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シナリオ詳細

虎穴に入りて虎児を得よ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●冬越えて春

「ぶえっっっくしぃ!!!!」

 盛大なくしゃみが1つ、……で収まるわけもなく。『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)がそっとティッシュを出すと、男はそれを抱え込んでティッシュを掴み取った。

「ずびぃぃぃぃっっっっ!!!」

 勢いよく鼻をかむ男。鼻だけでなく目からも水が出ている。顔面が汚いことこの上ないのだが、同時に不憫な男でもあるのだ。
「ええと……もう良いですか?」
「良くない! 良くnぁぐしゅっっ!!」
 目の前で変なくしゃみをされたユリーカは両腕でガード。男はすまない、と呟くとティッシュをまた掴んで口元に当てた。
「その、ご愁傷さまなのです」
「本当だよ。この季節に素材を切らすなんてあり得ないと思わないかい!?」
 この季節だからなのです。
 ……などと言っても面倒そうなのでユリーカは頷いた。それこそ壊れたおもちゃのごとく頷き続けた。触らぬ神に祟りなし。
「花粉症の季節ですし、どこもかしこも苦しむ人たちでいっぱいなのです」
「そうなんだ。そういう奴らが……、詰めかけるんだよ。薬師の、……ところに、さ」
 時折咳やくしゃみをしたそうに言葉を詰まらせ、しかし先ほどのことがあるからかグッと堪える男。悪い者でないことはよくわかるだろう。
「まあ、今回はやけに二重草が沢山生えているんだ。苦しさも……ん"っ……ふう。ひとしおってやつだよ」
 男はそこまで言うと羊皮紙を差し出した。ユリーカが覗くと、それなりに見られる絵が描かれている。どうやら植物のもののようだ。これが二重草らしい。
「この2本線が特徴なのですね」
「シマシマグサなんて子供には言われるよ」
 葉を横断するように太い線が2本。なるほど、直感的に名付ける子供らしい。
「でもこれは……」
 ちらりと男をユリーカが見ると、彼は頷く。その後すかさずティッシュを掴んで鼻を抑える男。
(汚いけど可哀想なのです……)
 いや、仕方がないのだから汚いという表現もよろしくないのだが。それでもやっぱり目からも鼻からも水を垂らす様子は汚いと言う他ない。
 男がこうなってしまった原因も、このシマシマグサ──二重草にあったりする。
「これ、草なのですよね?」
「草だよ」
「花は咲かないのですよね」
「咲かないね」
「なんで花粉が飛ぶのです??」
「さあ。とにかく僕は苦しみの元凶であるそれを取ってきてもらって、苦しみながら薬にしなきゃいけないわけさ!!」
 うわぁ、とユリーカの口から思わず漏れる。わざわざ苦しまないと楽になれないなんて難儀だ。
「と、いうわけで!
 僕は大変遺憾だけれど、これでもかってくらいに二重草を採取してきて欲しいんだ! 本当はね、燃やしたいんだけれどね!」
 勢いよく言った直後に盛大なくしゃみ。再び腕でガードしたユリーカは、テーブルの上を除菌して羊皮紙を広げたのだった。


●若葉色
 冬から春へ、季節の変化は自然の中が1番顕著であろう。
 植物がのびのびと伸び始めて若い芽をつけ、動物たちが冬眠から目覚め始める。その中である森は方向感覚を失うような霧と甘い香りを漂わせていた。
 充満し、停滞した空気が辺りを満たしている。けれどこの光景もここでは冬から春へ移りゆく季節を示す1つだ。
 霧の向こう側を覗いてみれば──獲物を待ち受けた複数の瞳。
「クル」
「クル」
「ヤツラ、クル」
 はしゃぐ姿は小柄で、人の子ほどだろうか。尖った耳だけを見ればハーモニアを思わせるが、くすんだ緑の肌が人ならざるモノであると示している。

「ヤツラ、メシ、ウマイ」
「メシ、ウバウ」
「ブキ、ウバウ」
「オレタチ、ツヨイ、ナル!」

 おお! と1匹のそれが拳を上げると他も倣う。さあ、獲物を迎えるためにも隠れなければ。
 それらは──ゴブリンらは茂みや木の上に潜むと、凶暴な光を瞳に宿して森の入り口の方を見つめた。

