シナリオ詳細
<Gear Basilica>ティナ婆ちゃんの家
オープニング
●想い出の家
スラム地下の古代遺跡を巡り、鉄帝将校ショッケンとスラム住民やクラースナヤ・ズヴェズダーによる攻防戦が行われ、後者に協力したローレットの活躍によってショッケンが古代兵器を手中にするのは阻止された。
だが、クラースナヤ・ズヴェズダーの聖女アナスタシアが、古代兵器のコアルームで魔種へと反転してしまう。そのアナスタシアを『動力源』として取り込み暴走した古代兵器――歯車大聖堂(ギアバジリカ)――は、周囲の街や村を襲撃・略奪してエネルギーを蓄えてから、再度首都へ進撃せんとしていた。
「――みんな逃げてしまって、静かになったねえ」
鉄帝首都スチームグラードの、スラムに近い住宅地。年老いた老婆が、ガランとした自宅の中でぽつりと独り言ちる。周囲の住民は既に歯車大聖堂(ギアバジリカ)からの避難を済ませており、老婆だけがただ一人この地に残っていた。
老婆が避難しなかった理由は、今この場にいる家にあった。現役を退いた夫が終の棲家とし、夫と最後の時間を共有して、夫の最期を看取った家である。
その夫は、周囲の子供達に読み書きや計算を教えていた。時には厳しく叱ることもあったが、住宅地の子達もスラムの子達も分け隔て無く可愛がっていた。老婆自身も子供達が心底嬉しそうな笑顔で料理を平らげていくのを楽しみに、料理を振る舞っていたものだ。
夫と、夫と共に可愛がっていた子供達との想い出、そしてその想い出が詰まったこの家は老婆にとって大切なものであったから、死ぬならこの家で死にたかった。よしんば避難して生き延びられたとしても、この家を喪ってしまってはその先を生きる気にはなれそうになかった。
ふと、外がどやどやと人の足音で騒がしくなる。もし歯車大聖堂とやらがこの家を壊しに来たのなら、少しでも抵抗してから死のう。そう思い定めた老婆は、家の前に立ちはだかるように外に出る。
老婆が目にしたのは、漆黒の鎧騎士とそれを従える黒いドレスの令嬢、ハンマーやチェーンソーを各々手にした黒ローブの男達。歯車大聖堂の尖兵、歯車兵器と歯車兵団である。そして――。
「ティ、ナ……婆、ちゃ……。ごめ……俺……」
かつてこの家に通っていた、夫の教え子。
「その声は……ジュダかい? ……酷いことは、されていないかい?」
苦しげに声を絞り出す様子とその言葉から、ジュダが何か尋常ではない方法で一行にこの家のことを教えさせられたのだと、老婆は察した。
「……うう、ああっ……婆、ちゃ……ごめん……婆ちゃ……」
逆らうことが出来なかったとは言え、老婆を”売った”にも関わらず、自分のことを真っ先に心配する老婆に、ジュダは双眸からボロボロと涙を滝のように流しながら謝罪する。
(――何てこと、だろうねぇ)
老婆は元々、この場で殺される覚悟は出来ていたし、むしろそれは望むところでさえあった。しかし、この状況で自分が殺されれば、ジュダは心に深い傷を負うだろう。それを覆すことが出来ないのが、非常に悔しく、心残りであった。
●涙の懇願
「皆さん、よく集まってくれました。ありがとうございます。さて――お願いします」
至急の依頼があると、イレギュラーズ達は『真昼のランタン』羽田羅 勘蔵(p3n000126)に集められた。勘蔵の横には十人ばかりの男女がいる。
勘蔵は眼前のイレギュラーズ達に頭を下げ礼を述べると、横の男女に話を振った。一際体格のいい男が前に進み出ると、深く頭を下げて叫ぶように懇願する。
「頼む……ティナ婆ちゃんと、婆ちゃんの家を救ってくれ……! 頼れるのは、もうアンタらしかいないんだ……!」
「どうか……お願いします!」
それに合わせて、残る男女も一斉に深々と頭を下げた。
