シナリオ詳細
<YcarnationS>永遠に幸せに
オープニング
●先触れ
「なんてことだ……」
イレギュラーズたちが現場へついた時にはもう病院は焼け落ちるのを待つのみだった。ここには先の魔種との闘いで救出したハーモニアの奴隷たちが担ぎ込まれているはずだった。だがかろうじて助け出した医師や看護師たちの話を聞くと、その少女奴隷たちが突然集団蜂起し、病院へ火をつけたのだという。少女たちは混乱に紛れ、闇夜へ消えたらしい。
「『首輪』か……」
彼女たちは呼ばれたのだ。新しい悪徳へ。
●まっくら、まっくらだよ
どこともしれない暗闇で、ロベルタは耳を押さえて転げまわっていた。仮面をつけ、灰色のローブを着た人影が、彼女を取り囲んでいる。彼らから鋭い言葉が発せられ、ロベルタへ突き刺さった。
「同胞殺し!」
「同胞殺し!」
「同胞殺し!」
「よくもまあ生きていられるな、この同胞殺し!」
「やめてええええええええ!」
ロベルタが頭を抱えて縮こまる。
「違うの、違うの、あれは魔種に言われてしかたなく……」
「だが殺したのはおまえだ!」
「おまえだ!」
「おまえだ!」
「おまえだ同胞殺し!」
「ち、ちが、ちが……」
「本当は殺しを楽しんでいたんだろう! だから魔種に逆らわなかったのだろう! 真に同胞を守る気概があるなら自死するはずだ!」
「そうだそうだ!」
「同胞殺し!」
「同胞殺し!」
「魔種の片棒を担いだな! 同胞殺し!」
「ちが、う。う。う。う、ぐ、ぅごえええええええ!」
ロベルタが嘔吐した。胃液のすえた臭いが漂い、ロベルタは自分の吐いたトマトを頬ですりつぶした。ストレスが限界を超えたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさいぃ。私がやりましたごめんなさいぃぃ」
「ならば死ね! 潔く死ね! 同胞に詫びて死ね!」
「死ね! 死ね!」
「死ね! 死んで謝れ!」
「むり。こわい。できない。ごべんなざいごべんなざぁいぃ」
「このくたばりぞこないが!」
「生きていて恥ずかしいと思わないのか!」
「ごめんなさい、生まれてきてごめんなさ、うお、うぷ、うげえええええ! ごめんなさい、たすけてパパ、たすけてママァ……」
ロベルタの精神はへし折れつつあった。そこへ、さっと光がさしこんだ。誰かがドアを開けたのだ。暗闇に慣れたロベルタの眼には逆光を受けたその姿が天の御使いに見えた。
「下がりなさい」
威厳ある一言に打たれたかのように、ローブを着た者たちはそそくさと出ていった。
「つらい思いをしましたね。もう大丈夫です」
ロベルタの瞳から涙が零れ落ちた。なんでもいい、とにかく、すがりつけるものがあればそれで。そしてそれは実際に、差し伸べられた手としてそこにあった。
「ロベルタ。あなたは何も罪を犯していません。魔種に与したことも、すべては大いなる導きなのです」
「……大いなる、導き」
「肉体は穢れ、死こそが救い。あなたは同胞をその手で楽園へ送ったのです」
「……楽園」
「そうです。今頃、あなたが送った少女たちは肉体が持つすべての苦しみから解放されて、楽しく暮らしていることでしょう。ロベルタ、あなたは同胞を殺めたのではない。祝福し、救ったのです」
