シナリオ詳細
<YcarnationS>勇者は偽りの楽園に弓を引く
オープニング
●
可能性に目を背け、思考を止めて、ありとあらゆるものから逃げるように死んで――その先に何があるというのか?
世の不条理に抗い、運命に抗い、戦って、戦って、戦って。それでも勝てなくて、変えられなくて。声も涙も絞りつくし、夢のひとかけらも心に残っていなくて、もう死ぬしかないというのであれば、ああ、認めよう。
それも答えの一つだと。一つの生きざまだと。
止めはしない。だが――。
ラゴルディアは作ったばかりの大弓を引き絞しぼった。矢はつがえていない。闇を照らす燭台の向こう、揺れる影にじっと目を凝らす。背骨に沿って汗が流れていく。
(「逝きたければ一人で逝けばいい。まだ笑うことができる者から、運命に抗い戦う意思を奪い取るな!」)
指を離すとギャンと弦が鳴いた。
出来上がりに満足し、ゆっくりと構えを解いて大弓を降ろす。
腰に手をあて、そこに本来携えていなくてはならないものを思った。
『時に燻されし祈』よ。
間に腐れゴブリンという不純物を挟んではいたが、聖樹は時空を超えてギフトという形で我が祈りに応えてくれた。
あのとき、確かに……自分は楽園の存在を感じた。胸の内で膨らんでいく希望を、生きたまま、この体と心で感じたのだ。
『死が救い』なんて欺瞞だ。
「……『楽園の東側』を潰す」
アスランとリンのような兄妹が、親子が、まだたくさんいるに違いない。
さあ、助けに行こう。ローレットの仲間たちとともに。
●
「ハイハイハイハイッ!! ここから先はピーちゃんが説明するでございます!」
人が集まったところで、ラゴルディアは鉄玉子もといピーちゃんことダンプPに押しのけられた。
腹は立ったがしかたがない。
自分は元の世界ではともかく、混沌世界では数多いるイレギュラーズの一人に過ぎないのだ。ここはローレットの情報屋に譲るべきだろう。
「――って、貴様も情報屋ではないではないか!」
「ピーちゃんは『ローレット競技場の管理責任者』でございます。情報屋よりも偉いのですよ?」
嘘をつけ、と野次が飛ぶ。大体、競技なんて最近まったく開催していないじゃないか云々。
「そ、それは……いろいろ大人のジジョーってもんがあるのでございます!」
このままでは話が進まないので、ラゴルディアにしては大変珍しいことに、大人しく引きさがった。
さっさと説明しろ、と鉄玉子の後ろに毒づく。
「えー、では改めて」
ダンプPは依頼の背景から説明を始めた。
オラクル派への打撃作戦は概ね成功に終わったが、突如出現した『砂の魔女』カノンによってグリムルートの権限がより強力に上書きされてしまったこと。
オラクルを超える凄まじい狂気の伝染源となったそれは、特に『幻想種』に強く作用。『幻想種』たちが誘導されるかのように『砂の都』へ向かっていること。
商品を奪われたオラクル派が憤慨し、残存勢力は結集して『砂の都』へ向かっていること。
オラクルを超える魔種の狂気を放置すれば、『砂の都』で魔種の大軍勢が生まれる可能性があること。
ローレットとしても放置できない状況に、ラサから再度、大規模な協力要請依頼がまいこんだこと。
などなど。
「ということで、ここに集まったみなさんには、『砂の都』にある『楽園の東側』というヤバイ宗教団体の拠点の一つを襲撃していただきます。『楽園の東側』というのは、簡単に言うと『死が救い』というヤバい宗教でございます」
生きることは罪であり、肉体という枷から解放されることで人間は楽園に至る。ただ死ねばいいというわけではなく、楽園に至る為にはより良き死――英雄に殺されるという試練を経なくてはならない。