勘蔵に続きを促された男が言うには、ティナ婆ちゃんとは彼らが子供の時に読み書きや計算を教えてくれた恩師の妻であると言う。
「俺達がスネグラーチカ歯車兵団の連中に襲われた時に、リーダーらしい黒いドレスの女が『大切なものを差し出せ』と言ったんだ。そしたら、ジュダの野郎がティナ婆ちゃんと婆ちゃんの家のことをべらべらとしゃべっちまいやがって……」
「――でも、そのジュダと言う人は貴方達の中で恩師夫妻を一番慕っていて、簡単に”売る”はずはない、んでしたね?」
「そうだ。アイツが絶対にそんなことをするはずがねえ! だから、奴は何かされたんだと思いてえが……」
「――ちなみに、護る対象をそのティナさんだけに限定することは?」
「ダメだ! あの家はティナ婆ちゃんにとって、先生との想い出が詰まってる大切な場所なんだ。あの家を護りきれなきゃ、ティナ婆ちゃんは生きる気力を喪いかねねえ! それじゃ、ティナ婆ちゃんを護ったことにはならねえ!」
間に勘蔵が挟んで来る問いに、一息に言い放ってから、男は肩で息をする。シーンとした静寂の中で、男の荒い呼吸音だけが響く。やがて静寂に耐えられなくなったのか、男は俯きながら身体を震わせ、再度口を開いた。
「……アンタ達の力を借りてでもティナ婆ちゃんと婆ちゃんの家を護れなければ、俺達は大事なものをなくしちまう上に、先生に顔向け出来なくなっちまう。だから……なぁ、頼むよ……」
懇願の途中から嗚咽が混じりだし、ボタボタと涙の粒がこぼれ落ちていく。それが引金となって、一団の全員がすすり泣き始めた。
- <Gear Basilica>ティナ婆ちゃんの家完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年03月01日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●老婆の、最も好い望み
終の棲家を壊され、教え子の心も壊される。そして、それを覆す力は自身には無い。その事実にがっくりと老婆がうなだれた瞬間、元気な少年の声が、閑散とした住宅街の一帯に響きわたった。
「ティナおばあさま、ボク達はイレギュラーズです! お家ごと貴女をお護りします。ですからどうかご安心を!」
その声の方へ振り向いたティナが目にしたのは、『歯車の決意』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371) をはじめとする八人の特異運命座標だった。
「イレギュラーズ……? どうして……」
「おう、貴女がティナ殿であるか! 良い教え子を持たれたな! 貴女は家と共に死ぬる覚悟であろうが、皆それ以上を望んで居るようだ! 最も好い望みを言うがいい。吾等がそれを叶えようぞ!」
何故ここにイレギュラーズが、と不思議がる老婆に、『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)が応える。
「それなら……どうか、どうかこの家とジュダを守っておくれ」
「分かりました、お任せください! 貴女の宝物、壊させはしませんとも!」
老婆が口にした「願い」に応えたその瞬間、『何事も一歩から』日車・迅(p3p007500)はスネグラーチカ歯車兵団の一人を倒していた。電光石火の疾走から、速度を乗せての音速の拳を、鳩尾に叩き付けたのだ。回避も防御もままならず、白目を剥いてチェーンソーを持った男は前のめりに崩れ落ちた。
「――とりあえず、ここにいる何か黒いのを殴り倒せば良いのですよね! 大丈夫、得意分野です! 強きも弱きも、皆動かなくなるまで殴ればおーるおっけーです!!」
