PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Despair Blue>船を融かす毒墨

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●見捨てられた船
「帆を上げろ!」
 有無を言わせぬ声が船員を駆り立てる。
 開いた帆で風を受け、小柄だが頑丈な船を軋ませ猛烈な勢いで向きを変える。
 180度反転した後は風の力を加速に使い、変化に乏しい海上でも分かるほどの速度に達した・
「船長、あんた何をっ」
 副長がカトラスを抜き船長へ向ける。
 形としては反乱だが実質は違う。
 副長の剣幕を肌で感じた船員達が、はっとして後ろを見て怯えに近い顔になる。
「助けて!」
「なんで逃げるのよぉ」
 半壊した輸送船から、絶望を浮かべた船乗りが手を伸ばし一部は減速から転げ落ちる。
 時に海賊でもある私掠船船員の目から見ても悲惨極まる光景だ。
「遭難要請を無視するなんて正気か!」
 しかも『絶望の青』行きの船のための輸送船だ。
 見捨てたのが露見すれば海洋王国から命を狙われかねない。
 怨嗟に等しい声を耳にして、船員達の動きも自然と鈍る。
「いいから手を動かせ」
 船長は眉一つ動かさない。
「陸に上がってからも同じ事を言えるなら俺の首も財産も全てくれてやる。無駄死にしたくないなら速度を緩めるな」
 船員にはどちらが正しいか分からない。
 ただ、副長が動揺したのだけは分かった。
「へぁ?」
 マストの先端から間の抜けた声が響く。
 古参の、体力は衰え始めても目だけは達者な中年船員が、乱暴に目をこすってソレが幻であると思い込もうとする。
「たすけぇ」
 髪が抜け落ちる。
 輪郭が歪んで皮膚と肉と血と服がどろどろに溶けていく。
 輸送船の甲板で助けを求めていた人々が、蠢く肉塊と化し数秒で動きを止めた。
「次の娼館は俺の驕りだ。女の暖かさを思い出せ! こんなところで死ぬつもりかお前等ぁっ!!」
 船長の叱咤だけが正気を保つ命綱だった。
 半ば無意識の動作で船の速度を維持し、絶望の青から少しでも遠ざかろうと操船に没頭する。
「船長」
「おぅ」
「すみません」
「女と遊ぶ前に一杯奢れよ副長。そんなことより、来るぞ」
 無人船と化した輸送船がみしりと揺れた。
 まるで薄い紙で出来ているかのように、舷側に大きな穴が開いて灰色の何かが飛び出す。
「タコ?」
 頭部が全長3メートル、加速中で後ろに伸びた足は6メートルだろうか。
 船長がくしゃみをしながら拳銃を構えて曲芸じみた速度で連発。
 熊打ち用の銃弾が海面を貫きタコの頭部に突き刺さり、そこから漏れた毒で近くの小魚が溶け海水が濁る。
「糞が」
「風下から逃げるぞ、帆が裂けても構わんっ」
 副長も復調し船員に指示を出す。
「船長、積み荷はどうします」
「捨てられる物は全部捨てろ。命あっての物種だ」
 率先して戦利品入りの樽を蹴り出す。
 港に戻れば金貨の袋に変わったはずの樽が水面に落ち、沈みながらゆらゆらと揺れた。
「ちくしょー!」
「今回はボーナスなしかよーっ」
 やけくそ気味に叫ぶ船員達に先程までの絶望感はない。
 この船長についていけば最期まで面白おかしく暮らせる。そう確信して己の出来る最善を尽くす。
「で、どうします。港まで連れていったら私等全員縛り首ですよ」
 副長は冷静な表情を気合いで維持して小声でささやく。
 広範囲に毒をばらまく化物を漁場や港に近付けた時点で、戦って死ぬ方がましな未来が確定する。
 なにしろ、既に軍に疑われている上、疑いの数割増しの犯罪をしてきた海賊共なのだ。
「イレギュラーズが乗り込んだ船が近くまで来ているはずだ。合流して倒す」
「倒してもらうの間違いだと思いますけどね」
 お互いに野太い笑みを浮かべる。
 再加速した灰色のタコが、頑丈な樽にぶつかり中身ごと砕いて僅かに速度を落とす。
「野郎共、陸まで生きてたらボーナスだ、気張れよ」
 強烈な海風に負けない、やけくそ気味の歓声が響いた。

