シナリオ詳細
スーブニールの雨
オープニング
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雨が降っている。とても強い雨が窓ガラスを乱暴に打ち付ける。祭国ふみかは目を擦り、二度寝を決め込んだ。
「もう、今日は雨だしいいや。本屋は明日行こう……」
眠るふみか。睡魔が彼をそっと抱き締め、心地よい雨音を聞きながらふみかは夢に落ちていく。
「え? うわぁ!? あっつーーーー!!!」
暑い日差し。ふみかは眩しそうに顔をしかめ、気がつけば砂浜に立っていた。季節は夏だろう。人々は泳ぎ、おしゃべりに夢中になっている。
「わぁ……」
ふみかは息を吸い込んだ。海の香りに心が大きく揺れる。
「ふみか! ほら、ビール!」
名前を呼ばれた。振り返ると、青年が目を細め、僕を親しげに見つめている。
「ありがとう、嬉しいよ」
僕もまた、見知らぬ彼を知っていた。僕は瓶ビールを受け取ると、彼はすぐに瓶を傾け、にっと笑う。
「あー、旨いなぁ。さぁ、ふみか! お前も飲め!」
彼は口許を乱暴に擦った。
「うん! あ、僕、フライドポテトと焼き鳥、焼きそばも買ってこようか?」
「いいな! ありがとう! あ、かき氷もいいなぁ! ブルーハワイ!」
彼の笑顔が眩しかった。僕はビールを一口飲み、砂浜を駆けていく。サンダルに柔らかな砂を含みながら。
地が揺れている。ハッとし、飛び起きれば、海の匂いはもう何処かに消えてしまっていた。しっかりと握り締めていたビールも暑い日差しも僕は失ってしまっていた。
「……」
呆然とした。夢は不意に壊れ、現実が顔を出す。名前も知らぬ友人はこの部屋にはいない。きっと、夢の中で僕らは親友だったのかもしれない。僕は彼にフライドポテトも焼き鳥も焼きそばも渡してあげられなかった。本当はかき氷も買っていたはずなのに。
唐突に夢が僕を追い出した。それが悲しかった。名前を聞いておけば良かった。たとえ、思い出すことがなかったとしても。あのときの僕はまた、彼に会えると思っていた。どうしてだろう。いつだって、根拠のない自信を僕は抱いてしまう。
無性に誰かに会いたくなった。馬鹿みたいに誰かと話したり、好きなことをしたいと思った。冷たい雨はまだ、降り続いている。そう、今日はずっと雨。僕は起き、ゆっくりと身支度をして、本屋に向かう。お気に入りの青い傘を広げて。
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買いたい本はすぐに見つかった。「パイナップルの種」。そう、ベストセラーだ。ホラー小説を普段、読まない僕がどうしても欲しいと思った作品だ。親友が絶賛し、映画化が既に決まっている。面白くないわけがない。手に取り眺めていると、爽やかな夏の匂いがした。香水だろう、パッションフルーツとピーチが鼻腔に触れる。僕は反射的に顔を上げた。金色の瞳に僕はびくりとした。彼女もまた、僕のことをしっかりと見つめていた。
「ええと……蝶の靴下って何処だったかなぁ……あ、あっちかなぁ! 店員さんに聞こうかなぁーーー?」
僕はミステリを探す振りをして、彼女から離れようとする。
「あら、蝶の靴下はそこよ。バラシーの作品でしょ?」
フィーネ・ルカーノ(p3n000079)が微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
逃げられない。僕はふにゃりと笑った。実際、僕は彼女を知っている。珍しく、フィーネが眼鏡を掛けているのは本屋にいるからだろうか。いや、そんなことよりも、僕は彼女と話をしたくなかった。イレギュラーズと関わり、彼女は少しだけ丸くなったと言われているが、結局のところ、彼女の狂気は何も変わってはいない。僕は勝手にそう、思っている。
「ねぇ、貴方、金平糖はお好き?」
驚く暇さえなく、目の前には花色の金平糖があった。フィーネは透明な袋を揺らし、僕は金平糖の揺れを静かに見つめている。
