シナリオ詳細
<YcarnationS>かの進軍を押し止めよ
オープニング
●sloth
──ああ、めんどくせぇ。
口癖はそれだった。いつもいつも、何かを面倒だと感じていた。
『お頭、何もかも面倒だと何もしなくなっちまいますぜ!』
『馬鹿やろう、めんどくせぇから先に終わらせるんだよ』
面倒なことは早くに済ませてしまった方が、後が楽だ。後にすればするほど面倒だと思う。物事はいつだってそうだ。
そして──ラサという自由な場においても、どこか縛られるような何かを感じていた。
●anger
『砂の都』をご存知でしょうか──『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はそう問うた。
「ラサのある地域には、廃墟が存在しています。それは昔あった都市の名残……それが『砂の都』なのです」
この辺りです、とラサの地図を広げたユリーカが指し示す。イレギュラーズたちはそれを覗き込み、そして視線をユリーカへ向けた。
ラサである以上、概ねどのような内容なのか──ザントマン事件に関することであることは予想がつく。だが、何故ここなのか、と。
その問いを受けた彼女は緩く頭を振った。
「『砂の魔女』がそこへ向かった理由はよくわかりません。適当にそこを選んだのかもしれませんし、都市であった場所だから、なのかもしれません。
けれど重要なのは、そこで滅びのアークがいっぱい溜まりそうなことなのです」
砂の魔女。カノンと名乗った謎の幻想種のことだ。
幻想種たちを縛る首輪──"グリムルート"は、砂の魔女によってその権限を上書きされた。もはやあれ自体が狂気の感染源であり、それは幻想種を主として作用するらしい。
「その人たちはもともとグリムルートの付いていた人たち……奴隷として捕まっていた人たちなのです」
商品、戦力としていたそれを魔女に奪われた。オラクルをはじめとした一派はたいそう憤慨し、魔女を追って砂の都へ進軍している。
──そう、もうわかるだろう。『砂の都』に、滅びのアークを増やす一大勢力が出来ようとしているのだ。
「グリムルートによって魔種が増えれば、軍勢にだってなるかもしれません。そうなる前にやっつけてしまわないといけないのです!」
しゅしゅっ、と拳を虚空へ向かって降るユリーカ。そこへ「おい」と不機嫌そうな声が投げかけられる。
「説明なんぞさっさと終わらせろ」
カウンター席にどかりと座った『凶頭』ハウザー・ヤーク(p3n000093)はぎろりと鋭い目をユリーカと、そしてイレギュラーズたちへ向けた。異様に殺気立った彼は、ともすればイレギュラーズを置いてでも砂の都へ向かいかねない雰囲気で。
「前回の時に、その、ちょっと、上手くいかなかったみたいで」
こそこそっとユリーカがイレギュラーズに耳打ちするも、ハウザーの耳がぴくりと震え、これまた怖い視線が彼女へ突き刺さる。ぴゃっと肩を竦めたユリーカは「今回はですね!」と半ば無理やり話題を変えようとした。
「オラクル派の1人、『黒豹』パンター率いる傭兵団の撃破なのです。前回は彼らを倒せなかったのですが──」
ああ、刺さる。とても痛くて背中がぞわぞわする視線が。
けれどもユリーカは説明を続ける。依頼内容なのだから説明しないわけにいかない。
「パンターたちは未だ、砂の都に辿り着いていません。多分、目的は幻想種を取り返すことなのだと思いますが……その前にパンターたちをコテンパンにするのです!」
ハウザーさんは今回も協力してくれるそうです、という言葉に彼が立ち上がる。イレギュラーズとユリーカが囲うテーブルまで来ると、「勘違いするんじゃねぇ」と彼は言い放った。
「俺はあいつをぶち殺すために来てる。何があろうとも、俺が狙うのはあいつだけだ」
他には関与しない──その内容にイレギュラーズは頷く。元よりハウザーは御せる相手ではない。彼の望む場で、可能な限りの助力を求めるのが望ましいだろう。
「それと、『凶』の方も一緒に戦ってくれるそうです。パンターは魔種の1人ですが……皆さん、勝って帰ってきてくださいね!」
- <YcarnationS>かの進軍を押し止めよLv:15以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年11月04日 22時40分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●Inversion
日々を面倒だと感じていた、いつもの1日だった。
奴隷の護送をして、報酬を受け取る。これも依頼の1つでありやましいことなど何もない。やましいのは依頼をしてくる人間だ。たまに一緒にやらないかと誘われはするものの、どこかにあった最後の良心みたいなものが邪魔をした。
──やることも吝かじゃねえが。
──やらなきゃいけない理由もねえ。
それが変わったのはザントマン──オラクルとの邂逅だった。すべてが正しいのだと思った。このラサが窮屈に感じることも、面倒だと思うことも、煩わしく苛立つことも、何もかもが正しいのだと思ったのだ。
正しいなら、悪くない。
最後の良心は、いとも簡単に零れ落ちて──闇に溶けていった。
●Sloth,sloth,sloth!!
