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シナリオ詳細

<バーティング・サインポスト>死に至る病

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●むかしむかしあるところに
 レアータ・バハルという海種の少女がおりました。
 海賊に捕らわれた、可哀想な少女です。

 ざぶん。
 海の底に投げ捨てられ、深海に沈んだレアータは、魔女に相談しに行きました。

 願ったのは、海賊への復讐ではありませんでした。
 レアータには憧れの存在がいました。自分にとって、雲の上のような存在です。
 レアータはその人になりたいと強く願いました。

「……に、なりたいの」
「ふーん。そう。なっちゃえばあ?」

 魔女は……大魔種、アルバニアは興味なさそうに言いました。
 少女の悲劇は、数ある悲劇のうちの一つ。
 アルバニアの興味を引くことはできませんでしたけれど、取引は成立しました。

 レアータが差し出したものは、憧れと表裏一体の『嫉妬心』。
 手に入れたものは、『氷を自在に操る力』です。

 しかしその力では、どうしても……憧れに。
 イレギュラーズたちに、及ぶことはありませんでした。


「……を、超えたいの」

 レアータの言葉に、魔女は初めて顔をあげました。レアータの話は、初めて興味を引くものだったからです。
 レアータには、羨望と憧れが渦巻いていました。

 超えたい。
 何をしてでも。何を犠牲にしてでも。あの人を超えたい。
 あの人と、……あの人たちと同じ舞台に立ちたい。

「声、声が欲しいの。あの人たち(イレギュラーズ)と、同じ舞台に立つために」
「結局人頼みなの? どうしようもないわね……まあ、イイけど」

 アルバニアは姦しい声を出して笑いました。

「なら、あげるわよ」

 アルバニアから廃滅病を授かったレアータは歓喜しました。
 燃え盛るような嫉妬心が、心の中で渦巻いていました。
 それは、気持ちの良いものでした。
 憎たらしいという気持ちと、もっと高みを目指したいという気持ちがせめぎ合います。
 もっともっと。上手に歌えるのならば……何を失っても構わない。
 残された期間は、ごくわずかです。

●アクエリアにて
 絶望の青に浮かぶ唯一の島、アクエリア。
 魔種に占拠された、広大なこの島の一角。異様に凍り付いた一帯があった。
「どうなってやがるんだ……」
 先発の調査隊である海洋王国兵士たちは、突然の吹雪で半数がはぐれていた。たどり着いたのは、およそ5名といったところ。
 それは、異様な光景だった。
 氷で彩られた城のような、美しい庭。
 魔力によって映し出される、薄い氷のスクリーン。
 そこは魔種の庭であり、人為的に用意されたステージのようだった。
「ひっ」
 魔種がやってきた。
 パチパチと燃えるたいまつが、拍手のように鳴った。
(落ち着いて、レアータ。これは、リハーサル……)
 レアータは息を吸った。
 上手く、歌いたい。あの人たちのように。
 誰かに見てもらいたい。

 音が反響する。
 浮かび上がる氷に、映し出される舞台。
 魅せるためのステージ。
 レアータは死を歌う。
 兵士たちは凍り付いたように……いや、事実凍り付いて動けない。

 かろうじて難を逃れた一人が、イレギュラーズたちに場所を伝える。
 苛烈な戦いとなることは、間違いがなかった……。

GMコメント

布川です。
このステージは、レアータのファイナルステージとなるでしょうか。
イレギュラーズたちの誰かが倒れることになるでしょうか。
とりあえず……ご武運を祈ります!

●目標
レアータ・バハルの討伐/撃退。
レアータは廃滅病を罹患しています。

●場所
絶望の青に浮かぶ唯一の島、アクエリアの一角。氷でできた島の一部です。
まるでイレギュラーズたちを迎えるように吹雪は止んでいます。

ライブステージのように、人為的に整った舞台があります。
太陽の光が反射して、倒錯的に美しい光景を作り出しています。
中央上空には苛烈な戦いを拡大して映し出す氷の鏡があります。
氷の柱など、障害物はそれなりにあります。

※メタ的にいえば、このステージはレアータが事前に作り出したものなので、戦闘中にレアータに有利に形を変えたりするわけではありません。地形の把握はしているでしょうが……。
鏡も単なる演出ですが、何かに使用しても構いません。

●登場
レアータ・バハル
外見年齢は18歳。リュウグウノツカイの海種。
雑誌モデル、とくにErstineに憧れていた少女。
「Erstine様」や、イレギュラーズを超えたいと思っている。

攻撃手段も防御手段も無限に生成される氷。
攻撃の模倣の精度は増しているが、やはり反応速度や特殊効果などは真似られない。
ただし、単なる模倣ではなくなり、自身の武器として取り入れている傾向がある。
(あまり無理な模倣をせず、取捨選択し、アレンジした攻撃を織り交ぜるようになっています)。

攻撃の一例:
・氷の舞い
 氷を武器に変化させ、攻撃します。
・氷の鎧
 氷で身を守ります。
・歌声
 歌唱に織り交ぜて鋭い氷の破片が降り注ぎます。

●状況
「憧れの人を、”超えたい”」と願ったレアータ。
壊滅病に罹患したレアータは、避け得ぬ死の宿命を背負いながら、命が長くないことを受け入れ、最期のステージを演出しようとしています。
レアータの望みは、観客の記憶に残るような「最高の状態で、最高の壊滅状態を招く」こと。
ステージが絶頂に達したまさにその時、凍り付くように、双方の生命が途絶えることを望んでいます。
そうすれば、誰もが記憶することになるでしょう……。

●行動例
・勝負を受ける
レアータの望みに応え、氷上のステージでの勝負を受けます。
美しい演出で立ち回り、最高のステージを作り出しましょう!
「次」を考えないレアータの攻撃は、まさにファイナルステージといってもいいようなもので、苛烈なものとなるでしょう。しかし、その反面、レアータの防御はおろそかです。

