PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Breaking Blue>白き花陰る時

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 丸い窓から見える海は、何処までも青く。
 それを反射するように薄めた空は何処までも蒼かった。

 背中に広がる紫の痣を心配そうに見つめる瞳。
 痛みに浮かぶ汗を優しく拭ってくれる大きな手。
 幾度となく。いつもいつだって。助けてくれる憧れの背中。
 途切れる意識の中で、弱る心は貴方を探してしまう。
 自分の命に代えても守らなければならないのに。
 護られるのはいつも僕の方だ。

「ごめん、な、さい……」
 ベッドの上に横たわるローレンスの様子を見に来たバルバロッサは、苦しげに謝罪する彼の頭を撫でる。
「起きてたのか。調子はどうだ?」
 ベッドに腰掛けて、持ってきた水をローレンスに飲ませるバルバロッサ。
 気管に入り込んだ水に咳き込む背を叩いてやりながら、優しい気遣いを見せる彼にローレンスは申し訳なさが先に立つ。
 普段のローレンスであれば、何てこと無いと言いながら肩を竦ませてみせるのだろう。
 けれど、今は違う。
 取り繕う事が出来ないほどに、辛そうに眉を寄せていた。
「もうすぐ着くから、安静にしておけよ」
「ど、こに……」
 薄らと目を開けたローレンスはバルバロッサを流し見る。
「港だよ。オーディンの店がある港は身を隠すには打って付けだろ。お前の面倒も見てくれるっていうし」
「どういう、こと」
 無理に上体を起こしたローレンスはバルバロッサの腕を掴んだ。
 背中を走る激痛にふらつく華奢な肩を支えるバルバロッサ。

「船を降りろ、ローレンス。今のお前は……」
「嫌だっ!」
 バルバロッサの言葉を遮るように叫ぶローレンス。
 感情が溢れて止まらない。
 不安も痛みも苦しみも。全て全て。
「あなたの、傍に」
 彼の傍に居ることが出来たからこそ我慢できたもの。
 辛い鍛錬も船での生活も。バルバロッサが居たからこそ。

「……っ!」

 ローレンスはバルバロッサの瞳に浮かんだ険しさに息を飲む。
 こういう表情をしている時は、絶対に譲らない。
 誰にも変える事は出来ない。決定事項。
 ぼろりとローレンスの眦から涙が落ちた。
「僕は用無しですか?」
「違う。そうじゃない」
 嫌な言葉を吐いた。それを否定させた事にローレンスは己自身で傷つく。
 そうではない事は分かっている。自分を療養させるために丘に上げるつもりなのだろう。
 一気に上がった血圧に目が回り、シーツへ横たわるローレンス。
 溢れる涙を見られたくなくてローレンスは手で目元を隠した。

「必ず。必ず迎えに行くから。だから、待っててくれ」
「…………はい」

 海の上に居るより絶望の青の外で待って居る方が進行は遅いだろうから。
 共に歩むために。
 今は離れると決めたバルバロッサの心を、ローレンスは受入れたのだ。


 四角い窓から見える海は、何処までも黒く。
 それを反射するように星を散りばめた夜空は何処までも広かった。

 背中に広がる紫の痣を心配してくれる人は居ない。
 かつて俺を好きだと言った愛らしい声も、嫋やかな指先も。
 幾度となく。いつもいつだって。あの魔女が奪っていく。
 募る憎しみは嫉妬。俺には無いものを。俺が欲しかったものをアイツは簡単に捨てた。
 魔種に成り果て、挙げ句の果てには女王を裏切った。

「くそ……っ」
 背中の痛みに目を覚ますと自室の天井が見える。
 エリオット・マクガレンは己の内にある嫉妬の狂気を持て余していた。
 先の戦闘でイレギュラーズの乗った船と交戦した上官――トルタ・デ・アセイテの蛮行。
 狂気に満ちた彼女を。己が欲しかったものを取るに足らないものだと投げ捨てたトルタを。
「俺は許せない」
 自分が女であれば、トルタの傍にも居られたのかもしれない。
 それでも。尊敬をしていた。
 己の力だけで海洋王国無敵戦列艦隊アルマデウス提督にまで登り詰めた強さに純粋に憧れたのだ。
 けれど、トルタが女王を裏切った時。
 エリオットは嫉妬の狂気に染まってしまった。

 呼び声を聞いたのだ。
 耳からねっとりと纏わり付く『嫉妬』を――
 同時に。首輪を付けられた。
 逃げることなんて最初から出来ない檻。

 憧れ(トルタ)も、愛(ミリア)も自分には手に入らないものなのだと強く自覚させられる。
 ならば。血の繋がり(ローレンス)は。己を肯定してくれるだろうか。
 それこそ無理な話だろう。
「アイツには赤髭王が居る」
 弟でさえ唯一無二を持っているのに。自分には何も無い。

「はは……」

 渇いた笑いは天井に反響して、己を苛む槍となる。
「それも、これも。全部、あいつらが悪いんだ」
 トルタ・デ・アセイテの蛮行から己の転落も始まった。
 その原因。
 トルタの謀反はイレギュラーズが原因。
「イレギュラーズ……っ! くそっ、イレギュラーズめ」
 築き上げた功績。地位。名誉。居場所。全てを壊した特異運命座標が憎い。