●3日前。ローレット
「バカンス依頼かもなのです」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は真顔で言った。
 絶望の青へ挑む、とは言っても物資の準備は必要だ。
 水や食料、修理用の木材や医薬品、他にも色々ある。
 それらの一部を運ぶ船の護衛が今回の依頼だ。
「何も無ければ数日船の上で釣りするだけで終わるです。多分火は使えないからそれだけ注意して欲しいのです」
 襲撃もあり得るが可能性は極小。
 ユーリカも、依頼した船長も、周辺で活動する海洋人も全員そう思っていた。
 呪いじみた毒を撒き散らす化物蛸が現れるなんて、誰も思っていなかったのだ。

GMコメント

●目標
 蛸の討伐。
 船2隻の防衛。

 シンプルな戦闘依頼です。
 この依頼では、船から海に飛び込んだり、海から船によじ登ったり自由に行動可能です。
 その代わり、化物蛸も機会があれば船によじ登って来ます。


●敵
『化物蛸』×1
 頭部が全長3メートル、足は全長5メートル。船上でも活動可能ですが機動力は半減します。
 色が薄い毒タコ墨【中】【範】【停滞】【猛毒】と、強烈な体当たり【中】【単】【必殺】【移】が武器。
 タコ墨はバッドステータスは強烈ですが攻撃力は低いです。
 体当たりの攻撃力は非常に高く、防御技術に自信が無い者が被弾すれば極めて危険です。
 イレギュラーズが体当たりの防御に成功すると、『化物蛸』は防御したイレギュラーズの目の前で止まります。
 HPが異様に高く、長期戦になる可能性あり。

 8つの足が海賊船をしっかりと掴み、分厚い皮でも覆われた頭を高々と振り上げる。
 眼球に知性はなく、食事を邪魔したイレギュラーズに対する憎しみ一色だ。
 足の筋に力が入る。
 大重量の頭部が、破城槌じみた威力と速度で貴方へ向かって振り下ろされた!


●戦場
 1文字縦横10メートル。現地到着時点の状況。上が北。晴れ。南向きの風)
 abcdefghijk
1□□□□□□□□□□□
2□□□□□船船船□□□
3□■□□□□□□□□□
4□■□□□□□□蛸□□
5□■□□□□□□□□□
6□■□□□□□□□□□
7□□□□□□□□□□□

 □=海。深い。海流は東向きで速くはない。
 船=海賊船兼私掠船。1ターンに20メートル西へ移動中。
 蛸=海面から3メートル下を、西へ低速で移動中。
 ■=商船。1ターンに10メートル南へ移動する。イレギュラーズの初期位置。好きな位置を各人が自由に選択可。


●他
『海賊』×10人
 そこそこの練度を持つ海賊達です。
 水や食料を口にする余裕もなく長時間逃げ続けてきたため、戦闘力がかなり低下しています。
 『化物蛸』とまともに戦えるのは船長のみ。
 全員【中】【単】の拳銃と【至】【単】のカットラスを装備。
 自分たちの生存に繋がるならイレギュラーズの言うことを聞きます。

『船乗り』×20人
 商船の乗組員です。
 イレギュラーズの指示には可能な限り従おうとします。
 船乗りとしての能力は高めですが戦士としての能力は低く、頑丈な服と大型ナイフしか装備していません。

『海賊船』×1
 頑丈な小型木造船。私掠船でもあります。
 毒タコ墨に4回までは確実に耐えます。

『商船』×1
 普通の木造船。
 毒タコ墨に3回まで確実に耐えます。

『被害にあった船』×1
 沈みました。生存者0。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <Despair Blue>船を融かす毒墨完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月08日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
レスト・リゾート(p3p003959)
にゃんこツアーコンダクター

