PandoraPartyProject

シナリオ詳細

【I.L.E】窓辺の貴婦人と『頼み事』

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 ――雨に濡れた身体は随分冷えていた。
 その日、深緑アルティオ=エルム首都である大霊樹ファルカウに霧がかるほどの雨が迷宮森林に降り注いでいた。
 恵みの雨。晴れた後に見る事の出来る煌びやかな新緑の景色は、或いは古い幻想の種族間で自然を育む慈しみ深い雫だとされているが、その認識は他種族だろうと変わらず。
 時と場合によっては不運を嘆く材料にもなるのはお約束である。
「あーもう、どうしてこんな時に降るかなぁ」
 幻想種の少女がまさに"それ"。
 長い耳を隠す様に垂らされた藍色の二つ結び(ツインテール)を揺らす度、少女の毛先から雫が撒かれる。
 少女『ニウル』は迷宮森林の深部手前、ファルカウより少し離れた位置で暮らす集落の娘だ。
 彼女は母親に言い渡された調合薬の素材として扱う薬草を採りに外に出ていたのだが、運悪く土砂降りに遭ってしまい、挙句に採取した薬草を全て落としてしまったのだ。
「しかも道に……迷った……?
 嘘でしょぉっ、たかが雨でなんでこんなに……わひゃあ!?」
 木々の合間から降り注ぐ雨粒は視界を遮り、普段と様相の異なる森にニウルは惑わされて行く。
 迷宮森林に住まう幻想種といえど経験浅い身では迷いもする。ただ、経験が浅いのと未熟ではまた違う話でもあり、ニウルに至っては前者の括りであった。
 少なくとも落雷の気を感じ取った瞬間に手近な樹木の陰に滑り込む動きを見せる程度には。

「はぁ、これは長引きそうかなぁ……でもなんで雷? 最近はこんなの無かったのに。
 って――? うわっ!? 何、これ……」
 思案する彼女の背後に突如現れたのは、『窓』。
 一辺四尺ほど。白い茨状のアーチが半円を描いた中へ填め込まれた硝子には人と花が踊る様が表現され、窓枠を囲むように暗闇に浮かび広がる白い壁は大理石の質だった。
 ニウルは首を傾げると同時にハッと周囲を見回す。
 もしかすると知らず知らずのうちに自分は何者かの敷地に踏み入ってしまったのではないかと思ったから。
 しかしその予想は外れ、暗闇に浮かぶ窓辺以外にはまだ生木の香り漂う樹木の内と外側しか見えない。
「もしかしてこの樹に住んでるのかな……? あの、こんにちはー! どなたかいらっしゃいませんか?」
 よく磨かれた硝子戸に触れる事を躊躇いながらも、意を決して少女は声を挙げながら戸を小さく叩いた。
 窓の向こうはうっすらと白く閉ざされたカーテンが見えるだけで、中の様子は伺えない。或いはどこかの誰かが住処を棄てた跡なのかもしれないとニウルは想像していたのだが。
「――あら。
 こんな所に人が来るなんて珍しい事もあるのね、ごきげんようハーモニアのお嬢さん」
 ニウルの想像に反して聞こえて来たのは女性の声だった。
「わぁ、本当に誰か住んでるなんて……! 私はニウルっ、この近くの集落に住んでるんだけど、実はいま外では凄い雨が降ってて……っ」
「まあ……薬草を落としてしまったなんて、それは大変ね……でもごめんなさい。
 何か温かい物を用意できたらよかったのだけれど、今は何も無いの。毛布で良ければ譲れるわ」
「えぇっ、それはそのぉ……押し掛けちゃったのはこっちだから悪いよ」
 物腰が柔らかで、艶のある声色。暗闇に淡く浮かぶ窓辺に耳を傾けるニウルは、勝手に貴婦人めいたものを思うのだった。
 ゆえに、毛布なんてきっと高価に違いないと首を振った。
 そこで暫しの沈黙が流れた後、窓辺に寄り添っているであろう貴婦人は囁くようにニウルへ「ではこうしましょうか」と提案する。
「あと少し、半刻ほどで雨は上がるわ。そうしたらあなたに此処から近い場所にある薬草の在処を教えましょう。
 その代わり……期限は問わないわ、あなたができる時にやってくれればいいから。私の頼みごとを聞いて下さるかしら?」

