シナリオ詳細
きっと、わたしが選ぶ道は。
オープニング
●ねえ、きっと、これで良かったんだ。
「本当に?」
「本当に」
その言葉を何度交わし合っただろう。
不安がるあなたへ諭すように、わたしは言葉を重ねた。
『大丈夫だ、これで合ってる』って。
わたしはあなたの味方。わたしはあなたの全て。だからあなたもわたしに付いてきた。
だから──ねえ、きっと、これで良かったんだ。
●恋は盲目
依頼です、とイレギュラーズへ羊皮紙を見せたブラウ(p3n000090)。その表情は決して晴れやかとは言い難かった。
「依頼人の娘さんがさらわれたそうです。最近ちらほらと聞いていた人さらいの化け物が関わっているのだと思います」
その化け物は綺麗な女性の姿をしているのだという。それは神出鬼没で、少女に狙いをつけて惑わし恋に落として連れ攫ってしまうのだそうだ。
行方不明になった少女たちはまだ見つかっていない。恐らくはきっと、化け物の腹に収められてしまったことだろう。
「この化け物の厄介なところは精神干渉です。催眠に近いような感じでしょうか」
攫われた少女たちは、いずれも『恋に落ちている』。恐らくは何らかの精神干渉によりそう錯覚しているのだろうと推測されているが、恋とは人を盲目にするものだ。
「ボクは、その。そういうものはまだよくわからないのですが」
心中ってあるじゃないですか。
そう告げたブラウの顔がより一層苦々しいものになる。
心中とは複数の者──相愛のカップルだとか──が揃って死ぬことを言う。それに至るまでの理由は様々だが、ブラウは攫われた少女が化け物との心中を図るのではないかと考えた。
ボクが言うのもアレだとは思うのですが、とブラウは前置きしたうえで一段声量を落とす。
「……それで幸せならいいんじゃないかな、って思うんです」
今回攫われた少女は依頼人である父と仲が良くなかったのだと言う。故に、恋に落ちた少女は駆け落ち同然に屋敷を出たのだとか。屋敷の外で女性と手を取る様子が使用人たちの間で目撃されていたそうだ。
ならばなぜ使用人たちは止めなかったのかと言えば──やはり、不仲の現場もたびたび目撃していたわけで。その少女が幸せそうに笑っていたのだから、例え後から雇い主が怒ろうとも見なかったフリを貫いたのだ。
「まあその後に化け物の話を聞いて皆さん飛びあがったワケですけれども。その子はお屋敷に帰って、幸せなのかなってちょっと考えちゃうんですよね」
だから、とブラウは続ける。これ以上被害を増やさないためにも化け物の討伐は絶対条件だ。けれど少女がどうしたいか、どうするかについてはイレギュラーズと少女自身に委ねると言う。
勿論少女を連れ帰らねば依頼は達成できない。参加者には悪名がつくこととなるだろう。
ブラウの言葉に、話を聞いたイレギュラーズたちは考え込むのだった。
●ねえ、きっと、これで良いんでしょう?
