シナリオ詳細
<果ての迷宮>泡沫揺蕩う
オープニング
●果ての迷宮
その迷宮は幻想王都メフ・メフィートの中心にある、広大な地下迷宮を指し示す言葉。この迷宮(ダンジョン)の踏破は建国以来の悲願である。
これまで幾人もが失敗し、帰らぬ人となったそこへイレギュラーズはまた足を踏み入れる。
その先に何を見るか。金か。宝か。名声か。それとも。
何であれ、すべき事は変わらない。
──さあ、行こう。更に奥深くの階層へ。
●覗き込めば暗闇の
幾つかの階層を越え、新たなるセーブポイントを開拓したイレギュラーズたち。
再び果ての迷宮へ足を踏み入れた彼らを招き入れたのは──青の世界、だった。それは以前進んだことのある蒼穹とはまた異なる青。
「……海?」
「みたいだわいね」
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)の言葉にペリカ・ロジィーアンが頷く。見渡してみれば、一同はどうやら泡の中にいるらしい。ペリカの視線は自分たちを取り巻く泡から上へ。そして下へ。
上はどうやら水面のようで、差し込んだ光が揺らめいている。澄んだ水色がとても幻想的だ。しかし水底は真っ黒な暗闇に包まれ、何があるのか、どこまで深いのかも定かでない。
シャルルは足元を見下ろし、1歩踏み出した。若干柔らかい足場だが、戦闘くらいは問題なく動けるだろう。そうしてシャルルは半透明な壁へ手を伸ばす。少しの抵抗と、そして──とぷん、と手が向こう側へ。
「水、っぽい……?」
「でも、普通の水や海水とは違うみたいだわさ」
変な感じがする、と同じように水へ触れて首を傾げるペリカ。シャルルはその身を泡の向こう側へ躍らせると、暫しして泡の中へ戻ってくる。イレギュラーズの目から見ても『普通に泳いでいる』ように見えたが、ペリカは難しい顔をした。
「水ではあるわいね。でも、完全な水とも言い切れない……皆、いつもと違うことがあるかもしれないわさ」
こればかりは各自に試してもらう他ない。イレギュラーズは種族も世界もまちまちなのだから。
ペリカは続いて、ゆっくりと浮かんでくる泡たちへ視線を向けた。ぽつぽつと上昇してくるそれらの間隔は──泳げる者なら溺れず着けるであろう、といったところか。
「この階層は泡と泡を経由して、あそこまで行くってことになりそうだわねい。あそこにきっと階層守護者もいるはずだわさ」
示したのは今いる場所よりずっと深い、暗闇に包まれた場所。浮かんでくる泡たちの下にぽつりと見える、ひと際大きな泡。その中にはどうやら建物があるようで。
──竜宮城?
誰かがそう呟いた。崩れないバベルが言葉を翻訳し、そんな建物がとある物語に出てくるのだと認識させる。
物語になぞらえるならば、竜宮城で待っているのは乙姫様。今回の『階層守護者』と考えて良いだろう。
「多分そんな感じわいね。底は竜宮城のある場所よりもっと深いようだけれど、あまりむやみに向かわない方が良さそうだわねい」
竜宮城を見下ろすペリカ。ゆっくりと浮かんでくる幾つもの泡は、竜宮城の周り以外で発生しているようには見えない。もしかしたら更に下のどこかで発生し、竜宮城近くのそれに紛れてしまっているのかもしれないが──このスタート地点からでは判断できないようだ。
ペリカはくるりと振り返り、イレギュラーズへ湖水色のような瞳を向ける。
「今回も……わいね。場合によっては撤退の指示を出すつもりだわね」
これまで進もうとした者のうち、帰ることができなかった者は少なくないだろう。イレギュラーズもそうなってしまわぬよう、依頼達成より命が優先されることもある。
「でもここまで順調だわさ。きっとイレギュラーズならこの階層も大丈夫ねい」
からりとペリカは笑って、今最も近い泡を指差して。
「さあ、準備ができたら行ってみるわいね!」
●音響きて
ぽろろろん。ぽろろろん。
音は小さな泡沫になり、間も無く霧散する。
ぽろろろん。ぽろろろん。
女は引き続ける。その音は囚われてしまいそうで、どこか嫌な予感をさせるもので。
女に傅くは魚の頭を持つ者たち。誰も彼も──この階層への来訪者(侵入者)を、待っている。
- <果ての迷宮>泡沫揺蕩うLv:7以上、名声:幻想30以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年06月09日 22時25分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●泡沫揺らめき
