シナリオ詳細
Insanity girl
オープニング
●Snow white
「〜〜♪」
鼻歌歌って、得物を引きずって。
ばったり出会った老女が、引きずるそれを見て目を丸くする。
ジャキン。
その表情のまま、頭と胴体はさようなら。ころんころんとボールのように転がるそれに笑みをこぼして、また鼻歌を歌いだす。
女のスキップに合わせ、フードの兎耳がひょん、ひょんと揺れた。
「つーぎーはー」
女の視線が巡って、瞳がパチリと瞬く。
「あれ、全員もう終わり?」
元々人口の少ない村だったようだが、彼女が『遊ぶ』にはあっという間で。
「どーしよっかなー。もっとたくさん楽しいとこ……」
うーん? と小首を傾げた女は、ぱっと表情を明るくした。
「あそこにしーようっと!」
機嫌よく鼻歌奏で、女が──首狩り兎『Vorpal Bunny』進み出した方向。それはこの幻想<レガド・イルシオン>の王都。
イレギュラーズと遊んだ日より、季節は移ろいて。ちらりと白いものが空から降り始めていた。
●Bloody red
この話はこう始まった。──グロいものに耐性がないなら、聞かないほうがいい、と。
「夏に巷を騒がせた犯罪者……首狩り兎を覚えているかい?」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)は残ったイレギュラーズを見渡して問うた。それは解を必要としていなかったようで、彼はすぐに次を喋り出す。
「連続殺人事件さ。少し前までは鳴りを潜めていたんだけれど……どうやら、動き出したみたいだよ」
それは混沌で生を受けし者ではない。つまりは旅人(ウォーカー)であり、特異運命座標が1人。
けれども。その兎はローレットに属する者ではない。ただただ混沌を、幻想を彷徨って人々で遊ぶ殺人犯。
その名を、首狩り兎『Vorpal Bunny』と言う。
「兎は果敢にも、幻想の中心へ飛び込もうとしているらしいね」
幻想の中心。その言葉をイレギュラーズが理解する間にも、ショウは幻想国の地図を開く。
「ここと、ここ。あとこのあたりだ。人口は様々だが、どこも全滅してる」
とん、とん、とん。3ヶ所を指差すショウ。そこは何もマークの付いていない場所であったり、村があると印がついている場所である。おそらく、何もついていない場所には小さな村がある──いや、あったのだ。
あの犯罪者のことだ、と予想していた者もいただろう。その予想通りに、殺された者の体に首がついているものは1つとしてない。全てが綺麗にざっくりと断たれ、辺りには鞠のように頭が転がっていたと言う。
「おそらく、首狩り兎の向かっている場所は王都だ」
とん、とショウは王都を指差す。イレギュラーズたちの表情が自然と険しくなった。
「絶対に、王都へ辿り着く前に仕留めなきゃならない。あれを捕まえることは難しい……というより、捕まえて逃げられたら一大事だ。だから捕まえようとはしなくていい。頼んだよ」
兎が王都へ紛れれば混乱が起こり、血が流れ、王の命も脅かされかねない。だからこそ確実に──今度こそ。
- Insanity girlLv:16以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年12月16日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●森より出でし兎
ひどく、天気の良い日だった。
ふんふんと鼻歌を鳴らし、兎は歩く。ざりざりと引きずっているのは大きな大きな鋏。
その服をすでに赤で濡らして、鋏も真っ赤にして。出で立ちさえなければ、機嫌の良い散歩だと見えただろう。
「あ、森はっけーん。確かこの先だったっけ?」
もっと遠目から見たときは、この森の後ろに大きな建物があったはずだ。そう、御伽噺に出てきそうな『城』というものが。
「どれくらい人いるかなー? どんな人から遊ぼうかなー?」
スキップでもし始めそうな調子で兎は森に入る。のっそりと現れた狼にも動じることなく「遊んでくれるの?」と兎は鋏を握って──あっけなく、狼の首は転がった。
いつからこんなことをしていただろう。
気づいた時には、この生臭い匂いはそばにあった。
いつからこんなものを持ったんだろう。
気づいた時には、この手の中に刃があった。
ころん、と転がる首がなんともおかしかったのだと、覚えている。
(……首狩り兎狩り……追い込まれて獲物になるのは相手か、それとも私達になるか……)
気を抜けない、と『幻灯グレイ』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)は息を殺しながら首狩り兎を待つ。その優れた視力で森を見据え、空からは彼女の使役するファミリアーが兎を今か今かと待ち受けていた。
