シナリオ詳細
<果ての迷宮>ワンダーランド・レイデイ
オープニング
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果ての迷宮と呼ばれた史上最大の迷宮。それは、幻想(レガド・イルシオン)の国家的大事業たる『迷宮踏破』の夢。多くの挫折と悲劇、そして栄光を飲み喰らい続けた大きな洞は第11層まで攻略を完了していた。
この国家的大事業に特異運命座標が参入するまで、王国と、そして冒険者を率いる『穴掘り』のプロフェッショナルたるペリカ・ロズィーアンさえも1層の攻略さえ諦めていたのだ。それが11まできた。
しかも、10層には『枝葉』たる図書館の存在迄認めたのだ。常人であればそこを終着点と考える者もいるだろう――だが、『穴掘り』のプロフェッショナルたるペリカはその下にまだまだ未知が眠っていると歩を止める事はしなかった。
辿り着いた12層。その場所は先の階層――11層の『美術館』と比べれば余りにも異質であった。
ひとつ、ひとつ、別々の世界が連なっているかのようにも見える階層。
此度は、美しい花が咲き誇り、謳う花々と愛の手を打つテントウムシが踊り狂うメルヘンチックな空間であった。
「もしもーし。ひょっとして皆さん、お客様かニャー?」
嗄れ声が降ってくる。ゆっくりと顔を上げたペリカは特異運命座標を振り返った後にその『猫』に向き合った。
でっぷりとした体にもふもふとした毛並みを持つ猫は大きな欠伸をした後、ずしりと重力を感じさせて降りてくる。
「その顔、ワンダーランドに慣れてニャいニャー。お客様だー! やったー!」
ぴょいんと飛び上がった猫は嬉しそうに尾を揺らし、ようこそと特異運命座標へと告げた。
こうして意思の疎通を図り、こうして『歓迎してくる』事にペリカの警戒心はより強くなっていく。
(変な空間だねぃ……迷宮というよりは――クレカたちのいる『図書館』の本みたいな……)
ペリカは一時的にセーブポイントへと戻り、情報収集を特異運命座標に促した。
ホライゾン・ライブラリにて館長たるクレカとポルックス、カストルはペリカの話を聞いて不思議そうな顔をした。
「それってこの本じゃない?」「きっとそう。この本だよ」
その世界の様子、そしてワンダーランドという言葉に双子は心当たりがあるようで……そして、クレカも双子の確信に同意した。
「それは……ここの『本』だと思う。『黄金色の昼下がり』って世界。
何度か境界案内人も特異運命座標(みんな)を案内してる。それが……果ての迷宮に?」
異世界の魔術師(にんぎょうし)の制作物が可能性を帯びて混沌世界に受け入れられた存在であるクレカが居る以上、そうした事象が起こるのは何らおかしくはない。
ペリカと三人は顔を見合わせる。ペリカが見聞きした情報と『黄金色の昼下がり』は共通する部分が多い。
――ワンダーランドと呼ばれるメルヘンな空間である
――訪れる特異運命座標を『主人公(アリス)』と呼ぶ
クレカは言う。ライブノベルは混沌世界に生きる者にとっては夢ではあるが、その本の中では世界はしっかりと存在し、特異運命座標達の行動すべてがその世界にとっては現実のものになるのだ。人を殺せば物語の中では人が死に、その結果が残り続ける。そうして蓄積した情報と不可思議な迷宮が交わったのだろう。
「……そのワンダーランドは『本』のワンダーランドと違うかも、ううん、明確に違う事がある」
「何が違うんだわさ」
「そのワンダーランドは迷宮にある。だから、『すべてが本当』のこと。夢じゃない。
だから、其処で死ねば、特異運命座標(みんな)は死ぬし、影響を受ける」
クレカの言葉にペリカは異世界が大迷宮に交わった事に僅かな高揚と、そして隠せない漠然とした不安を感じた。
世界で活発になる魔種の存在と、そして特異運命座標。可能性と破滅。その二種類がこの混沌世界にどのような影響を及ぼすか。
「それを調べるのも『穴掘り』の醍醐味だねぃ。有難う。さっそく、行ってくるわさ」
●
12層――ワンダーランドに踏み入れた特異運命座標を迎え入れたのはでっぷりとした猫であった。
「やあ、主人公(アリス)! 元気そうでニャにより。この層の説明をボクちゃんがするニャー」
「説明係がついてるとは丁寧だねい」
皮肉の様にペリカはそう言った。尾を揺らした猫は小さく笑う。
穏やかな春の陽気に美しい青い空。それが空ではなくて迷宮の天蓋である事を知っている特異運命座標には何の感動も感じられないのかもしれない。
美しい花は歌い、鳥たちは挨拶を交える。虫も、猫も、犬も。何もかもが不自由なく会話を交わし楽し気に笑い続ける。そんなのどかな場所で猫は言った。
「後ろに扉が見えるかニャー? あれを開ければ次の階層に行けるのニャ。
この階層は『ボーナスステージ』ニャんだよニャー。なにせ、ワンダーランドが此処にある事だって神様の気紛れニャんだもん」
「神様の気紛れ? 変な事を言うんだねい」
13階層へと扉があると言われてもペリカは動かなかった。そんな甘い言葉に乗せられて居れば命が何個あっても足りないのだ。
猫は全く動かない特異運命座標達を見てから詰らないと尾を揺らす。
「悪戯しがいもニャいニャー。この扉は鍵がかかってるんだニャ。だから皆は鍵を探してほしいんだニャ」
「つまり、今回の試練は鍵探しという訳だねぃ。それで……?」
「この世界には『本来の主人公(アリス)』が存在しているニャ。
彼女と、ワンダーランドはもうすぐ終わる世界ニャんだ」
終わる、という言葉にペリカは何を言っているのだと顔を上げた。
猫が言うにはワンダーランドは世界の端が明確に存在し、その場所からぼろぼろと崩れていくのだという。
美しい花も鮮やかな空もすべての色彩を闇色に染め、喪われていく。世界は虚空に吸い込まれるように異世界に消え続け――そして、最期には無になるのだそうだ。
ここからは神様の悪戯だ。破滅と可能性。魔種と特異運命座標。双方の活動でこの世界には大きな変化があったのだという。
本の中にあった混沌世界に肯定されない世界が肯定され始め、そして――『本来の主人公(アリス)』は何らかの力を手に入れた。そして、それがこのワンダーランドの中では強化されているのだという。
猫は愉快そうに言った。
「『本来の主人公(アリス)』に出会っちゃ駄目ニャんだよ」
その言葉にペリカはどうしてと静かに問う。
美しい花々が咲き誇る向こう側から色彩の失せたトランプ兵が姿を現した時、猫は逃げた。
「死んじゃうから」とだけ言い残して。
ここは境界と境界の狭間。有り得ない筈の階層。
便宜上は十二層と呼んではいるが――確かに異世界で、確かに現実の場所だった。
- <果ての迷宮>ワンダーランド・レイデイ完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年01月06日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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美しい花々が咲き誇る。
謳う蜂の周りをご機嫌に踊った蝶々を眺めながら尾を揺らしたうさぎ達がこそこそと内緒話。
彼らの世界は<ワンダーランド>。
夢溢れる、幼い子供の転寝の世界。
その世界には<主人公>が居なかった。外の世界から現れる<主人公>を何時だって待っている。
だから?
