PandoraPartyProject

シナリオ詳細

包帯を巻いてやれないのなら。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 その傷には、決して触れてはならない。


 戦いの中に、美しさがある。
 命の取引の中に、慈悲がある。
 耳を劈く悲鳴は、我が子を失った叫喚か。
 或いは、親を亡くした子の聳動か。
 其の何方も正しい。
 正しい在り方だ。だから、美しい。
 金に目が眩む者。
 情欲に己を見失う者。
 兎角この世は、不純が揺蕩う。
 不純は汚い。
 純粋ではない。
 私は。
 純粋を。


「何故、この様な非道な行いを……!」
 ―――そんな恨みがましい声に、彼の意識が引き戻される。
 声の主は、右肩から先を無くし、地面に倒れながら頭から血を流す――決まってそれら一つ一つが全て致命傷だろう――若い男。

 それを聞き届けたのは、犬頭の獣種。
 襤褸に成った着流しと外套が、彼の長旅を容易に想起させた。

 何故、と問われた犬頭の男は、思わず目を細めた。
「異な事を言う。
 其方は、花を摘むかね。道端に咲く、美しい花。その花を、愛でるかね」
「何を……」
「摘めば、花は枯れる。しかし、摘まずとも、花は枯れる。
 花が枯れるのは、花の所為か?
 それは、摂理だ。花は枯れることで、他を生かす。
 花を枯らさずにいようとすれば、凍らせるしかない。
 しかし、そこに、意志はあるか。美しさはあるか。いや、無いだろう」
「人は、花ではない……!」
「違うものか。同じことよ」
 ふと香る、甘い血の匂い。
 其れは花の香りと同じ。
 人を、誘い。
 鮮やかに、散る。

 犬男の周囲には、夥しい量の鮮血が滴り、多数の死体が転がっている。

 砂漠地帯のラサには珍しく、幾らかの水も湧く肥沃で穏やかな町。
 そんな町の平穏な状況を一変させたのは、砂嵐と共に来訪したその犬頭の男。
 町に出入りする傭兵も、無抵抗な住民も、その悉くを蹂躙し尽くしたその男。
「目的は、なんだ!」
 振り絞るかの様な糾弾。
 若い男の呼吸は浅く、その命がもうあと幾許も無いことを示唆していた。
「私はただ……、”美しいものを見ていたい”だけ」
 そこで、犬頭の男は穏やかに微笑んだ。
「死に際の其方に、嘘偽りは全くない。
 純粋。
 完全に純粋な生への執着と、怒りだけがある」
 そして、と男は続ける。
「其方の亡骸は、”次の何か”に繋がっていく。
 ……此処にしか存在しない”真実”が、私には唯々、眩い。
 聊か直視できぬ程にな」
 そう言い切った犬頭の男の言葉に、「馬鹿々々しい」と若い男は吐き棄てた。
「そんな、そんな訳の分からない自己満足のために、何十人もの人々の未来を奪ったのか!」
「それは―――」
 犬頭の男は、横たわっている若い男の頭を右手でだけで鷲掴みにすると、そのまま肩の高さまで持ち上げた。
「―――聞き捨てならないな」
 軋む若い男の頭蓋骨。
 その口から発せられる叫び声が一際トーンを上げた次の瞬間。
 胎動に破水し、赤子が産まれくるかの如く。
 若い男の顔は、潰された。


 殺し合いこそが真実だ。
 私はそう信じている。
 トリガーを引き、放たれた一発の銃弾こそが真実なのだ、と。
 その末に生きていようが死んでいようが満身不随だろうが。それが真実なのだ、と。

「その生き方は幸せですか。まるで、迷える子羊の如く。
 ―――お見受けしますが」

 満月の明るい光に照らされた犬男の顔が。
 不意に向けられたその声の主の方へと向けられる。
 クラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236)はその視線を真正面から受け止めた。
「《特異運命座標》(イレギュラーズ)か」
 ぽつり、と呟いた犬頭の男の感は酷く鋭い。
「長旅の道中、失礼するよ。
 ……旅は良いものだ、時に襲い来たる困難全てを含めたとしても……ね」
 そっちからすれば、俺達こそが”困難”かもしれないが。
 そう続けた伏見 行人 (p3p000858)の言葉に、犬男は頬を緩めた。
「全く。その通りに違いない。
 どうやら、私の罪は既に知っている様子だな」
「”罪”というのは、貴方自身の認識ですよ。
 ……それとも。虐殺を繰り返してきた男にも、一握りの罪悪感が残っていますか?」
 新田 寛治 (p3p005073)が眼鏡を上げながら言った。
「面白いことを言う。しかし、一理あるな。
 残念ながら、私は罪悪感と云った”感傷”は持ち合わせてはいないが」

