PandoraPartyProject

シナリオ詳細

靴が泣いた日

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●歩めない道
 すっかり歪んでしまった木の扉をつま先で押し開けて、ひとりの修道士が施療院を後にした。裏口から出て目の前に広がるのは、寒くて寂しい森だ。陽は射しているはずなのに、鬱蒼とした色彩が修道士を迎え入れる。静かな森もそこに吹く風も、修道士にとってなんてことない日常風景だった。
 修道院付属の施療院では、今日もまた貧しい民のための治療が行われている。だから多忙の合間をぬって、修道士は森へ向かう。腕に小さな籠を提げ、森の中に群生する薬草を摘むために。
 時おり野生の兎や鳥たちが姿を見せるだけの、静かな森。なだらかな地形とはいえ、根や石ころに足を取られぬよう注意を払い、修道士は木々の合間を抜けていく。そうしてたどり着いたのは開けた場所に眠る、小規模な墓地だ。
 理由は修道士にもわからぬが、墓地を囲う柵に寄り添って鎮静効果のある薬草が自生している。森の奥まで探しに行かなくとも、取り急ぎ必要な分量は採取が叶っていた。いつものように薬草へ手を伸ばすと──それは現れた。
 草を食む音に、土を擦る音が混ざる。ざり、ざりと響くそれが靴音であるのは修道士にもすぐわかった。こんな辺鄙な地に旅人だろうかと顔を上げたところで、彼は知る。
 靴音を奏でていたのは確かに靴だ。そう、靴だけが彼の視界いっぱいに並んでいる。
 どこからともなく現れた靴は、赤と青の二色。赤い靴が迫りくる間に、青の靴たちが楽しげに踊り出した。爪先立ちで、くるくると。
 身の危険を感じて後ずさろうとするも、震えた身体が動かない。もたついている間に、赤い靴たちがわらわらと彼の元へ集まりだす。
「……歩ケナイ」
 修道士のものではない声がした。涙を含んだような、震えた音。だが辺りを見回すも、人影はない。あるのは靴ばかりで。
「歩カセテ。先ヘ行カセテ」
 泣き声にも似た言葉が空気を伝う。耳を塞いでも声がして、気が狂いそうだ。
 そして赤い靴が修道士を蹴り、転ばせた。しかし修道士もただでは倒れず、手足をばたつかせて立ち上がると一目散に施療院へと逃げ帰る。
「歩ケナイ、歩ケナイ……」
 止まない訴えを、後背に受けながら。

●情報屋
 漏れる陽が細長い窓を暗く彩り、思考に沈む女性の髪をしめやかに撫で付けた。
 儚げな眼差しをゆっくりイレギュラーズへ向けて、『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は話し出す。
 幻想の辺境、黒に近い緑の森に現れた、二色の靴の話を。
「森に墓地があるのだけど……その墓地を囲う柵へ近づいたら突然現れたそうよ」
 恐らく魔法生物の類だろうと、プルーが告げる。
 まるで意思を持つかのように各々で動き、様々な攻撃で来訪者を歓迎してくれる。
「誰の靴でもないから、いっそ履いてみるのも有りかもしれないわね」
 靴にうまく足が嵌まれば、敵の動きを僅かでも鈍らせることができるかもしれない。もちろん、履かずに攻め立てて倒すのも有効だ。
 また、柵に囲われた墓地は、墓石や供えられた花がある関係でやや狭く感じる。
 駆け回るなどして派手に動いて戦うなら、敵を出現させたあと墓地に入らず、森で戦うのも手だろう。森は森で暗く、木々が視界を阻みはするが。
「どこまでもダークグリーンな森よ。気持ちものみこまれないよう、気をつけて」
 最後にはそう告げて、プルーはふるりと睫毛を揺らした。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。
 自分の足に合う靴って、大事ですよね。

●目標
 靴モンスター10体の殲滅。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 時間は夕暮れ時。
 場所は施療院の裏に広がる森の中。柵に囲われた、20基ほどの小規模な墓地がある。
 柵に近づくことで、墓地内と柵の周りに敵が出現する。

