シナリオ詳細
<クレール・ドゥ・リュヌ>魔女に与える鉄槌を再び
オープニング
●火刑
教会の前で、磔にされた少年と少女が燃やされておりました。
記憶通りなら私よりも若い……十五にも満たなかった様な子達のはずです。
足が焼ける苦痛に二人が獣の様な声で喚き散らしていても、周囲の誰も助ける様子などありませんでした。
だけれど、その光景の恐ろしさとは裏腹に聴衆の大半は寧ろその残酷な処刑を愉快そうに眺めていたのです。「そうなって当然だ」とも言いたげでした。
その内、ツンと来る肉の香りがしたかと思えば、次第に下半身へと火が回って油の焦げたイヤな臭いが立ち込めてきます。
それと併せて泣き叫ぶ声が耳に入りドウシヨウモナイ吐き気が湧き上がって来ますが、私はそれを堪えるしかありませんでした。この処刑を肯定的に眺めなければ、何をされるか分からない空気を感じ取っていたからです。
……もしかしたら、私以外も自分に危害が加わるのを恐れていたのかもしれません。
「彼らは許されざる罪を犯しました」
処刑を執り行っている神父様の澄み切った声が、私の耳に届きました。罪状について姦通だの、風紀紊乱だの、尤もらしい言葉で理路整然に聴衆へ説いていました。
いくらかの人が目を爛々と輝かせ、頻りに頷いていました。けれど私は火刑に処されている彼らがただ単に……“少し進んだ”男女の付き合いをしていただけなのを知っています。
もちろん、それは褒められた事ではないのでしょうが――こんな火炙りにまでする様な事なのでしょうか。
「魔女には正義の鉄槌を与えねばなりません」
何処か機械的な言い方で、神父様は仰られました。結局、誰も一連の処刑に抗議の声をあげるものはいませんでした。むしろ、彼の行いに感激している者が日増しに増えているのは明らかです。
私ですら、彼の言葉に感動を覚え始めている始末なのですから。誰か、どうか、私が正気である内にこの神父様に天罰を。
墓から這い上がって来たこの男に二度目の死を。
――神よ。何故この様な悪魔をこの世に“黄泉帰らせた”のですか……。
●否定的
「他人の宗教観には口出さない主義なんですがね、こりゃいくらなんでも……」
柳田・龍之介(p3n000020)は依頼内容が書かれた書類を眺めながら、不愉快そうに顔を顰めた。
どうやら、その反応から見るに天義絡みの仕事らしい。しかも胸糞悪い類の。
仕事を受けてくれそうなイレギュラーズがやって来たのを見るや、柳田少年は慌てて表情を取り繕った。
「まぁボクの所感なんてどうでもいいンですよ。最近天義が慌ただしいのは知っていますか?」
少年は掻い摘んで説明を始める。天義首都フォン・ルーベルグで発生した黄泉返り、死者蘇生事件は最早隠せぬ位の公然の事実となっていた。
死んだはずの誰かが生前そのままの姿で蘇ってくるという事実は、模範的な教義に従ってきた市民にとっても否定し難い喜びであり、これを禁忌(タブー)とする中央の意識との差は日増しに強くなっている。
不幸中の幸いは、ローレットやイレギュラーズが天義の事件に前々から対処出来ていた事だ。そうでなければ、到底処理出来ない大型爆弾になっていただろう。
「で、今回の案件についてです。天義のとある村にて死んだはずの敬虔なる神父様――まぁ熱心な異端審問官って言った方が適切なんですが――が、蘇ったって手紙が来ましてね。生前は大層カリスマ性のある御方で、良くも悪くも道理を通す事に長けていた人だったとか……」
龍之介の嫌味を含んだ言い方からして、教義に少しでも反すれば厳しい罰を与える様な人物だったのだろう。その上で、その理不尽な刑罰を周囲に納得させられる話術を持った様な。
「……つーても、手紙の内容から判断するに処刑を眺めていた聴衆の反応は常識的に考えて流石におかしいです。いくら弁舌に長けてたとしても、少年少女が多少の茶目っ気で火炙りされて民衆が感激するっつーのは狂気の沙汰です」
これは明らかに魔種か、その手下絡みだ。そして民衆達はその影響で狂気に呑まれかけている。放置すれば、一塊になったこの集団はきっと大きな暴動を起こすだろう。龍之介はイレギュラーズに向けて言外にそう伝えた。
