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シナリオ詳細

天使はひとりしかいない

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『エンジェル』
 砂糖菓子の様な甘いまなざしにそれを覆い隠すヴェールの睫が震えていた。
 蝋で固めた翼なんかじゃない、氷砂糖の如く澄んだその色は乙女の清廉さを表すようであった。
 満月の煌めきを閉じ込めたウェーブのかかった髪は、いたずらっ子のその流れを躍らせる。
 天使と、誰ぞかが『おんな』を称した。
 甘く微笑めば闘争の気配を遠く、星々の瞬きの向こう側まで追いやってしまう美しいおんな。
 嘗て、一人のおとこがそのおんなの白魚の指先を掴んだのだという。
 その時におとこは云っていた。

 あゝ、天使なんていなかった――!

●天使は蛻の殻だった
 鉄帝に吹く冷ややかな風にその背を丸めながら、『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)は寒いねと呟いた。どうにも気候はその場所で変わるから軽装ではいけないようだとブランケットを引き寄せて。
「鉄帝の北の端に行ってほしいんだ」と彼は云った。
ある北の村、冷たい空気が漂い雪さえもちらつく様なその場所に一つの噂がある。
『プゥルプールヌイの天使』
 それが、その場所に住まうおんなの噂なのだという。
 金糸の如き麗しの髪先に薄い色彩の瞳の乙女。その美貌に何人もが彼女を焦がれ、そうして帰ってくるのだという。
 私より強くなければ厭よ、とお国柄らしい言葉をささやいて首を振るのだ。
 その彼女――天使の事を求める幻想貴族のおとこが居た。
 その噂を聞いて一目でもそのおんなが欲しい、ということなのだろう……が、それはよくある人攫いの依頼でもある。
「まあ、感じ悪い話だと言われればそうだと思うよ。
 貴族の話は絶対で『気に入ったおんなだから娶る為に捕らえて寄越せ』ってわけだ」
 名声高める強者である特異運命座標にお願いしたいとは成程、理解も出来る。

 私より強くなければ厭よ――なら強者を宛がって、敗北させて『円満に』捕らえて寄越せという事か。

「本人の意思は?」と問う者がいたが雪風は曖昧に濁して笑うだけであった。
 あゝ、けれど――けれど、少しだけ。いや、『大きな理由』があるのだ。彼が言葉を濁す理由は。
「天使には秘密があるらしいんだ。
 ……調査して、知った事なんだけどさ。まあ、オフレコで。しかも皆には『理由』を付けるから」
 どうするにも皆次第だと彼は困った様に言葉を続けた。

●プゥルプールヌイの天使
 嘗て、北のはずれプゥルプールヌイには美しい乙女が居た。
 金の髪、びいどろの様な瞳。穏やかに微笑むその姿は天使と呼ばずにはいられなかった。
 その背に瞬く翼と白魚の指先。言葉もなくにっこりと微笑むだけの天使。

 あゝ、けれどその姿を見なくなってどれ位経ったであろうか――?
「君が天使か」と一人の男が問うた。その前には短く切りそろえた金の髪にびいどろの瞳の乙女が座っている。
「天使に見えないと?」
「あゝ、だって。まるで、君は男の仔じゃないか」
「ははは。おかしなことを言うね。だって、俺は最初から男だったさ。
 見た目だけで天使と担ぎ上げ、美しいと妾にしようとするのは余所の奴らの勝手だろ」
 あゝ、これで話が可笑しくなった。
 麗しの天使はいなかった。噂は蛻の殻となって『天使を欲した貴族』の面目は丸つぶれだ。依頼を持ち込んだ使用人のおとこの首が刎ねられるのも時間の問題か。
 どうしたものかと頭を抱えた男に、天使はその美しいかんばせには似合わぬ下種の笑みを浮かべて「こんなのはどうだろう」と告げた。

 ――俺を倒せば、俺の妹を天使として差し出そう。
 妹の意志? なあに。どうせ元から人さらいのつもりだったんだろう。
『俺達の意志』なんて関係ない。俺は負けて、可愛い妹を奪い去られる憐れなおとこになるのさ。
 使用人サンの頭が胴と仲良くしていたいなら、どうぞこの話をローレットにもっていくがいいさ。

 ……誰だって命が可愛い。そうして、そうして持ち込まれたオーダーが今、皆の前にあるのだ。

GMコメント

 日下部です。どうぞ、よろしくお願いいたします。

●成功条件
『プゥルプールヌイの天使』の捕縛
 (※プゥルプールヌイの天使については以下をご参照ください)