GMコメント

●成功条件
 二重草を持ち帰る
 ゴブリンを撃退

●情報精度
●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、ゴブリンたちがどこに潜んでいるか不明です。

●エネミー
 ヒトが二重草の採取にくるということを知っています。いずれも単語を繋いだ言葉を喋りますが、ヒトほど賢くはありません。

・ゴブリンリーダー×1
 ボスです。他より知能はあるようです。
 耐久力が高く、他のステータスも群を抜いています。石のオノで戦います。

セイレツ!:ゴブリンたちの乱れを整えます。BS回復50。
ケチラセ!:猛攻を仕掛けます。【飛】【乱れ】

・ゴブリンアタッカー×4
 近接武器を持ったゴブリンたち。
 攻撃力が高く、反して素早さに欠けています。

ブンマワセ!:物中扇:思い切り武器をぶん回します。勢いで斬撃のようなものが飛びます。
トオセンボ!:ブロックです。後退以外の移動を禁じられます。

・ゴブリンイェーガー×2
 遠〜超距離武器を携えたゴブリンです。
 命中に長けていますが、防御技術は他のゴブリンに比べて低めです。

ネライウチ!:攻撃力を上げて正確に撃ってきます。
ドクドク!:森で手に入れた毒を含んだ攻撃です。【毒】【猛毒】

●ロケーション
 霧と甘ったるい香りが停滞した森です。一般的な春らしさは感じられませんが、この状態がここ一帯の春なのだそうです。
 霧によって夜のような状態になっているとお考え下さい。

●二重草
 別名シマシマグサ。花は咲かせませんが、甘ったるい香りとともに花粉を飛ばします。
 子供の腰程度まで伸びる草で、葉を横断するように太い線が2本走っています。
 ゴブリンと戦闘する地点より少し奥まった場所に群生しています。そのまま手づかみでぶちっと抜いて良いそうです。

●ご挨拶
 OPはお久しぶりです。愁です。
 花粉に目と鼻をやられました。薬は大事。
 「自分二重草の花粉アレルギーなんです!」という設定はお好きに生やして頂いて構いません。ただ、その。森の中は花粉がいっぱいです。お気をつけて。
 ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。

  • 虎穴に入りて虎児を得よ完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年04月15日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
コゼット(p3p002755)
ひだまりうさぎ
レスト・リゾート(p3p003959)
にゃんこツアーコンダクター
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
アルム・シュタール(p3p004375)
鋼鉄冥土
シラス(p3p004421)
超える者
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
九重 伽耶(p3p008162)
怪しくない