「まぁ、真っ当な神父様や偉大な聖人様が甦ったなら躊躇う事もありましょうが、こいつは墓にもう一度放り込んだ方が良いクソ野郎です。さすれば我らが神も御喜びになられるでしょう」
同年代が処刑されたという話に心穏かではないのだろう龍之介。それを言って満足したのか、作戦に使えそうな情報をイレギュラーズへと伝え始めた。
- <クレール・ドゥ・リュヌ>魔女に与える鉄槌を再び完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年05月30日 22時40分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●·
火刑が執り行われた日から少し経って、馬車に物資を敷き詰めた大所帯の一行が村にやって来た。
御者の身なりからして盗賊といった類ではなさそうだが、壮年の者が念の為と尋ねに向かう。
「おはようございます。行商の方々ですかな?」
「えぇ、日用品を仕入れてきました。物々交換も受け入れてますよ」
御者の者が人好きのしそうな明るい振る舞いで受け答えた。イレギュラーズの 『小さな太陽』藤堂 夕(p3p006645)だ。
「それはありがとうございます。最近は細かいものが不足していまして……」
村人は夕の態度に微笑み返したのち、馬車に積まれた商品をちらりと見てから愚痴っぽく漏らした。次にもし来る時があれば此処に無いソレも仕入れて来て欲しいという催促であろう。
商業知識辺りに通じた者がいれば事前に察知出来たかもしれぬが、不審がられた様子が無いだけでもこの場においては十分であろう。夕はひとまずそう判断してから、相槌を打ちつつ言葉にした。
「このあたりは治安が良いですねー」
それはそうでしょう。そう言いたげに村人が頷いた。
「神父のハイン様が御戻りになられてから、めっきり悪さをする者が減りましたとも」
淀みのない澄んだ眼差しで、神父様が黄泉帰ったなどとは言わないものの誇らしげに言ってみせた。……話の実を知っていると薄気味悪さすら感じる。少年少女がいくらか進んだ関係を持ったからといって火刑に処した事を、正気の沙汰と思いたくはないが。
「……きっと高潔(こーけつ)で素晴らしい方なのでしょうねェ」
『有色透明』透垣 政宗(p3p000156) 。馬車に控えていた彼は堪らず相手に聞こえない様に悪態をついた。神父ハイン、ひいては村人たちの価値観は政宗に到底受け入れがたいのかもしれぬ。
そんな事は耳に届かない村人は親切にも長々と行商人達に村の風習などを語ってやろうとした。だが彼らも此処で時間を食うわけにもいかない。御者の夕も適当な所で話を打ち切って、村の中に神父に対して反感を抱いてる者が居ないか各々の技術や魔術で探し始める事にした。
·
●
「神父様について? まぁ、立派な人ではあるね」
宿屋の若女将が帳簿を管理しながら、行商人もといイレギュラーズの世間話にそう答えてくれた。
「そんなに凄い人なのか」
「皆に慕われた神父様なのです?」
カウンターから身を乗り出して女将と話をしようとするイレギュラーズの少年少女、『魔動機仕掛けの好奇心』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)と『こげねこ』クーア・ミューゼル(p3p003529)。女将は二人の振る舞いにクスリと笑いながら、神父について話を続けてくれた。
「凄いさ。墓から戻って来なさったのだから、まさしく神の御加護を体現しなさったと皆大喜びさ」
そういって女将は周囲を見回して、村人が立ち聞きしてないか確認した。幸い、村人は地元の宿屋など利用しない。女将は声潜めてこう話し始めた。
「……外から来たみたいだけど、気をつけなよ。神父様はあんたらみたいな年の子達相手だって”公平”だからね」
一聴しただけでは単に天義の風習に疎い余所者に対して忠告する物言いであるが、匿名の手紙から事態を知っているイレギュラーズはおおよそ何が言いたいのか想像はつく。