そう、だから、みんなは<主人公>。
さあ、主人公(アリス)。お手をどうぞ? 踊ろう、踊ろう。この世界で。
次の階層に行きたいだって?
……ああ、そんなの『どうでもいい』じゃないか。この世界で楽しく遊んでいようよ。
●
長閑な景色が広がっている。美しい花々に本(ライブノベル)で描かれたワンダーランドそのものの世界。
楽しげなコーカスレースやお茶会を楽しむ住民たちは特異運命座標を『アリス』と読んで受け容れた。
「どうしてアリスなのでしょうか? アリスとは物語の主人公の女の子でしょう。
私の書架にもそういった本は在りましたが……」
『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)が首を傾げれば、『こそどろ』エマ(p3p000257)はまるで練達三塔の塔主の一人、Dr.マッドハッターのようだと呟いた。
「結局アリスって誰なんです?」
「物語の登場人物にはお名前があるけれど、アリスだってそうだったはずだわ。
ほんもののアリス、にせもののアリス。この世界じゃ外から扉をノックするお客様はみんなアリスなのね?」
銀の髪をふんわりと揺らした『ふわふわ鹿の』ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)は夢見るようにそう言った。美しい花も、軽やかに謳う動物たちも、全てが全て愛らしくて堪らない。
王立図書館の資料をある程度漁ってきたと言ったドラマにその記述と記憶している物語が合っているか確認したいのだと手製の資料――登場人物などが事細かに記載されている――を差し出した『ハム子』主人=公(p3p000578)。
「気狂い帽子屋ってのが居るが……これはドクターのことなんだろうか」
ワンダーランドの鍵を開けに来た経験のある『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)にとってこの世界の変化はどうにも見過ごせるものではなかった。
ドクター。Dr.マッドハッター。
彼は旅人であり、そして、練達の塔のひとつを司る大いなる知恵と権能の持ち主だ。
「ええ、そうね。確かに彼は私たちを『アリス』と言うわ。それがこの世界の主人公(アリス)とイコールであるかはわからないけれど」
風変わりな迷宮を眺める『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は果ての迷宮と言う謎だらけのこの場所の入り口のみで全てが解き明かせるものでもないかと嘆息した。
「情報が足りないわね」
「じゃあ、情報を集めに行こう。情報収集はし易い――ううん、むしろ『情報収集してくれ』って雰囲気でもあるしね」
想いを汲み合わしたばかり。そう思えば迷宮探索も華やぎ浮き足立つと思っていたが、こうも身が引き締まるものなのかと『虹を齧って歩こう』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は傍らの恋人を見る。頷いた紫苑の君は主人公が手渡した資料の青いエプロンドレスの乙女の項を撫でた。
「ここが『ワンダーランド』ですか!」
未知の領域で、不思議な世界。それだけでもこころは踊りだすのだと桐神 きり(p3p007718)は楽しげに周囲を見回した。
「やあ、アリス」
きりに声をかけるのんびりやの亀にきりは和やかに挨拶返す。それはワンダーランドとなんら変わりなく見えて、『猫のワルツ』スー・リソライト(p3p006924)は首を傾げた。
「迷宮もこんなかんじなんだ?」
「『こんな』?」
どちらかと言えば穴掘りをメインに行う『観光客』アト・サイン(p3p001394) はスーの言葉を繰り返す。ワンダーランドに来たことのあるスーは迷宮探索は初めてだ。どうにも、この場所が本(ライブノベル)と同じ場所に思えてならないのだ。
「迷宮と言うものは何が起こるか分からないのは確かだね。そうだろ? ペリカ隊長」
「勿論だわさ。でも、本の世界と同じってのは気になることだねぃ。
一応、助っ人も図書館から連れ出した訳だし、何とか情報を掴んで帰りたい所わさ」
ペリカ・ロズィーアンはちらりと後方を見た。特異運命座標たちの背後に隠れるように立っていたのは十層の攻略にて余禄のように生えた図書館に居た秘宝種。人の手よって想像された無生物でありながら、人の命となるコアをその身に宿した新たな可能性の少女は特異運命座標たちの顔を見回して言った。
「……みんなの、助けになる。多分……」
ちょっぴり自信がないのはクレカにとってはこれは初陣なのだ。
「ペリカ隊長は自由行動で。けど、くれぐれもアリスとは出会わないようにね。
心配はしてないけれど、放置していて隊長に死なれても目覚めが悪いんだ。分かるだろ?」
さらりと言ってのけるアトにペリカがけらけらと笑い始める。迷宮というのは良くも悪くもそういう所だ。『穴掘り』歴××年にもなるペリカ・ロズィーアンその人は『油断すれば死ぬ』事は十分知ってはいる。