「金平糖、ですか? いえ、普通です」
長引かせたくなかった。
「そう、これが雨を含んだ金平糖でも?」
「え?」
どういうことだろう。僕は首を傾げたがきっとそういうことなのだろう。不思議なことは此処では当たり前のこととなる。フィーネはくすくすと笑い、「この金平糖はね、雨の思い出を映すの、そう、覚えていなかったことも、それこそ、夢の思い出さえもね?」
フィーネは笑っていた。これを内緒でイレギュラーズに食べて貰おうと思っているらしい。悪趣味な彼女の遊び。でも、僕は笑えなかった。僕の夢に雨は降っていない。
- スーブニールの雨完了
- GM名青砥文佳
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2020年05月07日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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金色の瞳が雨に浮かんでいる。
「ねぇ、奇麗な雨だと思わない? 何もかも洗い流してくれそうで」
女は目を細め、「永遠に雨だったらいいのに」と呟いた。
花色の金平糖が雨に光る。
「きれぇな金平糖やわぁ」
『涙ひとしずく』蜻蛉(p3p002599)は金平糖の柔らかな甘さを静かに楽しんでいる。やがて、名残惜しそうに蜻蛉は金平糖を噛み、小気味よい音を響かせ、雨に誘われていった。
蜻蛉は眩しそうに目を細めている。雲一つない晴れた日。そう、これは混沌に来る前のとある日。蜻蛉は菓子屋で羊羹を買いに外に出たところだった。賑やかにすれ違う人々。屋根の雀に目を向けていると、強い風が蜻蛉の髪をすり抜けていく。
「良い天気で心地ええわ……」
白猫が足元を駆ける。微笑んだ蜻蛉の頬に小さな雨粒。
「わぁー!!! お天気雨だぁ!」
緩やかな空気が瞬く間に忙しないものに変わっていく。騒ぎ、皆、走り出した。強まっていく雨が蜻蛉の履物を濡らしていった。
「ああ、ついてへんわぁ……」
店の軒下で蜻蛉は雨を見上げた。鼻孔に触れる雨の匂い。土に水が染みていく、独特の香。人々は駆け、泥水を飛ばす。蜻蛉は水たまりを見つめ、目を丸くする。霧と鬼火が現れ、聴き慣れぬ鈴の音がする。すんと匂いを吸い込めば、妖の香り。
「お狐様の嫁入り……」
呟いた声にふっと誰かが微笑んだ。シャラン、シャランと音が響き合う。蜻蛉は目を凝らす。上手く化けてはいるものの、それはまぎれもなく狐の行列だった。行列は少しずつ進んでいく。
『お使いのとこ、うちのせいで……えらいすんませんでした』
白無垢の花嫁がぴたりと止まり、美しい顔を向けた。
「……ええのよ、うちもええもの見せてもろたわ。おめでとうさんです」
『おおきに。……これ、足止めしてしもたお詫びに……』
差し出されたのは朱い和傘。
「うちが貰ってええの?」
『ええ、もうしばらく降りますよって、これつこてもろたら』
頷き、和傘を広げると、立派な蛇の目傘だった。とても綺麗な傘。蜻蛉は顔を上げ、礼を言いかけるが見え、聞こえたのは雨と可愛らしい声だけだった。
『……猫の姐さんも、お元気で』
「……お幸せに」
蜻蛉は微笑み、また、雨を見つめる。雨はしとしとと降り続けている。
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『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は女から貰った花色の金平糖を口に含んだ。
「この雨をどう思う?」
「私? 私は──……」
途端にルーキスは黙り込んだ。女の香水が雨に混じっている。