●プゥルプールヌイの天使
 鉄帝の北のはずれ、プゥルプールヌイにある噂です。
 美しい金の髪にびいどろの瞳の飛行種の乙女。
 その美しさは幻想貴族の間でも噂となっており、強者たる彼女を倒し誰が妾にするかという賭けが行われているそうです。

 ……ですが、貴族の男たちは天使なんざみたことはないのです。
 只の噂なのですから。
 おとこだろうが、おんなだろうが、存在しているかさえ分かりません。
 ただ、皆さんは『天使を捕縛』すればいいのです。
 貴族のオーダーに沿わなければ使用人の男の首が飛ぶだけなのですから。

●びいどろの瞳のおとこ
 名は名乗らず自身を天使であると公言した青年です。
 その体躯は華奢であり、美しい金の髪とびいどろの瞳、翼は正しく天使の噂の通りです。
 飛行での戦闘やトリッキーな戦術を武器とします。戦闘能力はそれなりです。

●天使の猟犬 ×5
 びいどろの瞳のおとこが飼い犬として育てているというモンスターです。
 猟犬と呼ばれており、二つの頭を持ち黒々とした体は通常の犬などではないようです。
 近接でのファイタータイプとして戦います。

●『妹』
 びいどろの瞳のおとこの妹だそうです。瓜二つの外見をしているそうですが、幼い頃より屋敷に住まい、幽閉されています。
 おとこが『妹がいる』と公言する以上その存在はあるのでしょうが、外見の保証はありません。
 おとこに勝つ事で彼女のいる屋敷の扉の鍵は手に入ります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『鉄帝/幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

  • 天使はひとりしかいない完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年10月30日 22時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
グリムペイン・ダカタール(p3p002887)
わるいおおかみさん
シラス(p3p004421)
超える者
梯・芒(p3p004532)
実験的殺人者
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
彼岸会 空観(p3p007169)
ゼファー(p3p007625)
祝福の風

