PandoraPartyProject

シナリオ詳細

形相因質的シャーデンフロイデ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ふわりとした亜麻色の髪。
 白磁の肌。ペイルマリアライトの瞳。

 糸杉の如くしなやかな肢体を薄絹一枚を貴金属で飾った、うら若い女である。
 装束はその女性らしいラインを殊更に強調するように出来ていた。
 踊り子のように見える。
 ラサが夢の都辺りで、酒と欲に溢れた艶っぽい舞台が良く似合う事だろう。
 いくつかの問題に目を瞑るのならば――

 深緑(アルティオ=エルム)の外れに、ル=エリ・スロスと呼ばれる森がある。
 鬱蒼としているが、ぼうっと光る幻花燈の彩りが辺りに可憐な印象を与えている。
 それに静かに思える夜の森ではあるのだが、耳を凝らせば驚くほど賑やかだった。
 音もなく忍び寄るリュンクスが、眠りこける渡り鳥を瞬く間に捉える。
 最後の羽ばたきはすぐに止み、遠くから再びミミズクの声が聞こえてくる。
 ここはそんな森だ。

 ――問題とは何かに話を戻そう。
 それはまず、そんな女が『なぜここにいるのか』という事である。
 女は木のうろの下にある、根と根の間に立っていた。
 うろだとか根だとか表現するのは、あまり適切でなかろうか。
 木は大樹ファルカウには遠く及ばぬまでも相当に巨大だった。根は間近に寄ればそびえ立つ壁のようであり、うろは小屋すらすっぽりと収まりそうな案配であるのだから。

 実際にそこは家屋であり、奥はリビングや台所の他いくつかの私室に区切られている。
 その一室。朽ち木を磨いたベッドでは、柔らかな綿布団にくるまったハーモニアの少女が安らかな寝息を立てていた。
 女はその姿をじっと見つめているのだ。

 彼女はコウモリのような翼をすぼめ、すねたようなため息をつく。
「……あーー……めんどくさ」

 異様な女だ。細い腰の下、対照的にふくよかな曲線の中心から、垂れ下がった尾の先は尖っている。
 何より異彩を放っているのは白い二本の角だった。
 明白な異形であると同時に、些か美しすぎる。
 蠱惑的な悪魔とでも呼ぶべき容貌は、これが旅人(ウォーカー)でなければ――魔種であるとしか言い様がない。

 女は細い鎖に繋がれた小瓶にコルクの蓋を閉め、自身の首へとかける。
 それから女は少女の背に手を差し入れ、半身を起こした。
 少女は起きない。

 女はそのまま少女を、その豊かな胸に押し抱く。
 少女は起きない。

 女はどこからともなく取り出した黄銅色の首輪をがっちりと止める。
 少女は起きない。

 ただ事ではない筈だ。
 物音だってしている筈だ。
 だのに少女も、その家族の一人さえも、ただただ眠りこけていた。

 女はそのまま少女を抱きかかえ、ゆったりと翼を広げる。
「うわぁ……しんど」
 天はやはり、生い茂る葉に覆われていて。
 女はもう一度、今度は長い長いため息を吐き出した。


 ローレットから情報を受け取ったイレギュラーズ一行は、茂みから川の向こう側を伺っている。
 このあたりは丁度、ラサと深緑の中間に当たる場所で、そこの川を挟む形でこちら側は溢れんばかりの緑、向こう側はごつごつとした荒野といった雰囲気だ。

「あそこかな? 見える?」
 声をかけてきた『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)の言葉通り、岩場のあたりに死角がある。
「……静かに」
 何かが動いた。獣ではなく人影と思える。
 仮に人だとして、あれで見張りのつもりなら迂闊な物だが、さて。

 イレギュラーズ達への依頼は、単純なものだった。
 攫われたハーモニアの子供達を救出することである。

 このところ似たような事件が頻発しており、いずれも積極的に狙われているのはハーモニアである。
 調査によればどうやら奴隷としてラサへ流されているようだ。一部はさらに他国へ売られているという話もある。
 深緑は閉鎖的な勢力ではあるが、ラサとは例外的に緩やかな友好関係にある。
 無論そうした関係をラサが破壊するつもりはなく、深緑のリュミエ、ラサのディルクは事態収拾の為に介入を始めた。
 そんな広域にわたる一大事件となれば信頼出来るのはローレットという訳で、このところイレギュラーズの元に大量の仕事が舞い込んでいるのである。
 もちろんこの件も、その一つだ。

