PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ツキを得る為のシックスペンス

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●届かぬ月と成り果てる前に
 女手一つで私を育ててくれた母が病気になった。
 なんて事はない、ただ働き詰めの疲れが出てしまっただけだ。
 私たちのような中流階級の者にはたまにある話で、悲劇ともいえない。モンスターに殺される事が有り触れたこの世の中では、むしろ幸せな方だろう。
 今後は私が代わりにお金を稼いで、母さんを楽させてあげればいいだけだ。

 仕事道具を目の前にして、ぼろぼろと涙が溢れ出た。ぐちゃぐちゃな顔をして泣いた。おとなげなく本気で泣いてしまった為に顔が痺れて、真っ赤に腫れ上がった。
 情けない。情けない。情けない。母が見たらなんと言うだろうか。

 ――アンリ。貴方は絵が上手。頑張ればきっと、凄い画家になれるわ。

 母の言葉が脳裏に蘇った。私が泣いているのは大好きだった母が病気になったのが悲しかったのはもちろん、未だ母の期待に応えられていない自分が情けなかった。あわよくば、大金を得て母親が大好きなムーンストーンでも買ってあげようなんて幼い夢も抱いていた。
 くだらない夢だった。
 夢から飛び出した私を待ち受けていたのは、「貴族は無名の画家になど決して大金を出さない」という当たり前の現実だ。もしあるとするならば、その画家が突出した才能を持っていた時だろう。
 私はそんな秀でたものは持ち合わせていない。過去の芸術家達を参考に、ひたむきに彼らを学んで芸術学校の卒業までこぎ着けた事だけだ。彼らへの売り込み方など学んでいないし、芸術という意味合いではまだまだ研鑽するべきだろう。
 血の気が引く思いだった。才気ある者に追いつく為には、ありとあらゆるモノが足りていない。

●幸運(ツキ)を得る為に
「――かくして、芸術家が追い続けた月の光は輝かしい夢か、あるいは無謀な狂気か。ららら~♪」
 吟遊詩人気取りなのか、調子外れに大袈裟な歌っているガキんちょ。もとい『若き情報屋』柳田・龍之介(p3n000020)。
 イレギュラーズが目の前にいる事に気付いて、恥ずかしくなったのか頬を赤くしながら咳払いをした。
「オホン! ……えぇっと、新人画家のアンリ・ゴーギャンさんからの依頼です。新進気鋭、といえば聞こえはいいですが。そのまま夢破れた者は芸術が盛んなこの幻想では数知れません。なにせ競合相手が多いですからね」
 残酷な物言いだった。だが事実だ。芸術の手腕以上に、それが商売として成り立たねばどうにもならぬ。才気を持った者でさえ、幸運を得られなければ彼らに与えられるのは死後の名声という当人にとって無意味なものだ。
「つ、ま、り。そういう事ですよ! 若き画家が我々に求めているのは幻想での名声か……あるいは、貴族に売り込む為の手腕! もしもイレギュラーズ様に美術の心得や他に役立ちそうな知識がおありであれば、彼女に才能を分け与えてあげる事だってできるやもしれませんっ!!」
 要は、自分達に思いつく限りの役立ちそうな培ってきた知識や経験、それに人脈をいっぺんに求められているという事か。
 イレギュラーズが依頼の内容を理解した様子を見て、龍之介はニヤリと笑った。
「芸術家は天上に輝く“ツキ”へと手を届かせる。そして僕たちは六ペンス……もとい、報酬も貰えるというステキな話じゃございやせんか! 我らのイレギュラーズ様ならきっと両方もぎ取ってくれますよ!」

GMコメント

●成功条件
・『新米画家アンリの行く末について、結果を得られる事』
 彼女がパトロンを得たり、作品を継続的に売れる機会を得られれば、立派に結果を得られたといえるでしょう。
 無名の彼女がそうなる為には相応の手順が必要であり、それを狙う場合はイレギュラーズそれぞれの知恵が必要です。

●環境情報
 幻想の広域。詳細な場所についてはイレギュラーズに委ねられる。
 リプレイ通しておおよそ一週間前後という扱いの為、準備に使える時間は非常に多め。
 しかし一人で複数の事を奔走するより、場面毎に集中した方が成果が得られやすいかもしれません。