リプレイ


 薄い霧と甘い香り。停滞してどこか淀んだような空間がこの森の『春』だと言う。
(僕は自然と植物と精霊……迷宮森林を形作る全てが同胞だから花粉症はないけど)
 でも、ねえ。
 『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)が視線を移した先では『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が鼻をムズムズとさせていた。
「へ……へっ……うう、我慢ですわ……っ」
 出そうで出ない、けれど鼻水は垂れるのだと言うように鼻を押さえるヴァレーリヤ。用意してきたちり紙がまあなくなるなくなる。魔物の奇襲を警戒して辺りを見回すも、涙が滲んできて視界が悪い。
「花粉症って、たいへんそうだね……かわいそう」
 『ひだまりうさぎ』コゼット(p3p002755)が使う? と差し出したハンカチを受け取るヴァレーリヤ。その拍子にコゼットの兎耳が揺れ、月明かりのような淡い光を放つピアスも一緒にゆらゆらと振れた。
 光は遠くまで照らすほとではないが、手元やごく近くをテラスには十分。方角は彼女の耳にするノイズが教えてくれる。
(ノイズが、ちいさく……とおくなった?)
 悪意を雑音として聞き取るコゼットは小首を傾げながら仲間にそれを伝える。軌道修正し、ノイズが少し大きくなった方向を見てコゼットは頷いた。
 その後ろでは『ナイト・グリーンの盾』アルム・シュタール(p3p004375)もまた「くちゅん!」とくしゃみを1つ……で収まるわけもなく。こればかりは鉄帝出身でも過酷な状況に耐性のある体でも、防ぎようのないものであった。
「く、ちゅん! 手早く二重草を回収して帰りま……くちゅん……失礼」
 やばいダメくしゃみ止まらん。だいぶ花粉が強くなってきた。
「この季節になると、花粉症の子は大変ね〜」
 はいこっち向いて、と甲斐甲斐しく世話を焼く『大量の猫にマタタビを』レスト・リゾート(p3p003959)。自らのハンカチでアルムの顔を拭いてやる。
「流石にこいつはちょっと気の毒だね」
 ローレットで見た依頼人、そしてヴァレーリヤとアルムの姿に『ラド・バウC級闘士』シラス(p3p004421)が苦々しく笑う。自分は何ともないから良いのだが、そうでない者はこれでもかと苦しむ時期だ。効く薬があるのは不幸中の幸いだろう。
 最も薬の材料が原因──天敵であるわけで。ゼファー(p3p007625)は思わず遠い場所へと目を向ける。
(いやいや、ほんとにお疲れさまと言うか何と言うか……)
 自分たちは採ってくれば終わりだが、あの依頼人は苦しみながら薬を精製しなければならないというわけだ。不遇である。
「地味に花粉症患ってるの来とるがいいんか、これ?」
 『仙狐の』九重 伽耶(p3p008162)はヴァレーリヤとアルムをちらり。かなり辛そうだが、大丈夫だろうか。彼らにとっても天敵の草を採取しに行くのだが。決して燃やしたりする依頼ではないのだが。
「ま、さっさと片付けませんとねぇ」
 花粉症に苦しむ味方、そして見通しの悪い霧。嗅覚は甘い香りで潰されているときた。光源はコゼットのピアスとアルムが用意したランタンの2つ。
「僕らの光は魔物たちにとっての目印だ。注意深く進まないとね」
 ルフナは周囲を漂う精霊を呼び、近くに魔物がいないか問う。ここは──迷宮森林は彼のテリトリー。ここの精霊や木々たちも森の雰囲気に反して好意的だ。
 ──マモノ、イナイ、イナイ。
 ──マモノ、トオラナイ。
 この辺りに来ていないと言う声にルフナは礼を言い、一同はゆっくりと道を進んでいく。コゼットが耳にするノイズの大きさと共に、ヴァレーリヤとアルムの症状も少しずつ重くなっていくようだ。
「聞こえるわね~。もう少しかしら?」
 レストの耳を掠める、枝が何かにきしむ音。葉が何かで擦れる音。何者かが潜む場所までもう少しらしい。
「あ、こっちに……くしゅん! 足跡が、ありますわね」
「──みんな、とまって!」
 ヴァレーリヤが小さな足跡を見つけた矢先、コゼットが声を上げる。立ち止まった一同の前に小柄な影が飛び出し、何かを振り回した。
 手に持った剣が宙を切った感触に、現れたゴブリンはぎょろりとイレギュラーズたちを見る。そこへ前に出たレストは、先ほどまで舐めていたチョコレートの残り香を漂わせながらにっこりと笑いかけた。
「ねぇねぇ、私とお話ししないかしら~?」
 怯えるでもなく武器を持つでもない、彼女の姿にゴブリンは虚を突かれたらしい。アルムがその間に入ってその注意を引きつけつつレストは畳みかける。
「痛い想いをしなくても……あなた達の欲しいものは手に入るのよ~?」
 人の世界で流通する通貨──お金。それさえ稼げれば、対等に交換ができるのなら、こんな危ないことを重ねて強奪する必要はないのだと。
(うまくいくかなあ)
(なるべく柔らかに解決したいけれどね)
 どうだろうかと後方でコゼットとシラスが小声を交わす。相変わらず周辺の空気はピリピリと張っていた。そこに響く花粉症2名のくしゃみやら何やらがほんの少しばかり気を緩めるが……何とも不憫である。
 話を聞いていたゴブリンは若干ぽかん、とした顔で聞いていたが、レストの話が終わるなり後ろを向いて何事かを叫んだ。

 すると。

「うわぁ」
 誰かがそう呟いた。
 わらわらと、わらわらと出て来るゴブリンたち。ある者は斧を担ぎ、ある者は弓を持ち。何となくで着ている防具は誰かからはぎ取ったものなのか、黒く変色した液体がこびりついている。
 彼らはイレギュラーズそっちのけで輪になり、なにやら話し合いを始めた。
(あら~。これは脈アリ、かしらね?)
 にこにこと見守るレスト。戦闘準備万全な仲間たち。ゴブリンたちが出した答えは──。