●敵
 靴は左右合わせて1体とカウント。攻撃力と素早さが高く、難易度相応の強さ。
 何らかの手段でPCが靴を履くことに成功した場合、その靴の能動行動を1ターン封じることができます。(受動防御は行います)
 次ターンに「その靴の手番」が回ってきた際、確率で靴が脱げます。もちろん「PCの手番」で自発的に脱ぐのも可。(脱ぐだけなら、主・副行動どちらにも該当しません)
 なお、靴を履いたPCは、靴を脱ぐまで移動に関わる行動が不可となります。
 靴サイズは様々。よほど規格外でない限り履けますが、人型の足である必要があります。

・赤い靴×5体
 連続蹴り:物至単。体勢を乱れさせる蹴り。
 歩カセテ:物近範。敵味方を識別し、痛みと共に狂気をもたらす声をあげる。

・青い靴×5体
 爪先立ち:神近単。呪縛を伴う攻撃。
 踵鳴らし:神中単。HPとBSを回復。

 それでは、ご武運を。

  • 靴が泣いた日完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月05日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

レッド(p3p000395)
赤々靴
ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
ライハ・ネーゼス(p3p004933)
トルバドール
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
冷泉・紗夜(p3p007754)
剣閃連歌
アスタ・ラ・ビスタ(p3p007893)
星の砂を望む

リプレイ

●在り処
 此度の怪異に原因があるならと、『学級委員の方』藤野 蛍(p3p003861)は修道士と言葉を交えていた。
 彼女の真摯さに修道士も応えたい様子だが──あるとするなら、ここで亡くなった人の靴だろうとしか言えなかった。
 人里離れた修道院とはいえ、併設された施療院の戸を叩く人は後を絶たない。治療の甲斐なく天に召された人々のうち、誰かの『持ち物』だった可能性があると修道士は言う。その持ち物が真に靴か想いかは、定かでなくとも。
「そういえば、その墓地はどんな人達が眠って……?」
 問われた修道士は悲しげに微笑む。あの辺りはずっと昔、ある病で苦しんだ人のための場所だと続けて。
「患部が腫れ、水疱もできて激痛を伴うそうで……死に至った方も多いのです」
 当時の劣悪な環境が生み出した感染症の一種だという。
 不思議ね、と蛍が目を伏せる。
「そこに鎮静効果のある薬草が生えるなんて」
 地に埋もれてばかりいられない根が何事か訴えているようで、蛍はすぐにその場を後にした。

 日向の名残と夜の始まりを混ぜた墓地が、『特異運命座標』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)を出迎える。果てに朝陽が滲む際の金色と、晴れ渡る木立の頂に似た緑を併せ持つ瞳で、レッドは墓地を囲う柵へ忍び寄った。合流まもない蛍も、ジーニアス・ゲイムで力を得て近付く。
 くたびれた墓石が、覆いかぶさる夕暮れ時によって濃い影を乗せている。
(ちょっと寂しいところっす)
 ひと気の有無ではなく、世界からはみ出した場所のように感じて。
 そこへ風に紛れた靴音が届く。みな一様に奏でるのではなく、少しずつ音の調子も在り処も違う。土を擦って歩く靴もあれば、草の上を滑る靴もある。踵に力を入れたかのような歩調、つま先が浮いた歩き方──ひとつひとつを、レッドは感じとる。
「……歩ケナイ」
 靴が泣いた。歩かせてほしいと、奇妙な声で。
 だからレッドはすぐさま胸いっぱいに息を吸い込み、堂々たる名乗りをお披露目した。
「歩きたいならコチラコチラ、声のなる方へ♪」
 続けて紡いだのは歌だ。
「先へ進めぬなら、先んじて道しるべとなろう♪」
 レッドが足音を鳴らせば、靴たちも音を辿って寄ってくる。だから鼓舞にも似た歌を聞かせたまま、レッドは森へ向かう。
 蛍もまた、春爛漫の色彩を広げて動き出す。桜吹雪の幻影が靴の群れを沸き立たせ、自らへ意識を集わせた。
 そうしてふたりの姿は靴と共に墓地を離れ、森へと消えて行く。

