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シナリオ詳細

<Despair Blue>燕の海賊と止まずの雨

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●雨、海、異臭
 激しい雨が甲板を打つ。揺れる船長室で前方を見据えながら、レルゲは奥歯を噛み締めた。
 双眼鏡を構え、どれほど目を凝らしてもなにも見えない。
 ざあざあと雨は弾丸の如く激しく船を叩く。荒れ狂う波は容赦なくこの船、デルエリア号を海の底に引き摺りこもうとしていた。
 夜のように暗い光景が、もう何日も続いているように思える。先の見えない航海。これが、絶望の海に挑むということなのか。
 それにこの臭いだ。なにかが腐ったような臭いが、ずっと漂っている。雨にも海水にも流されることなく、ずっと。
「うあっ」
 ぐら、と船が右に傾いだ拍子に、レルゲは壁で頭を打った。
「この程度でへばってんなよ!」
「あ、あいあいさ!」
 舵を握る船長から檄が飛ぶ。
 デルエリア号は女王陛下による大号令を受け、橋頭保を確保するため絶望の青に踏みこんだ。
 思えばこの悪臭も、わけの分からない天候も、通常の海域を離れて未知なる海へ侵入を果たしたときから発生している気がする。
「なにか見えねぇのか!」
「え、えっと」
 慌てて双眼鏡を覗く。雨、黒々とした海、星も月もない夜のような空。すでに相変わらずな気がする光景を、レルゲはそれでもじっと見つめる。
「……ん?」
「なんだ?」
「なにか、灯りが……」
 見えますと、言い終えるより早くそれは目視できる距離まで接近してきた。
 がんがんと船長が鐘を鳴らす。船室に詰めていた五人の武装船員が大急ぎで船長室に押しかけた。
「どこの船だ?」
「海洋(うち)のじゃないよな?」
「ぼろぼろじゃないか」
「まさか噂の幽霊船か!?」
 船長と船員たちが口々に騒ぎ立てる。
 中型艦であるデルエリア号が大きく揺れていた。
「……あ」
 両眼を大きく見開いたレルゲの手から双眼鏡が滑り落ちる。
 見えたのだ。ぼろぼろの船の、ぼろぼろの旗が。
 そこに描かれた、錨と燕の意匠が。
「シュヴァルベ海賊団……」
 その船は。
 かつてレルゲが所属し、彼が抜けたのちに絶望の青に向けて旅立ったと言われている、海賊団の船だった。

 濡れた甲板で足が滑る。――踏んだのは雨水か、血液か。
 誰かが投げた火炎瓶が炸裂し、赤々と火の手が天に伸びて雨に誅される。
 雨はやまない。怒号もやまない。
 どうして、と青年は傷だらけで海に問う。
 倒れた今の仲間たち。生前の数倍の戦闘力で襲いかかってくる、かつての仲間たち。
 楽しかった日々を思い出す。
 自分の弱さを自覚して、泣きながら船を下りた日のこと。
 引き留めてくれた船長のこと。いつかまたと、手を振ってくれた『海賊』たちのこと。

