シナリオ詳細
<Despair Blue>空の青さとその理由
オープニング
●底
不思議と寒くない。
掠れた意識の中で、彼はそう思った。
今、自分は海の中をゆっくりと沈んでいる。その自覚がありつつ何もしないのは、単純な話、何も出来ないからだ。
ディープシーという種族である彼は、水中であっても他の種より適性がある。が、明瞭な意識の割りに不自由になった体は動かせず、その場からの生還は無理だろう。
理解している。
それからほんのちょっと、後悔もある。
自分が小さかった頃にあった、海洋王国大号令。それがまた宣言されて、無謀と思っていた所にローレットとやらの力で海賊、鉄帝を退け、もしかしたらと思わされた。
華々しい活躍に、自分もと、安いヒロイズムに胸を期待で溢れさせなかったとは言えない。
その結果が、これだ。
絶望の青。
その名に違わない不気味さは、海域に侵入した時点で感じた。胃の中に何も無いのに吐いたし、どう言葉にしていいかわからない不安が常に胸中に渦巻いていた事を覚えている。
──ああ、これが、走馬灯というやつだ。
ふと思う。
死に瀕した自分の目の前に、見える筈の無い映像が視えている。幼少の時から今の今、こうして沈む事になった瞬間までを、だ。
ただ普通に大人になって、海洋の軍人となり、船に乗り込んで、絶望へ踏み行って。
衝撃があって、軋みの後、瞬く間に水が入り込んで沈没して。
良いとこ無しの人生だなと、そう思う。
(ん……?)
そんな事を考えていると、光が目の前にあった。
水深はどれほどだろう。そんな場所に光なんて、遂にはお迎えすら視えるようになったのだろうか。
心に吐き出す思考は、しかし不正解だ。
光の正体は、ただの魔法式ランプだった。
船に備え付けられていたそれは、彼と同じように海原に投げ出され、段々強まる水圧にひしゃげ始めている。
(あたたかいな)
だが、真っ暗闇の只中に居た彼にとって、その光は胸に灯る希望を思い起こさせた。
手を伸ばして、ランプを掴み、沸き起こった底力で水を蹴って。
……!
見た。
目の前に、光がある。
ランプではない。
赤い、ギラついた、縦に長い光だ。
(こいつだ!)
その時、彼は気付いた。
(こいつが、船を沈めた!)
体が、落ちていく。
浮き上がろうと力を込めても、それは変わらない。
もがいて、あがいて、離れようとしても、変わらない。
目の前の赤い光がそれを許さない。
見ているのだ。
死に近づく自分を見ている。
(なんだ、お前は)
光が、弓なりに歪められた。
(なんなんだ、お前は)
嗤っている。
沈む速度に付き添い、徐々に失われる命を眺めて、愉しんでいる。
(クソッ)
手を伸ばしても届かない。
一矢報いる力が自分にはない。
いっそ殺してくれたら、どれだけ救われるだろうか。
(クソ、クソ、クソがぁぁあ!)
絶望に押し潰された彼は、果ての無い底へとただ、赤い光に見守られながら、静かに落ちていく。
●
「ブルータイラント、と、そう言うのだそうだ」
ギルドの一室でそう言葉を始めた『新米情報屋』シズク(p3n000101)は、狂王種と文字を書いて見せた。
「海洋が進む絶望の青。その海域に出現する難関の一つがこいつ。複数の航路を定めて進んでいるのだけど、私が請け負ったのはその突破依頼ね」
本隊が進む前に、危険度や岩礁等の障害を調べる目的として、先見隊が組まれている。
その内の一つが遭遇した相手。狂王種をどうにかしてほしい。そういう仕事だ。
先の海賊連合、鉄帝軍との海上戦闘に引き続き、今回も洋上での行動になる。
「でも、同じじゃないよ。流れとしては地続きだけれど、今まではホームグラウンド。これから行くのは、完全アウェイだからね。いい?」
前置きを一つ入れ、シズクは一枚の羊皮紙を取り出した。
横に長い紙面を見せ、そこに描かれた怪物を指す。
「シーサーペント。大海蛇。呼び名は色々あるけれど……うん、長いから単純にヘビと呼ぼう」
そのヘビの描かれ方は大胆だ。
一本縄の様な体は太く長く、巨大船を何巻きもして絡み付いたシチュエーションで、その顔は船首の下から首を伸ばして甲板を覗いている。
「これが、先見隊が見付けた狂王種のヘビ。特徴は船を軽く飲み込む大きさと、狙いを付けた相手以外は眼中に無いって性格かな──ああ、相手って言うのは、船の単位でね」
三隻で動いていた先見隊の内、先頭を進んでいた一隻だけに絡み付き、完全に沈むまで張り付いていたという。
「執着していたと言ってもいい。って、帰ってきた人の意見。銛を撃ち込んでも、大砲をぶち込んでも、何事もない様な感じだったらしい。というか、たまに横の船の攻撃が跳ね返ってきた、って」
ただ硬いだけではない、ということだろう。受けた攻撃をランダムに跳ね返す特性があってもおかしくはない。
絶望の青に適応し、生き続ける生物というのだから、その程度の性能は標準装備なのだろうか。