 その寂寞が満ちる森に、他の仲間が集っていた。墓地には入らず、各々準備を整え位置につく。
 彼らが待っているのは機会だ。
 墓地を囲う柵へ近づけば敵が出現すると判っている。ならば機をうまく操るのもまた、イレギュラーズの実力で。
 『司令官』桜咲 珠緒(p3p004426)と『風韻流月』冷泉・紗夜(p3p007754)は既にサイバーゴーグルを装着し、木陰へ身を潜めている。『トルバドール』ライハ・ネーゼス(p3p004933)や『葬列』アスタ・ラ・ビスタ(p3p007893)も、夜を見つめる者の名を冠する目薬で備えた。
 アスタは緑広がる野と、人の証を遺した墓が融合した美観を堪能する。
(眠りの必要ない僕でもわかるよ)
 処刑人形はあの日以来、眠らない。ただその役目ゆえ、墓の意味をよく理解している。そこは人が眠る場所、邪魔をしてはいけないところだ。
 アスタは念には念を入れて、探索者用のセットでいつでも灯りを補えるように構え、森を見渡す。
 同じ頃、暮れゆく森を目が乾きそうなほどに見つめて『雷精』ソア(p3p007025) は濃緑の匂いを嗅いだ。
(やっぱり森の方がずっと落ちつく)
 澄んだ空気は人も動物も好むもの。
 そうして森に心身を沈めるソアとはまた違う場所で、『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)も待ち伏せの態勢をとる。
「歩み思い出し、さあ前へ前へ♪」
 そこへレッドの歌声が届いた。