森の中は静かで──いいや、静かすぎる。不気味なほどの静寂だ。動植物は本能で何かを感じているのかもしれない。
不意にファミリアの視界で何かがチラついた。目にも鮮やかな色合い。
(──来た)
これほどに見えなければ見落としてしまっていただろう。木陰で良い具合に隠れていた。
クローネはファミリアーを呼び戻すと、彼女に気づかれる前にとすぐ飛び立たせる。ファミリアーは迷いなく飛んでいき、森を抜けるとそこで待ち構える仲間たちの頭上を旋回した。
その影に気づいた一同は、皆一様に緊張感を走らせる。
負けられない、逃がせない。今度こそは何としてもここで討ち取らねば。
「首狩り兎相手に兎狩り、か。随分と、骨が折れそう、だ。首を斬られるよりは、良いのだろう、が」
『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の呟きと同時。件の敵はイレギュラーズの眼前に飛び出してきた。
「わっ……っとと。危ないなー、コケるとこだったじゃん」
『白い稲妻』シエラ・バレスティ(p3p000604)が森から草原へ抜ける場所に設置した糸を容易く躱し、首狩り兎『Vorpal Bunny』はへらりと笑う。その懐へ素早く飛び込んだのは『月下美人』久住・舞花(p3p005056)だ。
兎から感じる濃密な死の香り。こいつは危険だと頭の中で警鐘が鳴る。
けれど、だからこそ通せない。
「ここから先は通行止めですよ。通りたいのなら──私達を狩ってからにする事ね、首狩り兎」
「狩ってから、ってことはー……遊んでくれるんだ?」
舞花の言葉に兎の瞳がきらりと煌めく。楽しみで仕方ない、と言うように。次いで鳴らされた鈴のような音に目を向ければ、そこには1人の鬼がいる。
「あれ、もしかして遊んでくれるの?」
嬉しそうに、けれど「ダメだよ」と兎は『玲瓏の壁』鬼桜 雪之丞(p3p002312) へ笑う。こちらが先なのだからと。キミは後で、と。
「やれやれ、檻に捕らえておけない兎とは……難儀だね」
捕らえられるのなら簡単に始末できただろうに。そんな含みがあるかのような言葉と共に『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)はその手へ闇の月を顕現させる。
(個人的にローレット以外のウォーカーがどういったものか興味があるのだが)
前回の戦いで思い知ったのだ、話を聞くのも危険だ──少なくとも彼女の場合は。だから今度は全力で、倒すことのみに集中せねばならない。
兎が持つ鋏は舞花の首を狙う。一条の赤い筋を薄くつけ、しかしそこへ眩い光が兎を襲った。
「今日は遊んでくれるコがいっぱいいるね? ミミ、楽しくなってきちゃった!」
「遊ぶ、ね」
マルク・シリング(p3p001309)は兎の言葉に眉を寄せる。
夏のあの日、あの夜。マルクたちは1度この兎と戦っている。あの時捕らえられていたら──或いは息の根を止められていれば。救える命があったはずなのだ。
『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)のミリアドハーモニクスが舞花を癒す。
「雪之丞、久住、済まないが抑えは任せた」
ポテトの言葉に2人が頷いた。ポテトは彼女らのように敵を引きつけられないが──その代わり、誰1人として倒れさせない。
「……失われた命を償うことはできないけれど、これ以上惨劇が起こることは食い止めなくちゃいけない」
マルクの言葉に首狩り兎が肩を竦める。くすくすと、楽しそうに笑って。
「これは遊びだよ? ムキになったら楽しくないって。ね、ミミみたいに楽しく遊ぼーよ!」
「──そう。それなら今日は、この前よりももっと楽しく遊んであげるわ」
茨が兎の足を捉え、這い上がる。鋭いトゲは彼女の柔肌を咲き、その身に持つ毒を与えた。その痛みは術者である『お道化て咲いた薔薇人形』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)にもいくらか共有され、ヴァイスは小さく眉を寄せる。
人形は命を得て──擬似的なものかもしれないが──痛みも感じる。それは不快なもので、それでも。
(あの日、あなたを捉えきれなかったのは私たち皆の力不足だもの)
逃げられないように、逃げるような気を起こさないように。彼女を楽しませなくては。
不意に打ち出された衝撃波をひらりと避け、そちらを見た兎は「あれっ」と声を上げる。
「ガリ勉くんと悪魔くん、なんでここにいるの?」
問われた本人──『ホンノムシ』赤羽・大地(p3p004151)は、呆れたように肩を竦めた。
「俺達が、なんでここにいるかって?