経典ともいうべき幻想種の禁書『■■■■』にそう書かれているという。
「『楽園の東側』の信者たちは『英雄に殺される死』を望むべく、『砂の都』を訪れたイレギュラーズたちに戦いを挑んできます。彼らは信仰のためと思っているでしょうが、結果的に『砂の魔女』カノンを守っているのでございますね。いやはや、でございます」
彼らを無視することはできない。放置すれば、いずれは『砂の魔女』の狂気に飲み込まれ、魔種化してしまうだろう。
「そうなる前に司祭を倒し、無理やり『砂の都』から連れ出してしまわなくてはなりません。教団自体が壊滅すれば、いずれ洗脳もとけることでございましょう。で、ここが肝心。耳の穴をかっぽじって、よーくお聞きくださいませ」
ラサからの情報によると、その拠点の指導者である司祭は魔種ではないが、非常に戦い慣れているらしい。もとが盗賊団の頭だったようだ。
次に、拠点には信者の他に、信者の血縁者が大勢捕らわれている。その大部分が、まだ自分の考えを持たぬ幼子たちだ。
一か所に閉じ込め、敬虔な信者にすべく洗脳教育が行われているらしい。
信者たちは、まず間違いなく、幼子たちをイレギュラーズたちの前に並べて司祭を守る盾にする。笑顔で血縁者たちを突き出し、死なせるだろう。
「子どもたちは死を恐れています。こわい、こわい、と泣く声が拠点の外からでも聞こえるそうでございますよ。可哀想に……」
ここでラゴルディアが前に出て来た。
「倒すのは司祭だけだ。信者は殺さないで捕まえて欲しい。いかに狂っているとはいえ、目の前で肉親が死ねば、幼子たちの柔らかい心に深い傷が残る。それでは――さらに不幸を増やすだけだ」
もちろん、司祭はもとより信者はただ殺されるのではなく、『■■■■』の教えの下で『華々しく素晴らしい死』を求めて特異運命座標に襲い掛かってくる。死ぬまで何度でも、立ちあがってくる。
あくまで不殺を貫こうと思えば、相応のダメージを受けるだろう。
「それでも私は彼らを助けたい。頼む、力を貸してくれ。ともに偽りの楽園を砕こう」
- <YcarnationS>勇者は偽りの楽園に弓を引く完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年11月04日 22時40分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「あれはうまかったな」
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は、遺跡の真ん前で満足げに腹をさすった。
戦い前に腹ごしらえに、とみすぼらしい食堂に途中立ち寄った。そこで頼んだ肉団子のトマトスープ煮がなかなかの美味だったのだ。
隠し味にドライプルーンが入っており、噛むたびに甘酸っぱい味が広がって食感もおもしろかった。甘い香りのする蒸留酒もよかった。たった一杯しか飲めなかったが。
「クソエルフがギャアギャアわめかなけりゃ……くそ、自家製の黒ビールも飲みたかったな」
崩れた壁を背に胡坐をかいた『緑色の隙間風』キドー(p3p000244)は、未練たっぷりにため息をついた。
クソエルフこと『小鬼狩り』ラゴルディアは、謝礼の手付け名目で飲食代を奢らされ、むくれていた。離れたところで空なった財布を握りしめている。
「でも『ここは私のおごりだ』なんて格好つけて、全員に奢ったのはラゴルディアさんですからね」