 彼らの周囲には、何もない。
 あるのは、昼間の熱気から冷めてゆく大地だけ。

 一人の殺人鬼と。
 八人の《特異運命座標》だけ。

「罪は己が決めるもの、罰は他者が決めるもの。
 貴方の罰、私が与えて差し上げましょうか」
 Erstine・Winstein (p3p007325)の言葉に、「けれど」とカイト・C・ロストレイン (p3p007200)が続ける。
「神は赦せと仰られる。僕は、不正義は断じて許さない……けれど、一度。
 一度だけは、赦しの機会を与えよう」
「残念だが、私は信仰を有さない。信仰は、《欺瞞》(まやかし)に過ぎぬからな。
 罪も罰も、私には相違無いのだよ。
 どちらも、あったこと。
 その結果だけが、真実。
 私は、その結果にしか興味がない」
「拙は、其れほどの人情を持ち合わせていませんが」
 鬼桜 雪之丞 (p3p002312)がぽつりと零した。
「”正しいことをする機会”は、拙達が思う程多くはないのかもしれません。
 その機会を逃さぬよう……とだけは言っておきましょう」
「……妬ましいわね」
 続けざまに、エンヴィ=グレノール (p3p000051)が息を吐いた。
「只々。貴方の力量だけは、良く分かるわ。
 ああ、妬ましい。貴方は、貴方の道理を通すだけの力があるのね。
 そして、その力を得るために地獄を見てきた―――少し、言い過ぎかしら」
「買い被りすぎだ。
 私は、只、殺人の中にしか真実を、美を見出させぬだけの、詰まらぬ男。
 だが、その邪魔を。
 その真実を嘲笑するものは、決して許さない」
 犬頭の男は、そう言って自嘲気味に嗤った。
 
 ―――瞬間、何もないその場に、ただ純粋な殺意が充満する。

 理性的に受け答えする眼前の男は、正真正銘の、快楽殺人者。
 殺し、蹂躙し、破壊することが彼の生き様ならば。
 今その対象に、《特異運命座標》が定められたのだ。
 交渉の余地は無い。
 更生の余地も無い。
 あるのは死か生かの結果だけ。
 ……それは。皮肉にも、犬頭の男の語る、真理にも似て。

「―――最強とは。
 如何なる時。
 如何なる条件にて。
 如何なる相手にも負けぬ者」

 玲瓏なる相貌の恋屍・愛無 (p3p007296)は。
 似ても似つかぬ暴虐を内に秘め。
 彼に宣言する。

 この身、非才にして道、遠けれど。

 犬頭の男も、つられて微笑む。
 それでいい。
 そこにしか、我々の決着はあり得ない。

「築き屍、修羅の道。
 ―――いざ、尋常に」

 始まるのは、死闘。

GMコメント

この度はシナリオをリクエストしていただき、ありがとうございます。

●依頼達成条件
・『ユリウス』の撃破

●情報確度
・このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●現場状況
【場所】
・ラサの郊外。
・ひらけた砂地で、障害物・地形デメリット等はありません。

【時刻・天候】
・夜。大きな満月が出ており、視界は十分に良好です。

【その他】
・シナリオは、ギルドへのユリウス討伐要請で招集された皆様が、
 ユリウスと相対した時点から開始します。
・事前自付与・他付与は可能とします。

●味方状況
■なし

●敵状況
■『ユリウス』
【状態】
 ・犬頭の獣種です。ボロボロになった着流しとマントを身に着けています。
  ・武器は持っておらず、打撃格闘戦を得意とします。
 ・理性的な応答が可能ですが、本質的な部分は極めて螺子の外れた殺人嗜好者であり、
   説得の余地はありません。