半透明な泡越しに、ゆっくりゆっくりと幾多もの泡が浮かんでいく。
形容するならば池、湖、海──そんな、大きな水溜りの中の世界。
「こ、こんどは水ですか。いよいよ何が出ても驚かなくなってきましたよ」
前々回より再度の挑戦となる『こそどろ』エマ(p3p000257)は「えひひひひっ」と笑ってみせる。前々回は宇宙的空間。今回は水の空間。これ以降どんな階層があってもおかしくはない。
「流石は噂に名高き果ての迷宮、外では見られそうにない光景だね」
『メイドロボ騎士』メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)はほう、と感嘆の吐息を漏らした。レンズのような瞳には水の視覚的な温度を。そしてもう片方の瞳には光の差しこむ幻想的な景色を映している。見たところ、ただの水──そう、見たところは。それは温度視覚を持つエマの視界であっても変わらない。
ペリカ・ロジィーアンの違和感に答えを出したのは、水を飲んでみようと泡から顔をつっこんだ『観光客』アト・サイン(p3p001394)。ギフトの力もあるから、毒じみた何かでなければ大丈夫──なはずだったのだが、アトは勢いよく顔を戻すと同時に咳き込む。その表情に渋面を浮かべ、アトは仲間たちを振り返った。
「大丈夫? ……飲めない水だった?」
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)の問いにアトは「いや、」と頭を振って。その言葉はけれどと続く。
「どうやら、どうあっても呼吸できないみたいだよ」
鼻へ水が流れたためか、ツンとした痛みが残る。しかし水は飲めるし味もただの水だったから、この痛みがどうこうというわけではないだろう。
この水は海種を始めとした水中での行動に有利な者へ、その呼吸を許さない。それがペリカが直感的に抱いた違和感の正体らしい。
「一先ず、酸素ボンベはあるから万が一息が持たなくなっても何とかなる。それと、ラルフ。ジェットパックの改造をしてほしいんだけど」
頷いた『イルミナティ』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)がアトのジェットパックへ防水を施す間に、一同は泡の中から見て取れる情報を探す事とした。
振り返るようだが、まずは水だ。この階層いっぱいに満たされているのか、それとも上へと向かえば水面が──ひいては空気があるのかは不明だが、この泡の中にいる仲間たちの中でそれを積極的に調べようという者はいなかった。それは目標となる地点が下に見えているから、かもしれない。
「今の所、水面に関する仕掛けはなさそうだしねい。基本的な仕掛けとしては、泡と魚人でよさそうわい」
ペリカも頷いて、けれど終始気を配っておくとイレギュラーズへ告げる。先程水の中から戻ってきたシャルルが髪に含まれた水を軽く絞りながら、「あと水も、ね」と付け足して。
その姿を見て、そして頭上のモヒカンを見上げる影1つ。その視線はすぐに下の方へそそがれる。
「なら、この水の中をひたすら潜っていかなきゃいけねぇのか。こいつぁモヒカンに優しくねえな! ……誰か髪留めとか持ってねえ?」
視線を戻した『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)は仲間を振り返った。このまま進めば、濡れて自慢のモヒカンが崩れてしまう。それは犬と遭遇するよりも、いいやそれと同じくらいに避けたいことだ。
そう、避けたい事だったのだが──迷宮に泳ぐ階層があるなどと、一体誰が予想するだろう。
「これしかないねい」
ペリカはすまなそうに自分の髪をひょいと摘んで見せて。髪先をリボンで纏めているが、例えこれを貸してもらったとしてもモヒカンを崩さずにいられるかは──いや、無理だろう。仕方がないが、この階層を攻略したら早急に髪を直すこととなりそうだ。
「ペリカちゃん、確かめに行ってくれてありがとね~。このお水の中をお散歩して進んでいくのねぇ」