キドーの横で『こそどろ』エマ(p3p000257)がひひひと笑う。
「おう、俺が要求したのは、俺とキドー、エマの分だけだからな」
「たく、あの野郎は……女の前ですぐキザりたがる」
ただし、ゴブリンの女を除く。あとたぶんオーク、それにドワーフの女も対象外のはずだ。実際のところは知らないが。
元の世界では考えられないほど、こと女に関してはアイツの差別意識が薄くなっているのを感じる。下にスケベ心があるに違いない。そういえば、溜まったものをどう処理しているのか。見たこともないし、見たくもないが、あの体の大きさからすると、受け入れ可能な――。
キドーの下世話な想像を、明るく元気な声が破った。
「オイラも奢ってもらったよ、男だけど。飲み物は蒸留酒じゃなくてモモジュースだったけどね」
『魔動機仕掛けの好奇心』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)が砂よけのカバーを肩から外しながら言う。
チャロロは倒れた石柱の上に立つとヒーローらしくポーズをとった。
「ぼくもわたしもモモジュース……」、と黒・白(p3p005407)が石柱の影に隠れながら言い添える。
「チャロロはお子様枠だ。黒・白は、あー、……アイツ、ガキにも甘いからな」
「私はラゴ君に年齢確認されました!」
『小さな太陽』藤堂 夕(p3p006645)がニコニコしながら手をあげる。
「申告の結果、モモジュースに変えられてしまったのです!」
「私たちもだわっ! お酒は二十歳になってからって……それ、どこの世界のルールなのっ!?」
『お節介焼き』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)も、『応報の翼』ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)ともどもモモジュースに替えられたという。
「ラゴ君って……。ん、あれ? まてよ、じゃあ何か、あのクソエルフ。夕と華蓮、それにミニュイに出された蒸留酒を……」
「自分で飲んでいたよ。彼のおごりだから別にいいんじゃないの」、と翼につく砂を払い落しながらミニュイ。
つまり、ラゴルディアは自分の分と合わせて合計四杯飲んでいることになる。かなり強い酒だったのに、顔色は全く変わっていない。
「そういえばザルだったな」
キドーは酒場『燃える石』にラゴルディアを初めて連れて行ったときのことを思い出した。泥酔させて路地裏に転がすつもりだったのに、いくら飲ませても駄目で、しかたなく店主に新作料理をリクエストして食わせたことを。
その夜以降、ラゴルディアは『燃える石』で調理されたものを一切口にしない。チッ!
グドルフが手のひらに拳をばちんと打ちつける。
「俺たちには仕事の前に飲むなとうるさく言っておきながら……ふてぇ野郎だ。あとでシメてやる」
パタパタと布が風にあおられる音がした。遺跡へ目を向ける。出入口に布が垂らされていた。
「やっとオイラたちに気づいてくれたみたいだね。オイラ、カッコよく見えたかな?」
「カッコよかったですよ。子供たちは英雄の登場に胸を高鳴らせているでしょう。かなり危ない感じに、ですが……ひひひ」
キドーとエマの二人は上から、ラゴルディアと黒・白がそれぞれ左右の出入口を押さえることになっていた。
夕日を浴びるようにして立ち、正面の入口から突入する五人の姿をワザワザ信者たち見せつけたのには理由がある。数を誤認させ、上と横からの奇襲を悟らせないためだ。