【能力値】
  ・全体的にステータスが高く、非常に強力な敵ユニットです。
 ・高HP、EXA、CTです。2回行動する可能性があります。
 ・極めて高い攻撃力が特徴です。

【攻撃】
 ・殺人権利(自付与・命中、回避、CT、EXA強化)
  ・偽善の打撃(物至近単・連・猛毒・魔凶)
  ・利己の打撃(物近扇・飛・出血・流血・失血)
 ・EX血界結解(神遠域・連・崩れ・停滞・封印・HA回復)

●備考
・実質的な難易度は「HARD」相当になります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

皆様のプレイング、心よりお待ちしております。

  • 包帯を巻いてやれないのなら。完了
  • GM名いかるが
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2019年09月13日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談9日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エンヴィ=グレノール(p3p000051)
サメちゃんの好物
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)

リプレイ


「随分と、まぁ。人の命を軽く見てる方ね?
 ―――その達者な口も。喋れなくした方がいいかしら?」
 Erstineのささやかな皮肉を含んだ言質が、広々とした大地に美しく響いた。
「殺人の中にしか真実は無い……私はね、その狭い世界こそを、嘲笑いに来たのですよ」
 Erstineに続けて、寛治が言った。
「“ヒトという種”は、そんなに単純なものではない。
 たかが命の明滅にしか価値を見出だせないという……。
 見識の、無さ。貧弱な、完成。
 ―――其処に、私は怒りすら覚えるのですよ。ユリウス」
 寛治の表情は、言説とは裏腹に微笑すら浮かべている。
 明確な否定の言葉。それは、眼前のユリウスへと向けられている。
「“たかが命の明滅”とは、見解の相違だな」
 相対するユリウスもそう返すと、笑みを浮かべた。
「むしろ、命は何よりも重い。命が無ければ“存在”は規定され得ない。
 従って、全ての価値は、命に収斂される。それが私の結論だ」
 ユリウスの言葉を受けて、雪之丞が口を開く。
「桜は散り際が最も美しい。
 或いは儚く。散るまでの僅かな間、咲き誇る姿こそが美しいのでしょう。
 ……人の命の輝きも、そうでしょうか?」
「謂わばそうかもしれぬ。
 私は、換言するに、真実を求めているのだと、思う。
 死に直面した者には真実しか残されない。そうは思わないか?」
「人によって感性が違うのは仕方の無い事。
 誰かにとって悍ましく見えるものでも、他の人からは美しく思えたり……。
 でも、美を追求した結果とは言え、他者を傷つけて良い理由にはならないわ」
 ユリウスの言葉を受け、エンヴィが返す。ユリウスは肩を竦めた。
 「一つだけ確認させてください」とクラリーチェが静かに言う。
「強き存在に挑む為でもなく、腹を満たす為でもなく……ただ”命が潰える瞬間が見たい”と。
 それが、貴方が命を奪う理由ですか?」
 一息でそう言い切った菫色の虹彩が、鋭くユリウスを捉える。
「その通りだ、女。
 強さを求めることも、腹を満たすことも、この上なく卑しい。
 命の捧げ方は、そんな下賤なことであるべきではない」
 ―――深呼吸。
 クラリーチェは、瞼を閉じて大きく息を吐いた。
「全ての命はいつか役割を終え、長い旅に出ます。
 中には理不尽な理由により旅立つ命もあるでしょう。
 ……ですがその”原因”である貴方を見過ごす訳には参りません。
 命を奪うものは、いつか奪われる側にある……聡い貴方ならば、お分かりでしょう?
 ―――この意味」
 ユリウスが首肯する。その表情は、何処か……愉し気だ。
(―――そうか、彼に神の赦しは届かないのだな)
 眼前の問答に、カイトはその玲瓏な赫い瞳を細める。
「君は、自然の摂理の一部みたいな奴だな。
 ……判った。君の言う通り、殺し合いをしよう」
 ユリウスの口の端が歪む。
「威勢の良い青年だ。
 思考は極めてシンプルで、研ぎ澄まされていて―――美しい」
“美しい”というのは、彼にとって最大の賛辞であろう。
 相対するカイトのロスト・ホロウの切っ先が、ユリウスの喉元を指す。
「僕も―――いや、”俺”も全力で君と当たろう。
 そちらも力を惜しむ事なく来てくれ。
 此処が俺にとってもキミにとっても、最後の戦場だと思って死合いを申し込む」
 ばさり、と羽が散る。
 神々しく開いたのは、カイトの背に宿る―――六枚の翼。
「ははあ。は、はあ……。
 ―――そうか。君、侠か」
 瞬間、指数関数的に濃度が濃くなる殺意に触れて、行人が零した。
「旅を続ける上で侠とは切っても切れない縁があってね。
 ……自然と俺もそうなったが、侠というのは度し難い物だ。
 俺も恩義で此方に立っているのだから。だが、片や己が目的を故に。片や受けた恩義を故に」
 行人は双刀『黒魔』を構える。
「侠が向かい合ったならば、やることは一つ」
「ふ、威勢の良いのがもう一人居たか。分かりやすくて良い」
 瞬きをした次の瞬間に、殺し合いは始まるだろう。
 そんな雰囲気を肌で味わって、愛無は内心で抑えていた。
 ―――昂ぶりを。
「この世界に来て、久方ぶりに欲情した。
 これだから人間は愛おしい」
 愛無の感情乏しき相貌が、隠しきれぬ愉悦を隠し、そのか細い腕が、ユリウスへと捧げられる。

