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シナリオ詳細

『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローランの愛

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●肉の重み
 『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローランは柔らかな闇の中で目を閉じている。どうしてなのだろう、どうしてわたくし達だったのだろう。慟哭を噛み締め、甦る記憶に息を詰まらせた。椅子を揺らし、愛しい声を聞く。
「きっと、どうしようもないことだったわ……」
 エリィはヴェネツィアンマスクに触れ、息を吐く。いつだって、消えることのない傷と過去。

 晴れていたはずの空は鈍色に変わり、雨を降らせた。エリィが両親にピクニックに行きたいとねだった、あの日のこと。エリィがピクニックに行きたいと言い出さなければ。いや、両親が別の日にしようと、そう、言ってくれたら……きっと。
「お母様、バナナチップスはちゃんと入っているのでしょう?」
 出発前、エリィはそわそわとバスケットを見つめる。笑い声が溢れ、青い空に鳥が泳ぐ。
「ええ、勿論入れたわよ」
 母親はエリィの頭を撫で、微笑む。
「今、食べてはいけないよ、エリィ?」
 クスクスと笑う父親。エリィは母親の言葉に目を輝かせ、父親を睨み付ける。
「おお、恐い! でも、これを見たらご機嫌になると思うぞ?」
 父親はおどけ、エリィにとある本を見せる。
「まぁ、わたくしのお気に入りの本!」
 エリィは驚き、途端に笑みを浮かべる。お気に入りの本は、あの大きな木の傍でバナナチップスを食べながら読もう。そう、思った。ワクワクする。久しぶりに両親を独占することができる。何を話そう? 何が聞けるんだろう?
 エリィは楽しくて仕方なかった。バスケットには、透明な瓶が並べられている。瓶にはサンドイッチやピクルス、サラダに冷たい飲み物、そして、バナナチップス。全て、エリィの好物だ。
「お母様、大好きよ」
 エリィは母親に抱き着き、ふふと笑う。
「もう、お父様、そんな悲しい顔をなさらないで」
 エリィは母親から離れ、すぐに父親に抱き着いた。
「お父様も大好きよ」
 目を細めるエリィ。彼女は幸福だった。幸せであることがこんなにも、特別であること、幼いエリィは気が付く事すら出来なかった。それほどまでに両親は一人娘であるエリィを愛していた。
「お父様、お母様、早く! 日が暮れてしまうわ!」
 サンドイッチを急いで食べ、エリィは両親の手を強く引き、森を歩く。両親はくすくすと笑う。彼らはエリィがバナナチップスを食べずに我慢していることを知っていた。愛おしそうに両親はエリィを見つめる。きっと、素直で美しい女性になることだろう。眩しそうにエリィを見つめる父親。母親はくすりと笑う。エリィは炎に似た蝶を追いかけている。
「なあに? もう、寂しくなっているの?」
「え? ああ。エリィがお父様、わたくし、この人と結婚するのよ。なんて……言われた日にはね……」
「馬鹿ね、まだ先よ。今、何歳だと思っているの?」
「そうだけどさ、父親として覚悟しておく必要があるだろう? エリィは誰よりも可愛いんだから」
「親馬鹿ね。でも、そうね……エリィは誰よりも可愛いわ」
「だろう?」
 両親は笑い合う。
「ただ、エリィの人生だ。何があっても私は娘を応援したい」
 目を細め、父親は言った。
「ええ。勿論、そのつもりよ」
「ね! お父様、お母様、何をお話ししているの?」
 駆け寄ってきたエリィに両親は微笑み、「貴女が大好きでね、仕方ないって話をしていたのよ」と母親がエリィを捕まえる様に抱き締める。笑い合う、何もかも上手くいっていた。