「ヤツラ、オレタチ、ダマス! タオス!!」
「「オオー!!」」

 ──というわけで、戦闘開始である。



「残念、交渉決裂ね~」
 ふわふわとした口調で残念がるレストの脇を抜けたのは兎耳。ぴょんと高く舞ったコゼットはリーダーらしき風格のゴブリンの眼前へと着地する。
「はいはーい、こっちに注目ー」
 白兎の舞うその爪先まで、全ては敵を魅了するためのもの。よそ見をさせないコゼットの後方から虹色の軌跡がゴブリン・イェーガーへと降り注ぐ。彼らの視線はその軌跡を追ってシラスの元へ。
「ダメなら容赦はなしね」
 ひとふりの槍を握り、風の如くゼファーは駆ける。その標的はアルムが引き付けたゴブリンの群れだ。月のまぁるい弧を描くように、ひと薙ぎ。
「今なら悪ふざけってことで済ませてあげますけど──おいたも過ぎるようなら、お仕置きだけじゃ済ませらんないわよ?」
 槍を薙いだ勢いにちりちりと火花が舞う。しかしゴブリンたちも命がけと言ったところか、その程度では引く気もないらしい。
 シラスがイェーガーたちの攻撃をひらりと避け、防御の構えで受け止める中レストはぐるりと辺りを見回しつつアルムへ狙いを付ける。
「おばさんも頑張るから、アルムちゃんも頑張って~」
 与えられる賦活の力。更にルフナの響かせる天使の福音が彼女を後押しする。堅牢なる守りの態勢を保ったまま、アルムは敵の1体に向けて剣を薙いだ。追撃に伽耶の魔弾が飛び、次いでくしゃみ混じり咳混じりな聖句が響き渡る。
「こんなんじゃ届くものも届かなくなりそうですわ! さっさと蹴散らし──へっくしょん!」
 メイスを振り上げたヴァレーリヤは、くしゃみに目を閉じながら振り下ろす。何だかんだで聖句を唱え切っていたので、炎も吹き上がっていて。
 炎の蛇がぐわんとうねって前方へと延びていく。それは上手いこと敵を次々に飲み込み、燃え盛った。
(……け、結果良ければすべて良し、かしら……?)
 いや違うだろうとヴァレーリヤはほんのちょっぴり冷や汗を掻きながら木立へ潜む。この状態で敵に向かれれば、本当にたまったものではない。