クーアは同行している夕やチャロロと顔を見合わせたのち、そうなのであろうと判断してクーアは真剣な顔で話し始めた。
「人の至るべき末路は焔、故に被害者の最期は火炙りであるべし。そこに異論はないのですが……神父さんが誅した彼らには、そこまでするにはきっとまだ早すぎたのです」
女将の表情が一瞬ぎょっとしたものに変わった。中央から遣わされた間者か何かだと誤解しかけたのだろうか。
「ご安心下さい。私達はローレットギルドの者です」
「手紙を送ってきてくれた人、で間違いないよね?」
少年少女二人にそういわれ、女将はどっと息を吐いた。息を吐いてから、もう一度周囲に誰も居ないか不安げに確かめてから静かに頷く。その仕草も併せて彼女が”匿名の依頼人”だと確証出来た。
「私達の他にも仲間が村に来ています。神父様を討つ為に、どうか貴女にもご助力を願いたいのです」
「知ってる範囲でいいから、話してほしいんだ」
そう女将に懇願する夕とチャロロ。しかし自分に協力出来る事などあろうかと女将は見つめ返してくる。それを受けて、イレギュラーズは天義全体の事件を伝えると共に女将に協力して欲しい内容をそれぞれ彼女へ伝えた。
村人の行動時間帯、教会の地理、構造を教える事。
ハインを討伐した後、村の者達に”殉教”しない様に説得する。
ハインが以前に死んでいたという証拠。
女将は息を整えながら、それらに返答する。
まず行動時間帯や地理、構造について。口伝ゆえ多少の誤差はあるだろうが、それでも無いより幾分もマシか。加えて、天窓が一つ、鍵が壊れていて後日修理という状態だという事を教えてもらった。仲間に単身で内部から開けてもらいに行く事も考えていた事もあり、これは非常に有益な情報だ。
ハインが死んだ後に村の者が後追い自殺しない様に説得する事については。そこまで自分に出来るかどうかと女将は首を振る。
「神父様が実際に死んだという証拠などは?」
「死んだ墓でも掘り返せば見つかるかもしれないけど、誰もそんな大それた真似は……」
夕はハインが死んだ証拠でもあれば本人に突きつけてやりたいところだったが……心酔されている神父の墓荒らしとなると相応の危険は伴うだろう。本来の目的を考えるに、それは一先ず保留にしておいた。
●
一方その頃、内部を直に調査してやろうと教会へ出向いたイレギュラーズ、『壺焼きにすると美味そう』矢都花 リリー(p3p006541)。『紅獣』ルナール・グルナディエ(p3p002562)。
此方側の心理を気取られない様に感情を押し殺す技術を持ったリリーとそれを護衛するルナールで出向いたが、開口一番いきなり壺焼きや火刑にされるという事はないと願いたい。
そうしていざ教会へ入っていく。静まり返っているから無人と思いきや、大勢の村人へ天義の教えを説いている途中であった。
村人は皆、物音を一つ立てず熱心に彼の言葉を聞き及んでいる。
(宗教は自由とはよく言ったもんだが……やりたいヤツだけでやればいいものを)
(……いやー、自称「正義の鉄槌」とかイキってるだけあるね)
二人は粛々と輪に交わりながら、内心でそんな事を思っていた。
さてまぁ、リリーは本来の目的通り教会の内装を伺った。
採光を多く取り入れる為か、天窓が多い事が目立つ。比較的大型の建物で戦いに使えそうな遮蔽物もあるにはある。特に天井の梁は仲間の狙撃手が遠距離戦に持ち込めるか。
奥迫った場所には扉。神父の私室だろう。だが熱心な信徒に囲まれた現状ではとても近づけそうにない。
誇らしげに祭壇に飾られてる変な物は…………まぁ仲間達には伝えないで良いか。
そういったところで、見知らぬ余所者が教会を見回しているのは目立ったのだろう。神父の薄ら疑いを帯びた視線が一瞬こちらに向いた。
これ以上は危険だろうと判断した二人は、何でもなさそうな振る舞いで教会を後にした。この場はこれ以上追求されなかったのが幸いか。
●
「ヘェー、天井の梁から? イイジャン。頭上から撃ち放題だし」