楽しそうだわ、と視線を下へ落とす『夢色観光旅行』レスト・リゾート(p3p003959)。暗視を持つ彼女の瞳は、暗闇にぼんやりと見える泡でさえもしっかり見えていることだろう。
「う~ん……仕掛けや仕組みはないかしら? 進みながらまた探してみるわね~」
このまま進めるのならば、この階層は『泡から泡へと経由して竜宮城へ進む』という単純な攻略方法となる。最初の階層や、前回の階層とは大違いに。けれどもそう油断できないのはここが『果ての迷宮』だからこそ。
「水も、泡も。それに──竜宮城も」
呟くがままに視線をそれらへ向ける『青の十六夜』メルナ(p3p002292)はつと、目を細めて。
(不思議な場所とは聞いてたけど)
階層ごとに全く毛色の異なる迷宮。この空間でさえも迷宮の一部だなんて、目にしていてもどこか信じがたいような気さえして。
「……本当に不思議なものばっかりだね」
「ああ、本当だな。竜宮城には何があるんだろう?」
『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は興味津々な瞳でひときわ大きな泡を見下ろす。下から上がってくる泡と比較しても大きなそれは、近づけばもっと大きく見えることだろう。
リゲルは浮かんでくる泡をゆっくりと見上げて、そして振り返るとペリカとシャルルの名を呼んだ。
「同行を有難う。危険を避けながら、探索や調査への専念を頼むよ」
「任せてほしいわいね!」
ペリカはがってん承知、というように揃えた手を額へかざしてみせて。笑みを浮かべたリゲルはシャルルへと視線を移す。
「シャルルは戦えそうなら宜しくな!」
よろしく、と返したシャルルは一層深みを増した青の瞳をイレギュラーズたちへ向けた。
「皆、泳ぎは大丈夫? 必要なら引っ張るけれど」
「……我、泳いだ事はないのだが」
果ての迷宮と縁ができたことは純粋に喜ばしいこと。けれども──そう、キドーがそうであったように。まさか水の中を進むことになるとは思いもしなかったのだ。
そんな『鳳凰』エリシア(p3p006057)の言葉にシャルルが視線を向ける。しかしそこへアトが大丈夫だ、と2人を見た。
「僕が先行して、これで皆を引っ張るよ」
これ、と示したとは1本のロープ。かつて深緑の幻想種が愛する探検家のために編んだと言われるそれは、長い時を経てもまるで劣化の様子は見られない。アトがこれで仲間を先導するならば、はぐれる者も出ないだろうし、泳げない者も息を止めているだけで体は動く。その分アトの負担が増えるだろうが、そこはシャルルやペリカの補佐の出番だ。
「でも、先行する方と後から引っ張られる方……息は持つのねい?」
「えひひひ、基本的な移動方法はラルフさんやアトさんがなんかヤバそうなこと考えてますよ」
ねぇ? とエマが振り向けばラルフが完成を告げて。防水加工のされたジェットパックは、どうやら噴出口も改良されているらしい。
「テストもしてないが、相応に速度は出る。但し無茶をやると保証はしない」
「十分さ」
改良されたジェットパックを背負い、アトはくるりと一同をみやる。
「ジェットパックって、薬を混ぜるとすごい空気が出ることを利用しているらしいよ。もし水の中で使ったら──」
想像してみよう。瞬間的に多くの空気を作り出すこの装置が、水の中で使われたら。それは──人がただ泳ぐよりもずっと大きな推進力を発揮する。
ラルフはふと視線を水の中へと移し、小さく目を細めた。
「……成程、素晴らしい環境だ」
「そうだね。是非とも絵に残したいところだけど、まずは陛下に楽しい思い出話……ではなく、いい報告が出来るように竜宮城を目指そう」
「ああ。陛下の為に死力を尽くすぞ!」
メートヒェンとリゲルは幻想王の名代となることを選んだようで。フィッツバルディ卿の名代であるラルフはそういった感情はない──むしろかの貴族の手下になった覚えもない──が、この環境を目にすることができた以上、感謝くらいはせねばなるまいと肩を竦めた。
「ミンナ、貴族にトモダチが多いんだね。オレ幻想だとリーゼロッテ以外には居ないんだよな」
そう告げる『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は、幻想において武力で優れる者が他にいただろうかと首を傾げる。今回の名代として主にあげられている3貴族の中ならば、個人の強さとしてもリーゼロッテの名が上がるだろう。他の諸勢力にもそういった者が隠れているやも知れないが、こればかりは今分かることでもなく。