●NPC情報
『新米画家』アンリ・ゴーギャン
 中流階級の出自で、二十にも満たない若き無名の画家。その稼ぎはかろうじて生計を立てられる程度。
 芸術学校で講習を受けている事から、ある程度の技術は有しているようです。
 しかしその技術は、いってしまえば過去の芸術家達を模範したものにすぎません。芸術家として成功する為には、彼女自身の様々な経験が足りていないのです。
 もしイレギュラーズが芸術の才能や知識があるならば、彼女に適した教えを与える事が出来るでしょう。
 戦闘・運動能力や容姿が秀でているなら絵画の良いモデルにだって成り得ます。
 商売に関する知識や何かしら話術があれば、彼女の絵をパトロンへ売り込む事だって上手くいくかもしれません。
 それ以外にも様々。要は技術(スキル)の使いよう。イレギュラーズ達各々が得意な事で彼女に知恵を与えてやればよいのです。

●名声処理について:
 名声が高ければ高いほど、イレギュラーズは幻想の人々に名が知れています。
 口添えの形で貴族に売り込むならば、少なくともお目通りは適うでしょう。そうでなくとも有名な傭兵というのは絵画のモデルとして買い手に好まれる題材です。
 もしもイレギュラーズが幻想以外で名声を得ていたならば、外の地域に売り込む事も出来るやもしれません。それはそれで、また違った良い結果を生む事になるでしょう。
 …………そして悪名声が高く、悪徳貴族に売り込む事を敢えて選択した場合はより容易にパトロンを得られるでしょう。贋作の作り手として。
 その場合はもちろんイレギュラーズ達の悪名が高まります。悪徳的な手段に走る場合、仲間とよくよく相談を。

  • ツキを得る為のシックスペンス完了
  • GM名稗田 ケロ子
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年01月10日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談10日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

レオン・カルラ(p3p000250)
名無しの人形師と
サイズ(p3p000319)
妖精■■として
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
清水 洸汰(p3p000845)
理想のにーちゃん
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
スー・リソライト(p3p006924)
猫のワルツ

リプレイ

●一日目:需要
 幻想貴族シャル=アルメリアの屋敷。『孤高装兵』ヨハン=レーム(p3p001117)の計らいにて、女性貴族が集まっていた。
 ヨハンと共に招かれた依頼人のアンリは豪華絢爛な内装に眩暈を覚えながらも、心を躍らせていた。
「まさか、早速貴族様に絵を買っていただけるチャンスを得られるなんて」
「いくら実力があっても目に留まる機会がなければ評価されないというのが芸術と思ってます!」
 自信満々に振る舞うヨハン。何せ、今回売り込む絵画は自分がモデルになっているのだ。お嬢様の知り合いとあらば喜ぶ代物でろう。
「ヨハンちゃん! 貴方の絵が売ってもらえるって本当!?」
 女性貴族の一人が部屋に駆け込んできた。大事そうに脇に抱えているのは……先にヨハンが配ったおねショタ同人誌?
 猪突猛進と表現していいのか、相手の勢いに目を白黒させるヨハンとアンリ。しかし、とりあえず、ヨハンの絵画目当てなのは間違いなかろう。
「えぇ。気に入ればで良いので支援してもらえないかと……あとその、ちょっとだけなら猫耳も触っていいですよ」
「まぁ、本当!? 早速絵画の方を拝見させていただこうかしら!!」
 そういわれて、女性貴族は抱きつかんばかりの勢いでヨハンに迫りかけた。しかし理性が勝ったのか、白い布で覆われたキャンバスの方へ体をギュルリと向ける。安堵するヨハン。
「ふ、ふふん、掘り出し物かもしれませんよ! 僕からのお願いですっ!」
 さて、ヨハンは白い布を取り払ってキャンバスを露わにした。
 その絵画は、写実的で素人目に見ると上手く描けていると思う。ヨハン自身、特徴を捉えて「格好良く描いてもらえた」と中々満足していた。
 しかしどうだろう。女性貴族の反応はといえば先の興奮した振る舞いと一変して、落ち着いた眼差しで絵画を見ている。
「ヨハンちゃんがモデルなら、高値が付くでしょうね」
 その言葉に、アンリはヒヤリとしたものが背中に叩きつけられたように感じた。
「格好良いでしょう! お姉様が支援をして下さるのなら、その恩返しにお姉様自身の絵も描いてもらえるかもしれませんよ」
 女性貴族はそれについて何も返答は言わず、ヨハンに向けて笑顔を作ると「この絵画いただこうかしら。一体いくらなのかしら?」とお淑やかに述べた。