レアータの討伐はやりやすくなりますが、イレギュラーズ側の被害も大きくなる可能性があり、正面から挑めば挑むほど危険度は増します。

・妨害する
むざむざレアータの作り出したルールに乗る必要はありません。
レアータのステージを妨害します。
単純な試合放棄では、レアータはすべて破壊しつくして次にいくだけです。
技が決まらないように、泥仕合にもつれこませたり、あるいは卑怯な手段や正当ではない技で、「何が何でも生き延びる」、そんなイメージです。
「こんなステージで終わらせたくない」と思わせれば、レアータは捨て身の攻撃から転じるかもしれません。
あるいは、「これが最高の到達点ではない」「次もまた勝負をしたい」というような気持ちにする呼びかけなどで、レアータの戦闘継続の意思を削ぐことができるかもしれません。

レアータの討伐はやりづらくなりますが、撃退は比較的やりやすくなるでしょう。

補足:
妨害とはいっても、討伐を目指して真正面から勝負を受けつつ、「全力のステージのために、全力でぶつかる」という体での妨害も可能です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
 レアータは「すべての生命をかけて、ここで勝負を決める」覚悟をしていますが、この方針については変わる可能性があります。プレイング次第です。

●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定がありえます。
あらかじめご了承の上、ご参加になるようにお願いいたします。

●重要な備考
<バーティング・サインポスト>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

また、『原罪の呼び声』が発生する場合がございます。

  • <バーティング・サインポスト>死に至る病Lv:10以上完了
  • GM名布川
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年03月19日 22時25分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
Lumière Stellaire
デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)
共にあれ
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
シラス(p3p004421)
超える者
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
彼岸会 空観(p3p007169)
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)

リプレイ

●背氷の陣
 ここはアクエリア。
 その中でも異質な島の一角。
 雪原の氷に閉ざされた、一面の銀世界。
 魔種の舞台(ステージ)。
 冗談みたいに真っ白な光景が、今、目の前に広がっている。
 染みひとつない白にインクを垂らすように……。
「おらあっ!」
『二代野心』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)の砕氷戦艦「はくよう」が氷を砕いて踏み入った。
 ヒビ割れと共に、色が広がる。
 イレギュラーズたちが、白銀の世界に色を添えていく。
 エイヴァンがステージを棄損せぬような位置に船を泊めたのは、この光景を作り出した魔種に対して、ある種の敬意を込めてのことだったのかもしれない。
 レアータも、ただ、待っている。
「氷のステージってのも乙なもんだな。別に俺がシロクマだからってわけじゃねぇが」
 エイヴァンの片手には、牆壁【銷波熊】。もう片方には斧銃【白煙濤】。この重量の武器を、それも二つも同時に使いこなすのはあの大佐くらいだと、軍の人間はいったものだ。
「こいつは見事なモンだ」
『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)は敵に対する素直な賞賛の言葉を口にした。
 この氷の舞台を、一人の魔種が作り出したというのだ。
 強敵の気配と対峙してなお、縁はどこか達観している。
「生憎とおっさんは歌だの踊りだのはさっぱりだが……わざわざこれだけの舞台を用意して待ってたってことは、よっぽど真剣なんだろ、あの魔種の嬢ちゃんは」
「こんな大仰な舞台を用意するなんて……本当に末恐ろしい力。とはいえ、ここまで見事と手袋を投げられたら拾うしかないわね」
『舞蝶刃』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)はステージを見据える。
「なら、最後まで見届けて、しっかり目に焼き付けてやらねぇとな……あの嬢ちゃんが、確かに生きた証ってやつをよ」
「ええ。観客はいない。終わってしまえばきっと、数ある戦闘記録の一つになるのでしょう。だからこそ……私達の記憶に刻まれるような、苛烈な戦いにしましょう」
「それじゃあ、行くか」
 エイヴァンが船の錨を下ろす。
 無論、ここで果てるつもりはない。

 かすかな歌声が聞こえる。
 命を削る歌声。
 これ以上はいらないという決意で紡がれる停滞の歌。

「自分をよく見せようと飾りたてようとする奴は、俺は嫌いじゃないぜ。まぁ、だからと言って手加減をするつもりはないんだがな」
 エイヴァンは『熱砂への憧憬』Erstine・Winstein(p3p007325)を振り返る。
 Erstineは静かに小さく歌っている。
「少なくとも、向こうの憧れの対象がそれを望んだんだ。なら、俺が口を出すような話でないってわけだ」
 Erstineは、魔種レアータの憧れの存在だった。
 レアータは魔種となり果ててなお、Erstineになりたいと望み、それから、追いつきたいと願った。
 魔種となった今。その感情はねじ曲がり、どこか狂ってはいたけれど、レアータの芯そのものだった。
「誰かの記憶に残りたい、そういった気持ちは良く分かるよ。それは命そのものよりも優先されるね」
『ラド・バウD級闘士』シラス(p3p004421)には、レアータの気持ちがわかるような気がした。シラスもまた、そう思ったことがあるのだろうか。Erstineは少しだけ大人びた少年の顔を見やった。
「だからこの勝負を受けないわけにはいかないな。レアータの満足のいく戦いでこれを最後のステージにしてやるよ。
Erstineがそのつもりで応じるならレアータも戦いに熱を上げるはず。俺もその火が絶えないように出し惜しみせずに全力で挑む」
「ええ。これ以上被害を出さない為にも、これ以上あなたが苦しまない為にも」
 Erstineは静かに、しかし確かな意志をもってつぶやいた。
「終わらせてあげないと、ね……」
「命を賭す」
 彼岸会 無量(p3p007169)は太刀に手を添え、まっすぐに構える。
「その想い、確かに受け取りました。ならば私が其れに応えずに居られる筈が有りますまい」
 嘗て、人はその存在を朱呑童子と呼んだ。嘗て、人を救うための剣は、いつしか、斬るための剣となっていた。
 この世界においては……今は、もう一度、人の為に。