「ああ、でも。本当に『そう』なのか。イレギュラーズだけのせいなのか」
 狂気と正気の狭間。持ち合わせた聡さ故の苦悩。
 美しい顔を歪ませて、顔を覆うエリオット。
 阿呆ならば苦悩することも無かっただろう。己の欲望のままに狂気のままに。

「もう……、分からない。苦しい。憎い。苦しい。辛い」
 けれど。狂気は確実にエリオットを蝕んで。
 堕ちていく。

 自分だけが何も持っていないなんて許せない。
 己だけが滅びるなんて許せない。
 死なば諸共。
 朽ちる時は全てを道連れに――


 広大な海。ブリリアント・ブルー。
 アクエリア島から望む絶望の青は何処までも広く美しかった。

 船を出す前に行われた状況説明と航路の確認。
 アクエリア島の制圧を完了したイレギュラーズ達の前に現れた『赤髭王』バルバロッサ(p3n000137)は、強気な表情で口の端を上げる。
「よお! お前ら。いよいよだな」
「ああ」
 イレギュラーズは気を引き締める思いで頷いた。
 視線を航路図へと落として指をアクエリア島へ示す。
 拠点となる橋頭堡を築いた彼らは、仲間を己を蝕む『廃滅病(アルバニア・シンドローム)』に食い破られる未来を肌で感じ取っていた。
 これはアルバニアの作戦でもあるのだろう。じわじわと苛み堕ちるのを遠くから見ている。

 バルバロッサの脳裏によぎる、別れ際の涙。
 起き上がることさえ困難な程に。ローレンスは廃滅病に侵されていた。
 悠長に構えている時間は残されていない。
 それは、バルバロッサばかりではないだろう。ここに集まった全員が抱いている思いだ。
 辞して待つより、可能性の欠片を己の力でつかみ取らねばならないと。

「絶対に引きずりだすぞ」
「ああ。もちろんだ」
 仲間の為に。己の為に。絶望の青へ。

 進撃が開始された――

GMコメント


 もみじです。青へ進軍せよ――

●目的
 魔種、狂王種の撃退

●ロケーション
 海上。自船と友軍船の合わせて三隻で挑みます。
 弧を描く三隻が、ありったけの砲撃をぶち込みとりつきます。お約束です。
 皆さんは相手の船に乗り込み白兵戦闘を行います。
 海に落ちる事もあるので気を付けましょう。

●船
○敵軍『戦列艦ラ・ソマレンテ号』
 かつてはトルタ・デ・アセイテ率いる戦列艦隊アルマデウスに所属する一艦でした。

○自軍『アルセリア号』
 海賊バルバロッサ率いるジーベック船。
 操舵手トニーや料理長モリモト、ネコのエリザベスももちろん乗っています。
 ローレンスは不在です。

○友軍『サンタ・エルミニア号』、『サンタ・モリアント号』
 海洋王国の正規船です。ガレオン船。
 乗組員はイレギュラーズをサポートしてくれます。

●敵
○『黒鷹の瞳』エリオット・マクガレン
 嫉妬の魔種。ローレンスの兄。
 憧れ、愛情、血族、地位、名誉、居場所。全て手に入らないと悟ったとき魔種へとなりました。
 魔種へと成った後も正気と狂気の狭間で苦悩しています。
 元々は齢三十にして戦列艦一船の艦長を務める若き海洋軍人。
 美しい顔立ちの青年。恋人をトルタに横取りされました。ちなみに、兄弟仲は悪くなかったようです。

・フェザーファランクス(A):物中扇、猛毒、流血、ダメージ中
・カルトアイズ(A):神中範:恍惚、不吉、ダメージ小
・黒鷹の翼(A):物超貫、移動、ダメージ中
・黒槍乱舞(A):物至単、連、高CT、ダメージ中、追撃30
・黒鷹の瞳(P):全ての攻撃に万能属性が付与される。
・正気と狂気の狭間(P):微かな理性が見え隠れする状態です。
 ターンによって能力値にばらつきがある。(マイナスが入る場合があります)

○戦列艦ラ・ソマレンテ号のクルー
 沢山います。いずれも原罪の呼び声の影響を受けています。
 船の維持や砲撃に集中していますが、降りかかる火の粉は払うでしょう。

○狂王種『煉獄鳥』×16体
 全身が青く燃え盛る怪鳥です。
 エリオットの周囲には16体ですが、戦場全体にはおびただしい数がおり、場合によっては援軍に現れます。・鉤爪(A):物至単、毒、出血、ダメージ小
・嘴(A):物遠単、移動、ダメージ中
・煉獄衝(A):神中単、猛毒、業炎、鬼道30、ダメージ小


○狂王種『シー・サーペント』
 固い鱗や牙や角を持つ船の様に巨大なウミヘビです。
 サンタ・エルミニア号、サンタ・モリアント号と戦っています。

●味方
○『赤髭王』バルバロッサ
 精悍な顔立ちに赤い髭。傷だらけの身体は筋肉隆々です。
 強い者に戦いを挑み続けています。
 性格は豪快豪傑。気さくでお茶目ですが、戦いとあらば容赦はしません。
 仲間は大切にします。特にローレンスは血を分けた家族同等の扱いです。
 本名はブレイブ・クラウン。
 遠近範囲を兼ね備えたトータルファイターです。
 剣の達人ですが、ピストルを携行しており、爆弾を投げるなどトリッキーな動きをします。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●重要な備考
<Breaking Blue>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <Breaking Blue>白き花陰る時Lv:18以上完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年04月29日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に
アルム・シュタール(p3p004375)
鋼鉄冥土
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
カンベエ(p3p007540)
大号令に続きし者
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)