リプレイ

●水平線のタコ
 豆粒程度の大きさにしか見えない海賊船。
 その動きを目にしただけで、イレギュラーズ達はだいたいの事情を察した。
「“何も無ければ”、釣りをするだけで終わるって話だったんだがなぁ……」
 『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)は立派な魚を釣り針から外して船乗りに渡す。
「ま、そう言われて実際に何もなかった試しはほとんどねぇんだが」
 釣り竿も船長に返して水平線近くを注視する。
 喉から消えない指の跡が、微かに疼いた気がした。
「クーア……ホント海って暇よね。魚より男が釣れないかしら」
 華奢で明るい少女が妖艶な笑みを浮かべている。
 船乗りを惑わせていた色香は瘴気じみて濃くなり、本人も翼と角を備えた悪魔の姿に変わる。
「利香、男漁りも時と場所は選ぶのです。こんなところで見つかる男なんて大半は死体なのです」
 そこまで言ってから、『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)が重い息を吐いた。
「噂をすれば影……」
 『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)とデートのつもりでいたのにこの展開だ。
 気持ちを切り替えるのにかなりの努力と少しの時間が必要だった。
「と、案の定余計なのが」
 目を細めて海賊船と特大蛸を睨み付ける。
 無意識に一歩前に出て、船員の目から利香の魔性の身体を隠した。
 船長が咳払いをする。
 クーアから視線を外した船乗りがようやく異常に気付いて騒ぎ出す。
 そんな、偉大なるイザベラ女王陛下配下に相応しくない行動をとる男達に、『女王忠節』秋宮・史之(p3p002233)は教育してあげることにした。
「何かなここは。よっぽど餌が豊富なのかな? それとも俺たちみたいなのが餌なのかな?」
 ここが宮廷であるかのように振る舞い煽る史之。
 甲板は並みで揺れているのに、クラシックなダークスーツに包まれた身体は美しい姿勢を維持している。
 珊瑚のネクタイピンに、恭しく熱の籠もった視線を一瞬向ける。
「食われるのはごめんだよ」
 切れのある身振りで怯懦を否定する。
「俺たちは新天地をイザベラ女王陛下へ御覧に入れるんだから」
 船員達の海洋民としての誇りを自然に刺激する。
「さあ、戦いの準備を。僕らが攻、君達が守りだ」
 史之のスキルは最後の一押しでしかない。
 熱狂する男達が、戦闘に備えて配置についた。