八重歯を覗かせながら、迅が叫ぶ。その叫びを合図とするかのようにして、戦端は開かれた。
●歯車兵団員を減らせ
迅に続いて、『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)が動く。帽子を深く被り黒いドレスの令嬢の顔を見ないようにしながら猛然と突き進んでくるその姿に、メリーの狙いは自分であると黒いドレスの令嬢は判断する。
ならば、ジュダを盾にすれば手は出せまい。そう判断し、ジュダに自分を庇わせようとした瞬間、黒いドレスの令嬢は驚愕に囚われた。
「ぐうっ……!」
ジュダを盾にするよりも早く、メリーの威嚇術がジュダの腹部に叩き付けられたからである。まさかイレギュラーズ達の方からジュダに手を出してくるなどとは、令嬢は考えていなかったのだ。
一方、イレギュラーズの側からすれば、敵に操られて何をさせられるかわからない一般人は戦場から排除しておきたいところだった。もっとも、メリーはジュダが死んでも構わないと思っており、そこは『お優しい』仲間達とは違っていたが。
メリーよりわずかに遅れて、『軋む守り人』楔 アカツキ(p3p001209)、百合子も動いていた。
(想いは違えど、護るべきものがある、という事が彼女の支えなのだろう。それをいとも容易く糧と変える者共――この怒りが、拳が、許しはしない)
何かを護る――そのことが永劫の時を生きる支えとなっていたアカツキにとって、老婆の終の棲家を護りたいという願いは大いに共感するところであった。
憤怒を宿しつつも決して命を殺めることにない拳が、ハンマーを持った黒ローブの男の側頭部に命中する。脳を揺らされた男は、ぐらりとその場に倒れ伏した。
「建物を壊すより、吾と戦う方が楽しいであろ? ――白百合清楚殺戮拳、夜摩」
「くっ、貴様……ぐああああああっ!!」
百合子は、別のハンマーを持った男を目標に見定めて、胸板に掌底を叩き込む。否、掌底を叩き込んだだけではない。そこから自身の美少女力を流し込むことで、男の体内を内部から破壊した。男はまだ倒れはしないものの、よろめきながらハンマーを血について支えにし、ごはっ、と口から血を吐いた。
イレギュラーズ達が令嬢の周囲に集まっている間に、黒ローブの男達も動き出していた。
チェーンソーを持った男が二人、接近してきたイレギュラーズ達を避けるようにして老婆の家の奥側の端に取り付き、外壁を斬り裂いていく。さらに、ハンマーを持った男が一人、チェーンソーの男とは反対側の端に取り付いて、外壁を叩き壊していく。
「ああ……」
老婆は、今にも涙を流しそうな悲痛な表情で、それを見ているしかなかった。
(誰かの大切なものを目の前で奪うなんて、何て酷いことを――!)
何とか老婆を、そして、老婆を取り巻く世界さえ救いたい。そんな思いから、『聖少女』メルトリリス(p3p007295)は老婆を家に戻るよう説得する役目を受け持っていた。それだけに、メルトリリスは眼前の光景に胸を突き刺すような痛みと、耐えがたい憤りを覚える。
「こんな民の平和さえ脅かす……どうして、こんなことをするの! 貴方達のやってる事は、度し難く! 天にまします我等が神に代わり、天罰を与えん!!!」
「ぐあっ!」
メルトリリスは老婆の元へと駆け寄るが、その最中にハンマーを持った男に壱式『破邪』の一撃を浴びせた。男は短く呻くと、意識を失って昏倒した。
「ティナさま! ジュダさまも、貴方さまも、助けます。我々は、ローレットから参りました。貴方を、そして貴方たちを救うために来ました! ジュダさまもきっと助けてみせます! だから、ここから離れて!!」
メルトリリスはそのまま足を止めずに老婆の外まで駆け寄ると、必死に戦場からの退避を訴えかける。