●二日目:売り込み作戦
「で、結局パトロンの申し出はなかったワケか」
 憔悴気味のアンリから事情を聞いた『アニキ!』サンディ・カルタ(p3p000438)。
 サンディは次の手を打つ為に宣伝用の作品を受け取ったが、それで貴族からパトロンの申し出が無かった理由がおおよそ察しがついた。
 耽美(?)に向くかどうかという絵柄の問題もあるだろうが……それらも含めて、仲間の誰かに芸術の心得があれば、今からでも矯正し得るのか。
「ゲージュツって難しいよな。何に価値があるかなんて基本的にゃ見る側次第だし」
 何にしても描きたいものがあるならそれを描くしかねーはずなんだ。サンディは内心で言葉にしつつ、頭を掻いた。
「ま、そんなことも言ってらんねーのが実情だし、レディの役に立てるんなら俺としても悪くはねー」
 目の前にいる彼女の顔がえらく不安そうなのもあって、サンディはニッと笑いながらアニキカゼを吹かせて街中へと駆け出した。

 とはいえ、何処に売り込みに行くべきかとサンディは幻想の街中を歩きながらおおいに悩んだ。
 貴族への売り込みは他の仲間に任せるとして、自分の得意先といえば……。
「……そのあたりに一枚ずつくらい飾ってもらえないか、そこのマスターやオーナーと交渉しにいくか」
 サンディはそういって、落ち着いた雰囲気の酒場を見つけて入店した。
 年季が入ったマスターに出迎えられたサンディは、内装を見ては機嫌良さそうに頷く。
「この店なら打って付けだな」
 軽い食事を頼みながら、「この絵を店に飾らせてもらえないか」と相談をもちかけるサンディ。
 マスターは物珍しい相談に少し考えたように口に手を当てていたが、サンディの口ぶりや『宣伝費用』を支払うという事もあってその提案は好意的に受け入れられた。
「あぁ、構わないよ。それにしても……」
 マスターは渡された内の一枚を見て、とても興味深そうに尋ねる。
「ローレットの傭兵がモデルの絵画か。作者もローレットの傭兵さんかい?」
 サンディは心の内でニヤリとしながら、絵の説明についてはモデルの名前程度に留めて次の酒場へ向かう事にした。

●三日目:表現者
 ――あぁ、こいつは見た事がある。あの時に活躍したローレットの傭兵ではないか。演技が良い代物だ。
 ――でも、画家の名前が書いてないわね。一体誰なのかしら。