……お前が『また今度遊ぼう』って言ったからだよ」
「まさか言い出しっぺガ、約束を破ったりなんかしねぇよなァ?」
交互で口にされる言葉を聞き、兎は頬を紅潮させる。
「えっマジ? 本当に遊んでくれるんだ!?」
嬉しそうな兎。これで真実『遊ぶ』なら平穏で、そもそも依頼など舞い込みもしなかっただろうに──そういうわけにもいかない。
エクスマリアがギガクラッシュを叩きつける最中、追って合流したクローネが黒いキューブに兎を閉じ込めた。
(まあ、この程度で倒せるほどの相手でもないでしょう……)
魔種と相対した回数は決して少なくない。驕るつもりはなく、同等の相手と思えば手加減など出来はしない。
(全力で……死ぬつもりは毛頭ありませんので……)
ローレットで待っている情報屋たちやこちらで縁のできた者のためにも、全員で全力を尽くし、生きて帰るのだ。
黒のキューブから身軽に飛び出してきた兎。そこへ一陣の風が吹く。
「──あなたに求められている事は速やかなる心拍停止のみです」
冷徹な光を宿した緑の瞳。シエラがその目を開くと同時、溜めていた技を放った。それは単純で、だからこそ極め磨く技。
その一閃はかの兎を一刀両断せんと迫る。兎は避けようと動きを見せたものの──朱が、草原に散った。しかしゆらりと起き上がった兎は、傷口から血を滴らせながらも楽し気に笑い、舞花へと刃を向ける。
その合間に雪之丞が滑り込み、その攻撃を受け止める。しかと相手を見据えた彼女の瞳には強い警戒の色が浮かんでいた。
(前回の様子を見る限りは、理性的。理知的)
実に面倒で厄介な相手だ。自らを失わず、それでいてその欲望に忠実で、そして相応の力を持っている。
けれど、と同時に雪之丞の口端が持ち上がった。
──楽しそうだ。相手にとって不足はない。
「待てないのー? キミは後って言ったじゃん」
兎もそう言いながら、にたりと笑みを浮かべる。
「鬼の首、そう容易く取れると、思いなさるな」
両者は楽し気に、それでいて真剣に見つめ合った。
●狩られるは兎か、それとも
元の世界では、とっても弱っちい人ばかりだった。けれど追いかけっこは楽しかった。
この世界では、弱っちい人も強い人もいて。ただただ首が転がる様は楽しかったし、強い人と遊ぶのもワクワクした。結局、首を転がすのだけれど。
執拗に向けられた毒蛇が兎を捕らえ、ちくりとその毒を流し込む。
「さて、少しばかり毒を使わせてもらったが、卑怯とは言うまい?」
さしもの兎も顔を顰めたところへ素早く飛び込んでいったのはシエラ。鋭く、的確な一閃が兎の肌を傷つける──だが、シエラの狙う一刀両断には遠い。
「いったいなぁ」
「やりすぎたと思うのなら素直に斬られて下さい。一刀両断で許されてしまうのですからお得ですよ」
首を刎ねて遊ぶ兎の行為は言語道断の悪だ。本来ならじわじわと苦しんでもらいたいところだが、そのような余裕がない相手なのも確かである。
(ただ、無心に)
味方が動く中、シエラは再び溜めの構えを取る。雑念はいらない。ただ、ただ相手を”削除する”と考え、心がけるのだ。
鋏を開き、回転させる攻撃にイレギュラーズたちが苦悶の表情を浮かべる。雪之丞による咄嗟の機転でいくらかは庇われたのが救いか。けれどもその膝を折りかけた者は皆無でなく──倒れるものかと瞳に強い意志を宿して立ち上がる。
すぐさま動くのは回復手としてパーティにいるポテトとマルクだ。前衛で特に傷の深い者へマルクがミリアドハーモニクスで癒し、さらにポテトが天使の福音を与える。
「強い、が、品のない鋏、だ。そんなものでは、首どころか、この髪を切るにも、足りない」