「うむ、レアータの望みに応え勝負を受けて最高のステージにするのじゃー」
「さあ、行こうじゃないか!」
『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)の号令に、『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)が応え、飛んで行く。
 ここで引く決断もあっただろう。正面から受けず、持久戦に持ち込むこともできただろう。海の底で眠るアルバニアのように……。
 だが、彼らはそうはしないことを選んだ。
 イレギュラーズたちはまっすぐに、レアータに立ち向かうと決めていた。

 互いが、ここで終わりと決めた。
(レアータ、私たちはあなたを倒して、……この先に行くわ)
 だから、きっと。これで最後になる。

 近づけばそれは強く強く。
 氷のステージに、歌声が響き渡っていた。
「憧れの人に近付きたい……始めに抱いたその思いは、きっと美しい物だった筈なのに。憧れの人と共に舞台に立ちたいと嫉妬する……それだって、美しい物の筈なのに」
『お節介焼き』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は、ただ祈る。レアータのために。……仲間のために。
「せめて最後の彼女の舞台を、最高の物にしてあげたいのだわ」
 終わりの歌が、響いている。
「わたしにはわからない」
『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は、この歌を受け容れることはない。
「今よりも上手に歌えたのならば、引き換えるものが”死”でもいいの? 歌えたのなら、もっと長く生きてもっと歌いたいと思わないの?」
 ココロには、わからない。レアータのそれは違うと感じる。
 みんなと過ごして、ココロは人を助けたいと思った。
 命を、助けたいと思った。

●ラストステージ
 レアータが一節を歌い終える。
 それを待っていたかのように、イレギュラーズたちがやってきた。
「Erstine、様……」
 Erstineが立っていた。
 自分と同じ舞台に、まっすぐに。正面から、挑んできてくれた。
(きて、くれたの)
「観客は一人でもいればショーの始まり……さぁ、始めましょ。あなたの決死のパフォーマンス、私は受けて立つわ!」
 それは、レアータが夢にまで見た光景。
「だから私は……この夢を掴むと決めた」
 この瞬間を永遠のものに。
「これが、私たちのラストステージになるんだね」
 鋭い冷気が広がった。