「というか情報が無い──ああうん、情報屋がそんなこと言うな、って視線は止めて欲しい。……いや私だって少し頑張ったもん」
こほんと咳払い。
「ヘビが現れるのは、波が立たない凪の瞬間。空の青が、鏡写しにされる時だ。複数の船がある場合は、その中でも先頭にある船を狙う。まず長い胴体を船尾から船首に掛けて巻き付け、少しずつ締め上げて破壊する」
行動としてはこんなところか、と言葉を締めて、ふぅ、と一息入れる。
それから、ああそうだ、と思い出した様に手を合わせて。
「現場への船は海洋から貰う。操縦は自分達でしてもいいし、海洋軍にお願いしてもいいよ。それから、随伴してくれるのが二隻あって……まあ、サポートしてくれるというよりは、撤退用って考えてほしいかな」
もう漏れは無いだろうかとメモを二度確認して、頷き、
「じゃあ……いってらっしゃい、かな」
どことなく不安を抱いたイレギュラーズを見送った。
- <Despair Blue>空の青さとその理由完了
- GM名ユズキ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年02月08日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
凪の海だった。不思議な光景は、絶望の青に入り、暫くの航行の後に遭遇する。
「見えない海面ですね」
なんでしょうね、これは。
と、船の縁から覗き見た『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は思う。視界にある水面は空を映した青で、水中の何かを透けて見る事が出来ない。
風は無く、波は立たず、動力運転に切り替えた船の舳先が海水を割って行く動きだけが目立った。
変な海だ。
思いながら、リースリットは操舵輪を握る『二代野心』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)を見た。海に詳しくない自分が違和感を覚えるのだから、現役の海洋軍人である彼も、思うところがあるのだろう、と。
「ああ、嫌な空気だ。海の上だって言うのに、な」
実際、視線を受けた彼は頷く。所持したギフトの効果で、常より高い集中を得ているエイヴァンは、だからこそ普通じゃないと、思考よりも感覚で掴んでいた。
「はっ、絶望の青を攻略しようってんだぜ? これくらい、バリバリ想定内だっての」
「そうさ新天地! この海原、必ず越えてみせる!」
「……お、おう」
思ったよりテンション高いのがいた。『蛸髭 Jr.』プラック・クラケーン(p3p006804)は、ボルテージを上げる前に振り切った熱意の『女王忠節』秋宮・史之(p3p002233)を見て、すぅ……と落ち着いていく感覚を覚える。
程よい緊張感に抑えられたのは、良いことだろうか。
「さあ、なんでも」
と、拳を握り締めた史之の言葉が終わる前に、それは突然来た。
強い衝撃が船を左右へ揺らし、イレギュラーズ達は不意の浮遊感に襲われ、
「何かに掴まれ!」
各々が手で体を固定した瞬間、船首が跳ね上がった。
「これは」
船尾が落ちていた。太い何かが、海中から後方の甲板を通って回り、引き摺り込みそうな力を掛けているのだ。
そしてそれは徐に弱まり、しかし船体を幾重にも巻き付いていく。
「はっ……シミュレーション通りに大事な船をよぉ、テメェなんかに壊されてたまるかよ!」
「俺の命題の為、イザベラ女王陛下の為。さあ、来い、この秋宮史之が、受けてたってやる!」
そうして船首から、顔を覗かせたヘビに向かって、史之が勇ましい咆哮を上げた。
●
「──!」
甲板上を、火炎が通過した。
ヘビの口腔内から発射された、一直線に空気を焼く炎だ。
水中生物が体内でどうやったらそういう芸当が出来るのか。そんな謎は当然あるが、今はそれを疑問にしない。
「っ、ふぅ」
影を壁状に展開して防いだ『天戒の楔』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)は、堪えた間止めていた息を吐き出した。
「ありがとう、大丈夫?」
「問題無い」
その後ろには、守った『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)がいる。メンバー唯一の回復特化だ。その安全には大きな価値がある。
「これが、絶望の青の魔物、かぁ」
火を噴いた後のヘビは、値踏みするような視線を八人に向けている。
嫌な視線だと、スティアは思った。
ただの魔物、怪物とは違う。その目には、明らかな知性が宿っていると、そう感じた。
だからこそ不気味で、
「嫌な顔してるっ」
踏み込んだ『その手に詩篇を』アリア・テリア(p3p007129)は、目の前に横たわる胴体へ衝撃をぶちこんだ。瞬間、彼女の顔面が吹き飛ぶ。
放った衝撃がほぼそのまま、直近にいた自分に跳ね返って来たからだ。
……なるほどね!