「今日は―――。
 らぶあんどぴーすは、お休みだ」


 まず一発の銃声が響いた。
 魔銃から放たれた弾丸―――エンヴィの放つ其れは正しくユリウスの頭部を目掛けて、
「……ふむ」
 着弾の寸前、ユリウスは瞬刻の手裁きで弾丸を受け止め、そのまま握り潰した。
「……妬ましいわね」
「よろしい。それでは始めよう」
 ユリウスが笑う。
 その声は高く。
 待ちに待った―――、と言わんばかりに。

「“此処”に“しか”無いのだぞ、《特異運命座標》諸君。
 今この時より始まる、闘争の中にしか―――」
 
 ユリウスが嗤う。

「―――命のやり取りの中にしか、“真実”は無い!」

 ユリウスが哂い―――そして、爆ぜた。

「……っ!」
 ―――先手を取られた。
 視界から消えたユリウスを探し視線をさ迷わせた行人がそう感じた、直後。
 ……思わず腕が出る。行人の眼と鼻の先で、双刀『黒魔』と、ユリウスの腕が交錯していた。
「―――離れて!」
 何処かで寛治がそう叫ぶ声が聞こえる。
 しかし、
「かはっ……!」
 抑えていた筈のユリウスの腕は、気が付けば既に行人の首を捕えている。
 そして、至近距離で映ったユリウスの瞳の奥の感情を、行人は直視した。
 ……しかしそれも一瞬の事。突然、行人の首を絞めていた手が消える。
「生きる。その一瞬に純化される、刹那。
 それを無差別に求めた者を、人ではなく。
 ―――“鬼”と呼ぶのでしょう」
 雪之丞が影狼のその漆黒の刃を以てして、ユリウスに肉薄する。
「拙は、そう安々とは退きませぬ」
「素晴らしい。それでこそ、殺し甲斐があるというもの」
 雪之丞が抜刀する。手捷い一閃はその軌道上にユリウスを捕えた。
 ―――が、その刃がユリウスの身を斬る寸前に、彼は軽やかに伏せそれを避ける。
 その体勢からユリウスは大きく跳ね、その後周囲に打撃波が降り頻る。

 斬、と体躯を削ぎ落す音―――そして、血飛沫。

「……っ!」
 クラリーチェは、仲間の前衛達がそのたった一手で、傷を負わされたことに舌を打つ。
「時として、人は言葉よりも拳で語り合う方が分かり合えるのだ、という事は知っている。
 生死で勝敗を決めるのはわかり易くて良い―――俺は逃げも隠れもしない」
 しかしカイトは、受けた傷を気にも留めず。むしろ更に前に出た。
 ……常時の穏やかさは鳴りを潜め、不釣り合いに気色ばんだ赫い瞳が、唯々囁いている。

 ユリウスは。
 打倒すべき敵なのだと―――!