何せ、果ての迷宮の探索隊長となって何人もの冒険者がトラップで死んでいくのを見て来た。ペリカに言わせれば自分は幸運なのだ。どちらかと言えば非力――穴掘りに特化している彼女の戦闘能力はどちらかと言えば『探索特化』と言わざるを得ないが自称である――であるというペリカは十分知っているが、最近はその認識も緩んでいる気がしたのだと特異運命座標を見回した。
「有難い事に特異運命座標(たいいん)が優秀だと迷宮探索に必要な危機感も緩むもんだわねぃ」
からからと笑う。特異運命座標達の力なくしてはこの迷宮踏破の悲願は叶ってはいなかった。
大量召喚という『世界の変化』にクレカは感謝してもしきれないのだと楽し気に笑って「まあ、生き残るんだよ」とアトの肩をぽん、と叩いた。
「生き残ろう。けど、今回は中々に『いつも通り』だよ。
会うと死ぬ。うん、即死トラップはダンジョンにつきものだ。
死の光線の魔法がビュンビュン飛んでたもんだよ元の世界じゃ……」
肩を竦めるアト。先程チェシャ猫と名乗ったでっぷりとした猫が『本物のアリスに出会うと死ぬ』と言っていた。何とも抽象的な表現なのはこの世界が物語の世界だからなのだろう。
「アリスと出会うと即死とかさっきの猫は言っていたけれど、そういう物語の世界とは思えないんだわさ」
そういう世界なのかと首を傾げるペリカに合わせてクレカもこてんと首を傾げる。ライブノベルは夢のようなものであり、外部の人間には影響はない――のだが、ここが迷宮である以上、そうした曖昧な事であっても「へえ、面白い」と捨て置けないのも確かなものだ。
「うーん……一応自分が知っているアリスのあらすじもまとめたんだけど、そんな殺伐なストーリーじゃないとは思う」
公は自身が作成したあらすじを読み上げながら「ね?」とペリカを見た。なんとも言えないような顔をした彼女(自由行動)はセーブポイント付近での伝令役という『還る場所』を担ったクレカを振り返ってから「むう」と唇を尖らせた。
「じゃあ、分からない事は逐一クレカの所に戻ってきて聞けば皆が調べた情報を共有できるって事で良いんだねぃ?」
「ええ。ペリカも何か分かったら教えて頂戴? 定期的にクレカの所に戻ってきて彼女に情報を共有しておけば伝達だって容易になると思うわ」
イーリンがクレカによろしくね、と柔らかに頼む。どこか不安げであったクレカはイーリンの顔を見てから小さく頷いた。
「大丈夫ですよ、クレカさん。ええと……それじゃあ、行ってきます」
微笑んだドラマにクレカははっとしたように顔を上げてから、「いってらっしゃい」と本で読んだお見送りを実践した。
●
二人ずつに分かれた特異運命座標達。年老いた影の国の馬を呼び出して、アトはきりに「どうぞ」と言った。
老馬は経験に長けているのか年若い馬より遙かに力強く物怖じしない。鋭く不気味で得体もないその眼光を受けてきりはびくりと肩を揺らした。
「乗っても大丈夫ですか?」
「勿論。まあ、年老いてはいるけどそれなりに慣れているから緊張せず」
きりはぱちりと瞬き、その馬を見上げる。アトと共に騎乗してきりが担うは周辺の捜索だ。目、耳、鼻をフル活用してアリスやトランプ兵の接近を察知することを心がける。
『観光客』たるアトは常の通りの大樹ファルカウの一本の枝より編み上げたロープに3mの棒を手にしていた。双眼鏡と共に今回の探索のお供は高速並列思考のポーションと言ったところだ。
大局的見地から特別なひらめきを得る為には脳神経にも疑似的な並列思考を可能とした方がいい。頭脳を担うアトとは対照的にファットマンズカロリーを齧ったきりは『夜を見つめる者』を意味する目薬を所有していた。何があっても大丈夫だと準備をしての二人旅のお開始だ。
「よし、それじゃあ一気に外周部までまず行ってみよう。
あまり考えたくないが、鍵が落ちる危険性があるかもだからね」
「鍵がもしも奈落に落ちたならばゲームオーバーですしね」
周囲の索敵を行うきりは耳を澄ませる。アリスと呼ばれた『主人公』が接近するときは何らかの音がするとは言っていた。もしも此処に練達のゲーム研究室の研究員が居たとするならば『ありがちなゲームの演出』だとでも口にするだろうか。
優れた視力で見遣るは周辺の目視。そして、鼻先でもしっかりと匂いを確認しての違和感を探し続ける。
――――きいん――――
金属音がこすれるような音がした。はっとした様にきりが顔を上げ「アトさん」と呼ぶ。それが何者かの接近と気付き、アトは馬と共に物陰へと滑り込んだ。
「音は?」
「近づいてきます。元来た道に戻りますか?」
アトは口元に手を上げて、荷物をごそりと漁った。信号弾を上空に打ち上げ、アリスの接近を知らせた彼にきりは「こちらに猛烈なスピードで近づいてきます」と焦り声を上げる。
「成程? アリスは信号弾にも反応する……か」