「助けてあげなきゃね」
 アルテナの呟きにイレギュラーズが頷く。
 深緑で事件の詳細を聞いた際、依頼者――家族を攫われた被害者達の代表を名乗る男の顔は焦燥と昏い怒りに満ちていた。
 一人娘を攫われた父親なのだと言う。

 ハーモニア達は類似する事件に警戒しており、事件当日も精霊使いの戦士達が村を守っていた。
 いずれも精強。なのにただ一人の女に、手も足も出なかったと言う。
 敵は魔術による強烈な攻撃を行うようだ。
 問題はそれだけではない。そもそも村にどうやって忍び込んだのか分からないと言うのだ。
 しばらくの間、誰も気づくことさえ出来なかった。

 ともかく幾ばくかの後に交戦となり、四人目の子供を抱えながら逃げる女を総出で追った。
 そうした中で、ハーモニア達はみな気を失ってしまったと言う。
 結局女はハーモニア達の命を奪うこともなく、どこかへ消えてしまった。
 どうやって一人で四人も連れ去ったのかも分からないが、ひょっとしたら配下が居たのかもしれない。
 女は終始『面倒くさそう』な態度だったらしいが、言葉とは裏腹な戦いぶりであったらしい。
 イレギュラーズ達が聞いた情報は、おおよそそんな所だった。

 依頼者の男はハーモニアらしい精霊使いを名乗っている。弓と剣も自信があると述べ、同行を強く願い出た。
 だがイレギュラーズ達は彼の同行を丁重にお断りしたのだった。
 相手が納得するよう理由は色々と付けたのだが、実際のところは目蓋の隈とやつれが酷すぎたというのが本音である。
 情報によると実行犯は魔種である可能性もあり、安易に同行を許せば命さえ危ういからだ。
 仮に魔種であり部下までいるとなれば狂気伝播や原罪の呼び声、最悪のケースでは反転まで発生している可能性もあり実に厄介だ。

 一連の大がかりな仕掛けの向こうに、イレギュラーズ達は何かを感じ取りはじめていた。

GMコメント

 pipiです。
 何かが始まろうとしているのでしょうか。

 プレイヤー視点での情報が多めですが、書かれていることに嘘はありません。
 また全て意識頂いて結構です。相談やプレイングに自由に使用下さい。
 気づいたとかなんとか、そういう自然な感じになります。

●目的とロケーション
 時刻は白昼。
 敵のアジトに乗り込み、攫われたハーモニアの少女4名を救出するのが目的です。
 敵は生死逃亡不問ですが、紛れもない悪党。容赦は一切不要でしょう。

 がしがし乗り込んで、どんどん倒して、少女達をつれてとっととずらかりましょう。
 とはいえ情報も欲しい所ではありますが……

 また大きな危険も存在します。十分にご注意下さい。

 今回どこまで目指すか。後は皆様次第です。

1:入り口
 数名の見張りが居ます。
 いずれも屈強な山賊で、蛮刀や斧、短弓などで武装しています。
 長引いた場合、奥から後述のメンバーが出てきます。

2:通路
 灯りはあるようです。
 通路は狭く、そこに居る限り、最前線で接近戦闘可能なのは互いに2人ずつまでです。

 相手は10名程。いずれも後述の広場からこちらへ向かってきます。
 その中に数名の手練れが居り、そこそこ強いです。
 統率はあまりとれていません。一~数名ずつ、ばらばらと相手することになります。