踏み堪えて、思い切り反らされた上体を強引に戻す。事前に聞いていた通り、こちらの攻撃が反射された事実に、彼女はいくつかの解を得ることに成功した。
「うわっ、と!」
だが直後に、目の前の胴体から鱗が射出される。
咄嗟に後方へと跳ぶが、目前に迫る鋭い乱射からは逃れられそうに無い。
重ねて持ち上げた腕に受け止め、わざと転がる事で追撃を避ける。
「そのまま伏せていろ」
「ん、オッケーよろしくね!」
声は、アリアよりさらに後ろ。整えた呼吸に合わせて闘気を充足させた『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)のものだ。刹那、甲板に寝そべるようにした彼女の上を、鋭い線が幾重も通過していく。
剣だ。
ハロルドが膨れ上げたオーラをその形に固定したモノ。射出時の余波が、自分自身を焼く程のそれが、鱗が剥がれて生身を晒したヘビの胴に突き刺さっていく。
「どうだ」
着弾はバラツキがある。鱗を飛ばして出来た隙間は人間一人分位あって、そういう部位に当たる剣は吸い込まれるように深く体内へ行った。
しかしそこから、少しでも離れ、健在の鱗へ当たった剣は破砕、もしくはキリモミしながら跳ね返る。
つまり。
「反射するのは鱗。間違いなくそうである、と、そういうことだね!」
付け加えるならばと、アリアは続ける。
「それもただ跳ね返すだけ。特別な効果や状態は、鱗に当たった時点で"消費"されてる!」
「インパクトの反射を受けても無事だったのがその証明……ということだな?」
貴重な情報だ。そもそも反射するという事前の警戒が無ければ、これほど的確に調査なんて出来なかったであろう。
そうフレイは思いつつ、しかしその為に出た犠牲を考えると、素直に喜ぶことは出来ないとも思う。
それに。
「鱗が再生するぞ!」
ハロルドが剣を捩じ込んだ部分の肉は、新たな鱗に隠されていた。
隙間から血に似た液体の流出があることから、傷口が塞がっているという訳ではないだろう。
「ありゃあ、環境への適応か知れねェな」
深く、前人未到の深海を生きるヘビの肉体。それは、外部からの攻撃を跳ね返す鱗が支えているのだろうと、プラックは予測する。
そう考えると、鱗の代わり生えが速いことにも納得が行くし、逆に鱗から内側は敵にとってのウィークポイントと見て間違いが無いだろう。
「じゃあ、方向性を決めに行こうか……!」
史之が、低い前傾の姿勢で行く。
赤光の透き通りを尖った剣状に形成。甲板に巻き付けたヘビの胴体、その腹部と思わしき部分へ向かって、だ。
剣は床スレスレに。
甲板に対して水平の角度で構え、柄尻に当たる部分へ手のひらを添えて、掬い上げる様にして思い切り突き刺した。
「──!」
そうして起こるのは、斬撃の跳ね返りだ。
至近距離、下から上への刺突に対して、右側に逸れた返しだ。
少し離れた船のマストに直撃して、傷も残さず斬撃は消える。
「保護結界の範疇、だね」
スティアが張った保護の効果は、イレギュラーズの攻撃を含め、ヘビからの反射にも有効な様だ。
元々遠慮をするつもりもなかったが、意図せず船を破壊する不安が消えたのだから、これも一つ、情報の収穫と言えるだろう。
「ッ!」
そうしてヘビの特性を知っていく最中に、船は大きな軋みと破壊を受けた。
●
全壊まで後二度ほどだと、エイヴァンは思う。
今、仲間達が連携してヘビの胴体を攻撃した。それに対して、当のヘビを観察していると、ダメージがあるのか無いのか、ただジッとこちらを睨んでいるだけだ。
「……厄介だな」
観ていて解ることが幾つかある。
一つは、ヘビの立ち位置。