面倒だ。
面倒で面倒で仕方がない。
照り付ける太陽の暑さも眩しさも面倒で仕方がない。
さっさと用事を済ませて撤退したいというのに──奴らが来るんじゃ、面倒が過ぎてかなわない。
いたぞ、と誰かが言った。
このだだっ広い砂漠という地で、砂嵐でもない限りは見通しが悪くなることはない。砂の都へ進む人影も、その人数も、しかとイレギュラーズたちの目に映る。
それは同時に、相手からも気づかれやすいということだ。
(罠や待ち伏せを警戒せずに済むのは良いが、壁を利用しての接近等が出来ないのは厄介か)
『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)は小さく見えた人影に眉を寄せるも、いいやと頭を振る。
今回は向かうべき場所への移動中を襲撃だ。彼らも目的がある以上、戦闘中に逃亡して砦へ帰るような真似はしまい。そしてこれだけ視界の良い場所ならば、士気の上がっている味方同士が見えて敵への威圧となる。
最も、狂気に侵食されている彼らへどれだけの効果を及ぼすのか定かではない。それでもないよりはあった方が幾分か良いだろう。
「パンターは怠惰の魔種。『面倒だ』と感じることは危険やもしれん。心に留め置いてほしい」
グレイシアの言葉に凶の面々が頷く。彼らもグレイシアと同様、先日の戦いでパンター及びその手下を見てきている。その危険性は十分に理解しており、警戒を強めて然るべきだとも判断しているようだ。
「ツワモノが全てを捨てて魔種になっちゃうってのはザンネンな話だね」
『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377) の言葉に『凶頭』ハウザー・ヤーク(p3n000093)ははっと鼻で笑う。
「所詮それまでの野郎だったってだけだ」
その言葉はパンターに対して何かを思ってのことか、それとも何の含みもなしに”魔種”すべてに対して言っているのか。
(何かインネンがありそうだけれど、教えてくれそうにないかな?)
もちろん無理に聞き出そうとも思わないが、『黒豹』パンターは有名だ。この2人が何かの縁で繋がれているのなら個人的興味は大いにある。
しかして、その興味を満たすべく彼へお伺いしている時間の余裕はなさそうだ。
「何にしても、誰がぶっ飛ばしてもお互いにいいっこなしってコトでね!」
「そうだぜ、俺がパンターを殺っちまっても恨むなよハウザーのダンナ!」
イグナートとハウザーを挟む形で並走していた『黒狼』ルカ・ガンビーノ(p3p007268) が挑戦的に笑みを浮かべる。凶のトップであるハウザーが味方とあれば、これほど頼もしい相手はいない──が、かといってこの場の活躍全てを任せるつもりも委ねるつもりもない。さらに言えば活躍の度合いで負けるつもりもさらさらない。
「はっ、ガンビーノのところの小僧か。やれるもんならやってみろよ」
2人の間で火花が散る。敵との接近を感じた『ラブ&ピース』恋屍・愛無(p3p007296)が後ろから「さて、仕事だ」と声を上げたことによって、その視線は同時に前へと向いた。仲がいいのか悪いのかといった2人を愛無は見つめる。
(凶のハウザー。ラサきっての武闘派と共闘する事になるとは。光栄というべきか)
最も、愛無の所属する傭兵団の団長は「ハウザーとか、顔からして悪党じゃし。うち、愛と平和の傭兵団じゃし」などと言っていたが──言うまい。空気の読める地球外生命体だと自負しているが故に。
──さあ、稼ぎに行こうか。
●Sloth and Disturb.