リプレイ


 煌めくパライバトルマリンの水面は何処までも青く広がっている。
 美しさを讃える色合いとは裏腹に。
 絶望は確かに忍びよってくるのだろう。

 銀の髪が潮風に揺れる。
『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は灰色の瞳を隣の『赤髭王』バルバロッサへと向けた。
「バルバロッサ船長! これ終わったらおいしいご飯奢ってくださいね! 勿論ローレンスさんも一緒ですから!」
 船上に満ちる過度の緊張感を解すように、アリアは元気な声を上げる。
「おう。アリア嬢ちゃんみたいな、別嬪さんが居てくれるなら酒も旨いだろうなぁ! 楽しみだ」
 バルバロッサは金の瞳を細めた。娘のアルセリアが生きていれば丁度このぐらいの年齢だっただろう。
 元気で物怖じしない、けれどその内心に僅かな怯えを孕んだアリアに、何処か懐かしさを覚え。バルバロッサはアリアの頭を軽く撫でた。
「アリア嬢ちゃんは感受性が強いんだな。良いことだ。だが、あんまり無理はするなよ。容量がいっぱいいっぱいになっちまうからな。まあ、頑張ろうぜ」
「はい! 力を合わせて行きましょう!」

 元気なアリアの声に微笑む『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)は、バルバロッサの隣に立った。
「今回も赤髭王の旦那が一緒とは心強いねぇ」
「ああ、十夜か。この前は世話になったな」
 ギシギシと船が軋む音。赤と蒼が風に揺れる。
「どうだい、この依頼が終わったらまた一杯……と言いてぇ所だが、お互いそんな余裕も無いか」
 十夜の身体に刻まれたアルバニアの首輪。死は確実に這い寄って来ている。
 それだけではない。
 大切な人に広がる廃滅病の棘は。彼女たちの身体を蝕むだけではない。
 時限爆弾が付けられているという事実が十夜の精神をすり減らし余裕を奪う。
 余裕は安心感から生まれるものだ。大切な人の命が奪われる状況でそんなものありはしない。
 大人であるバルバロッサや十夜とて焦れるのだ。
 アリアが心の内に怯えを感じるのも道理であろう。
「ま、そんならせめて、手土産代わりの勝利をもぎ取ってくるとしようや」
「そうだな」
「はい!」
 無事に。祝宴を迎える事が出来るように。十夜は青い『空』に思いを馳せた。

「……さてはて」
 けたたましい警笛の音と敵影を捉えたという怒号が『天戒の楔』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)の耳に届く。
 砲門が開き、開幕の狼煙が空へと上がった。
 黒い翼を広げ、フレイは友軍のサンタ・エルミニア号へと向かう。
 嫉妬の魔種に狂王種。どちらも相手取るには人手が足りないだろう。
「まずはこいつを撃破するのが先決か」
 シーサーペントの巨体を捉えたフレイは青赤の瞳に力を込めた。
 焔雷覇の黒い柄から焔が上がる。揺らめき朧気に揺蕩う黒の炎。
 ギャァギャァと空を飛び回る煉獄鳥諸共、引きつけるために声を張り上げる。
「さあ、来い! お前達なぞ、簡単に蹴散らしてやろう!」
 守護する者の矜持。攻撃力を代償に手に入れた守る為の力。
 この身がいくら傷つこうとも。後に待つ魔種との戦いへ仲間を無傷で送り出すために。
 フレイは敵の注意を引きつける。

「水とくれば雷だよね!」
 フレイの影から出てきたアリアはカトルセの剣を空へと掲げた。
 連なる雷は水面を走り、空気を裂く音を響かせながらシーサーペントの皮膚を焼く。
 じりりと焦げる匂いと敵の雄叫び。
 アリアを狙い迫り来る牙に割って入るのは『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)だ。
「さあ、おにーさんと遊ぼうか!」
 誘うように揺らぐヴォルペの声。水面を這い伝わる音。
 シーサーペントの牙がヴォルペの肩に食い込む。その瞬間アガットの赤は反逆を得る。
 彼を守る茨は攻撃するものを蝕み傷つける反射の加護だ。
 ルビーの瞳が細められる。不敵な笑みが唇を彩った。
「ふふ。まだ終わってないよ」
 痛みを攻撃に。抗う意思は力に。
 自身が攻撃を受けているということは、他人が痛みを知らぬということ。
 他者を助ける事に価値を見出す。存在していいのだと、肯定を見つけるため。
 緋色の狐はシーサーペントの喉元に牙を突き立てた。

