PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Breaking Blue>もう一度だけ抱きしめてほしかった

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 荒れ狂う海を、ただ揺れる。
 ひどく臭う波飛沫は、海に廃滅の呪いが溶け込んでいることを伝えている。
 海洋王国を裏切った上司、トルタ・デ・アセイテ提督の艦隊は、もう見えない。
 シャロン航海士はただ一人、うねる波間の上をゆっくりと『歩いて』いた。

 ――わたしは、おわった。

 シャロンは海洋名家ジンジャーフィールド家の四女として産まれた。
 名家といっても家系図が古く長いだけの貧乏貴族である。
 そんな家の四女では、政略結婚のカードとしても弱かった。
 だがそれは家の束縛が薄いということであり、人生の選択肢の数には恵まれている事に繋がる。
 誰かの側室となるか、豊かな者と結婚するか――あるいは商人か学者、いっそ芸術家にでもなるか。
 選択が多いといっても現実はそんな所で、どれもシャロンの好みとはほど遠かった。
 しかし紆余曲折を経て海軍へ志願したのが、彼女の栄光と転落の始まりとなったのである。

 ――わたしは、もうつかいものにならない。

 金や身分もなく身体も弱かったシャロンは、いくらかの教養と、整った顔や肢体ならば持っていた。
 けれど彼女が進んだのは、そうした『授かり物』が意味を持たない軍人の道だったのだ。
 虚弱な身体を鍛えたのも、何かしら反骨心のようなものだったのかもしれない。
 役立たずの家系の、役立たずな娘だったシャロンは、自身に相当な努力を課してきたのである。
 軍で砲術の才を見いだされたシャロンは、トルタ提督から熱烈に口説かれる形で無敵艦隊に配属された。
 強く優しく美しい同性の提督は、噂通りにシャロンへと甘い牙を剥き、彼女もまたそれを受け入れた。
 いろいろな初めてをくれた提督に、いろいろな初めてを捧げた。
 提督は沢山褒めてくれた。
 砲術も、剣技も、航海能力も。
 立ち回りも、戦闘での駆け引きも。全部。能力が認められたことが嬉しかった。
 細かな気配りにも気付いてくれた。人格が認められたことが嬉しかった。
 それから自身の容姿にだって、生まれて初めて感謝した。
 提督が沢山沢山褒めてくれたから。
 幾ら鍛えても細いままの腕も。
 弱々しく垂れた目も。腫れぼったい唇も。邪魔なだけの胸も。全部。
 だから煩わしい髪だって綺麗に整えていた。可愛いと思って欲しかった。
 海賊上がりの一代貴族である提督と、生まれ育ちは違えど不思議な親近感さえ感じていた。
 こうしてトルタ・デ・アセイテ提督は、彼女の憧れそのものとなったのである。
 洋上での過酷な闘争に明け暮れた、けれど甘い生活は長く続いて往く。

 昨日は。誰が口説かれたのか。
 今日は。誰が提督と寝たのか。
 明日は。誰がどんな言葉を囁かれるのか。

 今宵は、誰が、誰が、誰が!

 その度に妬みに苛まれ、その度に嫉みが胸を刺し、己の番が来た後は優越感に浸った。
 それでもシャロンは愛しの提督の心が、自身には向けられていないことを知っている。
 部下の誰でさえもなく、女王イザベラ一人だけに注がれていることも知っている。
 ただ一つ『提督の夢が絶対に叶わない』という事実だけが、シャロンの心を支えていた。
 そこには冷たい愉悦すらあったのだ。

 ――わたしは。
   わたしは魔物を沢山殺しました。
   わたしは海賊を沢山殺しました。
   わたしは何度も人々を守りました。
   わたしは何度も王国を守りました。
   わたしは何度も船を立て直しました。
   わたしは誰よりも可愛く鳴きました。
   わたしは、わたしは――

 思い返せば、運命が転がり始めたのは海洋王国大号令からだったろうか。
 海洋王国の悲願を成し遂げるために、海洋王国の為に戦い続けた自身等ではなく、よそ者であるローレットの勇者達に力を借りることに、些かの苛立ちを感じたのを覚えている。
 それから精彩を欠き続けた提督の行動に、驚きと同時に不思議な安堵を感じたのも覚えている。
 提督がデモニアであると明かした時に、裏切ったその日に大きな喜びを感じたのだって覚えている。