●貴婦人の頼み事
「皆様に深緑からの依頼があります」
 と、『迷走屋』ミリタリア・シュトラーセ(p3n000037)が集まったイレギュラーズに依頼書を配る。
「深緑、アルティオ=エルム。近頃は彼等からの依頼も増えて来ています、それだけ皆様の信用度も上がって来ているのでしょう。
 今回皆様にお任せしたいのは彼の地、迷宮森林で暮らすハーモニアの集落を守護していただくと同時に、深緑に侵入した賊の一団を発見次第撃退して頂きます」
 ミリタリアは順を追って説明を始めた。
 先日、とある集落の少女がファルカウの自警団へ賊の襲撃を予告した手紙を送った事が始まりだという。
 賊の人数は十二名。迷宮森林に侵入した輩は手始めに幻想種の少女を二名襲い、その後"運良く深部の手前まで到達した際に訪れる集落"で更に略奪を行うつもりらしい。
 だが、ここまで聞いたイレギュラーズも首を傾げる通り。これらは全て未だ起きていない。
「本来なら質の悪い悪戯や冗談で済まされる話でしょうね。最近は不埒な一派があの森へ姿を現す報告も上がっていますから、
 現地の人々の中には外部から来る悪いモノが来る夢を見てあたかも託宣のように触れ回る方も極稀にいます。
 ですが……ファルカウ周辺の自警団が調べた所、少女が手紙に書いていた通りに深緑の国境沿いで幻想種の少女達が行方不明になっている事が発覚しているのです」
 その場に不穏な空気が流れる。
 つまり、真偽はともかく彼の地に賊と思しき者達が入り込んだ事は間違いないらしい。
 この連中は土地勘がある筈の自警団の捜査をある程度欺けるだけの練度と隠密性を有している。次の被害は出ていないものの、賊が深緑を出て行った情報も掴めていないのが現状である。
「被害に遭った少女達の村周辺を自警団が捜査する一方で、皆様には手紙に記されていた最終目的地である集落へ先回りして周辺を警戒。
 現地にて不審な人物を見つけた場合は速やかに捕らえて下さい」

 下されたオーダーに一同が頷く。
 その様を見て、ミリタリアは手元の文書に目を落とした。
「これがもし本当ならば、この集落に住む少女は何者なんでしょうね」

GMコメント

 ご機嫌麗しゅうございます。
 敵の詳細は不明ですが、とりあえず幻想種以外はとっつかまえるくらいの勢いの依頼です。

 以下情報。

●依頼成功条件
 幻想種の集落を守り切る

●情報精度
 Bです。主に敵側の詳細は不明ではあるものの、今回皆様に行っていただくのは『現実に起きる筈だった不測の事態を防ぐ』ことです。
 つまり予告された展開以上の事は起きません。

●予知? 予告?
 必然か偶然か、いずれにせよ『迷宮』とまでいわれる広大な森林を闇雲に探し回るくらいならば予め推測が及んでいた地点に最高の護りを置くのは必至。
 自警団が捜索している間、深緑に入り込んだ賊が次に狙う可能性のある集落を守るのがイレギュラーズとなります。

●ロケーション
 ファルカウから遠過ぎず近過ぎぬ程度に位置するこの集落から半径600m圏内は森しか見えません。
 川や洞窟すら無く、無策に外へ出て捜索に乗り出せば集落に帰還する事すら難しくなります。
 集落の人口は二十四名。全員が幻想種であり、その内男性が八名と女性が十六名です。
 ツリーハウスの様に大きな樹木や枝上に建てられている民家が数軒、明確に集落と外を分けるような境界線などが無い『森林』の中そのまんまといった印象。(フィールド:森林)
 樹木や草葉などの障害物も多く、視界は良好とは言い難いですが。木の上を除けば足場は悪くありません。

 皆様の到着時は時刻が深夜を回った頃となりますので、光源が無い場合は相応の視界となりますが。そもそもいつ賊が来るか不明です。
 尚、集落の人々はファルカウ自警団からの注意を受けてある程度警戒はしているものの『ほぼいつも通り集落の周辺で日々の仕事をこなしている』状態です。