「HAHAHA、魔種に狂王種か! なかなか食い甲斐のある組み合わせだな、楽しくなってきたぜ!」
 拳を握り込んだ『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)は豪快な笑い声を上げる。
「トルタやっぱりやらかしやがったな」
 貴道はトルタ・デ・アセイテと面識があるのだろう。
 何時ぞやの海戦で共に戦った記憶が在り在りとよみがえる。
 その時も相容れない眼差しをしていたことを貴道は脳裏に浮かべた。
 特別な感情を抱いている訳では無いが、誰が敵で誰が味方かはっきりするのは良い。
 魔種は倒すべき相手。それだけ分かれば十分だろう。
 トルタも。戦列艦に乗った『黒鷹の瞳』エリオット・マクガレンも。
 全てを叩き潰し。勝利をもぎ取るのが貴道の正義だ。
 整った顔立ちに宿る鋭い眼光は、目の前のシーサーペントへと向けられる。
 水中へと潜り込んだ貴道は海種にも負けない泳ぎで接敵し、水流を孕んだ拳を胴へと叩き込んだ。
 貴道の拳に乗せるように拳を突き入れるのは十夜。
 頷き合った二人はシーサーペントの腹に次々と拳を叩きつける。

 トルタの裏切りをこの目で見たのは『らぶあんどぴーす』恋屍・愛無(p3p007296)だった。
 戦列艦隊アルマデウス提督であるトルタ・デ・アセイテとの戦闘。
 狂王種と魔種の挟撃は激闘という他無かったであろう。
 もしかしたら。と愛無は気付く。
 戦列艦隊アルマデウスに所属していたという、ラ・ソマレンテ号はあの場に居たのかも知れない。
 そうなれば、エリオットとの交戦も二度目ということになるのだろう。
 弟のローレンスとも一戦交えた身。
「これも『縁』か」
 トロリと、愛無の左太ももが黒い粘液へと崩れていく。
 ラピスラズリを散りばめたダークマターが広がり、シーサーペントの皮膚に突き刺さった。
 皮膚の内部へと浸透する致死毒は敵を蝕み内部から破壊していく。
「塩気が多すぎる」
 愛無から伸びた黒い粘液がぐじゅぐじゅとシーサーペントの皮膚を食み、不味そうに水面へと肉を叩きつけた。太陽の光にぬらぬらと糸を引く粘液がぽたりと海面に落ちた。

 どんな理由や存在意義があろうと。たとえ、それが昨日までの仲間だったとしても。
 魔種は例外なく全部殺すと強い眼差しで『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)は敵を見据える。大型拳銃『狼牙』を構え、シーサーペントの眉間に狙いを定めた。
 嫉妬に首輪を掛けられたエリオットの気持ちとて、全てを否定するわけではない。
 だが、その八つ当たりの暴力に付合う義理は自分たちには無いと一蹴するジェイク。
 相手が命を狙ってくるのならば。遠慮無く殺せば良いだけの話。
 ハンマースパーに指を掛けて引き金を引いた。
 腕から肩に伝わる衝撃はジェイクの身体を持ってしても反動が大きい。軋みを上げる筋肉と関節。
 弾丸は空気を裂き、回転しながらシーサーペントの左目を奪い取る。
「っ……」
 ジェイクは身体に掬う廃滅病の印を押さえた。痛むそれに息を吐いて、次弾を装填する。
 赤髭のような男は好感が持てる。強い者に戦いを挑み続け性格は豪快豪傑。仲間を思う気持ちは深い。
 廃滅病の身体を押して戦場に立つ理由は。バルバロッサに共感した事も大きいだろう。
「さあ、次は右目か――?」
 ジェイクの声が船上に響いた。


 戦列艦隊アマデウスが一席ラ・ソマレンテ号の甲板にはイレギュラーズを迎え入れるように、エリオット・マクガレンが佇んでいた。
「エリオット……」
 バルバロッサが眉を寄せて苦い顔をする。
 アクエリア島で仕入れた情報を信じていないわけではなかった。
 だが、信じたくなかったのも事実。
 ローレンスと似た美しい顔立ちの青年は、今にも泣き出しそうな恨みがましい暗い瞳をしていた。
「バルバロッサ……貴様、ローレンスはどうした。片時も離さないと俺に言ったのは嘘だったか?」
「あいつは丘に上げた。お前のボスのお陰だ。クソ野郎」
 バルバロッサの言葉に目を見開くエリオット。弟も廃滅病だという事実がエリオットを打ちのめす。

 そのやり取りを横目に『パンドラの匣を開けし者』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)はエリオットの出方を観察していた。彼の理性をいかに引き出すか。そして、それによってどれだけ時間を稼ぐかが、この戦場を制する事になるだろう。
「愛というものは。人が狂う原因の大半はこれに起因する」
 エリオットの場合なら恋人のミリアをトルタに奪われたこと。自分の内側に愛情を見つけることが出来なかったこと。
 絶対に通うことのない愛は。奇しくもトルタ・デ・アセイテが女王陛下に寄せた想いと同じものだ。
「尊厳を踏みにじった相手と同じになるかね」
 ラルフの言葉がエリオットを突き刺す。
「そんな、こと」
 分かっているのだ。否、実際の所これっぽっちも分からないのだ。
 己の心はトルタではない。他人の心が分からぬように。エリオットの痛みは彼自身のものなのだろう。
「なあ」
 エリオットがラルフに一歩近づく。ラルフは動かない。明確な戦意はまだ無い。
「俺はどうすればよかった」
 膨れ上がる後悔。自己嫌悪。自分で自分を殺したくなる程の感情の揺れ。
 ほとばしる怒り。
 それに他害の意思を見つけてラルフはリボルバーを抜いた。
 黒い翼を広げ一気に距離を詰めたエリオットのカトラスを防御フィールドで受け止めるラルフ。