 そんな噂で酒場が盛り上がっていた様子を、人形劇を演じて画家本人に伝える人形師の子と人形二体……『名無しの人形師と』レオン・カルラ(p3p000250)。
 アンリはその事が面映ゆいやら、人形劇から喜ばしい思いが募って来るやら。両頬に手を合わせていて微笑んでいた。
「あ、ありがとう、イレギュラーズさん」
 彼らが持ち込んだ情報誌にもその事柄は、小さくだが確かに載っている。無名のアンリにとって大きな進歩だった。
 人形師の子は情報誌の表紙とアンリの絵を見比べて、羨ましそうな、何か言いたそうな振る舞いをした。
「どうしたの?」
『この子は、雑誌に載ってる画家さんと同じくらい上手って言いたいみたい』
 アンリがきょとんとして尋ねると、人形のカルラが代わりにそう言った。
 人形の言葉にアンリはまた嬉しそうにしたのち、少し悲しそうに首を振る。
「うぅん、表紙を描いてる人は自分の描き方を確立してるわ。私は他人の描き方を模範してるだけだもの」
 それを聞いたレオンとカルラは、何か考えたように腕を組んだ。
『上手な人の模倣ってとっても大切』「だけど、それだけじゃ、ダメなのが難しいね」
 レオンとカルラからしてみれば、先ほど人形劇を観ていたアンリはその光景を楽しんでいるように伺えた。
 だが、彼女が自分の絵画を描いている時はそれらの感情は見えてこない。
「心を動かすには」『心が動いてないとダメ』
 アンリが今現在で絵を描く原動力としているのは、芸術家として成功しない事への焦燥感だろう。人形劇しかり、絵画しかり、表現者の心というのは“ソレ”に映る。
『焦れば褪せる』「思いは伝わる」
 表現者同士それはある意味で見抜きやすい事柄だ。アンリはこんな小さな子供にそれを見抜かれた事に驚いて、名無しの人形師に問いかけた。
「イレギュラーズさんは、この世界で生きていくのは……大変ではないの?」
 イレギュラーズが担うローレットの傭兵業は、画家の死活問題以上に危険と隣り合わせだ。異世界から招かれたともあれば、辛い時に親へ泣きつく事も出来ぬ。
 彼女のそんな言い分を聞いて、レオンとカルラはお互いの顔を見合わせてから言った。
「この世界の良さをたくさん見たよ。皆との夏祭りや、貴族の舞踏会」『ええ。私たちの世界と違って面白いの』
 アンリは人形達が楽しげに話すのを聞いて、羨ましそうな顔。人形師の子供はその顔を見て、アンリの手をきゅっと握った。
「とっておき」『教えてあげる』
 外の景色は、優しい世界の素敵な月夜。蜂蜜色の甘い夜。
 名無しの人形師が無名の画家の観察眼を養うにとって、今宵は良い日だった。

●四日目:進路相談
「何か、よい事でもありましたか」
 アンリの表情を見て不思議そうに尋ねる『司令官』桜咲 珠緒(p3p004426)。アンリは今日会ってからずっと微笑んでいる。
「今日のイレギュラーズさんも、頼れそうな方々だと思いまして」
 その言葉を聞いた珠緒は他の者がよくやったのだろうと内心で納得したが、傍らにいた相方はその言葉に敏感に反応した。
「皆とっても頼りになる人達だから、安心して任せてちょうだい!」
 委員長、もとい『ペリドット・グリーンの決意』藤野 蛍(p3p003861)は「頼れそう」という言葉が自分にも向けられているのを感じて、萎縮しかけていた気を取り直した。
「まずは現状や悩みを改めて聞かせてほしいな。ボク達にとってもアンリさん自身にとっても、問題点の再認識は行動の起点として必要だと思うのよ」
 学校で使われるような進路指導の本も参考にしながら、蛍はそれらしい話題を示した。
 アンリは思い悩んだ仕草をしてから、その話題に答える。
「画家としての仕事であれば、何にでも飛びつくと思います」
 それ以外にお金になりそうな技術が私にはないですから、と小声にした。
 その様子を見て「ほっといたら贋作作りとか危うい仕事にすら手を出しちゃいそうだなぁ」と苦い顔をする蛍。
 彼女にとって仕事を選ぶ余裕は無いのだ。傭兵として戦う自分達の境遇と似通っている側面はある。そんな考えが表情で通じ合ったのか、お互い苦笑い。
「なるほど。競争激しい業界において、一足飛びで結果に手を届かせねばならないのですね」
 苦笑いする彼女らを前に、静かに頷く珠緒。アンリにスッと手を差し伸べる。
「ご事情にも、何ら恥じることはございません。行い得る限りの力添えをいたしましょう」
 接触系のスキルかギフトか。アンリはソレをけ入れる了承も兼ねて、珠緒の手を握った。
 ――すると、どうだ。目の前に見えて来たのは海洋の軍事演習の艦隊。鉄帝の熱狂渦巻くラド・バウ。深緑の象徴、大樹ファルカウ……どれもこれも幻想で見られない光景だ。
「もともと戦場に身を置く生活でなかった旅人の気持ちは、共感いただけると思うのです」
 アンリは目を白黒させ、まばたきも忘れかける程にイレギュラーズが見て来た光景をじっと見つめていた。
「参考になるでしょ。私もイレギュラーズとして参加してきた大戦のお話、とか。こ、これでも幻想でそこそこの名声を得てるから、聞いて損はないわよ!? ……たぶん」
 映像を拝見している最中、頼りなさげに蛍が言う。珠緒が見せる映像の中には、蛍が仲間を守る勇姿が見える時もあるのだが……。
「自分に自信が持てない時は、誰だってあります」
 画家と委員長、どちらにも通じる言い方をする珠緒。
「でも、他人から見ればそうじゃないかもしれませんよ。自分が気付いていないだけかもしれません」
 アンリと蛍は、そういわれて考え込んだ。珠緒は微笑みを浮かべながら、仕事の話を続ける。
「……デザインとか、お好きですか? 貴族向けの化粧品を扱う商人に、伝手がありますよ。提携して商品容器のデザインをするですとか、広告を描くとか」
 珠緒は化粧品のサンプルをアンリに見せる。アンリはまだ年若い事もあり、おおいに思い悩むのだが……自分よりも若い女の子達が異国の地で活躍するという光景は脳裏に焼き付いて、心の内を躍らせていた。