「皆、竜宮城までお散歩よ~」
暗視を持つ──そしてこの状況においてもどこか観光気分な──レストの声に、一同の視線が集まった。どのようなルートを通って行くか決まったのだろう。
それではいざ行かん──水の中の世界へ。
●昏きそこへ向かって
レストが定めたルートを、その順路にある泡へ向かって、ジェットパックを背負ったアトが推進力を得て泳いでいく。くん、と張られた縄が後続の仲間たちを水の中へと誘った。
エマは鋭い五感と視覚情報として入ってくる温度を逐一チェックし、敵の少ないルートを探す。メートヒェンも同様に──けれど特に、上と下の温度差や極端に温度の違う場所がないかと目をこらしていた。
(敵は……まだ、いないかな)
メルナは泡の外に敵がいないかと視線を巡らせる。何か優れた力を持つ目ではないけれど、輪郭くらいは見えるかもしれない。その傍らで、リゲルもサイバーゴーグルをつけて水の中を見渡す。
(……海は、美しくも恐ろしい)
果てのない深淵が、まるでぽっかりと開いているかのようで。さらに竜宮城へ近づき、逸れてしまったなら再び合流などできないかもしれないと思わせる。万が一がないように気を配らなければ。
エネミーサーチで敵を探すキドーは、今いるより深い場所にその気配を感じて視線を送った。今向かっている泡ではないが、次か、その次か。回遊している敵は今の所いないらしい。
(回遊するかしないかで危険度がダンチだ。留まってくれたほうが良い)
息継ぎを必要とするが、それでも水中行動のスキルは水に対する体の抵抗を減らす。逆を言えば、それを持っていなければ水による抵抗が生じるのだ。自分を始めとして水中行動を持っていない以上、移動中に戦いたくないというのが本音である。
列の中央で縄に捕まっているエリシアは、それに体を引かれながら浮かんでくる泡を順繰りに見遣る。泡の中に敵はいないか。泡は違和感や異変を感じさせないか──罠がかかっていないかと注意深く観察して。
最初の泡へアトが入り、彼のカバー役としてすぐ行動できるように少し離れた後方へ位置していたイグナートも泡へ入る。その次にメートヒェンが、その次は。
シャルルやペリカも泡へ入り、しんがりで敵影を警戒していたレストも泡へ入ると一同はゆっくりと酸素を肺へ取り込んだ。
ふはぁ、と吸って吐いたペリカが泡を見上げる。
「空気の量は十分。どれだけいても酸欠の心配はなさそうだわいね」
それは泡の中で戦ったとしても、戦闘以外の要素に心を配る必要はないということだ。──泡がゆっくり浮かんでいく都合上、早期撃破はもちろん求められるだろうが。
「泡と泡は近づけられないみたいだね」
と呟くのはアト。その手には縄──を付けた傘の様な物がある。リゲルが『こんなこともあろうかと!』とワイヤーやらハンカチやらを出し、それをラルフが万能金属と共に改造したのだ。ジェットパックが推進力を上げるならば、これは抵抗を増やすための物。そして前衛と後衛が入るそれぞれの泡を繋げられないかという意図のもと作られたわけだが──如何せん、泡の方が大きかった。
できなかったものは仕方がない。素早く意識を切り替え、アトは次に向かうべき泡を見る。
「次はどうやら、敵がいるみたいだね。その次の泡までいけるかな?」
「ちょっと待ってね~」
レストがギフトでカメを召喚する。そうして2つ先の泡まで送り出すが、レストはその様子を暫し観察してかくりと首を傾げた。
「う~ん……流石に難しいんじゃないかしら~。距離が大きく離れているみたいだもの」
「なら、ココで1回戦だね」
イグナートの瞳が好戦的に煌めく。連戦になることは明白なのだから消耗は抑えるが、それでも誰かと戦えるのは──特に強い誰かと戦えるなら──気分も高揚するというもので。
敵のいる泡前まで泳いだアトは、酸素ボンベで呼吸を維持しながら縄を支える。そして泡越しに敵の様子を観察した。
(泡の外には出てこないが、泡の中……自分たちのフィールドに踏み込んだらすぐ気づくタイプか)
自らに蓄積された知識を元にそう判断し、出来るだけ仲間たちが近づいてから突入すべきだろうと結論づける。縄の先を向けば、列の先頭にいるイグナートが大分近づいてきたところだった。後続も追い付いてきていることを確認し、アトは閃光弾を光らせると同時に泡の中へと突入した。