 それなのに。エリィは仮面を撫で、目を開ける。聞こえる声。黒煙。喉が焼けていく。肌を舐める炎。凶賊の歪んだ音。蛋白質が焼ける臭いがした。笑い声。人型の何かが暗闇で燃えている。痛い。暑くてたまらなかった。
「お嬢さん、何を読んでいるんだい?」
 エリィは本を読んでいた。触れる声に顔を上げると、ブルーブラッドの男が立っていた。薄汚れた身体、青い瞳だけが夜空のように輝く。綺麗だと思った。
「エリィ!!」
 両親が叫び、エリィに駆けていく。舌打ち。男は生臭い息を吐き、頭を掻いた。
「……なんだよ、仲良くしようと思っただけなのに……」
 ぶつぶつと奇妙な音を男は吐き、尖り汚れた爪を神経質に噛んだ。
「ああ、どうしていつも俺は……俺は仲良くしたいだけなのに……それだけなのによォ!!! くそおおおおおッ!! どうしてだよッ!!」
 男は低く唸った。エリィはぼんやりしていた。男の言動が彼女には理解できなかった。
「殺す、そうだ……何もかも無かったことにするんだ……」
 男は笑っていた。エリィは男が涎を溢していることを知った。
「エリィ! 伏せなさい!」
 父親が猟銃を構え、母親がエリィのもとに駆ける。男は一瞥する。
「うるさいな……うるさいな。静かにこの子と話させてくれよぉ……!」
 両親に向かって跳躍する男。男は爪を大きく振るう。
「──!?」
 血飛沫。ばったりと倒れ込む両親。とろりと地に落ちる赤が残酷な音色を奏でる。
「あ……あ……お父様……お母様……あっ!?」
「おい、こっちだ……」
 男はエリィの頭を乱暴に掴み、両親の脚を片手で掴み、引きずる。不意に青草の匂いがした。
「俺は悪くない……悪くないんだ……」
 男は木にエリィと両親を縛り付け、その周りに火を放ち、爪を噛みながら笑った。男は木から離れ、いつの間にか消えていた。
「……」
 エリィは炎が空気をごうごうと呑みこむ音を聞いていた。もう、誰もいない。誰もこの場所に来ることはない。両親は呻き、血を流しながらどうにか縄を解こうともがいた。エリィは茫然としていた。現実を受け入れられるはずもなかった。お気に入りの本が静かに燃えていく。
「……」
 エリィは息を吐く。双眸に汚れた炎が映り、雨粒が顔を濡らす。

●欲しいモノ
 泣き濡れた瞳をエリィは指先で拭い、無意識に椅子を撫で目を細める。あの場所から逃げだせたのは、奇跡のようなものだった。火傷の痕を隠すためにあの日から仮面をつけ、生きている。両親は死んだ。焼死だった。
「お嬢様、お食事の用意が出来ました」
 部屋にあかりがつき、執事がうっとりと微笑む。
「ありがとう。わたくし、昔を思い出していたわ」
 エリィは執事の手に触れた。
「……そうですか」
 執事はぽろぽろと涙を溢した。両親を求め、泣き叫び、日に日に痩せていくエリィ。執事はローランド家を守りたかった。エリィは唯一の後継者であった。だから──
「ええ、貴方がわたくしを救ってくれたこともね。貴方はお父様とお母様の遺体を掘り起こし、エンバーミングを施し、この椅子に入れてくれたわね」
 執事は頷く。どうにかしたかった。エンバーミングを施しながらも彼らの身体はとても無惨で、エリィの前に出すことなどできなかった。
 だから、椅子に入れたのだ。エリィはとても喜んでくれた。昔のように笑い、よく食べ、眠るようになった。だから、これで良かったのだ。自らの判断は正しかった。執事は微笑む。
「お父様、お母様……大好きよ」
 エリィは椅子に触れ、息を吐く。温もりを感じる。椅子に座る度に両親に抱き締められているような気がして、エリィはいつだって涙を溢してしまう。誰よりもわたくしを愛してくれた人達。
「……もっと家族を増やしてあげるわ。お父様とお母様が幸福でいられるように──」
 エリィは立ち上がり、椅子に微笑んだ。
「招待状の手配は済んでいるのでしょう?」
「ええ、一週間前に」
「幻様は来てくれるのでしょう?」
 エリィは『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻 (p3p000824)を想った。幻の奇術ショーの際、エリィはたまたま、幻の手に触れ、このなめらかな手を家具にしたいと思ったのだ。
「勿論です。皆様、明日の宴の参加者となります」
 頷く執事。そう、明日、仮面の宴があるのだ。
「素敵。楽しみね……明日はとても素晴らしい日よ」
 エリィはうっとりする。
「ね、そうでしょう?」
 歪んだ瞳に、エンバーミングを施され、家具となった無数の友達が映る。

●招かれたイレギュラーズ
 薄暗い廊下を八人のイレギュラーズが歩いている。すれ違うメイドも執事も護衛も皆、ヴェネツィアンマスクを付けている。イレギュラーズは『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローランの業を知りながら、仮面の宴に参加している。きっと何かが起こるのだろう、そう、思いながら。
「仮面の宴で70度のリキュールが出るんです。是非、お飲みください」
 小柄なメイドが低い声で言う。視線の先には『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ (p3p004400)。
「ふふ、とっても楽しみだわぁ」
アーリアは自らのヴェネツィアンマスクに触れ、微笑む。
(さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。この目で確かめてみるわねぇ)