「夕、中はどうなっている。トカゲは帰ってきてるんだろ?」
「これといって追加することはありません。クルール君の情報通りですっ!」
宗教は嫌いだ、と呟きながらミニュイが翼腕を広げる。
華蓮も横にならって翼を広げた。
「それじゃあ、さっさと行って済ませるのだわ」
●
グドルフは勢いよく布をめくり上げた。大音声で名乗りをあげる。
「ゲハハハハッ! 山賊グドルフさま参上ォ!」
予想外の反応があった。
「お?」
たとえば一斉にあげられた、キャー、という悲鳴。想像していたものと字ズラは同じでも、響きが違う。期待に満ちた、甘い響きを感じさせる声ではなく、恐怖に震える固い声だったのだ。暗がりにランプの灯りを受けて浮かぶ顔だって、楽園を夢見る恍惚状態からは程遠い。
「解せん。俺の姿も見たんじゃないのか? あ、もしかして洗脳が解けたか?」
それはないでしょう、と夕が大きな背中に突っ込みを入れる。
ならなんだ、という声を、奥で発した大爆笑が掻き消した。
「これは傑作だ。誰が来たのかと思えばオレ、いやかつての私と同じ悪党、山賊一味か。ようこそ『東の楽園』へ。入信前に今までぶん盗ったもの、全部寄付してもらうぜ」
「なんだと、コラ? のっけからおもしろいこと言うじゃねえか」
グドルフがドスを効かた声で凄む。前へ一歩踏み出すと、信者も子供たちも悲鳴をあげて、祭壇側へ身を引いた。
「おお、可哀想な我が子たちよ。こっちへおいで。私が守ってあげよう」
「ぬかせ! おい、こいつはな、お前たちを盾にしておいて、その隙にちゃっかり自分だけ逃げ出すつもりだぞ」
「まさか。わたしはお前たちを見捨てない。悪党に殺されるぐらいなら、この手でお前たちを楽園に送ってあげるさ」
「悪党はテメーだろうが! なにをしれーと殺害予告してやがる」
だが信者も子供たちも、おそろしい山賊よりは司祭を信じたようだ。下卑た笑いに唇を歪ませる男を頼り、すがりつく。
(「ち、まずいな」)
このままでは司祭の守りがますます厚くなる。
「いまのやり取りで解った。あいつはただのクソ野郎だよ」
「本当だわ、最低の似非神父だわ」
ミニュイと華蓮がグドルフの前に出て、大きな体を翼で隠した。二人ともたったいま犬のフンを踏んでしまったような顔をしている。
「確かに、信仰心があるようには見えませんね! チャロロ君、お願いします!」
夕が目配せすると、意図を察したチャロロが元気よく声を上げた。
「オイラはチャロロ! ヒーローだよ!」
ミニュイと華蓮がぱっと翼の幕を引く。
煌めき放つ黄金の大剣をカッコよく構えたチャロロが現れた途端、部屋の中がヒーローショーが始まったかのような熱気に包まれた。
「みんなを怖がらせる悪いヤツは、オイラがこの機煌宝剣でやっつけてやる。えい!」
「お、おい?!」
突然の展開にとまどいつつ、グドルフは大振りされた剣をかわした。
すると、切られてください、と夕に叱られた。
祭壇では司祭が、こっちを指さしゲタゲタ笑っている。
「やるな。だったらこれはどうだ! 必殺『トゥスクルモシリ・ブレード』!」
即興で作った技名を叫びながら、チャロロがまた切りかかってきた。ゆっくりと振り下される剣をかわしつつ、グドルフは胸を押さえながら大げさに倒れてみせた。
もうもうと砂埃が立つ。
(「なんで俺が……クソ、倍返し、いや三倍返しだ! こんなクソ仕事に引きずり込みやがって、キドーのやつにも絶対に奢らせてやる。酒の一杯じゃあ足りねえぞ!」)
わー、と声をあげ、信者たちはイレギュラーズに切りかかっていった。
●
は、は……、っぐ、ぶふうっ――!?