●嘆き
 敵陣との距離は適切。開けた地も確保した。だから紗夜は攻撃の口火を切る。構えから入った一之太刀を重んじる紗夜の一撃は、怒りにも惑わされなかった青の靴を叩く。
(履かれなかった靴が、思いを抱いて動き出したのか、それとも)
 緋の光が滑る刀身の美を走らせて、紗夜は靴を見た。
 神秘を宿した紫に映す靴の様相は、靴という形を成した情念に思えて、眉をひそめる。
(履いた人の思いを受け継ぎ、動いてしまったのか……どちらなのでしょう)
 古道具などに何かが宿るのは、紗夜にとってそう不可解な話ではない。だから想いを馳せずにいられなかった。
 同じ頃、たとえ靴が連続で蹴ろうとも、最前線で身体を張る蛍は揺らがない。氷雪の色に染まった桜花で、次々と靴を凍てつかせて耳を傾ける──かれらの嘆きがもし薄れるのなら。
「いくらでも受け止めてあげるから……!」
 彼女が靴の猛攻を耐え忍ぶ間、踵を鳴らして戯れた青の靴へと、ティアが舞いを披露する。
 くるりくるりと優雅に誘うのは、果たして愛か恋か。恍惚に溺れさせる舞踏で、靴をも踊らせた。
「相手に履きたいって魅了する靴は、昔聞いた事あるけど……」
 抱いた感覚に、小さくティアは唸る。 
「実際に喋っているところを見ると、不思議な感じだね」
『油断するなよ?』
 ティアへ返るのは落ち着き払った声。共生する魂からの忠告に、ふるふると首を振って。
「しないよ。上手く立ち回ろう」
 強いて言うなら薄暗さが厄介だと呟く。
 その後方では、今もなお連撃に耐える蛍へと、珠緒が治癒の力をもたらした。
(出現自体が最近のようですが、事情は気になるところです)
 白皙の頬に含むのは、笑みでなく途方もなき想像。今昔を問わず、過去を弄る術など無いからこそ珠緒は思う。望ましい対応案を見出だすならば、今なのだと。
 ふと、施した癒しの礼が蛍から返るのを視界に入れて、珠緒は漸く微笑んだ。
 歩かせてと懇願する靴が森をゆく。そんな光景がまるで不気味な物語のようで、レッドは肩を竦めた。
 襲いかかる靴たちの念を、受け止め続ける。たとえ全身が呪縛に打ち拉がれても、顔を上げる。たとえ苦痛に苛まれても、己を信じて運命を見定めた。
 よおし、とここでソアが跳ぶ。頬をぺちんと叩いて疾駆した黄金が一閃ののち、群れへ飛び込み無邪気に雷と爪を振りかざす。
「まとめていくよ!」
 獲物を狩る獣のごとく切り刻む。靴の嘆きが戦地に響こうとも、ソアの明るさは損なわれない。
 仲間が敵の気を惹きつけてくれる。集中砲火を喰らう役目を担っている。だからソアは、あるがまま力を揮うのみだった。
(でも、どうして急にこんな魔物が出たんだろう)
 浮かんだ疑問も素直に感じながら。
 一方アスタも、ぼろぼろになった靴の元へ飛び込んでいた。
 アスタに靴へのこだわりはない。もし、かれらみたいに何処までも歩かせてくれそうな靴だったら──沢山、歩けたのだろうか。
 想像するのは簡単だが、まだしっくりこなくて。
「僕にはそういう、何かを求めるという事が分からないが……」
 止まぬ靴の嘆きにこくりと頷き、晴れた空を映した目を細めて囁く。
「求める誰かを拒絶するほど、アスタは冷たくはないんだぞ」
 告げると同時、崩れかけの靴を一刀で斬り伏せる。辺りの靴たちがざわめくのを、アスタは見渡した。
「もう二度と歩けない、なんて。そんな悲しいこと言わなくていいよ」
 その言葉に靴がふるりと揺れる。
 こうして靴と向き合う仲間を見守りながら、ライハは立ち位置を見定めた。茫洋たる世界の、ほんの一角。片隅の墓地に現れた靴を思い、ふむと唸る。
 仲間が応戦している靴はいずれも、歩けない、歩かせてと、絶望や望みにも似た震え声をあげていた。戦いの最中でも止まないのは、やはり。
(もはや履かれなくなった無念か、あるいは怨念の塊か……)
 器物に念が燈ったにせよ、怨念が寄り集まってかたちを成したにせよ、古今東西にそうした話は数多く存在している──ライハもまた、詩に通暁し、それらを語り継いできた者のひとりだ。
 だからこそ言の葉に篭める。言葉が持つ意味を、重みを、知るがゆえに。
「厄介な負は、撒き散らしてはならぬものだ」
 靴へ告げるも、やはり届くのは同じ嘆きだ。静かにかぶりを振って、ライハは自らの苦痛も厭わず、仲間たちへ力を招く。
 なんでしょう、と不意に声を零したのは珠緒だ。法則性がないかと靴を観察していた彼女は、感じたままを皆へ伝える。
「靴にも声が聞こえているようなのです」
 皆の言葉を受けて反応している気配がある、と。
 履いてみようと逸早く言い出したのはアスタだ。仲間の反応を窺うと、真っ先にライハが頷いて。
「存分に試すと良い。その方が、ほぞを噛む思いもせずに済むだろう」
 支援ならば任せてくれとライハが付け足せば、すぐにアスタは動きの鈍くなっていた靴を履く。
 弱り切った靴だが履かれても意に介さず、その場で軽快なステップを踏む──まるで踊っているかのように。
 そしてレッドもまた、転がってきた赤い靴に挑んでいて。
「わ、わ、ジッとしてもらえないっすか?」
 片足だけでもと履いてみるものの、余力ゆえか靴は弾んでしまう。なんとか足を収めたところで、ふうと細長い息が落ちた。
「もう歩けないなんて事ない、泣く事もないないっすよ」
 墓からここまで、ずっと歩いてきたのだから。
 笑みを帯びたレッドの言に、履いた靴は泣きもせず押し黙り、暫く動かなかった。