「──!!」
魚人たちが一瞬の後にアトを振り返る。アトが戦闘態勢に入ると同時、後ろから飛び出してきた影が──メートヒェンが朗々と名乗り上げた。次いでリゲルが泡の中へと跳び来み、魚人たちの頭上へ火の球を降らせる。
──さあ、焼き焦げろ。その体も、その思考も。
6体いた魚人たちがメートヒェンとリゲルへ分かれて殺到する。壁役となった2人の間を影がすり抜け、敵の死角から1体へ鋭いひと突きを繰り出した。その攻撃に敵が一瞬よろけ、たたらを踏む。
シーフたるもの、奇襲こそ本懐──エマはひらりと距離を取り、短刀を構えて敵を見据える。そこへラルフの放った銀色の光条が降り、手榴弾が投げ込まれた。
「俺は嫌がらせに徹するぜ」
げへへ、と笑うゴブリン、キドー。その手榴弾は攻撃に重視したものではなく、嫌がらせ──バッドステータスを振りまくためのもの。それでもメートヒェンとリゲルへ槍を向ける魚人たちへ2人はしっかりと攻撃を受け止めて見せた。それでも庇いきれない傷を癒すため、レストのミリアドハーモニクスが飛ぶ。
「キミたちが強いのかどうか、ワクワクしてくるね!」
喜々として放たれたイグナートの放つ慈悲の一撃。シャルルの攻撃が少しずつ敵の余裕を削いで。その間に敵を直線状に捉えたメルナは刃へ煌めく光を宿らせ、リゲルやメートヒェンへ群がる魚人たちをきっと睨みつけた。その刃を足元へ叩きつけるように振り下ろせば、直線状に光の刃が地を走って射程にいた敵を巻き込んでいく。
その光は月のようでありながら──太陽の光が如く、悪しき者たちを追いつめる。その光が止んだ頃、まだ立ち上がっている魚人たちははっと上を向いた。
「一部とはいえ……これが、鳳凰の権能だ」
美しい、幻想的なまでの炎。魅了するかのようなそれが魚人たちを取り巻き、肌を焼いていく。未だ武器を向ける魚人たちにリゲルはリジェネートをかけつつ、確りと前を見据えて。メートヒェンは敵の攻撃を躱しつつ、カウンターの足技を決めた。
1体がしゅわり、と細かな泡になって消えていった。これは倒したという事なのだろうか。まだまだ油断は出来ない、とイレギュラーズは的確に、そして迅速に敵を倒していく。
最後の敵が泡となって霧散したと同時、エリシアが奏でた天使の福音にリゲルとメートヒェンはほっと小さく息をついた。
「2人とも、怪我は」
「ああ、大丈夫だ」
「私も進めるよ」
シャルルの問いに2人が頷く。ラルフは辺りを見渡し、視線を上げて「ふむ」と小さく呟いた。
「多少戻って来てしまったようだ。この程度なら然したる問題ではないだろうが」
「早いところ次の泡へ向かったほうが良さそうだね」
ラルフの言葉にアトは首肯し、戦いでジェットパックが壊れていないか確認する。そこへ戦闘中距離をおいていたペリカが近づいてきた。
「泡になった魚人だけれど、どうやら泡は水の中に紛れて消えたみたいねい。突然どこからか湧いてくることはないと思うわさ」
一応確認してほしい、というペリカの言葉にエマとメートヒェンが周囲の温度や五感で異変がないか調べる。ペリカの言う通り、水の中に霧散して跡形もないように見えた事を告げると彼女は頷いた。
「んふふ~、次はあの泡ね!」
ふわふわとしたレストの言葉に視線を向ければ、2つ先の泡。カメに先行してもらったが、どうやらここは泡を飛ばしてしまっても問題なさそうだ。
「何か楽に下へ行ける仕組みがあったら良いのだけれど、無さそうかしら~?」
首を傾げる彼女にメルナがじっと目をこらし、リゲルもサイバーゴーグルをつけて探してみる。だが、やはり何も見つからない。
「何であろうと、進んでみようじゃないか」
進めば新たにわかることもあるだろう。もしかしたら新たに不思議な事もあるかもしれない。何にせよ、進んでみなければわからないことだ。
アトは一同を促し、再び水中を進む。再びまとわりつく水の気配にキドーは微かに顔を顰めながら、しかし興味深げに辺りを見回した。
(しかし、これが果ての迷宮か。俺みたいな俗物でも、即物的な欲求よりも好奇心や知識欲が擽られる)
即物的にならぬのは、『迷宮』と銘打っておきながら良くありがちな仕掛けではないからかもしれない。この水も然り、泡も然り。特に──。
(あの竜宮城だ。どうやって泡を留めてんだ……?)