「……救った、私が」
「そうです」
力強い言葉。もうなんでもよかった。自分を許してくれるなら。そうしてロベルタは瞳を閉じ、考えることをやめた。
●ローレットにて
「……『砂の都』の話は聞いた?」
【無口な雄弁】リリコ(p3n000096)はいつもどおりの無表情でそう問うた。
「……『砂の魔女』カノンと呼ばれる魔種の根城になっていて、グリムルートに支配されたハーモニアが磁石に引き寄せられるように集結してるんだって。そのハーモニアたちを追って奴隷商人も集まって、現地は混沌としてるみたい」
リリコの頭で気づかわしげに大きなリボンがひよひよと揺れた。
「……『砂の城』の詳細はほとんどわかってない。だから敵を倒してちょっとずつ制圧していくしかないみたい。まずは周囲を巡回している一隊を狙ってほしいんだけど……」
リリコは物憂げに顔を伏せた。
「……そのヒトたちはね、『楽園の東側』信者のハーモニアの集団なんだって。きっと楽園へ行くためにあなたへ全力で襲い掛かってくると思うの」
リボンがぺしょんと垂れた。リリコの顔にほんのり困惑が浮かんでいる。
「……死ぬために戦うって、よくわからないんだけど、これも呼び声で狂ってるからかもしれない。グリムルートを破壊すれば、たぶん呼び声の力は弱まると思う」
今回のザントマン事件において、ハーモニアは被害者以外の何者でもない。いかにトチ狂っていようと、正気に戻せるものなら戻してやりたいところだ。だがグリムルートは固く、首という繊細な部分にはめられているため、処置をするなら気絶させる必要があるだろう。
「……でも私がいちばん大切なのはあなたのいのち。無理はしないで」
そう言ってリリコはあなたを見上げた。深い紫の瞳に不安が揺れていた。
●ここはなにわたしはどこ、わからないわからないけど
両手剣を掲げたロベルタがハーモニアの少女たちへ、きらめく笑顔で問いかける。
「みなさーん! ハッピーですかー!?」
「ハッピーでーす!」「ハッピー!」「ハッピー!」
もろ手を挙げて喜ぶ彼女たちの首には金の首輪が光っている。グリムルートだ。ロベルタは両手剣を振り回し、砂へ突き立てた。彼女の腰には手りゅう弾が誇らしげに飾られていた。
「私たちはぁ! 砂の都の防衛を任されましたぁ、ハッピーですねー!」
「ハッピー!」「ハッピーハッピー!」「ハッピー!」
「きっとイレギュラーズがぁ、どんどこやってきますよぉ! みんなでイレギュラーズを祝福してぇ、楽園へ送ってあげましょおー!」
「楽園!」「楽園ハッピー!」「ハッピーですハッピー!」
「皆さんもぉ! 雄々しく強く華々しく戦ってぇ、楽園へ行きましょうねー! なんてハッピーなんでしょう!」
「ハッピーです!」「ハッピーハッピー!」「ハッピーこのうえないハッピーです!」
「飢えるものはハッピーです! 楽園へ行けるからです!
貧しきものはハッピーです! 楽園へ行けるからです!
苦しむものはハッピーです! 楽園へ行けるからです!
戦うものはハッピーでぇす! 楽園は我らのものだからです!
