PandoraPartyProject

シナリオ詳細

多頭の王

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●外法のもの
 その日、村ではちょっとした宴会になっていた。
 近くの森で行われた狩猟計画が大きな成功を収めたためである。
 それにより捕えた動物は宴会場の中央に置かれている。
 小さな籠と、大きな籠。どちらにも一頭。それぞれ蝶と鼠が入っていた。
 猟の結果としては非常にお粗末なものと見えてしまうかもしれない。しかし、その獲物をよく見れば納得するだろう。どちらも、頭がふたつあるのだ。
 ひとつの体に、ふたつの頭。ともずればグロテスクにも映るそれらを、村人が忌避する様子はない。慣れているのだ。
 それらは多頭と呼ばれていた。偉い学者が言うにはもっと長くて覚えづらい正式な名称があるのだと言うが、ややこしいことこの上ないので、村人からは多頭とだけ呼ばれている。
 数年前から、近くの森では、中域より深くまで足を向けると、時折こういった動物に出くわすことがあった。これが好事家に高い値で売れるため、村は領主の覚えも目出度く、肥沃な土地とは言えないものの、皆がそれなりの暮らしを送れていた。
 それでも、一度に二頭が獲れるということはままなく、 この成果に村人は非常に喜んだ。領主からはきっと多額の報奨金が出るだろう。それを見越し、今日は飲めや歌えの祝い事というわけだ。
 と。鼠の入った籠を持ち上げる者が居た。盗っていこうという風でもなく、持ち上げては、何やら鼠に話しかけるようにしているではない。
 訝しんだ村人のひとりが、酒の入った赤ら顔のまま、その者の肩を掴んだ。
「おいおい、鼠を怖がらせるような真似をすんじゃねえよ。死んじまったらどうす――」
 その相手が振り向いて、男は思わず黙りこくった。振り向いた者、女がはらはらと涙を流して泣いていたからだ。
 ぎょっとして、男は思わず手を離す。女が美人であったこともあるだろう。男はどうしていいかわからず、バツの悪そうな顔で困り果てたが、女はそれを意に介さず、再び鼠に話しかけ始めた。
「悲しいわ、悲しいわアルジャァノ。あなたが居なくなって、どれだけお叱りを受けたと思っているの?」
 女はほろほろと泣いている。しかし、そうやって話しかけられる鼠の姿もまた異様だった。
 怯えているのだ。猟師に捕まった際にもさした抵抗を見せなかった小動物が、女の姿に明らかに怯えているのである。
「あなたもよエルミィル。あなた達が捧げられなければならないのに、どうしてこんなところにいるの?」
 意味のわからない女の言葉に、無視をされていた男が再び声をかけようとすると、おかしなものが聞こえてきた。
「おひいさま。どうぞお慈悲の心を。彼らはまだ幼い。お役目をわかっておらぬのです」
「いいえいいえ。何度も言い聞かせたことでしょう。物心をついた頃、母の名前よりも先に教え込まれたはずにありましょう。無慈悲にぞ判するべきかと」
 女の、両肩のあたりから別々の声が聞こえてきたのだ。どうなっているのか。男が目をこすると、女の細くて小さな肩が膨れ上がり、そこから片方だけの羽を持った人間のようなものが生えてきた。
「どうぞお慈悲を。彼らも反省しております。だから、そうです。ほんの少し、千切り取る程度におさめてあげましょう」
「いいえ無慈悲を。彼らに必要なものはなおも教育です。連れ帰り、もう一度学び直させてやらねば」
 片方だけの翼を持った、天使のような美女が二人、女にしがみつくようにして浮いている。この会話を聞いていなければ、聖女を楽園につれていく天使にも見えたかもしれない。
「なんなんだよこいつ…………ぁがっ!?」
 不意に、男は血を吐いた。男だけではない。今まで飲めや騒げとしていた村人たちはいつの間にか静まり、それぞれが口や鼻や眼や耳から血を流してもだえている。
「悲しいわ、悲しいわ。彼らは皆死罪なのよ。王のものに手を付けたから」
 涙を流しながら、女が近づいてくる。そこには残虐性や攻撃性は見当たらず、ただただ哀れんでいるように見えた。
 逃げなければ。混乱した頭の中でそれだけが体の主導権を握る。
 踵を返し、駆け出そうと。そうしたところで転がっていたジョッキを踏みつけ、転び、たまたま飛び出していた釘に手をついた。
 叫ぶ。もがく。そうしている場合ではないが、痛みを我慢などできようはずもない。なんて不運な。そうやって己をの最後を嘆きながら、女がゆっくりと自分の方へ歩いてくる音を、ただただ恐怖しながら待ち続け――――。