 ――だからきっと、わたしは原罪の呼び声に侵されているのだろう。

 艦隊のクルーは徐々に廃滅病を患っていった。
 不治の死病である。遠からず全員が海の藻屑と消えるのだ。
 提督自身も罹患したのを知った時、シャロンは腹を抱えて笑った。

 ――ずっと一緒だと思えた。
   死ぬまで一緒だと思っていた。
   死んでも一緒だと信じていた。

 残された短いタイムリミットをどう生きるかが、シャロンの課題になっていた。
 痛みは日に日に強くなり、胸の谷間に咲く毒花のようなアザもまた徐々に広がっていた。
 病に冒され、じくじくと疼く己が胸の中心を殴りつける時、全身に走る激痛に生の実感がある。

 ――それなのに。これさえ。これさえなければ!

 原罪の呼び声に狂い、廃滅病に侵され、それでも一緒に死ねるなら良かった。
 みんな一緒に、公平に、平等に終わるのだ。最善ではないが、次善とは思い込めた。
 ただ。海に漂う怨念『棺牢(コフィン・ゲージ)』が。
 よりにもよって自身を、自身『だけ』を捉えなかったなら。そう思い込んでいられた。

 ――みんなは呪われなかった。
   わたしの意識だけが徐々に混濁していく。
   わたしの身体だけが徐々にバケモノに近づいていく。
   わたしだけが、わたし一人だけが『役立たず』になっていく。
   呪われたのは、変異種(アナザータイプ)になったのは、わたしだけだった。

 だからシャロンは遠からず、最初に『いらないもの』になるのだ。
 自我を失い仲間を襲い、トルタに斬られるのだろう。不浄の海にうち捨てられるに違いない。

 ――わたしはおわった。
   最初に終わるのはいやだ。
   みんなもきっと、そのうちおわる。
   でもみんなだって許せない。
   アルバニアだって許せない。
   でも。なのに。だって。
   それでも一番許せない奴等が居る。

 今も海洋王国は、イレギュラーズは、絶望の青を踏破する希望を抱いていると言うではないか。
 冠位魔種アルバニアを倒して、廃滅の呪いを解き放つと言い張っているそうではないか。

 ――そんなもの、絶対に許せない。

 元はといえば、シャロンは大号令になど興味がなかった。
 海洋王国が如何に国力弱小であろうと、外界に夢を抱こうと。
 そんなこととは関係なく、無敵の戦列艦隊アルマデウスは最強だった。
 他が弱いのはなぜだ。
 シャロン自身ほどの努力をしてこなかったからではないのか。
 弱い奴等が徒党を組んで、冠位魔種の逆鱗になど触れなければ良かったのではないか。
 奴等が身の程をわきまえなかったから、だから提督は、自身は、破滅の道に進んだのではないか。
 シャロンはそのように考えていた。

 ――おまえたちのせいだ。

 だからシャロンは誰にも告げずに船を降りた。
 狂王種を従えて、シャロンは洋上を歩いて行く。
 提督のため。一隻でも一人でも、道連れにしてやる。
 自分のため。自身の尊厳を賭けて、生きてきた証を刻んでやる。
 自身をバケモノに変える呪われた力を、せいぜい有効に使ってやるのだ。


「面舵いっぱーい!」
「アイアイサー!」

 イレギュラーズを乗せた新鋭のフリゲート『サン・ミゲル号』は、絶望の青をひた走っている。
 目標はこの海域を一マイルでも先に進むことだ。
 航路を確保し、海図に線を引いて、書き込みを増やしてゆく。
 この艦隊もまた、迫り来る局地嵐を巧みにかわし、狂王種の撃破を続けているのだった。