みんなで全滅してぇ、楽園へいきましょうー!」
「ハッピー!」「ハッピーです!」「ハッピー!」「ハッピー!」「あははハッピーでーす!」
飢え乾いた砂漠に、場違いな少女たちの笑い声。甲高くテンション高くすべてから目を背けるように。その瞳はもはやこの世のどこも見ておらず、ただ楽園のみを夢見ている。
- <YcarnationS>永遠に幸せに完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年11月04日 22時40分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●砂煙を蹴立てて
少女たちが迫ってくる。晴れやかな笑みを浮かべて。待ちわびた恋人と出会ったかのように。
「イレギュラーズよ!」
「ハッピーよ!」
「楽園へ!」
「楽園へいきましょう!」
「元気な人達ね! 私もハッピーよー!」
『慈愛のペール・ホワイト』トリーネ=セイントバード(p3p000957)が答えて翼を羽ばたかせ……じゅん! そのトサカを稲妻にも似た魔導砲がかすめていった。
「はっ、今のは「天の怒り」!? 楽園ってつまり……『楽園の東側』! 騙されるところだったわ! 恐ろしい!」
しかし、とトリーネは思い直し、まんまるつぶらな瞳で少女たちを見つめた。
「確かに変になってるみたいねっ。あの人達の罪が増えたりしないように頑張りましょう!」
「そうだな」
そう『『知識』の魔剣』シグ・ローデッド(p3p000483)は応じた。彼は皮肉げに唇を歪め、少女たちの中央、大剣を構えたまま走り来る娘を見ていた。
「やれやれ、あの者も苦難が絶えんな……。まるで生活が上手くいかなかったからと言ってカルトに騙される家庭主婦を見ているようだ」
「疲れ切ってしまうと現実から目を逸らして何も考えないというのが一番楽なのでしょうね。ただそれが良いことのようには思えないので邪魔をさせて頂きます。どのような結果になるかはわかりませんが、グリムルートから解放して差し上げましょう」
自分の生き様は自分で決めるべきですからねと、『九月の舞姫』雪村 沙月(p3p007273)は砂上をすり足で動いた。
「例えそれがどんな結果になろうとも……」
そうつぶやきながら。
その隣で小柄な少女が頬に手をあて、語りかけるように言葉をつむぐ。
「……死のための戦。私にはちょっと理解できないわ。何もないって、悲しいことよ。理解してほしいとは、言えないのだけれどね。……でも、世界っていうには、案外怯えなくったっていいのよ?」
何処までも人形。どこまでも少女。『お道化て咲いた薔薇人形』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)には『楽園の東側』の教義そのものがわからない。わからないけれど、彼女が歩いてきた道が、少女たちを止めるべきだと告げていた。
『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)がふんと鼻を鳴らし薄い胸を張る。
「本当にふざけてるよね。死んで楽園になんて行けるわけがないのに。尤もこの世界の死後がどうなってるかは知らないけれど、死した後は輪廻に還り、また次の生へと向かうもの。それまでにどれだけ必死に生きたか、何を為したかが一番大事なのにね」
一転、顎を引き、表情を引き締める。
「投げ捨てるような死に方をさせる気はないよ、命を全うして貰わないとね」
「ええ、そうですわねー。死は逃避だとか、逃げずに立ち向かうべきだとか、素直にそう言いきれるほど安穏と生きてこられたわけではないですが」
『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は穏やかに微笑みながら長い髪を指先で弄ぶ。
「……死が救いだとか、安らぎだとか。そんな戯言を言うほどには、世の中を絶望しておりませんのでー」
メリルナートが少女たちを見つめる目は、あくまで優しかった。
対して短く吐息をつきながら、『応報の翼』ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)は言い捨てた。それはまるで自分に言い聞かせているかのようでもあった。