GMコメント

皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

人里を襲う危険なモンスターが出現しました。
現地に向かい、これを討伐してください。

【エネミーデータ】
□多頭の王?
・仮称、多頭の王。
・泣きじゃくる少女の背後から、2人の天使が抱きついたような見た目のモンスター。3体で一体の生物。
・攻撃力・EXA・HPが非常に高い。
・通常行動の終了時に以下のスキル[快楽怨恨][見捨て人]を1度ずつ追加で使用する。

■快楽怨恨
・遠距離・範囲。
・攻撃を受けたキャラクターのBS回復判定のダイス数値を5下げる。この効果は重複する。
・猛毒・業炎・氷結・崩れ・懊悩・呪縛・狂気・致命・恍惚・怒りのBSから5種がランダムに選ばれて付与される。
・ターンの一番最後に呪殺{特殊範囲(参加キャラクター全体)}が発動する。

■見捨て人
・単体攻撃、万能。
・次の行動を終えるまでそのキャラクターのファンブルを100とする。

■不当和音
・最大HPが3割を切った際に自動で使用する。
・特殊範囲(参加キャラクター全体)・必殺を、3回行う。
・この攻撃で戦闘不能になったキャラクターがいた場合、このスキルをもう一度、即座に使用する。

【シチュエションデータ】
□狩猟村
・開けた村。
・宴会に参加していた村人は全員が死亡しています。
・多頭の王は村の生存者を探しています。
・夜間。
・一部の家が燃えています。明かりはその程度。

  • 多頭の王完了
  • GM名yakigote
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年04月30日 22時11分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
シラス(p3p004421)
超える者
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)
叡智の娘

リプレイ

●伏せ語りて
 嗚呼、なんということなのでしょう。彼らは王のものに手を付け、王のものを奪ってしまった。彼らが失われることで、どのようになるか想像がつかなかったのだ。悲しい。とても悲しい。彼らを結論付けなければならないことがとても悲しい。これから起きることに、失われることにせめて涙を流しましょう。悲しい。とても悲しい。彼らに嗚呼、最も惨たらしい刑罰を。

 陰惨な死であるほど、それは色濃く残るものだ。
 負の感情や気の流れをどうこういうのではない。飛び散って黒くなった血痕。柱や壁に残る爪の跡。鼻をつく鉄錆のような臭い。そしてあちこちに、肉、肉、肉。
 荒事に親しんでいなければ、思わず顔を伏せ、悶えようとする胃を抑え込まなければならないような。そういう死が、ここにはまだ色濃く残っていた。
 死はひとつの終わりである。しかしそれらの生々しさが今を持ってなお、自体が収束していないことを物語っていた。
『深海の金魚』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が肉片のひとつに顔を寄せる。他意はない。単に夜闇で、少しの距離でも仔細がわからないのだ。
「どうやら、魔種とも異なる、か。全く以て、未知の脅威に事欠かぬ世界だ、な」
 狂気は感染していない。ただただ全滅させられている。つまるところ、あれらとはまた違うものだ。
「さぁ状況を開始します」
『脳筋名医』ヨハン=レーム(p3p001117)は周囲を見まわして決意を固めることにした。どのような理由があろうと、如何に相容れなかろうと、これを認めてしまっては、ひとは生物としての範疇を放棄しているのと同義であるのだから。
「絶対に許すものか……ただ冷静に、残酷に、お前を討つのみ!!」
「うふふ、ふふ♪」
『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)は笑っていた。この陰惨な場においても、彼女の言葉はどこか雲のようで、別の観点を持っているようにすら感じさせる。
「可愛い可愛い天使様、歪に歪んだ哀しき魔物。何を探してここに来たの? 何が妬ましくてここに来たの? 何に切望を抱いてここに来たの?」
 くるくると。掴んでも、かき消えるように。
「まずは事態を食い止めましょ!」
『いつもいっしょ』藤野 蛍(p3p003861)は地面や壁をじっと観察していた。悼む気持ちはあれど、訝しむ心持ちはあれど、今は死を観察している場合ではない。一刻も早く、この怪物がどちらに向かったのかを調べ、追いつかねばならないのだ。
「調べるのは、人々を守り抜いた後で……!」
「ヤバそうな奴が出たな」
『ラド・バウC級闘士』シラス(p3p004421)をしても、この光景は目を背けるに十分であった。死を目の当たりにしたことは一度や二度ではないが、人や獣は本来、事務的に陰惨さを演出することはない。つまりこれは、意思疎通の範外にいることを示している。
 理不尽とはこういうものだ。わかっていても、顔を覆いたくはあった。
「唐突な緊急事態に思えますが、村の事情を聞くに、何らかの積み重ねが爆発したとも……」
 そこまで考察を口にしてから、『いつもいっしょ』桜咲 珠緒(p3p004426)は頭を振った。
 自分の仕事は、事態の解明でもなければ前後関係の調査でもない。
「……背景推定は、後ですね。多頭の類が厄介でなかった記憶は、ないのです」
「人里を襲うモンスターね……」
『真昼の月』白薊 小夜(p3p006668)は利益目的の襲撃ではないあたりに首を傾げたが、疑問を一度意識の外へと押しやることにする。考える時間すら、今は惜しい。
「まあ人、魔種、獣、例え何が相手でも私に出来るのは刀を振るう事だけ。だからいつも通り、素っ首全て斬り落とすのみ」
「多頭の王とはまた面白いね」
 リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)は感心したように頷いた。
 不必要に、しかし感情的ではなく殺したのだということは、現場を見ればよく分かる。なんとも人間的ではない殺し方。どちらにせよ、碌な物ではなかろうが。
「しかも異聞で伝わる暴君にどこか似通っている」
「ハッ……王だか何だか知らねえが、おれさまの縄張りで暴れてるってんなら放っておけねえな」
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が腕をぐるりと回し、首を鳴らした。
 理外の怪であることは疑いようがない。ならば互いに生域を侵した場合、争う以外の選択肢はないのだ。
「行くぜえ、おめえら! おれさまに着いて来い!」
 方向を定め、そちらへと動き出す。その最中、『にんげん』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569) はひとつの籠を拾い上げた。
 中ではふたつ頭の鼠が、この世の終わりとも言いたげな、やけに人間じみた顔で、その頭を掴んで震えていた。

