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シナリオ詳細

<グラオ・クローネ2018>溶けぬ想いの止まり木に

完了

参加者 : 18 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●少女と止まり木
「チョコ、どうですか?」
 行き交う人の背中へ向けて、少女の声が投げかけられる。しかし、振り返る者は誰も居ない。浮ついた顔、沈んだ顔。その顔に張り付く表情は様々ではあれど、少女の姿など目に入らぬ様に……或いは、そもそも他人の顔など気にしていられない、と言う様に、皆が皆、一瞥さえもくれてやらずに、少女の前を通り過ぎて行った。
 ここは『幻想』首都メフ・メフィート。目抜き通りから一つ脇へと逸れた道。主たる通りの賑わいにはやや劣れども、相応に人の通りは多い。その道端で、奇妙な少女が一人、誰彼構わずに声を掛けている。治安が良い、とは言い難い街だ、危ない、と思う者も少なくは無いだろう。しかし、素性の分からぬ物・得体の知れない物には関わらない事が、最も優れた自身を守る手段であると、首都に住まう者達は知っていた。君子危うきに近寄らず。尤も、君子等と言う言葉とは程遠くあるのだが。
 そうして言葉だけが虚しく響く時間が、どれほど続いただろうか。少女の前を、一人の青年が通りかかる。ワイシャツとスラックスの上から革鎧を身に着け、腰に剣を佩いた、いかにもと言った風体の優男。――イレギュラーズ――特異運命座標。そう呼ばれる事を、彼は特に隠し立てもしていない。よって、彼が少女に気付き、そちらへと足を向けたのを、目に留める人間は居ても、何らかの行動を取るものは居なかった。青年は少女の視線と合わせるように屈み込み、にこりと笑顔を浮かべてみせる。
「どうしたんだい? 何か困っているようなら、力になるけど」
 その言葉に少女はぱっと笑顔を華やがせると、傍に置いてあった物を差し出した。「これは?」と疑問を浮かべる青年。差し出されたのは一抱え程も有る鉢植えで、
「チョコ、どうぞ!」
 緑の繁る枝には、小さな袋が結ばれていた。チョコレート、そう言ったのか。青年は一瞬の思考の後、笑顔のまま、結ばれた袋の紐を解く。「有難う」とそう言えば、少女の顔が綻んだ。中を見れば確かにチョコレートが入っている。ごつごつとした、とても綺麗な形では無いが、一つ摘まんで口の中に放り込んでみれば、確かな甘味が舌を刺激した。
 少女が鉢植えを傍に置き、青年に向けて両手を伸ばす。何かを乞う様な動作に疑問を浮かべる青年に、少女は笑顔のままこう言った。
「チョコ、ください!」
 きょとん、とした表情を浮かべたのも束の間。青年はばつが悪そうに鞄の中から綺麗にラッピングされたチョコレートを取り出した。
「渡そう、と思ったんだけど。どうやら、先客が居たみたいでね。……結局は渡せずじまいさ」
 こんなもので良ければ、と手渡すと、少女は大事そうにそれを受け取った。そして鉢植えへと向き直り、ポケットから取り出した紐で枝へ結ぼうと試みる。何を、と疑問を口にする青年に、少女は視線を手元へ向けたままだ。口元に笑顔を浮かべたまま、けれど見るからに真剣な様子で、丁寧に丁寧に作業を続けている。
「おにいさんのチョコは、大事な人に届けられなかったけど。おにいさんの想いをこうして結んでおけば、きっと、誰かに受け取って貰えると思うの」
 言葉と共に、渡したチョコが結ばれる。
「そうすれば、おにいさんの想いは無駄にはならない。チョコを受け取った誰かが、おにいさんの想いを大事にしてくれるなら。それに、もしかしたら、チョコを受け取った誰かの、寂しい心を癒してくれるかも」
 青年は、手にした袋の中へと目を落とす。ごつごつとした、不器用なチョコレート。綺麗な物ではない。上出来、とは言い難い。それでもこれは、誰かが、誰かを想い、必死に、作った物では無いのか。けれどそれは――それは。
「……届けられなかったのか、この人も……」
 自身と同じく、良い結果には終わらなかった事を意味している。笑って諦められたのか、涙を呑んで枝に結んだのか。それは分からない。瞳を細めて、もう一つを口にする。込められた想いは甘く、けれども少し、ほろ苦い。
 想いは、形にしなければ伝わらない。言葉か、それともそれ以外の何かか。ならば、想いが叶わなかったとき、人はどうするのだろう。残された形をチョコレートごとゴミ箱に放り投げて、無かった事にするのだろうか。誰にも認められないままに、消え入るしかないのか。違う筈だ。例えそれが近い未来に拭い切れない汚点になるのだとしても、恥辱と悔恨を伴って思い出される記憶になるのだとしても、その時に抱いていた想いは確かに、尊い物の筈。ならば、誰かに知って貰いたいと願う事は、間違いではない。
 これは、誰かが誰かを想っていた事の証明だ。さんざめく人の群れ、その中の一かけらでも、報われない恋が有った事を知って欲しいという我儘だ。
「おにいさんのチョコも、美味しく食べて貰えると良いね」
「ああ……」
 やがて青年は少女の元を離れ、少女はまた、鉢植えを抱え、道行く人へと声を掛ける。