「こんな形で、会いたくなんかなかったですよ……!」

●メーデー、嵐、戦闘
 絶望の青に近い海域に差し掛かった瞬間、海の様子が一変した。
 なにかが腐ったようなにおいが薄くたちこめ、青く晴れていた空は夜のように暗くなり、前も見えないほど激しい雨が降りしきる。
「報告! 報告! 前方に船が二隻、一方は海洋王国のものです。救難信号確認!」
 旗艦に詰めていたイレギュラーズが即座に反応した。
 二隻の随伴艦からの報告は続く。
「敵方の船を目視! 旗が……錨と燕?」
「あっ、シュヴァルベ海賊団だと思います! 数年前に絶望の青に向かって、行方不明になっている海賊団です!」
「お前よく知ってるなぁ」
「レルゲが言ってて……、待ってください、味方の船、デルエリア号です! レルゲ!?」
「おい待て! 勝手に外に」
 どん、と大きな音が鳴る。
 外に出たイレギュラーズが見たのは、随伴艦が一隻、沈んでいく光景だった。
 燃え上がる船が暗闇の中で鮮やかすぎるほどに目立っている。だがそれも、やがて雨に勢いを削がれ高波の中に沈んで行った。
「敵海賊船、こちらを視認! 第二撃、きます!」
 恐慌状態に陥りながらも、残り一隻が裏返った声で注意を促す。
 腹の底に響く音がしてぼろぼろの海賊船から砲弾が放たれ、水柱を上げた。
 旗艦が戦闘中の二隻に近づくにつれ、血のにおいが濃くなる。どの船も波に弄ばれていた。そのくせ、ぼろぼろの海賊船は沈む気配がない。

 ざあざあと、雨が降っている。

GMコメント

 はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 いつか自分に胸を張れる日がきたらって、思ってたんだよ。

●目標
・デルエリア号の生存者の救出(七名全員でなくても可)
・幽霊船の撃退

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

 ただし『なんらかの理由で海に入る場合は情報精度が大きく落ちます』。

●ロケーション
 雨が降りしきる船上です。波が高く、非常に揺れます。
 足場は最悪に近く、光源がないため視界も不明瞭です。
 海賊たちはほとんど影響を受けていないようです。

●旗艦
 皆様が乗っている船です。海洋王国から貸し出されました。
 とても丈夫です。

●随伴艦
 二隻ありましたが、海賊船からの一撃を受けて一隻は真っ二つになり、ほぼ沈没しています。
 それぞれ五名ずつの船員が乗っており、低命中ながら高威力の砲撃を四ターンに一度、行うことができます。
 なお、絶望の青に差し掛かったこの海域の海中に、なにが生息しているかは不明です。

 各艦サーチライトを三台搭載しているため、希望があれば船員たちが戦場を精一杯照らします。

●デルエリア号
 海洋王国から派遣されている中型艦です。
 船長と見習い航海士のレルゲ、他五名の船員(戦闘要員)で構成されています。
 立派な船でしたが、現在は沈没寸前です。砲台も潰されています。
 また、全員が重傷を負っています。

『レルゲ』
 かつて海賊だったが、自分の限界をさとって船を下りた青年。
 今は見習い航海士として国に尽くし、絶望の青を攻略するための橋頭保を確保しようとしている。
 シュヴァルベ海賊団のことを今でも家族のように思っており、変わり果てた姿で現れても割り切れずにいる。

●シュヴァルベ海賊団
 レルゲがかつて属していた海賊団。
 数年前、絶望の青に向かって旅立ち、行方不明になっていた。
 ぼろぼろの幽霊船となって再び姿を現す。

『幽霊船員』×8
 錆びたカトラスと古めかしい拳銃で攻撃してくる亡霊たち。
 物理攻撃力と命中が高め。
 
・射撃:物中単【呪い】【猛毒】
・斬撃:物近単【流血】【必殺】
・咆哮:物中範【不吉】

『海賊団長』×1
 物理攻撃力、EXF、EXAが高めの男。左手首に青い腕輪をつけている。
 生前は豪快で快活だったが、現在は『絶望の青に到達する』という己が果たせなかった夢を叶えようとする生者を呪うばかりの亡霊。

・パッシブ:【反】
・射撃:物中単【呪い】【呪殺】
・斬撃:物近単【HP吸収50】【連】

●他
 このあたりの海域ではよくあるのかもしれない一場面。
 それでもひとりの青年にとっては確かに悪夢であり、立ち向かわなくてはならない現実です。
 
 皆様のご参加、お待ちしています!