「ジェイク様、とても良く似合っています」
 幻がヴェネツィアンマスクをつけた『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川 (p3p001103)を見上げ、目を細める。
(エリィ様の目的は解りませんが……それまで楽しむとしましょう)
「そうか? なら、良かったぜ。幻も素敵だ」
 ジェイクは笑い、ちらりと前を歩くメイドを意味ありげに見つめる。

(此処でどんなことが起きるのだろうか──)
 『死力の聖剣』リゲル=アークライト (p3p000442)は息を吐く。
「何か心配事でもあるのでしょうか?」
 どきりとする。赤い瞳がリゲルをじっと見つめている。執事だ。いつの間に。リゲルは首を振り、曖昧に微笑む。
「リゲル様、今日は仮面の宴です。何もかも忘れて、幻のような空間と世界に身を委ねてください」
 執事は微笑む。
「なぁ、宴とやらにカレーライス、とんかつ、ラーメンは出るのか?」
 『雲水不住』清水 洸汰 (p3p000845)が執事を見上げる。
「ええ、勿論です。洸汰様がお好きなものを出さないわけにはいきませんから」
 執事はにこりと笑う。
「やったぜ!」
 洸汰は嬉しそうに笑う。
「ふふ、その笑顔を見ると私も嬉しくなります。やはり、笑顔は良いですね。心が温かくなります」
「……」
(胡散臭い笑顔かな)
 『猫派』錫蘭 ルフナ (p3p004350)はいつものように眉を寄せていると赤い目がふと、ルフナに向けられる。
「ルフナ様、甘いものはお好きですよね? レモンケーキをエリィ様より預かってきたのです」
 執事は屈み、ルフナに紙袋を手渡す。
「甘い香り……」
 紙袋を覗き込み、ルフナは四角に切り分けられたレモンケーキをじっと見つめる。
「へぇ、もしかして俺達のことは調査済みなのかい?」
 『北辰の道標』伏見 行人 (p3p000858)が好奇心を執事へと向ける。
「調査……ええと、そうですね。どういったものがお好きかを事前に調べております。お客様のことをきちんと知っておきなさいとエリィ様から常々、言われておりますので。行人様は絵を描かれるのでしょう? 十月桜がちょうど、庭に咲いているのですよ! きっと心に響く絵が描けましょう」
「それは良いことを聞いたよ。あとで、見に行っても良いのかい?」
 行人は目を細め、心に桜を映した。
「勿論。ご必要であれば、お食事もそちらで」
 執事は柔和な笑みを浮かべ、今度は『闇之雲』武器商人 (p3p001107)を見つめた。執事は武器商人の評判を知り、綺麗な武器を買いたいと思った。武器商人は小首を傾げた。熱心な執事の視線に気が付いたのだ。
「我(アタシ)に何か用事があるのかい?」
「……」
 執事は口を開こうとしたが、ハッとし立ち止まった。会場にたどり着いたのだ。ああ、もう、此処か。執事は目を細め、重厚な扉を開け、にっこりと微笑んだ。
「──!!」
 様々な香りが鼻孔に触れ、イレギュラーズは目を細める。華やかな闇の宴。泡沫の刻。妖しく着飾った人々の姿。甘い笑い声。
「さぁ、お進みください」
 執事の声が聞こえ、振り返る『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローラン。
「あら。ようこそ、わたくしの宴へ」
 少女は美しい笑みを浮かべる。

GMコメント

●依頼条件
 仮面の宴を楽しみ、『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローランの企みを阻止し、人間家具を破壊または回収する。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●登場人物
『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローラン
 犯罪集団『仮面倶楽部』の一員。両親とともに凶賊に襲われ、両親は焼死。彼女は一人になってしまった。エリィの顔には火傷の跡があり、その部分をヴェネツィアンマスクで隠している。家を守りたいという執事の行動によって、エンバーミングした人間を家具にすることに固執するようになった。すべては椅子のなかで眠る両親のために。手を下しているのは執事であり、少女の友達を毒殺し、ソファもベッドもテーブルすら人間家具となった。人間家具に異様なほどの執着をみせ、他者が家具に触れれば殺して捨てるほど。そのさまからエリィは家具卿(狂)と呼ばれるようになった。とても賢く、話術と美貌を使い、人々を操ることが出来る。両親を失った炎を憎んでいる。とてもかわいそうな少女。幻の奇術ショーを観たときに幻の手に触れて、このなめらかな手を家具にしたいと思い、今回の宴に彼女たちを誘う。一方で純粋にイレギュラーズと交流したいと思っている。武器は五本の短剣と三丁のオートマチック。小柄な体躯をいかし、動き回る。絶対に一人では行動しない。