ああ、ああ。気づいてしまったの。
あなたの『大丈夫』も『これで合ってる』も、あなたにとっての言葉で。
それは決してわたしへの言葉ではなかった。
愚かだわ。ええ、愚かだったの。わたしは騙されてしまったんだもの。
それでももっと愚かなのは──。
「……『貴女』を今でも愛してしまっていること、かしら」
少女の目の前には1人の化け物がいた。
骨のような細い体は折れてしまいそうなのに、見た目よりかずっと丈夫なのかその巨体を難なく構成し、支えている。頭は随分と大きくて、それこそ人を丸のみ出来てしまいそうな口はギチギチと不快な音を立てていた。
辛うじて人のような形をしている、その眉間に──少女の愛した女の、顔がある。
能面のようなそれは目をぎょろりと少女へ向けた。その下にある本体の──化け物の巨体の──目も少女を見るものだから、2対の視線にさらされて少女は動けない。
──食べられるのだ。
少女の本能がそう感じ取る。あの大きな大きな口が開いて、ばくりと少女を喰ってしまうのだろう。
(痛くないと良いけれど、貴女なら痛くても良い)
最期に感じられるのか彼女であるのならば、何だって良い。
少女は抵抗らしい抵抗もせず、ただそこに蹲っていた。
只々そこで化け物を、その眉間に張り付いた愛する女の顔を見ていた。
「ねえ、きっと、これで良いんでしょう──?」
- きっと、わたしが選ぶ道は。完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年04月23日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
こつ……こつ、こつ……。
小さく、極抑えられた足音が響く。それに伴って光源もゆらゆらと揺れ、イレギュラーズの足元に影を作っていた。
(私としては、報酬のために依頼人の元へと連れていきたい所なんですがね)
桐神 きり(p3p007718)は夜闇も見通す瞳で辺りを注意深く観察しながら先頭を行く。道は細いが脇道などもこれといって見当たらず、特に足を取られるような場所も──。
「……と、危ない」
踏み出した1歩がほんの少しばかり滑る。壁に手をついて体を支えたきりは束の間耳を澄ませた。
──ピチョン。……ピチョン。
音の発生源はそう遠くないようだ。
(どこかから漏れているんですかね)
上の方に溜まった雨水か何かが少しずつ落ちてきているらしい。きりは後続に注意を促して慎重に足を進める。『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)もその音を聞きながら耳に、そして鼻に感じるものへ集中した。
(風が通っている……どこかに抜ける道があるのですね)
前方から吹いてくるそれに、何とも言えない──少なくとも自然に発生するものではない──臭いを感じ取った沙月。大分近づいてきているように思うが、まだ空間は開けない。
沙月の後方を歩く『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)は小さく目を伏せる。思いを馳せるのはこれから助けに行く少女のことだ。
(思春期特有のあれそれなら説教……と思っていたのだけれど)
屋敷の使用人たちから聞いた情報からすればそういったものではないらしい。
少女の母はすでに亡くなっているそうで、家族は少女と依頼人の2人きり。加えて依頼人はさほど口数が多い人ではないのだそうだ。
少しずつ、少しずつ重なったすれ違い。結果として両者の間には浅くない溝ができている。
(家族、愛慕……貴きもので理解にこそ至れど、共感は難しい)
松明の明かりを頼りにきりの背を見ながら進む『名乗りの』カンベエ(p3p007540)は背の荷物を背負いなおす。この中には少女へ与えるための毛布や食事が入っているのだ。落としてダメにするわけにはいかない。
(しかしなればこそ──)
まずは相手から少女を奪い返さねば。
「もうすぐのようですね」
『魅惑のダンサー』津久見・弥恵(p3p005208)は反響する音が広い空間へ広がる様子に小さく囁く。イレギュラーズたちの間により一層の緊張が漂い始めた。
(好きな相手に食われる。そういう愛もまたあるでしょうけれど……)
けれどと、弥恵は思うのだ。