  • <Despair Blue>燕の海賊と止まずの雨完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月14日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧 (8人)

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
シグ・ローデッド(p3p000483)
艦斬り
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル
雨宮 利香(p3p001254)
雨宿りの
ニーニア・リーカー(p3p002058)
辻ポストガール
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
水瀬 冬佳(p3p006383)
転輪禊祓
フローリカ(p3p007962)
砕月の傭兵

リプレイ

 吹き上がる炎と黒煙すら、大雨がのみこもうとする。高い波は随伴艦に絡みつこうとしているようだった。
「詳細な情報を調べるのだわ!」
 生存者はいるのか。
 砲弾が直撃した随伴艦を前に背筋を凍らせたイレギュラーズの中で、真っ先に動いたのは『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)だった。
 雨で濡れた手を叩くと、彼女の背後に執事風の男が出現する。同時に大型の夜鳥がレジーナの細い肩にとまった。
「我(わたし)の船を使って中を見てくるのだわ」
 命令を与え、夜鳥と視覚を共有して送り出す。
 その隣で『水天』水瀬 冬佳(p3p006383)が目を細めていた。
「急ぎ救助すれば、間にあいますか?」
 今の一撃で船員が海に落ちるか死亡していれば、救助の手立てはなくなる。状況の把握に努める冬佳の問いに、現状応じられる者はいなかった。
 透視を使い『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は随伴艦を見つめる。わずかでも動きがあれば、それが希望だ。
「そちらにばかり気をとられてもいられない」
 張りつめた空気を『死線の一閃』フローリカ(p3p007962)が千切る。
「海賊船の砲撃がきたんだ、私たちはすでに敵として認識されている。次がくるぞ」
「デルエリア号でしたか、あちらも急ぎ対応しなくては……!」
 荒れ狂う波に振り落とされないよう、欄干を強く掴んでいる『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)の目に焦燥と怒りが浮かんだ。
「……見つけたのだわ!」
 祈るように唇を引き結んでいたレジーナが、弾んだ声を上げる。
「状況は」
 端的に『艦斬り』シグ・ローデッド(p3p000483)が問いを放った。
「余裕があるとは言えないのだわ。でも生きている」
「まずい、海に落ちる!」
 大きく揺れた随伴艦の船縁から、船員が海へと投げ飛ばされそうになる。かろうじてロープに掴まり耐えているが、長くはもたないだろう。
 自分が助けに飛び出しそうなリゲルを制して、レジーナは身を翻す。
「あちらの救助は我に任せるのだわ!」
「デルエリア号の救助には僕が向かうよ」