リプレイ


 砂糖細工は脆く壊れる。その甘い薫に誘われるが最後、色付く唇を合わせずにはいられまい。
 それがプゥルプールヌイの天使の噂であった。さぞ美しいおんなが居り、清廉なるその身を寒々しい田舎町で縮こまらせているのだろうと幻想貴族は夢見るようにローレットへと言った。ならば、その美しい女を娶り、妻として豪華絢爛なる暮らしを与えてやるのも『持つ者』としての役目であると――慾に眩み続けるおとこの空想はゼファー(p3p007625)にとっては理解のできないものであった。
 最も、理解できない事があるとするなれば、件の天使が態々顔を出し「自身が天使であり、男だ。妹を遣るから手合わせして欲しい」と口にしたことだ。人質であるかのように貴族の使用人の首が繋がっていて欲しいなれば等と挑発して。
「使用人に情けをかける義理なんて無いでしょ? ましてや、態々ローレットを呼び込むことないじゃない。……意志だなんだ以前に、妹への情だってあるでしょうに」
「妹君が実在しているかも定かじゃない今では『狂言』であるかどうかの方が興味深いがね!」
『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887) は兄が妹を犠牲に自身の無事を願っているかのようだと口にした。さて、事実は靄の中ではあるが天使と呼ばれたおとこ――兄であると名乗る以上はそうなのだろう――がローレットと手合わせしたいという事だけは確かだ。
「『満天の煌めきの髪』『甘い砂糖を煮詰めた瞳』『縁どるヴェールの睫』『清廉の翼』ね。
 前評判だけ聞きゃ、都合のいい偶像だが、使用人が見たってンなら本物か。――高く売れそーな見た目してんなァ」
 人攫いという立場に甘んじれば『瓦礫の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は攫い甲斐のある相手であると認識していた。それが『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が絵画で見た天使を想像するように、虚を塗り固めたかのような作り物めいた美貌は確かにそのおとこのものなのだ。
「天使、ねぇ……高く売れそうなのは確かだけど。天使ってちびっこで裸じゃなかったっけ?」
「本来意義的に天使には性別は存在してないのよね。男でも女でも天使は天使だもの。
 芒さん的にはそうだけど、こういう事考える貴族にとっては『そう』じゃないし、使用人さんの首が胴体とオサラバしちゃうものね」
『実験的殺人者』梯・芒(p3p004532)は絵画に描かれる天使ではなくてよかったかも、と秋奈を振り返った。黒髪を揺らして、彼女はうん、と唇を尖らせる。倒錯的殺人欲求(シリアルキラー)は天使という『空想上の存在』の死に際に興味をそそられる。
「比喩じゃなく天使だった方が興味深かったけど……
 そうだと殺して見たくなっちゃうから、捕縛依頼で会うなら天使っぽいのほうで良かったかな」
「あゝ、確かにそうでしょう。天使とは翼を捥がれ、地に堕ちる物語が多い。
 自身の手のうちで藻搔き苦しみ、最果ての懊悩を見せる様はある種の神話じみて居ましょう」
 彼岸会 無量(p3p007169)の唇には淡い笑みが浮かんでいた。それは物語のようであり――あゝ、成程、此度の依頼そのものが現実味がないが故に寓話の世界に居るかのように感じるのか。
「誘拐がどうですとか、妹が何者かですとか、その辺りはどうでもよいのです。
 ただあらすじを知って仕舞ったお話は最後まで見届けなくては気持ちが悪いでしょう? それだけのお話ですよ」
「まあ、そうかもね」
『閃翼』シラス(p3p004421)はさらりとそう返した。強い人が好きなの。そんな口説き文句を聞いて『倒さずにはいられない』事だって、きっと同じ感情だ。
「気持ち悪いことは沢山あるけどよ、なんでローレットに依頼しろっつったのかは疑問だが……口を割らせるためにも、生かして捕まえてェトコ」
 ことほぎは、薄ら寒い話ばっかだと肩を竦める。シラスにとっても人攫いを行えという貴族のオーダーも妹を取引条件に出すおとこも胸の悪い話だと吐き出すように舌を出す。
「戦えばいいんでしょ」
「ソウ。戦って、タオシちゃえばイイんダ」
『ガスマスクガール』ジェック(p3p004755)は 黒の遺物に手を添えた。無機質なそれは少女の細い指先によく馴染む。ゆめゆめ忘れる勿れ――『天使』なんて、夢物語だけじゃ人は生きていけないのだと。
「テンシ、ね――鳥籠にオサまる器じゃナサそうだけど。
 ……モンスターを従えるようなヤツがフツウの人とはオモえないナ。妹ッテのも怪しいケド…ま、ドッチも渡せば一緒か」