 絶望の青で発見したアクエリアを制圧し、海洋王国とイレギュラーズは橋頭堡を築く事に成功していた。
 だが冠位魔種アルバニアによる呪い『廃滅病』は刻一刻と蝕んでいる。
 絶望の青での活動には新規発症のリスクがあり、治癒する方法はアルバニアを倒すしかない。
 アルバニアは出来る限り対決を引き延ばすために、深い海の底に身を隠したままだ。
 アルバニアはこのまま深海に引っ込んでいれば、敵対者が廃滅病で死ぬと思っているのだ。
 どうすべきか。
 引きずり出してやる他ない。
 ならば答えは一つしかない――進撃あるのみだ。
 命を賭けて絶望の青を越え、海の果ての新天地(ネオ・フロンティア)を目指すのだ。
 それはアルバニアが最も嫌う、希望そのものに他ならないのだから。

 マストの上で双眼鏡を覗いていたジョニーが声を張り上げる。
「艦長! 人影ですぜ!」
「は?」
 マストによじ登った艦長のネレイデは双眼鏡をひったくり――
「人影だ……」
 ――俄に言葉を詰まらせる。

「総員戦闘配備につけ!」
「アイアイサー!」
 人影が纏う軍装は、やけに女性らしさを強調させた可憐なものである。
 間違いなく『裏切り者』で、なおかつ『魔種』であるらしいトルタ提督の配下であろう。
 それが海を歩いているというのは、尋常な事ではない。
 周りを飛び回っているのは、間違いなく狂王種であろう。
「間違いネエ。変異種(アナザー・タイプ)だ。狂王種もいやがる!」
 変異種は、廃滅病の罹患者が海を彷徨う怨念『棺牢』に憑依された存在らしい。
 狂王種と同等か、場合によってはそれ以上の戦闘能力が観測されている。
 降って湧いた危機的状況だ。

 ――全砲門を開け!

 ――アイアイサー!

 ――撃てー!!

 轟音が耳を劈き、砲弾が次々に打ち込まれる中で、人影はこちらへと駆けだした。
 波間と砲弾の雨を縫うように、みるみると迫ってくる。周囲を飛び回る怪物も同様だ。
「あんの野郎……」
 ネレイデが唸る。
 こうなれば搭乗するイレギュラーズが、あれを迎え撃たねばならないだろう。
「やりましょ。私達が絶望を塗り替えるんだから」
 そう言った『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)に頷き、一行は得物を抜き放った。

GMコメント

 pipiです。
 いよいよ後半の海。
 敵は変異種と狂王種です。

●目標
『変異種』シャロンの撃破。
『狂王種』達の撃破。

 とにかく戦って倒せばOKです。
 ※イレギュラーズが変異種化することはありません。

●ロケーション
 皆さんが広い甲板で待ち構えていると、敵が飛び込んできます。
 しっかり迎撃しましょう。

 マストやらいろいろありますが、だいたいフレーバーです。

●敵
『変異種』シャロン・ジンジャーフィールド
 トルタの部下だったスカイウェザーです。
 変異種となり、単身で乗り込んできたようです。
 ドレスのような軍装の間から、無数の触手を放って攻撃してきます。
 また原罪の呼び声に侵されており、反転の可能性もあります。
 精神的にはかなり不安定な状態のようです。
 狙いは粗雑ですが、かなりタフですばしこく、人のタガが外れた難敵です。
 殺意が高く、できるだけ『とどめ』を最優します。

・斬撃(A):物至単、出血、ダメージ中
・触手(A):物遠範、識別、毒、スプラッシュ4、追撃(小)、ダメージ小
・呪詛(A):神中範、識別、毒、猛毒、不吉、鬼道(小)、ダメージ中
・集中攻撃(A):神中単、連、致命、呪殺、ダメージ大
・飛行(P)

 ※<Despair Blue>セントディンブラの星にほんのり登場しています。
  ご存じなくても全く問題ありません。

『狂王種』バルクホーン×1
 巨大な角と羽をもった狼のような魔物です。
 5メートルぐらいの大きさ。
 海面を自在に駆け回り、低空を飛行します。
 かなり強いです。

・爪/爪/牙(A):物近単、猛毒、流血、スプラッシュ3
・突進(A):物超貫、移動、万能、ダメージ大
・雷撃(A):神中範、火炎、感電
・飛行(P)
・巨体(P):マーク、ブロックするなら2名必要。

『狂王種』スカイウルフ×最大36体程度
 羽の生えた狼のような魔物です。
 一体一体は強くありませんが、数が多いです。
 一度に襲いかかってくる数は多くありませんが、船外に沢山居るのです。