「破滅に逃避したくなる気持ちには共感もする。だけど。私は宗教が嫌い。殉教の手助けなんかしない。救う手段を持つ訳じゃないけど、殺したくないから生かす。エゴで悪いか」
少女たちが迫っている。両の瞳に楽園を夢見て、華奢なその手に魔力の塊を握りしめて。そこにあるのは殺意でもなんでもなく狂熱的な喜悦。
『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は静かに構えを取る。そのつややかな薄桃色の唇がかすかに動いた。
「……これで最後、と申したが嘘になってしもうたわ」
砂漠の風がそのつぶやきをさらっていく。
●喜びはまるで嵐のように
イレギュラーズは散開した。ハーモニア隊の範囲・貫通攻撃に対抗するためだ。
ドシュン! ドシュン! 空を裂いて天の怒りがイレギュラーズへ襲い掛かる。神秘攻撃への適正が高いハーモニアならではの高い攻撃力。加えて唄による恍惚と怒りの付与。安易に陣を敷き、これらに巻き込まれてしまったならば戦線の崩壊は避けられなかっただろう。
だが。
「こーけこっこー!!」
トリーネが高らかに鳴く。
仲間の体から異常が抜け落ちていく。
「こーけこっこー! こーけこっこー! 賑やかだけどあの人達ちょっとうるさいわね! 気合で負けてられないわ! こーけこっこー!!」
トリーネの鳴き声が、仲間たちの精神を異常から守る。それは聖鳥と呼ばれし彼女ならではの戦い。己をクローズドサンクチュアリの写し身へと変え、トリーネは戦場全体を視野に入れつつ、孤立しそうな仲間を心に留めて守り続ける。
「背中はまかせていーよー!」
リンネが輪廻転鐘をしゃりんしゃりんと鳴らしながら歌いあげるは、天使の歌。事前に抜け目なく神子饗宴と魔神黙示録を展開し、仲間の能力の底上げを行っていた彼女は体力の回復へシフトした。前衛からの距離に注意し、仲間たちがその力を存分に奮えるよう己の結界の中へ入れる。英雄をより英雄たる存在へ変える結界、ルバイヤートの面目躍如だ。
ふたりのサポートで力を倍増させたイレギュラーズは攻勢へ転じた。
シグが前進し、射程ギリギリから攻撃を打ち込む。それは異想狂論「無影血鎖」。突き出した手から迸った液体金属が鎖に姿を変え、ハーモニアの少女の一人へ突き刺さる。
「きゃうっ!」
「……できれば殺したくないのは山々である。だが、それは仲間や私自身の安全に上回る物ではないさ、それがエゴだと言うのならば大いに結構。私はわがままでな」
少女の体から力が吸い上げられ、シグへ還元される。少女は自らを捕らえる鎖を振りほどきもせず突っ立っている。
「楽園……楽園が近づいている……ああ……」
「度し難い」
シグが鎖を収めると、少女はまるでねだるような瞳で彼を見つめた。
白百合を背負って別の少女へ近づいた百合子はその首に光る金の首輪に目を留めた。
(あれがグリムルート)
諸悪の根源。悪徳の波動を伝え、狂気を振りまく震源地。見るからに頑丈ではあったが、壊せないほどではないと百合子は目算した。
「ハッピー!」
天の怒りが頬をかすめ、百合子の髪が一束焼ける。肉の焦げるような臭いが立ったが、百合子は勢いを殺さず少女へ接近し、星見突きを叩き込む。殴りつけたボディの奥、細い骨の折れる感触。少女は血を吐いて踊るように一回転した。
「っと、殺ってしまうところであったな」
次の一手は美少女拳・芽吹き。一時地に伏した少女はすぐに起き上がった。
「どうして手加減するの、もっと! もっとよ!」
襲い掛かる少女からバックステップで身を引く百合子。
「みんな、下がって」
いっそ穏やかとも呼べるその一言とともに凄まじい暴風が一帯を襲った。ヴァイス自身も反動を受けるほどの強烈な魔力の渦巻き、直撃を受けた少女たちが後方へ跳ね飛ばされていく。
「きゃああ!」
「痛い、痛い!」
全身に刻み込まれた傷。赤い飛沫が砂漠の砂を汚す。ロベルタが大剣を掲げ、少女たちへ檄を飛ばす。
「大丈夫よ、楽園が近づいてるのよ、ハッピーよ!」
「そうね、まだ腕がもげただけだもの、ハッピーね! ハッピー!」
もう何を言っているのか自分たちでもわかっていないのだろう。立ち上がり、こちらへ向かってくる少女たちに、ヴァイスは首を振った。
「ごめんなさいね。貴方たちの願いは叶えてあげられないの……せめて、安らかにお眠りなさい?」