「御高名な赤髭王様とご一緒に、海に出る機会が巡って来るとは光栄ですワ」
「そりゃこっちのセリフだぜ。こんな別嬪さんと一緒に戦えるなんて男冥利に尽きるな」
 メイドの軽やかな所作で微笑む『ナイト・グリーンの盾』アルム・シュタール(p3p004375)は盾を手にエリオットの前に立った。
「仲間の為、友の為とあらば。義をもって助太刀させて頂きましょウ……と言ってもワタクシどちらかと言うと剣(太刀)ではなく盾なのですがネ?」
 アルムの大盾にエリオットの攻撃が弾かれる。ビリビリと腕を伝う衝撃にアルムは身を引き締めた。
 流石は魔種。一筋縄ではいきそうに無い。
 独りで立ち向かうには厳しすぎる相手だろう。
「これより先を通りたくば。どうぞお先にワタクシ共にお付き合いくださいまセ?」
 けれど、アルムは声を上げる。
 自分の背には守るべき者達が居る。この戦場には頼るべき仲間が居る。
『あの時』のように無残に死なせはしないと大盾を握る拳に力が入った。

「カンベエさん!」
「我らが進むは生きるが為! それを忘れ水底へ引こうと言うならば、まずはカンベエがお相手致す!!」
 アルムへの攻撃を『名乗りの』カンベエ(p3p007540)が、藤重ねを手にその軌道を逸らす。
 カンベエは自身の身体が高揚していくのを感じていた。
 苦境。逆境。その先の栄光がこの身に掛かっている。
 闘志は燃え上がり、力がみなぎってくるようだ。
「ウハ、ウハハ! 大役、笑いがこみあげて来る!」
 この場でどれだけエリオットを留め置けるか。時間を稼げるかが勝負になる。
 ニヤリと不敵な笑みでカンベエは笑った。
 それに。
「赤髭王と名高き方と御一緒できるとは!」
 強い海の男と肩を並べ、戦場を駆けることが出来る。それはカンベエにとって喜ばしいことだった。
 けれど。喜びに浸っていられる状況でも無いのは確かで。
 大切な人が廃滅病に侵されているというのは。バルバロッサの胸中をどれほどの嵐が襲っているのだろうとカンベエは声を上げた。
「バルバロッサさんの気合にこちらも負けてはおられません!」
「ああ、そっちは任せたぞ。カンベエ!」
 ラ・ソマレンテ号へ三人を送り届けたバルバロッサは、シーサーペントの討伐のためマントを翻す。
「もちろんですとも。お任せあれ!」
 過酷な戦いが始まった――


 明滅する意識。
 フレイはパンドラの炎を燃やし息を吐く。
 シーサーペントの猛攻は凄まじいものだった。
 狂王種たる意地を見せた巨体はサンタ・エルミニア号とサンタ・モリアント号に突進を繰り返し、乱戦を極めたのだ。フレイたちが最初にシーサーペントを叩く選択をしなければ、友軍は海の藻屑となっていたかもしれない。
「ぐ……っ」
 フレイは仲間を庇い続けていた。
 叩きつけられるシーサーペントの牙。そして煉獄鳥の鉤爪はフレイの身体をアガットの赤に染める。
 フレイが居なければ、きっと多くの仲間や船員が傷つき、弱い者は命を落としていたかもしれない。
 それらを防いだ功績は。身に刻まれた傷跡は。称えられる勲章だろう。
 血を流しすぎたフレイがふらつくのをヴォルペが支える。
「無茶は禁物だよ。大丈夫、君は頑張ったよ。今度はおにーさんが頑張る番」
「すまん」
 支えられた手に拳を交し。任せたとフレイは頷いた。

「おにーさんはあちらさんの事情とか何にも分からないけどね」
 エリオットの考えも言葉もヴォルペには理解できない。
「ただ護る事、それがお仕事だからここに居る」
 それだけの事なのだ。揺蕩うように不確かな人間の機微に理解や共感を重ねることは難しい。
 だから。
 ヴォルペはシーサーペントの牙を受けて笑う。
「はは、楽しくなってきた!」
 単純に行こうじゃないか。目の前の戦うことが、きっと正義なのだから。

「デカブツ退治と洒落込もうぜ!」
 ジェイクの放った弾丸が蒼穹の空を割り、狂王種の顎を砕く。
 ドロドロと滴る血が海に広がり赤く染まった。
 痛みに暴れ回るシーサーペントの胴にジェイクの弾丸が連続でめり込む。
 赤い海の中を翻弄するように十夜と貴道が動き回っていた。
 シーサーペントの急所である腹を的確に穿つ。
「どうだ。ミーの拳は重いだろ!?」
「さあ、もう一丁」
 貴道の鋭い眼光と十夜の気怠げな瞳。見据える先は重なる。
 二人は連携して同じ場所に拳を叩き込んだ。