●白磁の指
 これまで、同胞が失われることがなかったわけではない。生きている以上、不幸とは起きうるものだ。事故とは有りうるものだ。それも悲しい話だが、仕方のないこととして諦めていた。嗚呼でも、でも、彼らは仕方がない。どうしようもない。法を守らなければ、我らは獣でしか無いのだから。

「悲しいわ、悲しいわ」
 それは、ひと目でそうなのだと理解できた。
 ひとりの少女に二人の天使が抱きついたような見た目の、一体の怪物。
 それは振り向き、こちらを確認すると、ほろほろと年相応な顔で泣き出した。
「おひいさま、なんとも、お慈悲を」
「おひいさま、いかにも、無慈悲を」
 さめざめと泣きながら、少女のような何かは歩き出す。
 それは恨みも愉悦も空腹もなく、なんとも人間味のない、事務的な開戦であった。

●燦々たる
 胸を痛む思いと同時に、仄暗い歓喜の気持ちが湧き上がることを抑えられない。だってもう、彼らは供物ではないのだから。彼らは未だ王のものであることに変わりはないが、下賤の手と風に触れた今、王の供物たる資格はない。その事実、あんなにも泣いて、アルジャァノ。あんなにも絶望して、エルミィル。そう、嗚呼、だからその次は、私の番。

「多頭たる存在。名状し易い時点で貴様は王様がお似合いだ。滑稽なほどに人間だがな――名称が人を呪うと聴くが」
「――悲しいわ。とても、悲しい」
 会話が通じないのはお互い様か、それともはじめからするつもりがないのか。少女の形をした怪物はその細い腕を、オラボナへと差し入れた。
 ずぶりと、貫き、呪いが撒き散らされ陰惨な刑罰を――――その手を掴む。
 泣いていた少女の顔が初めてこわばった。これはただ刑罰を受ける単頭ではないらしい。そう認識するには、はじめの一人とするには、本当に相手が悪かったと言える。
「――――滑稽」
 それは少女がついぞ、かけられたことのない侮蔑であったのだろう。一度首を傾げてから、それがスイッチであるかのようにまた涙を流し始める。
「悲しいわ」
 今度は明確な殺意がこもっていた。

「見つけたぜ。気色悪ィバケモンが、ブチ殺してやるぜ!」
 グドルフが声を張り上げた途端、怪物を抱きしめていた天使のようなものが一体、ぐるりとこちらへ振り向いた。
「無慈悲を」
 嫌な予感。自分が一切何も出来ないのではないかという強烈な非万能感。その場で思わず足を止め、身構えようとしたところで足を滑らせ、尻餅をついた。
 動くなと脳で叫んだのはこれまでの経験か。敵を前にして、得物を振り上げないというのは異常な行動だ。だが今はそれが正解なのだろう。強制的な一時的絶運。事前に聞いていなければ、きっと身を奮い立たせて振りかぶっていたかもしれない。
 異常な感覚の消失と共に走り出す。それの眼はこちらを向いていない。距離を詰め、無骨な斧を強く振るえば、羽と鮮血が夜闇に舞った。
「弔い合戦だ。文句言うんじゃねえぞ」