 底冷えするような寒さが胸を漉く。北のはずれ――行先も見えぬ寂れたその場所で、双眸に僅かな煌めき乗せて、美しきおとこが「ローレット、か」と小さく呟いた。
「お呼び頂きありがとう。君が『天使』――あゝ、いや、『天使の兄』かな?」
 グリムペインは常の通りの雰囲気で腹を空かせてそう言った。細く靭やかな肢体のおとこは可食部としては多くはないのだろうが、赤頭巾を喰らう狼が如く『むしゃり』と頭から飛び付きたくなる程に彼は健康に見えた。
「まあ、そう言おうかな。……天使が欲しいんだってね。
 生憎、求めるのは『天使の様なお嬢様』であって俺じゃあない」
「そんなけ高く売れそうな外見してンなら性別なんざ関係ねェかもしれないけどなァ」
 ことほぎの言葉におとこは肩を竦めた。そうであればいいね、とでもいうように。冗談を交らせた彼は曖昧に笑うだけで美しいのだ。その薄っすらと破滅の気配を宿した笑みを見て秋奈は『天使か』と小さく呟いた。
 グリムペインはその姿をラプンツェルのようだと瞬いた。しかして、この戦いに意義があるのかは定かではない。何故ならば自身らは『誘拐犯』であり、相手の意思を尊重する理由なんてないのだ。彼の妹を確保するまでもなく、彼を生け捕りにして貴族に差し出したって良いのだと衰退の呪いを帯びたディクラインを展開する。
 熱砂の精による砂嵐が吹き荒れる。ことほぎは只、男を見遣った。獣の唸りが周囲より響き、それを呑み込む砂塵の中、少し古びたひとつ。槍の穂先を向けたゼファーは狩人に付き従うが如き隷属の獣を薙ぎ払う。
「この犬達、天使の猟犬と言うよりは地獄の猟犬と言った風体ですね」
 無量のジョークを耳にしてシラスは「ケルベロスっていうんだっけ?」と小さく笑った。
「ソウいうのモ居るんダッケ? じゃあ、テンシじゃなくてアクマ?」
 首を傾いで面白おかしくそう言ったジェックにおとこは「悪魔って呼ばれた方がどんなにいいだろう」と嘯く様に唇を揺れ動かした。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしないわ!」
 地面踏み締めセーラー服の裾が靡く。紅く翻したは 奏ちゃんマフラー。赤が靡く様は格好がいいのだと彼女は自慢げに前へ前へと進みゆく。
「妹ちゃんを見る為にもあなたを倒すわ! まあ、そういう仕事だもの。割り切って戦いましょ?」
 駆け引き何て必要ないのだと一直線に飛び込む秋奈はにい、と笑う。唇より毀れた八重歯は愛らしく、少女は鼻歌交らせて獣の体を吹き飛ばす。
 無量がそれに続けば、ジェックがゆっくりとそのライフルを構える。獣たちより姿を隠したおとこはジェックの攻撃は当たらぬとでもいうように油断しきっている。きっと『そう』だ。彼は獣たちだけで何とかなるとでも思いこんでいるのだろう。
「射線がトオっていないからと安心しないコトだ。
 アタシの弾は真っすぐトばないの……ワルいね」
「――――」
 言葉を発する暇なく。只、直線に飛び込んだ一撃。それに弾かれた様におとこの美しいかんばせが宙を向く。
「男なんだね?」
 芒の声音が響く。それに「そうさ」と小さく返したおとこの様子を見ながら、芒は戦場の把握を行った。犬が五匹。それも暴れやすいように開けている――尤も、おとこはその中でも『隠れて』いるのだが、飛ばれれば諦めるときっぱりと決断する仲間たちの中で芒はおとこが余裕を醸していたことに気づいた。
「今までは犬で退けられたの?」
「……そうだね」
 ふうんと小さく口にする。『生存禁止』と掲げれば、それを見遣ったおとこがひらりと空を飛ぶ。シラスは苛立ったように『ビードロヤロウ』と彼を呼んだ。
「な、」
「感覚は優れてるホウでね、異変は逃さないヨ。
 奇襲サレて嫌なタイミングってのは、ヨクする分理解してるツモリさ」
 シラスの声音に気を取られたおとこをジェックが穿つ。それに続いて「趣味の悪ぃやつら飼いやがって」と呟くシラスは『おとこを倒す事』に注力した様にその拳をおとこの腹へと食い込ませる。
「ッ」
「呻く姿も綺麗だってか? 悪趣味なヤロウ共なら喜んでくれるだろね」
 並行処理を走らせ煉獄より呼びつけるかのようなその怨嗟の声。シラスに誘われるように天使が地上に降り立った時、けだものの姿は減っていた。
「何故貴方は妹御を差し出す様な事を仰ったのですか? 己の強さに自信がおありで?」
 しゃんと鳴るは朱呑童子斬。とても刃に見えぬその一撃を払い、おとこのその身に一撃投じた無量の言葉に、彼は確かに動揺を見せた。僅かに指先震わせて、夢見がちな瞳にあからさまな憎悪を乗せる。引き結んだ唇はそれ以上何も言うまいと固く決意を乗せるかのようだ。
「あなたの本心は何処で、真意は何なのか。ぶちのめしてしまえば全て分かるのかしら?」
 ゼファーは美しいおとこのかんばせを見た。うっとりと夢を見る程に整ったおとこの額が切れ、縁どる睫に紅を落としている。その様さえも『天使』なのだと思えばこそ、ゼファーはその水晶の瞳を細めるしかなかった。
「妹が本当にいるのだとして。それなら、護る為に逃げる手だってあるでしょうに。
 ……ええ、ええ。人攫いの分際で何をって感じよね」
「もしも天使が如く美しい――おとこであれど、おんなと思われるような存在を見て、人は『その家族』に何て思うだろうね」
「何かしら」
 おとこが、口を開いた。無量を見遣り言問われたそれに今応えるのだとでもいうように目を細めて。
 そうしてから、シラスは宙より飛び降りた。「焼け落ちろォ!」と言葉にした其れをおとこが真正面から受け止めるのを確かに見る。避ける素振りも受け身もない。只、真正面に、受け入れるかのような顔をしているのだから――彼ははっと息を飲んだ。飲んだ、だけだった。