 アリアは集めた煉獄鳥に術式を展開する。
「ぎりぎりまで……」
 集めた鳥共を一掃するためカトルセの剣を掲げた。
 彼女の周りに風が吹き、銀の髪が舞う。
「風よ――」
 具現化した小さな妖精達が礫となりて煉獄鳥に突撃した。
 けたたましい断末魔と共に弾ける鳥。

 サンタ・エルミニア号のマストに愛無の姿があった。
 弱り果てたシーサーペントへの手向け。
「さあ、もう終わりにしよう」
 突き刺さる愛無の尻尾。
 一刺し。二刺し。
 幾重にも穿たれる巨体には無数の穴が開いている。
 命を喰らい。貪る黒き悪魔は、シーサーペントの血をたっぷりと啜った。

 ――――
 ――

 カンベエとアルムの双方は傷だらけになりながら、エリオットと煉獄鳥の攻撃に耐えていた。
 口から流れる血を吹きながらカンベエはうなり声を上げて海に沈むシーサーペントを横目で見る。
 ああ、やったのだ。耐えきったのだ。自分たちは成すべき事をやり遂げた。
 カンベエとアルムの瞳に輝きが増す。
 実際の所、三人の疲弊は凄まじいもので、あと一歩遅ければ何方かの死もあり得ただろう。

「よく耐えた!」
 アルセリア号を横付けにしたバルバロッサが赤いマントを翻し甲板へと舞い上がる。
 不倶戴天の敵である魔種によく此処まで耐えきったと三人を労う声。
「お待たせしましたー!」
 アリアの元気な声が甲板に響きシーサーペントを屠った仲間たちが駆け上がって来た。
「友軍の方達は、空を飛ぶ煉獄鳥の処理に心血を注いでください!」
 良く透るアリアの声は離れたサンタ・エルミニア号とサンタ・モリアント号にも届く。

「仲間、か……」
 シーサーペントとて弱くは無いはずである。それをこの短時間で倒しきるイレギュラーズの実力に眉を寄せるエリオット。彼らには強い結びつきが感じられる。
 自分には持ち得ない眩しい輝き。
 エリオットはそれを心底羨ましいと思った。
 誰かに信頼され、好意を向けられ、肩を貸して貰えるという事が。
 胃の奥が痛んでこみ上げる胃酸が忌々しい。

 ――さて。容姿は似るが。「味」は如何か。
 ディープパープルの瞳をエリオットに向ける愛無。ローレンスによく似た素体。
 口元を覆う表情は精彩を欠いているけれど。如何に素材が良くとも『味付け』が最悪なら意味は無い。
「君が運命座標を憎むなら、それもいい」
 だが、それはエリオット自身の欲望なのか。呼び声に拐かされて都合良く他人の欲望を押しつけられているのではないか。
 愛無の言葉に耳を傾けるエリオット。否定では無い問いかけにエリオットの心が揺れる。
「欲望を他者に委ねてはいけない。奪うなら己の意志で。殺すなら己の手で殺さねば」
 牙を立てる相手は己が決めなければいけないのだと愛無は続ける。
 さもなくば、ただ奪われる。ただ喰われるだけなのだと。
「さて、君は『誰』を喰う?」
「……っ!」
 突きつけられた言葉は選択を迫るものだ。どうしようもなく立ち止まり、後に引くことすら出来ないエリオットを刺激し揺さぶる愛無の声に。激昂を押さえたエリオットが歯を食いしばる。
「何にせよ。僕が喰い止めてやろう」
 愛無の黒い尾がエリオットの腕に絡みついた。

 仲間の言葉に心を動かしているエリオットを見つめ。フレイは焔雷覇を構える。
 敵に理性が残っているのだとしても。魔種に堕ちてしまったものは元には戻らない。
 いずれは倒さなければ成らぬのならば、まだ正気のうちに殺してしまった方が世のためである。
 気持ちは分からなくは無い。
 己の欲しいものが手に入らず、誰かに奪われるのだとしたら。
 フレイに身に覚えがある。全てのものから『要らぬ』と言われ否定された記憶。
 忘れることなど出来はしない傷跡。
「だが……」
 敢えて。くだらないと一蹴しようじゃないか。
「下らんよ。嫉妬することで自らの価値をそいつ未満に引き下げているのは自分だということに気付け!」
 フレイの言葉に怒りを露わにするエリオット。
 それに呼応して煉獄鳥の矛先がフレイに向けられる。
 迫り来る嘴と鉤爪。
 アガットの赤が散って、甲板に落ちていく。
「はっ! この程度か? 笑わせる!」
 黒い焔が一閃。
 煉獄鳥の胴が真っ二つに切り裂かれた。

「かの敵を打倒せんと、何故立ち上がらない!」
 カンベエの声が船上に響く。
「廃滅に立ち向かい、不義の提督を、アルバニアをのさばらせることを誰が望むのです!」
 本当の敵を見誤り、理不尽に暴力を振るうエリオットを糾弾する声。
 否、それは共に歩もうと手を差し伸べる言葉なのだろう。
 エリオットへ。そのクルーたちへ。
 カンベエの言葉に遠巻きに見ていた敵船の船員たちの動きが止まる。
 船長に命令されるまま、ここまで来てしまった彼らが、自分の意思で躊躇した。
 船を動かす為だけの部品ではない。歯車では無い。
 自分たちにも護るべき仲間や家族が居る。
 カンベエの言葉はその事を思い出させてくれるものだった。