 そのまま振り被られた切っ先。
 背後の、謂わばほぼ死角から打ち込まれたその一撃は、
「そう、我々は“分かり合う”必要がある。
 何故ならば、ヒトは不純ゆえに―――、嘘を吐くからだ」
 ぐしゃり、と。ユリウスは素手で刃を握りしめていた。そしてそのまま、カイトの体躯ごと、得物を薙ぎ払う。
(……何という、力。
 常軌を逸した殺戮の履歴……、どれも嘘ではない様ね)
 Erstineがユリウスの戦闘を観察し、内心で嘆息する。エネミースキャンで、ユリウスの分析を続ける寛治も、彼女の意見に首肯することであろう。
 ―――《特異運命座標》の中でも上位の前衛陣を前に、少なくともこの時点ではこちらを凌駕しているのだから。
「事前情報通りの脅威ね……!」
 Erstineから放たれる赤き彩りが仲間達の戦意を極限まで高めていく。そうして、彼女はユリウスとの間合いを慎重にはかっていた。彼女はユリウスの危険性を過小評価しない。……伊達に千年を生きてはいないのだ。
「……期待はあったが、此処までとは」
 拮抗した戦力。それが産む一瞬の空白を縫うように、愛無の口からぽつりと漏れた。
 そう。期待していた。
 やっとヤリ合える。
 やっと……殺しあえる。
 何の縛りもなく。
 何の瑕疵も無く。
 何の遠慮も、
 何の影響も、
 何の配慮も、無く。
「本音を言うならば、独りでやりたかったが。是非もなし」
 寛治が絶妙のタイミングでユリウスへM.M.M.を放つと同時に、愛無は彼の領域へ一歩、踏み込む。……それはユリウスの思いの外、深い踏み込みであって。彼は両者への対応に瞬間、思考を阻害された。
 愛無が繰り出すのは貫手。
 ……くしくも、ユリウスの得意とする打撃戦を自ら買って出た形だ。
 左腕を振り払い寛治の射撃を防いだユリウスは、接近する愛無を視界に収め、即座に右腕を突き出す。
「その心意気だけは買ってやろう」
 ……ユリウスの拳は、何物をも打たない。
 それは何も無い空間をただ殴打し。
 そして、殴打された空間は、共振する。
 ―――途端、愛無の体躯から噴出する血飛沫。
「……僕は、結局“人間の心”なんてモノは未だ解らないが。
 君の事は、少しだけ解る気がする」
「解った気がするだけだ。
 死を臨まずして、一体私の何を解ると云う」
 ユリウスは表情だけで微笑んだ。ユリウスから距離を取っている寛治は、彼が“その手の言葉”を嫌うことを、既に理解していた。
 愛無はそんな微妙な機微を気にも留めず、口元の血を拭いもせず、「君の絶望」と続けた。
「君が、己の技を作るのに、どれだけの物を捨てたか。
 どれだけの時をかけたか。―――それなら解る」
「……」
 ユリウスは何も返さない。
 ただ、変わらずに冷酷な瞳で、愛無を見返すだけ―――。
「”自分にとって、他に代えがたい最も尊き物”を見つけているという、その点だけは。
 えぇ、とても―――とても妬ましく、思うわ」
 エンヴィが間髪入れずに激しく射撃を繰り返す。そしてユリウスも、その凄絶な攻撃を受け流していく。「本当に妬ましいわね」と舌を打ちながら、ちらと視線をクラリーチェへ向ける。
(クラリーチェさん、本当は癒しの術を忌避してる……余り使いたくないでしょうに)
 エンヴィの観察は鋭い。その思慮は的中していた。

(癒しの術は嫌い。
 村が焼かれ、両親を喪った時にこの力があれば……と考えてしまうから)

 クラリーチェは己が両腕を見遣った。
 後悔だけがクラリーチェを振り返らせる。
 そんなところに、希望などありはしないのに。
 この異能だけが、あの日の自分を、未だに苛んでいるのだ。
 ―――振り切るように、視線をユリウスへ、そして仲間達へと戻す。
「力が続く限り、皆さまを支援いたします。
 ですのでどうか。―――どうか」
 私の分まで、彼にこの怒りをぶつけてくださいませ。