物陰に隠れてやり過ごすことが得策であろうかと崩れる外周より接近してくるアリスに備える。
びりびりと周囲が震え始める。先程聞こえた金属音よりもさらに空気が震え始めて視界が狂う。それをきりは『パースが狂っている』と称した。
「逃げろ逃げろー」
「怖いよー怖いよー」
ズタ袋を被った愉快な人形や二足歩行の蛙たちがどこかへ走っていく。それはアリスに怯えているような雰囲気である事にアトはおや、と首を捻った。どうやら、彼らはみんな『この震えと音』が齎す者を知っているのだろう。
振動し続ける空気の中、一段と金属が擦れる音が大きくなっていく。それをきりは気持ちの悪い音だと言う様に耳を塞いだ。
「来た!」
小さな声で、アトは言う。髪の先には金の色が残っている。青いリボンが揺れ、色彩が抜け落ちたかのような白と黒の少女が華やかな世界を歩いている。エプロンドレスの端には青い色が僅かに残り、少女が手にした本には確かに『アリス』という文字が躍っている。
――――のに。
「え」
きりが目を瞠る。金属音と思わしきそれは少女の聲であったのだろうか。確かに声が聞こえた。
「きり?」
「……今、あの子が喋った様な」
――私が『主人公』だったのに。
その背中が遠ざかっていく。どうやら少女がこちらを認識し、視認した時点で動物たちの云った『死ぬ』という効果が発動するのだろう。
きりがゆっくりとアトを見る。少女の言っていた言葉をアトは口にしてから、首を捻った。
まずは扉を見上げる。人間方位磁針とは物は言いよう。ドラマはその優れた方向感覚で扉の位置と方向をしっかりと記憶した。
迷宮というのは不可思議である。ある迷宮では姿を変貌させながら日々増殖していく成長型のものもあった。ワンダーランドは本の中では愉快で愛らしい場所ではあったが、迷宮の中では崩壊していっており、その止め方はドラマ自身にも分からない。
最後に頼りになるのはこの方向感覚なのかもしれないと、王宮図書館資料(複製)を確認しながら、ドラマはスーと共に探索へと乗り出した。
「うーん。やっぱり不思議な感じっ」
「そうですか?」
ビブリオフォビアとしても不可思議な雰囲気は感じているが、ワンダーランドに好ましい感情を抱いているスーにとってもその違和感は拭いきれないのだろう。
「うん。まあ、考えても始まらないし! まずは鍵を探さないと、ねっ!
……ただ、目立たないのって苦手なんだよね。……がんばりまーす……」
目立てばアリスがやってくる。ドラマは書架の中でもパニックホラー系統は騒がしくした者に魔の手が迫るのだとスーのその言葉を聞いて何気なく考えた。
「とりあえず、ドラマさんの方が『ここ』には詳しいだろうから、お手伝いを頑張るね!」
「はい。音などには注意して進んでいきましょうか」
遭遇してはいけないアリスには特異な音がするという。上空見上げれば信号弾。その距離と方角を確認するようにスーの耳がぴこりと動く。
「……遠い、ね」
「はい。遠いですが一応、離れておきましょうか」
あれがアリスの出現を知らすものだという事は承知済みだ。信号弾の方向に存在するのならば逆の方向――それもワンダーランドの住民たちが歌い踊る楽し気な方向にドラマとスーは歩を進めた。
空は七彩、花弁が舞い踊る。桃色の部分をすいすいと泳いだ蝶々が楽し気にチューリップと会話を交わす。
足元を「失礼」と紳士的に声かけた芋虫にスーはぱちりと瞬いた。誰も彼もがメルヘンという軸の上で生きている。
「あ、あの。『チェシャ猫』さんって知りませんか?」
「おや、猫をお探しですか? どんな猫でしょうか。
ほっそり、でっぷり、肉球がピンク色。はたまた三日月みたいなお口かい? それともぎゅっと窄めているのかい?
ああ、猫は猫でもお嬢さんのようなお耳と尻尾の猫かもしれないね。さあ、どれだい? お客さん(アリス)」
つらつらと言葉を並べ立てる芋虫にスーとドラマは顔を見合わせる。ドラマの脳裏にはシルクハットを被った練達三塔の奇人の姿が浮かんでいた。
(Dr.マッドハッターのような話し方をするのですね……)
何となく共通点がある様な気もしてならないが、スーは「でっぷりさんで三日月お口なんだっ」と説明係の猫の特徴を並べる。芋虫は知っているかいと花たちに問いかけ花は虫たちに探しておやりと声かける。
「ありがとうっ! お礼に良ければ私と一緒に躍りましょっ?」
「ああ、嬉しいじゃないか! さあ、皆。猫を探しておやり。客(アリス)は僕たちと踊ってくれるそうだから!」
ワンダーランドの住民たちはきっと面白おかしい事が好き。だからこそとダンスを踊り始めるそれに虫たちや花々が喜び始める。わあ、と騒ぎ立ったその中で、ドラマはちょこりと腰を下ろしてのんびりと眠っている鼠を見詰める。
「ずっとずっと踊って居たいなあ。お嬢さん(アリス)!」
「うーん、『アリスちゃん』が来たら困っちゃうから、それまでかなっ?
聞きたいことは沢山あるんだけど……とりあえず、堅苦しい話はナシで!