「闇を照らす正義の雷光……これがお前の見る最後の光だ!!」
 ヨハンが上空に向けて青白い電光を迸らせた。
 同時か、少し遅れてか、感じたのは全身を苛むひりつくような痛みと、思考をかき混ぜられるような違和感。
「――――っっ!!」
 張り上げたのは悲鳴ではない。癒術の組み込まれた言霊であり、今自分が受けたであろう無数の呪いを打ち払うものだ。
 痛みを感じる喉に触れて労りながら、髪をかきあげて大きく息を吐いた。違和感は完全には払拭できていない。のしかかった呪いはしこりのように自分の心臓付近でぐるぐると凝り固まっているのを感じる。
 戦闘とは常に万全で行えるものではないと重々承知しているものの、これが続けば地に伏せるのはどちらであるか、容易に想定できた。
「何があろうと攻撃の手を休めてはなりません、必死即生! 攻め続けて勝利を掴みましょう!」

 歌うように、笑うように。
 どこか浮ついた空気を感じさせるフルールではあるが、殺し合うこの場を実感していないわけではなく、敵とは常に一定以上の距離を維持していた。
 射線を確保し、狙い撃つ。少女型の怪物といえど、実質三人分の体積を持っている。光線のような炎は彼女の体を容易く貫いた。
 命中を確認してから、一息をつく前に強く奥歯を噛みしめる。遅れてやってくる痛み。体と脳を苛む呪いは打ち払いきれず、徐々に重くのしかかっていく。
 少しだけ、不安感。既に天使のような怪物は赤い血に塗れ、白い肌にも刃傷が刻まれていた。大丈夫。戦えている。自分の空けた穴も確かに残っている。
 それは確信か、それとも言い聞かせたのか。腕を上げ、狙う。
 射線が通った、今。

 シラスはこの戦いに存在する矛盾を解消することに神経を注ぎ始めていた。
 一定間隔で重なっては肉体も心も蝕んでいく呪い。振り払いたくても、水を吸った衣服のように全身に絡みついて、底へ底へと引き下ろしていく。
 重複する呪い。ならば徹底した攻勢で早期の決着を望みたいところだが、そうもできない理由がある。
 情報屋から受け取った敵のそれ。一定以上の傷を引き金として発動する驚異。
 不当和音。
 下手すれば全滅しかねないその攻撃を掻い潜らなければ、例え窮地に追いやられようとも突撃することすら許されない。
 傷を負う。それはひと裂き毎に深くなる。だがシラスは術式を編み、開いた順に治していく。
「いつだ、いつ来る……?」
 身は低く、周囲にも敵にも気を配り、磨り減っていく神経を実感しながら、その瞬間まで、まばたきすら惜しく。

 これは一個の生物であるが、同時に三体の怪物であるのだとエクスマリアは仮定付けた。
 頭部が三つ、それぞれが意思を持っている個人であるかのように振る舞っている。
 行動も実質的に三種、それも互いに噛み合っておらず、個々が別々に動いているように思われる。
 その仮定を是として見ればなるほど、広範囲に及ぶ呪いも、個人を指定する絶運も、それぞれが担当しているものだと見て取れた。
 慈悲を叫ぶ天使は呪いを振りまいている。無慈悲を乞う天使は絶運を突きつけてくる。じゃあ真ん中の少女は。
「お前が、王、か? 何処から、きた?」
 互いの視線が交差する。少女の形をした怪物。彼女の動作に両隣の天使がまた何かを言っていたように思えたが、エクスマリアの耳には届かない。
 少しだけ、少女の視線が揺れる。それから、薄っすらと笑ったのを、エクスマリアは見逃さなかった。
 今。
「――――っ」
 身構えろと仲間に叫ぶ。備えろと身を伏せる。
 その瞬間。