(狙うはレアータの討伐。そして私達全員の生還。そこだけは彼女の望み通りにしてあげないわ)
 レアータの氷撃。
 当たっていただろう。そこにとどまっていたならば。
 アンナは時間に干渉し、ぎりぎりのところで氷をかわした。
 無駄な動きのないその神業はまるで苦もなく行われたように見える。ひらりと、アンナはステップを踏むかのように、まっすぐに背筋を伸ばし、氷の上に。レアータの前に降り立った。
「私も躍りは得意なの。貴女の舞とどちらが上か、勝負といきましょう?」
「なら、これはどう?」
 アンナは蝶のように身をかわす。黒羽のマントがはためいた。
(あんな風に、舞えたら)
 どうしてこうも果てがないのだろうかとレアータは思う。
 なりたいもの、やりたいこと、憧れの人が……どんどん増える!
(もっともっと、上手になりたい!)
 レアータが焦がれるたび、攻撃は苛烈さを増していくようだ。
「さあ、ラストステージ! 張り切って開幕なのじゃー!」
 粉雪がひらりひらりとデイジーの周りを舞った。
 氷上に躍り出たデイジーは、マントを勢いよく脱ぎ捨てる。華やかな衣装に身を包んだデイジーは、ステージの光を浴びて輝いた。
(! 演出……)
 飛来する氷のつぶてを、デイジーはひょいひょいと滑って避けた。スケート靴を履いている。
「せっかくの氷の舞台じゃ」
「良い動きね。あなたも私と同じ、海種だと思っていたけど。陸の上でも、まるでハンデではないみたい」
「む、足? ちゃんと変化で人の足に変えてあるのじゃ」
 デイジーは不敵に笑った。そして、そう。この存在は……。舐めていると、痛い目にあう!
 レアータは経験から知っていた。
「これで三度目じゃのうレアータよ」
 幾度か見た悪夢。
 蝕む赤き月が顕現する。氷上と頭上、二つに怪しく煌めいて、輝く。
「これが最後のステージというならば、此度は妾達も小細工は抜きなのじゃ」
 あどけない少女の顔が、支配者の表情を帯びる。
 絶対者。ひれ伏したくなるような存在感。
 ステージをわがものにする純然たる力。目を惹きつける工夫……。
(このステージの、主役は、渡さない!)
 恋焦がれると決めたから。
(あの人を。あなたたちを、超えたいと思うから!)
「派手にいくぜ」
 シラスはレアータの攻撃にひるむことはない。攻撃の隙間をかいくぐり、レアータへと迫っていった。鋭い氷の塊を、氷柱を盾にして避ける。
「隠れるつもり?」
 レアータが、巨大なつららでシラスを狙う。
「もちろん、逃げてばかりじゃない」
 時が凍り付いた。
 恐るべき反応速度から繰り出されたシラスの攻撃が、一瞬だけ時を凍り付かせたのだ。そして、バキバキとすさまじい音が鳴り響く。
 シラスの、バーストストリームが氷を打ち砕いていた。
(強い……!)
 雷鳴。
 レアータは目を瞠る。
 突然、人影が出現したかに思えたから。
 シラスに気をとられたあの一瞬で、こちらに接近したというのか!
「レアータ君……だったね。私は君とは初対面だが、君の全身全霊に敬意を!」
 そこに立っていたのは、マリアだった。
 電磁加速機動・最大戦速。すぐに、マリアの姿は肉眼では捉えられなくなる。
「だが! こちらも負けてやるわけにはいかない!」
 紅い雷を、レアータは生まれて初めて見た。足場の悪い氷上を浮かび、弾かれるようにして。マリアはあり得ないほどの加速をした。
「……っ!」
 振り向いても、振り向いても、視界にとらえることができない。氷の攻撃はマリアの速度に追いつけない。
 現象として存在している。
 自然界の雷の150倍近い出力を誇る紅い雷。
 その速度は、雷光殲姫たる所以だ。
(かつての世界では……君以上の相手と戦った!)
 派手な雷光は、レアータにとって無慈悲な自然現象だった。雷速すら超える速度は、視覚すら置き去りにしてすさまじく過ぎ去る。
 一瞬で。
 ああ、なんと、……美しいことか!
「あああああっ!」
 それは嫉妬のような悲鳴。そして、……心からの歓声でもある。
(こんな動きが、私にも出来たら、もっともっと、舞台で輝けるのに!)
 レアータは狂喜して速度を上げる。追いつきたい。追いつけない。
 全力を出してはみたが、レアータはマリアに追いつけない。雷と氷は違う。
「おっ、いいねぇ、その意気だ」
 縁が口にしたのは、どちらの側に対してもの賞賛だった。素直に漏れた感想だった。
「ステージは派手じゃなくっちゃな」
(真似じゃ、だめ。越せない……!)
 レアータは、一度攻撃をやめ、氷の鎧を作り出す。
 防御姿勢に移行しようとした、その時。
 縁の烈火業炎撃が、氷の鎧を打ち砕いた。
 疾い。
 ヒュ、と。
 レアータが体制を立て直す前に、一刀。音すらせず。刃が飛んだ。
 迷いのない斬撃。
 この太刀筋に、レアータは覚えがあった。
「あなたは……」
 無量が立っていた。
「先日は名乗っておりませんでした。性は彼岸会、名を無量。一切皆苦より衆生を救う者。いざ、尋常に―――」
 無量は、息をつかせぬ攻撃に移る。
 頭、喉、鳩尾。鋭い突きがレアータを襲った。
 変幻邪剣。魔性の切っ先が深く突き刺さり、氷をえぐる。これをまともに喰らったら……。
(強い……)
 名乗ったからには必ず斬る(救う)。それが、無量の矜持だった。
 この攻撃は避けられない、とレアータは悟る。
(それなら、もろとも!)
 反撃のために、氷を幾重にも生み出した。
 だが、無量の勢いは止まらない。
「ここで終わるわけにはいかねぇな」
 盾を振りかざし、前に出たエイヴァンが、戦場に境界線を引きなおす。
 イオニアスデイブレイク。
 暁と黄昏。
 レアータの攻撃により、牆壁【銷波熊】の向こう側は、恐るべき威力でえぐり取られている。
「やってやれ! 全力でな!」
 それは、似て非なる……いや、レアータを凌駕する氷の刃。
 他者を滅ぼす強烈な概念が、レアータの前にあった。
 Erstineの終焉の氷結が、剣魔双撃を繰り出した。
 氷と刃がぶつかりあう。
 幾度となく見た動き。憧れた動きのひとつ。
 けれど、これは……。この軌道は、見たことがない!
(うそでしょう。あれから、まだ、……まだ強くなるというの!)
「よそ見している暇はないわよ」
 レアータは、誇らしさすら覚えていた。
(だから……この人と舞台に立ちたいと、思った!)
 この氷上は戦場でもあるが、舞台でもある。
(正面から挑みましょう。こんな綺麗な氷のステージ。生まれ過ごした海によく似た冷たさ。ホタテガイの海種としても良い舞台です)
 ココロは大きく手を広げ、滑るように一回転する。きらきらとした氷の欠片が降り注いだ。
「レアータ、あなたをわたしは理解できない」
 ココロはレアータを見据えて、言う。一生懸命、言葉を紡ぐ。
「でも、わかるものもある。自分が目指す人、大好きな人。その人に近づきたい、追い越したい。もっとよく見てもらいたい。わたしも、いるから」
 レアータは、ココロを見た。
 ココロもまた。
「それを「憧れ」というの?」
「そうよ」
「わたしにはわからない。だから教えて、あなたの心を」
 まっすぐなやりとり。
 このステージおいて、攻撃は相手を理解するための一つの手段でもあった。
(私の、すべてを、見て!)
(あなたの、欠片を、教えて)
 レアータは歌う。絶叫するように歌う。
 刹那的で、美しい声。
(きっと私達が全力でぶつかり合う事こそが、最高の舞台を作るのだわ。元より、そうせずして勝てる相手じゃない)
 華蓮は天使の歌をつむぐ。微かな追い風。ぶつかり合う仲間を支える力強い愛。
(さあ、存分に……)
 その慈しみは、レアータにも向けられている。
 心残りがないように。
 あなたのために。
「さあ、第二幕ってところか」
 縁が微笑んだ。

●第二幕
 さざ波に 揺られて 目を覚ました朝に
 世界が終わって 始まるの

 Erstineの歌が響いている。
(歌いながら……どうして、こんなパフォーマンスができるのっ!)
 Erstineの斬撃は、まるで舞のようだ。
 リハーサルを重ねたかのような、隙のないパフォーマンス。
「こっちは……」
 エイヴァンがレアータの氷塊を受け止めた。防衛将帥の能力は伊達ではない。
「まかせろ!」
 エイヴァンは斧銃【白煙濤】を大地に打ち付ける。
 ギガクラッシュ。
 飛び出した氷の弾丸が、魔種を撃ちぬく。ステージの形を変えてゆく。きらびやかな意匠が、光を閉じ込め散乱する。
(まぁこんなおっさんが声援を飛ばしても野暮ってもんだしな)
 エイヴァンは、氷を味方につけている。
 ステージを変えて、戦場に彩を添える。
 美しい。
 レアータは感心して、ため息をつく。秘めたる力。力のありよう。
 いくつものやり方があるのだと、知った。
「こんなこともできるのね……なら、これはどう?」
 レアータが、氷を無数に作り出す。
(氷……ならば)
 アンナは踏み込んだ。
 放たれる突きが炎を帯びる。
 破裂するような、膨れた紅い炎が薔薇のようにあたりを焼き焦がした。
 夢煌の水晶剣。淡い輝きを宿す水晶の剣が、氷に、炎に煌めいている。