「チョコ、どうですか?」

GMコメント

・忙しい人の為の1行で分かるシナリオ説明
好きな人にチョコ渡したり渡されたりしよう!

どうも、へびいちごです。はっぴーばれんたいん。
さてさて、少し特殊なシチュエーションですが、バレンタインのシナリオです。
チョコレートは甘くて苦いもの。それに纏わるお話も同じく。
皆様色々事情はお有りでしょうが、渡せなかった想いを託してみるのもいかがでしょうか。
勿論普通にチョコを贈ったり贈られたりも歓迎です。好きにやろうぜ。

注意事項と致しましては、イベントシナリオである為詳細な描写は保証しかねるという所でしょうか。今までの納品物を見て参加を決めた方には物足りないものになるかもしれません。逆にライトに楽しめる物になると思いますので、作風が合わないな、と思われた方にもお楽しみ頂けるかな、と。

では、皆様の楽しいプレイングをお待ちしております。

  • <グラオ・クローネ2018>溶けぬ想いの止まり木に完了
  • GM名へびいちご(休止中)
  • 種別イベントシナリオ
  • 難易度VERYEASY
  • 冒険終了日時2018年03月05日 21時15分
  • 参加人数18/30人
  • 相談7日
  • 参加費50RC

参加者 : 18 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧 (18人)

銀城 黒羽(p3p000505)
サングィス・スペルヴィア(p3p001291)
宿主
ティミ・リリナール(p3p002042)
フェアリーミード
Masha・Merkulov(p3p002245)
ダークネス †侍† ブレイド
ジョセフ・ハイマン(p3p002258)
異端審問官
セティア・レイス(p3p002263)
妖精騎士
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
紅獣
ネスト・フェステル(p3p002748)
常若なる器
棗 士郎(p3p003637)
ウロボロスの魔術師
白銀 雪(p3p004124)
銀血
ラパン=ラ=ピット(p3p004304)
形代兎
7号 C型(p3p004475)
シーナ
ロズウェル・ストライド(p3p004564)
蒼壁
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
希望の蒼穹
ブローディア(p3p004657)
静寂望む蒼の牙
ルーニカ・サタナエル(p3p004713)
魔王勇者
アマリリス(p3p004731)
倖せ者の花束

リプレイ


「チョコ、どうですか?」
 メフ・メフィートの道端に、少女の明るい声が響く。しかし見ず知らずの少女にそう声を掛けられて、足を止める者はそう居ない。次々と少女の前を通り過ぎる人々。そんな人の中から『シーナ』7号 C型は少女に声を掛ける。
「何をしているんだ?」
 微笑む少女は、シーナに事の次第を説明する。成程、と頷いたシーナは手荷物からチョコを取り出した。
「丁度ギルドで作ったチョコを知人に渡して回る所だったんだ」
「何か、託したい想いは有る?」
 そう言われて、シーナは思わず遠くを見た。その視線の先に何があるかは分からない。少女もまた、特に何か追及するような事は言わなかった。
「今、俺に想い人は……いや、何でもない」
 そう言って、シーナは少女にチョコを渡す。
「大丈夫。あなたの想いは、ちゃんと受け取ったから」