色んな事を、いっぱいね。何が役立つか分からない世界なら、好き勝手に喋ってみてっ?」
スーの作戦は的中したのだろうか。花々たちは楽しそうに話し始める。その中にはローレットの報告書で見た<ワンダーランド>の情報も存在していた。
(誰もスーさんの『アリスちゃんが来たら困る』に疑問を示さなかった……。
彼らも『本来のアリス』と出会えば死ぬというチェシャ猫の言葉を知っているのでしょうか)
僅かにニュアンスが違うアリスの響き。この世界で出会ってはならない少女の事を呼ぶときは固有名詞の様にアリスと呼ぶが、ドラマやスーたちには『お嬢さん』や『お客様』というよそよそしさを感じさせる。
「彼女が本来のアリス、なら我々は彼女にとって忌むべき異物、なのでしょうか」
「異物だよ」
ふああと小さな欠伸を漏らした鼠にドラマはぱちりと瞬いた。口を閉ざした花々たちが突然声を荒げて「やめなよ」と騒ぎ立てる。ダンスを行っていたスーはどうかしたのかとドラマに首を傾げたが、ドラマも分からないと首を振る。
「だって、君達は『アリス』じゃないじゃない」
眠たげな鼠の言葉に「どういう」と言い掛けて――
―――きいん―――
何かが迫ってくる気配にスーとドラマは駆けだした。
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初めての果ての迷宮。シャイネン・ナハトで恋人になったばかりの冒険かのイーリンとの迷宮デート。
ふふ、と唇に笑みを浮かべた事に気づいたかイーリンがウィズィをこつりと小突いて見上げる。
「こら、浮かれないの。深呼吸、2つ半。合わせて――さ、始めるわよ」
イーリンは常の通りの言葉を口にする。『神がそれを望まれる』。この迷宮の謎を解き明かさねばならないのだ。
クレカへと集まる情報は知識の砦に杖に記入し続ける。世界の外側へと向かって歩き出すウィズィとイーリンは花々へと問い掛けて世界が最も崩れやすい場所を目指した。
「動植物とかトランプ兵が『鍵』を持ってる可能性もありそうだよね。外周部分から徐々に内部に進んでいくのもよさそう」
「ええ。同意よ。それじゃあ、意思疎通ができそうな存在を探しながら進んでみましょうか」
旅装束とゴーグルにより迷宮という別環境にも適応して見せるイーリン。流石は冒険家か。備えあれば憂いなしという所だ。
世界の端に近づくにつれて、その場所は夜となっていく。イーリンとウィズィは簡単なハンドサインでの意思疎通を図り、ウィズィの聴覚の邪魔にならぬようにと気を配り見回した。
(地面が崩れていっているのね。けれど……そこまで進行度はないみたい)
イーリンが確かめるように土を撫でる。その仕草を見ながら、ウィズィは「夜が昼を侵食するみたいだ」と言った。
「それ、正しいかもしれないわ」
「……そう?」
「そう。世界が昏く包まれると言うなら、夜が飲み込んでしまうのかもしれない。
なら、時間経過――例えば、そうね。『この世界に訪れた転機』で世界が侵食されていってるのかも」
イーリンはその転機が何か知れればいいのに、と小さく呟いた。その背中に「もしもし、もしもし」と何度も呼びかける者がいる。二人揃って振り返れば天道虫が恥ずかしそうにイーリンとウィズィを見詰めていた。
「そんな場所で何をしてるんですか。危ないですよ。夜の闇にごっくんですよ」
「夜の闇?」
「だって、だって、この世界の名前は<黄金色の昼下がり>なんでしょう」
もじもじとした天道虫。どうやら今回は良い相手を見つけたのだとウィズィは軽快をすこしばかり和らげて聞きたい事があると天道虫へと近付いた。
「扉の鍵について何か知ってますか? 鍵みたいなものを見たことあります?」
「鍵! チェシャ猫が言っていたね。知ってるとも知ってるとも。チェシャ猫が見せてくれたもん」
「『見せてくれた』」
その言葉をイーリンもウィズィも重ねて、視線を合わせる。成程、探せと言いつつ自分が持って居るとは何とも悪戯好きではないか。話せる相手だからこそ対話で何か引き出せるだろうと視線を送ったウィズィにイーリンは頷き、メカカレッジをクレカへと派遣した。
「色無しアリスのこと知ってます? 良い人?」
「主人公(アリス)? し、知ってるさ。だって、この世界の住民はみんな彼女が大好きだから!」
天道虫の言葉にウィズィはふむ、と小さく呟いた。どうやらアリスから逃げているのはチェシャ猫だけだ。
ならば、チェシャ猫が鍵を持って居るからこそアリスに追いかけられているのかもしれない。遠い空にアトの信号弾が見える――アリスが居たのだろう。ならば、彼女の行先にチェシャ猫が居るかもしれない。
「ねえ、扉の鍵はどうして必要なのかしら?」
「主人公(アリス)は外に行きたいのさ。君達と違って、僕らは本の住民で……世界に肯定されていな、」
そこまで言った時、天道虫の体がぱきりと半分に割れた。遠巻きにトランプ兵が見える。
「イーリン!」
「ええ。アリスの家に関しては後で誰かに聞きましょう。
でも分かった事があるから戦いながら聞いてくれるかしら?」
「勿論!」
靡く紫苑を追い掛けてウィズィが跳躍する。君と一緒なら強くなれると両の掌に力を込めたウィズィにイーリンは楽し気に笑う。
「『アリスは混沌世界に肯定されていない』『アリスは私達を認識している』」
「それから――『アリスは鍵を手に入れてセーブポイント』に行きたい!」
「結局アリスって誰なんです?」
エマの問いはある意味で正しいものであった。フリルドレスを揺らしながらポシェティケトは首を傾げる。
エマの進む速度に合わせるためにおはぎを頬張る彼女はのんびりと「エマもどうかしら?」とぼたもちを差し出した。
「あ、ありがとうございます。さて、行きましょうか。
大分分散しての探索となります。吉と出るか、凶と出るか。ひひっ」
「ふふ。クララシュシュルカ・ポッケもご一緒なのよ。きっと楽しい旅になるわ」
感覚を研ぎ澄ませるエマにクララシュシュルカと共に自身の勘を研ぎ澄ませるポシェティケトが歩を進める。
――ほんとう主人公のアリス 探しているのは慌てるウサギ? それとも物語のゴール?