あの日に戻っていた。ルーキスは雨の中、独りで歩いている。服も靴もそれこそ、翼さえ雨を吸い、ルーキスの体温を攫っていく。あてもなく、なんてことはなかった。混沌に来た直後であっても、私にはローレットがあった。それなのに、私は何も決めてはいなかった。居住すらも。
「えっ!?」
驚く声が雨音を一瞬だけ消し去った。赤い瞳と目が合う。そう、年齢は六十半ばだろうか。女はルーキスの左腕を掴み何処かに引っ張っていく。
「あなた、今、いいかしら! バスタオルを!」
マーブル色の扉が開き、優しそうな男が慌ててバスタオルを持ってくる。警戒しながらバスタオルで身体を拭いていると、「旅人の方ですか?」
男が尋ね、私はすぐに頷いた。
「なら、貴女が満足するまで此処にいてください。私は妻と民宿を営んでおりますから」
ルーキスはびっくりしてしまう。こんな姿でも良いのだ。本来なら追い回されるか国軍に突き出されるかの二択のはずなのに。
「ありがとう」
声が震えていたのはきっと面食らったから。
真夜中、魔術書に目を通していると、ノックとともに扉が開いた。
「ほら、夜食だよ。今日はレンズ豆と豚肉のスープ煮さ」
「ミソカさん、ありがとう。でも、いいのに。明日も早起きだよね?」
「構わないさ。それにルー、貴女だって毎日、手伝ってくれるじゃない」
「まぁね、出来ることをしようと思ってね。んっ、美味しいスープだ」
ルーキスは木製のスプーンを熱心に口へと運ぶ。笑みが溢れる。
「ふふ、そうでしょう。美味しくないわけがないんだ」
ミソカは胸を張り、「もし、貴女が此処を去ったとしても、また、このスープを作るよ」
誰よりも優しい声だった。
温かな香りにルーキスは呼び戻された。女の両手にはコンスープ。
「何を見たか教えてくれる?」
「……いいよ。まったく、どういう経緯でこんな食べ物を仕入れてくるやら」
溜息を一つ。
「あら、嫌だった?」
「いや、どちらかと言えば、してやられた感じかな? 悪い記憶って訳でもなかったしね」
ルーキスは言い、受け取ったコーンスープに口を付けた。
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含んだ花色の金平糖に雨が映り込んだ。
『探究者』ロゼット=テイ(p3p004150)は砂漠を歩く。鮮明な記憶。強い風が砂を巻き上げている。赤くて重い土に足跡が刻まれていく。ロゼットはサングラスを押し上げ、ストールを片手でそっと押さえ、目を凝らす。薄い長袖の中を風が笑いながら通り過ぎた。ロゼットは一人だった。乗っていたラクダは何処にもいない。ロゼットは立ち止まり、水袋に手を伸ばしかけ、ああと笑った。
「さっき、この者が飲んでしまったであろう」
少しずつ飲んでいた水も水袋に一滴も残っていない。食料すらなかった。頭痛がする。視界が歪み、耳が遠くなった。あるはずのオアシスは枯れ、一匹の蛇が這っていた。
「この者は蛇さえも捕まえられなかった……」
誰かに聞かせるようにロゼットは言った。夜を待たずにこの者は死ぬだろう。ロゼットは知っている、砂漠に転がっている死を。見上げた空に鳥はいない。近くに水源はないのだ。四肢は痺れ、地面を掘る体力すらなかった。ロゼットは倒れこんだ。日差しが水分を搾り取っていく。目が霞んでいく。
「ああ、これがこの者の死か……」
ひび割れた声が砂漠の中心に散っていく。ぼんやりと空を眺める。横たわったまま、流れる雲を見つめる。今日はとても良い日だ。雲なんて何日も見ていなかった。無意識に笑みが零れていた。呑気なものだ。ただ、いつか来る死の形が優しい曇天の下なら、それはそれで良い気がした。
「……」
眼球が渇き、失神していたことを知る。もう、動けなかった。ふと、何かが顔に落ちていく。虫だろうか。いや、そんなはずは。緩んだ唇の間をそれは流れ、白くなった舌を跳ね、左右に落ちていく。反射的に喉を鳴らし、ぎょっとする。雨だった。口を大きく開け、両手を空に伸ばす。天の救いだと思った。こんなに美味しい飲み物は知らなかった。ロゼットはハッとし、立ち上がる。震える指先で水袋の蓋を開け、頭上に掲げる。本当は漏斗のようなものが欲しかったが、今はこれで良かった。気ままな雨にロゼットは目を輝かせ、幸福に震え上がった。体力が残っていれば、きっと歌い踊り出していただろう。