できるだけ命は奪わないようにしたい、それがヴァイスの想いだった。
そんな彼女の想いを継ぐように、沙月は利き手を前へ突き出す。舞を思わせるなよやかな動きから……。
「ふっ」
一歩踏み込む。それだけ、ただそれだけ。やがて、衝撃がワンテンポ遅れてやってきた。それは空を裂く流星のように、それは海を割る奇跡のように、戦場を走った。
「いやあああ!」
「あああああ!」
少女たちの悲鳴が交差する。玉響の貫通攻撃に巻き込まれた少女たちの体がボールのように打ち上げられる。
「……くっ」
強大な力を行使した反動が沙月をわずかに怯ませた。だが彼女は流れるような所作を崩しもせず戦場に立ち続ける。まるで冬の雪のように、秋の月のように、春の花のように。
空から落ちてきた少女のもとへ、メリルナートが駆け寄る。だがそれは受け止めるためでも抱きとめるためでもない。それよりももっと、慈愛に溢れた。
「おやすみなさい、よい夢をー」
彼女の利き手に氷の突剣が生まれる。メリルナートは上を向き、その突剣で落ちてきた少女を串刺しにした。雷に打たれたように少女の全身が硬直する。そのままずるずると落ちてきた少女をメリルナートは砂の上に寝かせる。必殺と不殺。その両方を挿し込まれた少女は気を失っていた、安らかな顔で。メリルナートは次の少女のもとへと走っていき、一時の静寂と安寧を与えていく。
ミニュイが両の翼を羽ばたかせ、空へと登った。この場所からは戦場がよく見える。少女たちを守るように走り回っているロベルタの姿も。ミニュイは仲間がおらず、かつ少女たちが密集している場所を探り当てると、翼に風をはらんだ。
「……眠れ」
ミニュイの翼から次々と羽が打ち出されていく。それは美しい煌きを伴い、もうもうたる羽嵐となって少女たちを包んだ。
「……ああ」
「楽園が見える……」
羽嵐の効力で、最後の体力を削り取られた少女たちは次々と地に伏せていく。ミニュイはついと空を飛び、気絶した彼女たちのそばへ降り立つと担ぎ上げた。そして戦場から離れた場所まで少女たちを運んでいく。
そこには沙月たちが待っていた。
「解放しましょう。グリムルートから」
ハーモニア隊たちも残り少なくなってきた。イレギュラーズはロベルタへ攻撃の手を向けた。ロベルタの周囲に眼の紋様を模した魔法陣が生まれる。
「これは!?」
「――異想狂論「常識圧殺」」
シグの無慈悲な宣告のもと、ロベルタの両腕に封印の紋様が焼き付けられた。
「……やれやれ。お前さんは己が意はなく、ただの操り人形なのだな。グリムルートの一件は強制力はあろう。だが……今回は己が意思で他者に従っている。利用されているとも考えずに、な」
「だから何よ! 私は『楽園の東側』に殉じる!」
そうロベルタは吠えると大剣を正眼に構え、シグを憎悪と共に睨みつける。そこへ砂煙を立てて百合子がすべりこんできた。
「おう、久方振りであるなぁ! 息災であったか!」
「あなたは百合子!」
ガキン! 振り下ろされる大剣を百合子は拳で払い、返す刀で横からの斬りを蹴り落とす。
「以前より太刀筋が濁っておるぞ! 鍛錬不足であるか?」
「私達は楽園へ行くのよ! 邪魔しないで!」
「くはははっ! 一度も勝たずに死ぬのが幸いとは負け犬の理論とは面白い!」
「あなたに何がわかるというの!?」
「貴殿はいつもそれだな!」
肉体言語をぶつけ合い、拳で語り合う二人。ロベルタは百合子に注意を引きつけられ、その場に縫い付けられた。周りでひとり、またひとりとハーモニアの少女が倒れていくのにも気づかない。
「これが最後の一人」
ミニュイが空から降りてきた。
担いでいた少女を寝かせると、リンネがひょこりと顔を出した。
「うん、大丈夫だよー。魂はしっかりと肉体へ結びついてる」
「グリムルートの破壊だけで正気に戻ってくれるといいけれど、心配ねー……」
そう言いつつもトリーネは、こけぴよソングを歌い、戦闘でズタズタになった少女たちの体を治してやった。傷だらけだった彼女たちの肌が元の雪のような滑らかさを取り戻す。
「今はきっと……優しい夢を見ているのね。目覚めた時、彼女たちに希望が残っているといいのだけれど」
ヴァイスも心配げに少女たちを見下ろす。
「夢は揺りかごではありません。いつかは目覚めて、自分の足で歩いていかなくては……参ります」
沙月は狙いを定め、鋭く手刀を振り下ろした。
――ガキュン!