見つけて欲しいけれど いまは、まだ待っていて――
謳う様に。ポシェティケトが告げたそれにエマは「アリスはウサギを追い求めて走ってるんですよね?」と首を傾げる。
「ええ、けれど。どうやら『ほんとうのアリス』は今日はウサギさんを追い掛けてはいないみたい。
転寝から目覚めて走り出したけれど、落ちた先では悪戯ねこさんに出会ってしまったからかしら?」
「ひひっ、かもしれませんねぇ。我々だって悪戯ねこに良いように遊ばれてる気さえします」
至近距離で世界が震える音がする。顔を見合わせたエマが気配を消し走りだしたそれに追従するようにポシェティケトが走り出す。近くで信号弾が上がる音がする。
――――きいん――――
離れれば、その音は遠く消え去った。ほっと胸を撫で下ろして行うは物陰や本棚、箱の捜索だ。
次の階層へと続く扉をこつこつと殴ったエマは「ワイズキーで開いちゃったりしないでしょうかねえ」と冗談めかす。
「まあ! 開いてしまったらどうしましょう?」
「魔法の鍵には流石の鍵開け技能も使えませんね」
残念だわとくすくす笑ったポシェティケトは「御機嫌よう」と笑みを溢す。扉を数度ノックして妖精を伴ったポシェティケトはにんまりと笑う。
「もしもし、ドアさん。ワタシは鹿です。あなたの鍵はどんな鍵? どこへ逃げたか、ご存知かしら?」
「やあ、お客様(アリス)。僕の鍵はお茶目な鍵さ。
もふもふとした動物が大好きでね、いっつもどこかに行っては動物の背中で昼寝をするのさ」
答えるんだ、と言う様にエマはポシェティケトと扉を見遣った。なんでも喋ることにはつい「えひゃひゃ!」と笑みが飛び出しては仕方がない。
「それじゃ、今回お留守なのも動物の背に乗っかってったってワケですか?
はた迷惑な鍵ですねぇ……けど、<黄金色の昼下がり>の昼寝を邪魔してるのは此方でしょうか、ひひひっ!」
「面白いお客様(アリス)だ! この世界は外では<黄金色の昼下がり>と呼ばれているんだよね。
そうさ、僕らは永遠に穏やかで楽しい夢を続けていたのさ。でも、主人公(アリス)が嫌がってしまった!」
「いや?」とポシェティケトが首を傾げる。探索便利セットで周辺の野草や木の実を拾っていた彼女に扉はそうさ、と頷いた。
「君達が<ワンダーランド>に訪れてから、世界は大きく変わったのさ。
僕らは沢山の友人(アリス)に喜んでいたけれど、主人公(アリス)はそうじゃなかったみたいだ」
「どうしてかしら。ほんとうの主人公のアリスだって鹿たちと遊べばいいのに。鹿はお嫌いだった?」
「さあ! 僕らは鹿は君しか知らないからね! 君達は生まれ故郷があって、世界に肯定されているだろう。
なんたって、主人公(アリス)は名無しさ。
この世界に飛び込んだ君達と同じ物語の主人公としてとりあえずアリスという名前が与えられただけのジェーン・ドゥ(名無し)」
あくまでも、この世界では外部の人間をアリスと呼んだ。
ならば、元からいた筈の主人公はその存在が大きく霞む。その言葉を聞きながらポシェティケトは「アリスはお外に出たかったのね」と小さく呟いた。
●
ファミリアーで使役した小さな鳥は公へと仲間達が調べた情報を伝えた。曰く、ふわふわ毛並みのチェシャ猫の背中で鍵はお昼寝中らしいのだ。
「成程……? ワンダーランドの入り口のカギとは大きく形状も違う上に、生き物なのか」
「鍵の形には鍵の形、らしいけど。うーん、何処にいるかな」
アリスを避けながらの猫探しだ。その聴力を活かしてアリスを警戒する公に合わせて空を飛びながらサイズは上空寄り索敵していた。
別方向に進む公はコータスレースを肴に茶会をしている面々を見つけてサイズに声をかけた。空は隠れる場所がない分、アリスに発見される可能性が高くなる。
仲間達の収集した情報を手にしていたクレカは「アリスがこちらを認識した状態で視認されるとアウト」と二人に告げていた。それ故に、空でアリスに視認されては一溜まりもないのだ。
サイズは妖精という小さな体躯を生かして活動してはいたが、何処からともなく聞こえる音に公が撤退を促した現状となる。
「空、どうだった?」
「……向こうの空から夜が迫ってきている感じはするな……。ハイリスクハイリターンである事は承知の上で飛んでいたが……」
世界の端へと向かったアトときり、イーリンとウィズィよりは夜が侵食してきており、時間経過で空の色が変わる様に世界も崩落しているという情報がクレカの元に蓄積されていた。
一先ずは脅威は去っただろうと上空に飛び、再度探すサイズ。目を凝らし、猫を探せというオーダーをしっかりとこなし続ける。
――――きいん――――
音が聞こえるとファミリアーにより通達しながら公はお茶会に参加して、猫の居場所を問い掛けた。
「うーん……時計兎を追い掛けている筈のアリスはお茶会に来なかったんだね?」
「そうだよ。だって、主人公(アリス)ったらチェシャ猫ばっかり追い掛けてる。
今までこんなことなかったのに! 主人公(アリス)はしっかりと兎を追い掛けなくっちゃ」
動物たちの言葉おききながら公は本来のストーリーとは意図せぬ動きをしだしたのだと認識した。
曰く、主人公(アリス)は物語に書かれたとおりに動いていたのだという。それがなくなったのはこの世界が本(ライブノベル)になった時からだ。
扉の鍵を開いて、新たなお客様(アリス)を認識した主人公(アリス)は自身も可能性を浴びた。
残念ながら、彼女は混沌世界には肯定されず――この世界もただの本で終わる筈だったが、主人公(アリス)は芽生えた自我でどうしてもその運命を壊そうとしたのだろう。
「アリスは……旅人?」
公は小さく呟いた。世界が震え出す。茶会にはそれなりに礼を言って公は遠く離れようとして、上空でサイズが固まった事に気づいた。
(固まった……?)