【ローランド家の執事やメイド、護衛達】
 何十人。エリィの不思議な魅力にとりつかれ、彼女に服従している。エリィが仮面をつけてからは逆らいがたい魅力を感じ、彼女の為なら、何でもできる。そう、エリィの命令に従うことが最高の幸せである。様々な武器を携え、基本的に一撃で倒せるレヴェルだが、数が多いため、厄介。エリィが死んだ場合でもエリィの為に人間家具を永遠に作る可能性がある。

【当日の動き】
 エリィは宴の途中、睡眠薬を入れた飲み物を幻に飲ませ、自室に誘い出し、ゆっくり殺害しようと思っています。まず、家族(人間家具)に幻を紹介し、それから執事にエンバーミングを施してもらおうと考えています。

●自室
 大きな窓があり、とても広い。両親を含めた家具が美しく並んでいる。

【仮面の宴とは何か?】
 エリィが開催する宴であり、大広間で行われる薄暗い立食パーティー。参加者は、イレギュラーズの他にローランド家と親交がある貴族達が宴の参加者。参加者は各自が用意したヴェネツィアンマスクを必ず、つけなければならない。ドレスコード(フォーマル)は必須。お酒を飲むことが出来るが、Unknownには提供不可。料理はローランド家のコックが作り、デザートもあり。また、探せば、得たいの知れない料理もあるかもしれない。料理には睡眠薬や毒は混ぜられていないので、沢山食べてくださいね?
かなり、盛り上がっている。突然、誰かが踊り始めるかもしれない。イレギュラーズを含めて、『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローランの業を知っていることとし、何か起きるのではないかと疑っている。ただ、それすらも貴族達は楽しんでいる。

【注意】
 何故、そのヴェネツィアンマスクを選んだのか、エリィは訊ねます。一言でも良いので答えを準備しておくと良いかもしれません。イレギュラーズについての情報はエリィやローランド家の執事やメイド、護衛達に拡散されています。

  • 『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローランの愛完了
  • GM名青砥文佳
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2019年11月05日 21時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
清水 洸汰(p3p000845)
理想のにーちゃん
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
武器商人(p3p001107)
闇之雲
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

リプレイ


 人々は偽りを被り、泡沫を遊ぶ。『家具卿』エリィ・アンブラッセ・ローランは目映い笑みを浮かべ、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824) に歩み寄る。幻の仮面には青い蝶が青薔薇に止まっている。
「美しいねぇ。奇術師に相応しいマスクだ」
 貴族達は歪んだ視線を向ける。
「幻様、今日は指輪をつけているのね」
 笑うエリィ。
「ええ、仮面の宴の為の装いで御座います」
 幻は銀色のスパンコールのロングドレスを上品に揺らす。幻の回答に満足そうに頷き、エリィは幻の隣に立つ『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103) を見つめる。白スーツに灰色のマスク。とてもよく似合っている。
「ジェイク様、楽しんでね?」
「ああ、そうさせてもらうぜ」

 エリィは微笑み、今度はタキシード姿の『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442) の元に向かう。
「美しいマスクね。でも、どうして雨なのでしょう?」
「重く冷たいこの仮面こそ、今の俺には安らぎを感じるのです」
 雨を模した重い鉄製のハーフマスク。エリィは何かを感じ取ったように目を細めた。
「悲しみの雨と涙、そして、戒めが刻まれているように思えるわ」
 リゲルは微笑み、片膝をつき、エリィの手を取る。
「貴方がその仮面を選んだ理由を、お伺いしても?」
「……」
 エリィは曖昧な笑みを浮かべ、リゲルを見つめ返す。一方、『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)は貸衣装のブラックスーツに、用意した、黒を基調とした片目を覆うマスクを付け、幻の周りに漂わせた風の精霊を見つめる。