「――お願い! お家の中へ、参りましょう!! その家の中に、気を失っているジュダさまも運んで参ります! 介抱はお任せしたいので、はやく!」
ただこの場から去れと言うのであれば、老婆は決して頷くことはなかっただろう。だが、退避先が大事な家の中であったことと、ジュダの存在を持ち出されたことが効いた。
「あ、ああ――ジュダのこと、頼んだよ」
「はい!」
すがるように懇願する老婆に、メルトリリスは力強く頷いた。
「リア君、あそこの二人は僕が倒す。まだ動いていない黒ローブの足止めを頼む」
「ええ、わかったわ」
『特異運命座標』恋屍・愛無(p3p007296)は、『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)に指示を出すと、建物に取り付いている二人の方へと駆けていった。玄関のすぐ側まで来ると、家を巻き込まないように慎重に狙いを付ける。
(金の重みが命の重みだ。泣き叫び無理難題を押し付けてくる割には正直「安い命」だと思ったよ。だが「軽い命」というわけでは無い様だ。――やれやれ、「足」が出ない事を祈るばかりだ)
内心で独り言ちつつ、愛無は粘膜で杭を生成する。
「――本気で行く!」
そして、全力で家の端に取り付いた黒ローブの男達に向けて投擲する。杭は二人の胴体をまとめて串刺しにして、命を奪う。その有様は、百舌が餌を早贄にしたが如しだった。
「ここから先は行かせないわ。かかってきなさい、クズ共!」
リアは愛無の指示どおり、令嬢や騎士の側にいる、まだ行動を起こしていない黒ローブの男の足を止めにかかる。
「くっ……邪魔だ! 退け!」
「そう言われて、退くわけがないでしょう!」
リアに足止めされた黒ローブの男はチェーンソーをデタラメに振り回すが、黒ローブの男の技量ではリアを斬り裂くことは出来なかった。ティナとジュダの大切なものを護り抜くため、リアは毅然として男の前に立ちはだかる。
「全身全霊全力で! 蹴散らします!」
リュカシスは、百合子の夜摩を受けた敵に狙いを定めて、鮮血針千本でシールドチャージを敢行する。チャージの衝撃に加え、盾の表面に備え付けられた無数のスパイクにザクザクと身体を突き刺されて、黒ローブの男はハンマーをと意識を手放した。
「貴方がいいかしらね。私の目を――見なさい」
「――ぅ、あ……くっ……」
黒いドレスの令嬢は、イレギュラーズ達を一瞥すると、迅にその魔眼を向ける。先制のソニックエッジで敵を片付けた直後の隙を衝かれたのもあって、迅は魔眼を直視してしまう。
「うふふ……貴方には、あの家を壊す手伝いをしてもらいましょうか。それとも、同士討ちを演じてもらいましょうか」
どちらも楽しみで仕方ないと言った様子で、令嬢は酷薄な微笑みを迅に向けた。
その間に漆黒の鎧騎士は、盾をメルトリリスの方に向ける。中央に設えられた宝石に黒いオーラが溜まっていくと、それが漆黒のビームとして放たれる。
メルトリリスは、老婆を護る盾になるようにして身体でビームを受け止めた。
「――っ、ああああああっ!」
漆黒の鎧騎士はその様を見て、畳みかけるようにさらにもう一発ビームを発射する。メルトリリスは、次を食らえばパンドラを費やさねばならないという所まで追い込まれた。
歯車兵器達が攻勢に出ている間に、残る黒ローブが家に近付き、ハンマーを叩き付けた。
「ぐっ、うおおおお……っ」
令嬢の魔眼によって支配された迅は、気力を振り絞って支配からの離脱を試みる。
(敵に操られて……あの家を壊したり、仲間を攻撃したりなんて……そんなことになったら、何のためにこの依頼に参加したのかわかりませんよ! 僕の思うとおりに動いて下さい、僕の身体……!!)