 すでに翼を広げている『生気奪うガスを翻弄して』ニーニア・リーカー(p3p002058)が羽ばたいた。
「よし、オレたちは海賊団を叩くぞ!」
 手のひらに拳を打ちつけ、『帰ってきた牙』新道 風牙(p3p005012)は敵を見据える。奥歯を噛み、リゲルは首肯した。
「救助は二人に任せる。でも絶対に無理はしないでくれ」
 ここは絶望の青の玄関口。現れるのは夢半ばで朽ちた亡者の船だけではない。
 肩越しに振り返ったレジーナが口の端上げ、顎を引く。
「すぐに合流するのだわ」
「そっちも無茶しないでね!」
 言葉を残してニーニアは飛び立つ。
 心身の強張りを少しでも解すように細く息を吐き、冬佳は操舵室に身を滑りこませた。
「デルエリア号と海賊船の間に割りこんでください」
「な……っ」
 必死に舵をとっている船長の頬が引きつる。
 ただでさえ気を抜けば波に食われかねない状況だ。その上あまり離れていない二隻の間に、見事にこの旗艦を滑りこませるなど、とその日に焼けた顔には書かれている。
「少々難しいでしょうが、不可能ではないはずです」
「接近だけなら……」
「いいえ、割りこみを。敵の砲撃で救助前のデルエリア号を沈ませるわけにはいきません」
「この船を盾にすると!?」
「万が一のときは」
 船長と居合わせた船員たちが青ざめた。
 ふっと息をつき、冬佳は術により生み出した氷剣の先で床を打つ。
「皆さんは、イレギュラーズを運ぶ船を任された誇り高き海洋軍人ではなかったのですか? 絶望の青のその先、新世界(ネオ・フロンティア)を目にするべく船を出した。違いますか?」
 凛とした冬佳の言葉に、船乗りたちが目を見開いた。
 巫女は凪いだ眼差しで一同を見回す。
「私は皆さんの練度と度胸を信頼して、お願いしているのです」
 一拍の間があいた。
 船長を始め、船員たちの顔に精悍さが戻る。
「総員、耐衝撃の構え! これより全速による前進を開始する。振り落とされるな!」
 威勢のいい声の数々が船長の叫びに応えた。
「いい説得だったぞ」
「ありがとうございます」
 船長室を出てすぐの壁に貼りついていた風牙が親指を立てる。小さく笑んだ冬佳は風牙と連れ立って、仲間たちの元に戻った。
「砲撃のタイミングは私が見よう」
 ときに波頭に浮かされながらも猛然と進み始めた旗艦から落とされないよう、身を低くしているフローリカが双眼鏡を手に請け負った。
 雨も暗さも、彼女の視界を妨げるに至らない。
「私、先に行って敵を攪乱してきます!」
 雷の翼を背から生やした利香が宙に浮く。リゲルが重く頷いた。
「すぐに追いつく!」
「はいっ」
 大嵐の中を、利香は最高速で飛翔する。
 まだ準備できることはないかと頭をめぐらせて、冬佳はシグを呼んだ。
「シグさん、砲台を壊せますか?」
「可能だが」
「私が位置を示す」
 早々に敵の砲台を潰し、救助と味方艦の防衛をより確かなものにする。
 意図を汲んだフローリカが名乗り出た。
「では問題ない」
「お願いします」
 唯一の懸念点は解消され、シグが了承する。
「団長は俺が抑える」
 するりと抜かれたリゲルの剣が、清廉な輝きを帯びた。漂う腐臭さえ刹那、薄まったように感じる。
 一時的に飛行の能力を得られる薬を飲み、風牙が海賊船を睨んだ。
「ニーニアさん、レジーナさん。救助は頼んだ。できるだけ多くの人を助けてくれ。その間、敵にはそっちに手を出させないから!」
 声は雨音に掻き消されようとも、想いは届く。