空間が開けて白い巨体がイレギュラーズたちの眼前へ晒される。そしてその先の薄暗闇に座り込む、くだんの少女。
「いた……!」
誰もが我先にと少女の元へ駆け出す。ギチギチと不快な音を聞きながら、彼女を食われまいと。
そんな誰よりも早く、トンと地を踏む音がした。
「さあどうぞ──夜を召しませ」
ぐにゃりとあたりが歪むような、空が落っこちてくるような感覚。巨体からの視線が少女から移る。
『おやすみなさい』ラヴ イズ ……(p3p007812)は肩越しに少女を振り返ると、絶えぬ微笑みを浮かべて「初めまして」と告げた。
「あなたは……?」
「私は……そうね。キュウリちゃんとでも呼んで頂戴。あなたを連れ戻しに来た、大悪党よ」
キュウリ、とミスティは目を丸くする。だってそれは、緑色の夏野菜ではないか。
そこへ『鈍き鋼拳』橘花 芽衣(p3p007119)が追いつき、少女の肩を掴んで「大丈夫!?」と目を合わせる。
「貴女はアレから愛されていない。アレはただ貴女を食べ物としてしか見ていないの」
芽衣は真実を紡いで洗脳を解こうと言葉を重ねた。ミスティが正気に返り、自ら帰ると言い出すように。
けれど。
「知っているわ」
「は、」
「知っているわ。ねえ、邪魔をしないで」
ミスティはイレギュラーズに妨害されず、食われることを望んでいた。芽衣の唇がワナワナと震える。
「……っこの、」
分からず屋──続こうとした言葉とともに振り上げた手が止められる。沙月の援護で敵の群れを切り抜けたレジーナがその手をそっと掴んでいた。
「我(わたし)に任せてちょうだい」
レジーナは芽衣の隣にしゃがみ、少女と目線を合わせる。遅ればせながらも『連れ戻しに来た』という3人へ警戒心を露わにしたミスティを、レジーナはじっと見つめた。
「な、何……」
「何もしないわ」
そう、見ているだけで良い。
レジーナの言葉に一瞬毒気を抜かれたミスティ。その先を逃さずレジーナの瞳が妖しく煌めく。
「さあ──眠りなさい」
催眠に促されるまま、ミスティの瞼が落ちる。レジーナの使い魔が崩れ落ちる体を支えた。
「戦闘の邪魔をされないよう眠ってもらったわ」
「途中で自殺とかされても困るしね」
芽衣は頷き、眠りについたミスティをロープで拘束する。折角助けたのに自害されては困るのだ。舌を噛み切らないよう猿轡も噛ませなければ。
「女子の肉は食いでが無かろうよ! 佳肴はここに在るぞ、それともワシが恐ろしいか!!」
その間にもカンベエが名乗りを上げ、ラヴへ集まっていた敵の幾らかを引きつける。『特異運命座標』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はその中へと飛び込みざま勢いよく槍を振るった。視線を素早く巡らせれば、片隅でミスティをきりの元へと運ぶ仲間たちの姿がある。
(何が正しくて、何が間違いなのか)
ミスティが食われることは正しいのか。
自分たちが彼女を助けることは正しいのか。
全て──生きるということ自体がきっと、トライアンドエラーの繰り返しだ。
なればこそ。彼女は彼女自身の答えを見つけなくてはならない。
(俺も……俺の、答えを)
何度も振るう槍に微かな手応え。小さなハングロアヴたちが細く悲鳴をあげた。
眠りについたミスティを仲間内で囲い込み、8人揃っての猛攻が始まる。
召喚した戦車と軍馬が小さきハングロアヴを引かんと突進する。それらが役目を終えて還っていく様を見たレジーナは再びと新たな召喚を始め。その間にも全身の力を右手に込めた芽衣が、白い化け物たちの中で爆裂の一撃を放つ。
「──1体」
沙月はあと一押しと言う所に流れるような所作で近づき、……次の瞬間には敵が塵と化していた。
(他に敵は潜んでいないようですね)
暗がりへと視線を巡らせたきりは、戦況を見ながら天使の福音を響かせて仲間を支援する。少女の想いは知らないが、自分はできれば報酬が欲しい。なればこの怪物は倒さねばならず、そのために出来るのは仲間たちの回復支援だ。
大きなハングロアヴの前へ陣取ったラヴの姿が一瞬、風に吹かれたように消え去る。どこへ消えたのかと化け物が捜すまでもなく、次の瞬間には鋭い銃声が響き渡った。
「月を彩る華の舞、舞台に幕を引かせていただきます」