迅の必死の抵抗は――通じた。
「はあああああっ!」
「……まさか!」
魔眼の支配から解き放たれ、咆哮を放つ迅。その姿に、驚愕する令嬢。
そこからの迅の行動は、疾かった。今にもハンマーを家に叩き付けんとする黒ローブの男に瞬く間に駆け寄ると、その速度を乗せた貫手を繰り出す。
「……が、はっ」
背中から胸まで深々と貫かれた黒ローブの男は、大量の血を吐いて絶命した。
「終わりです!」
リアに足止めされていた最後の歯車兵団員は、リュカシスの盾を用いたグレートホーンを受けて倒れた。
●天秤は傾いた
歯車兵団員は全て倒れ、残るは歯車兵器の令嬢と鎧騎士のみとなった。イレギュラーズ達はまず、令嬢を護衛する鎧騎士の排除にかかる。
百合子の夜摩の三連撃が、鎧騎士を襲う。鎧を”徹”され、体内にダメージを受けて気力まで削がれた鎧騎士は、ぐらりとふらついた。
鎧騎士は、続くアカツキのブロッキングバッシュは回避した。だが、それはほぼ同時に仕掛けた愛無のテイルランスに対しては致命的な隙となる。鎧ごと内部を貫かれて、苦しそうにもがく。
突き刺さったテイルランスを辛うじて引き抜いた鎧騎士は、令嬢を護りつつ反撃に移る。まず百合子にハルバードを振るったが、これは回避された。返す刀でリアには直撃させたものの、リアのエスプリ『罠の城』によって鎧騎士自身もダメージを受ける。
「――!」
「綺麗な薔薇には棘があるものですよ? よぉく覚えておく事ね」
予想もしないダメージに戸惑う鎧騎士に、教え諭すようにリアは微笑みかけた。
黒ドレスの令嬢はリュカシスを魔眼の餌食として選ぶが、視線を合わせきれずに抵抗されてしまう。
メリーは気絶したジュダを抱え上げると、老婆の家に走って行って中に放り込み、再び戦列に戻ってくる。
リアは魔力で霊体のヴァイオリンを創り出し、銀の剣を用いて奏でる。静かに響き渡る旋律は、深手を負っているメルトリリスを万全ではないまでも癒やした。
「ありがとうございます、リア様!」
メルトリリスはリアに礼を述べながら、やや前に出て距離を縮め、鎧騎士に壱式『破邪』の術式を浴びせかけ、盾で受け止められはしたもののダメージを与えた。
イレギュラーズ達が魔眼を警戒して令嬢への直視を避けたことから、令嬢は今回は誰にも魔眼を向けられずに終わる。鎧騎士は令嬢の護衛で手一杯となり、イレギュラーズ達を攻撃することはできなかった。
鎧騎士は盾と鎧で防御を固めてこそいたが、歯車兵団員が全滅してイレギュラーズ達の攻撃を一身に受ける状況になった時点でその命運は決まったと言える。
特に、装甲が無いかのようにダメージを与えてくるリュカシスのアイアンフォーマルハウトや、愛無のテイルランスは、回避を捨てて装甲で受けて耐えるという鎧騎士のコンセプトとは致命的に相性が悪く、天敵とさえ言えた。
また、装甲が固いと言っても、ダメージを全て止めきれるものではない。アカツキのブロッキングバッシュ、迅のソニックエッジ、メルトリリスの壱式『破邪』、メリーのマギ・インスティンクトで自己強化してからの威嚇術など、威力の高い攻撃を次々と叩き込まれ、防御の上から生命力を確実に削り取られていた。
さらに、百合子の夜摩の連撃が鎧騎士の気力さえも奪っていく。ダメージの深さに鎧騎士の動きが鈍るのに、さほど時間は要しなかった。
リアはその間に、鎧騎士からのビームを受けたメルトリリスの傷をどんどんと癒やしていく。
一方、令嬢は魔眼への警戒の隙を衝けず、鎧騎士は令嬢の守護を最優先としており、その上でイレギュラーズに攻撃を仕掛ける余裕はなかった。
(最後のソニックエッジ……これで、追い込みます!)