「しっかりしなさい!」
 真っ二つになって沈もうとしている随伴艦に、レジーナの声が響く。
 執事風の使い魔は小型船と随伴艦を往復し、船員を運んでいた。レジーナも夜鳥に船員の捜索と海賊船の警戒を兼任させながら、気を失っている男を目覚めさせる。
「うぅ……」
「助けにきたのだわ。ひとりで歩けるなら大急ぎであちらの小型船に乗って」
 船全体の勾配は徐々にひどくなってきていた。ものが滑り波の音が近くなる。
 タイムリミットはすぐそこだ。
「ジュ……は……」
「なに?」
「かん、ぱん……」
「船縁で落ちそうになっていた彼? 最初に助けたのだわ」
「よか……っ」
 がくりと船員が気を失う。
 まさか死んだのかとレジーナは頬を引きつらせたが、また気絶しただけらしい。駆けつけた使い魔に運搬を任せ、夜鳥の視界を頼りに次の救助者の元に向かう。
「誰も死なせないのだわ」
 砲台もサーチライトも、船としても死のうとしているこの随伴艦で。
 しかし死者はひとりも出さないと、レジーナは決めていた。

 随伴艦に援護を要請したニーニアは、呼び出した小鳥に海賊船の動きを監視させつつデルエリア号に足をつけた。
「ひどい……!」
 大雨が血と鉄錆のにおいをぼかしている。それでも、甲板に倒れ伏した船乗りたちが重傷を負っていることが見てとれた。
「すぐに」
 助ける、と言いかけて船が大きく左に揺れ、思わず口を閉じる。ずるりと船乗りたちが滑った。
「待って!」
 そのうちひとりが欄干を壊された船縁から海に落ちようとしていることに気づき、ニーニアは低い位置を飛ぶように駆ける。
「捕まえた!」
 濡れた手を繋いでも滑ると判断し、相手のシャツを両手で掴んで甲板に引き上げた。
 助けられたその人物が、薄く目を開く。
「あなた……は……?」
「僕はニーニア。君たちを安全な船に送り届ける、郵便屋さんだよ」
 笑って見せたニーニアの側に郵便ポストが立つ。
 中から飛び出した郵便妖精が、負傷者の傷を癒していく。

 いかなる術式を受けて夢半ばに海へと沈んだ海賊たちは、亡霊となったのか。そもそも実態はあるのか。
 思案していたシグは、敵が射程圏内に入るとその疑問の陰に潜ませていた知的好奇心を表に出した。
「まずは自慢の船の耐久力を試させて頂くとしよう」
 知的な学者風だった彼の姿が、一振りの剣へと変わる。刀身に炎を象る破壊の力が宿り、増幅。
「方角よし。利香も気づいた。退避完了」
 やってしまえ、とフローリカが視線で促す。
 直後、振り下ろされた一撃は、雨も波も等しく裂いた。
「さて」
「砲台一基が全損。直線状にもう一基あればそちらも無事ではないだろう。海賊船にダメージ、海賊たちは浮足立っているように見えるな」
「ふむ。破壊可能な船か」
「利花は? 無事なのか?」
「いや、負傷しているようだ」
 不安そうな風牙の問いにリゲルが真剣な表情で答える。風牙が拳を握った。
 正眼に構えていた銀の剣を額に寄せ、リゲルは暫時目を伏せる。高貴な輝きに照らされた騎士が、短い祈りを終えた。
「貴方にしか分からない苦しみや憎しみ、悲しみや無念があるのでしょう」
 涼やかな声が向かう先は、燕と錨の海賊団を率いていた亡霊だ。
「その剣、俺が受けとめます!」
 放たれる断罪の斬刃は、リゲルの身さえ傷つける。それでも、決然とした彼の顔に変わりはなかった。
 冬佳の指示通り、旗艦は救助中のエルデリア号と海賊船の間に入る。
「ワイヤー!」
 旗艦から放たれた鉤つきのワイヤーが海賊船の船体に次々と刺さった。その上に木製の板が設置され、簡易的な橋となる。
「錨による固定は不要。海底になにかが潜んでいれば、たちまち引きこまれるであろう」
 潜んでいないわけがない、という確信がシグの胸にあった。これほどの悪意がある海で、中は平穏など到底思えない。
「いっくぞー!」
 先陣を切ったのは待ちかねていた風牙だった。安堵した表情の利香が空に逃れたのを横目に、船員の真ん中に突撃する。
「まずはお前らをぶん殴る!」
 周囲の敵を一息で薙ぎ払い、同時に気を打ちこむ。風牙に銃口を向けた船員の肩を、甲板に下りた利香の魔剣が貫いた。
「刺しても斬ってもまるで怯みません!」
「なるほど、人ならざる亡霊か」
 利香が刃を引くのにあわせ、フローリカが相手の懐に深く踏みこみ鋭い一撃を見舞う。
「シュヴァルベ海賊団。その無念、我が神水を以て洗い浄め、祓い鎮めましょう」
 厳かに告げた冬佳を中心に、眩いほどに清い陣が展開、無数の氷刃が生じた。
 舞い散る白鷺の羽の如く、不浄を祓い切り刻む刃が縦横無尽に躍る。
「如何に無念であろうとも、その旅路はすでに途絶えているのだ」
 冷徹に宣告したシグは生じさせた魔力を投げる。