 けれども幸いと、ゴブリンたちは綺麗に3つのグループとなって盾役の元へ分散していた。
 シラスはイェーガーたちを引き付けながら、その後方へと視線を一瞬巡らせる。脳裏に浮かぶのは二重草の話だ。
(今年はやけに二重草が生えているって言ってたな)
 それは何故なのか。ただの偶然で大量に群生するものなのか。実は偶然ではなく、何か理由があるとしたら?
(ゴブリンが採取にくる人をおそうために、いっぱい育てたのかも)
 コゼットもリーダーを情熱的に翻弄しながら同じことを思う。何者かが意図的に二重草を育てているのだと。例えば、人がこの草を採取しに来ると知っているゴブリンとか。
「けいかくてきはんこーってやつ?」
「ケイカクテキハンコー? ソレ、シラナイ!」
 コゼットの呟きにゴブリンがわめく。どうやら知らぬふりではなく、言葉を知らないようだが──真実のほどは、はてさて。
「下手すると連戦になるかもな、っと!」
 シラスは薄皮1枚を犠牲にしつつ矢を交わす。このシラスをここまで追い詰めるイェーガーの命中率を褒めるべきか、それとも彼らの命中率をものともしないシラスに感嘆すべきか。
 シラスは体勢を整えると同時、神聖なる光を瞬かせる。邪悪のみを裁く光はゴブリンたちを焼いた。
「ギャッ」
 痛みに悲鳴をあげるゴブリン。けれどもその光はゴブリンを生かさず殺さず、戦闘できないまでに弱めるまでだ。
 ゴブリンが言うことを大人しく聞かないだろうことは分かっていた。けれどもここで倒さぬにもまた理由がある。
 その一方で──ここで仕留めようとする動きがあるのもまた事実。
「お腹が空いてた、美味しいものが食べたいってぐらいなら、別に人間襲わなくたってどうにかなりますものね?」
 強烈なカウンターをゴブリンへ叩きつけたゼファー。最中、小さくよろめいたアルムに代わり伽耶が立てとして立ちはだかる。
「まだまダ、頑張りまス!」
 自らが秘める可能性の欠片。それを使って立ち上がったアルムの傷が癒えていく。澱の森の霊力──それと繋がるルフナの力だ。
「ぜひとも頑張ってほしいね。じゃないと依頼が達成できないんだから」
「はイ、もちろン! ……くちゅんっ」
 くしゃみをしつつも武器を握るアルム。レストは自らの言霊で仲間たちを立て直させると視線をゴブリンたちへ向ける。
「まだ戦わないといけないかしら? お金の稼ぎ方が分からないなら、おばさんが教えるわよ~?」
 レストが教えるのは、そう──自分のところの観光施設で劇団員として採用するという案。役ではなく本物のゴブリンが出演するとなれば観客は喜ぶだろうし、その分給料もしっかり出る。
「美味しいものも食べられるし、戦う必要も無いのよ。武器じゃなくて素敵なお洋服が欲しくなっちゃうかも」
 どうかしら? と問うレストだが、ゴブリンたちの答えは良くも悪くも変わらないらしい。
「なら仕方ないですね?」
 ゼファーが肉薄して1体。その間にもルフナの言霊が仲間たちの気力を持ち上げ、ヴァレーリヤのメイスが衝撃波を放つ。
「……っ」
 リーダーの攻撃にコゼットの足並みが乱れるが、そこはすかさずレストがアシスト。その分シラスは自らと周囲にいる仲間の傷を癒し、イェーガーを翻弄する。
 強烈に自らの傷を癒し、最後の底力を見せるアルム。彼女へ攻撃を加えれば加えるほどゴブリンたちもまた傷を負い、1体、また1体と力尽きた。
 そうして気づけば半数以上のゴブリンたちが地に沈み。へっくしょい! とくしゃみをしたヴァレーリヤが同じくらいの声量でゴブリンたちへ告げる。
「ここで命を賭けて戦う必要もないでしょう、降伏なさい! あまり多くはあげられないけれど、持ってきたお弁当くらいなら差し上げますわ!」
 ゴブリンと──そして花粉症とも──戦いながらヴァレーリヤはずっと彼らが自分たちを、人を襲う理由を探っていた。確証は得られないが、可能性としては思い浮かぶ。
 彼らは自分たちを見て『ダマス』者だと認識した。ならば、過去にそういうことがあったのだとしてもおかしくない。
 ヴァレーリヤが突き出すように差し出した弁当からはふわりと良い香りが漂う。それは周囲の甘ったるさによって微かなものだが、ゴブリンたちには確かに届いたようだった。



 弁当を受け取るなり、スタコラサッサと逃げていったゴブリンたち。気絶した仲間も連れて──引きずってではあるが──行くあたり仲間意識はあるらしい。
「これで人を襲っても無駄だ、って分かってくれたら良いんだけれど」
 どうかな、とシラスはその背を見送る。あっという間に木立の陰へ隠れてしまった彼らは、きっとアジトへ帰っていったのだろう。
(連中って、1匹いたら何十匹もいそうだし)
 恐らくそこには今回交戦したゴブリン以外がいるはずだ。ならば、彼らの間で『人に撃退された』『人を襲っても返り討ちに遭う』という情報も巡るはず。そうなれば必要以上に人を襲うこともなくなるだろう。
「うぅ……も、もう大丈夫そうですわね……へっくし!」
 ヴァレーリヤは目から鼻から水を出し、可愛らしい顔が台無しである。再びコゼットからハンカチを借り、目元を拭う彼女にルフナが瞳を眇めた。
「ああもう見てられないな……そこ、赤くなるから拭うんじゃなくて、押さえるだけにしなよね!」
 先程から手でも擦ってすっかり赤くなってしまったヴァレーリヤの目元。ルフナの指摘にヴァレーリヤはこくこく頷きながら従う。
 ちなみにその傍らではアルムも酷い症状で。まあまあとレストがハンカチを出す中、一先ず一同は依頼を達成しようと動き始めた。
 この森にいればいつまでも苛まれるのだ。ならばさっさと用事を済ませて出てしまった方が良い。
「森を出たラ、皆様に……くちゅん! ……緑茶を振る舞いましょうカ」
 花粉にも効く茶葉があるのだ、とアルムは言う。その目の前に二重線の引かれた葉が現れた。