●蛸アタック
 シードラゴンの要素を表に出した縁が、陽光で明るい水面下で目を細めた。
 頭部だけでも直径3メートル近い巨大蛸が、2つの目を食欲で光らせているのが見える。
「手間が省けたか」
 縁の存在感が周囲へ広がり、膨大な海水が外界からの攻撃を拒む聖域へと変わる。
 8本の巨大筋肉が海水を蹴り、巨大な灰色のタコがミサイルじみた速度で突っ込んできた。
「ほう」
 聖域でも防ぎきれない質量が縁へ迫る。
 縁は花渦番傘を閉じ、流れには逆らわず接触寸前に傘の先端で灰色を撫でた。
 衝撃が傘を伝わり縁に届く。しかしタコが狙った破壊は生じない。
 縁の筋に少しの痛みが生じ、呪いを思わせる反撃でタコに微かな痛みが生まれただけだ。
「魚どころか、海賊連中、おまけに化け蛸まで釣れちまって」
 嫌な意味で大漁だと考えながら、既に力尽きた感がある海賊船を一瞥する。
「やれやれ仕方ねぇ。ただでさえ短い寿命がこれ以上縮まっちまう前に、さっさと片付けるとしようや」
 タコにとっては空を征く雲の如く遠いはずの縁が、己の気配を手の届く雑魚のように偽装し気怠く漂う。
 巨大生物は、イレギュラーズとは比較にならないほど脆いはずの船を狙わず、漂う縁だけを狙い4本の触手を伸ばし巻き付けようとした。
 再び傘で突く。
 縁の体が河を流れる水の如く、タコを翻弄して周囲を漂った。
「アナタに興味はないけれど……」
 夜魔剣グラムが濃厚な瘴気に包まれた。
「仕事だからね」
 美しくはあるが大きな胸と肉付の良い臀部や太腿という重りがあるのに、利香は異様なほどに速い。
 タコに神秘を理解する知性と感性があれば、魔法電流と呼ぶべき何かが利香の体を制御しているのが見えただろう。
「大きくてもタコはタコね」
 危険を承知で急接近。筋に切れ目を入れ複数の神経を裂く。
 眼球2つが縁から利香へ向いた瞬間、魔性の美貌に微笑みが浮かんだ。
「サキュバスの名前は飾りじゃないのよ?」
 毒より濃厚な色香をも纏い、夜魔剣の切っ先が灰色の巨大頭部を鋭く深く切り裂いた。
 毒の瘴気と魔性の炎が海面を貫き空中へと噴き上がる。
 その源である巨大タコは、毒と炎に苛まれて凄まじい勢いで命を削られていた。
「あらぁ? 酸なんて吐いちゃ駄目よ~」
 白と青の縞々なリボンが海中でも綺麗な形状を保ったまま巨大生物に巻き付く。
 元の生命力が壮絶で、深手を負ってもまだまだ元気な8つ足がリボン1本を千切ることも出来ずにのたうち回る。
「んふ、イカしたリボンで捕まえちゃったわ~。まあ、相手はタコなんだけれど~」
 凶悪な術の効果をのんびりと眺めながら、『楽しいお花見お餅ぱーちーを』レスト・リゾート(p3p003959)が綺麗な動きで上空に合図を送った。
「その、私は利香とのデートのつもりで来ているのですが」
 海の風にメイド服が揺れている。
「なんで大蛸の面を拝む羽目になってるのです? 誰かの私に対するあてつけなのです?」
 猫耳と猫尻尾が怒りを露わにし、クーアが重く熱い砂の嵐を現世へ呼び寄せる。
 砂の嵐は海もものともせずタコの頭部を捉えて抉って力と熱で痛めつける。
「イレギュラーズって、何者だよ」
 畏怖の言葉が、2つの船で同時に零れた。