「願い事を書いて吊るす絵馬チョコを持って見参!」
 『ダークネス †侍† ブレイド』Masha・Merkulovが胡乱に叫ぶ。少女はきょろきょろと左右を見まわし、
「たぶん、違うよ?」
 小首を傾げる。
「え、だってホラ、現にそこに吊るされているでござるよ!」
 びしり、と少女の持つ鉢植えを指差し。
「ここはジンジャじゃないよ」
「まーまー、細かい事は良いでござらんか!」
 言うや否や、ひょいひょいとチョコを木へと結ぶ。
「うん。おねえさん元気だから。きっと、元気を貰える人もいるよ。たぶん」
 尤も、『お城が買えますように』などと書かれたチョコを見て笑えるだけの精神状況にある人間がどれだけいるか。
「では! 拙者はこれにて!」



「へぇ、面白い事してるわね」
 『宿主』サングィス・スペルヴィアが少女に声を掛ける。振り返って「こんにちは」と挨拶するのを見て、ほう、と声が響く。サングィスの物だ。
『チョコを持たんと分かっているのか。お決まりの文句も言わんとは』
 少女がきょとんとした表情を浮かべる。
「雰囲気のせい、と言う可能性もあるけど。その方が面白いわね」
 スぺルヴィア自身の様に、この混沌では外見通り、とは言えない存在が多い。が、今回は真実を探求するのが目的ではない。
「で? サングィスには何かないの?」
『器物に聞いて意味があると思うのか?』
 少女がおろおろとし始め、それ見てスぺルヴィアはくすりと笑みを零した。
「ごめんなさい、邪魔したわね」
 そう言ってひらひらと手を振ると、スぺルヴィアの姿は雑踏の中に紛れていった。



 『妖精騎士』セティア・レイスの渡したチョコが木に吊るされる。
「誰に渡したかったの?」
「おじいちゃん」
 チョコを受け取りながらセティアは答えた。
「妖精騎士は、生きているうちに、歌を貰う。死んじゃったら、妖精廟の祭壇の周りに剣が刺される」
「うん」
「たまに誰かがその騎士の歌をうたう。剣が朽ちて消えてなくなったら、その騎士の歌はおしまい」
 おじいちゃんのは私が作った、と胸を張る。
「おじいちゃんがーおさけをのんだあとはー、くさいー
おじいちゃんはー椅子からたちあがるときー、たまにーおならするー
へいえびばでぃ、おーべいべ、じじいふぉーえばー」
 歌い終えると、少女はくすくすと笑い始める。
「私も、その歌覚えてようかな。おじいちゃんが忘れられないように」
「おじいちゃん、まだ生きてるよ」
「そうなの?」
 だったら。
「おじいちゃん、元気だと良いね」
 その言葉に、セティアは満面の笑みを浮かべて頷いた。



「……訳もわからず緊張するな……」
 チョコを片手に『特異運命座標』アレクシア・アトリー・アバークロンビーが呻く。何も実際に渡す訳では無いのだが。
 遠い昔の記憶に思いを馳せる。
 本に埋もれた狭い部屋。誰とも顔を合わせずに過ぎる日々。そこに、事あるごとに顔を出してくれた人。本に負けない様々な冒険譚を語り、彼は、時を忘れる程に熱中させてくれた。英雄だったのだ。彼は。アレクシアにとっての。形の無い怪物を倒す、ヒーロー。
「……旅に出れば何か分かるかもしれない、と思っていた。あわよくば会えるかも、とな」
 チョコへと視線を落としながら、沁み込ませるように記憶を語る。
「そっか」
「私の話は終わりだ。このチョコは供養してくれ」
「その人、おねえさんの?」
 いや、と言葉を否定する。
 情は有った。愛おしさも。けれど体に触れあう事は無かったし、その必要さえ。
「恋人って訳ではないさ」
 だけど。
「チョコは『大切な人』に送るものだろう?」