「ああ、良い雨だったのね──」
女の声がした。ロゼットは頷き、首を傾げた。どうして、彼女がそのことを知っているのだろう。
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『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は顔見知りの女から受け取った花色の金平糖を豪快に噛み砕き、盛大な音を響かせる。
「あら。此処は……?」
鈍色の空だった。間もなく、雨が降るだろう。
「まったく、嫌な天気ね!」
メリーは怒鳴り、すぐに気が付いた。此処は混沌ではなかった。わたしが前に住んでいた世界。思い出していく。
「傘をばきばきにした時のことね」
得意げに呟いた。メリーは遠い街で傘を盗んでいったのだ。
「わざわざ、遠い街まで出かけたのよね」
そう、此処にわたしを知っている人は一人もいない。あの日、メリーは胸を躍らせていた。
「いってくるわね」
メリーは傘を持たずに家を飛び出し、公園でたっぷり時間を潰し、雨のタイミングとともに近くのコンビニに駆けこんだ。
「いらっしゃいませー」
やる気のない声がメリーを出迎えた。一瞥する、レジの前に店員は一人。客はメリーだけだ。
「傘はまだ、傘立てにはないわけね」
メリーはターゲットを待った。失敗する気はなかったが、初めてのことだ。メリーは雑誌を立ち読みしながら、誰かが傘立てに傘を置くこと願った。
「やっべ! びちょびちょだわ~!」
その間に服をしっとりと濡らした人々がコンビニのビニール傘とタオルを買っていく。それを横目で見つめ、メリーは不思議がる。どうして、わざわざ傘を買うのだろう。それこそ、傘立てに置いてあるものをこっそり持っていけばいいだけのこと。素知らぬ顔で持っていけば、バレやしない。
「……!!」
見えた。ビニール傘を持った男がのそのそと入ってきた。ゴミ箱に煙草の空箱を投げ入れ、男はトイレに向かっていった。今だわ。メリーは入口に歩いていく。そして、女と擦れ違いながら、堂々と傘の柄を掴み、コンビニを出ていく。
「なんだ、やっぱり簡単じゃない」
笑い、メリーは次の傘を探す。
「此処ね、此処なら盗み放題ね」
メリーはアーケードに入り、真っ二つにした傘をゴミ箱に落とし、沢山の傘を雨が止むまで盗み、折り曲げ、ゴミ箱に放り投げた。小気味よい音。壊れた傘は死骸のようだった。
「あー面白かった!」
雨上がりの空を見上げ、メリーは笑った。そう、わたしのじゃないからいいのよ。その瞬間、誰かがメリーの肩をとんと叩いた。
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雨が降っている。
「今日は止まないのかな」
『Merrow』メル=オ=メロウ(p3p008181)は暗い空を見つめ呟いた。
「素敵なものをお持ちなのね、石鹸の香りがする」
女が近づき、メルの周りを浮遊するハート型のシャボン玉を見つめる。
「貴女、金平糖は好き?」
「え? 金平糖って?」
「砂糖菓子よ」
女は花色の金平糖を見せた。
「これが金平糖。綺麗だね、空みたいで。あたし、甘い物は大好きなの。ぜひ、ひとつ頂戴……♪」
口に含んだ途端、青い果実の味がした。
蜂蜜の様に溶けていく。メルは目を細め、太陽に手を伸ばしていた。
「此処は何だろう? あたしの思い出?」
恋焦がれ、どんなに背を伸ばしても太陽には決して届かない、そんな思い出をあたしは見ている。
「ううん」
すぐにメルは首を振った。これは覚えのない記憶。メルは理解する。あたしは元の世界の夢を見ている。
海から抜け出してきたのにどうして触れられないの?