●増援
「海軍んんっ?」
 乾き疲れた海賊達が動揺する。
 飲み水まで捨て得た速度が急速に鈍る。
 砕氷戦艦「はくよう」の存在は、海賊(私掠許可証あり)の戦意を完全に打ち砕く寸前だった。
「厄介事を連れて来たンだから手伝えよ、其処の海賊ども」
 揺れる船首に立つ『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が冷たい声をかけ、多重の状態異常に苦しむタコに矢を打ち込む。
 タコにとって、海賊船とは比べものにならない脅威だ。
 タコの殺意と食欲が、レイチェル達イレギュラーズへ向けられた。
「野郎共、受け取れ!」
 得物のかわりに大樽を構えた白熊のブルーブラッドが、すれ違う海賊船の甲板へ大樽を投げ入れた。
 木と木がぶつかる音と、真水の気配が同時に海賊へ届く。
「詳しいことは蛸を倒したら聞いてやるよ。船の維持と修繕はもちろんだが、迎撃や離脱やらの万が一の備えはしておけよ」
 『二代野心』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は中身入りの大樽より重いアックスガンを平然と構え、海賊船船長に不敵な視線を向けた。
「どうせ会うなら1日前が良かったがな。ありがとよ、逃げはしねぇよ」
 エイヴァンに勘づかれていることを勘づき、船長は苦く笑って受け入れた。
「よし、タコ退治だ」
 鍛え抜いた身体を信念の鎧が覆う。
 巨大タコが突進してきても、エイヴァン1人で「はくよう」の盾になれる守りの厚さと頑丈さだ。
 船は東向きの海流を巧く使い、レイチェル達にとっての絶好の足場で有り続けている。
「せめて喰える蛸なら良かったンだがな。贅沢は言えんか」
 肉が焼ける臭いが食欲をそそらない。酸の気配が強すぎるのだ。
 レイチェルが船の上で足の向きを調節する。
 水中でも問題なく戦えるが、適切に判断して移動する船があるなら攻撃に専念出来る。
 しなやかなで強靱な体幹の筋肉で身体の揺れを止める。
 右手の甲から肩にかけての紋様が妖しくも美しく光り、戦場の殺意と呪いをレイチェルの力へ変えた。
 指先が流れる鮮血で精密な陣を描く。
 煉獄の焔はわずかな時間だけレイチェルの手元に留まり、彼女の命に従い力を解放した。
「──疾風怒濤の如く駆けよ、焔華」
 海賊が焔を見失う。
 タコの分厚い灰色の皮膚が波打ち、奥までめり込んだ熱が肉と神経を狂わせる。
 利香の念入りな斬撃によって抵抗力が半減しているため、通常でも素晴らしく効果のあるレイチェルの焔が完全な効果を発揮し巨大生物の足を止める。
「ここまで作戦通りとはな」
 エイヴァンが鋭い歯を見せて笑う。
 海の中と上からの猛攻でタコが強みを発揮出来ないまま削られている。
 魔物相手に正々堂々は不必要。エイヴァンも特大の盾と重厚な斧を手に容赦なく襲いかかった。
 エイヴァンは迎撃のタコ触手の遅さに失笑する。
 触手の速度と重さを利用し斧の刃をめり込ませ、氷の弾丸を特大頭部の奥深くへ叩き込む。
 足8つと頭1つが、激しく身震いして波を発生させた。
「はいはい、タコさん。聞こえてるかなあ? 俺は秋宮史之。この海を「希望の青」へ塗り替えに来た。邪魔するなら海の藻屑になってもらうよ」
 既に邪魔出来なくなっている気もするが、藻屑にするという予定は変わらない。
 史之がふわりと飛んで、圧倒的な眼力で以てタコの意識の死角を捉えて口上を叩き付けた。
 海から頭部が突き出される。破城槌めいて重く、しかし予備動作が大きすぎる一撃であり史之には通じない。
「甘いよ」
 完璧に買わした後も、史之は決して油断しなかった。