 『銀血』白銀 雪は途方に暮れていた。風習に則ったまでは良かったのだが。目に付いた誰かに渡そう、としたのが良くなかった。否。
「チョコいかぁーっすかー!」
「その言い方はおかしくねぇか?」
 相手が悪かったのだ。渡された大量のチョコを前にそう反省する。
「ほらそこ、手が止まってるよ!」
 棒立ちする雪に『魔王勇者』ルーニカ・サタナエルが指を突きつける。隣では『暇人』銀城 黒羽が困り顔だ。「無理に突き合わせる必要はねぇだろ?」そう言ってルーニカを嗜める。
「ノゥ!」
 全身でNOを表したルーニカはくるりと振り返ると、雪の顔を思い切り両手でサンド。
「見なよこの顔。これはフられて傷心中と僕は見たね! だからあんな顔でほふふぃほぉほほ」
「済まん途中から聞き取れん」
 雪に頬を掴まれてひよこの様な口になっていた。
「別にそういう訳じゃない」
「お、おう……取りあえず離してやってくれねえか……?」
 雪とルーニカは互いに互いの頬を解放した。二人とも頬が赤い。
「ママ―、あのおじちゃん何したのー?」
「見るんじゃありません!」
 謂れの無い風評被害が黒羽を襲う。
「何故だッ……!」
「何故と言われても」
 グラオ・クローネは大切な人にチョコを贈る日だ。自分の心を形で示し、鎹となるよう祈る日だ。渡す相手も居ない雪が何故チョコを用意したのか、と問われれば。
「……何故……」
「それは勿論! 皆が笑顔で今日を楽しむ為だよ!」
「何の話だ」
「折角のグラオ・クローネだからね! 俯いてるのは損ってものだよ!」
 君もそう思うだろう? と詰められて、黒羽は頷いた。彼が街頭でチョコ配りを始めたのも、一人で居る誰かに笑って欲しかったからだ。
「だから僕がその子に笑って欲しいと願うのは、何も間違いじゃない!」
 胸を張って。
「いや普通に迷惑」
「はっはっは!」
 玉砕する。
「まあ、言ってる事は一理ある……か?」
「無い」
「俺もアンタに笑って欲しい、って思ってるって事だよ」
 雪はそっと距離を取った。
「と言う訳で! 君には君が笑顔になるまで僕たちに付き合ってもらおう!」
 背後に回ったルーニカがその体をがっちりとホールドする。
「ようし、まずは補給と行こう!」
「あっちの角の店、まだチョコ余ってたな。ラッピングは……まあ何とかするか」
 そのままずるずると連行されていく雪が、引きずられながら「最悪」と呟いた。



「グラオ・クローネ……ねぇ」
 『蒼ノ翼』ルーキス・グリムゲルデがそう零す。言葉に熱は籠らない。不可解と、指先で箱を弄ぶ。
 対照的に『紅獣』ルナール・グルナディエは慈しむような表情で箱を弄ぶルーキスの顔を眺めていた。
 まさか、という思いがある。お互いに。元の世界では真っ当な、人としての扱いなどされていなかったから。
「やっぱり物好き」
「それを言ったら物好きはお互い様だな」
「不思議よね。何でか一緒に居ると落ち着くんだよ」
「一緒に居て落ち着くなら、きっと似たような心境なんだろうさ」
 秘め事のように、言葉を交わす。言葉の輪郭をなぞり、形を確かめ、柔らかな場所に触れるように。
「私にはどうにも思いつかないけど、ルナには解るのかねこの心境の意味」
 乱雑とも取れる動作でルナールの手の上に箱が落とされる。箱とルーキスの顔を交互に見つめ、ルナールは込み上げるものを咀嚼し、嚥下し、やがて自分の糧として。
「そうだな。ルーキスにその意味が分からなくても俺はずーっと傍に居るぞ」
 屈託無く、笑ってみせた。
「キミがゆっくり教えて頂戴な。人らしい心って奴をね」
 そうやって笑う事は、今のルーキスにはまだ、出来そうにない。
「その代わり魔術の手解きしてるんだから丁度良いでしょう?」
 口の端を持ち上げ、悪戯っぽく笑んでみせる。
「随分スパルタな手解きだけどな? まぁ、楽しいから構わないんだが……」
 苦笑するルーキスへと手が伸び、睦む様に絡み合い、二人の姿は雑踏へと消える。