2振りの刀を髪で操るエクスマリアは兎へ聞こえるよう呟く。もちろんわざとだ。どれだけ効くのかわからないが、純粋な足止めだけでなく挑発のような精神的な足止めもあって足りないということはない。
──おいでませおいでませ、首狩り兎。望む首は此処に。凶刃は此処へ。
──捌き切って見せましょう。受けきって見せましょう。
雪之丞が歌うように言の葉を口にして、舞花を庇う立ち位置で構える。無傷とはいかないが、そうそう倒れない自負が彼女にはある。その背後にいた舞花は──一瞬、その姿を消した。
「こちらです」
はっと兎が振り返ると同時、舞花の残像が刃を向ける。あまりにもくっきりとしたそれは実像のようにも見えて、しかしやはり一瞬で描き消えたと思えば元の位置に彼女はいた。
「なに今の! 面白いじゃん!」
きらきらと子供のように目を輝かせ、兎が舞花を見る。その刃はイレギュラーズたちへと向くはずが──築けば彼女は、自身を傷つけていた。
「……あっれー? おかしいな?」
「そうだろうヨ」
赤羽がピューピルシールを放つ。それを身軽に避けながら、その言動から兎は彼の仕業であると知るが──時間を置く以外に回復の手立てはない。
「まったく……よく跳ねる兎ですね……」
クローネは狙って、狙いすまして黒のキューブを出現させる。あの兎を捉え、少しでもダメージを与えやすくせねばならないというのに──やはり魔種同様、一筋縄ではいかない相手だ。
マルクが攻守を柔軟に入れ替える。回復が必要ないと判断すれば、兎の動きを鈍らせようと神聖なる光を放った。
(当たらなくていい。ここにいるのは1人じゃないから)
攻撃を向けられ続ければ必然と躱す動きは緩慢になる。その一手となるための攻撃だ。そうして加えられた攻撃に次いで、ヴァイスが白い姿に見合わぬ悪意を放つ。見えないそれは、しかし確かに兎を蝕まんとしていた。
「ほら、あなただけ楽しんでいちゃあ駄目じゃない……遊ぶなら皆ででしょう……!!」
少しでも逃げる気を削げるように。少しでも攻撃をこちらへ向けさせ、こちらの攻撃も届かせられるように。
(皆で”遊んで”いれば、その楽しみというのも理解できるのかしら)
ないとは思う。けれど──まったくないとも言い切れない。ヴァイスはどれだけ人に寄せても人形で、人について人から知るのだから。
戦場の外側をポテトが走る。マルクが攻撃に転じ、移動したことに伴うものだ。可能な限り効率的に回復をするため、彼女は戦場全体を見渡していた。
「まだだ! 首狩り兎を倒して、全員で無事に帰るぞ!!」
ポテトの声援に一同の気力が持ち上がる。けれど首狩り兎もまた──まだ、倒れない。
度重なる攻撃に雪之丞が膝から崩れ落ちる。その首に鈍くきらめく刃が差し迫った。
(拙の──鬼の首を、取らせなどしません)
鬼の首は易々と討たれない。討たせなど、しない。
その首を刎ねるかと思わせた鋏が宙を切る。あれ、と兎が目を瞬かせる前で雪之丞は立ち上がった。
「言ったでしょう。そう容易く取れると思いなさるな……と。それに今日は、兎の首が狩られる番ですが故」
「じゃあ、取れるまでいっぱい遊べるじゃん」
いいねいいね、と楽し気に告げる兎。その様子に舞花は複雑な表情を浮かべる。
「首を切り落とすのが余程好きなのね……」
この混沌という世界で、旅人(ウォーカー)と呼ばれる存在は決して少なくない。元居た世界の状態も、そこでの経歴も実に様々だ。しかし大半はどうであれ、それなりに意思疎通のできる者が多かった。
(だから忘れていたのだけれど──こういう手合いも居て当然でしたね。旅人という存在は)
全てが善ではない。全てが悪ではない。全てが世界を救おうとするわけではなく、全てが元の世界に戻りたいわけでもなく。自らの快楽だけのために一般人を屠る大罪人であっても、得意運命座標と認められればこの世界に呼び出されるのだ。