建物の大きさだろうか? それならばあの建物はどうやって建造したのか? ──ここを訪れてから、そんな疑問が尽きる事は無い。
イグナートはアトの背中からふと、後方へ視線を送って。何か調査の手伝いは必要だろうかと仲間の様子を見る。
(どんどん役立てるようにガンバりたいからね)
仲間内のハンドサインも見逃さないようにしよう。そう思いながらイグナートは再びアトの背へ視線を戻した。
泡から泡へ。徐々に光が遠くなっていく。メルナは辺りを見渡しながら小さく眉根を寄せた。
(気になる物ばかり、だけど……この、どんどん暗くなっていく場所に潜って行く感じ)
水の中で戦ったことはある。海洋の事件でのことだ。けれどその時とは全く異なって、まるで闇に沈んでいくかのようで。
──なんだかちょっと……怖いな。
そう感じてしまったメルナはぎゅっと目を瞑って。思い描くのは太陽のようであった彼──兄の事。
(こんな事で……怖がっていられないよね。お兄ちゃんなら、これくらいで怖がったりなんてなんてしない)
兄のようであれ。本来呼ばれるはずであった、兄のように。
さざ波がひくように、芽生えていた小さな恐怖心が心の奥底へ沈んでいく。再び目を開けたメルナはしっかりと暗闇を──その先の竜宮城を見据えて。
竜宮城を目の前にした一同は、微かな音楽を耳にしていた。より音を拾うエマが「嫌な感じです」と呟く。
それでも行かねばならない。手を伸ばすと、触れた瞬間扉はゆっくりと開いていった。
ぽろろん、ぽろろろん。
先ほどよりも鮮明に音がする。周囲にいるのはこれまでよりも多い魚人──竜宮城の守り手たち。そしてその中心にいるのは、全員に鱗を纏いし人魚。その手に持つハープが音を奏で、それがイレギュラーズの心をざわめかせる。
「さて──形成有利に持ち込みたいところですね」
エマが地を蹴り、その姿が一瞬消える。次の瞬間その姿は人魚の死角へ、殺術が人魚の音を一旦止める。
そちらへ動こうとした魚人たちは、全てが焼け焦げるような炎を降られた。その視線はエマから反対側、自らの放った炎に薄ら肌を焼き焦がしたリゲルへと。
向かってくる魚人たちの間をすり抜けて、メートヒェンが人魚の──乙姫の元へ肉薄する。その攻撃を寸でで躱した乙姫へイグナートの拳が叩き込まれた。
「もうイチゲキ!」
すかさずもう1撃。全身の力を雷撃へと変換したそれに、乙姫は顔を歪めると、手に持ったハープを軽やかに鳴らす。
──ぽろろろん。
それは軽やかでありながら、どこか重苦しい。ひときわ大きな心のざわめきは不吉な予感となって、近くにいたエマとメートヒェン、イグナートに降りかかる。
すかさず動いたのはレストだ。彼らの近くまで接近し、超分析で回復にかかる。同時に乙姫のハープめがけてキドーの手榴弾が投げ込まれた。辛くも回避されるが腕へ当たったそれに乙姫は忌々しげな視線を送って。
同時に向かってきた魚人に、キドーは薄ら目を細めた。数が多い以上、すり抜けて後衛まで攻撃が届くだろうことは予想済み。あとは槍で突くのか薙ぐのか、それを目や手元で確かめて適切に躱すのみ。
考えている通りの動きを実践してみせたキドーは、相手の魚人へニヤリと笑ってみせた。
これまで後衛で戦っていたラルフは竜宮城の地を蹴り、敵の元へ。標的は乙姫──ではなく、その周りに残っていた魚人の1体だ。槍を持つ手を掴み、魔力を流して破壊しにかかる。
「早急に排除させてもらおう」
こちらの邪魔をされては困るのだ。リゲルが引き付けている今だからこそ、それは尚更かもしれない。
(泡を発生させる逸話、歌、間違いない、水妖ってやつか)
アトは乙姫を観察してこれまでのモンスター知識と結び合せる。種類は。その種類が浴びせるバッドステータスは。
「──そいつが撒き散らすのは【不吉】と【呪縛】だ! 気をつけろ、皆!」
嫌な予感をさせる、囚われてしまいそうな旋律。その正体を破ると同時、アトは閃光弾のスクロールを光らせた。
一方、魚人の多くを引き付けたリゲルは増えていく傷に眉を寄せた。しかし次の瞬間、光刃が地を走って敵を蹂躙していく。
「──メルナ!」
「加勢するよ! この守り手たちは、なんとしてもここで抑えないと」
乙姫を倒しにいく仲間がいるように。メルナがまずすべきは守り手の数減らしだ。剣を構えるメルナの前で、弾かれたように1体の魚人が仰け反る。
「……なら、僕もこちらへ加わろうか。あちらは人がいるみたいだしね」
「助かる! よろしくな!」
シャルルの加勢と同時、エリシアが治癒魔術でリゲルを癒す。
(よし……まだいける)
ぐっと柄を握ったリゲルは、敵の方へと力強く1歩を踏み出す。
銀の剣が紡ぐ、絶対零度の剣の舞。空気すら凍りそうな寒気を伴い、リゲルの剣が魚人の急所へ吸い込まれた。
再び乙姫の旋律を払ったレストが「んふふ」と笑みを浮かべる。
「おばさんには効かないの、ごめんなさいね。でも他の皆のために静かにしてくれると嬉しいわ〜」