●最後の反撃
 戦闘は命をかけた全身運動なので、精鋭であるイレギュラーズでも消耗は激しい。
 巨大な魔物を防ぐ前衛の場合、頻繁に交代しないと戦死者が続出するはずだ。普通なら。
「長丁場っすけど気張って下さいっすよー!」
 透明感のある宝石じみた白の髪。
 白目はなくても生き生きとした、濃い水色の宝石でもある瞳。
 黙っていれば女神像扱いされかねない『シルクインクルージョン』ジル・チタニイット(p3p000943)が、自身の魔力を癒やしの力に変えて最前線へと送り込んでいた。
 巨タコの目が動揺したように動く。
 少なくとも打撲痕のあったはずのイレギュラーズの肌が、戦闘直後と同じ状態に戻っている。
「おなか減ってきたっすね」
 常人なら使用も困難で、使用出来たとしても干からびるほどに治癒術を使っているのにまだまだいける。
「それにしても、毒抜きしたらこの蛸食べられるっすかね……? はっ、酸味っ」
 タコの色に変化はないがphの変化に気付く。
「ぶしゃーっと来そうっすよ!」
 極短時間、奇跡的に狂乱から覚めたタコが墨を吐く前に、ジルが警告を発した。
「おもかーじ!」
「ここまま距離をとれー!!」
 イレギュラーズは回避あるいは防御の準備を終え、船3隻も時間はかかったが移動して墨が絶対当たらない距離まで逃げ延びる。
 どやっ、と胸を張るジルに憎悪と絶望の目が2つ向けられ、そのうちの1つが爆ぜ割れた。
「目が醒めちまったか?」
 眼球1つを砕いて斧をタコ頭にめり込ませたエイヴァンが不敵に笑う。
 タコ足が珍しく高速で伸び、しかし巨大な吸盤が叩いたのは白熊の巨躯ではなく横から割り込んできたお洒落で丈夫な旅行鞄だ。
「この旅行鞄、ゴリラのパンチも受け止めた事があるんだから~」
 形もお肌も若々しいのに、レストの言動には飛び抜けて強い包容力がある。
 ただし、鞄を盾として扱う技術はまさに歴戦のそれで、鞄を特に痛めもせずに巨大タコをその場に引きつけ留める。
 タコの下方に滑り込んだ縁が、タコの攻撃の勢いを使いしたたかに投げる。
 灰色の巨体が上方へ流れて、海面から勢いよく顔を出した。
「お目覚めになられませ、我らが祭神。これなるは秋宮の史之。加護を賜りませ。平に平に伏して申し奉る」
 元より強い史之の気配が1つ上の次元へ登る。
「あのタコ倒すの、手伝ってよ。代わりに命は保障するよ」
 微笑まれた海賊達の額に汗が浮かぶ。
 拒否すればどうなるか考えたくもないので、史之あるいはその祭神により強化された火力で灰色の表面をじりじりと削る。
「びかーっと行くっすよ!」
 これまで癒やしの術を使い続けていた腕を高々と伸ばす。
 清らかな、しかし治癒でも回復でもなく邪悪に対する断罪の光がジルの手に集まり戦場を照らす。
「たーっ!」
 威力は特上でも狙いの正確さは平凡だ。
 が、リボンや焔や純粋な技術でぎっちぎちに拘束されたタコ相手には直撃以外あり得ない。
 直撃し、浸透する。
 タコの頭部が光に透けて、傷ついてはいけない期間が複数変形するのが見えた。
 利香が飛んで後退する。
 少し赤くなった巨体が、明確な意思を以て力を溜めたのに気付いたのだ。
「まさか警戒していないとでも思った? そんな攻撃じゃ一億年早いのよ、出直して来なさい!」
 ウインクも魔眼も魅力的過ぎれば呪いと同じだ。
 死力を尽くして船に取り付こうとしたタコが、思考と進路をねじ曲げられて異界のサキュバスへ向かう。
 きゅぽ、とコミカルなはずなのに何故か凶悪に感じる音が響いた。
 火気厳禁マークの容器から、特濃のアルコールと業火の気配が宙へ広がり海を犯す。
 クーアの目が据わっている。
 るんるん気分のデートから敵襲まではまだ我慢出来る。
 乱入してきた海賊が臭いのも、戦場で船上なのだから仕方が無いのかもしれない。
 が、いやらしい目が利香をずっと折っているのは、もの凄くいらつくのだ。
「タコ焼きにしてやるのです!」
 炎が弾けた。
 色は赤黒く、しかし色より明らかに熱くしかも呪いが山盛りだ。
 タコの足のあちこちが内側から弾け、肉が焼ける匂いが上昇気流に乗って広がる。
「このままじゃ沈んでしまうわね~。海に酸味を増やして良いのかしら~?」
 すっかり美味しそうな色に変わった巨体を、調理用たこ糸っぽい柄のリボンでぐるぐる巻きにするレスト。
 衝撃波を連打するだけで仕留めることが出来そうだが、その後どうなるか予測出来ない。
「ああ、やっぱり酸味が強いわ」
 試しに1度衝撃波を打ち込むと、内臓の破片と強酸まじりの墨がタコの口から漏れ出した。
「あー、焙り蛸にしても喰えんよなァ。コイツ。見るからに毒有りそうだ」
 タコの傷口からちらりと除いた火と炎を確認し、レイチェルが描く陣を選択した。
「憤怒、そして復讐の焔こそ我が刃」
 噴き出す焔の色は紅蓮。
 致命的な毒を伴い、高熱を与えるのに血の凝固を許さない凶悪な攻撃術だ。
 タコが逃げようとするがリボンが食い込むだけで匂いだけが濃くなる。
「復讐の果てに燃え尽きるのが我が生なり」
 焔がするりと化物蛸の中へ入り込む。
 業火と毒が巨大タコの内側を苛み、この世に留まり続ける力を無慈悲に削り取る。
「……人を食らったのだろう。逃がすことは出来ぬよ」
 タコの中核を砕く手応えを、確かに感じた。