そして深夜。村人達が寝静まった時間帯。一同は縄や梯子などを使って教会の屋根へと登っている。仲間たちから教会の構造を聞いた狙撃手『ガスマスクガール』ジェック(p3p004755) が、使い古したライフルを構えてみせた。
不安要素としては仲間との射程の兼ね合いで援護が受け辛い事だが……そこは一長一短だ。暗闇の撃ち合いでは自分に分があるだろうし、村人が梁を登ってくる事もまずあるまい。
情報も共有し終えて準備が整い、天窓から教会の内部を覗く。灯りは一つもつけられておらず。真っ暗だ。こんな時間だから神父も寝ているのか。
「……警戒するに越した事はないな。俺が行こう」
ルナールはそう言って先陣を切った。縄を降ろして、それを伝い地面に降り立った。
彼は仲間達が降り立つ合間、周囲を見回して警戒を行った。村人が大勢潜んでいるといった気配では全くないが……。
「ルナールさん!!」
突然、後続の政宗がルナールに向けて声をあげた。瞬間、柱の影から火炎が迸る。
「……ッ!!」
ルナールは不意打ち気味に放たれた炎を浴びせられてしまった。
「もっと派手にやってくるかと思っていました」
柱に潜んでいた影、神父ハインが少々驚いた風に言葉にした。彼はそのまま闇夜の闖入者を確かめる様に燭台へと火を点けた。
「……やれやれ、対策を立てていて正解だったな」
幸いだったのはハインの対応が遅れた事と、ルナール側の視界が利いていた事。そして火炎への対策を仕込んでいた事か。延焼を引き起こす事もなく、傷自体は至って軽傷だ。戦闘続行に支障は無い。
その一撃が加えられる合間に、手早く仲間達は各々の配置について強化の詠唱を唱えるか、怒り混じりに言葉を投げかけた。
「……個人的に、ね。アンタの仕打ちが、僕はとても許せないんだ。こねくりまわせば『不正義』になる物だったとしても」
「不正義だと理解しているならば、焼き払う事に何を躊躇う事がありましょうか。あの様な交わりを放っておいては、生まれた子を捨てる様な無責任な親になるば――」
その言葉が妙に逆撫でる様に聞こえたのか、ハインなりの道理を言い終える前に政宗は怒りを露わにして式符を相手の顔面めがけて穿った。神父の頬にザックリと一筋の亀裂が入るが、相手はそれで慌てふためいて命乞いをするといった様子も無い。
「……。その口吹っ飛ばした方が良いみたいだね」
「何をその様に、御立腹なされているのでしょうか。あれらの火刑は風紀を正す為には致し方の無い犠牲です」
ハインはこれみよがしに、祭壇に置かれた積み上げられた真っ黒に焦げた炭木の様な物に視線を移してからイレギュラーズに対して同意を求めた。
これに一番反感を抱いたのが『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)である。炎を扱う彼女からすれば、その炭が一体何なのか容易に想像出来たのもあったかもしれぬ。
「正しく裁かれて罰する為に使われるならともかく、そんな滅茶苦茶なことで罰する為に炎を使う人なんて放っておけない!」
「何を仰られようか幼子よ。業火によって焼かれる事でこそ罪業は浄化なされるのです。これこそ神の御業ではございませぬか」
そういってハインは手元の炎を粘土の様に軽々しく捏ねくり回してから。その威光を誇示するかの様に大きく広げてみせた。
「大きいのが来るのです!!」
咄嗟にクーアが叫んだ。しかし、もはやそれはイレギュラーズの複数人を捉えている。
神父ハインは「神よ、罪深きこの者達をどうかお許し下さい」と上辺だけなぞった様に言ってから、その業火をイレギュラーズ達に向けて放り捨てた。
――爆発じみた現象が巻き起こり、辺り一面が火で覆われるのはあっというまだった。その激しさたるや、逆に自らの勢いを殺して余り燃え広がっていない様に見えるが――。
「…………。成る程、私への対策を携えて来たとお見受けする。建物に対して、保護結界の類ですか?」