彼女──兎の場合、殺すことよりは首を落とす事を好んでいるようにも見える。相手の死はそこに付随するだけということだろうか。朧月で攻撃を仕掛けながら、舞花はぽつりとつぶやいた。
「まともじゃない」
人としての在り方がズレている。或いは逸脱していると言うべきか。
「まともなんてつまらないじゃん!」
鋏をくるりと反転させた行動にエクスマリアが声を上げる。だがそれより少し早く、兎は雪之丞ごと舞花を後方へと飛ばした。
即座に動いたのはゼフィラ。そして──マルクの2人。
「あっれ~? この前もいた2人じゃん! どれくらい遊べるかな?」
「さて……でも、食らいついたら離さない。実は結構しつこいほうでね」
「前回のようにはいかないさ」
マルクが正面から睨みあい、後ろからゼフィラが後退を阻止する。兎は鋏を構え、笑った。
「しつこいと女の子に嫌われちゃうよ?」
「好きな子にだけ好いてもらえればいいからね」
君に好いてもらう必要はない──そんな風にもとれる言葉。兎といえどそういった話題には興味が湧くのか、きらりと瞳を輝かせる。
その懐に、白刃が迫った。強い新緑の瞳が兎を射抜く。
「……っ、ねえちょっと、痛いじゃん」
「本当は痛みを感じる間もなく死んでほしいのですが、やはりそう上手くはいきませんね」
妖刀を軽く振り、いくらかの血を落とすシエラ。天狼化の影響か、彼女は普段を知る者からすればひどく冴え冴えとした、抜身の刃のよう。ぼとり、と切り落とされた兎の腕を無感情に見つめる。
「遊びにくくなっちゃうじゃん。ええ、どうしよっかなー」
「逃げるのか」
戦いを継続するか、迷う素振りを見せた彼女に声をかけたのはエクスマリアだった。視線を向けられ、エクスマリアは瞳を眇める。
「所詮は、兎。多少爪や歯が、鋭くとも……狩られる、逃げる側、ということ、だな」
「……へえ? 言うじゃん」
兎が嗤う。それはなんとも不気味で、狂気的で──ぞくり、とイレギュラーズたちの背が粟立った。だが、感じたソレのために背を向けるなどあってはならない。ありはしない。
「失ったものは、戻りはしない。……ならばせめテ、この罪ヲ、ここで償わなきゃならねぇんダ」
自らの因縁である人物。彼女によって、数多の命が屠られた。彼女と相対し、生き残った者として。そして彼女と交戦し、逃がしてしまった者として。必ずやここで殺さねば。
兎の鋏が舞うように動き、赤を散らす。それでもゼフィラとマルクが倒れられないのは大地と似たもの──前回の戦いがあってこそ。
「彼女の狂気は先天性か、後天性か……いずれにしても、決して相容れないものね」
殺すか、殺されるかの2択だと言いながら舞花がゼフィラの前へ立つ。向けられた刃をひらりと避け、彼女は再び刀剣を構えた。
「ええ。その名前通り、頸を狙う一撃は他の技と一線を画するもの。警戒を怠らないようお気をつけて」
雪之丞も再び庇う立ち位置となり、ゼフィラは冷や汗をぬぐう。
「肝が冷えたよ。少々打たれ弱い質でね」
前へ出ることに異論はない。それでも自らの短所を自覚し、あの刃を知っているからこそ。心強い仲間に安堵する。
ヴァイスは兎の急所を狙わんと攻撃をしかけながら、しかし不意に小さくため息をついた。
「……全然、楽しくないわ。こんなの……やっぱり、理解できないわね」
首を狩り、人を殺すことを遊びと称する。それを楽しいと感じる。──理解も共感も、できようはずがない。
(……狂気に曝された人。”彼女”とは方向性も残虐性も違うけれど、きっとこれも──)
──オトモダチになりましょう?