 『戦花』アマリリスはひとりベンチに座り頭を抱えていた。手に持つのはチョコレート。渡す相手がいる訳では無い。空気に乗せられた、という奴である。
「流石にこれ以上はカロリーが……っ!」
 脳内でまるまる太った自分自身が華麗にステップを踏む。ブートキャンプへようこそ。憎い脂肪をデストロイ。理想のボディを手に入れて夏の日差しにトライアゲイン――
「喝ッ!」
 脳内から夏の日差しを追い出し、アマリリスは必死に祈る。どうか私の信仰する神様、じゃない神様が聞き遂げて下されば!
 丁度その頃。浮ついた街中を興味深そうに眺めながら歩いている男が居た。『蒼壁』ロズウェル・ストライド二十歳。
「すっかり世間はグラオ・クローネの雰囲気に染まってますねえ……」
 イケメンである。
「おや」
 ふと、ベンチで祈りをささげるアマリリスに目が留まる。並々ならぬ熱心さで祈るその姿に、困っているなら助けねば、と思い立つ。
「もし、何かお困りですか?」
 アマリリスががばりと顔を上げた。ロズウェルは勢いに若干引いた。だが逃げられない。既にその手はがっしりと両手でホールドされている――
「有難う御座います!」
「話が早い!」
「かくかくしかじか」
「まるまるうまうま」
 ――話が早い――
「で、私はそのチョコを貰えば良いと」
「……申し訳ございません……」
 縮こまるアマリリスに対して、ロズウェルは苦笑する。
「いえ、構いませんよ」
 間。
「女性からのプレゼントは断らない性質でしてね」
 通行人の男性が露骨に舌打ちをした。
「有難う御座います……あっ、私アマリリスと申します! 天義から来ました!」
 敬礼をするアマリリス。それからおずおずと、「あの、あなたは?」と尋ねる。
「私はロズウェル、旅人と呼ばれる存在の一人ですよ」
 柔らかく微笑んでみせるロズウェルの後ろに、アマリリスはサムズアップするブートキャンプの神を見た――気がした。



 渡されたチョコを『静寂望む蒼の牙』ブローディア――その繰り手の少女、サラが平らげる。見ている方が笑顔になるような様だった。表情の読めないブローディアも、可能であれば笑顔を浮かべていた事だろう。
 しかしいざ持って来たチョコを吊るそう、という段になって動きを止める。切なそうに。笑顔のまま疑問符を浮かべる少女に対し、ブローディアが口を開いた。
「何という事は無い。サラが私の為にチョコレートを作ってくれたのだ」
 サラからの贈り物を、ブローディアは心から喜んだ。しかし問題はその後である。ブローディアは人の体を持たないが為に食べることが出来ず、かといってサラ自身が口にする訳にも、捨ててしまう訳にもいかず困っていたところ、少女の話を聞きつけた。渡りに船だったわけである。
 やがてサラは顔を上げると、鉢植えの木へとチョコを吊るす。満足気に頷くと、踵を返して手を振った。「またね」と笑う少女に、ふと、ブローディアは遠い未来を幻視する。
 いつか。月日と人の手を巡った時。今の繰り手を失った時。
 再びあのチョコを手に取る日が来るような。見たのはそんな、益体も無い幻だった。