「チィッ! 貴様ら、敵の言葉に耳を傾けるな! それでも、戦列艦隊アルマデウスの船員か!」
「……でも、もう。そのアルマデウスからも離れちまったよ。船長」
「そうだ。どうしたらいいんだよ。これから先」
「俺達の家族はどうなるんだ? 娘や妻は無事なのか? なあ、船長。あんたの責任だろ!」
「そうだ! 俺達は道具じゃねえ!」
 船員達の心はカンベエの言葉によって動かされていた。
 即ちそれは。海上においての『家』を失う事と同義である。

 攻撃の応酬が続く最中、アリアはエリオットへ視線を向けた。
「ねえ……。本当は、察しているんじゃないかな?」
 アリアの透き通るような声がエリオットの胸を刺す。
「何を、だ」
「……」
 答えは出さない。それはエリオットの中にある。
 聡い彼には分かっているのだとアリアは揺さぶりを掛けた。
 考える事が出来る理性を持っているからこそ、有効な言葉というものがある。
 アリアの選択は正しいものだった。
 救えないと理解しているけれど。利用する。それがアリアの覚悟だった。
 その一瞬の隙がエリオットに生じたという事実。
「くっ……!」
 紫電の轟音が戦場に幾重にも轟き、エリオットの身体を撃つ。
 皮膚の焼けるにおい。エリオットの背から数十枚の羽が舞い落ちる。

 上体が傾いだエリオットを貴道は見逃さない。
 軍服が破れて焼けた皮膚が見えている場所へ拳を繰り出した。
 風が走る。
 寸前の所で己の拳を交したエリオットに、鋭い視線で貴道は笑った。
 軽い攻撃では無かったはずのそれを。傷いた身体で尚、交してみせるということは。それだけエリオットが強敵である証拠に他ならない。
「面白えじゃねえか」
 ただ、弱っている相手を嬲るだけでは燃え上がらない。
 己が傷つき、相手も傷を負って。それでも拳を交える『死闘』を貴道は追い求めているのだ。
 エリオットの黒槍乱舞が貴道を。
 貴道の拳がエリオットを穿ち。
 両者から鈍い音と共に血が散乱する。
「まだ、まだぁ!」
 一歩踏み込み。
 相手の間合いへと入り込む貴道。
 黒槍の刺突を受けながら尚。進む事を止めやしない。
 唸りを上げる貴道の拳はエリオットの胴に叩き込まれた。


 戦場は加速していく。
 アルムは肩で息をしながら戦場を見据えた。
 正気は残っているとはいえ。魔種たるエリオットの攻撃はイレギュラーズを一瞬にして追い詰める。
 寸分の油断も許されない闘い。
 魔種と対峙するということは、正しく死闘であるのだろう。

「持久戦はお手の物。我が盾の堅牢さお見せいたしまス」
 アルムはナイト・グリーンの瞳で前を見据える。
 この背には、相も変わらず仲間の命が掛かっているのだ。
 何人、何百になろうとも。誰かを守ると誓った日から。
 アルム・シュタールは他が為の盾なのだ。
 そんなアルムの在り方は、エリオットに癪にさわるのだろう。
 仲間の為に盾になることが己を肯定する。
 他人の中に自分の希望を見出すことが出来るアルムは美しく気高い。
「くそ……!」
 それが許せなかった。
 他人の為に生きる事が出来るアルムが憎いと思ったのだ。
「何で……!」
 叩きつけられる攻撃にアルムの額に汗が浮かぶ。
 倒れても攻撃を受けても瞳の輝きを絶やさないアルムにエリオットは嫉妬した。
「ワタシは倒れませんヨ!」
 なぜなら。その背を仲間が押してくれる。
 誰にも必要とされないエリオットとは大地を踏みしめる覚悟の重みが違うのだ。

「説得だとかそういうのは伝える言葉を持つ者の役目だからね」
 小さく呟いたヴォルペはフレイと連携して煉獄鳥を相手取っていた。
 この小煩い鳥達を自分に引きつける事によって、仲間が魔種との闘いに専念出来る。
 それは、ヴォルペなりの仲間を護る行いだった。
 仲間が一人も欠けることの無いように。
 自分は行動でしか示せないからとヴォルペは笑う。
 廃滅病も嫉妬も興味が無い。
 敵が死に至ろうとも、何の同情もありはしない。
 一見優しそうに見えるヴォルペの闇。
 目の前の火の粉を払うだけの日常。

 集中攻撃を受けるアルムを庇い、エリオットの攻撃を撥ねのける。
「ぶつかることでしか納得出来ないのなら」
 アガットの赤を滴らせながら、突き刺さる黒槍を掴まえて、微笑むヴォルペ。
「おにーさんは全力で立ち塞がろう」
 どんなときだって彼はそうして生きてきたのだから。