しぃ、と人差し指を当てて。味方の回復を施しながら、レストのピューピルシールが執念深く乙姫を封じようと放たれ──とうとう音が止まる。
同時にまばらに残っていた魚人が乙姫を庇うように立ち回り始めた。元から魚人の相手をしていたラルフにイグナートが加勢し、魚人へ強烈な一撃を放つ。メートヒェンもカウンター攻撃をもって畳み掛け、アトは血意変換でもって再びスクロールへ魔力を流した。
音を封じられた乙姫は鬼のような形相で、魚人を相手するイグナートに向けて、何の色も乗っていない悪意に満ちた攻撃の音を鳴らす。
──そこへ庇った魚人も巻き込むように、乙姫へ向けて光の刃が地を走った。
魚人の相手をしていたメルナ、リゲル、シャルルは決して浅くない傷を負っている。特に酷いのは敵を引き付けていたリゲルだが──彼もまだ、その足を地に確りと着けていて。
「待たせた! もうひと押しだ、頑張ろう!」
形成のひっくり返った戦場。簡易封印が解けたことにより、乙姫が音を取り戻す。しかしイレギュラーズの猛攻により、竜宮城に静けさが満たされるまでそう時間はかからなかった。
●泡になった乙姫様
──嗚呼。海に住まう者は、泡となって消えるものなのだろうか?
倒れた乙姫の体が、輪郭が崩れていく。無数の細かな泡沫となったそれは、上へ、上へ。後にはなにも残らない。守り手たちも同じように無数の泡へと変わっていく。
同時に、エマが確かな聴覚で小さな音を耳にした。
──……ギ……ギ。
「な、何か、開きました?」
「きっと次の階層に続く扉だねい。セーブポイントを築かないと」
今度はキイイィ、と皆にも聞こえる音がして。一同がそちらを見れば、今まで閉まっていた扉の1つが開け放たれていた。
「誰も……」
「……触れてない、よな?」
互いに顔を見合わせる──だが、それで答えが出ようはずもなく。
「……行ってみるしかないんじゃない?」
「うん、そうだね。他に開いた道はないみたいだし、行ってみようよ」
シャルルの言葉にメルナが頷く。それなら、と声をあげたのはリゲルだ。
「この周りを調べてきても良いかな? 進んで戻れなくなる可能性もあるだろうし」
「私も調べたいな。一応、双眼鏡も持ってきてるんだ」
次いで名乗り上げたメートヒェンにペリカがじゃあ、とこれからの動きを確認する。
少なくとも、乙姫が階層守護者、もしくはそれに次ぐエネミーであることに間違いはないだろう。それが倒された今、この周辺──少なくとも開いた扉をくぐるまで──は新たな脅威があるとは考えにくい。
「あの扉を通る前に調べたいことがあるなら、今のうちに調査。そうでないならここで待機わいね。異論は?」
ペリカがイレギュラーズを見渡す。そこに否の色は、ない。
「それじゃ、皆集まったら進むわさ。何か危険を感じたらすぐ戻ってくること。一時解散!」
メートヒェンは竜宮城の外に出ると、ゆっくりと見下ろした。ただただ黒に染まった水底は、闇から抜け出すように泡が生じるのみ。生き物も、海草も、底だって見えやしない。
(双眼鏡でも……同じだね)
試しに双眼鏡を身につけてみるが、暗い場所をいくら見下ろしても変わらない。メートヒェンは双眼鏡を外すと、くるりと後ろを振り返った。
そこにそびえ立つは乙姫の居らぬ竜宮城。下から上がってきた泡を背景に、その荘厳で幻想的な佇まいは変わらず存在している。
(戻ったら記憶を基に絵を描いてみようか)
『絵にもできない美しさ』とはよく言ったものだけれど。それをどれだけ再現できるのか、試してみるのも面白い。
一方のリゲルは重い傷を負った体を庇いながら、泡の様子を見た後に竜宮城内を探索していた。その途中、レストとばったり鉢合わせて思わず目を瞬かせる。そんなリゲルに彼女はんふふ、と笑って。
「おばさん、竜宮城の探索楽しみにしてたのよ〜。ねぇねぇ、玉手箱とかあったりしないかしら〜?」
「それらしき箱は見ていないが……そんなものがあったら、本当にお宝も存在するかもしれないな」
そう、竜宮城のような建物にはいるがここは迷宮。どの階層に何があるかなんてわからない。もしかしたら、という可能性がゼロになることもないのだ。
そうして竜宮城をひと通り回った2人は皆の元へと戻る。
「すまない、遅くなっただろうか?」
「ちょうど揃ったとこわいね」
それじゃあ、と一同の足は尚開いたままの扉へと向かう。扉をくぐるとそこは緩やかな下り坂になっており、どこか薄暗い。全く暗くならないのは壁の光源──光る珊瑚が生えているからである。
「足元、気をつけて」
濡れたように光を反射する地面をゆっくりと踏みしめ、坂を下っていくイレギュラーズ。彼らの頬を風が撫でていった。そうして新しい階層の予感を受けながら、一同は大きな扉の前へと辿り着く。
──階層攻略、完了。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
この階層は攻略成功となりました。綺麗な、怖い水の中はお楽しみ頂けましたか?