どいつもこいつも面倒な奴らだ。
さっさと終わらせて、用事も済ませて帰るんだ。
……嗚呼、帰ることすら面倒になってきやがった。一体どうしてくれる?
「まずは手下の連中を足止めしましょう」
「そっちは任せたぜ! あの骨なし共にラサの傭兵の意地を見せつけてやれェ!」
凶のメンバーへ素早く支持を出す『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)によって、手下たちの前に1人、また1人と凶のメンバーが立ちはだかる。ルカの鼓舞と進路を塞ぐその立ち位置に、手下たちのいらだつ様子が目に見えて分かった。
「邪魔だ、退け!」
「てめぇらの指図に従う気はねぇな」
悶着する敵味方の傍ら、まだブロックできていない敵へ向けてリアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)の放った鋼の驟雨が襲い掛かる。
「はぁ、あの凶と一緒に仕事することになるとはな」
予想外も予想外、まさかといった表情だ。人生何があるかわからないものだが、何をすべきかは変わらない。
(理想は早々に殲滅させてのパンター討伐への援軍か)
そう上手くいくとも限らないが、ここは最善を目指して対処するのみだ。
メーヴィンの鋼の雨が降った脇では『氷結』Erstine・Winstein(p3p007325)が氷の旋風を巻き起こす。寒さに震える敵を冷たく見ていたErstineは、ちらりとハウザーの方を見た。
(ハウザー様の意思は堅そうね……ここは全力でサポートしないと)
まずはハウザーを、そして仲間たちをパンターの元へ辿り着かせる。そしてこちらで受け持つ手下たちを撃破し、パンター討伐に加勢する。心配なのは呼び声だが──先ほどグレイシアが凶のメンバーへ警戒するよう促していた。その面々も十分警戒している様子だし、いざとなればErstineたちが惑わされるなと声を上げることもできる。
「……ハウザー様が反転の道を選ぶなんて、微塵も思っていないけれど」
もしも、ということもある。そしてハウザーが立ち向かう相手こそ原罪の呼び声の発生源、魔種だ。
(戦いに面倒だと思われないためにも、早急に終えることを目標としましょう)
ならばと振りかぶるは鉄扇。この砂漠のど真ん中で、寒さを感じるのは恐らくここくらいだろう。
「邪魔すんじゃねえ!」
残る手下たちが道を塞ごうとするところへ、ルカが闘気の弾を投げつける。周囲の砂ごと吹き飛んだ手下たちは無傷のようで、モタモタしていれば再び立ちはだかってきそうだ。
今のうちに、と彼らの横をハウザーとイレギュラーズたちがすり抜けていく。『本当はこわいおとぎ話』ミザリー・B・ツェールング(p3p007239)はちらりと手下たちへ視線を向けた。
(黒豹さん率いる傭兵団……ハウザーさんとも因縁があるみたいなのです)
2人の関係性が気になる者はここにも1人いた。けれどやはり、そこに関してここで問うことはない。なによりミザリーが気になるのは──。
「……魔種って、どんな味がするのでしょう? ね、ローちゃん!」
その言葉にどろり、とミザリーの影が揺れる。彼女はパンターの前へ立つと笑いかけた。
「怠惰な怠惰な黒豹さん。黒き森の怪物が、貴方の命を奪いに来ました」
「はっ、そのか弱いナリして、誰の命を奪いに来たって?」
パンターが武器を手に砂を蹴る。同時にミザリーの影が飛び出した。正確に言えば、”影から何か飛び出した”。
「ローちゃん! がぶっとやっちゃってください!」
ミザリーの言葉に黒いソレが牙を向く。半身を捻って直撃を避けたパンターは、そのまま一直線にミザリーへ肉薄すると武器を振り下ろした。ミザリーの息をのむ音。同時に、その前へ屈強な体が滑り込む。
ガキン、と硬いもののぶつかる音がした。
「まずはオレから倒してみなよ!」
装甲で攻撃を受け止めたイグナートがにっと笑みを浮かべる。反対に心底嫌そうな顔をしたのは当然、パンターだ。その懐にグレイシアが滑り込み、ブロックパージを仕掛ける。受け止めながら舌打ちをしたパンターは、不意に視線を感じて顔を上げた。
「──また会ったな」
金色の瞳。
それは人ならざる瞳。
常は包帯を巻いている中性的な情報屋──『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)の瞳が、パンターを見ている。そこに込められるは殺気と、自らへの怒り。
(依頼の失敗など、情報屋として最も必要な信頼を損なう行為──有り得ぬ。無価値だ!)