・爪/爪/牙(A):物至単、毒、出血、スプラッシュ3
・飛行(P)

●味方
『自船のクルー達』
 ネレイデ船長達です。けっこう居ます。
 武装はカットラスにピストル。あるいは船の大砲です。
 独自の判断で皆さんのサポートや攻撃をしてくれます。
 それらしいお願いがあれば聞いてくれることもあるかもしれません。

 実は状況的には近くに味方の船が二隻います。
 フレーバーなので、そこは無視して頂いて結構です。
 皆さんの救援には間に合いそうにないのです。

●同行NPC
『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 両面型前衛アタッカー。
 Aスキルは格闘、飛翔斬、ディスピリオド、剣魔双撃、ジャミング、物質透過を活性化。
 皆さんの仲間なので、皆さんに混ざって無難に行動します。
 具体的な指示を与えても構いません。
 絡んで頂いた程度にしか描写はされません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●重要な備考
<Breaking Blue>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <Breaking Blue>もう一度だけ抱きしめてほしかったLv:15以上完了
  • GM名pipi
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年05月15日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
Lumière Stellaire
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
紅楼夢・紫月(p3p007611)
呪刀持ちの唄歌い
ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
懐中時計は動き出す
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

サポートNPC一覧(1人)

アルテナ・フォルテ(p3n000007)
冒険者

リプレイ


 甲板がゆっくりと傾いだ。
 刹那の雷鳴が網膜に無数の影を焼き付ける。

 大きく傾いた船体に叩き付けるような横殴りの雨が、『新たな道へ』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の可憐な頬を打っている。
 局地嵐『サプライズ』は、この海域の災厄だ。
 船を容易に転覆させる高波によく耐えている。
 絶望の青を往く船は、今やいずれも歴戦の貫禄があった。
 一廉の航海士達は、だがスティア達ローレットの英雄を頼らざるを得ない。
 そんな魔の海だ。

 嵐に混ざり、硬く鋭い音が甲板を跳ね回る。
 空を舞う異形――狂王種が、次々と甲板に降ってきた。
 首を高く上げ、天狼が毛皮ならぬ鱗を一斉に逆立てる。
 暴風を劈くように咆哮する怪物の首元で、深海サメのラブカを思わせるエラがと震えた。
 そして舳先に立つ人の影が、口の端を三日月型につり上げ。
「良かった。居てくれて。お土産が出来た。だって――」
 言い終える前に、再び雷鳴が轟く。
 その後背に浮かんだ一際大きな黒い獣の影、天狼王バルクホーンが大きな翼を開き。

「私達が……っ! あの人と大きいのを抑えるから!」
 雷光に照らされた端正な美貌、その瞳に力強い光を漲らせてスティアは声を張る。
「船長さん達は羽の生えた狼の相手をお願い!」
「おうよ! スティアの嬢ちゃん! てめえら聞いたか!」
「アイサー!」
 今や甲板は波のように荒れ狂っている。
 だが天真爛漫なスティアは、この絶望の青においても人々の心に希望を宿らせる。
 ネレイデ船長は逞しい腕でロープを掴むと、両足を踏ん張りカットラスを抜き放った。
 スティアとネレイデの檄に、クルー達が一斉に抜刀し――鬨の声。
 激突が始まった。

 天狼数体が背をうねらせて駆け迫る。クルーへ飛びかかり――刹那、瞬光が貫いた。
「……間に合いました」
 その愛らしい面持ちを、けれどこの日は固く結んで。
 球形防御術式を展開した『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)の指先に美しい蒼の魔道書――揺蕩う海音の宝石が煌めいている。神気の残滓が閃き弾けた。
「きいておくれよ このうたを」
 深淵を思わせる静謐の声音は、まるで嵐などなかったように良く響く。
 ココロの神気によって甲板に叩き付けられた怪物が、『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)の呼び声に奇声を上げ、互いに威嚇を始める。