「「ゔっ」」

 途端に目を押さえるヴァレーリヤとアルム。彼女らのためにも──そしていつ発症するかも知れない自分たちのためにも、一同は行動を開始した。
「うわぁ。私でも何かめっちゃくちゃ飛んでるってわかるレベルねえ、これ」
 ゼファーは目の前を細かな粉が漂う様に引きつった笑みを見せる。この収集作業、実は先ほどの戦闘以上に過酷なのでは?
 まあそれはそれとして、ゼファーは二重草の根元を持つ。要するに葉があれば良いのだろうし、採取方法は指定されていないので──ぶちぶちっと。伽耶もその傍らで二重草をむしりまくる。シラスも冒険のいろはを思い浮かべ、こういう所にあるんだと二重草の群生地を見つけ出した。
(……飛んでるね、花粉。受粉すべき雌しべが見当たらないけどさ)
 すごくすごく気になる。けれどここで自然と言葉を交わしてしまったら。ダメだ。でも。
 漂う花粉に葛藤するルフナ。邪念を払うかのように皆が集めた草を袋へ収め、その甘い香りや花粉が漏れないようきつく縛ってレストの馬車に乗せる。

 でもさ──いけない事って、やりたくなるよね。

 そんなルフナから離れた場所で、コゼットは二重草と辺りを見回し小首を傾げる。
「ふつうに持って帰ると、花粉がとんでこまっちゃうよね」
 帰還する最中もあそこまで苦しまれるのは何とも言い難い。完全に他人事ではあるが、少しでも配慮したいではないか。
 花粉はその名の通り『粉』なのだから、水で濡らせば飛ばなくなるのではないか。それに鮮度も保たれるだろうとコゼットは水を探してきょろきょろきょろ。その近くで淡く何かが光った。
「……? それ、なに?」
「んふふ~、これはね、植物を育てるジョウロよ~」
 煌めく魔法陣からお洒落なデザインのジョウロを召喚したレスト。その中にはたっぷりと水が入っている。コゼットの前でそれを二重草へとかければ、草がつやつやと輝いて。
「……! おおきくなった」
「これを山ほど積んで帰りましょ。依頼主の泣いて喜ぶ顔が目に浮かぶわね~」
 せっせと成長した二重草を採取するレスト。依頼主は確かに泣くだろうが、それが喜びの涙かどうかは……果たして。
「へっっくし!! あ”、あ”りましだわ”……」
 だいぶやばい声になってきたヴァレーリヤが茂みをかき分け、さらに群生する二重草を発見する。もう嫌、一体どれだけ生えているんだ。
「どゔせ持ちきれな”いんでずもの……いっそ燃やして……」
「ま、待て! こんなんでも薬の材料じゃよ!」
 不穏な気配を察した伽耶の声にはっとするヴァレーリヤ。最も、生えてさえいなければ薬を作る必要もないのだが──いかんせん、燃やすにしたって分布が広すぎる。
「ここだけ焼いても”仕方な”いし、諦めましょゔ……」
 早く帰りたい早く治したいと肩を落としながら草を探すヴァレーリヤ。ゼファーはその姿に思わず苦笑を浮かべる。
(お風呂浴びて着てるものを洗えば花粉は落ちるけれど……そんな小手先でどうにかなるレベルじゃなさそうね?)
 あとは同じく酷い症状だった薬師の薬待ち、といったところか。
 そうこうしているうちにレストの馬車は二重草を詰め込んだ袋でいっぱいになる。代わりに森に群生した二重草は大分すっきりとしたが──残念、根絶やしにできる様子はない。
 イレギュラーズたちは馬車から二重草が落ちないよう後方に注意しながらゆっくりと、しかし花粉症2名のために少しばかりの急ぎ足で森を抜けたのだった。

成否

成功

MVP

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでした。……その、一部の方は本当にお疲れさまでした。
 ちなみに私は朝の鼻の具合で花粉の多さを感じ取るようになりました。死にそうです。余談でした。

 またのご縁をお待ちしております。

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