その無価値を。完璧でない行為を。2度と繰り返してなるものか。
これは再び訪れたチャンスだ。ローレットがつかみ取ったそれを、そしてこの魔種を絶対に逃してはならない。
パンターの背筋をぞわりと悪寒が走る。同時にその瞳を介してリュグナーでない何かを見た気もするが、それは一瞬にして霧散した。そこにいるのは紛れもなく、前回パンターの前に立ちはだかったリュグナーだ。
「ちっ……しつけぇな」
「ああ……我は”しつこい”ぞ? だが安心せよ。もう2度と会うこともあるまい。ここが貴様の最期なのだからな」
素早く包帯を戻したリュグナーが大振りな鎌を構える。死神のようなそれに、けれどパンターは嗤ってみせた。
「はっ。どっちの最期だか、な」
不意にその背後から黒く大きい影が伸びる。咄嗟に受け止めたパンターは、相手を見て瞳を眇めた。
「ハウザー、また来たのか」
「今度こそ殺す。お前を、絶対にだ!!」
怒りに喉を鳴らすハウザー。2人が睨みあっているところへ怒声が響く。
「パンタァァァァ!!!」
ルカの振り下ろす剣が憎悪の滲んだ牙の如く襲い掛かる。砂の上に幾滴かの赤を落としたパンターは、怒りに満ちた瞳のルカへ視線を向けた。
「オラクルなんぞに肩入れしやがって! それでもラサの傭兵かテメェ!!」
「今度は傭兵について語るやつか」
めんどくせえ、と呟いたパンターはルカを睨みつける。彼の叫んだ言葉は、魔種には何も響いていないようだった。
その目の前に音もなく、愛無が立ちはだかる。パンターの視線はすぐそちらへ向いた。
「時に──「壁」というモノは相手の脅威であればあるほどいいと思わないか?」
愛無の全身の粘膜が、巨大な蛇の頭部へと変形──変質する、とでも言うべきか。突っ込んだ愛無はパンターの脇腹に噛みついた。
(浅いな)
捕食寸前で体をずらしたか。離れた愛無は元に戻りながら、なおパンターの視界を阻害するように目の前へ立ち塞がる。
「面倒な問いに答えるつもりはねえ」
苛立ちの言葉と共に愛無へ武器が向けられる。その刃が確かに彼女を傷つけたと同時、同じ箇所に痛みを感じたパンターは思わず愛無から一定の距離をとった。
「……何か小細工か」
痛みを感じた箇所をさするパンターの懐へ、神速の踏み込みで『九月の舞姫』雪村 沙月(p3p007273)が切りかかる。それは踏み込んだことを砂の動きで知るしかなく、目に映るはただただ優美な彼女のみ。
「オラクルに借りを返す前に、潰して差し上げましょう」
彼女も彼女とて、前回ザントマン一党へ仕掛けた際に苦汁を飲まされている。このパンター絡みでないとはいえ、悔しがる者の気持ちは分かるつもりだ。なればこそ、この依頼は成功させなければならない。
(同じ相手に2度も負けるのは屈辱でしょうし)
パンターは沙月を見て、そして周囲を見渡す。自らを取り囲む者たち、己の手下、そして手下たちを抑える者たち。
「……嗚呼、本当にめんどくせえ。邪魔だ」
そんな呟きが砂の上に落ちて。一瞬止まっていた剣戟の音が再び鳴り始めた。
●Disturb and disturb!!
嗚呼、嗚呼、何もかもが面倒でしかたねぇ!!!