「美味そうな食べ物がいっぱいだぜ!」
『雲水不住』清水 洸汰(p3p000845)が騒ぎ、ずれそうになる目元のマスクを指で瞬時に直し、歩き回る。
(いいぞ! 皆、油断しているよーだな)
 洸汰は使用人達の動きを注意深く観察しながら、「一緒に食べようぜ」と山盛りのステーキを手に行人に駆け寄る。

 『闇之雲』武器商人(p3p001107)は壁の花となり、皆の位置を把握する。仲間達は事前に武器を隠し、武器商人の提案通り、互いの位置を意識する。
「武器商人様」
「あら。家具卿、とても奇妙で楽しい宴だね。毎日、此処にいたい気分だよ」
 気まぐれに選んだドレス(壁際の紫陽花)を武器商人は揺らす。
「ありがとう。ねぇ? 武器商人様、どうしてその仮面を?」
 エリィは武器商人を親しげに見上げる。
「仮面はね、小鳥から借りてきたんだ」
 鳥と羽根を模した夜空色の仮面。
「小鳥?」
「そう、飼っている小鳥でね。歌が上手で、赤と金のオッドアイが綺麗でとても愛らしいんだよ」
 武器商人の言葉にエリィは首を傾げる。それでも、エリィは武器商人に好意的な視線を向け、しばらく談笑した後、使用人達に囲まれている『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350) を知る。マスクは黒のレース編み。目元だけでなく耳も紐で縛っている。ルフナはドレスシャツにテールコート、丈の短いスラックスで子供のような正装をし、「君達はどのくらい長く仕えてる?」、「庭に咲いている赤い花は何?」と次々に質問する。使用人達はルフナに主の影を映し、丁寧かつ親しげに返答を重ねる。居心地の悪さを感じながら、ルフナは「ふーん。三十年以上なんだ。僕が生きてるより短いね」とメイドをきょとんとさせたり、「あの花、キャッツテールっていうんだ」と子供のように驚く。
「楽しんでいるようね。マスクの意味を問うても?」
 近づく、エリィ。
「まぁね。うん、いいよ。知らないと思うけど隻眼の長耳でも似合うデザインって難しいんだよ……それに、なるべく肌になにか触れてる方が落ち着くし」
「落ち着く。そうね、わたくしもそうかもしれないわ」
「ね。色々、大変だよ」
 
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400) はロングドレスと猫の仮面を付け、七十度のリキュールの水割りを楽しんでいる。
「良いわぁ。ハーブの青臭さと不思議な甘さが癖になるわねぇ」
 白濁する毛先。並ぶ、奇妙な料理。孵化しかけのアヒルのゆで卵、猿脳のバター炒め。遠巻きに宴を楽しむリゲルや武器商人。
「ちょ、ちょっと。ねえ。さっきのレモンケーキ……まだある?」
 執事を呼び止め、大量のレモンケーキを得るルフナ。料理を楽しむ洸汰、誰にも見せないように壁際で真剣に絵を描く行人、談笑している幻とジェイク。アーリアは鼠を召喚し幻と自らの荷物に潜ませている。
(スカートの中に隠したジェイクさんの武器に誰も気が付いていないしねぇ。あと少ししたら、化粧室を借りて鼠をダクト等から天井裏へ送るわぁ)
 アーリアは透視でエリィの部屋を突き止める気でいるのだ。
「アーリア様、キュートな仮面ね」
 ふと、エリィの声。
「ふふ、この耳が大好きな彼を思い出しちゃってね」
 幸せそうなアーリアをエリィは眩しげに見つめる。

 洸汰がエリィと話している。
「どう? これ似合ってる?」
「ええ、洸汰様のマスクはカッコよくて怪人のような聡明さがあるわ」
「怪人? え、敵じゃん!」
 洸汰は楽しそうに騒ぎ、エリィは絵を描きながら、オリーブを摘まむ行人に近づく。
「絵を見られるのは苦手ね?」
「うん、俺の絵には多少なりとも郷愁が混じってしまうから。それは旅をする人間としては恥ずべき事だと思うからね……それに、誰かに師事をした訳でもなし。見慣れた人々の目には下手に映るだろうからあまりね」
「わたくしもマスクの下は誰にも見せたくないわ。行人様、何故、そのマスクを?」
「俺にとってこの世は素晴らしいですが、半分を昏くするとまた違う光景が見えそうだから」
 エリィは行人の言葉に何かを考えるように黙る。