「さあ、では屋敷へ伺いましょうか」
 無量の言葉に鼻歌を交らせ秋奈はいざ行かんと勇み足で『妹』のいる場所へと向かった。
「妹ちゃんはどこにいるのかなー? 『居なかった』なら天使くんをつれていかないとねー。
 ま、そもそも、天使は『ひとりしか』いないのだから、天使くんを連れていくしかないわね。『誰も見たことがない』んだからね!」
 その言葉におとこの肩がピクリと跳ねた。『天使君』と呼ばれた青年が顔を上げればグリムペインが「両方とも連れていくさ」と悪いけだもののかんばせで笑っている。寓話の少女が祖母を食べられるときはこんな感覚がするのだろうか。薄ら寒い気配を感じながら青年は「ここだ」と屋敷を指さした。
「……一つ、聞いても?」
「ドウゾ?」
 ジェックがこてり、と首を傾げた。シラスはおとこが見せたやけに殊勝な態度が妙に鼻についてじい、と彼を見遣る。強い人じゃないと厭だと恋人にアクセサリーを強請るような声音で言っていた様と比べれば彼は何かを諦めた様な仕草を見せているのだ。
「俺と、妹、両方引き渡すってどうしてなんだ? 天使は『ひとりしか』いないんだぞ」
「サア? その後ドウなるかって? ソコはもう依頼の範囲外サ、知らナイね」
 ジェックが言い捨てるように扉に手をかけた。グリムペインは「逆に」と彼へと向き直る。
「どうして妹を引き渡せば自分が無事でいられると思ったんだい?」
「あゝ、そうか。そう思ってたんだ――違うさ、そうすれば『妹を護れる』と思って居た」
 その言葉がいまいち引っ掛かる気がしてグリムペインは彼の背を見遣る。ラプンツェルを思わせる美しい髪のおとこ。利用価値は、大いにある。その髪や風貌だけで、幾人もが虜になり、天使と讃えたのだから。
(妹、ね。……正直言うと真っ当な人間は期待していない。それをくれてやる時の反応が少し楽しみだよ)
 屑に与えるならば屑星で構いやしないとでもいうように。シラスは質の良いシーツに埋もれるように眠っているおんなのかんばせを見て溜息をついた。成程、と芒はそこで察する。おとこより感じた悲哀――守れると思って居たという言葉。
 瓜二つのかんばせと美しき天蓋の煌めきを宿した金糸。それを手繰るような白磁の指先は熱の気配すらない。
「いつ?」
「さあね」
「そうなの」
 小さく、言葉を呑み込んで芒はことほぎを振り返る。肩を竦めた彼女が施したのは簡単な化粧だった。天使に息を吹き返す様に――天使はひとりしかいないはずなのだから。
「美味い噺にゃ、裏があるってェのは誰もが分かってると思ったんだがなァ……」
 ぼやいたそれにおとこは――天使は、肩を竦めた。


 砂糖菓子の様な甘いまなざしにそれを覆い隠すヴェールの睫が震えていた。
 蝋で固めた翼なんかじゃない、氷砂糖の如く澄んだその色は乙女の清廉さを表すようであった。
 満月の煌めきを閉じ込めたウェーブのかかった髪は、いたずらっ子のその流れを躍らせる。
 天使と、誰ぞかが『おんな』を称した。
 甘く微笑めば闘争の気配を遠く、星々の瞬きの向こう側まで追いやってしまう美しいおんな。
 嘗て、一人のおとこがそのおんなの白魚の指先を掴んだのだという。
 その時、おんなは厭だと叫んだ。助けて、助けて兄さん。私は兄さんと生きていきたい。
 ……そうして、天使がひとり死んだ。一人のおとこが、天使を殺したのだ。噂話と、その片割を残して。

 ――その後、使用人よりローレットに通告が一つ。
『天使』は無事に頂戴いたしました。主も感謝しています、とのことであった。
 瓜二つ、濃い血の繋がりを有する兄妹共に引き渡したことを無量が『話の種』として一つ聞かせて欲しいと使用人に頼めば、彼は曖昧に笑って言った。
「あのおとこは元より死ぬつもりだったのですよ、皆さんに殺してもらうつもりで呼んだのでしょう」と。
 それ以上、彼は何も言わず、無量も何も聞く事はしなかった。

成否

成功

MVP

ゼファー(p3p007625)
祝福の風

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加ありがとうございました。
 また、ご機会があればどうぞ、よろしくお願いいたします。

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