弥恵はハングロアヴへ向けて一心不乱に踊り狂う。この舞台の幕引きを──結果をより皆が幸せなものと出来るように。
(理不尽でも、辛くても、泥に塗れてでも生きなければならない。この先の結末は相手も周りも不幸にするものです)
ベネディクトの残す爪痕は確実に敵を疲弊させ、少しずつ数を減らしていく。だがしかし──巨体であるハングロアヴはその見た目に反して中々素早い。
「……これまで貴様に喰われた者達の無念、今日ここで晴らそう。行くぞッ!」
ベネディクトはその単調な攻撃をしかと頭に刻み込み、見せる隙にすかさず全力攻撃を叩き込んだ。追随してラヴは銃弾に夢という思念を込めて打ち出し、その巨体を攻めていく。ハングロアヴはひたすらに挑発してくるカンベエへ齧りつかんとその大口を開けた。
「……っ」
鞘で押さえるも、その勢いにカンベエの体が押される。けれども、まだだ。
「誑しは顎まで緩いと来た! そのデカいだけの口に手ずから馳走してやろう!」
挑発するカンベエにぎょろりと視線が向けられた。しかし精神操作など強靭な精神を持つ自分には無駄だと言いたげに跳ね返してみせ、予備動作なく敵へ向けて衝術を放つ。
追随してきりが放った妖気がハングロアヴにまとわりつくと、それはまるで女のような甲高い叫び声をあげた。
「恋の催眠……乙女の純情を逆手に取った良い戦略ね」
レジーナは手に持った魔剣で以て敵を攻める。その力はレジーナの全盛を思わせるそれだ。
(彼女は悪い相手に出会ってしまったわね)
自らを食べるつもりの化け物に魅入られるなんて。報われることが決してない、まさに袋小路だ。そういう意味ではハングロアヴは見事その心を弄んだと言えよう。
(我(わたし)も報われないかもしれない恋をしているけれど、それは我(わたし)が決めた己の意思)
だからこそ──あの少女は違うからこそ、阻止せねばならない。怨まれてでもここで食わせる訳にはいかない。
レジーナの頭上を不意に何かが横切り、ハングロアヴの頭上でくるりと一回転する。急降下した芽衣は空中から鋭い蹴りでハングロアヴへと迫った。同時に地上からは弥恵がその身に薔薇を纏って踊り、死と腐敗と茨を形作っていく。
ぶん、とハングアロヴが近くのイレギュラーズをまとめて薙ぎ払うが、彼らはすぐさま立ち上がって再び武器を向けた。
「貴様が俺の精神に作用したとて、化け物、俺はお前を殺せる」
ベネディクトは槍の切っ先を敵へ向け言い放つ。たとえかつて愛した者へ見えたとしても、この槍を振るうと。
(本物の彼女は……俺が殺したのだから)
敵へ槍を突きつける一瞬、瞼の裏にあの姿が見えたような気がしたのは敵の能力か──はたして。
少なからず消耗していく力を赤き刃で敵から奪い、自らのものとするきり。ここで誰かが崩れれば少女はあの化け物に食われてしまうだろう。前衛でなくても、前で食い止めてくれる仲間がいるとしても油断などできない。
「最後まで立てねば、何も守れぬ。楽に倒れると思うなよ! わしはカンベエ、名乗りのカンベエ!!」
きりの支援を受けながらカンベエは叫んだ。此度の役目は庇い守ること──そのために全力を賭すのみだ。
イレギュラーズの消耗も激しいが、それはあの化け物とて同じこと。その動きの鈍りを感じながらラヴは銃弾に想いを込めながら敵へ向かって放つ。
「──愛はキュウリみたいなものよ」
だからLove is a cucumber。固くて、瑞々しくて、爽やかで──とっても脆い、”それだけでは生きていけないもの”。
(私は、貴女の笑顔を守りに来たの)
その言葉は眠る少女へ向けて。
少女が浮かべられる心からの笑顔を守りたい。それは愛する人のために生きる未来に必ずある。だから愛する人のために死ぬよりも、そうやって生きていける恋の方がずっと素敵だと思うのだ。
「だから、もう……夢を見るのは、もうおしまい」
ラヴから込められたおまけの1日。それが敵の眉間にあった女の顔を撃ち抜く。
「ええ、仕舞いにしましょう」
沙月が一瞬の隙を突いて流れるように攻撃を加え、間髪入れずに踏み込みんで。
体の深くまで響くダメージにハングロアヴは巨体を揺らした。その体からほろほろと零れ落ちるのは──砂のよう。
まだイレギュラーズたちの方へ伸ばされる手を容赦なく切り払っていけば、その体はほどなくして砂の山と化したのだった。
●