●敵エネミー
 謎の賊が十二名。道中で幻想種の少女を二名捕らえています。
 メタですが判定上は1D4を二度振るい、出目に応じた敵数が襲撃。三度目の襲撃時に残戦力投入という流れになっています。
 OPで示唆されている通りの性能が大体の敵性能・行動となっています。
 彼等を全員撃破・捕縛しなくても構いません。被害に応じて彼等も撤退を考える場合もあるでしょう。

 以上。

 難易度は一般的なノーマルといったシナリオバランスですので、皆様の工夫などがあれば如何様にも対応出来ると思います。
 皆様のご参加をお待ちしております。
 ちくわブレードです、よろしくお願いします。

  • 【I.L.E】窓辺の貴婦人と『頼み事』完了
  • GM名ちくわブレード(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年08月02日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノアルカイム=ノアルシエラ(p3p000046)
絆魂樹精
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
フレイ・カミイ(p3p001369)
アト・サイン(p3p001394)
観光客
七鳥・天十里(p3p001668)
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
フィール・ティル・レイストーム(p3p007311)
特異運命座標

リプレイ


 星空は天にあるばかりではない。
 深度を増す夜に浮かぶ星と対を成す様に足元に広がる、淡く発光する自然の仔達がそれを体現する。
 迷宮を彩りし深緑放つ光は夜闇を暴く様な照らし方をしない。
 迷宮森林――その深部に近い位置に忽然と姿を見せる集落は、深い夜の中に在っても未だに眠る事無く佇んでいた。

 幻想種の男性が運んだ物を観察してから『観光客』アト・サイン(p3p001394)は訝し気に見上げた。
「そんな顔をしないでおくれ、私達は君達と違い森と共に暮らす民なのだ。
 夜には夜の掟がある。それにこの辺りの森を歩くのに火の気を扱うには些か窮する、夜間はそれが代わりの光源となっているのだよ」
 白髪と共に長耳をひくんと揺らす若い男。
 彼がアト達に頼まれて運び込んだのは夜間の採集に往く際に使用している光源や魚籠に用いる道具である。
 打つ事で発光する性質の樹木の枝や、森林の深部に棲む『枯れ蜘蛛』の垂らす糸で編まれた網等々。
「まぁ、要はこれから来る侵入者を騙せれば良いわけだからね」
 そういう意味では、普段から集落の人間が使う物を拝借出来た事は意味があるとアトは言いながら、樽の中へ接着剤をボドボド流し込んで行く。
「ファルカウの自警団も言っていたが、本当に来るのかね?」
「『来てしまった』時の為に僕達は来たんだ。それよりもアロ、外出を控えるように伝えてくれただろうか」
 アトの傍らで恋屍・愛無(p3p007296)はアロと呼んだ幻想種の男に質す。
「伝えてあるとも、罠をここら一帯に仕掛けると言われては伝えないわけにはいかない。
 それと、君に言われた【緊急時の連絡手段について】……改めて確認したら驚いたよ。
 実は遠距離間で使用できるテレパスの術式陣を用意してあるのだが――どうにも先日の落雷で壊れてしまったらしい」
「……」
 アロの声は穏やかなままだったが、彼の背後で様子を見守っている幻想種の女性の表情は険しい色を示している。
 緊急時の外部連絡手段が断たれていた事は彼等にとって良くない報せのようだった。