●五日目:子供絵画教室
 わいのわいの。上流階級の子供達がアンリのアトリエに集まっていた。子供は十人いるか。保護者を含めれば二十人以上はくだらない。予想外の来客数に震えるアンリ。
 集まった人数の多さを見て、得意げに笑う『雲水不住』清水 洸汰(p3p000845)。
 
「絵の基本は習得してる訳だし、それを0から始めたい人に伝授するのもまた、勉強になるんじゃねーかな」
 事の発端は洸汰が子供向けの絵画教室を開こうという提案に始まる。
 他人に教えるという発想はアンリになかったが、言われてみれば子供に教える分には通用するだろう。
 他のイレギュラーズから受け取ったものを発揮する良い機会でもあった。
「それに、教える側に回ることで、一人で描くだけじゃ気づけねー事に気づけるかもしんない! 子供の感性って、けっこーバカにできないかんな!」
 アンリは洸汰の提案に深く同意し、快く了承した。
 そうして彼は幻想の街中をパカおを駆って、宣伝し回ったわけである。
 ……他の仲間の宣伝が併さって、その効果が予想以上に功を奏した。何せ、「有力なイレギュラーズを描いた謎の画家の正体」が突き止められるのだから。洸汰だって一部の幻想貴族には顔を覚えられている。

 そんなわけで、保護者達が品定めするような目でアンリやその絵画を見ているわけである。
「パパ、めつきがこわいねー」
「そうだねー、お母様もなんだか真剣に先生さん見てる」
 気に入れば子供達の先生に、あわよくばお抱えにといった魂胆であろう、そういう点で保護者は真剣だ。
 お手本を描く為に筆を動かそうとしていたアンリであるが、針の筵にいる気分で眩暈がした。ここで失敗したらまだ幻滅されるのではないかと、気持ち悪い吐き気が胸をぐるぐる駆け巡った。

 ――この貴族達に認められないと、私は仕事にありつけない。

 そういった焦りから、アンリはぐっと筆を動かそうとした。
「オレ、えがうまくなりたいんだ」「私もー」
 子供達の雑談が、ふとアンリの耳に入る。
「へぇ、どんな絵を描きたいんだ?」
 雑談に加わっているイレギュラーズの洸汰が自然に相槌を打った。
 画家になりたいだとか、上手くなって自慢したいだとか、教養の為だとか。子供達それぞれの目的でこの教室に来たらしい。
「……何を考えてるのよ。私は」
 今、この場は『自分が貴族達に認められる為に開かれた場』ではなく『子供達に絵を教える為の場』だ。
 失念していた事を恥じると同時に、数日間イレギュラーズ達から教わった事や彼らの仕事ぶりを思い返す。
 焦れば褪せる。思いは伝わる。
 イレギュラーズさんの提案通り、私は子供達の為に絵を描こう。そう決意したアンリの筆先からは、今までの褪せた彩りは消え去った。