静寂の中、目を開けたミスティは虚ろに視線を彷徨わせる。白い砂の山──化け物だったものでそれは止まり、少女はぽろぽろと涙をこぼし始めた。
自害しないという条件のもとに猿轡を外すと、ミスティの口から「どうして」と言葉が漏れる。カンベエが毛布や食事を与え、弥恵がそばについて話を聞く姿勢を取るとミスティはぽつぽつと喋り始めた。
父との不仲。彼女との出会い。見え方の変わった世界と、けれどいつしか頭に靄がかかったような感覚。気づけばこの洞窟にいて、彼女が化け物になったこと。
「どうして、あの時死なせてくれなかったの」
「貴女に生きて欲しいからですよ。悩みも苦しみも、生きているなら当然ついてくるものです」
だからこそ這いつくばってでも、理不尽な目に遭っても。愛に──しかもまやかしのそれに甘えて死を選んではならないと弥恵は諭す。
「そうだよ! 死んだら何もできなくなっちゃう。お父さんと仲直りすることも、本当の恋をすることもできなくなっちゃうんだよ!?」
やり直しなどできないのだと芽衣が強く言えば、ミスティの視線はゆるりと動いて彼女へ止まった。
「……本当の、恋」
「そう! 本当の恋しようよ!」
「──これが本当の恋かどうか……決めるのは、誰?」
ミスティから放たれた言葉が何人かの動きを固まらせた。彼女は俯いて、ぎゅっと胸の前で手を握る。
「これが本物の恋じゃないのなら……私は……もう、恋なんてできないわ」
束の間、黙り込む一同。レジーナがぽつりと言葉を零す。
──本当の恋をしていたのね、と。
ミスティの催眠はすでに──正確にはわからないが、少なくとも目を覚ました時には──解けていたのだろう。それでも彼女は確かにあの化け物へ、化け物が擬態していた女へ恋心を抱いていた。
「……その記憶が辛いのなら封じてあげましょうか」
レジーナの言葉にミスティが顔を上げる。その瞳には迷いが宿っていた。
記憶を消すことはできない。一時的に封じるだけだ。些細なことで思い出してしまうこともあるだろう。
それでも、いつか向き合える時までの時間稼ぎはできる。
口を開けて、何も話さずに黙り込むミスティ。けれど彼女はやがて首を横に振った。
「……良いの?」
「だって、……あの人のこと、忘れたくないわ」
寂しそうな笑みを見せたミスティは、しかしくしゃりと顔を歪めた。何度目かの俯く姿にきりは小さな声で切り出す。
「……貴女が嫌っている御父上ですが、貴女を助けるためにローレットに依頼までして私たちを寄越しました」
だから自分たちがここにいるのだ、と告げる。そしてミスティたちの逃亡劇を敢えて見逃した使用人たちも血相を変えていたと。
きっと彼女が気づいていないだけ。彼女は心を砕く者はずっと沢山周りにいるのだ。
「背を向け、楽に逃げるのではなく、向き合うべきです」
向き合おうとすれば身を切るほどの苦痛を味わうことになるだろう。少女が味わうだろう苦痛をカンベエは想像することしかできない。
けれど、自分も含めて。少なくともここにいる者たちは、そして彼女の周りにいた者たちは、誰1人とて彼女が死ぬことを望んではいない。願わくばその者たちに少しでも報いてほしい──なんて。
「でも……私が欲しかったのは、あの人だけだった。あの人がいない世界なんて──」
「これから君がどう生きるにせよ、彼女を愛した今日に意味を求めるなら……生きるべきだ」
遮ったベネディクトの言葉にミスティは口を閉ざした。その答えを持っているのならば意味なき問答だが、迷いを見せた彼女はおそらくその答えを得ていない。
だから、心の中にあった言葉を──もう1度。
「俺は俺の答えを。そして、君は君の答えを見つけなくてはいけない」
「死を選ぶくらいなら、死に物狂いで何かを為そうとしても良いのではないでしょうか」
ベネディクトの言葉に続けるように沙月が口を開く。ね、と促すように手を握ってあげると白くなるほどに握られていた手がそっと開かれる。
「……すぐに答えなんて、出ないわ」
「ええ。ですので1度家に帰って、ゆっくり考えてみてはどうでしょうか?」
『家』という言葉にミスティが小さく眉をしかめる。それを見たカンベエは「ひとまずローレットにて今後を考えては」と声を上げた。
「そうですね。色々あるでしょうし、それも選択肢かもしれません」
「お父さんたちには『まだ洗脳状態にあるから、ローレットで預かって経過観察しないとダメです』って言えばいいよ!」