「こんな都合よく深い森に入ってまで人さらいしに来るのかな」
 愛銃を手の中で回して弄ぶ『ガンスリンガー』七鳥・天十里(p3p001668)の気怠そうな声が一同の心境を物語る。
 彼等が集落に来たのは他でもない、とある手紙の内容が発端なのだから。
 『タブラ・ラーサ』ノアルカイム=ノアルシエラ(p3p000046)とフィール・ティル・レイストーム(p3p007311)は集落を見上げて首を傾げる。
「襲撃を予告した手紙か……なんだか気になるね」
「どちらかと言えば『予知』って感じがするけど――ホントだとしたら、そこまで正確な予知能力を持ってるなんてビックリだけど。ギフトなのかな?」
 手紙を書いたのはどこかの集落の少女らしい。今はまだやるべき事が多い為にそちらへ往く事は憚られるが、この一件を終えたなら会ってみたいとも思う二人。
 予知という単語にアトの作業を手伝っていた愛無が目を細める。
「未来予知。そんな物が本当にあるなら……金になるな。実際、その利用価値は計り知れない」
「予言、すでに一部当たってるのが恐ろしいわね」
 『学級委員の方』藤野 蛍(p3p003861)は持ち込んだ少女型ロボットを起動した。
 すると、そこへ蛍の足元で歩く愛らしいロボット達を指差し幻想種の少女達が樹の上から降りて来る。
「まぁかわいらしい、それは何かしら」
 どうにも好奇心に抗えぬ彼女達はアロからの報せを聞いても普通に外を出歩いている様だ。
「こんばんはー、あはは。集落の代表さんから聞いてるよね、いまは外に出て来ると危ないから中にいた方が良いと思うな」
「ほらほら。お家に帰らないと人攫いが来るよー」
 天十里が上手く笑顔を交えて諭しに向かうのにノアルカイムもついて行く。

 一方『黒のガンブレイダー』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)はそんな彼女達を眼下に。樹の枝上に腰掛ける少女に近付いていた。
 少女は星空と同じ髪色をした二つ結びを揺らして、何か書いている。
「こんな所で何を――
「こんな所でなーにしてんだ? まぁ、丁度良いか。集落の奴等ほとんど引っ込んじまったから話聞くの面倒だったんだ。
 この辺りの地形について教えてくれるか、あとついでに友達とか今度紹介してくれると嬉しいねぇ……ん?」
 少女に何事か訊ねに近づいたフレイ・カミイ(p3p001369)とクロバの目が合う。
 男二人の微妙な空白。
 違うナンパじゃないぞ、これは幻影の精度に必要な事だから――ああ、俺もこれはハッピーになる一石二鳥のアレだから。
 そんな思念をテレパスばりに交わした彼等は理解し合えたと頷き、互いに「幻想種の女達を助けるぞ」と誓いを立ててその場を後にする。
 あれ、地形図……と置いてかれた少女は後で戻って来たフレイに渡したのだが。

「ちょっとそこの男子達ー! ちゃんと作業しないと進まないでしょー!!」
 もちろん彼等は委員長に後で叱られるのだった。

●【バッドラック】
 耳元を掠める羽虫の音にフィールは微かに耳を跳ね上げた。
 気を取り直して、彼は目の前の名も知らぬ紫紺の花蕾に手を添えて語り掛ける。
「起こしてごめんよ。ボクら八人以外の怪しいヤツが来たら教えて欲しいんだ……そっちの方が怪しい? それは違うよボクらは……」
「【フィール君、これでこの辺りの罠は充分みたい。一度集落まで戻りましょう】」
 蛍がハイテレパスによる念話で声をかける。
「あぁ、今行くよ」
 眠る森の静寂を乱さぬように配慮した囁きに、植物達はそよ風を伴って応じてくれた。
 断片的ながらも明確な意思を以て答えてくれた事に短く感謝の言葉を添えてフィールはその場を立ち去る。
 未だ幻想種以外に何者かが現れたという情報は何処からも無い。集落に到着して一刻の時が過ぎている事を鑑みれば、それは幸か不幸か。
「【森のノイズが酷いから感知精度に不安があるが、こちらも特に不審な影は見つかってない】」
「【こっちも幻像で釣ろうとしたが外れだ……精度も中々の出来だったんだが】」
「【うーん……例の手紙に襲撃時間も書いてあったなら良かったのに】」
 先頭を行く愛無にフィールとクロバ達が続く。
 彼等の中心で罠の資材である枝切れやロープを抱えた少女型ロボットを従えた蛍を中継に、口を一切開かぬまま辺りを索敵しつつ集落へ後退して行く。
 アト達『A班』と彼等『B班』の情報共有は蛍のファミリアーを通す事でほぼ完璧である。