 粗方の治療を終え、ニーニアはひとまず肩の力を抜く。
「レジーナさんの方は……よかった、みんな無事なんだね」
 ハイテレパスによる交信に、安堵の息がこぼれた。あちらは船員を五名とも小型船に乗せ終え、今から随伴艦に護送するようだ。
「僕も急いで運ぶよ。この船も長くもちそうにないからね」
 ――ええ、急ぐのだわ。海の底に、なにかいるから。
「なにか、って? 姿は見えた?」
 焦燥を含んだ報告にニーニアの胸の底が冷える。
 ――見えなかったわ。でも船の沈没速度が急に増したの。まるで引き摺りこまれているように。
 変化は船がある程度沈んだ時点から起こったらしい。海中の『なにか』が獲物の気配を嗅ぎつけたのか、あるいはそこが『境界』だったのか。
 どちらにしても、海賊船による砲撃と襲撃を受けているデルエリア号も、他人事ではない。
「急がないと……!」
 郵便屋さんであるニーニアが運ぶのは、もはや手紙にとどまらない。
 人の命。待ち人たちの元へ彼らを無事に届けることもまた、重要な仕事だ。
「……俺を、あの船に連れて行ってください」
 服の裾を引かれ、ニーニアは視線を下ろす。
 出血こそとまっているが、ぼろきれのようなシャツを身につけた青年が俯いていた。
「レルゲさんだね」
 青年が弱り切った顔を上げ、小声で肯定した。ニーニアはひざを折り、視線をあわせる。
「仲間、なんです」
「うん。だから、ちゃんと終わらせてあげよう」
 レルゲの双眸が揺れた。
「仲間が迷い続けないように、終わらせてあげなきゃだめだ。だって目指してたのはここじゃないんでしょ?」
「かつての仲間の変わりようがつらい? 見ていられない? 分かるのだわ」
 甲板の雨水を飛沫が立つほど踏みつけて、レジーナが現れる。その手には空の酒瓶が握られていた。
 彼女の背後では目を覚まして恐慌状態に陥っていたはずの船長が、きびきびと船員に指示を出している。
「でもそれは彼らを救わない理由にならないでしょ」
 気つけに使った酒瓶を投げ捨て、彼女は堂々と言い放った。
「死んでもなお、海に囚われたままの彼らをこのままにしてもいいと! 他ならぬ汝(あなた)がそう思ったら、誰が彼らの解放を願うの!」
「そうだよ。ここはまだ航海の途中だ。レルゲさんが生き残って、皆の想いも一緒に連れて行かないと! 一緒に海に沈んでどうするんだよ!」
「……どうしてそれを……」
「見れば分かるのだわ」
 ふふん、とレジーナが笑う。ニーニアは立ち上がり、レルゲに手を伸べた。
「僕たちに任せて。この青の果てを目指す船に、デリエリア号の皆をしっかりと届けるから」
 ためらいの沈黙。
 それでもレルゲは――ニーニアの手をとった。
「急ぐのだわ」
 この船も、じきに『なにか』の餌となる。

 今、利香の胸には憐みがあった。
「絶望に溺れた男たち……。貴方たちの帰りたかったところとは、違うかもしれないけれど」
 迷える魂か、迷わされた魂か。
 どちらであっても、利香の決断は変わらない。
「わたしの中に、とりこんであげます」
 仕草はあくまで愛らしく。
 片目をつむった彼女に船員たちが殺到する。
 銃弾をかわし、振り下ろされた刃を魔剣で受けとめて弾き返し、利香は踊るように戦う。
「いくら馬鹿力でも、そんな武器じゃ通りませんよ!」
 びり、と彼女の体から電流がこぼれた。一瞬、標的を見失った亡霊の動きがとまる。
 その身に剣筋が閃いた。亡霊の体が跳ね上がる。
「はぁぁっ!」
 目にもとまらぬ速度で動いた利香が、斬り上げたのだ。
「そこだ!」
 間髪いれず、敵の背後に回りこんでいた風牙が追撃する。
「よく聞け! オレたちは絶望の海を渡る冒険者! お前らが届かなかった『先』に至る者! オレたちをとめたきゃ、今、この場でオレたちに引導を渡すんだな」
 生命力にあふれた叫びは、雨音を凌駕した。