●六日目:ツキへ届かせる一手
「モデルになってほしい、って?」
「はい!」
 アトリエに来ていきなり、モデル役として求められた『猫のワルツ』スー・リソライト(p3p006924)。
 アンリから開口一番にそんな事を求められて少々困惑したが、スーとしても元々そのつもりだったのだから断る理由もない。
「私もイレギュラーズとしては無名の新人みたいなものだけど……そーいうコトなら!」
 スーは手早く踊り子の衣装に着替える。アンリの画家生活に残せるものがあればいいと思い、張り切るスーである。

「それにしても、アンリさんの方からお願いしてくるなんて」
 アンリが準備する最中、スーは不思議そうに尋ねる。
 他のイレギュラーズと違って自身は無名に近い。改めてそう言いたげな彼女に、アンリは首を振った。
「貴族の方から、新規にイレギュラーズさんの絵を描いて欲しいと頼まれたのです。それでパトロンになるかどうか判断する、と」
 成る程、昨日は絵画教室で大勢集まったらしいが、その段階まで認められたのだろう。
「それにとてもお綺麗ですよ。モデルとして打って付けです」
 少し照れた顔をするスー。
「ありがと……お礼代わりに、私からは、アンリさんだけの為のダンスを披露しようかな!」

 踊り子の纏った精緻な刺繍の施された大きな飾り布が舞う。動きはゆっくりだというのに、地に着かず宙に浮いた。その最中に、踊り子は天井に手を伸ばす仕草を見せる。
「……月は遠くって、諦めそうになっちゃうよね」
 スーは年若い少女に見えて、百年以上の時を生きる。それだけに人の苦労というのも理解出来る。
「でも……手を伸ばさないと、絶対に届かないから、ね。それに私は、私が自分らしく、楽しくないと、見る人を楽しませる事もできないって、そう思ってる」
 アンリは静かに頷いた。
「私は何か大切な事を忘れていました。でも、イレギュラーズさんに教わってそれがハッキリしました」
 それを聞いて、スーはくすりと笑う。
「だから、ね。そういう気持ちを、自分らしさを、忘れないようにしてほしいなって。そうすれば……」
 天井に伸ばしていた手のひらを、握りしめる仕草をみせた。
 それを忘れちゃうのは、辛い事だから。それさえ忘れなければ、いつか手に入るって信じてるから。

●七日目:証左
「ん、今日は武器以外も売ってるのかい。妖精鎌のあんちゃん」
 深緑の街中にて、露店を開いている最中に顔なじみと出会った『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)。
「新進気鋭、アンリ・ゴーギャンという人の絵。幻想では名が売れ始めた画家だ」
 嘘ではなかった。事実、イレギュラーズを描いた新規の絵画が認められて絵画教室が順調でパトロンのついたアンリの道行きは明るい。
「へぇ、幻想にそんな画家が出てきたとはな」
 サイズの言葉に促されてその絵を見た客は、気に入ったような眼差しその絵画を見つめていた。
「なんだ、絵柄が活き活きしてんな。題材は……あんちゃんが仕事に出向いた時のかい?」
 サイズはそう聞かれて微妙な面映ゆさを感じながらも、これも客商売と割り切って頷いた。
「あぁ、なんでも。モデルのヤツの話を参考にして、その場面を描くのだとか」
 露店にあるのは、サイズ自身が活躍した戦いの場面を描いた代物だ。顔なじみの客はニヤリと笑った後、からかい混じりに言い述べた。
「そりゃ、イレギュラーズに助けられた事のある奴なら、喉から手が出る程欲しい代物だな」
 どうやらこの客はサイズに助けられた者を尋ねて転売する腹づもりらしい。ある意味、この深緑でも通用する証左だが。
 しかしどうやって諫めたものか、サイズは悩ましそうに額を抑えたのであった……。
   

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 貴族達曰く、アンリの価値は本物だ。たとえ彼女が好きになれずとも、その絵の価値を無視する事は出来ない。イレギュラーズと関わった事のあるものとあらば尚更に。
 かくして、アンリ・ゴーギャンが思い悩む時間は終わったのだ。イレギュラーズの軌跡を描いていく画家として、彼女はツキへと手を届かせた。

 依頼、お疲れ様でした。

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