 Erstineの凛とした歌声に、ココロのミリアドハーモニクスが重なる。
 重なる。美しく織りなすような歌声。
 ココロはすう、と息をすった。
 AgoniePlastique。
 それは形のない攻撃ではない。衝撃。透明の毒。汚れた海の、息が詰まるような攻撃。
(……!)
 レアータは驚いた。
 ココロは、悪意を理解している。
 人が。生き物が。完璧ではなく、過つことを知っている。
(それでも、なお、生きたいと思うの。どうして歌えるの? 誰かを救いたいと思うの?)
 ココロは、歌う。仲間を救う歌を。
(そうよ、私たちは……それでも、力になりたいと思うの)
 華蓮もまた、歌声を重ねた。

 シラスが氷柱の奥へと引っ込んだ。迎え撃とうとレアータは構える。
 だが、それは警戒していたバーストストリームではなかった。
 捌きの拳から放たれる、ショウ・ザ・インパクト。
「さあ、全力だ!」
 ノーモーションで放たれる攻撃。
 煌めいた氷の欠片が、四方に飛び散る。
(力を温存して……なんて考え、いらない。そう。この一瞬だけでいい!)
(不思議)
 独りよりもずっと、上手く歌える。
 華蓮は、胸の前で組み合わせた手を強く握った。
 心が痛む。
 これでいい、だなんて。ここまででいい、だなんて。
 レアータが歌うのは、そんな結末。
 
(彼女を救える誰かが居るのなら、救ってあげて欲しい。でも……きっとそんな事は出来ない……少なくともそれは私ではない……)
 呪わしき歌声に、天使の歌を乗せる。
 せめて。声を張り上げる。舞台を盛り上げたい。それが、自分にできることなのだと。彼らの歩みを止めずに、後押しすることこそが今ここに自分が居合わせた意味だと。
(レアータさんを、仲間達を、この戦いを讃え彩る歌を)
 戦場においてなお、かすむことはない優しさを帯びた歌声。
(ああ、なんと美しい声だろう。それでも……)
 レアータは、息を吸う。
(私は、超えてみたいんだ!)
 レアータが、幾重にもつららを呼び覚ます。
「くるぞ!」
 シラスが仲間に警告した。
「みんな頼むー! こっちじゃ私は脆くてね!」
 マリアが、流星のように戦場を駆けてゆく。
 マリアは再び速度を上げる。浮き上がり、ぐるぐると縦横無尽に、まるで重力を知らないように、宙を飛ぶ。
 雷撃。
 電磁加速により生み出された速度。紅雷を纏い繰り出される神速の拳打のコンビネーション。
 まるでイルミネーション。
 その技の名を、電磁加速拳・裂華という。
 レアータにはその姿を捕らえることができない。残像すらも。
「っ……」
「よし、もう一度いける!」
 続けての連打。
 マリアの移動は不規則だった。リズムをとらえきることができない。跳ねるように、その稲妻には形がない。滑るような機動。
 飛翔し、再びの紅雷が飛ぶ。
「私には速度しか取り柄がないが、速度には多少の自信はある!」
 レアータが振り向いた。マリアはレアータの後ろに回り込んでいた。
「さて! 私は無学だから実験してみよう! 氷は電気を通すのか!」
 マリアは答えを待つまでもなく、すでに拳を繰り出していた。
「通らなくても鎧が割れるまで! 倒れるまで殴るのみ!」
「っ……!」
 それは、無策の攻撃ではない。
 同じ箇所へのダメージの蓄積。
 氷の鎧のヒビが、大きくなる。
(ああ。まっすぐで、どこまでも美しい!)
 氷の鎧が砕けそうだ。
(だけど、それがなに? 今だけ、あればいい!)
 レアータは防御を捨て、氷の槍を作り出す。
「中々やるな、お前さん」
 縁は楽しそうに戦場の攻撃をかいくぐり、激しい音にただ笑った。
「……楽しいかい、嬢ちゃん」
「! あなたは……私と同じなの」
 その男の首筋に、痣が見えた。
 レアータは知る。その男が、レアータと同じ呪いを受けていることを。
 死兆を。
 逃れえぬ死の運命を。
「それじゃあ、ここでおしまいなのね。お互いに」
 ならば、なぜ笑う?
「いや、まだ続きがある」
 降り注ぐ氷に、縁は灯をともす。死者の魂が無数の火の玉に変わり、縁の周りを明るく照らす。龍神之燈。幾重もの光が集い、ふわりと去っていった。
 レアータは歯噛みした。
 リズムを、狂わせることができない。
 音楽を止めることができない。動きを、止めることはできない。
 歌を、止めることはできない。
「俺はこの通り、情緒のわからねぇ死にかけのおっさんだがね。最高のステージってのは、客も演者も心から楽しんで、まだ終わらんで欲しい、いつまでも続いて欲しいって感じるモンなんだろ。だから、肝心のお前さんはどうなのかと思ったのさ」
「そうだね……」
 ずっとこのままでいられたら、どんなに幸せだっただろう。
 それができないことも、……レアータには分かってはいたのだけれど。
 楽しい時間は、いつか終わる。
 だからそれが、ここであってほしい。
 けれど、心のどこかで。
 これをずっと続けていられたらとも、間違いなく思うのだ。
 縁の煉気破戒掌が、氷の鎧を打ち砕いた。
「俺は……ま、悪くはねぇな」
 縁は笑う。苦痛に顔を歪ませることはない。
「どうして、笑っていられるの。痛くないの? 苦しくはないの?」
「痛ぇし苦しいが、柄にもなく昔(ギャング)の血が騒いじまうくらいには」
 レアータにとって縁は、底知れぬ、超然たる存在だった。
(まるで、深い海の底みたい。ううん。だってそんなに光の射さないような場所にいるとは思えない……この人は、何? 分かるのは、底知れない……つかめないってことだけ)
 縁がどうして立っていられるのかも。どうして笑っていられるのかも、レアータには分からなかった。
 りん、と鈴が鳴った。月鳴の鈴が、縁を呼ぶ。
(ああ、まるで水の流れに揺らぐような、このありかたも……)
 美しいのだと、レアータは知った。
「欲を言えば客席からのんびり見たかったがね」
「大人しく眺めている気はないのね」
「ああ」