 舳先の影が、消える。
 爆発する殺気へ向け、『呪刀持ちの唄歌い』紅楼夢・紫月(p3p007611)は逆手で鯉口を切る。
 鋭い手応えと共に弾かれた獣の爪に、半歩後ろへ飛び、紫月はすいと瞳を細めた。
「ええねぇ、そう来てもらわんとぉ」
 驚くほどあっけらかんとした声音で。
 されど瞳は巨大な天狼王の相貌を射抜くが如く。
「耳自慢は、獣だけじゃあらへんからなぁ」
 並の人間など一撃で寸断されるであろう打撃をいなした紫月は、妖刀紅蓮時雨を順手に構え――正眼。
 狂王種が唸りを上げ、斬撃が駆ける。

 海洋王国無敵戦列艦隊の軍装の裾を翻して、変異種シャロンが宙を舞う。
「お相手します」
「何の?」
「その、戦いの」
「おまえたちも無駄に抗うの? どうして、ねえ」
 シャロンが掲げたカットラスが振り下ろされた。
「どうして、ですかね」
 刀身を握りしめた『忘却の揺籠』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)は、少し困ったように眉尻を下げた。
 ぎりぎりと引き抜かれつつある刀身を離さぬまま、ヴィクトールは両の足で甲板を踏みしめる。
 雨とは違う温かさが袖に染み込んでくる。尋常な膂力ではない。
 なにゆえか現れたか――おそらく理由など知れたものだが――単身乗り込んできたことを、ヴィクトールは悟る。
 ともあれここを足止めして、仲間にあの巨大な怪物から仕留めてもらうのが先決だ。

 一行は迅速だった。
 甲板に飛び降りた小型の――といっても人程はあるのだが――天狼達に第一の打撃を加え、クルー達にはその討伐を指示する。
 変異種シャロンをヴィクトールが抑える間に、残るメンバーで天狼王を片付ける。
「抑えるよ」
「助かりますなぁ」
 凜と声を張った『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)が紫月の隣へ立つ。
 刀とこすれ火花を散らした爪の矛先が迫る中、イリスは三叉の短棒Triviaを突き込み、これを絡め取る。
「――ッ!」
 身の丈を遙かに超える天狼王の膂力を受け流し、鋭く引き抜いたTriviaが雷光に煌めいた。
 守勢は、なんとかする。持ちこたえる。だから。
「アルテナ! スティア!」
「任せて!」
「うん、行こう!」
 一瞬の目配せ。巨体の左右を挟み撃ちするように、『特異運命座標』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)と『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が甲板を駆ける。
 短槍と長槍、二振りのグロリアスを携えて、ベネディクトの足先が地を打ち付ける。
 迫る爪を長槍でいなし――肉薄。渾身の一撃がバルクホーンに突き刺さる。
 迸る鮮血と、砕け舞う毛皮のような鱗の破片を踏みしだき。
「オオオ――ッ!」
 ベネディクトは突き込んだ槍に更に力を籠めた。
 絶叫の如き咆哮が天を劈き、続くアルテナの氷を纏った剣舞が天狼王の毛皮のような鱗に覆われた巨大な胸を縦横に駆け抜けた。
 甲板の中心に立ち、瞳を閉じたスティアの足元が輝き、魔方陣――輝く聖域が展開された。
 光の羽が舞い、浮かぶ魔道書『セラフィム』が光を放ち、ページがはらはらとめくれる。
「これはどう――っ?」
 瞳を開いたスティアが指で示す先、無数の光条が雨のように天狼王を穿ち――絶叫が轟く。

 暴れ狂う天狼王の巨体は、それそのものが兵器だ。
 甲板を駆ける暴風は、されど得物を振るう紫月とイリスを突破出来ない。
 身を翻し形勢の逆転を狙う獣の本能は――
「逃げられないよ!」
 凜と高らかに『雷虎』ソア(p3p007025)が放つ雷電に穿たれる。
 雨と大気を焼きうねる雷光が天狼王を、嵐のように駆け巡った。
 甲板を踏みしめ、船体が大きく揺れ傾く。
「てめえら、狼狽えてんじゃねえ! 今のうちだ!!」
「アイサー!」
 マストのロープにあしをかけ態勢をたもったネレイデが、天狼にカットラスを突き立てる。
 クルーが構えるフリントロック銃が火を噴き、弾丸が次々に穿つ。
 そして――