塞がれたというよりは、叩かれた感があった。
キドーは涙目になってエマを見た。
「しー。キドーさん、クシャミしちゃダメですよ、ひひ」
ひひ、じゃねえよと思いつつ、相棒のいうことは至極もっともなので、キドーは黙って頷いた。
エマはゆっくりと口から手を外すと、キドーの服でツバをぬぐった。
(「相棒じゃなきゃ……こんな時じゃなきゃ、グーで殴っていたぜ」)
どうだろうか。いや、たぶんやらないだろう。殴るフリぐらいはするかも、だが。
「キドーさん、こっちこっち。この穴から降りませんか」
おう、と答えて石屋根の上を走った。すでに日が暮れかかっている。さっさと片付けて飲み直したい。
穴から下を覗いた。
大混戦だった。祭壇上だけ静かに凪いでいる。
ここから飛び降りると、司祭からの二メートル横に落ちる。左右にある小さな出口……ラゴルディアが張っている方に近い。
件の司祭は祭壇の中央で、たくさんの子供たちに周りを囲ませていた。いや、小さな子供を一人、片腕で抱きあげいる。
厄介なことに子供を抱く腕は右、飛び降りる側だ。子供が邪魔で、落下しながら攻撃は難しい。司祭の左手にはメイスが握られている。
「……盗賊の風上にも置けねぇ、とんだクソ野郎だぜ。なあ、エマ」
「まったくです。悪党の面汚しの見本のような男ですね、ひひひ」
元盗賊のクソ野郎は、信仰心に目覚めて司祭になったわけではないようだ。信者から金目の物を取り上げて闇市に流し、楽々と私服を肥やすために『楽園の東』に入り込んだのだろう。砂の都まで教団についてきたのは、たくさん出る死体を漁るため……。
「やるぞ、エマ。ついてこい!」
「まっかせてくださいよキドーさん! 私はこういう上からの奇襲は大得意です!」
キドー先に穴から飛び降りた。続いてエマが飛び降りる。
ワンテンポ遅れて、左右の出入り口からラゴルディアと黒・白が駆け込む。
ラゴルディアは入ってすぐ足を止め、その体格を生かして出入り口を完全に封鎖した。暗がりでもわかるほど怒りで目をぎらつかせ、弓で偽司祭を狙う。だが、抱き上げられた子供が邪魔で矢を放てない。
「な、なんだテメーらは!?」
「見りゃ解かるだろ。正義の味方だ」
キドーはおびえた目を向ける子供たちに、よう、と気安く声をかけた。
「俺はよ、テメェ等みたいなガキから依頼を受けた事があるぜ。力こそ全ての鉄帝流の正攻法じゃあどうにもならなかった日陰者さ。
ガキ共は武器(ちから)を手に入れる為に俺等を囮にした。それが依頼だ。薄汚れた金掻き集めて、ヤツ等が選んだやり方だ。やり方は回りくどいが『時に燻されし祈』を盗んだ俺と同じさ」
キドーはうなじでラゴルディアの呼吸が僅かに乱れたのを感じた。
バカ野郎、テメーの同情なんて求めちゃいねぇ。拳を握りしめる。爪が肉に食い込んだ。『時に燻されし祈』を下げた右の腰が、重く熱い。
「へっ、それがどうした。何が言いてぇ……」
エマが凄みのある目を向けて偽司祭を黙らせる。
キドーは吼えた。クソッたれの現実に、どうにもならない不条理に、抗うように。
「テメェ等も選べよ。死にたくねえんだろ。助けてって言えよ。依頼なら今、俺が受けるぜ! 報酬はテメェ等の後ろに情けなく隠れてるロクデナシの命だ! クソッタレな楽園に歯向かってみせろよ!」
●
外の世界には苦しい現実、貧困、暴力が広がっているにもかかわらず、そんなものには見向きもせず虚構や幻想ばかりに傾倒し、いつしか現実を喪失した挙句のはてに死を渇望する。それが『楽園の東』だ。ただひたすら逃げるだけの教えにすがる価値などありはしない。
(「だから殉教の手助けなんか、私に期待しないで」)
ミニュイは一心に翼をはばたかせた。
強烈な風が巻き起こり、その凄まじい風圧で、空気、いや石の床までもが砂を撒き上げながら激しく震動する。
嬉々として襲いかかる信者たちの足が床を離れ、浮き上がった。天井近くをぐるりと半周し、急に重力を思い出したかのように、ミニュイの後ろに落ちる。