 目を開き、ぼやける視界の中、それがまだ戦場であると思い至り、蛍はその身を跳ね起こした。
 そうして、全身に走る痛みに硬直し、強く奥歯を噛みしめる。
 叫びだしたくなるが、それを堪えたのは意地だ。数秒か、数分か、痛みが少しだけ和らいだことで全身の緊張を緩めると、深く深く息を吐いた。
 何が起きた、は明白だ。敵の攻撃を受け、意識を失っていたのだろう。
 目に見える傷だけではない。口についた血の汚れを拭いながら、内臓へのダメージも実感する。折れている骨は一本や二本ではきかないはずだ。
 動く度に全身が先程と同じ痛みを訴える。
 それでも。それでもだ。
 地を踏みしめ、腕を広げねばならない。ひとを守らねばならない。矜持を立てずして、どうしてこの場にいれようか。
「この世には、誰かが好き勝手にしていい命も死もないのよ!」

 立ち上がった蛍のことを視界の隅で確認し、珠緒は内心でのみ安堵のため息をついた。
 駆け寄り、揺さぶりたかったのは山々だ。何もかも放棄し、彼女の治療を最優先にしてしまいたかった。
 しかし彼女の聡明さが感情を否定する。戦線の維持。負傷をトリガーとした最大級の攻撃は掻い潜ったものの、まだ敵は膝をつかず、こちらは相応の傷を負ってしまっていた。
 勝てるのか。彼女の脳はその問への答えを、けして良いとは言えない確率を持って導き出していたが、それは諦めるという理由にはならない。
 傷を癒やし、蝕みを払う。そうでなければ、戦うと決めたものの矜持は守られない。
 横に誰かが並ぶ。それを確認はしない。する必要がない。呼吸を合わせることはない。それは正せばいつだって合っているものだから。

 肩を上下させながら、荒く大きな呼吸を三度。
 その後に、痛みを紛らわすように大きく深く息を吐いてから、リウィルディアは何度目か、もう数え切れないほど繰り返した治癒術式を編み始める。
 頭痛が増す。脳にかかった不可と呪いが相乗的に自分を焼き切ろうと苛んでくる。
 こみ上げる吐き気を堪えながら術式を完成させ、今も刃を振り続ける仲間の傷を治していった。
 限界が近い。後どれだけ持つかわからない。そんな後ろ暗い誘惑が髪を引いてくる。
 体力も、精神も、底なんてとっくに見えてきていて、考えれば考えるほど、その時は刻一刻と近づいてきていた。
 だから。
 だから、治療はこれでおしまいだ。
 こっちのほうが良いと、答えが出たのだから。
 腕を伸ばし、遠近法で、手のひらに乗せるようにして。
 黒い箱で包んでやった。ほらそれ、痛いんだぞ。

 すれ違いざまに刀身を振るい、やっと感じたその手応えに逸る気持ちを抑えながら、油断せず構えたまま相手へと向き直る。
 乱れる呼吸を正す余裕はない。休むべき、なんて段階はとっくに過ぎ去っていた。全身は今もどこを怪我しているのかわからないくらいにあちこちで悲鳴をあげていて、頭は剣山でも刺されたみたいにがんがんに打ち鳴らされている。
 自己意識の連続性すら疑わしい。一瞬気が遠くなったのも一度や二度ではない。
 だがそれでも。
 同じようにこちらを向こうとした怪物。その左肩にいる天使のような何か。
 そいつの首が、ぼとりと落ちた。
 不思議そうな顔でそれを拾い上げる少女。既に片目は潰れ、右腕はへし折れてあらぬ方向を向いているが、今もずっと涙を流している。
「……悲しいわ」

●逢魔が時
 どうぞ、召しませ。

「悲しいわ」
 言いながら、少女の姿をした怪物が振り向くと、ばきばきと音を立てて、両肩の天使が千切れ落ちた。
 そうしていると、本当に少女のようにしか見えない。
 腕が折れ曲がり、肩から血を流し、痛々しい姿の少女。
 膝を付き、ばたりと倒れた。ようやっと、死んだのだろうか。
 誰かがそれを確認しようとした時だ。
 ばくん、と。
 そいつは少女の姿をした怪物を丸呑みにし、そのために這うような姿勢になっていた己を起こした。
 全貌はわからない。大きすぎて、そこまで視力が届かない。
 そいつは現れたときと同じ様に何の前触れもなく忽然と姿を消すと。
 二度と、誰の前にも現れなかった。

 了。

成否

成功

MVP

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘

状態異常

グドルフ・ボイデル(p3p000694)[重傷]
ヨハン=レーム(p3p001117)[重傷]
おチビの理解者
フルール プリュニエ(p3p002501)[重傷]
夢語る李花
藤野 蛍(p3p003861)[重傷]
比翼連理・護

あとがき

敵の特性から最大の脅威が来るタイミングを正確に測ることに成功した方にMVP。

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