船首より前の海面から伸ばした首は、ちょうど船首の上に来る場所を頭の定位置にしていた。
胴体は螺旋状に巻かれているので、船の頭と尻がヘビと重なっている事になるということ。
それから、名前の印象でヘビそのものを思っていたが、手足が無いだけでその生態は、蛇とは差違が多い。
「舌でも出してくれれば、分かりやすかったな」
一般的に蛇は、視力や聴覚が鈍い。それを補う為に舌をよく伸ばす行動を取るのだが、このヘビはそういうことをしない。
イレギュラーズ達を捉えている視線を見れば、視力に問題無いことが解るだろう。
「ふ……」
思い描いた狙いは付けられない。
「確かめてみることがまだある」
そう確信した彼は、武器に装填する氷弾を片手に握る。
強く、潰しかねない程強く。
大きく上半身を捻り、床と対面するようにしてから握った拳を大きく後ろへ振り上げて溜め。
「!」
エイヴァンが上げた視界の先、こちらを見るヘビの顔面が正面にあり、そして視界の端、金色の閃光が空を駆けていた。
「行きます」
リースリットだ。
陽の光に透き通る髪をなびかせて飛ぶ彼女の手には、刃がある。
髪色に似た、しかしそれよりも強い輝きを放つ、純粋な魔力だけで作られた刃だ。
振り上げ、両手にそれを構えた彼女は、チラリとエイヴァンを見る。
恐らく狙っているのは同じだろう、と、そう思い、また彼もそれに気付いた筈だと確信を得て、
「行け──!」
落下の速度も重ねた振り下ろしの一撃を、ヘビの眼球に叩き込んだ。
「行けよ……!」
同時に、リースリットとは反対側の目を狙って、エイヴァンは弾丸を投擲した。
後ろから前へ、踏み込む足へ重心の移動を行い、上げた拳は振り子になったアンダースローで抜かれる。
動きを連ねて、発生する力の全てを握りに伝播させ、放った氷弾は小さな砲撃だ。
「──!」
ぶちこむ。
スティアは、咄嗟の判断をした。
「間に合って……!」
回復が必要だ。
それも、一秒一瞬でも速いタイミングでの回復が。
魔力を練り、翳した手のひらへ意識して、変換した光を具現化。即座に照射したそれは、七色を魅せながら進み、墜落していくリースリットを包み込んだ。
その、コンマ数秒後。
「ぁぐ……ッ」
回復を受けた体に無数の鱗が突き刺さった。
ダメージに負けないよう、続けて光を放つ。戦闘不能までは行かないが、その一歩手前までは追い詰められていると、そう判断したからだ。
「やっぱり手強いね……!」
状況は変わっていない。エイヴァンとリースリットの、眼球を狙った攻撃は確かに通った。
両目に起きた衝撃でヘビは顔を大きく仰け反らせ、効果があると外から見たら思った筈だ。
だが実際、直接攻撃したリースリットは、手に返ってくる硬い感触にハッとしていた。柔らかい器官であるという予測を裏切った手応えに、思考が鈍ったとも言える。
だから、仰け反りから帰ってくるヘビの頭突きに対処が遅れた。しかも飛ばされた先、敵が胴体の鱗を逆立てて待ち構えていたのだ。
スティアの判断が無ければ、今ごろどうなっていたか、想像に難くない。
「野郎……!」
ミシリと音がする。
始めの一度から都度、断続的に聞こえる船の悲鳴だ。
巻き付いた胴体の締め付けが、徐々に強くされている。それをなんとか剥がす為に、プラックは不得手な魔術式の構築を行う。
「弾き飛ばしてやらァ!」
水を産み、大きな波を発生させて、相手を吹き飛ばす魔術だ。無から有である大量の水を出現させるその術は、プラックでは完全に扱うのは無理だった。
ただ、その効果だけは使える。
当たれば吹き飛ばせるだけの力があるのだ。
「クソが、澄ましてんじゃあねぇぞゴラァ!」