打撲、いや落下時の音からして骨折したものがいる。にもかかわらず、ある者は歯を食いしばって立ちあがろうとし、またある者は這いずりながらミニュイに向かってきた。
「いい加減目を覚ましたらどう?」
信者たちはうめきながら顔を上げた。
自由奔放にはばたかせた翼が、ランプの灯に反射して妖しく輝く。ミニュイの思いは吹く風となって、空間を覆う一種独特な宗教的まやかしを吹き払った。
「ちっ。信仰ってのは相変わらず厄介だねェ……オラァ、俺さまの邪魔ァするんじゃねえッ!!」
グドルフは下から岩のような拳を飛ばし、剣を突きだしてきた信者の鳩尾を突きあげた。
ごぶっ、と胃液を吐き出しながら、信者が放物線を描いて吹っ飛ぶ。グドルフは落ちた剣をすかさず蹴って、壁際まで飛ばした。
「おい、チャロロ。ロープをくれ」
チャロロは顔面に向けて突きだされた相手の細剣を首の傾きだけでかわすと、すべりこむように内懐にステップインした。間髪入れず、左の脇腹にアッパーパンチを叩き込む。
信者は膝から崩れ落ちた。
「はい、ロープ」
次の相手となる信者から目を離すことなく、手持のロープをグドルフに投げ渡した。
「こい、オイラが相手してやる!」
グドルフは受け取ったロープで気絶している信者の手足を縛りながら、異世界から来た少年を見た。
(「なかなかやるじゃねえか」)
先ほどの攻防、チャロロの頬と剣の間は一センチもなかったはずだ。それだけ最小限の動きでかわせるということは、よほど目がいいのだろうと感心する。
祭壇に近い空間がグニャリと歪み、反転した。
――と思っていたら、上から大量の布団が信者たちの頭の上に落ちた。下からももこもこと天日干しされたばかりのようなお布団が沸き上がって、信者たちを挟みこむ。夕だ。
「いまです。華蓮君、子守歌をお願いします!」
華蓮の澄んだ声が優しい旋律となって室内に漂いだした。布団にくるまれた信者たちはもちろん、仲間たちのちょうど頭の先のほうから、羽毛の雨のように柔らかく歌声が降りそそぎ、傷を癒していく。
あまりの心地よさに、祭壇前にいた信者たちはみな毒気を抜かれ、気絶した。
夕は祭壇の子供たちに笑顔を向けた。
「君たちのお父さんお母さんは大丈夫です! だから次は君たちが助かる番です!」
キドーの叫びと夕の笑顔は子供たちの心を刺激し、勇気づけた。
一斉に偽司祭の元を離れ、逃げ出した子供たちの間をエマが走り抜ける。
「いけませんよ、子供を巻き込んでは。ねぇ?」
司祭がエマに気を取られている隙に、黒・白は偽司祭の背に飛びかかった。
「な……」
泣く幼子を抱きかかえたまま司祭は体をねじり振り、黒・白を背から落とした。憎しみを込めて、黒・白の体をメイスで叩く。
「隙ありッ! 蹴りッ 蹴りですッ!」
エマの体が動いた瞬間に、もう蹴りは放たれていた。元は盗賊団の頭だったというが、所詮はケチな悪党だ。例え正面を向いていたとしても、エマの蹴りを見切ることなどできるはずがない。尻をしたたかに打ちすえられ、体を仰け反らせる。
ラゴルディアが飛ばした矢が、偽司祭の右肩に突き刺さった。
落ちる幼子を、キドーがスライディングキャッチする。
「あの子たちがどれだけ怖い思いしたのかわかってるのか!」
チャロロは祭壇に跳びあがると、偽司祭の腹を掌底で強く突いた。
「さあ、私の最大威力の雷……受けられる物なら受けてみなさいなっ!」
体勢を崩して倒れたところへ華蓮が殺さずの雷を落とす。
偽司祭はひいひいと泣きながら、腕だけで出口を目指して這い進んだ。
鬼の顔をしたグドルフとキドーが立ち塞がる。
「くたばりやがれ、クソ野郎があッ!」
「とっとと地獄に落ちやがれ!」
深い闇に蝕まれた偽司祭の首に、断罪の刃が落とされた。
●
「ただ殺されて終わるだけなら誰だって出来る。ただ、逃げたり縋りたくなる気持ちは分かるぜ。だがな、縋るモノは選べ。掴むならクソみてえな藁じゃなく、頑丈な丸太にしとけよ」