 早く切り抜ければ、10名のうち残りの敵とは広間で戦うことになり、ゆっくり戦う場合はこの通路でやり合うことになるでしょう。

 なにはともあれ状況次第ということで。強く当たってあとは流れってなもんです。

3:広場
 戦闘継続です。
 更に数名の増援が出てきます。
 一名、相当な手練れが居ます。かなり強いです。ボスと呼ばれています。

4:奥
 ふかふかのベッドに、謎の女がだらしなく寝ています。
 少なくとも初見では寝ているように見えます。

 鎖で繋がれたハーモニアの少女が四名居ます。
 憔悴しています。
 助けてあげましょう。

?:???
 何らかのモンスターが居る可能性があります。
 敵の数が想定より多いことを考慮したほうが良いでしょう。

●謎の女
 見た目は上のほうの通り、えっちな悪魔っぽいです。
 少なくとも純種には見えません。
 十分に警戒して下さい。

 口癖は「あー」「うわぁ」「めんどくさ」「ねむ」「しんど」です。

 首から謎の小瓶を下げています。
 他にはべらぼうに強いこと、効率的に魔法的な攻撃をすること。
 それからハーモニアの戦士達が交戦中に気を失った(眠ってしまった?)ことが知らされています。

●同行NPC
・『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 両面型。剣魔双撃、シャドウオブテラー、ディスピリオド、格闘、物質透過を活性化しています。
 皆さんの仲間なので、皆さんに混ざって無難に行動します。
 具体的な指示を与えても構いません。
 絡んで頂いた程度にしか描写はされません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • 形相因質的シャーデンフロイデ完了
  • GM名pipi
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年09月08日 21時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
銀城 黒羽(p3p000505)
シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)
死を齎す黒刃
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ニル=エルサリス(p3p002400)

サポートNPC一覧(1人)

アルテナ・フォルテ(p3n000007)
冒険者

リプレイ


「なあ」
「……ア?」

 問われた賊の一人は岩に背を預け、ひときわ大きくあくびをしたまま目を見開く。
「え、あ、あ!?」
 突如胸元に生じた脈動の訳すら理解出来ぬまま、ずるりと崩れ落ちた。

 一気に獲物――Code:Demonを引き抜いた『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は帽子を押え、返す刃を振り上げた。
「死ねッ!」
「なっ、て、敵」
 舌打ちした賊は次々に獲物を抜き放ち、アランを包囲しようと――しかし斧を振り上げた賊の一人がつんのめって膝を付く。
 背を切り裂いたのは影の刃。
「意外だな」
 油断なく敵を睨み付けたまま『神に抗う者』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)が呟いた。
「まさかって感じだよ」
 答えた『黒のガンブレイダー』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は、最前線で剣を振り抜いたアランへ己が背を預け、集まりつつある敵陣へ不意の爆裂をたたき込んだ。
 まるで一方的な奇襲の様相である。
「アルテナは数を減らしてくれ」
「任せて!」
 後方から戦場を見渡す『優心の恩寵』ポテト アークライト(p3p000294)の言葉に『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が頷き、細剣で手負いの相手を斬り付ける。
 吹き荒れる青き炎。『私は屈しない!!』アルテミア・フィルティス(p3p001981)の流麗な剣舞が賊の弓を両断し、そのまま縦横に切り刻む。
「そうね、これじゃあまるで……『可能性』が本当みたいじゃない」
 山賊達のアジトへ仕掛けたイレギュラーズ達は迅速だった。
 見張りの兵を次々と斬り倒し、増援を呼ぶ間も与えず――

 イレギュラーズの仕事は幻想種の少女四名の救出だ。
 目撃情報では女一人が実行犯とされていたが、その後の調査で判明したのがこの山賊団という事であった。
「売り手が居れば買い手も居るってなんかせちがれーんだお」
 ニル=エルサリス(p3p002400)の言葉通り、幻想種の少女がで攫われラサや各地で売買されるという事件が多発しており、この件も関連していると推測される。
 例えば『ド根性ヒューマン』銀城 黒羽(p3p000505)は既に都合三件を解決しており共通項は多い。
 眠らせたというのも件の粉だろう。

「私達が助け出すんだ。必ず」
 つい先ほどそう言ったポテトも、クロバと共に深緑の村で奴隷商人と相対し捕縛に成功している。
 そして『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)は、おそらくこの事件でも使われたであろう『小瓶の粉』の秘密に手をかけた。
 オアシスの町パドゥミラではラサの傭兵達と共に、多くのイレギュラーズが魔物の掃討にあたっている。
 同じく南部で事件を解決したアラン達が打ち倒したのも砂の魔物であり――首輪と砂。二つの事件は俄に結びつけられつつあった。

 ともあれ。これでは余りに手応えがなさ過ぎる。
 頼もしい味方が多いとはクロバの弁だが。一行はいずれも歴戦のイレギュラーズであり、これまで幾度も死線を踏み越えていた。
 故に感じる違和感がある。