「うむ、今日の妾も超輝いておるのじゃ」
 デイジーは、レアータの攻撃を巧みにかいくぐる。平然として戦場に君臨してみせる。
「ここには観客も演者も妾達のみ。故に、ともに満足いくまで踊りあかすのじゃ」
 デイジーが誘うように手を伸ばすと、青き月が昇る。
 煌めく月がミラーボールのように輝く。氷柱は、デイジーへの攻撃を防いだ。無論、計算ずくだったろう。そこに当たることを予期して移動したのだ。それすら悟られないように。
「うむ」
 だがどうだろう、この威風堂々たる立ち振る舞いは。
 まるで世界は、デイジーのためにあるかのようだ。
 誘う青き月。抗う意思すら奪い去ってしまう、そんな光。
 まるで異世界のようだ。
 ああ、眩しい。
 レアータは思う。
 これは、生まれ持ってのカリスマか。あるいは支配者の器と呼ぶべきものか。
 レアータには、できない。けれど、真似することはできる。
 プレッシャーを乗り越えてよくあろうとすることはできる。
 押されている。
(視線、を)
 取り戻さなくては。
(見ているだけじゃ足りないの。私も一緒に、歌いたい!)
 レアータは氷を降り注がせて歌う。
 無量が真正面から氷を真っ二つにした。
 ガラスのような氷の雨が降り注ぐ。
「……っ!」
 だが、無量は退かない。
「敵から攻撃を受けるのは厭いません。我が心身独りで在れど一人に在らず」
「……」
 その身を投げ出す無量の後ろには。
 盾が。声援が。歌があった。
「故に私は目の前の敵を倒す事に専念出来る」
 ここに及んでなお、レアータは思う。
 足りない、と。
 分かっている。悔しいくらいに。
「貴女は何を掴んだのですか、与えられた力で。与えられた宿命で」
「……」
 氷と、太刀がうち合う。
 レアータの徴がちりちりと痛んだ。
「誰かからの贈り物で、あの子を、私達を超えられると?」
 無量の言葉は正鵠を得ていた。
(超えられない。分かってる、けど、超えたいと思ったの)
 レアータは絶叫する。やみくもの攻撃を降らせる。
「待って……」
 だって、Erstineは美しい。
 だって、目の前の、イレギュラーズたちは美しい。
 実感するのは歴然たる差だ。
 醜い嫉妬心が生まれて、泡のようにはじける。
 攻撃が、当たらない。
「以前の貴女の氷は美しかった。ですが此れはどう言う事ですか」
(なら、あきらめるの? 違う)
「この舞台の何処に貴女の目指した貴女は在るのですか」
「私はまだ……! まだやれる」
 そう、Erstineのように歌える。刃だって作り出せる。氷で……。
(違う、それでは足りないの)
「模倣や自分なりに変成したものではない、純然たる貴女自身を何故出さないのですか……レアータ・バハル!」
「できるわ!」
 無量の一喝に、レアータは無意識に答えていた。
 不思議なことに、それは相容れないはずの敵からの信頼に近いのだと、レアータは知る。
 涙が出るほどうれしいことだと、レアータは感じる。
「既に貴女は貴女自身を表現出来るでしょう」
(まだ、まだ私は舞台に立てる。出していない力もある)
「貴女を見ています、だから貴女を見せて下さい」
「もちろん」
 どうして嬉しいのだろう。
 どうして悲しいのだろう。
 どちらにせよ。
「全力を見せてあげる!」
 限界を超えて、レアータは絶叫する。
 やることは一つだ。
 無量が頷いた気がした。
「私は歌う。歌い続ける。ねぇ、受け取って……この声を!」
 無量の身体に、消えることのない痣が刻み込まれた。
 だが、無量の太刀筋が鈍ることはなかった。

●歌声が聞こえる
 温かく 優しい 光に包まれて
(ああ、素敵な声……ずっとこれに憧れていたの)
 思いが充ちてる 海に帰るの
(何度も何度も聞けたらって、願ってた)
 さぁ 奏でよう 終わりなき歌
(いつか……)

 Erstineは歌う。
 レアータも、また。歌う。

 海に、帰るの。
 ココロが旋律を繰り返した。二人の声を、華蓮の旋律が後押しする。
 これからの歌。終わりなき歌。
 シラスもまた小さく声を重ねた。

(息をつく間を与えない!)
 シラスは相手を見る。理解しようとする。そしてそれは、一打一打の読みあいだ。
 目を逸らせば負ける連撃。
 相手を見なければ、勝てるはずがない。
 レアータは夢中だった。戦うことに。生きることに。歌うことに。
 アンナを追う攻撃が、デイジーの描いた二つの月の下、三つ目の月を描いた。
 それは、三日月。
 くるりとステップを踏んで繰り出される弧月舞。
 返す刃が。
 レアータは、笑ってみせた。破れかぶれではあったかもしれないが、ステージの上では完璧でありたい。

(うみ……)
 ココロのミリアドハーモニクスが、あたりに響き渡る。幾重にも、幾重にも。反響してあたりに満ちる。
「さあ、私はまだ倒れないぞ!」
 マリアが旋回する。電磁加速機動・最大戦速が再びレアータを襲う。火花が舞った。
 レアータの旋律が、クライマックスへと向かう。
「ここで終わり!」
「いいえ!」
 Erstineは、拒絶する。意志の強さで、したたかに終わりを拒絶する。
 氷だった。
 氷で氷を制した。
 レアータの氷と、Erstineの切っ先が混じる。
 拮抗している、ように思えた。
 しかし、ピシリと、レアータの氷にヒビが入った。
 凍り付く寒さ。
 華蓮のゼピュロスの息吹。
 不可能ですら可能にする、奇跡の力。
 追い風が、吹いている。
 人へ、物へ、自然への。全てが、華蓮の、大切な仲間たちを守る。
(そして、あなたも)
 八百万の守護が、イレギュラーズたちがそこに立つことを可能にしていた。