自らの肉体を修復しながら耐えていたイグナートは、全身に走る痛みに小さく顔を歪める。
(そろそろコロアいかな)
この戦法で常に立って居続けられるとは思っていない。魔種は圧倒的に強く、ほぼ1人で攻撃を受け続けるなど不可能だ。だからこそイグナートは皆が長く戦い続けられるよう、その厚い装甲でもって庇うように立ち回った。
けれどもあと1,2撃で倒れてしまうようなら、最後の最後にこの力を振り絞ろうではないか。
気を込め、全身から爆発させながら右の拳を真っすぐパンターへ向ける。全力で撃たれたそれは直撃こそしなかったものの、パンターの顔色を変えるには十分だった。
「……本当に、面倒な奴だ」
パンターの攻撃が誰かを庇うイグナートではなく、明確に彼自身へと向けられる。
「ゼシュテル人は倒れるときは前ノメリって昔から決まってるけれど……まだ、倒れるにはハヤいんだ!」
自らの体へ傷を増やしながら、右ストレートを繰り出すイグナート。踏みしめれば足元の砂が小さく抉れる。パンターの攻撃に、けれどもう1度踏ん張って突き出された右拳は的確に魔種の胸を打った。
呻くパンターの前で、今度こそイグナートが前のめりに砂の上へと沈む。その陰に隠れていたミザリーは右を見て左を見て、仲間たちに庇う余裕がないことを察するや否や「ローちゃん!」と叫んだ。彼女の言葉に再び影が、影の中に住まうモノが動く。
「御伽噺の一片を、お見せしましょう!」
「っ、なんだこれは……気持ちわりいな、このっ」
影より吐き出された闇はべとりとパンターへ付着し、その生命力を削いだ。払おうとしてもべったりついたそれは容易に離れなさそうである。
その身にまとわりつくのはミザリーの影から放たれた闇だけではない。リュグナーによる黒い半透明な鎖は、より体を鈍重にして地へ縫い留めんとする。そこへ黒のキューブが発生し、パンターを苦痛へと閉じ込めた。
「今度は逃がさぬ。決して──この場より離脱できると思うなよ」
冷たく放たれるリュグナーの言葉に、キューブより放たれたパンターが顔を顰める。──つと、その目の前にいる愛無が観察するようにパンターの顔を見つめた。
「先ほどからこちらは無視。視覚阻害は大きな障害とならないか?」
「うるせえめんどくせえ喋りかけんな」
パンターの声はひどく煩わし気で。愛無の考えた通り、何かをしながら他のことをするということは嫌いらしい。今も戦闘中に話しかけられ、質問をされ、選択を迫られることにひどく嫌悪しているようだった。
だがしかし、愛無を標的としないのはどういうわけか。愛無の行動が彼の琴線に触れないのか、それとも愛無より気を引く者がいるのか。
(無視をするならそれもいい)
その間にたらふく喰わせてもらおうではないか。愛無は蛇の頭で捕食せんと襲い掛かった。
リュグナーの放つ黒い鎖は念入りに、執着じみているほどに重ね掛けされる。鎖から解かれる隙もないパンターへ、グレイシアは壱式『破邪』で火力を狙う。消耗も激しいが、魔種相手に時間をかけるほど皆の疲労が濃くなることは変わりない。手下の対処に当たる側を気にする余裕もない以上、こちらも早期撃破を狙いたいところだ。
ハウザーとルカはまるで競い合うかのようにパンターへの攻撃を繰り返す。苛烈なそれらは徐々に、しかし確実にパンターを消耗させていた。
「男にゃ負けられねえ戦いがあるんだよ! パンターが格上だとか知った事じゃねえ!」
「よく喋る口だな。だが負けられねえのは俺も同じだ!」
言い合いながらも手加減などない攻撃にパンターが反撃へ動こうとする。しかし寸前に何かがそっと触れる気配がして、パンターは首を巡らせた。
──遅れてくるのは、衝撃。
「……っ」
息を呑んだのはパンターだけではない。反動を受けた沙月もまた、息を詰める。衝撃は感覚を麻痺させようとするが──パンターはそれを振り払うかのように力強く足を踏み出した。
「まだ動くか」
「あちらの援軍はまだ来ないようだな。できる限りの火力で迎え撃つしかないだろう」