「……殺気は感じねえが」
「音も臭いも、異常はねーお」
 今のところは。
「ならば今のうちに、万全を期さないとな」
 入り口を睨む黒羽とニルの言葉に、ポテトは一行へ癒やしの術陣を施す。
 そもそも。こうした猶予があることすら、どこかおかしいと言えばおかしい。
「傭兵崩れに見えるけれど」
 ふとしたアルテミアの呟きに、一同は倒れた賊へ視線を送る。なんらかの理由で山賊化した手合いだろう。
 賊達の装備は一行には遙か劣るが相当良質な装備だ。良く使い込まれている。『これほど弱い』筈がない。

 精強なハーモニアの戦士があっさりと負けている。この程度の相手に。
 単に実行犯の女が強いだけなのかもしれないが。
 そうした不可解の連続にクロバも嘆息した。

「しかし嫌な感じだ……嵐の前の静けさっつーか」
「けど。居るんですよね」
 アランの呟きに利香が答え。
「だろうぜ。ついに魔種が絡みやがったか。何か大きなことがある予感がするぜ」
 アランはこの先の戦いを見据えている。
 おそらくこの場で『実行犯の女』は仕留められまい。だがそこからつながる先――ザントマンなる存在に一行は何かを感じ始めている。

 聞いたところによれば女は淫魔のような容姿らしい。利香(白だった)の『私じゃないです』という訴えはさておき、イレギュラーズは敵を見た目通りの『色欲』ではなく『怠惰の魔種』であると推測していた。
 あらゆる情報が、それを示唆しているのだ。
 ため息一つ、仲間へ背を向け煌めくそれを口元へ。
「似た姿してる奴に興味がわいたって訳じゃないけれど……ま、これも何かの縁かしら」
 まあ『こちら』で行く他なかろう。覚悟すべき危険な案件だ。
「ともかく。魔種が絡んできた以上、危険なのは間違いねぇ。気を引き締めて行くぞ」
 シュバルツの言に一同が同意する。

 敵の目的は気になるが、まずは救助が先決だ。


 一行はアジトである洞窟への侵入を開始した。

「地の利はあっちにあるんだぬ」
 ニルは五感を総動員して警戒を怠らない。
「気をつけろ」
「来るお」

 アルテミアが繰り出した剣が甲高い音を立てて銃弾を斬った。
 硝煙の香りを纏わせて、奥から姿を現したのは新手の賊だ。
「おいボスに伝えろ。メンドクセェなあ」
 新手は仲間にそう告げると、イレギュラーズへ銃を向ける。

 刹那の呼吸。
「――行くわ」
 果敢に駆け出すアルテミアを先頭に、一行は打ち合わせた通りの隊列で敵へ突入する。
「っチ」
 青い軌跡を描く切っ先が、銃口を跳ね上げる。
 炸裂音はアルテミアの髪を掠め、弾丸が天井を穿った。小岩が落ちるより早くアルテミアは第二撃を突き込む。
 賊は間一髪かわし刀身へ銃底を叩き付けるが、尚も立て続けに打ち込まれる刃を今度は避けきれなかった。

 続いて奥から三人。
「まとめてやる」
 シュバルツの影が通路の壁面を多い尽くし――刹那、炸裂。
 膨大な魔力の奔流は漆黒の刃となり、賊共を串刺しに貫いた。

「いくらなんでもおかしいんじゃないか」
 溢れたクロバの言葉。
「ええ、とても」
「……だな」
「つまりは何もかも『怠惰』の影響下にあるってことだろうさ」

 次々に現れる敵をアルテミアに続いてニルが、アランが、クロバが打ちのめしてゆく。
 敵には数名の手練れが混じっており、さしもの一行もいくらかの傷を負ったが。しかし強烈な違和感は否応なしに増してゆくばかりだ。

 こうして一行は敵を各個撃破しながら、細く長い通路を進んでゆく。
 僅かに傷つき、癒やし。また傷つき、癒やし。そんな進軍だった。
「これで大丈夫だ」
「ありがとう」
「どういたしましてだ」
 アルテナの礼にポテトが微笑む。
 この戦いにポテトが居たのは幸いだろう。
 そうでなければ、真綿で首を絞められ続けていたに違いないのだ。