見えるという表現では語弊がある。爆発の衝撃によっていくらかダメージは与えられたものの、それに包まれても何人か――チャロロ、ルナール、焔――には全く炎が燃え移る様子も無い。いくらなんでも、これが神の悪戯というわけではないだろう。夕もボロボロになった体で立ち上がりながら、魔術で光翼を生み出して、羽ばたく風圧で自分や政宗の火をかき消していく。クーアはそれに合わせて”ぼむ”を投擲した。
ハンスは身を切り裂くような爆風と風刃に思わず目を細めながらも、イレギュラーズ達がおおよそ中央から遣わされた傭兵か、あるいは噂を聞きつけた輩だと納得したのだろう。改めて自分に誇りと大義があるかの様な振る舞いで、火炎の術式を構築しながら大袈裟に天を仰いでみせる。
「嗚呼、神よ。どうか我に加護を与え守り給え。この者達に天罰を――」
そうしてハンスの頭上で何かが光った。ついに神は私の業績をお認めになられ、この窮地に真の天使を遣わされたか。
ハンスは疑いもなく一瞬そう錯覚したが、すぐそうでないと理解した。月明かりに照らされたのはレンズの反射光。僅かばかりに見えたのは奇天烈なマスクを被った……魔女か。アレは。
「銀の弾丸とやらはアンタらの専売特許ダロ? ありガタク受け取りなよ」
「……神よ、この魔女らをどれだけ燃やせば御満足なされますか」
この人形が最後に発した物悲しい言葉の真意など、神以外には判然とすまい。もしかしたら神とやらにも理解されてないかもしれぬ。
顔面を貫抜かれ、神父ハンスは力なく倒れた。
·
●
「神父様! 神父様!? どうなされたのですか!!」
騒ぎを聞きつけたのか、外から村人の叫び声がする。
「やれやれ……終わったか。長居は無用、さっさと帰るとしよう」
そう言って脱出経路を仲間と共に探し始めるルナール。政宗は「ふん」と鼻を鳴らして、足蹴にしてやろうかと神父の死体を睨みつける。
「自分がお払い箱にされたのに最後まで気づかなかったなんて。こいつもよっぽど――」
……一方、ジェックは天井の梁から降りようとせずライフルの照準を神父ハンスから外さなかった。
撃ち抜いて見えたのは脳漿や血液ではなく汚泥の類だ。予想通りこいつも噂の泥人形の類だったのだろう。ご多分に漏れず死んでくれればそれで良いが。
――嫌な予想が当たった。致命傷を免れたのか、その泥人形は倒れ伏したままの体勢で、無理矢理ジェックに向けて業火を撃ち放ってきた。
「……ッッッ」
魔法の詠唱が終わる前にジェックも撃ち返すが、それで止まる様子も無い。互いに十全に命中。神父ハンスを模した泥人形は再起不能直前だろう――だがジェックにとっても最悪だった。
火炎が衣服に回り。激痛にのたうち回りそうになる。アァ、マズいナ。このままじゃ堕ちる。墜ちる――
――――――チガウ。落ちろッ……!!
気絶しそうになる前に、ジェックは自ら梁から飛び降りた。この判断は彼女にとって幸運で、驚異の精神力で耐え抜いた。意識がある、受け身が取れる内に降りなければ。頭から激突して重症を負っていたかもしれぬ。
「夕さん! 政宗さん!!」
幸い地上には回復の魔法を使えるものが控えている。高所から落ちて体を強く叩きつけたジェックを見て、夕と政宗、そして護衛役にチャロロの三人がすぐに向かった。
「火あぶりパネェッス異端撲滅スゲェッスまじレペゼン天義ッス」
”死に体”で立ち上がる泥人形に対して煽る様に言ってみせるリリー。相手は上顎が砕けていて、受け答える出来る状態ではないが。
「これじゃあオウム返しも出来ないッス」
そう静かに怒りを込めながら、バールを相手の頭蓋向けて投げつける。その勢いたるや、掠っただけで泥人形は尻もちをつくかの様によろめいた。
すかさず、剣の切っ先を突きつけるルナール。焔もすでに闘拳の間合いに泥人形を捉えていた。
「哀れに思うか。炎の御子」
「…………」
ルナールにそう問われた焔は、何も答えず複雑そうに顔を歪めた。
彼女の思った事がなんであったとしても、彼女達イレギュラーズはこの悪魔を見逃すつもりは毛頭無い。
焔はそのまま拳に火炎を纏わせて、身動きが取れない泥人形に対して振りかぶった。
·
●
ジェックの様態を一先ず安定させ、大勢の村人が扉を破って突入してきたのはすぐの事だ。