「やぁ、お嬢さん。素敵なお仕事をしているのだ。僕も一つ頂いていいかな?」
 そう言って話しかけたのは『形代兎』ラパン=ラ=ピットだ。
 ラパンはチョコを受け取ると、大事そうにしまい込んだ。代わりに取り出したチョコの包みを、少女へと手渡す。
 贈りたい相手の姿は最早記憶の中にしか無く、かつて届かなかった手は、自由を得た今となってはもう届く術もない。
「でも、それが誰かを癒せるなら、とても嬉しい」
「……ありがとう。ちゃんと受け取ったよ」
 ラパンの渡したチョコが、鉢植えの木へと結ばれる。祈るような手つきで、優しく吊るされたチョコの包みが小さく揺れた。
「ではお嬢さん! 僕にもお嬢さんを手伝わせて貰ってもいいかな? 縫い包みと少女、お伽噺のように。託したい、と思って貰える筈さ!」
 その言葉に少女は笑顔を華やがせると、「うん!」とラパンに向けて手を差し伸べた。



「御伽噺に則って作ったは良いが、扱いに困っていてな」
 『常若なる器』ネスト・フェステルの姿を見て、少女はぱちくりと目を瞬かせた。
「お揃い?」
「む。そういう捉え方も有るのか……いやそうか、当然か」
 ネストはそう言いながら、自分の頭部をつるりと撫でる。
「まあ、いい。このチョコを何とかしたい」
 渡したい、と思う相手にはもう会う事は無い。渡そうと思える人間も、この世には。
 有難う、と礼を言い、少女は鉢植えの木へとチョコを結んだ。その姿が、まるで何かに祈るように見え……ふとした疑問が、意図せずしてネストの口をついていた。
「……何故、そのような活動をしているのだ?」
 その言葉に、ラパンも少女の顔を見上げた。眉尻を下げる少女の顔は、それでも笑顔だ。
「ううん。理由は無いよ」
「無いのか」
「うん。誰かに話して聞かせるような理由は」
 成程、とネストは返す。話せない理由は有るのだと、そのように理解した。



「チョコレート…か。ああ、ひとつ貰おうか」
 ネストが別れを告げようとした所で、少女の呼びかけを聞いた『異端審問官』ジョセフ・ハイマンが声を掛けた。鉄仮面の異様な風貌に驚いた少女だったが、すぐににこりと微笑む。
「……」
 足元ではラパンがネストへ視線を送る。肩を竦めるネストだったが、その手はゆっくりと腰の杖へと伸びていた。ジョセフは気にした様子も無く少女からチョコを受け取ると、代わりに自分のチョコを差し出した。
「チリペッパー入りの変わり種だぞ、ふふふ。チリといえば、時には燃した煙を拷問に……いや、こんな話をする時ではない!」
 びくり、と少女の肩が震え、剣呑な空気が増す。
「これはな、我が親友に渡そうと思って……機会を失ってしまったのだ」
 可笑しいだろう、とジョセフは自嘲する。恋人でも無い相手に、踏ん切りがつかないなど。
「だが、大切な人だ。私の初めての友人。共感者。神を愛するように、私は我が友を愛している」
 少女はチョコを受け取り木へと結ぶ。その行く末を、ジョセフはじっと見詰めていた。それが執着――チョコへの、ではなく、友に対するもの――から来る行動だと気付いて、ジョセフは大仰に天を仰いだ。
「感情というものは厄介だな。そのうねりは精神を、肉体を支配する。仮面で覆い隠しても尚!」
 様子の急変したジョセフに、ラパンとネストはいよいよもって警戒を強める。しかし、
「……大切な人、大事にね?」
「うむ。では、邪魔をした」
 火の消えたようにそう返事をすると、振り返らずに雑踏の中へと消える。何だったのか、と疑問を浮かべる二人とは対照的に、少女は笑顔を浮かべていた。