 不意に。
 ニルの表情が強張った。それに、ひどく臭う。
 慌てて岩から手を引き抜いた。
「何か居るお」

 だが何もない。
 何もおきやしない。

「何が居た?」
 シュバルツの問いにニルが首を振る。
「ナマモノの群れだとは思うぬ」
 気のような手触り。確実に生き物だ。それも沢山居る。だからそのように伝える他なかった。
「岩の中にかよ……」
 おそらく魔物であろう。
「寝てやがるのか?」
 今のところ襲ってくる気配はない。触れたニルの手も無事なのだ。
 まあ無事でなくなりそうなら、しこたまにぶん殴るまでではあるのだが――

「急ごう。やることは変わらないんだ」
「だな」
 ぞっとしないが。それでも前を向くポテトの言葉に一行が同意する。

 油断なく伺いながら、一行は進軍を続け――
「向こう側が広くなってるわ」
 先頭のアルテミアが注意を促す。
「行けそうか?」
「ええ」
 万全だ。
 頷いたフィルティスの姫騎士は二振りを構え、一気に駆けだした。


「死ねやァ!!」
 吹き荒れる鋼の暴風が、集う賊共をなぎ払う。
 広場の中心に躍り出たアランに、残る敵の視線が集中した。

 この場はかなりの広さである。天井も高い。
 少女達は居ない。奥に穴。他に出入り出来る場所はない。しっかりとした家具のようなものもなく、長く使用していた拠点ではなかろう。
 机らしきもの、簡素なカップ。座るための丸太。どれも急ごしらえだ。
 思えば食事道具も外にあった。洞窟で火というのもそれはそれで危険だが、見つかる愚を冒しても外で煙りを立てていたということか。
 何もかもが乱雑だ。
 ともあれアルテミアは回復の要であるポテトを背に庇うように、賊の一人と斬り結ぶ。なかなかの手練れだ。

「てめぇら、何ボサっとしてやがる。奴等を殺せ!!」
 奥で叫んだ男が賊共の頭領だろう。
 さしもの賊共も一喝されて奮い立ち、イレギュラーズに向かって殺到する。

「うちのこれ、めっちゃ痛いお」
 声音と裏腹に。唸りを上げる拳の僅か一撃で、山賊の一人が吹き飛んだ。
 強かに背をうち、砕けた鍾乳石と共に動かなくなる。
 情報は欲しい所だが、こんな状況ならばまずは制圧が先決だ。手加減など無用。

「てめえらあの邪魔くせえ雌騎士と光った奴を押えろ。俺が奥の女から殺る」
「させると思う?」
「あ? てめ」
 ハマった。少々心外な所がないでもないが利香の誘惑にボスがいきり立つ。
「……フフ」
 暴風と共に迫り来る蛮刀を花開いた盾で受け止め、利香は艶やかに嗤う。

 頭領は引きつけたが、察知した手練れは尚もポテトを狙おうと回り込み。
 敵の練度そのものは高い。きっと高かった筈だ。
「通さねえよ」
 構え立ちはだかる黒羽に、手練れの一人が手斧をたたき込む。
 元傭兵(プロ)だとすれば、伊達でないのも頷けた。
 肩に食い込む衝撃に踵が地を抉り、黒羽は奥歯を砕けそうな程噛みしめ。

 そして僅か一人。
「オアアアアア!」
 雄叫びをあげる賊の一人が、ポテトへ向けて両手で抱えるほどの大ナタを横薙ぎに振るった。
「――ッ!」
 辛うじて届いた最後の一閃。しかしそれはポテト自身の盾により弾かれる顛末となる。

 イレギュラーズも精鋭中の精鋭という訳だ。
 こうして僅か四手の内に賊共は戦闘要員の半数を喪失する有り様となった。

「それで、どうするの?」
 利香の問い。嫌な相手だった。三手目からは嫌いなやり口(弱点攻撃)で攻めて来たが。
 それで倒れる程、利香はやわではない。
「こうすんだよ!」
 頭領は振りかぶった蛮刀から手を離し、唸りを上げて迫るそれへ利香は超重の盾を叩き付ける。
 舞い上がる土埃の中、頭領は背を向けて走り出していた。