 ――完璧だからこそ、襲撃の報せは突然だった。

 敵の発見はA班側。
 蛍がファミリアーと五感を共有した時には既にアト達が慌しく闇の中を駆け抜けている最中だった。
『【天十里君? 何かあったの!】』
「ああ、どうやらお客さんが上手く罠に掛かったみたいだよ」
「どんな移動をしてたら両足ごと縛られるんだか……」
 アトの声と、クロークに紛れさせたまま抜刀する音。
「見つけた見つけた。女の姿はねーな? どうよ七鳥」
「あっちのおマヌケさん入れて敵影2……下の自由になってる敵は僕が先にちょっかいだしとくね」
 フレイと天十里の姿が夜闇の中で加速し、草葉が揺さぶられる音が連続する。
「ぬぅ……ッ!?」
 闖入者の様相は如何にも闇に紛れ、森林の中に身を隠す目的で深い緑の迷彩服に全身を包んでいた。
 木々の側面を蹴りつけて距離を詰める天十里の銃撃が三度瞬き、暗闇の中で飛沫が散る。
「くっ、手を貸せ! このロープ、ファルカウの枝で編み上げてあるんだ!」
「無理だぁ!!」
 意外にも仲間を置いて逃げない賊の一方は折れ曲がった短剣を棄てて、新たに両手に短剣を構えて夜闇の奥から迫って来たフレイへ挑みかかる。
 だが。
「丁度獲物は釣れてるみてぇだし……んじゃ、遠慮なく――」
「……!! ッがぁ!?」
 賊の目には素人同然の身体捌きにしか見えなかったフレイの姿が、突如残像を闇の中に置き去りにして消失。
 いつの間にか懐に入り込んでいた朱い髪の軌跡を目で追う前に、胸元へ突き立った轟拳が賊を打ち貫いて一撃で昏倒させた。
 後に続く衝撃波が背後で宙吊りになっている賊を揺らす。
 吊るされている方の悲鳴が響き渡る。
「みんな、一度周囲を再度警戒しよう。敵襲が彼等だけとは限らない」
「この辺に来てるのはこの二人だけっぽいよ! もう少し捜索範囲を広げてもいいかも」
 ノアルカイムの内に流れ込むイメージが、何処かから駆けて来た賊二人の存在を示す。
 周囲の木々は賊達を快く思っていないらしい。
「そういう事なら……あっ」
「どした」
 泡を吹いている賊の衣服を剥ぎ取りにかかっていたフレイが天十里の声に振り向く。
「アトくーん。なんか、委員長の方で見つけたって」
「賊か……詳細は?」
「んー、それがねぇ」

 ――" 追跡中みたいだよ? " と言う天十里の声と、蛍の横を通る風切り音が重なり合う。
「っ、あぶな……!」
 闇夜からの襲撃者を相手に反応できたのは運もさながら、暗視器の類を備えていた事が功を奏した。
 罠を無作為に幾つか不発させていた所へ駆け付けたB班の面々を頭上から襲撃したのは、四人組の迷彩装束に身を包む男女だった。
 それもアト達が遭遇したのとは些か様子が違う。
「見つけたぞ金髪のハーモニア……」
 賊達の装束の合間から抜き出された短剣が鈍く照り返す。
 隠しようのない濃い殺気がイレギュラーズに向けられたのを感じて、後衛を庇う様に前へ出た愛無とクロバの二人が互いに目配せする。
「……随分好戦的だな」
「その方がやり易いけどな」
 愛無は冷静に闇に浮かぶ敵の輪郭を捉えながら、相手の次の行動を予測しようと分析する。
 クロバが背中のガンエッジへ手を伸ばした間際。
 賊達の視線が一部強く、フィールに注がれている事に彼(フィール)自身が気付いた。
(ボクを狙ってる? それとも幻想種だけを……?)
 意味ありげな敵の言質に首を傾げたのも束の間、フィールの眼前でクロバが真っ先に躍り出る。
 身を翻しながらの振り下ろし。大剣を揮う膂力に任せたその動作に、機動力に自信のある賊達は僅かに失笑を浮かべた。
 だが、クロバの背負う大剣はただの剣に非ず。
「――!!」
「目くらましだ!!!! これがガンブレイダ―の戦い方だと身を以て知ってもらおうかッ!!!」
 煌めく白銀の刃が内から爆ぜたかのような閃光。
 深い夜闇の中に在って突然すぎる陽光との再会に賊達の眼が潰れた瞬間、暴威そのものと化したクロバの豪快な一閃が賊の一人を血飛沫と共に吹き飛ばした。
 フィールが放った遠術が賊を一人打った所へすかさず愛無が鋭い動作で打ちのめし、怯む賊達に罠作成用のロープを巻き付けて引き付ける。
 蛍がそこで数秒意識をファミリアーに繋いだ。
「【こっちで襲撃者四人と交戦中よ! 落ち着いたらもう一度連絡するから集落の警戒よろしくね!】」
『【りょーかい】』
 その時視界に入ったフレイからの応答を聞いて蛍の意識が鮮明に戻る。
 激しい剣戟。鞭打つように振るわれる槍。度重なる遠術式。
 僅か数十秒の間に戦況は決しかけていた。
 先手を取った意味を最早失うレベルでクロバの先制が効いた賊達は、術式放つフィールをまともに相手する事も出来ず。
 猛攻の白刃を繰り出すクロバと共に絡め取る様な詰め方で迫る愛無。二人を前にして、程なく三人の賊は生け捕りにされるのだった。