 誰よりも素敵だと思った。
「綺麗だよ、幻」
「ジェイク様もとてもきまっていて、見惚れるばかりで御座います」
 ジェイクを見つめ、幻ははにかむ。
「美しいね、奇跡のようだよ」
「ああ、互いの愛が手に取るように分かる」
 時折、幻をリードするジェイク。

 踊り終え、ジェイクは感覚を研ぎ澄ませる。
「食べ物にも飲み物にも毒は入ってねえようだな」
 ノンアルコールワイン、ゆで蟹のオレンジソース添え、サーモンとキウイのサラダ、焼きナスのポタージュを楽しんでいると、「ムニエルも美味しいわよぉ?」
 アーリアが歓談を装い、情報を伝える。

 不意に鼻孔に感じる薬物。
(ああ、来たな)
 ジェイクは唸り、苦しげに幻を見つめ、トイレと偽りその場を離れていく。入れ違うようにエリィが執事やメイドを引き連れ、幻に向っていく。
(絶対に俺が、俺達が助けるからな)
 幻を信じ、ジェイクは振り返らない。
(ジェイク様)
 目を細める幻。そして、気が付いたようにエリィに微笑み、指輪に模したタイマーのスイッチを押す。

「幻様」
 ああ、奇術師は小さな少女に手を引かれ、宴を去ってしまう。飲み物には睡眠薬。引き連れるのは彼女を慕う者達。イレギュラーズ達は瞬時に目配せをし、「!!」
「皆様、どちらへ?」
 立ち塞がるメイドを破滅の呼び声で武器商人が引き付け、するりと抜けていく。
「廊下を左だ」
 導くのは風の精霊を味方にした行人。
「ああ、幻の匂いがするぜ」
 ジェイクが頷き、「今度は右だ!」と叫ぶ。
「次はずっと真っ直ぐねぇ」とアーリア。ジェイクに武器を手渡す。


 祈りのような柔らかな闇。執事は水差しと白い錠剤を持ち、エリィの指示を使用人達とともに待っている。
「どんな夢を見ているか幻様はもう、教えてくれないのね」
 薄い唇から聞こえる言葉は詩よりも繊細で儚い。使用人達は幻の四肢を押さえつけようと手を伸ばした。
「幻さんっ!」
 転がり込んでくるリゲル。瞬時に武装し、掴まれそうになる幻を咄嗟に庇い、幻を起こそうとする。
「宴は終わりだ。現実へ帰ろう、エリィ」
 リゲルの言葉に使用人達が武器を構えた。
「こっちにもいるんだな!」
 洸汰がにっと笑い、リゲル同様、瞬時に武装する。
「オレがアンタラの相手になってやるぜ、よろしくな!」
 使用人達を見上げ、引きつける。
「俺も相手になるよ」
 武装を展開した行人が顎を引く。
「やァ、家具卿。我も来てしまったよ」
 一瞬で武装した武器商人が口元を好意的に歪ませ、破滅の呼び声を発し、「そら、そら。キミたちの主人の"破滅"がやってきたぞ。あのコはとっても可愛いから、キミ達から奪い去ってしまおうか」
 青い炎を灯す不思議なカンテラが鬼火のように揺れ、使用人達は唾を飲む。
「邪魔だ、有象無象共!」
 ジェイクが瞬時に武装し、軽量弓を引く。鋼の驟雨は敵を決して逃がさない。
「あら、ジェイク様。わたくしに何か用事でもあるのね?」
 白々しく笑う。使用人達は倒れ、どくどくと血を流している。
「黙れ、興味も用事もねえ。ただ、俺は取り返しに来ただけだぜ……幻は俺のものだ。俺の前で幻に手を出してみろ! 必ず追い詰めて貴様を殺す」
 睨みあう、ジェイクとエリィ。ぱっと飛び出す鼠。エリィと使用人達はハッとする。
「さぁ、幻ちゃん、悪夢から目覚めて頂戴ね?」
 アーリアの鼠が幻の親指に思い切り、咬みつく。ゆっくりと目覚める幻。指輪の隙間と親指から血が滴っている。
「針でも仕込んでいたのね」
「ええ、正解で御座います。そして、賢いローラン様なら僕が次に何をすると思いましょう?」
 奇術。高速で移動した幻が家具を二点、破壊したのだ。エリィの絶叫が聞こえる。
「止めろ! 大人しく家具になれ! うっ!?」
 怒鳴り声は呻き声に変わる。ジェイクの攻撃を浴び、使用人達は絨毯に倒れ込む。
(確かめなきゃ、死んだのか生きているか解らねえな)
 ジェイクは使用人達を跳び越え、幻に駆け寄った。確認するのは後だ。
「幻!」
「ジェイク様」
 抱き締めたい衝動を抑え、ジェイクはただ、「無事で良かった」と呟いた。幻は頷き、悲しげに家具を見つめ、救済のような奇術で家具を次々と破壊していく。
「止めてくれ! どうして、エリィ様を不幸にさせるんだ!」
 使用人達は泣きそうな顔をする。
「不幸でしょうか。僕はローラン様を幸福にしたいのです」
「黙れ、この嘘つきめ」
 飛びかかろうとする使用人に幻は望むべき夢を何度も贈る。永久のような永遠の惑い、使用人は幸福に酔いしれ、横たわる。幻は息を吐く。自らの身体に走る、悲しみのような痛み。