 だが――殺気。
 怖気すら誘う酷薄の刃を、頭領は紙一重に避ける。
「……悪いね」
 続く刃。トリガーを引くと同時に斬撃が加速した。
 頭領が抜いた短刀はクロバの一撃を受けきれず弾け飛び、その胸に深い横一文字が刻まれる。
「見逃してやる訳には行かないんだ」

「アルテナちゃん。手ぇ空いてたら身に着けてるベルトとかで手とか脚をふんじばって欲しお」
「え、えっと。べ、ベルト? う、うん、やってみるね」
 頭領へと間合いを詰めるニルの振りに、アルテナは戸惑いながらも腰のベルトを引き抜いた。
 スカート周りあれであれだがやむなし。
「アルテナ……」
「ん、ん~」
 心配そうなポテトへアルテナは曖昧な笑みを返す。

「制圧だ」
 シュバルツの宣言にアランが頷き。
「で、どうすんだ。死ぬか?」
「頼む。助けてくれ!」
 禍々しい刃を突きつけるアランに、頭領は突如やけくその体当たりをぶちかます。
「なんて、言うとでも思ったかよ!」
「てめ、殺す!」
 背に強烈な一撃。避けようもなく頭領が転げる。
「しょうがねーんだぬ」
 尚も起き上がって反撃の機会をうかがう頭領へ、ニルは一気に間合いを詰め――
「終わりだお」
 ――拳をブチ込んだ。

 無論頭領は貴重な情報源だ。アランやニルとて無闇に殺す心算はない。
「フフ……それじゃ始めましょ」
 豊満な肢体を誇示するように利香は頭領へ近寄り、おもむろに胸ぐらを掴み上げた。
「時間も無いし、面倒なのは嫌いなのよ?」

 幾人かの賊がへたり込む。
 戦いそのものは――それで終わりとなる筈だった。


 女がだらしなく寝ている。
 それが第一印象だ。

 手短な情報収集を終えたイレギュラーズは賊を縛り付け、あるいは気絶させ、こうしてアジトの奥へと歩みを進めたのである。
 吐かせた情報の多くはこれまでの調査を裏付けるものであり、一連の事件が強く関連していると示唆されるものだった。
 それから推測通り、奥の女が賊共を牛耳っていることが分かった。
 賊共にとっての砂の出所は、この女であるらしい。
 この女が怠惰の魔種であり、繋がる先がザントマンであるならば――

 クロバは辺りをうかがい、状況をシミュレートする。記憶し、脱出のチャンスを計算する為だ。
 何かあれば良いのだが。同じく周囲を観察するアルテミアは卓上に数本の瓶があるのを見つけた。これは拝借したほうが良いだろう。

 他に部屋にあるものは、洞窟とは不釣り合いなベッドだ。女はそこで四肢を投げ出していた。
 利香は直感する。これは、こんなものは同族ではない。
 淫魔でないという話ではない。
 一同は直感する。これは――特異運命座標という存在の対極に位置する存在だ。
 ともかく面は拝んでやった訳だが。さて。

 少女達は壁に背を預けて目を閉じている。
「大丈夫かぬ」
 ニルが小声で少女の一人に語りかけるが。
「寝てるお」
「大丈夫か?」
 一人をポテト抱き起こすと、少女はゆっくりと目を開けた。
 ポテトの表情が曇る。おそらく少女達は若干ではあろうが『原罪の呼び声』の影響を受けている。
 抱きかかえてでもどうにか連れて行くしかない。
「よく頑張ったな」
 少女を抱きかかえ、シュバルツが優しく語りかけると、少女はシュバルツにぎゅっとしがみついた。
「……こわいよ」
「もう大丈夫だよ」
「こわかったね」
 クロバとアルテナがそれぞれ少女を立たせるが足下がおぼつかない。抱きかかえるしかなさそうだ。
「心配するな」
 黒羽も一人の少女を抱きかかえ、抱く恐怖を身に受ける。
 クロバ、シュバルツ、黒羽、アルテナ。
 イレギュラーズ達の約半数もの戦闘力が、これで大幅に減少したとも言え。
 あちらを立たせればこちらが立たないのは致し方のない事であれど。

 ……何なの?

