナ・ウェンズデーが所有する船です。
年代物のジーベック船ですが、非常に堅牢。
イレギュラーズが搭乗する旗艦です。
『アルセリア号』
海賊バルバロッサ率いるジーベック船。
操舵手トニーや料理長モリモト、ネコのエリザベスももちろん乗っています。
●敵
○『黒鷹の瞳』エリオット・マクガレン
嫉妬の魔種。ローレンスの兄。飛行種です。
憧れ、愛情、血族、地位、名誉、居場所。全て手に入らないと悟ったとき魔種へとなりました。
魔種へと成った後も正気と狂気の狭間で苦悩していましたが、完全に狂気に染まったようです。
元々は齢三十にして戦列艦一船の艦長を務める若き海洋軍人。
美しい顔立ちの青年。恋人をトルタに横取りされました。ちなみに、兄弟仲は悪くなかったようです。
今回は狂気に染まってしまったので、殺意が高いです。弱った者にとどめを刺しに来ます。
・フェザーファランクス(A):物中扇、猛毒、流血、ダメージ中
・カルトアイズ(A):神中範:恍惚、不吉、ダメージ小
・黒鷹の翼(A):物超貫、移動、ダメージ中
・黒槍乱舞(A):物至単、連、高CT、ダメージ中、追撃30
・黒鷹の瞳(P):全ての攻撃に万能属性が付与される。
・狂気の涙(P):以前より能力値が上がっています。しかし、捨て身の攻撃は長くは持たないでしょう。(20ターン経過後、能力値が元に戻る)
<Breaking Blue>白き花陰る時に登場しました。
○狂王種『煉獄鳥』×16体
全身が青く燃え盛る怪鳥です。
エリオットの周囲には16体ですが、戦場全体にはおびただしい数がおり、場合によっては援軍に現れます。
・鉤爪(A):物至単、毒、出血、ダメージ小
・嘴(A):物遠単、移動、ダメージ中
・煉獄衝(A):神中単、猛毒、業炎、鬼道30、ダメージ小
●味方
○『黄昏の青鰭』ヨナ・ウェンズデー
毎日週末亭の看板娘。
ウィーク海賊団の元船長で、かつては『青鰭帝』オーディンと呼ばれていました。
海狼に身体の一部を奪われ海賊を引退していますが、今回は参戦します。
引退してからも密かに鍛錬を積み重ねていた為、強いです。
自船を使ったアクロバティックな戦術と剣技は、全盛期に劣るものの苛烈に敵を襲撃します。
アーリア・スピリッツ (p3p004400)さんの関係者です。
<バーティング・サインポスト>青き雫醒める時に登場しました。
○『赤髭王』バルバロッサ
精悍な顔立ちに赤い髭。傷だらけの身体は筋肉隆々です。
強い者に戦いを挑み続けています。
性格は豪快豪傑。気さくでお茶目ですが、戦いとあらば容赦はしません。
仲間は大切にします。特にローレンスは血を分けた家族同等の扱いです。
本名はブレイブ・クラウン。
遠近範囲を兼ね備えたトータルファイターです。
剣の達人ですが、ピストルを携行しており、爆弾を投げるなどトリッキーな動きをします。
○『赤髭王の右腕』ローレンス
バルバロッサの副官。美しい顔立ちの青年。
海難事故でバルバロッサに拾われ、忠義を尽くしています。
バルバロッサに命の危険が及んだ際は身を挺して庇います。
遠近範囲を兼ね備えたトータルファイターです。
バルバロッサ譲りの戦闘スタイルですが、能力値は劣ります。多少の回復魔法が使えます。
廃滅病に侵され大幅な能力値の減少が見られます。
また、『原罪の呼び声』の影響を受けつつあります。時間はあまり残されていません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●重要な備考
<鎖海に刻むヒストリア>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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