 クラリーチェの切望とも云える想いを受け、行人がユリウスへ詰める。
(いつもは越えない死線を超えろ。
 さあ、いつもより半歩先へ―――!)
 更に強く、踏み込む。
 振るう切っ先は。
 ―――“傲慢な左”は、ユリウスの堅牢な守りをも打ち砕く―――!
「……む」
 振り下ろされた刃を受けて、ユリウスの顔が初めて僅かに曇った。
「……個人的にはね。
 自分の定めた誓いに則るという君の信条自体は、賛同出来るものだ」
「行動には賛同できない、と言いたげだな」
「ああ、全くね」
 そう言って、行人は微笑んだ。。
「澄み過ぎると天に寄り、濁りすぎても地に寄る。
 人は程よく濁っていなければならない―――そしてその中庸こそが、俺は一番美しいと思う」
「……それは、中々興味深い洞察だ」
 ユリウスが大きく腕を振り、ぎん、と甲高い摩擦音と共に行人が弾ける。それはむしろ、ユリウスにとって否定的な攻勢だった。
「総合力は貴方に及ぶべくもありませんが―――“当てるだけ”なら、私も自負はありましてね」
 ユリウスの頬に描かれた一線の血痕。決して深くは無いその傷は、もし彼が立ち位置を変えることが出来ていなければ、致命傷にも成り得たであろう。寛治の方を見、ユリウスは頬を撫ぜた。
「人に真実を求めるならば、その社会性にある」
「私はそうは思わない」
 ユリウスは明確に否定した。
「何故なら我々は、死ぬときは皆、一人で死に逝くからだ」
「……それでも人は知恵を、知識を、情報を紡ぐことで、歴史と文明を重ねてきた。数多の屍の上に。
 戦いが交わらぬ価値観の衝突であり、勝者のみがその価値観を掲げられるのであれば。
 ―――貴方と我々の戦いは、まさにその定義に相応しい」
 ユリウスと寛治の視線が交錯する。互いが、譲れぬ価値を賭けて戦っていることを、理解していた。
「後悔も忘れてしまう程に殺し過ぎている貴方と、分かり合う心算はないけれど」
 そう言ってErstineが大鎌を振るい牽制攻撃を放つと、前進しようとしていたユリウスの足が思わず止まる。ユリウスの顔が、意図せず強張る。
 ……その好機を、
「修羅道狂わば、只、堕つばかり。
 己を律せぬ道を見失った修羅など、ただの化生に過ぎず」
「修羅だろうが、羅刹だろうが、人に仇を成すのを俺は見過ごせない。
 だがそれがキミのアイデンティティだというのなら―――満足するまで付き合ってやるさ!」

 ―――雪之丞とカイトは見逃さない。

 ユリウスの右側から雪之丞が、左側からカイトが、得物を同時に突き出す。
「―――む」
 二つの刃がユリウスと交錯した瞬間、無体の衝撃が周囲に散る。
 ……のち、噴出する血飛沫。―――それはユリウスのもの。
 だが、
「まだです!」
「……っ!」
 クラリーチェが言うより早く雪之丞とカイトがユリウスの方へと手繰り寄せられる。ユリウスは、己の躰を貫く得物ごと、―――即ち、己の右腕に刺さる影狼、左腕に刺さるロスト・ホロウごと、二人を射程圏内に収めたのだ。
 エンヴィと寛治の凄絶な射撃が、彼らを喰いとどめようとする。が、
「使われない技術など。もはや技術ではない」
「……?」
 愛無が合間を縫って射程を殺す。
「だから使っていいんだ。思うさま。
 誇れ。お前は美しい。
 ―――さぁ、お前は僕を殺せ。僕は、お前を殺す」
「―――なんと、」
 素晴らしい。
 そう続けるよりも早く、ユリウスは咆哮した。
「……来る!」
 行人が感じ取ったのはユリウスの激情。
 己が価値を共有する―――唯一無二の敵と、対峙できたことへの歓びの共振……!