 ――みっともなくて きたなくて。
   みるにたえない ありさまで。
   だから とっても きれいだよ♪

                      ――『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ

「病気、苦しいですよね……大変ですよね……」
「何を――!」
 鞭のようにうねる触手が、ヴィクトールの体へ矢のように突きたった。
「……大丈夫です。ボクが受け止めます」
「何が――!」
 一つ。また一つ。重い衝撃と共に、シャロンの触手が突き込まれる。

 苦しみも、悲しみも、怒りも、殺意も。

「全部全部、ボクが受け止めますから」
 不死身であるが如く、ヴィクトールの身体が修復していく。
 ヴィクトールはまるで何事もないような、穏やかな瞳でシャロンを見据える。
「おまえに何が出来る! お前に何が分かる!」
「無責任かもしれません。でもボクは貴方も救いたい、そう願っていますから」
「だから何だぁ!!」
 金切り声と共に、ヴィクトールの肩にカットラスが食い込んだ。
 ヴィクトールはそれを握りしめ、外す。
「呼び声は甘いでしょう。果肉のように甘く、脳髄を蕩かす誘いでしょう。でも――」

 ――シャロン様。
   苦しいかもしれませんが、その先は破滅なのです。

「アアアアアアァァァ!!」
 絶叫するシャロンはカットラスに渾身の力を籠め、刀身が砕けた。
 ヴィクトールを掠めた刃片が、端正な頬に赤い線を引く。
 飛び退いたシャロンへ、ヴィクトールは一歩、また一歩足を進める。
「それでも、それでも行くのであれば……じごくのそこまで、お付き合い致します。
 ええ。こっちへいらして下さい。愛はわかりませんが、それでもボクができる限りの慈しみを、貴方に」
 凄絶な覚悟を胸に、ヴィクトールの黒衣が風に翻る。

 戦況は、苛烈なれど堅調であった。
 既に交戦開始からは、幾ばくかの時間が過ぎている。
 三十秒か、それ以上か。けれど一分には達するかどうかといった所か。
 船体へ次々に飛び乗ってくる小型の天狼達は、一行が――ついでとばかりに――なぎ払い、クルー達がそのとどめをさして往くという構図が続いている。
 クルーに倒れた者が居ない訳ではないが、これは致し方のない範囲であろう。
「機動戦術なんてとらせない」
 おそらく一撃離脱を得手とする天狼王は、紫月とイリスの巧みな立ち回りに翻弄され、甲板を離れられないままだ。
 一行は天狼王を張り付けにしたまま、威力に優れた打撃をたたき込み続けている。
 一方の天狼王も、その巨体なりに折り紙付きの暴力を一行に叩き付けて来ている。
 戦局は果たして『どちらが先に死ぬか』といった勝負に様変わりしていた。
 互いの機動を封じた死闘は、さながら文字通りのデスマッチである。
 苦境に立たされていると言えるのは、シャロンを一人で抑え続けているヴィクトールであろう。
 再生と回復を含む、無尽蔵とも思えるタフネスは、それでも徐々に徐々に命が削られている。
 とはいえこれは作戦上致し方のない構図であり、当の本人はこうなる覚悟を決めているのだった。
 ヴィクトールの果敢な行動が、天狼王への集中攻撃を可能としているのは紛れもない事実である。
「できることがあるならやりたい。
 助けられる命があるなら助けたい。
 やらないで後悔するのだけは嫌なんだ!」
 スティアの術式が、命をつなぎ止める。
 ココロとスティア、時にカタラァナのバックアップは、一行のみならずクルー達の傷をも癒やし、戦場を支え続けていた。
 こうして壮絶なつぶし合いは、されど徐々に徐々に力の天秤を傾けつつあったのである。