 突如、声がした。

「おはようさん」
「おはよ」
 女は顔を隠すように枕を抱きかかえたまま、眩しそうに薄目を開けている。
「……起こしたようで悪いな」
「悪いよ……すごく悪い」
 言葉ほど怒ったようには見えないが。
「俺はアランだ。アンタ名前は?」
「……マリアライト。それ、困るの」
 指さす先は、ハーモニアの少女達だ。
「言っておくけど、こっちに戦う気はねぇ。お互い、面倒事は御免だろ?」
 アランの提案にマリアライトは枕を力一杯抱きしめ、黙り込んだ。
 どうすべきか考えているのだろう。

「にゃんちゃんはいいけど……あいつは怒るし。めんどくさいなあ……」
 枕に半分顔をつっこみ、もごもごと何かを言っている。
 あいつとはザントマンのことだろうか。にゃんちゃんは。誰だ。
「でもにゃんちゃんが怒られたら、もっとめんどくさいかなあ……」
 マリアライトが首元の小瓶を掴んだ。

「そりゃ……そう来るよな!」

 奪っておきたかったが、そうも問屋が卸さないらしい。
 叩き付けられた小瓶が割れ、巻き上がった煙に意識が眩む。

「こんな、所で……」
 怒りにも似た――けれどその奥に何よりも暖かい感情を爆発させるように、ポテトが叫ぶ。
 姓と絆を結んだのだ。
「眠ってたまるか!」

 一行は少女達を守るように離脱を開始する。
 ともかくもう猶予はない。

 一歩。一瞬。あえてその身をとどまらせたアルテミアへ、突如煌めく刃が襲う。
「行って!」
 凜と声を張り。勝ち気な表情は崩さぬよう。
 心臓の鼓動に合わせながらじっとりと広がる何かには、気づかぬふりをして。
「私なら――追いつける筈よ」

 駆け出す。頭上から、ぱらぱらと小石。洞窟全体が振動している。
「あいつじゃねーかお」
 蝙蝠のような怪物が、岩の中からわらわらと姿を現し群がり始める。

「必ず生きて帰る! 全員でな!」
 怪物の群れに飛び込んだアランの剣が唸りを上げ、鋼の暴風が敵陣を引き裂いた。
 隙を突くように、イレギュラーズ達は出口を目指す。

「めんどくさい……」
 後方では幾重もの魔方陣が顕現し、禍々しく輝き始めた。

「アルテミアは!?」
 一行が戦慄し。

 だが先ほどの部屋から姿を現したアルテミアは、腹部を押えながらこちらへ駆けてくる。
 ひどい血だが、無事だ。

「早く!」

 魔方陣が弾け、魔晶の槍が地を裂き迫る。
 仲間を逃がすための時間を稼ぎ、敵の攻撃を単身で幾度か受けてしまったアルテミアには、もう後がない。

「ごめんなさい」
「眠気が吹き飛んでくれたし」
 口元から流れる血を指で払い、利香が笑う。
「私なら大丈夫だ」
 調和の光がアルテミアを包み、引き換えに踏みとどまったポテトを魔晶の刃が切り刻んでも。

 幾度か猛攻を受け、幾度か退路を塞がれ。
 この先は細い通路だ。
 天井から怪物の群れが降り注ぎ、アランが即座に引き裂いて。
 絶叫する怪物共がイレギュラーズと敵とを遮り。

「あー……もう……」

 次は――か・く・ご・し・ろ・?
 ニルが拳を握りしめて。
 戦いはようやく終わりを告げた。

成否

成功

MVP

ニル=エルサリス(p3p002400)

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
ポテト=アークライト(p3p000294)[重傷]
優心の恩寵
アラン・アークライト(p3p000365)[重傷]
太陽の勇者
銀城 黒羽(p3p000505)[重傷]
アルテミア・フィルティス(p3p001981)[重傷]
銀青の戦乙女

あとがき

 依頼お疲れ様でした。

 ハーモニアの少女達は全員無事に救出出来ました。
 劣悪な情報精度を、各々の見事な着眼点で制したのではないでしょうか。
 お見事です。
 え……つ、強え。

 MVPはおそらく最も問題ある意地悪トラップの情報を探り当てた方へ。
 脱出がとても有利になりました。

 それではまた。皆さんのご参加を心待ちにしております。pipiでした。

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