しかしヘビの胴体は大きく、吹き飛ばすには嵐でもぶつけないと動きそうに無かった。それを理解しているのか、ヘビはプラックの行動を、傷の付いた瞳でただ見詰めている。
「大丈夫、意味が無いことでも無いよ」
吹き飛ばす事は出来ない。でも、発生した水の浮力が、一部の巻き付きを緩めている。
「この波に乗るよ……!」
攻め時だ。確信した史之が、ヘビが跳ね返した津波に乗って海上へ身を踊らせる。
海中から攻撃を仕掛けるつもりだ。
「見掛けによらず、博打好きだな、アイツ」
ドポンと落ちた音を背中にフレイは前へ。仲間の立ち位置を把握し、いつでも庇える様に気を使いながらヘビの頭に近付いていく。
「合わせるぞ」
「付き合おう」
ハロルドが横に並び、歩くような速度から駆け足になって、瞬間。
「お」
呼気を吐き止め、彼は地を蹴った。巻き付いている胴体に片足を引っ掻け、後ろに蹴飛ばすようにして加速。続けて船室に続く段差のヘリに足を掛け、同じ要領で更に行く。
その両手には、二種の剣が握られていた。
「おおおおおおお!」
狙うのは、リースリットが傷付けた眼だ。
そこに渾身の一撃をぶちこむ。その為に行く。だが、ヘビはここで、初めての行動を取った。
……逃げるか!
ハロルドの逆側へ、倒れる様な顔の移動だ。今までイレギュラーズの攻撃を受けても変化の無かった相手が、初めて嫌がる素振りに移った。
「つまり、効く、ということだよね?」
そうであるならば、ここで逃すわけには行かない。
アリアは、エイヴァンがぶちこんだ方の眼球を指差しながらそう呟いた。
そして、ふ、と微笑むと、魔力を込めて術式の起動を行う。
「どんな敵も、弱点さえ解れば恐れるに足らず、だよ」
発現する黒の四方形は眼球を覆い隠し、融け出す様に崩壊する。内包された様々な苦痛が傷口から染み入って、ヘビは思わず顔を振ってしまった。
そこに、ハロルドが居ると、わかっていたのに。
「もう逃がさん」
逆手にした聖剣を眼球に突き立てる。そこにあるのは透明で分厚い被膜だ。
なるほど、リースリットが攻めきれない筈だ、と。理解と共に彼は思う。
だが、それは無駄では無い、とも。
彼女が着けた傷が残っているからだ。勿論一撃はそこに叩き込んだし、もう一本の退魔刀もそこにぶちこむ。
「──!」
縦に、叩きつける様にして。被膜にヒビが入るのを確認して刀を戻し、その動きの続きで聖剣を横抜きにぶちこみ直す。
刀で突き、剣で斬り上げ、両方で叩き落とす。
破砕されるガラスの様な音がした。
眼球を覆う膜が、深海の圧にすら耐える膜が、砕かれたのだ。
ヘビは仰け反りに顔を上げ、そしてリースリットにしたように頭突きを狙って振り下ろし、
「バカの一つ覚えか?」
フレイのアッパーに迎えられた。
黒い盾を用いた、突進の一撃だ。
下から上へ、カチ上げる力と。
上から下へ、振り下ろしの勢い。
二つが出会い、とてつもない衝撃となって、ヘビの顔をまた上へと跳ね上げたのだった。
沈む。
海の中から見上げたら普通、青い空や陽の光が見えるものだ。けれど、沈む史之の眼に、それは見えない。
沈む。
水の中に居て、体は浮力で軽く感じるはずなのに、しかし今、彼が感じているのはとんでもない重さだった。
誰も生存しない海。
絶望そのもの。
そんな世界だった。
このまま、誰とも知らない底へ墜ちていく。そんな予感が脳裏を掠めた時、史之は急激に上昇させられた。
●
「行くぞゴラァ!」
海面が噴火した。そう思う様な爆裂を以て、史之を捕まえたプラックが飛び出した。
噴水に寄る直上への飛翔をした彼は、史之を甲板へ押しやると同時、頭を下に。
「これが俺の」
水を足場に力を溜めて、噴射する勢いに体を任せて彼は行った。
「絶望攻略だオラァ!」