 天狼王を狙う一行の間に、三体の天狼が突進をしかけてきた。
 ベネディクトの端正な顔に迫る爪牙、その鋭い刃が人の身をずたずたに引き裂く刹那。
「ここは俺が、我々が――推し通る!」
 裂帛の踏み込みと共になぎ払った槍が、天狼の胴を切り裂いた。
「ボクだって行くよ!」
 跳ね飛んだ天狼へ、さながら得物を狩る猛虎のようにしなやかな足取りで。
 高く飛んだソアは、全身のバネ、その膂力をこめて爪を振るう。
 雷光を纏う一閃が、今正に飛び上がろうとした天狼達を再び甲板へたたき落とした。
 嵐に混じり甲板を染める鮮血は、全て異形の物だ。
「まだまだいくよ!」
 身を縮め、弾けるように。天狼王の爪をかわしたソアは再び雷光をたたき込む。
 一進一退の攻防は続いていく。
 一行の猛攻が天狼王を切り刻み、返す爪が一行を傷つけ――
「落ち着け、落ち着け……みんなを助けるんだ」
 胸を撫で、歯を噛みしめ、スティアは自身を鼓舞しながら魔道書をめくる。
 掲げると共にあふれ出した光の羽が一行の傷を瞬く間の内に癒やした。

 あれから更に幾ばくかの時間が流れている。
「後がのうなってきとるねぇ」
 紫月が艶やかな微笑みは、このとき美しい抜き身の刃を思わせた。
 迫る爪を刀で弾き、牙をかわす。
 怪異の膂力に高く跳ねあがった腕、弾き飛ばされるほどの鋭い痛みに耐え。
 だが尚も迫る爪は、避けきれない――そう思われた。
「そろそろ仕舞いやなぁ」
 身を翻した紫月はその爪先に銃口を押しつけ、引き金を引いた。
 乾いた破裂音と共に切っ先がはじけ飛んだ爪は、ついに紫月を捉えることなく――
 宙を舞う刀撃は雨を切り裂き、紫月の指摘通りにそのまま天狼王の首元へ深く突き刺さる。
 絶叫する天狼王はその腕を縦横に振るっている。
 闇雲な攻撃ではあるが、あたればただ事で済まないのは、前衛を張る誰もが身をもって知っている。
 既に数名のイレギュラーズが、可能性の箱を焼いていた。
 だが――
「もらったよ」
 眼前へ迫る暴風へ、あえて一歩踏み込んだイリスは紙一重に髪を撫でた爪へ追従するように、天狼王へ肉薄する。卓越した防御技術の成せる、後の先。渾身の突きが怪物の心臓を深々と貫いた。

 ――そして。
「まだうごくの!?」
「びっくりした!」

 ソアとスティアが声を上げる。
 大きな羽を広げた満身創痍の天狼王が大空を睨み――


 ――でもね。

「飛べるのが自分だけなんて思わないでよね!」
 天狼王が舞い上がると同時に、甲板を蹴りつけたソアが天狼王の背に爪を立てる。
 身をよじり振り落とそうとする巨体に、大きく揺さぶられながら、それでもソアはしがみつく。
 爪を突き立て、豊かな胸元さえ押しつけて。暴風と遠心力に耐えながら。
 這うように向かう先は、敵の首元へ。
「これで!」
 頸椎に振り下ろされた爪に、ありったけの雷光を込めて。

 閃光――轟音。

 ソアの一撃に生命の残り全てを焼き尽くされた天狼王が甲板へ落ちた。
 大きな揺れ、けたたましい音と共に廃滅の海に転げ落ちる。
 僅かに遅れて甲板へ降り立ったソアは、一歩よろめくと大きく溜息を吐き出した。

 こうして戦局は佳境へと突入する。
 天狼王という巨大な支柱を失った敵方は、瞬く間の内に天狼も喪失した。
 残るはシャロンただ一人となっている。
(……すごいウネウネしてる)
 ソアが息をのむ。
 軍装から無数の触手が、海底生物のようにうねっている。
 シャロン自体はその背に翼を背負う飛行種である筈で、この海はどうなっているのか。
 情報では『廃滅した魂が、その呪いに冒された者を更に蝕む』と聞く。
 ソアが愛らしい唇を噛んだ。
(こわいよ……)
 魂となってまで、この絶望の青に漂うというのは。
(だから――待っていて)
 今度こそ眠らせるために。
 だから。