 さあ。ひとりぼっちの小鳥を食らいつくそう――

 そう微笑んだのはヴォルペか愛無か。
 ヴォルペの生んだ隙を愛無は的確に捉えた。
 愛無の身体から、甲板にどろりと粘着質の液体が落ちる。
 黒い液体を滴らせ、食らいつくエリオットの腹。
「あ、が……っ!」
 じゅるじゅると溶けてアガットの赤を吹き出した。
「それなりに」
 美味であると。愛無の化け物じみた黒い唇が笑う。

「お前が怒りを向ける相手はトルタであって俺達じゃねえ!」
 ジェイクの叫びが甲板の上に走った。
 向ける銃口の先。エリオットへの言葉。
 陽光がジェイクのバレルに反射する。
「魔種だったら欲望の赴くままにかつての憧れを踏み躙って来い! 八つ当たりが甚だしいんだよ!」
 ジェイクは慰めの言葉など投げかけたりはしない。
 心を乱し踏みにじり。揺さぶることで好機を得るのだ。
「煩い! 貴様に何が分かるというんだ!」
「分からねえよ。分かりたくもねえ。俺はお前とは違う。だがな、俺は銃口を向ける先を間違えたことはねえよ! そんな事もわからねぇから、呼び声をきいちまうんだ!」
「くそ! どいつもこいつも言いたい放題!」
 エリオットの見せた一瞬の油断をジェイクは見逃さない。
 狙うは黒鷹の象徴たる。背中の翼。
 寸分の狂いも無く。
 弾丸は空を駆け。黒の片翼を打ち抜いた。
「ぐぅ……ッ!」
 反動で甲板の上を転がるエリオット。背を欄干に打ち付け、折れた翼を押さえながら立ち上がる。

「本当に手に入れたいモンがあるなら、ここで俺達とやり合ってる場合じゃねぇと思うがね」
 十夜は一歩前に踏み出してエリオットに近づいていく。
 正気と狂気の狭間で。狂いそうになる経験をしたことがある。
 掻きむしりたくなる程の情動。怒り、悲しみ。不安。
 何度叫んだだろう。何度壁に拳を打ち付けただろう。
「……お前さんだって、心の奥底ではもうわかってるんだろ?」
 何が正しいのか。間違っているのか。
 考える事を止めていなければ。分かるはずなのだ。
 完全に狂ってしまう前にと十夜はエリオットに手を伸ばす。
「どう、して」
 エリオットは十夜の胸ぐらを掴んだ。
「貴様らは……そんなに」
 前を向いて居られるのだろう。
 十夜にもジェイクにもカンベエにも。アルバニアの鎖は付いている筈なのに。
 眩しい。目がくらむ程に。
 イレギュラーズが言葉をくれる程に。眩しさに酔ってしまう。憎いと思ってしまう。
 仄暗い十夜の瞳に、自分と同じような心を見たような気がしたのに。
 やはり、自分は独りなのだと実感させられる。
 エリオットは十夜を撥ねのけ槍を払った。

「失った理想に足掻くかね、嫌いではないが……」
 たっぷりと言葉の間合いを含み。ラルフはエリオットを見据える。
 挑発的に語りかけ、理性を揺らす。思考することを強要するのだ。
「ああ、しかし本来君の成すべきは国家の悲願を叶え、君の尊厳を踏み躙った者にその意地を見せてやる事だと思うがね」
「しかし! この身体で、どうすればいい。縋ってきたものが足下から崩れる恐怖に、どう抗えばよかったんだ。俺には分からなかった。抗えなかった……」
 エリオットの『言い訳』にラルフはチリリと感情を乱す。
 彼の元恋人の名――ミリアという響きは。ラルフの妻と同じ音色。
 同じ名を愛した男が。弱々しく言葉を吐くのに怒りがこみ上げる。

「つまり君は『敗北』を認めてしまった訳だ。ならば――」

 ラルフの言葉に目を見開くエリオット。
 突きつけられたそれは、彼が聞きたくなかった、認めたくなかった真理だ。
 トルタという憧れに負けて。ミリアという愛も消え失せ。
 嫉妬の呼び声に屈した。
 高みを目指し気高くあろうとした。己を律し他人に厳しく、技量を認める度量を持ちながら。
 それでも、魔種へと堕ちてしまったこと。
 何よりも誰よりも。己自身がそうなってしまった事がエリオット自身が許せない。
 その心をラルフは的確にたたき割ったのだ。

「うぅう……ああああああ!」
 どす黒い怨嗟。ラルフに向けた攻撃。
 されど。
 ラルフの方が一瞬速い――

「敗者は敗者らしくさっさと去ね」

 破滅の閃光。
 アウトレイジから放たれた術式はエリオットの身体をアガットの赤に染め。
 力を失った身体は。
 ゆっくりと欄干の上から深い海へと落ちていった。

 落ちる。堕ちる。墜ちていく。
 黒い翼を失って。空を飛ぶことも出来ず。ただ、蒼い海の底に。おちていく。
 水面に浮かぶ陽光は眩しくて。手を伸ばしても届かない光に。

 悲しさだけが白く揺らめいた――

成否

成功

MVP

ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に

状態異常

ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)[重傷]
我が為に
アルム・シュタール(p3p004375)[重傷]
鋼鉄冥土
カンベエ(p3p007540)[重傷]
大号令に続きし者
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)[重傷]

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 またのご参加をお待ちしております。

PAGETOPPAGEBOTTOM