●誰かの頼み事
 襲撃者達の正体はいずれも獣種の男女だった。
 集落から少し離れた陰で、ノアルカイムの穏やかな声が暫し紡がれる。
「このまま黙ってても良いけど、こっちには黙っていられない怖いお兄さんがいらっしゃるんだよね」
「女どこだ、俺より先に手出してたらここで殺す」
「連れ去った幻想種の二人は無事なんだろうな?」
 特に示し合わせたわけではない筈だが、ノアルカイムに応じて見事なまでに強面の二人が拳と眼力を光らせる。
「……ゴクリ」
「ねえ、自分が一番嫌だって思う事思い出してみて? きっと期待に応えてくれると思うよ」
 喉を鳴らすばかりで何も言わない厳つい猫耳の大男へ今度は囁くように。
 次いで、震える虎の女の前に蛍が屈み語りかける。
「ねぇ捕虜の貴方。その傷や異常で、森を抜けるまで保つと思う? ボクなら癒してあげられるけど……」
「それは願っても無いが……」
「馬鹿お前っ!?」
「でも、どうしようもないでしょうこの状況! アタシ達死ぬか生きるかの瀬戸際だってんだよ!?」
 堪え切れず叫ぶ彼女の言う通り、最早疑いようもなく相手はギルド・ローレットの特異運命座標。ここから彼等が解放される未来は殆ど見えない。
 知ってる事を全部吐けば悪い様にはしない、と彼女達は等しく言う。
 普通なら信じないし口を割りはしないのだが――

「……口を割ろうとする『フリ』をして時間を稼ぐ可能性もある。
 あと一分しない内に "彼" から聞いた話と差違の無い話ができないようなら、彼等への尋問も僕がするよ」

 冷徹な声が暗がりの中から聞こえて来る。
 薄らと。布を被せた角灯の内でナイフを炙っているアトと愛無の姿が暗がりの中で佇んでいた。
 ほかの襲撃者達は彼等の傍らで吊るされている仲間の無残な姿に更に息を呑む。全身を刺され、催眠によって口を割られた者の顛末を如実に語っている光景だった。
 もしもノアルカイムと蛍の提案を呑まないなら、想像するまでも無く同様の一途を辿る事になるに違いなかった。
 襲撃者達はそれぞれ顔を見合わせ、やがて結論を出す。
「……何から、話せばいい」
「攻撃計画。攫った子供を誰が連れているか。あとはこれから僕の言う通りに従って貰う」
 