「む。チョコだと?……ワシは別に甘いモノが好きなワケではないが、貰えるのならばもらっておくぞ。もう一度言うが、別に甘いモノが好きなワケではないからな!」
 そうまくし立てる『ショタジジイな魔術師』棗 士郎に、少女は苦笑する。
「親子か?」
「あの少女か? いや、違う」
「いや、傍の植木鉢とだ」
「…………違う」
「そうか」
 憮然とした声でネストは士郎の疑問を否定した。
「はい。チョコ、どうぞ」
「うむ! いや喜んでなどおらんぞ! 待ち侘びてもおらん!」
 ぱっと顔を輝かせてチョコを受け取る士郎だったが、箱の潰れたそれを見て動きを止める。そう言えば、と。
「……何故お主らはこのような事をしておるのだ?」
 少女が事のあらましを語る。
「……なるほど。渡されることのなかったチョコ、届けられることのなかった想い、か」
 潰れた箱を開き、中を検める。ぐしゃぐしゃに砕けたチョコが見えた。祈りの様に、瞑目する。
「うむ。では、このチョコと想い、このワシがしかと受け取った」
 そして。
「二度と会えん妻へのチョコでな……気付いたら買ってしまっておった」
 全く以て未練がましいものだ、と自嘲する士郎の裾を、ラパンが引いた。
「もし、ミスタ。良ければボクが、奥様と逢わせて差し上げようか?」
「ワシが? あ奴と?」
 士郎は目を剥き、
「いやいや! 良い良い!」
「でもミスタ、」
「良い、と言うておろう。そう重く捉えんでも良い。これを渡すのも、折角、という奴よ」
 チョコを受け取った少女は粛々とチョコを木へと結び、「ね」と士郎へ向けて問いかける。
「悲しくはないの?」
「無論悲しいとも。今も尚。しかしお主らよ。悲しみは――」



 茜色の差し始めた街のベンチで、『儚き雫』ティミ・リリナールはチョコを齧っていた。一人、雑踏へは目もくれず、視線をチョコへと落としている。
 兄が居て、姉が居て、チョコは甘い。満たされた暮らしでは無かったが、しかし幸福に満ちた暮らし。それが一変したのは、ティミの村に奴隷商がやってきてからだった。
 捕まったティミを助ける為に、命を落とした二人。その光景をまだ、忘れられずにいる。
 二人を想い、祈り、チョコを齧る。
 ――兄さん、姉さん。私は自由になれました。お友達も増えました。チョコが甘くて美味しいです。
 けれど。
 悲しみは、汲めども汲めども溢れてくる。二人と一緒にチョコを食べたかった。叶わぬ願いに涙が零れ、頬を伝って落ちていく。
 齧ったチョコレートは甘くて、けれど苦かった。涙が一滴一滴、零れ落ちては大地を丸く染める。それは澱の様に心の底に沈み込み、こびりついて落ちない悲しみのように、ぽたぽたと染みを作って行く。
「もし、そこの君」
 俯くティミを呼ぶ声がする。涙を拭いもせずに、ティミは顔を上げた。視界に映ったのは差し出されたチョコレートと、
「そっちのチョコがマズかったならこっちのチョコを食べると良いよ!」
 形容しがたいルーニカの姿だった。
「こっちのチョコはあーまいぞ!!」
 小躍りするルーニカの後ろで、黒羽が額を抑えて天を仰ぐ。雪は最早何かを諦めきったかのような顔をしていた。
「だから言い方考えろって。大体不味くて泣いてるとは限らねぇだろ」
「そこまで言うなら君に代行を任せよう! さあ! 思い切り玉砕してくるんだ!」
「玉砕前提か」
「骨は拾おう!」
「良いから、早く、玉砕告白」
「いつから告白する流れになった!」
「いよっ、このロリコン!」
 ――謂れのない風評被害が黒羽を襲う――!
「……」
 しばらくぽかんと口を開けて、三人の様子を眺めていたティミだったが、やがて俯き、肩を震わせ始める。「泣かせた?」「泣ーかせたー!」囃し立てるような声が耳朶を打ち、慌てふためくような声が続く。それがとても。
「あははっ!」
 ――可笑しくて。笑い声が、ティミの喉を震わせる。三人は顔を見合わせて、
「作戦成功だねっ!」
「嘘だ」
「そのポジティブさは何処から出てくるんだ」
 ルーニカがピースサインを向けると、二人が即座にツッコんだ。控えめな笑い声が、もう一度零れる。
 ――いえ、いえ。悲しみが消えた訳では無いのです。だってほら、涙、頬を伝って。ぽたりぽたりと、零れ落ちて行くでしょう?
「ようし、君にもこのチョコの山をプレゼントだ! 君も一緒に、皆に幸福を配りに行こう!」
 手を引かれるがままに、ティミはベンチから立ち上がる。苦笑を浮かべた黒羽が僅かに躓く体を支え、雪が表情を変えずに抱えたチョコを押し付けてきた。ルーニカが音頭を取り、三人揃って歩き出す。ティミは齧りかけのチョコを一息に口の中に詰め込むと、後を追って駆けだした。最後に一粒。涙の後だけを地面に残して。
 口の中のチョコは、少しだけ苦くて。けれども確かに、甘かった。