遠くよりアリスが彼を視認したか。空というハイリスクであったのだろう。彼の体がぽろぽろと崩れて落ちてくるのに公はぎょっと目を見開いた。
「――え!?」
「わー。お客様(アリス)が金平糖になっちゃった! ほら、お客様(アリス)も拾って拾って」
籠を手渡され落ちて来た欠片を拾い集める。一山こんもりと作られた籠を見下ろせばサイズがぎょっとした顔をしながら「アリスと目が合った」と言った。
「集めたら戻るんだ……?」
「戻るさ! でも、お客様(アリス)は一度死んだね!」
何でもありだな、ワンダーランドと小さくぼやいたサイズの手を引いて公は一先ずは知り出す。
さあ、逃げろ逃げろ。時計兎の様に急いで、走らなくては。
ふと、サイズが「あっちに猫が居た」と言った。セーブポイントの程近い位置で欠伸をしていたというその猫を探しに公は「チェシャ猫」の所に行こうと相棒を振り返った。
謳う動物たちと共に世界の外周に辿り着いたきりとアト。動物たちは「こわいこわい」と外周にまでは近寄らないが、華やかであった世界が外に近づくにつれて夜がやってくるかのように暗くなった。
「それで、この世界の生物たちは何て言ってた?」
「アリスはやきもちを焼いているって言ってましたね。それから、この世界の果ての事は『夜』って」
菓子を手渡して生物たちに問いかけたのだというきりにアトはふむ、と小さく呟いた。
崩れた底には何か存在するだろうか。石を投げる。何も聞こえない。反響音もない。正しく、奈落だ。
断面に当たるこの部分はどうかとアトが手を伸ばす。夜空には触れられぬ様にそこには何も存在していない――だが、確かに足元はぼろぼろと崩れていく。
さて、どうしたものだろうか。
――――きいん――――
「まずいな。ここで出会うと隠れる場所も崩れていってる。音から離れよう」
「はい! 音とは逆に走ってからセーブポイントに戻りましょう」
馬と共に走り出したアトときり。音は一向に離れない事からアリスが追い掛けて来ることが分かる。
一先ずは引き離すだけ引き離さねばならないと目を合わせぬ様にアトときりが進んだ方向には他の仲間達が集合していた。
「やあ、一同会しているね」
「ええ。どうにも、扉の前に戻ってきた猫が転寝していたから、ドアとお話ししたポシェティケトが鍵を『起こしたみたい』なの」
イーリンの言葉にアトはきょとんとした顔をして「鍵を起こした!」と笑った。
本当に鍵は起こされたのだろう。探索していたペリカが「うかうかしてると金平糖だわさ」と楽し気にクレカと遊んでいる。
どうやら、本当に鍵を手に入れ、そして開いたのだろう。先に続く階段が扉の向こうには覗いている。
いつの間にやら音が消えていたことに気付いてアトときりは顔を見合わせた。
「……どうかしたのか?」
サイズの問い掛けに二人は「アリスの音が消えた」と呟く。
「扉が開いたからでしょうか……」
ドラマが首を傾げたそれにスーは「かもしれないねっ」とぱちりと瞬いて見せる。
「もう行くのかい?」
「うん。扉が開いたからっ。いろいろとありがとう!」
たくさんお話したのだと水煙草を燻らせた巨大な芋虫に笑い掛けたスーに「手土産に昔話をしてやろうかね」と芋虫は這い寄った。
「のんびりしていて大丈夫なのかしら? ほんとうのアリスが怒ったりはしない?」
「大丈夫さ。どうせ、アリスは此処からは出られない。いや、出たところで金平糖だ!
僕らは異物さ。混沌世界(このせかい)に認められず、軋轢を生み、崩れていくだけの只の塵。
彼女がこの物語から出たがった。本の登場人物が本の外に出たところで、彼女は存在できないのだからね!
主人公という『物語』をなくしたからこそこの世界は崩れかけている」
堂々と告げた芋虫にポシェティケトはまん丸とした瞳で「可哀想なアリス」と言った。
「あの子はお外に出たいのね。鹿たちと冒険がしたかったのね。
けれど……まだ、クレカの様に可能性を得ていないんだわ。何所にも行けやしないのね」
悲しい悲しい一人の少女だとポシェティケトは眉を下げた。
その言葉を脳内で反芻させてウィズィは「此の儘だとこの世界はなくなってしまうの?」と芋虫に問いかける。
「君達がこの世界に来てくれるだけでこの世界は主人公を受け入れた事になるのさ。
だからこそ、君達が此処に来てくれる。それだけでこの世界は救われる! ――彼女が本当に外に出るまではね」
「……外に、でれるの?」
イーリンがゆっくりと問い掛ける。芋虫は「そこのお嬢ちゃんだって本から出たじゃないか」とクレカを指す。
それは混沌世界の悪戯だ。急速に運命が動いていく。
図書館で特異運命座標達が集めた境界の親和性。その存在を世界股かけ轟かせる特異運命座標達の可能性を帯びて何れは本の住民たちも図書館の外に出るだろうと芋虫は予見した。
彼がどうしてそこまで知っているのかは分からない。どうして、と問おうとしたドラマはその芋虫の体も『金平糖』の様に崩れて居ていることに気づく。
(死んでしまうんですね――だから、世界の全てを知っていた)
芋虫がぽろぽろと崩れる様を見ながらスーは「次に行こう」と力強くいった。
今はこの階層をクリアして、迷宮についての報告をしなければならない。
次のセーブポイントがあったと振り返ったペリカがぎょっとしたように目を見開き、それにつられてイーリンが振り返る。
「……アリス」
「――『ジェーン・ドゥ』。そう呼びなさいよ、赤の女王(わたしのてき)」
色彩の抜け落ちた脱色した白い髪。大きな青いリボンと白薔薇の飾りだけが鮮やかな色彩を感じさせる。
振り向いて、見ても『セーブポイント』に到達した特異運命座標達には彼女を見たら死ぬなどという奇妙な現象は訪れない。
「すぐ、行くわ」
憎悪を孕んだその言葉。そうしてから彼女は掻き消えた。
そこに残ったのは、花々が歌い踊る<ワンダーランド>だけだった。
アリスよアリス、何故踊る。
世界の行末が分かって、恐ろしいのかしら――?