意地悪な風がメルの身体に纏わりついた。メルはかぶりを振り、手を伸ばし続けた。
「……え? 水、どうして空から落ちてくるの?」
指先にぽつりと一滴の雫が当たり、メルはびっくりする。不思議に思っていると、すぐにぱらぱら、さあさあと降ってきた。晴天。メルの肩に黄色い鳥が止まり、「ねぇ、何が起きたの?」と驚く。
「これは雨じゃないのかも」
太陽が泣いているのだと思った。
「なら、慰めてあげなきゃ。それとも、嬉しいのかなぁ」
鳥は言い、メルの翼になった。だから、あたしは地面を蹴って、夢中で太陽に翔けた。でも、太陽はいつだってあたしを遠ざけてしまう。大粒の涙はあたしが地に降りるまでずっと流れ続けた。とても、悲しかった。
「わぁ、眩しいね!」
鳥は言った。太陽がずぶ濡れのあたしを強く照らし、抱き締めている。あたしはただ、笑うしかなかった。
雨音が耳に触れる。メルはハッとし、駆けだした。聞きたいことがあった。
「フィーネさん」
「あら?」
見覚えのある女は見知らぬ少女を口説いていた。少女は顔を赤らめ、逃げるように消えていった。
「どうしたの?」
「あのね、金平糖を食べたらね、急に夢を思い出したの。不思議よね。あたしも今度行ってみようかな……♪ ねえ、どこで売ってるの?」
メルの言葉にフィーネはひゅうと笑った。
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「王さま、貴女に出会えてあたくしはとっても光栄!」
女は黒の王冠を見つめ、甘い声を出し、散々・未散(p3p008200)の手に金平糖を落とした。
「どんな味がするのでしょう」
未散は美しい声で尋ねた。綺麗な色を成している。
「さぁ? 食べてみて?」
女は意地悪く笑った。未散は頷き、金平糖を小気味よく齧った。未熟さを感じる青林檎の味が広がっていく。
雨が降っている。でも、さっきの雨とは違う。湿気を含んだ雨が空から落ちている。人々は黒を纏い、慎ましく斎場に飲み込まれていった。しんと静まり返る空間。バンダ、リシアンサス、かすみ草、百合が祭壇を彩り、中央には花で作った十字架が飾られている。人々は棺を覗き込んだ。そして、未散さえも。
「……」
目を細める。トリカブトに囲まれ、少しばかし、粧し過ぎにも想える死化粧に、清く一点の曇りも無い白いワンピースをぼくは身に纏う。未散は見た。愛し過ぎた彼の日の花々を抱く腕は何処にもなかった。
神に罪を詫びると云うのなら、ぼくの犯した罪とは一体何だったのでしょう。
聞こえる聖歌は乱れも淀みも無く朗々と奏でられている。未散は見つめた。棺から抜け出す踊り子の姿を。彼女はワンピースを揺らしご機嫌に踊り歩く。人々は気が付かなかった。下を向き、聖歌を歌う。未散は真っ青な神父を知る。ぶるぶると震え、手に握った十字架が食い込んで血を流す程に強く神に祈っていた。笑う、アン・ドゥ・トロワは彼だけのもの。
心残りは泪を流す臣民の貌を拭ってやる事すら出来なかった事でしょうか。其れでも小さな悪戯に満足し、踊り子はステージを去った。
甘く香った毒人参の花。未散は悪戯人を見た。彼女は誰もいない棺を男達と担いでいる。棺は大きく揺れ、馬車に運び込まれた。彼女は笑い、痩躯の男から鴉に似た傘を借り、踊りだす。人々は暗い瞳で彼女を見つめ、やがて踊りだす。傘を回す男、傘を捨て女は踊り始めた。馬車はとっくに走り出していた。泥濘んだ地面を必死に踏みしめながら。人々は狂ったように踊っている。そう、足元を滑らせた馬車から、するりと棺が落ちる迄。
衝撃と叫び声。馭者が慌てて棺を覗き込み、息を呑んだ。
「ねぇ、あなたさまも随分と悪趣味な悪戯を、なさるのですね」
未散は女を見た。女は満足そうに笑い、誘うように踊りだす。
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「最高の金平糖なの。食べてくれるかしら?」