グドルフが『楽園の東』の信者、いや元信者たちに向ける目は慈愛に満ちている。言葉は乱暴だが、声は優しい。
華蓮も熱弁を振るう。
「分かりもしない死後の世界に夢を見てないで、今ある生を全うすべきなのだわ! 死後の世界に縋ってしまう程の苦しい境遇は、今この時から変えていくのだわよ!」
助け出された子供たちはチャロロとミニュイ、それに夕が付き添って、一足先に近くの街まで送って行った。
「人は最初から最後まで不幸であれば、それが不幸なのだと気がつかないままで生きていくことができます。……あの人たちにも幸せな時があったんでしょうね。運命の神さまは残酷です、ひひ」
「ンなことより、エマ。ヤツが説教している間にズラかるぞ。おい、クソエルフ。テメーはどうする?」
「逃げるに決まっているだろう腐れゴブリン。馬車をとってくる」
エマは首を傾げた。
「一体どうしたんです、キドーさん?」
「いいから来い! アイツらには後で迎えの馬車を手配してやる」
後日。グドルフが張った網にかかり捕まったキドーとラゴルディアは、二人仲良くたっぷり利子をつけて奢らされたとさ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
成功です。
腐り切っていた偽司祭を除いて、ハーモニアたちは全員保護されました。
MVPは熱い叫びを聞かせてくれたキドーさんに。
みなさん、お疲れさまでした。
GMコメント
●依頼条件
・司祭の撃破
・信者およびその血縁者の半数を保護する
●日時と場所
夕刻。
『砂の都』、『楽園の東側』の一拠点。
●『楽園の東側』の一拠点
『砂の都』の遺跡の一部を占領、教団施設として使っています。
地上部分のみです。
地下もあったようですが、完全に砂で埋まっています。
長方形で、奥に祭壇が作られています。
出入口は3か所。
ドアはなく、出入口には布が垂らされているだけです。
(小学校の講堂を兼ねた体育館をイメージしていただければ)
屋根がところどころ崩れおり、やや暗いが戦闘に支障はありません。
司祭は幼子たちとともに祭壇の上にいます。
●敵
・『楽園の東側』司祭
元は盗賊団の頭。幻想種の男性。
武器はメイス。
クラスは『クルセイド』です。
【ブロックパージ】【近接戦闘熟練I】【逆再生】【シールド】
以上の4つを活性化しています。
・信者……10名
幻想種のみ。
細剣で武装しています。
強力な洗脳状態にあり、まず説得はできないでしょう。
倒しても死ぬまで、しかも微笑みながら起き上がってきます。
気絶しているうちに素早く縛りあげるしかなさそうです。
信仰の理由は、ほぼ以下の三つに集約されます。
「絶望的なまでの貧困」
「親(あるいは親族)からの虐待」
「(容姿、身体機能に関する)差別、あるいは劣等感による自己否定」
・幼子……12名
幻想種のみ。
信者に言いくるめられて、司祭を守るように囲んでいます。
泣いています。
司祭は嬉々として幼子たちを盾にするでしょう。
信者とは違いイレギュラーズの呼びかけに耳を傾けてくれますが……。
確実に、信者たちが説得の邪魔をしてきます。
●味方NPC
・『小鬼狩り』ラゴルディア
ローレットに所属するイレギュラーズ。
炎上系、どじっ子エルフ。酒場『燃える石』の隠れ常連客。
一族の誇りであるナイフを盗んだ某ゴブリンを目の敵にしています。
……が、最近はちょっと心境に変化が。
ローレットの依頼を数多く受けており、実力は一線級です。
本依頼では自作の大弓を武器にしています。
『チェインライトニング』をもとにしたオリジナルスキルのほか、
回復や攻撃系のスキルをバランスよく活性化しています。
●
よろしければご参加ください。
お待ちしております。
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