ソニックエッジは速度を威力に乗せられるが、その分気力の消耗も激しく、連発には向かない。迅が残る気力でソニックエッジを放てるのは、あと一発となっていた。
「――疾っ!」
精神を研ぎ澄まし、一瞬のうちに敵との間合いを詰め、速度を乗せた拳を鎧の上から脇腹に叩き付ける。その直撃は鎧を大きくひしゃげさせ、鎧騎士の膝を地面に突かせた。
「随分と弱ったようだ。ならば、これは如何だ」
鎧騎士は盾を支えに体勢を立て直すが、そこを百合子のラ・レーテが襲う。暗黒物質を鍛えたその武装は、気力をほぼ奪われた鎧騎士には効果覿面で、装甲では軽減しようのないダメージを与えた。
「いい加減、しぶといわね。早く、倒れなさい!」
さらにメリーが畳みかけるように追撃する。マギ・インスティンクトでの覚醒によって強化された威嚇術を、鎧の大きく凹んだ部分に叩き込んだ。大きくひしゃげた鎧がさらに大きくひしゃげ、中からギシギシと歯車が軋むような異音を放ち始める。
「もう、”詰み”だ。お前達は、ここで終わるしか無いと言う事だ」
愛無は静かに告げて、テイルランスを鎧騎士の胸部に突き刺す。深々と突き刺さった尻尾に手をかけて、力なくも逃れようとするところに、アカツキの止めが来た。
「――終わりだ」
鎧騎士さえ仕留めてしまえば、令嬢の魔眼が厄介ではあるものの、戦闘は事実上終わりを迎える。一段と強く拳を握りしめて、アカツキは左右の拳でブロッキングバッシュを連打した。左が鎧騎士の頭部を大きくぐらつかせ、右が頭部を胴体から千切り飛ばす。鎧騎士は活動不能となり、ズシャッと前のめりに倒れ伏した。
「何と言う――」
自身を守護する騎士が斃れたことに、令嬢は言葉を失う。
「あなたもザクザクにして、石畳の塵にして差し上げます!」
護り手がいなくなった令嬢に向けて、リュカシスは鮮血針千本を大上段に振りかぶる。そして、雷を纏わせながら全力で振り下ろした!
「ああああああっ!!」
右肩口から脇腹までをギガクラッシュの一閃で斬り裂かれるのと同時に、令嬢は大きな悲鳴を上げた。右肩から腕までがドサッと石畳の上に落ちて、斬り口からは細々とした歯車や機械がボロボロとこぼれ落ちる。
「あなたには、ここで壊れてもらいます! ロストレイン家メルトリリス、行きます! むんっ!!」
「――あ、ぁ」
これが最後と、メルトリリスは渾身の気迫を込めて、壱式『破邪』を令嬢に放つ。聖なる力をまともに受けた令嬢の動きは徐々に鈍り、やがて止まった。同時に、ゆっくりとその体は後ろへと倒れ、ガシャッと音を立てて石畳の塵となった――。
●護りえたもの
「……少し壊されたけど、修繕すれば大丈夫ね」
全ての敵が倒れたのを確認すると、リアは老婆の家の被害状況を確認し、致命的なものではないことにホッと胸を撫で下ろす。老婆の、そしてジュダ達の大切な家は、守り切れたのだ。
「よ、よかったです……! うっ、ううっ……!」
リアの側では、老婆達を護り抜いたことに感極まった迅が、人目を憚らず号泣している。メルトリリスは釣られて双眸を潤ませ、愛無は表情を変えることのないまま、二人を興味深く観察していた。
「こんなこともあろうかと」応急手当の道具を持ってきていた百合子は、老婆と共に気絶しているジュダの介抱に当たっていた。やがて意識を取り戻したジュダは、状況を理解すると老婆にしがみつくようにして、ぐすぐすと泣き始めた。
「あらあら……全く、しょうが無いねえ」
「もう、大丈夫そうだな。ティナ殿、貴女の望みは叶えたぞ」
しがみついてきたジュダをあやすように撫でる老婆に、百合子はそう告げると、二人の前から辞した。
(――全力を尽くした甲斐は、あったな)
その光景をアカツキは窓から覗き見て、戦いの末に得られた結果に満足する。
やがて、イレギュラーズ達は帰路につく。
「今すぐは無理でしたけど、お家の修理、お手伝いに行きましょうね」
その道中、リュカシスが屈託のない笑顔で他のイレギュラーズ達に提案する。
(ええーっ!?)