 幸福を。
 喜びを。
 過ごすべき穏やかな時間を。
 ―――普通の人間が享受するモノを。そうしたモノを捨てたのだろう。
 その一撃を得るためだけに。
 お前は―――!

 ユリウスへ接敵していた前衛陣が大きく弾かれる。

 そして、彼を同心円として浮かび上がる数多の紋様。

 それは彼の血液をして、描かれた。

 その血界が解かれるとき。
 
 ―――世界は流転する。


 点滅する色彩が世界を覆い、Erstineが体躯を巡る激痛に瞼を開けた時。
 其処には、ユリウスと。

「これ以上、誰も貴方には殺させません。
 これが、私の―――“戦い”です」

 自身の被弾を顧みずに、療術詠唱を詠い続けた一人の修道女と。

「死んで負けるのはいい。
 だが、諦めて負けるのは耐えられない。
 故に僕は立つ。僕は退かぬ」

 《可能性》を消費して、立ち上がった、《特異運命座標》が、居て……。

「築き屍、背負うは修羅の業
 ―――御命、頂戴致します」

「な……に……っ!」
 ユリウスの目が大きく見開かれる。
 眼前には血みどろの《特異運命座標》。
 この技を受け、立っていられる筈など、無いのに……!
 雪之丞が腕を斬り、
 カイトが脚を裂き、
 Erstineが腹を抉り、
 行人が眼を潰した後、

「生きるために喰う。喰うために殺す。
 ―――全てを喰らうモノが、全ての頂点に立つモノだ」

 愛無の腕が、ユリウスの胸を貫いた。


「……殺す事でしか満たされなかったなんて。
 ―――可哀想なお方」
「出口などあるわけもないのに」と続けたErstineは、月を見上げた。
(……人を殺してもどうにもならなかったから。
 私はあの時、こうも狂わずに居られたのかしら……なんて)
 ユリウスの視界にも、直上の月が覆い被さる。その表情に弱さは微塵も感ぜられない。エンヴィは、僅かながらの共感を覚えた。

 ユリウスは、瀕死となったその状態で横たわり、昏い空を見上げていた。

「人の死に様に美を見出すというのなら。
 自身の死には、一体どんな価値を見出すのかしら?」
 それは決して皮肉ではなく。この強敵に対する純粋な興味だった。
「―――死は素晴らしい」
 ユリウスが言った。行人は、彼のその表情に、偽りを感じ得なかった。
「こうして相対してみて、初めて解る。
 死の前で自己は、何もし得ない。ただ、死を受け入れるしかない。
 そんな当たり前のことが、嬉しい。
 この不浄の世界で。確かに、真実はあるのだと―――私に語り掛けてくる」
 満足げなユリウスの貌を見て、エンヴィは内心嘆息する。
(……それは、とても。
 とても、妬ましい事だわー――)
「最後に聞こう。―――、満足したかい?」
 あと幾許かの時しか許されぬユリウスに、カイトが尋ねた。
「出来れば其方の死に顔も見たかった。さぞ美しかっただろうにな。
 ―――まあ良い。私は、私の望む最良の死を迎えられるのだから」
「……なんて、悪趣味だ。
 ……まあ、お疲れ。次は地獄で会おう」
 カイトは何とかまだ使い物になる右手で小さく手を振る。「死ねば構成物質に還るだけだぞ」と返したユリウスの言葉に、微笑を浮かべて。

 雪之丞は彼の技を繰り返し思い返し、
 寛治は最後まで信念を貫いた彼への敬服を想い、
 愛無は久方の馳走に何処か満足げに腹を撫ぜ、
 クラリーチェが祈りを捧げた後。

 ユリウスは酷く穏やかな顔で逝き―――。

「―――さあて。次の旅路へ行こうかね」

 行人の軽やかな言葉が、ラサの湿った空気に溶けていった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

当シナリオへのリクエスト、誠にありがとうございました。


 まず初めに、納品が遅れましたことお詫び申し上げます。

 シナリオは、1対8の純戦ということで、私も久しぶりに強い人的ネームド個体を描写出来ることが楽しかったです。
 しかし、それ以上にPC達の行動が素晴らしく、大変優位に戦闘を繰り広げられていた認識しております。


ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『包帯を巻いてやれないのなら。』へのご参加有難うございました。

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