グリムルートが割れる。衝撃で少女は目を覚ました。
「……え、ここは?」
ぼんやりした瞳が焦点を結び、イレギュラーズを映した時、彼女の顔が絶望に染まった。大きな瞳へ、みるみるうちに涙の膜が張る。
「楽園、楽園は!」
もにゅ。
その時だった。少女の口元へパンが押し付けられたのは。少女が視線を移すと、そこには水筒を持ったメリルナートが微笑んでいた。
「貴方はいっぱい幸せになって良いんだと思うよ。悪いことをしてしまったとしても、それからずっと不幸でなくちゃいけないということはないのだから」
もにゅもにゅ。メリルナートはにこにこしながらパンを少女へ押し付ける。食欲をそそる香りが少女の鼻腔をくすぐった。そういえばしばらくろくなものを食べていない。少女は体を起こすと、おそるおそるパンを受け取り、一口かじった。上等な白パンの味わいが口いっぱいに広がる。香りは記憶を呼び覚まし、新緑での暮らしが脳裏を横切った。もう止まらなかった。少女はがつがつとパンを貪り、メリルナートの渡した水筒から清水を一気飲みした。
「……おいしい。おいしいよ。ありがとう」
涙がぽろぽろとあふれていく。少女は声を上げて泣き出した。それは絶望の涙などではなかった。すべてを洗い流し、生まれ変わるための浄化の涙、そうイレギュラーズにはわかっていた。
●さよならは風とともに
ロベルタとの戦闘は佳境を迎えていた。
百合子とロベルタ、両者傷だらけになりながらも打ち合う。
「どうして邪魔するの! 私は幸せになりたいだけなの! それだけなの!」
「人生は戦いよ! 勝利以外の幸福があろうか! 目の前の吾すら凌駕できぬくせに、楽園など片腹痛いわ!」
「だって、だって、私は悪くない! 言われたとおりにしただけ! 命令されただけ! 私は、私は悪くないんだからぁ!」
悲痛な叫びをあげて大剣を振るうロベルタ。最少のステップでそれを避けながら百合子は喝破する。
「それが本音か、ロベルタ! 罪悪感から逃げ回って、あげく自死を選ぶか! それが貴殿の幸福か!」
「う、うるさい、うるさいうるさいうるさい!!」
無茶苦茶に大剣を振り回すロベルタ、もはや型も何もあったものではない。その隙間を縫い、百合子の美少女拳・芽吹きがロベルタの眉間を捉える。
「くあっ!」
大きくのけぞり、ロベルタは仰向けに倒れた。そのまま荒く息をしながら空を見つめている。
「もう嫌、疲れた……。楽園へ、私を楽園へ、連れて行って……」
ロベルタは腰の手榴弾のピンを抜くと高く掲げた。だがその手の中のものは誰かにもぎとられた。ロベルタが驚き身を起こすと、そこには手榴弾を持って走り去る百合子が居た。
「ロベルタ=パムナ。思うままに選べ。誰しもが許さずとも吾が許す。悔いはない。吾は吾が思うがまま存分に生きた。達者でな!」
百合子は曇りのない笑顔を見せた。
「やめてええええええ!」
急に強い衝撃がきて、百合子は砂地に押し倒された。ドン! 手榴弾が炸裂する音が聞こえる。ロベルタが身を挺して自分を守ったのだと、百合子は気づいた。
「どうして? どうして私のためにそこまでしてくれるの? 私なんてなんの価値もないのに! もう死んで同胞に詫びるしかないのに! あなたみたいに愛されるべき人が死んで、私が生き延びるなんて、そんなの間違ってる!」
白いセーラー服の胸に顔をうずめ、ロベルタはしゃくりあげていた。その背を百合子が抱きとめる。