 ずるりとフローリカの踵が滑る。わざとだ。その頭上を刃が走った。
 敵の背をとった元傭兵はすぐさま体勢を立て直し、亡霊の足を薙ぐ。
「お前たちも未練があるかもしれないが……。死人にもう出番はないんだ。すまないな」
 ここから先は生者の旅路。
 這いずりながらも攻撃しようとしてきた船員に、フローリカはとどめを刺した。すぐさま移動、欄干を背にする。
「出来るだけ早く数を減らし、早々に引き上げたいところだ……」
「伏せろ」
 独白を断ち切ってフローリカは反射的に身をかがめ、片手で欄干を握り締めた。
 ちょうどこちらに向かってこようとしていた敵が、攻撃を受けて吹き飛び腹から海に落ちていく。
「さて、深淵にはなにが潜むのだろうか……な?」
 亡霊を叩き落としたシグが海中を覗きこむ。フローリカは戦場に目を向けたまま訊いた。
「見えたか?」
「……ああ」
 蝋のように蒼白い無数の老若男女の手が、こちらに向かって伸びている光景が。

 ニーニアとレジーナが戦闘に加わったことは、救助が無事に終わったことのなによりの証左だった。
 気を抜くわけではないが、リゲルは胸を撫でおろす。
「ガァ、ア……!」
 海賊団長の重く鋭い一撃を受け流し、銀の光とともに冷気を纏った剣を見舞う。
「レルゲ!」
 背に刺さる悲痛な視線。救助された彼が縋りつくように船縁でこの状況を見ていることくらい、確認しなくても把握できる。
「彼らが消えていく様を見届けろ! 仲間だったんだろう、家族同然だったんだろう? ならば、シュヴァリエ海賊団の遺志を継ぐのは、君なんだ!」
 亡霊の刃が欄干を抉った。
「青の底で眠れ――!」
 騎士の猛攻が、ついに死者の刃を叩き折る。

 敵の頭数が減れば、戦況はイレギュラーズに傾いて行った。
 頽れる船長に、ネゲルの悲鳴が響く。
「撤退だ。船が沈み始めた」
「海中のあれに捕まるのだわ」
「急いで!」
 武器を仕舞ったフローリカが旗艦に走る。レジーナとニーニアが急かした。
「……物悲しくなりますね」
 戦場を利香が振り返る。リゲルは黙祷を捧げるように、しばし瞑目した。
「船長……」
「私は彼らの過去の人柄は知らん。だが、お前さんの友だった彼らは、彼ら自身のこのような行動を是と思う性格だったかね?」
 手を伸ばしかけていたレルゲが、とまった。
「変わり果てた自分たちに対し、本来彼らがなにを望むか。お前さんは理解しているのではないかね?」
 旗艦に移ったシグの言葉に、青年は唇を引き結ぶ。
 その肩を風牙が叩いた。
「行こう。まだ旅は終わってない」

 ワイヤーが断ち切られ、旗艦が海賊船から離れていく。
「――果てへ」
 背後からの囁くような声に、レルゲがはっと振り返った。
「シュヴァルベ海賊団船長からの、最期の言葉です」
「これ、は」
「貴方が持っておくべきでしょう」
 どうぞ、と冬佳は古びた腕輪を――亡霊となった船長が身につけていたものを、青年に渡す。
「ありがとう、ございます」
 うずくまるように頭を下げた船乗りの頬が、温かく濡れた。
 冬佳は雨天を仰ぎ、目を閉じる。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。
ご参加ありがとうございました。

無念も羨望も嫉妬も涙も希望も誓いも抱えて。
この悪意に満ちた青の、彼方へ。

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