 氷の鎧をまとおうとするレアータに、無量の斬撃が容赦なく飛ぶ。
 剣魔双撃。
 剣爛舞刀、刀を持って、無量の斬撃は、研ぎ澄まされた一撃。それもまた、芸術である。
「盛り上がりも絶好調、激しくいくのじゃ」
 レアータを凌駕するような魔力。デイジーが解き放ったのは、神への呪い。悠久のアナセマ。 どこまでもどこまでも追ってくる、呪い。
 レアータは防御を捨て、構える。
(まだ。自分はまだやれる)
「引き受けるわ!」
 アンナが前へと躍り出た。
(レアータの攻撃は危険。終幕の事を考えればなるべく後衛に攻撃を通したくない……というのはまあ、半分建前なのだけど)
 アンナは、そんな自分に苦笑する。
(貪欲に全てを吸収していく彼女に負けたくないと思う。だからもっと私に攻撃して欲しい)
(あなたに負けたくない。私はもっと、舞台で踊れる)
 だから。
 アンナとレアータが交錯する。
 奇しくも。レアータも同じ思いを抱いていた。
「この舞台に相応しい最高の舞で、最後まで受けきってみせるわ!」
「よしよし、いいぞ!」
 縁の声援が飛ぶ。どちらに向けても。
「攻撃は通さない!」
 エイヴァンが名乗りを上げる。

●主旋律
 輝き照らす 海は優しく
(ああ、息が乱れることもない)
 夢の続きを 一番好きな あなたと共に 見つめていたい
(動きがぶれることもない)
 そしていつも 見届けたい
(だから私も、あなたにふさわしいステージを!)

 ステージの盛り上がりは、最高潮に達しようとしていた。
「そろそろステージもクライマックス……私が……あなたを導いてあげるわ」
 Erstineの剣の切っ先が、鋭くとらえがたい動きをする。外三光。
(今の私なら、これと競える!)
 レアータは氷を生み出し、Erstineの動きに合わせる。縫い付ける刃。これをまともに喰らうわけにはいかない。
(っ、しまった! これは……本命の攻撃じゃない!)
「『氷旋』」
 それは、レアータが真っ先に焦がれた力。
 氷の旋風が目の前を真一文字に横切る。
 すべてが凍り付き、動けなくなる。
 ……Erstineに、見惚れた(みとれた)ように。
 美しい一撃だった。
 息が、できなくなるほどに。
(ここで終わるわけには、いかない!)

(動きにキレがなくなってきたな)
 縁はレアータの動きのわずかな迷いを見て取った。
 それもそのはず。
 このステージで、レアータは常に全力を出し切っていた。
(ああ、楽しいんだな)
 死に近いはずのレアータは、生き生きとしていた。生きる意味を見出しているようだった。
 だから、縁もそれに応えようと思った。
(長く苦しむよりも、楽しかったって思い出だけで満たされて逝けるようにな)
 この戦いも、もうすぐ過去のものになる。
 過ぎ去った過去がある。
 守りたいと思って零れ落ちていったものを、それでも守りたいと思った。
(生きた証を)
 アイアース。
 縁は、レアータの攻撃力を殺す技を、そのままレアータに転換する。

「あなたも、このままじゃ死ぬわよ……」
「必ず最後まで見届ける、と言いましたね」
 無量の外三光が、レアータを切り刻む。
「本気ですよ」
 
 この戦いは規格外のものだ。
 全力を出し切らねば消し飛びそうな存在の圧が、真正面からぶつかり合っている。
 だれがいつ、命を落としてもおかしくはない状況だ。
 だが、イレギュラーズたちの頭に撤退はなかった。
(大丈夫)
 ミリアドハーモニクスが、仲間たちを包み込む。
 肯定を。この歌声が、より良いものであるように。
(あなたを独りにはしないのだわ)
 華蓮が、仲間たちに手を差し伸べる。
 ステージはまだ終わっていない!

 誰かの声が。
 レアータには聞こえた気がした。
 観客の声が。応援するような声が。
(私は、もう……)
 美しい幻影。
 氷の合間に見える、つかの間のハレーション。
 それは、シラスが作り出した、戦場を囲む人の群れの幻。
 見知ったイレギュラーズや海軍の姿。
「どうよ、観客あってのステージだもんな」
 レアータは息をのんだ。
 今までの瞬間は、このためにあったのだと、確信する。
 レアータは声援にこたえる。
(さいごまで、あなたたちの最後まで、やりきってみせる!)
 歓声。
 レアータは……笑みを見せた。

「まだ、ステージは終わっておらんのじゃ。ワンツーワンツー!」
 デイジーはくるくると回りながら、リトルリトル写本を開き、シャロウグレイヴを呼び出す。
(可愛い顔をして、なんて凶悪な攻撃なの!)
 苛烈な攻撃の中で、デイジーが笑う。
 レアータも、笑ってみる。
(冷静になってみると、これについてこれてる私ってちょっとすごいよね?)
 ほんとうに、ちょっとおかしかった。
「ふふ……」
「ふふふふ」
 迫るレアータに、ココロはエクスプロードを散らせ、距離をとる。爆炎が、氷に反射して光り輝いた。
「歌える?」
 ココロはこくりと頷き、旋律を乗せる。
 戦場に響き渡る、調和の歌声。二重に、三重に。
「私はまだ行けるとも!」
 派手な雷光をほとばしらせるマリアは、ぐるりと宙返りをして氷を避けた。
「こ、こういうのは得意じゃないんだが! でも二人の一生懸命が詰まっている戦場だ! 全力を尽くすさ!」
 何度破壊的な加速を重ねたのだろう。雷光がくすぶり、氷を焦がす。神速の拳打が、レアータの体力を奪って行く。
「負けない……!」
「負けないわ!」
 アンナの弧月舞が、氷に切れ目を入れる。
 ああ。この極限の中で、少しだけ成長した気がする。
(ここに来なきゃ、見えない景色があったのね)