ヘビの顔面、横から砲弾の如き突撃だ。
衝撃に、くらくらと揺れる頭はだらしなく口を開く。そこに、リースリットがふわりと降り立った。
両手に握る魔晶剣は切っ先を下にして構えられ、緋色に輝き燃える刀身はその後思い切り舌先へと突き立てられる。
「焼き焦がれて」
言葉を合図にしたかの様に、猛りは荒ぶる。自分自身すらも焦がす熱量の剣を握って、リースリットは口腔内へ一閃して離れた。
「……ハロルドさん、俺、考えたことがあるんだけど」
「奇遇だな史之、多分俺も同じことを思い付いている」
中は柔い。
なら、突っ込めばいい。
そんな短絡的な思考をした男が二人いて。
「無茶はしても無理はダメだからね?」
その為に回復してくれる癒し手がいて。
「援護するっ。邪魔はさせないよ!」
支援してくれる仲間がいる。
だから、二人は行った。
真っ直ぐ、正面から行く二人に気付いたヘビは、口を閉じで海へ下がろうとする。
「ここまで来てそれは見逃せないな」
だが、エイヴァンがそれを止めた。口の中に先んじて乗り込み、大盾をつっかえ棒にして、更に両手足を突っ張って強制的に開かせる。
「……こいつぁヤバイかもな!」
そんな彼の目の前、喉奥から灼熱を感じた。追い出すためのブレスが来るのだろう。このままでは突撃してくる二人と合わせて、美味しくもない丸焼けが三つ出来上がってしまう。
「全く手のかかる事を」
しかし、それを外から遮る者があった。
「まあ、なんだ。気を付けて、な!」
フレイだ。ヘビの喉元に向かって行き、盾の一撃をブレスが吐き出る瞬間にぶちこんだ。
急激に閉ざされた咽喉に、行き場を無くした炎は内へと炸裂する。
「チャンスだ、行っちゃおうハロルドさん!」
「はっ、面白ぇ! 地獄廻りと洒落込むか!」
行く。
左右へ飛び、つっかえを通りすぎて体内へ。
赤光の集中で突き進み、刃の乱舞で筋を絶ち、ドクンドクンと脈打つ鼓動を頼りに開拓して、それから。
「オォ……」
甲板に巻き付いた胴体から、史之とハロルドが粘液まみれで飛び出してきた。
船に巻き付いていた胴体はゆるりと弱まり、海へ沈むヘビの頭を追うように吸い込まれていく。
「絶望の青の一端……突破だ!」
程無くして、随伴艦に引き摺られる大破した船が、海洋への航路についた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
海洋の冒険に少しでも貢献出来たなら嬉しいです。
またよろしくお願い致します。
GMコメント
本当はめちゃくちゃカッコいいネームを付けてあげたかったんです。ヘビです。
違いましたユズキです。
海洋の進撃は止まりませんね、今回は絶望に挑むお話です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●依頼達成条件
ヘビを討伐、もしくは撃退する。
●依頼失敗条件
船を失う。
●現場
絶望の青に侵入した船の上です。
まず間違いなく、ヘビの胴体が絡み付きます。
●敵戦力
ヘビ一体。
船に絡み付いているので、攻撃出来る範囲やポイントが増えますが、何が有効となるのかは不明です。
また、船は徐々に締め上げられ損傷し、いずれ完全に破壊されて沈むでしょう。
攻撃方法は、現時点で解っているのは、超距離まで届く口から吐き出す水や炎。
胴体から剥がれた鱗が中距離まで、扇状にして飛んでくる。
敵から受けた攻撃を、ランダムな相手に跳ね返す。
以上、簡単にはなりますが補足として。
よろしくお願いいたします。
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