リュグナーの言葉にグレイシアがそう返し、再び聖なる術式を展開する。リュグナーは頷くと目元の包帯へ手をかけた。
「地獄の大総裁、オセ──再び力を借りるぞ!」
「面倒だ」
「めんどくせえ」
「面倒だ面倒だ面倒だ」
狂気侵食の深い手下たちから感じる狂気。それは魔種とは比べようにもならないが、凶のメンバーがずっと近くでブロックしていることは一抹の不安を感じさせる。すかさず声をあげるのはErstineだ。それをやや離れた場所で聞くメーヴィンは、自らへ近づいてくる数人にマナースターを構える。
「やはり、来たか」
ある程度離れていても、メーヴィンならば狙い撃ちすることができる。だが逆に彼らは近寄らないと攻撃することすらできない。そして孤立して見える状態なら狙ってくる可能性もあると考えていたが、どうやら当たりのようだった。
「あいつだ! 先にあいつを殺せ!」
武器を掲げ駆けてくる敵へ向けて、蜂の巣を思わせる集中砲火を食らわせる。何人かは素早い身のこなしで避けた様だが──。
「もう1度じゃよ」
再び機導弓から放たれる攻撃に、向かってくる敵たちが顔を歪めた。だがその足はまだ、止まらない。切りかかってくるその1撃は鈍重で、数人がかりでの攻撃にメーヴィンは押される。鋭い斬撃にたたらを踏めば、ぱたぱたと血が砂へ吸い込まれる、が。
「──っ、舐めるなっ!!」
己へ向けられた奇跡は運命を本来と異なる向きへわずかに変える。
足を踏みしめ、慈悲なき一矢が敵の1人を貫いた。まだ残る敵の前には寛治の指示を受けた凶のメンバーが立ちはだかり、全力の防御態勢で凌ぐ。そこへ手の空いたメンバーが襲い掛かり、敵の倍にもなる人数で叩きのめした。
一方のErstineは凶のメンバーと共闘しながら敵を凍らせ、或いは血の刃で敵を狙っていく。ふいにくらりと眩暈を感じて、Erstineは咄嗟に足を踏ん張った。
(血を流しすぎた、かしら)
イモータリティで傷を回復させ、出血を止める。そして精神力が失われかけたら自らの生命力を犠牲にそれを補填する。攻撃の合間にはひたすらそれの繰り返しだ。そのうち倒れてしまうだろうが、重い傷を負うくらいだったら望んで無理をしよう。
「……トドメよっ!」
手下の1人を倒し、次の相手へ。徐々に負担が減っているように感じるものの、体に蓄積された疲労まではどうしようもない。
けれど事実、敵の頭数は減りつつあった。
「仕事の失敗は仕事で取り返すのが、ビジネスパーソンです」
この砂漠においても常のビジネススーツを着こなした寛治は、ステッキに仕込まれたマシンガンで地に伏した敵へそう告げる。そして敵味方の数と状況を素早く判断すると、凶の1人へ声をかけた。
「私たちはパンターの方へ。こちらはパンターを倒せるまで持ちこたえればいい。それが、我々の勝利です」
「ああ」
「私はこちらへ残るわ。早く加勢できるようにしましょう」
寛治の言葉にErstineがそう告げ、自らの流れる血を刃に変えて飛ばす。彼女の言葉にうなずいた寛治は、メーヴィンとともにパンターの方へと向かった。
深呼吸するメーヴィンはひどく消耗している。そして寛治自身もまた、手下たちとの戦闘で普段の依頼並みに傷は追っていた。それでも食らいついていかなければならない。あの魔種を倒さなければ──失敗は失敗のままなのだから。
思わぬ方向から放たれた灰矢に、パンターがはっと2人の方を向く。寛治は素早くステッキ傘を魔種へ向けて投げた。
「──私はこれでも失敗を根に持つ方でね。絡みますよ、貴方に」
「男に絡まれる趣味はねぇ、よ!」
リュグナーの借り受けた力によって黒き鎖に囚われたパンターは、寛治の攻撃に顔を歪める。勢いのまま弾かれるように宙をまったステッキ傘をキャッチした寛治だが、パンターのの視線は寛治──ではなく、リュグナーへ向けられた。
「邪魔だ、面倒だ、どいつもこいつも、この鎖も邪魔で面倒だ!!!」
体を鈍重にさせる鎖を引きずるように、パンターはリュグナーへ接近する。その両手に握られた武器が幾度もリュグナーの肌を裂き、その血に濡れた。
「……っ、まだ、だ」