今回の依頼をこなしたことで、どれほど自分の立場を高められるか考えていたメリーは、うっかり抗議の声を上げそうになる。だが、空気を読んで一人になるまでその声を胸の内に留めておいたのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
シナリオへのご参加、どうもありがとうございました。皆様の活躍によって、ティナやジュダ、依頼人達の大切なものは無事に護られました。
MVPは、ティナを上手く説得したメルトリリスさんにお送りします。本文中でも触れましたが、家の中に退避させるという点とジュダのことを意識させた点、お見事でした。
GMコメント
こんにちは、緑城雄山です。今回は全体依頼<Gear Basilica>のうちの1本をお送りします。
老婆と、その想い出が詰まった家を歯車兵器や歯車兵団から護って下さいますよう、よろしくお願いします。
●成功条件
・ティナの生存
・ティナの家の保護
※ジュダの生死は成否自体には影響しません。
●失敗条件
・ティナの死亡
・ティナの家が11回以上攻撃される
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●大切なもの
OPでは書き切れなかったので補足ですが、歯車大聖堂(ギアバジリカ)は『誰かの大切なもの』を炉に溶かすことで、エネルギーとしています。
ティナも、ティナの家も、ついでに言えばジュダも、一団の手に落ちればきっといい歯車大聖堂の燃料になることでしょう。
●戦場
昼間の住宅街です。ティナ以外の住民は避難が済んでいます。
足場は石畳であり、戦闘に影響はありません。
●初期配置など
ティナの家の玄関からティナが1m、ティナとジュダ達が10m離れています。
イレギュラーズ達は向かい合う彼らの側方40mの位置にいるものとします。
一塊になっている必要はありませんので、しかるべき位置に分かれれば、ティナにもジュダ達にも通常の機動力なら副行動による移動で接触できるものとします。
イレギュラーズ到着はOP前段直後とし、OP後段の後で依頼を引き受けたら戦場に直行するものとします。基本的に時間のかかる準備はできませんが、スキルやアイテムの装備は「その時たまたまそうなっていた/持っていた」と言う態で、しれっとやって下さい。
●黒いドレスの令嬢
黒髪ロングヘアのクールビューティーな女性の姿をした、歯車兵器です。
HPはそこそこ高く、防御技術もそれなりにはありますが、その他の戦闘能力は低いです。
しかし彼女の能力の真骨頂は、目を見た相手を支配し行動を強制する能力にあります。
また、能力がこの能力に特化しているためか、【封印】に対しては極めて高い耐性を持ちます。
そして、魔種の狂気の影響下にあるため、精神攻撃や【怒り】は無効です。
・攻撃手段など
強制の魔眼(近)(アクティブスキル) 神近単 【無】【災厄】【強制】
強制の魔眼(遠)(アクティブスキル) 神超単 【無】【万能】【強制】
相互行動(パッシブスキル) 相手は漆黒の鎧騎士
精神無効(パッシブスキル)
【怒り】無効(パッシブスキル)
【封印】耐性(高)(パッシブスキル)
・BS【強制】
今回のシナリオ限定のBSです。
黒いドレスの令嬢に支配され行動を強いられている状態を表します。
このBSを受けた者は、ドレスの令嬢の意のままに行動させられてしまいます。また、このBSの効果中はBS【混乱】【狂気】【魅了】【怒り】は無効となります。
抵抗の判定は、特殊抵抗+キャラクターレベルをBS抵抗値として行います。
●漆黒の鎧騎士
中世の騎士を思わせる甲冑を着た歯車兵器です。