「吾は人の心がわからぬ。それを悪いとも思わぬ。しかしながら、人の思いが貴いのは知っておる。それを嘲笑ってよいのは戦いの勝者だけよ。つまり、吾である。吾以外が貶める事罷りならぬ」
百合子は身を起こした。つられて正面へ座り込んだロベルタの、砂と涙に汚れた頬をぬぐってやる。そこへミニュイが降りてきた。
「彼岸の楽園とやらに惹かれる気持ちがどうしても強いなら、通り過ぎるだけの私には止められない。だけど、本当の部分で生きたいのなら。魔種が悪い。邪教が悪い。仕方なかった。それでいいじゃない。現実としてそうなんだし。都合のいい理屈を採ればいい。楽な道を行けばいい。みんな、そうしてる」
涙はあとからあとからあふれ、百合子は静かにその頬を撫で続けた。
ガキュン、ロベルタのグリムルートが壊された。涙を収めた彼女は清々しい表情で立ち上がった。
周りで寄る辺を無くしたハーモニアの少女たちが途方に暮れている。ロベルタは地に落ちていた大剣を拾い上げ、砂を払った。
「この子達を守って、新緑へ帰るよ。この剣は、そのためのものだから」
それはきっと、彼女が剣の道を選んだ最初の思い。数々の不幸がロベルタを遠回りさせたが、もう彼女が道を間違うことはないだろう。
「あなたたちのこと、けして忘れない。……助けてくれてありがとう」
風が吹く。砂漠の風が。それはどこか暖かかった。
成否
大成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
大成功です。大変お疲れさまでした。
後日、ローレットへハーモニアの少女たちが新緑へ無事到着したとの報が寄せられました。
ロベルタは自分が殺めた同胞の家を訪ね、詫びて回っているそうです。彼女の巡礼の旅はまだ始まったばかりですが、いつかその旅も終わり、一人の娘としての幸せをつかむでしょう。ハーモニアの寿命は長いのですから。
さて、MVPは水と食料を用意して少女たちの心を救ったあなたへ。
称号「救いの翼」を発行しております。ご査収ください。
GMコメント
みどりです。らりらりハッピーな美少女たちと楽しく血みどろ乱闘。
勝利条件:『楽園の東側』信者部隊の壊滅。
※彼女たちの処遇は皆さんにお任せします。
エネミー
>ハーモニア隊隊長 【悔恨の両手剣士】ロベルタ
両手剣を操る剣士で技量はそれほどでもないのですが、EXFがとにかく高く、復活する恐れがあります。
命中・回避・反応に優れますが、ファンブル値が微妙に高いです。
流し斬り 物至列 飛
唐竹割り 物至単 必殺
後の先 物自カ至 麻痺
自爆 物自域 防無 必殺 ダメージ大 ※手りゅう弾による自爆。このスキルを使うとロベルタは死亡します。
>ハーモニア隊 10人
ロベルタほどではありませんが、やはりEXFが高いです。
神秘攻撃・抵抗・命中に優れていますが、防技・反応は低めです。
破滅の唄 神中域 恍惚
憤怒の唄 神中域 怒り
天の怒り 神超貫 万能 ダメージ大
戦場
砂漠ですが特にペナルティはありません。遮蔽物もありません。
戦闘開始時の彼我の距離は70m、ハーモニア隊の最初の行動は前進です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
関連シナリオはこちら
読まなくても大丈夫です。
<Sandman>永遠に美しく
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/2039
Tweet