ひたすら神父様の安否を気遣う声。その多重の熱狂が気味の悪い賛美歌の様に聞こえた。この狂信も泥人形が及ぼしたよからぬ影響だと思いたい。
泥人形が居たとしたら喜々として命令に従ったのだろう。だが村人達が焼け焦げた泥人形の成れ果てを認めるや、その賛美歌はぴたりと止んだ。
神父様はいずこかと、この賊徒達を血祭りにあげるべきかと、殆どの者がそう逡巡していた。
「……申し訳ありません」「どうやら、我々は誤解をしていた様です」
静寂の中を染み渡る。村人の誰かが絞り出す様にそう言った。それは事後処理の約束を取り付けた宿屋の女将かもしれぬ。あるいは出迎えてくれた壮年の村人かもしれぬ。はたまた、全く別の者だったろうか。
「神父様は、今、此処にいらっしゃられないようで」「だけれどきっと、再び此処へ戻って来られるに違いありません」
わなわなと震えるその声は、受け取り様によっては場を収める為の苦しい言い訳の様に聞こえ、正気を取り戻した村人の遠回しの謝罪の様にも聞こえ、狂信に身を委ねた者が神父の死を拒絶した様にも聞こえた。
何にしても、何にしても……神父が今この場に、教会に居なかった事を村人全員が受け入れた。その体で、イレギュラーズには目もくれず、逃げる様にして各々の家へと戻っていく。
「……被害者の墓に花を手向けたら、すぐにこの村から離れよう」
イレギュラーズの誰かがそう口にした。
自分達には関わらない方が良い事もある。薄気味悪い狂信の末路を見た気がして、そう感じざるを得なかった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
稗田ケロ子です。依頼、お疲れ様でした。
……途中、とある場面で酷く乱高下しました。主に賽の女神様的なものが。
GMコメント
稗田 ケロ子です。
●成功条件:
『ハインの討伐』
狂気の元凶を討伐すれば、民衆の思考は次第に収まるでしょう。
逆に言えば放置していれば何をしでかすか……。
●環境情報:
天義の中規模の村。農村部で、美味しい食事以外に娯楽らしい娯楽は無いのですがそれだけに信仰を拠り所にしている部分も大きく、教会も農村にしては石造りの立派なものが建てられています。
神父様に心酔している村人は多く居る様で、心酔してる方は仕事や寝ている時間以外は神父様の説法を聞いています。
真っ先に注意すべきは「問題の神父様を討伐しに来ました」という振る舞いで村人へ会いに行くと集団で襲いかかってくると予想される事でしょう。
なお到着の時間帯はイレギュラーズ側が選べます。
●手紙について:
大体冒頭の内容通り。匿名で送られてきたので村人の誰が送ってきたのか不明です。
ただこの手紙の内容から、完全に心酔しきってない人もいくらか混じってる様子が伺えます。
非戦スキルかギフトかで見抜いてどうにかしてその様な人に接触すれば、何かしらの作戦に利用出来るかもしれません。
●異端審問官『ハイン』:
この村の異端審問官、もとい神父様。行き過ぎた異端狩りによって教会からすら辟易され「殉教」という形で処理されたはずだが、最近どういう経緯か蘇りを果たした。
手紙に付随されていた情報から判断するに、それなりの戦闘力はある模様。使うのは高火力の【炎】中心のバッドステータス系の神秘魔術。
『イレギュラーズ複数対神父単体』ならまだしも、村人が神父側に参戦するとかなり面倒と予想される。
説法の時以外は教会の奥に引き籠って神に祈りを捧げているとの事。(天義の)教義に模範的な敬虔な信者に対しては案外手厚い対応をしてくれる。
何にしても対神父との戦闘状況を作り出す必要がありますが、それらの流れは完全にイレギュラーズに任せられます。戦闘の時に有利不利になるかは作戦次第。
暗殺寄りの隠密系、純戦で大暴れ、話術で上手く誘引したり、その他色々……。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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