よろけたリュグナーが起こした小さな奇跡。最後の力を振り絞るための1歩。それはパンターに届く十分な距離で、彼に後退以外の移動を禁じる。
「今、だ……やれ……」
「っ、こいつ、」
その隙を逃すはずもなく。グレイシアがブロックパージで仕掛け、愛無が蛇の頭でもって食らいつく。
「とかく人の世は住みにくいが、人でなしの世は住みやすかったかね? 何にせよ、終わりだ」
「っ……答える気はないっつっただろ。めんどくせえな、すぐ忘れたか?」
顔をしかめるパンターへ、ルカとハウザーが同時に肉薄する。パンターへ迫る刃と爪に、リュグナーが口元を歪めた。
「住みやすかろうと、住みにくかろうと安心せよ。もうこちらにいる必要はないのだから。
我はリュグナー。死神の血を引く者。これから行く場所──」
──地獄までの案内ならば、任せるが良い。
パンター討伐とほどなくして、手下の掃討戦も終わりを告げた。Erstineはゆっくりと歩いてある場所で立ち止まる。
「……感情1つで、こんなにも大事になってしまうのね」
小さく呟くErstine。その視線が落ちるのはすでにこと切れたDunkelの頭。
「…………難儀なものだわ」
小さく息をついたErstineは体の痛みと、そしてこびり付いた血に顔を顰める。早く帰って手当をしよう。血も拭って綺麗にしなくては。
パンターの亡骸に背を向けたErstineは仲間たちの元へと足を踏み出した。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
『黒豹』パンターはここで倒れ、無事依頼達成となりました。
死神の血を持つあなたへ。パンターの動きを阻害しようという執念に、今回のMVPをお贈りします。
またのご縁がございましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
また、純種は原罪の呼び声の影響を受ける可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●成功条件
傭兵団『Dunkel』の壊滅
●フィールド
砂漠地帯です。
見晴らしが良く、逆に言えば遮蔽物などは何もありません。
●敵軍
・『黒豹』パンター
真っ黒な肌をもつ獣種の男。傭兵団『Dunkel』のトップ。ザントマンに同調し、魔種となっています。前々からハウザーのことは気に入らないと思っていたようです。
実力はありますが、同時にきな臭い噂もありました。今回ザントマンと手を組んでいます。
素早さと手数が特徴です。魔種である以上、他のステータスも十分に高いです。
また、執拗に立ち向かってくる、及び支援系の敵が本能的に苦手で面倒だと感じるようです。
・手下×15人
傭兵団『Dunkel』のメンバー。総じてパンターの狂気に影響されており、その近しさもあって狂気の深度は比較的高めです。
攻撃力・特殊抵抗が高く、次点で回避。命中はそこまででもありませんが、数で押してきます。
彼らの面倒は流動的で、攻撃直前に最も気を引いた者を狙います。
●友軍
・ハウザー
ラサの武闘派一大勢力、そのトップを担う獣種の男。非常に攻撃力が高いです。
パンターの元へ向かいます。何があってもここは譲りません。
・凶(マガキ)
ハウザーの率いる武闘派集団。総じて高い膂力と殺傷力を誇る獣種です。
手下たちの元へ向かいますが、狂気に影響を受けた敵は対等にやりあってくるでしょう。
前回の戦闘により人数は減っていますが、相手(敵の手下たち)も同様ですのでどっこいどっこいというやつです。
●ご挨拶
愁と申します。さあ、再戦です。
前回の戦闘を経て、情報や参加条件に変化が生じています。決してこれまでの戦いは無駄ではありません。その情報を生かし、勝てるかは今回の参加者にかかっています。
ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
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