頷く弥恵、知恵を出す芽衣。ラヴも頷いて「家に帰れるような状況ではないと伝えましょう」と告げる。目を瞬かせたミスティに、ラヴは柔らかく微笑んだ。
「気持ちの整理、必要でしょう?」
もう自害することはないだろうと縄が外され、さあ立ってと促されたミスティはイレギュラーズの手を借りてゆっくり立ち上がる。ラヴはその手を優しく握りしめた。
いつか。いつかで良い。愛するだけでなく愛される喜びと幸せを、彼女には知ってほしい。それまでは──。
「まだ──おやすみの時間には早すぎるわ」
ミスティはラヴの言葉に視線をうろつかせ、その眉を下げる。その胸の内は複雑な思いがせめぎ合っていることだろう。
「答えが出た後で構いません。力を貸して欲しいと考えるのであれば、その時はローレットに依頼してください」
力になると沙月はミスティに約束する。決して違えないと。
少女とイレギュラーズたちは暗く冷たい穴倉を抜け、ローレットへと帰還する。そこで黄色いひよこがもふられたのはまた──別の話。
その後、芽衣から「気にかけてあげなければ変な相手に付け込まれるかもしれない」という言葉をかけたこともあってか。ぎこちなくも依頼人と屋敷に戻った少女の間で、以前より会話が増えたという便りがローレットへ届いたと言う。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
皆様の言葉はとてもとても輝いていて、ほんの少しばかり眩しいですね。そんな言葉の数々にミスティの行く先もこのような形となりました。
またのご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
GMコメント
●Denger!!
この依頼は参加者の方針(プレイング)により、名声か悪名のどちらかが付与されます。
どのような方針を取るかは参加者の中で相談の上、一致させて下さい。参加者間で意見の相違が見られた場合には、その場の状況に応じて判断が下されます。
また、状況によっては後味の悪い結果になる可能性があります。ご了承ください。
●成功条件
化け物の討伐
少女を連れ帰る
※少女を連れ帰るか否かで名声・悪名の付与が変わります。
●エネミー
・ハングロアヴ
白くて細く、硬質な胴と四肢を持ち、大きな頭部を持ち、長い黒髪を生やした巨人です。大きな口を持っており、人を飲み込めるほどです。眉間部分に擬態していた女の顔がはりついています。
回避に優れていますが、攻撃は至って単調です。殴る蹴る、腕をぶん回す等。
精神干渉:何だかぼうっとします。【恍惚】
むしゃむしゃ:食われます。むしろ一思いに丸のみにしてくれたら良かったのに。【失血】
・ハングロアヴ・ミニ×6
ヒトと同じ程度の大きさをしたハングロアヴです。こちらは眉間に擬態する者の顔を張り付かせていません。
ハングロアヴに比べればやや劣りますが、回避はできる方です。攻撃方法も同じですが、1人に対し群がってくるのが特徴です。
がじがじ:かじりつきます。食べることはできませんが結構痛いです。【出血】
●フィールド
洞窟です。薄暗く視界が悪いです。
最奥はとても広くなっていますが、そこまでの道はすれ違うのがやっとというほど狭いです。
●NPC
・攫われた少女
名をミスティと言います。良い所のお嬢様。
化け物であった女性と恋に落ち、駆け落ちしてここまで連れてこられました。
化け物に対して抵抗する素振りを見せず、むしろその運命を受け入れているようにすら見えるでしょう。何も対策しなければ戦闘途中にハングロアヴの捕食を受けます。
イレギュラーズの指示に従わない可能性があります。
●ご挨拶
愁と申します。恋と愛に性別や種族の壁は存在しないのです。
当シナリオは名声と悪名のどちらかが付くシナリオとなっています。依頼人からのオーダーは『化け物を討伐し、少女を連れ帰る』ことですが、当シナリオでは『化け物の討伐のみ』が成功条件となります。
メリーバッドエンドって良いですよね。ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
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