防御技術、特殊抵抗が極めて高くなっており、生命力と攻撃力も高めの水準にあります。一方、回避と反応は低めです。
EXAもそこそこ高く、基本的な行動は黒いドレスの令嬢を「かばう」ですが、追加行動が発生した場合はイレギュラーズ達を攻撃してきます。
魔種の狂気の影響下にあるため、精神攻撃や【怒り】は無効です。
・攻撃手段など
ハルバード(通常攻撃) 物至単
薙ぎ払い(アクティブスキル) 物至列
シールドビーム砲(アクティブスキル) 物遠単
相互行動(パッシブスキル) 相手は黒いドレスの令嬢
精神無効(パッシブスキル)
【怒り】無効(パッシブスキル)
●スネグラーチカ歯車兵団員 ✕8
歯車大聖堂に取り込まれ洗脳された黒ローブの男達です。
ハンマー装備が4人、チェーンソー装備が4人いますが、能力は同一とします。
魔種の影響により、能力が熟練兵程度には引き上げられている他、精神攻撃や【怒り】は無効となっています。能力傾向はバランスタイプです。
イレギュラーズ達には構わず、ティナの家を破壊しようとします。
・攻撃手段など
ハンマーorチェーンソー(通常攻撃) 物至単
精神無効(パッシブスキル)
【怒り】無効(パッシブスキル)
●ティナ
詳細はOP参照。基本的に攻撃を受ければ即死します。また、黒いドレスの令嬢の能力の対象にされる可能性があります。その場合、何を命令されるかはわかったものではありません。
「死ぬならこの家で」と決めているため、避難を促しても戦場からは離脱しようとはしません。力尽くで離脱させるか、そうでなければ何とか説得する必要がありますが説得は簡単ではありません。
●ティナの家
ティナと夫、そして子供達が過ごした家です。ティナにとっては当然大切な場所であり、ジュダや依頼主達にとっても大切な想い出の場所です。それ故に、ジュダは黒いドレスの令嬢の【強制】によってここのことをしゃべってしまいました。
戦場の前の面は幅40m、玄関はその真ん中にあります。
この家が大きく破壊されると、ティナは生き延びたとしてもその先を生きる気力を喪ってしまいます。その限度は、スネグラーチカ歯車兵団に10回攻撃されるまでとします。
●ジュダ
ティナの夫の教え子です。OPでも記述しているとおり、依頼に来た教え子達の間では一番恩師夫妻を慕っていました。
黒いドレスの令嬢の能力を受けているため自力で戦場から離脱するのは不可能で、しかも意識がある限りターン最後に何らかの行動を強制されます。
【不殺】もしくは後述する「手加減」以外の攻撃を受けた場合、かなりの高確率で死亡します。
なお、イレギュラーズ達が敗北した場合、用済みとしてティナやティナの家と共に歯車大聖堂の燃料にされてしまいます(ジュダがティナにとって今でも大切な夫の教え子であることを、一団は見てしまっています)。
・手加減
このシナリオにおいては、対象を死なせないように手加減しての攻撃が出来ます。
ただし、加減を見極める必要があるため、命中と威力が半減します。
●依頼人達
ティナの夫の教え子達です。ジュダも含めて全員がスラム出身でしたが、ティナの夫による教育を受けたお陰でスラムを出ることができています。
子供時代に分け隔て無く接してもらった上に、そのこともあってティナやティナの夫には非常に深い恩義を感じています。ジュタが黒いドレスの令嬢の能力によってティナを”売った”のを目の当たりにして、大急ぎでローレットに駆け込んできました。
それでは、皆様のアツいプレイングを、お待ちしております!
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