●足跡
 力も速さも凄まじい靴の群れは、なかなか沈まなかった。けれど長引く戦いの終焉を、徐々に減っていった靴音が報せる。まもなく、まもなくだと。
 脱いだ靴は疾うに倒し転がしたアスタが、深呼吸で心身を整える。よろめく敵へ肉薄し、目まぐるしく変化し続ける動きを追っていた──
 時間が止まったかのような中で、途端に思考がちらつく。靴とは本来は履く物だ。少なくともアスタの知識ではそうなっている。
(生憎、僕は人形であまり必要にしてはいないが……)
 用途を持って産まれたのに、肝心の用途で使われない哀しみは理解できる。
(アスタだって──きっと)
 アスタの意識の底に、その言葉ばかりがこびりついた。
 森に広がった戦いの鼓動は、なおも鳴り止まない。
 濡羽色の髪を泳がせて、紗夜が舞う。歩かせて、先に行かせてと繰り返すばかりの靴へ彼女が贈ったのは、しなやかな蹴りだ。
「残念ですが、それは怨念、執念でしかないのです」
 苦衷を察し、神秘を湛えた紫の双眸が揺れる。
「先に行きたくても、たとえこの土地に縛られているだけだとしても……」
 柔らかくも、どこか鈴の音のように響く言の葉が、月のような紗夜の静けさを醸し出す。
「無闇に人を傷つける妖物は、何処にも進めないのです」
 傷つけるだけの存在は斬られて散り、ただ浄土へ導かれるだけ。ゆえに葬ることが手向けなのだと、紗夜が伝えた。ぜえ、と吐いた息は荒い。永遠にも思える戦いの中、彼女は平静さを失わず敵数を確かめた──着実に、減っている。
 その頃、悲しげな赤い靴へとティアが迫り、紗夜の一打によりふらついた靴へ技を仕掛ける。
「あんまり悪いことばかりしたら、よくないですよ」
 控えめな声音で説き、魔術と格闘を織り交ぜた双撃で大人しくさせる。躱すかと思われた靴の動きを読み、咄嗟に角度を変えて叩く。
 もはや遠く感じる緒戦の終わり、珠緒から聞いた、靴に言葉が届いているらしいとの情報が、ティアの選択肢を増やすきっかけとなった。
 ころん、と靴が黙して倒れるのを見届けると同時、脇から襲い掛かった靴の連続蹴りを得物で防ぐも、凌ぎきれずティアは可能性を燃やす。
『それ以上動くな』
 内に響く優しげな声を、意識の片端でティアは聞いた気がした。
 すぐさま視界を遮る木立をも透過し、肩で息をしながら蛍が桜の結界を展開する。淡紅が暗い森で乱舞する様は、紛うことなき絶佳で。
「さあ、来なさい!」
 声を張って立ち続ける彼女も届く範囲に収めて、矢継ぎ早に珠緒が天使の福音を奏でた。行き渡った癒しが、仲間の糧となる。
 治癒により軽くなった身でレッドが跳ねた。勢いをつけて盾で突撃し、そして名と同じ色の靴を伏せさせる。ひっくり返ったまま、赤い靴は二度と動こうとしない。
 状況を分析し、仲間との距離を計算して移ったライハが、事態を最良へ導くための大号令を放つ。仲間を支える癒しの力だ。
 靴の数が減少して動きやすくなったため、英雄作成で支援するのも容易くなった。そして何気なく、戦場の各所に転がる靴を見やる。
(彼らの念、か。履いてやるが良いのかもしれぬが……)
 それは仲間が果たしてくれるだろうと、信じてライハは力を尽くす。
「歩カセテ……歩カセテ」
 そう言ったから、靴を履いて蛍が一歩ずつ進む。拒む素振りなど靴にはないが、漏らしていた言葉が啜り泣きに変わった。
 蛍は不意に、珠緒へ尋ねる──歩けない、前に進めないというのは、どんな気持ちなのかと。
 自意識を持たなかった頃を想起して、珠緒は睫毛を切なく震わす。
「こうして歩き、話せるようになったと気づいたときには、希望の光明を感じたものです」
 つまり、おそらくは。
「此度はその、真逆であろうと推定します」
 想像に冷えきった手を口許へ寄せて、珠緒は述べた。
 そういうものかと感じながら、蛍はソアを振り返る。
「もういいの?」
 ぱしぱしと瞬いたソアが首を傾げた。
 靴の嘆きが一瞬、止まったのをソアも感知している。だからソアは虎耳をぴこんと揺らして、蛍が肯うのを待った。
(やっぱり、はいて歩いて欲しかったのかな)
 靴という存在意義をソアも考えてみるが、その意義を受け入れる代わりに、目映い雷光を生む。
「靴、いいよね。こだわる人の気持ち、わかるなあ。ボクも着飾るのとか好きだから」
 ソアが頬をふくりと上げて笑う。声をかけた先はもちろん蛍の履く靴だ。
 陽光を透かしたかのような大きなまなこが、燦々と輝く。
「ボクの足にも、いつか合うといいね」
 深い情をもってソアが紡ぐ。靴そのものへ──ではなく、悪意を招くだけだった存在へと。
「だから、もうお別れしよ」
 最後の挨拶までもにっこり微笑んで、悲しみの靴音をソアは雷で断ち切った。