『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287) に雨に濡れた女が声を掛けた。
「ええ、寝ることや食べることの練習中なので、ありがたく頂きますね」
雨紅は金平糖を口に含み、初めての味を楽しんでいると、雨がふと遠ざかっていく。何が起きたのだろう。
雨紅は首を傾げた。見覚えのある地。女は何処にもいない。
「夢でしょうか?」
呟き、気が付く。これは深い眠りに落とされる前の記憶だった。雨に包まれていく。
戦闘機として戦場を駆け、得物を振り回していた。あの時も雨が降っていた。頬に付いた返り血が降り注ぐ雨に洗い流されていく。染まる足元。
「雨紅、今日もよくやった!」
主は私を褒め、赤い瞳はまるで血を吸っているかのようだと誇らしげに言い、地面に落ちた紅の雨水を見つめ、名の通り、似合っていると笑った。私は曖昧に頷きながら、別のことを思い出していた。私を作った彼のことを。彼の故郷は雨がめったに降らなかった。ゆえに雨は恵みそのものなのだと彼は言いました。名言はしていませんがきっと、私はそうやって名付けられたのでしょう。製作者も、主も、私の名を肯定してくれました。でも、それらは全く別の形だったのです。
私はこの名に、ふさわしいもので、あるのでしょうか?
そう問おうと、いや、異なる道を進みたいと願った私を、主は許さなかった。
また、雨だった。雨紅は長い夢を見ていたような、そんな気がする。睡眠の機能がうまく動いていないのだろうか。
「……今の気持ちは、多分、気を紛らわせたい、ですね」
この雨では舞の披露も難しい。ならばと、雨紅は書店に向かい、真面目そうな店員に声をかけた。彼女は文庫本を順序よく並べているところだった。
「すみません、流行の本はどちらでしょうか?」
この機会に現代への理解を深めようと思った。雨紅の問いに店員は嬉しそうに笑った。
「この本です! 猫と純喫茶という本なのですが、今、大ヒットしています。ミステリのようなスリルやドキドキはないんですが、とっても癒されるんです! あ、これ以上はネタバレなのでちょっと!!」
店員は慌てて口を塞ぐ。雨紅は「では、その本をください」とおっとりと笑う。きっと、彼女は正しくて私に相応しいものを選んでくれたのだろう。
最後に女は『天然蝕』リナリナ(p3p006258)に向かい、その手にしっかりと握り締められている骨付き肉を見つめながら「甘いものはいかが?」と笑った。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
雨は止むことを知らない。
GMコメント
ご閲覧いただきましてありがとうございます。今回は花色の金平糖を食べ、雨の思い出を思い出してください。思い出は一人で見ます。ただし、特殊な思い出であれば、二人で思い出すことも出来ます。
●目的
花色の金平糖を食べ、雨の思い出を思い出すこと。夢から覚めたあと、ふみかやフィーネと交流しても構いません。
●依頼人
フィーネ・ルカーノ(p3n000079)
とても意地悪な人。
●巻き込まれた人
祭国ふみか(さいこく ふみか)
男性。イレギュラーズファン。皆様のことをよく知っています。イレギュラーズが解決した事件をスクラップブックに切り貼りしています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●花色の金平糖
青リンゴ味。食べると雨の思い出を思い出します。それこそ、夢の中の出来事さえも。ただ、フィーネはただの金平糖だと言って手渡すので、皆様は無理矢理、雨の思い出を思い出してしまいます。
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