●帰還
 余った布と補修用資材の切れっ端で骨を固定する。
 輸送船からの差し入れの水を使って傷口を洗い清潔な布とガーゼで覆う。
「はいできたっす!」
 おー、と感嘆と敬意が混じった声がわき起こり、どう見ても海賊にしか見えず実際海賊な男達から治療費という名の捧げ物が集まった。
「お代はいいっすよ。そうっすね、海洋で安くて大盛りで美味しい食堂とか知ってたら教えて欲しいっすね」
 ジルに対する敬意が尊崇に変わった瞬間であった。
「海に毒が流れねぇよう、上手いこと処理して片付けてくれや」
 そろそろよかろうと判断した縁が指示を出す。
 縁は海洋で名の知れた男だ。脛に大量の傷を持つ私掠船では断りづらい。
 もう1度ジルに頭を下げて作業を始めた。
「そうそう、上手よ~」
 微かに命が残ったタコの巨体が、調理用風のリボンの上から縄で固定された。
 レストの穏和な態度と言葉は優しい姉を連想させ、海賊だけでなく輸送船の船乗りにまで自発的に協力させる。
「このまま引っ張ってちょうだい~」
 ただし企業経営者でもあるので人を使う際に甘さは無い。
 危険は冒させずに体力の限界まで酷使させ、タコのほぼ死骸を海賊船の甲板に引き上げさせた。
「戦闘以外の面で苦労させられたよ。ムカつくから料理しちゃいたい気分」
 史之の腕なら火を使わなくても何品も料理出来ることは出来る。
 しかしタコ墨に含まれる毒や酸の処理を考えると、面倒臭すぎた。
「よう」
 エイヴァンが舷側で立ち止まる。
「遭難要請を無視は褒められたもんじゃねぇが……到着時には既に輸送船は沈没、撤退の指示は俺が出した――ということでいいな?」
 既に輸送船船長には根回し済みだ。
 海賊は緊張感が抜け口が軽くなった部下をちらりと長め、重いため息をついた。
「なんでそんなことしてくれるのか、って聞くべきか?」
 エイヴァンが低い声で笑う。
「こんな状況でも冷静に頭の回る船長を失うのは勿体ねぇと思ってな。何ならうちで拾ってやってもいいぞ」
「はいと答えるようなら私掠船なんてやってねぇよ」
「だろうな」
 無言で、酒を酌み交わした。
「酸っぱいのです」
 海賊船から漂う酸味が強く、人間史上最強兵器SAKEを楽しめない。
 そんなクーアを見て利香が朗らかに笑う。
 角も翼も消え、美しくはあるがすらりとした人間の姿になっているのに船員の目を惹きつける。
「ま、イレギュラーズってそういうモンよね?」
 戦闘は危険だし後始末も大変だ。
 今回のように、途中で仕事が増えることだってある。
「利香と一緒なら悪くないですよ」
 本音が、極自然に零れた。
 満面の笑みを浮かべて抱きつく利香に、クーアはされるがままだった。

成否

大成功

MVP

ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者

状態異常

なし

あとがき

 素晴らしい勝利です。
 巨大タコの死骸は、腐りきる前に海賊達が無人の荒野に埋めました。

PAGETOPPAGEBOTTOM