あの声が今にも聞こえてきそうな気がして、気を取られている場合ではないとヴァイスは頭を振った。ここにいるのは彼女ではない。あの魔種ではない。魔種にも似た性質を持つ旅人だ。
「ごめんなさい、やっぱり私たちはあなたの気持ちがわからないみたい……だから、死んで頂戴!」
放たれた悪意に打ち負かされることなく、兎は片腕で器用に鋏を操る。けれどここで倒れるなんてイレギュラーズたち自身が──何よりポテトが許さない。
「回復役の意地を──舐めるな!」
ポテトの癒しがあと一押しを手助けする。もう双方に限界が近いことは誰しもがわかっていた。だからこそ、油断できない。あの兎は前回、最後の最後で力を振り絞り逃亡したというのだから。
「……数打てば、当たる……単純ッスね……」
クローネの操る化生殺しの杭が、執拗に兎の心臓を狙う。兎に角ひたすらに、目指すはその急所のみ。重ねて大地の散椿が兎を追い詰めるが、最後の一手にはあと僅か。
(因縁深い者にトドメを譲ってやりたいところだが……)
そう余裕を持てる相手でもない。エクスマリアは、そしてこの場にいるイレギュラーズ全員がわかっていることだ。だからこそその命を油断なく、容赦なく奪わなければならない。
エクスマリアの海のような深く青い瞳が兎を捉える。一瞬、どろりと兎の瞳の奥が恍惚に濁ったような気がして──。
「願わくば死の先では心に縛られる生である事を祈ります」
兎の体を横薙ぎに断ったのはシエラの技。目を丸くした兎はごぼり、と血の塊を吐き出して──その場に崩れ落ちた。
ひゅうひゅうと鳴る呼吸が生きていることを知らせるけれど、ここまでされて『ただの人間』は生きられない。彼女はただの人間とは言い難いかもしれないが、それでも魔種ではなく、旅人だ。
「首狩り兎の惨劇は、ここで終わりだ」
ポテトの呟きが、静かになった平原に零れ落ちた。
●嗤い声
楽しかった。
愉しかった。
けれどちょっと勿体ない。だってこれで終わりでしょう?
心に縛られていないわけじゃないよ。ただ、心が縛られていないだけ。
ね、だって楽しくなくちゃ。面白くなくちゃ。
ミミ、来世もそんな風に生きたいな。
笑っていた。
嗤っていた。
武器を取り上げられ。
体が動かなくなっても。
それでも尚、首から兎はわらっていた。
「なんデ、笑っていル?」
赤羽と、大地。今では2人で1人。彼らの問いに首狩り兎は視線を向ける。そして笑うことをやめ、小さく囁いた。
「遊ぶの、楽しかったなぁって」
「……そうかよ」
大地はそう囁き返して、羽ペンを握り持った。
『赤羽』とポテトに先ほど声をかけられた。お前の運命を変えた相手だから、お前の手で決着を着けるんだと、言われた。
ケジメをつけねばならない。失われた命のために。いつかで失われかけた、自分たちのために。
これからも生き続ける『赤羽・大地』という人間のために。
「俺は、俺たちは。赤羽と大地、2人で生き続けル」
彼の呟きに、兎は「あっそ」と軽く返して。目を閉じた彼女は小さな声で2人へ呼びかけた。
「ねえ、ガリ勉くんに悪魔くん。またいつか──」
遊んでね。
その言葉は発せられることなく、空気に溶ける。
ぱさり、ころり。
地面に落ちたのは三つ編みおさげと女の首。
ぽたり、ぽたり。
滴るのは女の血。
──首狩り兎、討ち取ったり。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
首狩り兎はその生涯を終えました。無事、それ以外の首が転がることがなくほっとしています。
ただの人間である貴方へ。攻守柔軟に切り替え、兎を逃がさまいとしたその心と行動に、今回のMVPをお贈りします。
2人で1人の貴方へ。お疲れさまでした。リプレイでは台詞に合わせて名称を変えている部分があります。併せて称号をお贈りしていますので、ご確認ください。
それでは、またのご縁がございましたらよろしくお願い致します。
GMコメント
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●成功条件
首狩り兎『Vorpal Bunny』の殺害
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●首狩り兎『Vorpal Bunny』
赤羽・大地(p3p004151)の関係者。無邪気で陽気、そして嗜虐的なローレットに属さぬ旅人(ウォーカー)の少女。
うさ耳フードとエクステ混じりのおさげ、持っている巨大な鋏が特徴的です。
素早い動き、そして鋏の攻撃力は十分注意するに値します。また、連続的な攻撃も得意とするようです。
防御技術は比較的低いようでしたが、全体的なステータスは侮れないと思われます。
鋏で斬りつける他、自分中心の範囲攻撃もしかけてきます。
●ロケーション
最後に事件を起こした村から王都までは森を抜けます。森の中、或いは森を抜けた先での待ち伏せが可能です。
森では奇襲が可能になるとともに、奇襲される可能性もあります。また、森の中で対象を見つける場合はそれ相応に難易度を設定しています。
森を抜けた先には草原が広がっています。遮蔽物などはなく、隠れることはできません。
●参考
前回シナリオ『Headhunting girl』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/1819
●ご挨拶
リベンジ、お待たせ致しました。愁と申します。
明確な殺意と最大限の力を持って、彼女を殺しましょう。
ご縁がございましたら、どうぞよろしくお願い致します。
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