●靴音
 深閑とした世界が蘇る。
 すっかり日の暮れた森は濃く、戦いが繰り広げられていたとは思えないほど、安らかな眠りに就こうとしていた。
 その様子を見渡して、ティアは口を開く。
「ここは任せてください」
 被害状況を確認したら合流します、と告げて先を促す。やりたいことがあるようですから、と仲間の面差しを察して。
 散乱する靴をかき集めたソアとレッドを先頭に、仲間たちは修道院へ歩を進めた。
 過ぎ去りし後背を見つめながら、ティアは目を眇める。
「この世界は、元いたところと全然違うね」
『それは……そうだろうな』

 仕事の報告を兼ねたイレギュラーズの語り口は、修道士の顎を幾度も引かせる。助かりましたと返るときの安堵の吐息が、何よりも彼の心境を物語っていた。
 ふと、軽やかな鼻歌が空間に混じる。靴に付着した土や草の芽をせっせと払い、手入れしているレッドのものだ。鼻歌の調子に合わせて不良箇所を確かめている。
「直してお供えしとこうと思ったっす」
 仕上げに磨けば、ぴかぴかの靴が出揃う。作業風景を眺めていた珠緒と蛍が、感心の声をあげた。
 そうしている間に、ソアは修道士へ願いを托していて。
「なんだか可哀そうな気がしたんだ」
 虎の精霊は無邪気に首を傾ぐ。
「人間は、そういうの弔って慰めるんでしょう」
 弔ってあげられるならと、望みを告げるソアに修道士もゆっくり首肯する。
 修道院の人間に確かめてもらうも、靴の所有者はやはりわからなかった。なら、靴たちは──。
「ずっと、何を見ていたのかしら」
 紗夜はそう零し、慰霊のために、歪んだ戸口を押し開けた。
(何もない処に泣き声なんて。それとも……)
 履く者も、履きたい心も、何もないからこそ泣いたのだろうか。
 うら寂しさに胸を押さえ、紗夜は墓所へ向かった。
 過ぎる想いも様々で、やりとりに耳を傾けていたライハは、吐息だけで笑う。
(……やはりこの世は良い)
 誰にも掬われることのない所思を、胸中に秘めて。
 そして送り人としての務めを果たしたアスタが、赤い靴を見つめた。レッドに断り、綺麗になった靴へ足を入れて歩き出す。星影が待つ森の道へ。
「歩いてみようか」
 森を越え、街の石畳を踏み締めよう。今だけは許されるはずだ。
「君たちは、それを求めたんだろう?」
 アスタがそう囁けば、カツン、と踵が快い音を奏でる。
 それはもう、泣き声などではなかった。

成否

成功

MVP

藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした! ご参加いただき、ありがとうございました。
 また何処かでご縁がつながりましたら、よろしくお願いいたします。

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