 血が滴る。
「あでっ、また、切られた! でも、耐え忍ぶ!」
 洸汰は絨毯を踏み締め、「ぜってー通さない!」と使用人達を睨む。
「静かにしてもらうよ!」
 疾風のように飛び込んでくるリゲル。目に見えぬ速度で抜剣し、リゲルは真一文字に薙ぎ払う。流星剣に沈む使用人達。その中には執事の姿もあった。執事は倒れ、呻いている。近づくリゲル。
「執事さん、彼女の心を救う為の貴方なりの努力だったのは理解します。だがやりすぎだ。死んだ者は帰らない。死者を増やす等以ての外だ!」
 声に執事は一瞬だけ肩を震わせたが、リゲルをぼんやりと見つめ、「エリィ様だけに価値があります。その他の者に命などありませんよ」と微笑む。

「殺してエリィ様に褒めていただくんだから!」
 行人目掛けて槍を突く使用人達。
「殺して……そんなもので評価されると本当に思っているのかい」
 再度、名乗り口上をし、行人は切れ長の瞳を悲しげに細め、「彼女に染まってしまったんだ」
 長い髪を揺らし、魔刀を振るう。行人は槍を叩くように次々と弾き、男の拳を頬に受けながら受け身を取り、「今だ、俺ごとやれ」と呟く。
「はぁ!?」
 斧を持った男が目を見開く。
 そう、後方にいるのは──
「小さくて見えなかったとか言わないでよね」
 ルフナが眉を寄せながら、死霊術を発動させる。制圧の業風が使用人達と行人を吹き飛ばす。使用人達は絨毯を転がり、斧を携えた男が壁に衝突し、すぐに動かなくなった。行人は唇に滲む血を指で拭い、ゆっくりと立ち上がった。

「ああ、死ね! くそ、何で死なない!」
「悪魔め! エリィ様の前に沈め!」
 使用人達は唸り、前方や後方に移動する武器商人を追いかけ、武器をめちゃくちゃに振るう。
「うんうん、悪魔は我を倒すべきものだと思っているよ」
 武器商人が飛びかかる男達をあしらい、腰まで届く長い銀髪を躍らせる。武器商人は大事な仮面を気にかけながら、多くを引きつける。
「こいつ、どうして攻撃が見えるんだ!」
「もしかしたら、ココロの目で見ているかもしれないね」
 武器商人は楽しそうに笑い、男を吹き飛ばし、時折、軽い攻撃を浴びる。
「ぎゃああああっ!?」
 ばったり、倒れ込む男。

「死にやがれ!」
 男の濁った声。はっとし、咄嗟に飛び退くリゲル。こめかみを掠るナイフ。温かな赤がリゲルの銀髪に絡み付く。男は笑っていたがすぐに気を失う。技を放ったのは幻。先程までジェイクと家具を破壊していたが、視界の端にリゲルが映ったのだ。

「よくも仲間を次から次へと!」
 遠くで猟銃を構えるコック。狙いは武器商人。
「コックだからって武器は包丁じゃなのねぇ」
 アーリアが真横からコックに声を掛ける。
「は?」
 一瞬だけ生まれた隙。惑う銃口。それでも、チャンスだと思ったのか、使用人達がアーリアを取り囲み、剣を振るう。
「今度は私の番よぉ?」
 アーリアは避け、踏み込む。呆気に取られる使用人達。ダークムーンによって、吹き飛んでいく。アーリアは目を細め、残った使用人達にキッス・イン・ザ・ダークを。使用人達は倒れ込んだ。甘美な投げキスから放たれる赤い花吹雪に心を奪われたまま──