「――悲しみはそう易々と癒えるものでもない。ふとした折に思い出され、嗚咽が口を衝くことも有る」
 遠く。沈み行く夕日に、透かし見る心には悲しみが。
「けれどな。ワシはもう赦したのだ。悲しみが、悲しみのまま心に在る事を」
 悲しみは情の深さだ。亡き妻へと感じていた、愛しさの裏返しだ。悲しみの根元を辿れば、そこには在りし日の楽しさが有り、怒りが有り、喜びが有る。豊かな色彩を持った記憶が有る。
「悲劇の無いいのちなど有るものか。さよならだけが人生だ。如何に喜びで染め上げたとて、後に残るは見るも無残な斑模様よ。けれど」
 悲しみは癒えず、拭えず、消えずとも。
「中々どうして、それが悪くは見えぬものだ」
「ボクには良く分からないのだよ、ミスタ」
「よい、所詮爺の戯言よ。そも、大悟するにはまだ早かろう」
 歳を取ると説教臭くなって叶わんな、と苦笑を零す。空の茜色から目を逸らせば、そこには、
「チョコいかぁーっすかー!」
「いかがですかー!」
「いやだからそれだと移動販売みてぇだろ」
「買占めによるチョコ不足……高額販売……閃いた」
「閃くな」
「冗談」
 チョコを配りながら練り歩く奇妙な集団が居た。何だアレは、と疑問を口にするより早く、鉢植えを抱えた少女がその集団に向けて駆け寄って行く。ラパンもぴょこぴょこと跳ねて後に続く。
「お主は?」
「袖擦り合うも多生の縁、だ」
「では、ワシもそうするとしようか」
 苦笑し、流し込む様にして渡されたチョコに埋もれた少女の下へと向かう。
 一方で。
「面白いものを見れたお礼に、と思ったのだけど」
『色々と増えているな』
「ねぇ、私の目が確かなら……その、伸びてないかしら。鉢植えから下が」
『チョコを吊るす事で成長する呪物だったか。珍しい』
 スぺルヴィアとサングィスが列に加わり、
「忘れ物を取りに行こう、としたら……助けるべきだよな、うん」
 シーナが埋もれる少女の下に駆け寄って、
「何だか御伽噺のパレードみたいな……私も混ぜて貰おうかな! 良い土産話になりそうだ!」
 アレクシアが半ば野次馬じみた根性で混ざり込んで、
「チョコに埋もれてご臨終? 可哀相。歌を考えてあげないと」
 いつの間にか寄ってきたセティアが縁起でもない事を言った傍で、
「サラがお礼に、と余った材料を集めてチョコを作ったのだが……」
 サラがことりと首を傾げる。その目の前で、少女がチョコの山から引きずり出された。しばらくぐるぐると目を回していたが、自分が大勢の人間に囲まれている事に気付くと、

「チョコ、有難う!」

 華やぐような笑顔を浮かべて、そう言った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お待たせしました。グラオ・クローネです。遅くなって申し訳ございません。
 初のイベシナと言う事で色々セーブしながら書こうと思ったのですが、結果はご覧の有様です。
 色々な考えを以てこのシナリオに参加して頂いたと思うのですが、さて、ご満足いただける結果になったでしょうか。いちゃいちゃはいちゃいちゃできっちり分けて書いたので交通事故に巻き込まれる事も無かったと思いますが。……事故った方は御免なさい。
 と言う訳で今回も主に事故った方メインに称号を投げておきます故、ご確認ください。次回からは平常運転です。シナリオ形態も通常に戻ります。
 次にイベシナ書く時は文字数を絞れている事を願って! では、皆様またの機会に。

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