「ええ、受けられる分はボクが精一杯貴方の思いを受け止めますので……
 ボクを見てください。ボクへ来て下さい」
 マストへ縫い付けるように、ヴィクトールの身体を銃弾が穿つ。
「代わるから!」
 私も、私の全てで――
 シャロンが放つとどめのひとつきを、けれどイリスは許さない。
「シャロンさんの心を、私は理解しきれている訳じゃない。
 だからこんなことを言う資格だってないのかもしれない」
 先への希望故に諦めが悪いという事も確かにある。
 けれど。
「それでも、道連れ根性に負けるわけにはいかないのよね」
「助かり、ます……」
 ヴィクトールとシャロンの間に、海洋王国有数の美少女! イリスが割って入る。
 ここまで良く耐えたものだ。

「成程、強力な存在には違いない」
 棺牢に囚われた者の一人という訳か。
「だが、此方も同じ様に負けられぬ理由がある……どちらの意志が強いか、いざ、勝負!」
 ベネディクトが、一同が次々に猛攻を開始する。
「――ッ。どう、したの……何が、そんなに……苦しいの」
 強かに巻き付く触手に締め付けられ、それを引き裂きながら。
 己が苦しみさえ省みずソアが呼びかける。
 シャロンを見れば分かる。完全に現在の呼び声に冒され――狂っている。
 まだ反転していないのが救いなのか、しかし時間の問題だ。
 だから最後の一瞬まで、その声に耳を傾けたい。
 どう応えたらいいかなんて分からない。
 けれど吐き出すことで薄まる気持ちもあると思うから。
(なんだろう……あの鳥種の人から黒いものを感じる)
 交戦の最中に、僅か一瞬振り返ったココロは、シャロンの表情から薄ら寒い思いを感じ取っていた。
「嫌な気持ち、憎む気持ち、そんなのを蓋をして外に捨てないから、身体の中に貯まってしまうのよ。
 胸の中が黒で埋まれば何をしたって後悔しか残らない。
 だからわたしのお願い。あなたの心の蓋を、開いて」
 嫉妬も、逆恨みも、本来は正常な心の動きだ。だから――意思の波動がシャロンを貫く。
 転げるシャロンは恨み辛みを吐き出し始めた。
「想い人がおるんは素敵なんやけどねぇ」
 ああ。その誰かの為に健気に振る舞うのも、好感は持てる。
 けれど。
「何もかも壊すんは容認出来へんなぁ」
 紫月達とて、仲間が廃滅の呪いに苦しんでいるのだ。
 邪魔するならば、容赦は出来ない。
 だから、叩き斬るのみ。
 妖刀が閃き、鮮血が舞い踊る。

「それでも進むんだ。私達は。前へ、前へ。この絶望の先へ!」
 苦しむ人を救い、絶望を希望に塗り替えるために。
 スティア達がその歩みを止めることはない。

「あのね、だめだよ」
 遂に胸を貫かれ、崩れ落ちたシャロンにカタラァナが呼びかける。
「呪いだって利用してやるって気概は素晴らしい。全て僕らの所為にして心を護るのも素敵。
 でもさ、死ぬために死んじゃだめだよ。
 必死に生きて、その果てに死ななきゃ。
 死にたくないって顔で、そのまま終わるのが、一番綺麗なんだからさ」

 倒れたシャロンはぽつりぽつりと語り始める。
 恨みを、妬みを、嫉みを、そして――

「わたし……きれいだった?」
 死にたくないと――胸元に赤が咲く。
「うん、そうだね」

 呼吸が止まる。
 生命活動が不可逆に停止する。
 勝利を迎え入れたのは沈黙で――そんな時。

「緊急事態ですぜ!」
「どうした」
「海洋王国の最後の作戦、決戦でさあ!」

 一行は急遽アクエリアへ戻らねばならない。
 果たして一眠り程度は、許されるだろうか。

成否

成功

MVP

ソア(p3p007025)
愛しき雷陣

状態異常

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)[重傷]
Lumière Stellaire
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)[重傷]
海淵の呼び声
ソア(p3p007025)[重傷]
愛しき雷陣
紅楼夢・紫月(p3p007611)[重傷]
呪刀持ちの唄歌い
ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)[重傷]
懐中時計は動き出す

あとがき

依頼お疲れ様でした。

MVPはその機転に。
舞台はいざ、<鎖海に刻むヒストリア>へ。

それではまた、皆さんのご参加を願って。pipiでした。

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