 エリィは憎しみを洸汰に贈る。身体に突き立てた短剣、銃弾がその身を撃ちぬく。エリィはハッとし、顔を歪ませる。
(何故、痛みが……?)
 エリィは茫然としながら、今度は武器商人に短剣を振るう。

 何故、立ち向かってくる。何故、倒れないのだ。使用人達は怯えている。
(ゾンビでも見たような顔をしているけど、教えないよね、そんなこと)
 回復役を担うルフナは額に汗を滲ませながら、治癒射程を意識する。この人数に対応出来たのは個々の実力に加え、ルフナの回復のお蔭だった。不殺の剣をエリィへと振るったリゲルは息を吐く。
(逃げる気配はいまのところないようだけど)
 リゲルはいつでも飛び出せるようにエリィの動きをじっと見つめる。
「……」
 刻まれた創傷にエリィは歯を食いしばり、耐えている。残った家具は両親だけ。
『炎は嫌い? でも、身を焦がす恋は素敵なものよぉ』
 エリィはアーリアの投げキスを思い出す。真っ赤な恋の炎。燃える身体はまるで、ある日のようだった。
「お父様、お母様」
 吐き出した声は震えていた。攻撃は洸汰、武器商人に確実に当たっていた。
 それなのに──
(そもそも、彼ら以外にもいるのに……)
 何かを制限されているかのように吸い込まれる。
「ローラン様」
 幻の声にエリィはハッとし、顔を強張らせた。
「エリィ様ッ!」
 執事の声。それでも動けなかった。吹き飛ばされる。いや、狙われたのは──
「武器?」
 唖然とする。壁に短剣の全てが突き刺さり、銃が後方に飛んでいった。
「エリィ!」
 唸り声を上げるジェイク。
(幻がエリィを殺したくねえって言うから仕様がねえ)
 駆け、ノーギルティを放つ。避けられず、転がっていくエリィ。
「……執念ねぇ」
 アーリアは目を細めた。エリィは立ち上がり、椅子の前に両手を広げる。
「家具卿、傷だらけの身体が愛おしいね。抱き締めてあげたいくらいだ」
 再度、武器商人が破滅の呼び声を。引き寄せられるエリィ。そして──
 洸汰と行人が頷き合い、挟み込むように椅子を破壊する。呆気ない、何もかも呆気なかった。崩れ落ちるエリィにそっと近づく幻。エリィの仮面は割れ、冷たい過去が露出する。
「わたくしを笑いに来たのでしょう?」
 咄嗟に手で顔を押さえる。
「いいえ。賢いローラン様なら、もう気づいてらっしゃるでしょう。死体は家族ではないということを。死体の温もりは生者のそれとは違うことを。そして、ご両親はローラン様が人を殺していたらどれだけお嘆きになられるかを」
「……」
「貴女はもう一人では御座いません。こんなに貴女を慕っている使用人がいるのです。使用人は家族のようなものではないですか」
 惑いのような愛が漂い、生き残った者達がエリィに逃げるよう叫んでいる。
「どんなに大切にしててもね、人はいつか死ぬし、家具も壊れる。形あるものを残すより、形のない思い出を沢山持っておく方が建設的だと思うね」
 ルフナの声。
「エリィ、これを」
 行人が屈み、ハンカチを手渡す。見られたくない。その言葉を覚えていてくれた。エリィはハンカチで火傷の痕を隠す。家族とは、想い出とは、いったい、なんだろう。エリィはひたすら、困惑してしまう。
「良かったら俺と友達になってくれないかな。エリィ、日の当たる世界を見に行こう。仮面がなくても君は綺麗だよ。さぁ、一緒に彼らを埋葬しに行こう」
 リゲルが膝をつき、手を伸ばした。目を見開くエリィ。幻は黙り、エリィを見守っている。
「……」
 やがて、エリィは温かくて大きな手にそっと触れ、使用人達の救助を願った。大切なことを思い出したのかもしれない。使用人達は驚き、息を詰まらせる。イレギュラーズ達は、医師を呼び、生きている者に応急処置を施し、エリィと使用人達を見た。

 多くを失いながら、そこには別の愛だけが残っていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

清水 洸汰(p3p000845)[重傷]
理想のにーちゃん
武器商人(p3p001107)[重傷]
闇之雲

あとがき

 歪な愛を癒すのもまた、愛なのでしょうか。

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