さあ、次はどのような階層が待ち受けているのか。もう暫し、お待ちくださいませ。
騎士たる貴方へ。誰も欠けさせない意志、そのために今回盾役として体を張ったことから、称号をお贈りしております。どうぞご確認ください。
それではまたのご縁がございましたら、どうぞよろしくお願い致します。
GMコメント
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●成功目標
次の階層へ進み、セーブポイントを開拓すること。
また、『誰の名代として参加したか』が重要となります。セーブ、名代に関しては後述します。
※セーブについて
幻想王家(現在はフォルデルマン)は『探索者の鍵』という果ての迷宮の攻略情報を『セーブ』し、現在階層までの転移を可能にするアイテムを持っています。これは初代の勇者王が『スターテクノクラート』と呼ばれる天才アーティファクトクリエイターに依頼して作成して貰った王家の秘宝であり、その技術は遺失級です。(但し前述の魔術師は今も存命なのですが)
セーブという要素は果ての迷宮に挑戦出来る人間が王侯貴族が認めたきちんとした人間でなければならない一つの理由にもなっています。
※名代について
フォルデルマン、レイガルテ、リーゼロッテ、ガブリエル、他果ての迷宮探索が可能な有力貴族等、そういったスポンサーの誰に助力するかをプレイング内一行目に【名前】という形式で記載して下さい。
誰の名代として参加したイレギュラーズが多かったかを果ての迷宮特設ページでカウントし続け、迷宮攻略に対しての各勢力の貢献度という形で反映予定です。展開等が変わる可能性があります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
●ギミック
・青なる水
この階層に満たされている不思議な水です。普通の水と同じように泳ぐことができます。
※海種も息継ぎを必要とします。これはPL情報ですが、すぐ分かることなのでそのままPC情報へ落とし込んでも構いません。
・生命の泡沫
泡です。大きいです。中に入ると息ができます。
泡沫はゆっくりと青なる水の中を上昇しています。初期位置の泡沫と到達地点(竜宮城)の泡沫は動きません。
また、ランダムにエネミーが入っています。皆様がどれだけの泡沫を経由するかによって戦闘回数は変化しますが、息継ぎに泡へ寄らねばならない都合上、最低でも3回は戦うことになります。
●エネミー
・竜宮城の守り手
魚の顔に人の体を持つ魚人。三叉槍を手に、泡沫の中や竜宮城でイレギュラーズを待ち受けます。
物理系攻撃特化型。数がいるので気をつけましょう。
・乙姫
竜宮城の主、階層守護者たる女人。守られてばかりの柔な女ではありません。モンスター寄りの風態をした人魚です。
神秘系命中特化型。楽を奏で、何かのBSを撒くと考えられています。通常攻撃もします。
●同行NPC
ペリカ・ロジィーアン
タフな物理系トータルファイター。戦いもできますが、可能な限り調査に手を回したいそうです。
彼女が戦闘に参加する場合、不明瞭なままの情報が多くなります。
泳げない仲間がいれば手を引いて誘導してくれます。
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)
花の精霊である少女です。不思議な階層に興味津々です。要請があれば戦いもそこそこできます。神秘攻撃型。
こちらも泳げない仲間がいれば手を引いて誘導してくれます。
●ご挨拶
愁と申します。今回の果ての迷宮を担当します。
水の中、どこまでも続くような暗闇へ身を沈めていく。ゾッとするような怖さです。
同じような怖さを感じるかもしれませんが──それでもあなたたちは、その先へ進まねばならない。
さあ、行きましょう。どうぞよろしくお願い致します。
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