 ────
 ───
 ─
 木々の上を伝い駆ける新たな襲撃者達はその脇に幻想種の少女を二人抱えている。
 彼等は一様に、先の襲撃班と異なりアト達が仕掛けた罠を巧みに回避し。時には誤作動させてやり過ごしながら幻想種の集落を一直線に目指していた。
 彼等はラサの砂漠を根城としている【密林に堕つ群豹】と名乗る暗殺集団、非公式の犯罪ギルドである。
 本来ならば主に都市部での汚れ仕事を請け負う彼等だが、今回の目的は帰還を半ば放棄する事を強制された任務だった。
 それもこれも。
 数日前に彼等のギルド宛で手紙が送られたことが元凶であり、その差出人を一刻も早く捕らえて口封じする事が目下の急命だったのだ。
 頭領が血相を変えるとは一体、どんな文面だったのか。
 彼等下っ端には想像もつかない事だ。

 ……そして、その先は知り得ない事でもある。
「距離400に敵影1」
「読まれていたか、だが一人とは!」
 襲撃者一味の中で索敵を担う女が超視力を用いて、進行方向で立ち塞がる天十里の姿を認める。
 先行させていた仲間の顛末は【ファミリアー】で確認済みである。襲撃者達は、口を割ったであろう仲間達を半ば糾弾する思いで舌打ちするが、次の襲撃を恐れ索敵にばらけさせたのが運の尽きだとも嗤った。
 拷問がなんだというのだ、と。
 格の違いを見せてやろうと先頭のリーダー格の男が抱えていた少女を羽交い絞めに盾にしようとした瞬間。
「その、汚い手を───!!」
 森の草葉を被るように迷彩服を纏っていたノアルカイムの声が。
「お勤めご苦労サン。んで──くたばれクソ野郎」
 彼女(ノアル)と襲撃者達の側面から挟撃するフレイが樹を蹴りつけて飛来する。空を切り裂く音とが重なり響いた。
 天十里が人質を避けて銃撃した直後に絡みつくマジックロープが一人落とし、衝撃波を伴い殴り飛ばされた襲撃者が人質から手を離してしまう。
 小さな悲鳴に駆けつけたノアルカイムが少女を抱き止めてそのまま戦場を離脱する──!

 宙に半ば飛び出したノアルカイムはもう一人の人質の行方を見ようと振り返る。
「本当に人質に使うとはな。だがここまでだ!!」
「あとは任せたよクロバ……!」
 光の刃が夜闇を眩く照らして立ち上がった、その脇でフィールが金髪の幻想種の少女を抱えて枝上から飛び降りている姿が垣間見える。
 狼狽える襲撃者達は逃げ場を完全に失う。
 彼等は大きく読み違えたのである。自分達が罠を巧く掻い潜り、常に有利な位置にいると錯覚させられていた。
 元よりアト達が考案し、仕掛けた罠の多くは彼等襲撃者をこうして一網打尽にする事を目的にした配置になっていたのだ。
 こうしている今も闇の中で観光客は次の策を練りながら機を見ている事だろう。
 尤も。彼の予見が正しくばこれで詰みなのだが。

「必殺剣──ディバイン・ディバイドッッ!!!」
 眩い閃光は迸るエネルギーの刃と化して襲撃者達に振り下ろされるのだった。



 夜明けを迎えた頃。
 イレギュラーズはファルカウの自警団の到着を待ちながら集落で思い思いに過ごしていた。
 というのも人質にされていた少女達を連れてフレイがデートに飛び出して半ば解散しているからなのだが。
 フレイ達の微笑ましい声が聴こえて来る中。
 蛍やノアルカイム達は一軒の民家を訪れていた。
「……あの子が?」
「ええ、その。どうもあの手紙はニウルが出していたようで……娘は今後どうなるのでしょう?」
「ボク達はどうこうしないけれど……」

 眠る少女の側に置かれた数枚の便箋を見下ろしながら、彼女達は不穏な物を感じて顔を見合わせるのだった。

成否

成功

MVP

アト・サイン(p3p001394)
観光客

状態異常

なし

あとがき

後日、ファルカウに引き渡された襲撃者達から繋がったラサの犯罪ギルドが潰された話をあなたは耳にする。
そして同時に、新たに不穏な内容の手紙が絡んだ依頼を目にする事にも……

というわけで成功でございます。
お疲れ様でしたイレギュラーズの皆様。

MVPは全体の行動の要となっていたあなたに。
またのご参加をお待ちしております。

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