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ!
風変わりな『迷宮』でした。皆さんが集めた境界名声(親和性)により迷宮に突如として現れた<ワンダーランド>。
どうやら、そこの住民、アリスは『皆さんと同じ混沌世界』に行きたいと願っているようです。
予想以上に様々な情報の収集や工夫をして頂けていた事での大成功です。情報たんまりです!
果たしてそれがどうなるか……は今後を楽しみにして頂ければと思います。
迷宮の次の階層も頑張ってください!
GMコメント
●成功条件
・果ての迷宮十二層に存在すると言われる『鍵』を入手する
・『鍵』の入手前にイレギュラーズの半数以上が戦闘不能にならない(『アリス』と出会わない)
●ワンダーランド
世界の名前は『黄金色の昼下がり』。住民たちはワンダーランドと呼びます。
メルヘンでカラフルな『おもちゃ箱』の様な場所が『ワンダーランド』です。
ライブノベルや拙作『<物語の娘>ワンダー・ワンダー・ワンダー』で訪れる事のあったワンダーランドと同じ世界です。
クレカ曰く『ワンダーランド』は幾重にも存在し『不思議を呑み込んでいる』らしく、様々な要素を飲み喰らい日々変化をして行くそうです。
花々が咲き、メルヘンチックな世界には面白おかしい喋る茸や芋虫さん、ハンプティダンプティ、コーカスレースに眠り鼠など様々な存在が歩き回っています。
勿論、此処に足を踏み入れれば貴方達は『主人公(アリス)』と呼ばれるでしょう!
しかし――この世界には『アリス』と呼ばれる少女がいるようです……
そして――世界の端からは『世界』が虚空に滑り落ちていっています。
●『アリス』
ワンダーランドに存在する少女です。全ての色彩が抜け落ちて、存在も消えかかった少女。
元は金の髪にエプロンドレスの可愛らしい少女でした。
ああ、けれど……今は害をなす存在です。彼女と出会うと特異運命座標は戦闘不能となります。
『果ての迷宮』の防護機能なのか、アリスが近付くと世界はびりびりと震え、何らかの音が聞こえるそうです。
今回に限ってはワンダーランドの中の『アリス』は出会ってはいけないエネミーです。
彼女にも何か目的があるようですが……
●『ガラクタのトランプ兵』
アリスが虚空より引き連れるモノクロの存在です。全てが毀れ落ちて存在も消えかかった彼らは明確に敵エネミーです。
様々な所に点在し、特異運命座標へと襲い掛かります。
●<果ての迷宮>独自ルール
※セーブについて
幻想王家(現在はフォルデルマン)は『探索者の鍵』という果ての迷宮の攻略情報を『セーブ』し、現在階層までの転移を可能にするアイテムを持っています。これは初代の勇者王が『スターテクノクラート』と呼ばれる天才アーティファクトクリエイターに依頼して作成して貰った王家の秘宝であり、その技術は遺失級です。(但し前述の魔術師は今も存命なのですが)
セーブという要素は果ての迷宮に挑戦出来る人間が王侯貴族が認めたきちんとした人間でなければならない一つの理由にもなっています。
※名代について
フォルデルマン、レイガルテ、リーゼロッテ、ガブリエル、他果ての迷宮探索が可能な有力貴族等、そういったスポンサーの誰に助力するかをプレイング内一行目に【名前】という形式で記載して下さい。
誰の名代として参加したイレギュラーズが多かったかを果ての迷宮特設ページでカウントし続け、迷宮攻略に対しての各勢力の貢献度という形で反映予定です。展開等が変わる可能性があります。
●取得名声
本シナリオでは『境界』名声を取得することができます。
●同行NPC
・ペリカ・ロジィーアン
タフな物理系トータルファイターです。
皆さんを守るために独自の判断で行動しますが、頼めば割と聞き入れてくれます。
出来れば戦いに参加せず、最後尾から作戦全体を見たいと希望しています。
戦いへの参加を要請する場合は戦力があがりますが、それ以外の危険は大きくなる恐れがあります。
・クレカ
果ての迷宮の『枝葉』ホライゾン・ライブラリの館長。 秘宝種(レガシーゼロ)。異世界の魔術師(にんぎょうし)が作成したゴーレムが長い年月をかけ、混沌世界にて『覚醒』した結果、その命を帯びた少女です。(彼女は一応『純種』となります)
無性別ではありますがペリカを元にしている事が分かる為、便宜上『彼女』と呼びます。
戦闘は苦手ではありますがそれなりに戦います。一応はサポートタイプ。
よろしくお願いします。
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