●エンドロール
 おそらくは、これが最後か。
 レアータの冷気が一層強まった。

「小細工はナシだ!」
 磨いた対捌き。撃てば響くような攻撃。そこを狙ってほしくないという急所に一打が向けられる。それを防ごうとする。それもまた意図したもので……。
(楽しい、なんて楽しいの)
 息が切れる。
 シラスは、技と技の応酬に戦いの途中から感じた既視感に気づいた。
(これはラド・バウに似てるんだ)
 シラスはつい興奮した笑みを浮かべていた。
 勝負に没頭していく。
「今なら貫けるか!?」
 マリアはジャンプして、電磁闘衣・紅華の障壁をすべて攻撃に回す。最大加速を込めて空中に飛び上がる。最後の力を振り絞った加速。
 電磁投射弾・閃華。
 マリアのみが使用できる、魔弾。
 紅雷・最大放電による電磁投射が、レアータの肩を撃ちぬいた。
「まさか奥の手を隠し持っていたなんて……」
「ガイアズユニオンの軍人は伊達ではないぞ」

「! アンナさん……」
 アンナが、レアータを庇っていた。
「お願い」
 アンナはレアータに、託す。
「彼女が幕切れに望むとすれば、きっと貴女の一撃だと思うから。お願い」
「ええ……任されたわ」

(もしそこまで思うのなら。望む『最期』を得られますように)
 ココロのほたてパンチが、レアータを大きく吹き飛ばす。
 仲間の攻撃範囲へと。
「よし! いいぞ」
 レアータに、縁はアイアースを叩きこむ。
 自身も、イレギュラーズたちも限界に近い。だが、誰もが決して弱音を吐かない。舞台から降りるまで、まだ時間がある。
 跳ねあげられたレアータに、無量が
「ここは俺が抑える!」
 エイヴァンが叫ぶ。
「存分に、いけ! やれ!」
 氷の弾丸で、相手の防御を削り取り、盾で攻撃を受け止める。
 無量は、たん、と地面を蹴った。
 クワドラブル。ながれるような剣捌き。
「アッ……カハッ!」
 頭、喉、鳩尾。正確無比な打撃。そしてこれは次へつなげる為の一撃。
 落首山茶花。
 首に。
 ピシリと、ひびが入った。
(まだ、歌いたい……!)
「さあ、行くのじゃ!」
 デイジーのシャロウグレイヴが、レアータの動きを鈍らせる。
(大丈夫、私が付いているわ)
 華蓮の声が、Erstineを鼓舞する。
 一文字。
 まっすぐに、振るわれる太刀筋。
 氷旋。
 一発目は、足に。
 二発目は、胴体に。
 三発目が、レアータの胸を貫いた。

「負けた、なんて」
 レアータが倒れた。氷はもう再生しない。
 エイヴァンが念のために盾を構えているが、……終わったのだ。何もかも。
「うそ、負けたの? ……”うそ”って! おかしいな、最初は同じ舞台に立てるなんて思ってもいなかったのに……羨ましい、なんて……? ヘンなの」
 誰からともなく、拍手が起こった。シラスの作り出した幻影は、消えてしまった。
 そして、結果だけが残る。
「どうしてここで終わりじゃないの!? どうしてまだ、あなたたちには続きがあるの!? Eristine様。私、あなたのファンで良かった……ずっと、ずっとファンです。あれ、おかしいな」
 陽光に照らされ、レアータは氷の欠片となって、消えてゆく。その欠片を、Eristineはそっと救い上げた。
「わかんなかったけど……ちょっとわかった」
 ココロはぼんやりとレアータを見ている。
 レアータの考えは、相容れないものだった。けれど、彼女が何を考えていたか……触れることはできたように思う。
「あなたと私は似ていた。けれど違ったのは……誰かを思って強くなれたかどうか……なのかもしれないわね」

(満足したのかしら)
 アンナはじっとレアータが溶ける様子を見ていた。
「ステージはしまいのようじゃのう」
「ぜ、全力を出し切ったぞ!」
 マリアがどさりと地面に落ちる。
「どれ、流氷もなくなったようじゃし、けが人はこちらの船で療養してもよかろう」
「その呪いは……同じものか?」
「のようですね」
 無量はゆるやかに首を横に振った。
「そんな、そんなことって……」
 華蓮が目を伏せた。

「忘れ物はねぇか? 沈んじまうぞー」
 強大な魔種を倒した。
 船が、島を去っていく。
「あなたの分まで、私はきっと……」
 Eristineは決意を固め、水平線を眺めていた。

成否

成功

MVP

彼岸会 空観(p3p007169)

状態異常

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)[重傷]
波濤の盾
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)[重傷]
無限円舞
マリア・レイシス(p3p006685)[重傷]
雷光殲姫
彼岸会 空観(p3p007169)[重傷]

あとがき

3度にわたる戦い、ついに決着です!
お疲れ様でした。
魔種はどうしても相容れない存在ではありますが、真正面から向き合ったことで、多少は、後味の良いものになったのではないかと思います。

MVPは、命を削って対峙した無量様に!
なんだか余計なおまけもついている気がしますが。ええ。

関係者を使わせていただくときはいつもですけれど、素敵なキャラクターを使わせていただいて、おそらくはレアータ様同様、私自身もとても楽しかったです。
Erstine様、みなさま、お付き合いくださりまして、ありがとうございました。
機会がありましたら、また一緒に冒険いたしましょうね。

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