PandoraPartyProject

シナリオ詳細

白亜の意志

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「これが最後の警告になる」
 冷たい白亜の石扉に向かい彼は告げた。

 ―――彼の短い半生の中で一度も忘れたことは無かった。
 『神に信仰を、正義の剣となり人々の安寧の為に強く在れ』……彼の父が説いた教えであると同時に家訓でもあった。
 誇らしい父。威厳ある名家。
 天に感謝すべきは、自らもまた一族の一人として相応の才能を賜った事だろう。
 聖教国ネメシスにおいては聖都で騎士を名乗れる事がどれだけ誇り高いことか。その意義を理解したのは物心ついて間もない時である。
 清廉潔白の名門貴族ブイディン家当代、ヘンリー・ブイディンの歩んで来た道は白亜の栄華に彩られた人生だった。
 だが、それは彼だけの栄華。
 必ずしもそれが続くわけではなかったのだ。

「貴公らも兼ねてより存在は知っていよう。そこに匿うは未来に続く道を閉ざし、このネメシスに動乱を齎す異端に過ぎない。
 解っている筈だ。禁忌であると――今ならば我々は手を取り合える、この国の敬虔なる民達の為に為すべきことを為せる。
 ……今一度言う、ここを開けるのだ若人達よ」
 冷たく閉ざされた石扉。
 開く気配はおろか、中に居る者達の呼吸すら聞こえる気配は無い。完全に内側より閉ざされていた。

 ―――父の爵位を譲られてより、ヘンリーは間もなく美しい妻を娶った。
 純真で聡明な彼女と彼との間に生まれる子に、ヘンリーは自らが受けて来た祝福と教えを与え続けた。それが、真に正しいことであると信じて。
 しかし、僅か十年足らずで彼は人生で初めて挫折する事となる。
 まるで呪いの様に囁かれる言葉によって。

「”俺は正しい”」
 石扉の向こうからポツリと鳴った音に、壮年の騎士ヘンリーは身を固くした。
「ここに集まった連中に罪は無い。そしてそれは俺も同じだ、
 だが父上。認めなくたっていいんだ、問う事なんて何もない。答える義理も、答えぬ不義も。
 父上が何と言おうと俺は『俺に従う』事で、正義を成して見せる」
 口調に丁寧さは感じられない。悪く言えば品の無い喋り方。
 扉の隙間から漂って来る煙草の香が鼻を衝いた。
 声の主アンヴ・ブイディンは騎士ヘンリーにとって生涯唯一の”失敗”だった。
「正しい……だと」
 否定された、そう捉えた次の瞬間にはヘンリーの頭から冷静さが失われる。
「痴れ者め……貴様の! 何が正しいものか!!
 我が家名に泥を塗っただけでは飽き足らず、魔種に与する異端の貴様がッ! 正義の何を語れると!?」
「父上」
「屁理屈ばかり並べ立てては馬鹿にしおって……ッ、貴様はただ否定したかっただけだろう!
 何故こんな時に帰って来た!? 何故、墓の下でジッとしていられなかったのだ! 貴様は、貴様はそうまでして……ッ」
 石扉を打つ拳。
 ヘンリーの声は静寂を守るべく控えていた他騎士達の間を抜けて行った。
 騎士団において聞いた事もない卿の声音に息を呑む。感情を剥き出しにした悲痛な、訴えかけるそれは、元来彼の寡黙な性質とはまるで異なるものだったからだ。
 しかし彼の言葉にそれ以上答えは返って来なかった。
「……っ、やはり貴様は……」
 跳ね除けられたように扉から離れたヘンリーは白亜に染められた館を見上げる。
 ――歴史あるブイディン家の館は今、階上の窓から濛々と白煙を立ち昇らせて灰を降らせていた。

●狂い咲く
 騎士団内において知己の仲とも呼べる門閥貴族の有する屋敷で、彼等は既に幾度と交わした議論を繰り返していた。
 今この時天義を揺るがしている異常について。
 死者が蘇り戻って来る。このかつてない未知にして禁忌のそれに、どう対応すれば良いのかと問答を重ねる事は無理のない話だった。
 だが、騎士達が未だ鎧と剣を携えたまま議論を重ねているのには他に理由がある。

「正気か、ブイディン殿。既に聖都では異端審問の手の者達がひしめいているという中、御子息の事を隠すと?」
「そうだぞヘンリー! まだ漏れていないとは言え、お前の館で籠城されているとあっては何処から知れるものか……ただでさえあの煙で気取られぬか不安だというのに」
「第一、あの館内に所蔵されている中には禁書も多い。事と次第によってはアンヴがやろうとしている事は一刻も早く止めなくてはならない」
「こんなのは間違っている……卿はあれほど御子息の死を嘆き悲しんでいた筈だ。子殺しなど、神がお許しになる筈が……」

 騎士達は口々に何事か言い合っていた。
 彼等の中心に座する渦中のヘンリーは見るからに肩を震わせ、一枚の羊皮紙を机上に置いて友の顔を見回した。
「……自分の決断が、家名だけでなく貴公達の身をも危険に晒す事は十二分に理解しているつもりだ。
 だが、だが私には耐えられんのだ……先代達が歴史を積み重ねて来たあの館を、あの愚息と汚らわしい異端者共に蹂躙しているかと思うと、
 は……腸が煮え繰り返るようだ……!! この手で抹殺せねば、気が済まない程にッ!!」
 大理石のテーブルが粉砕され、一同が距離を取ると共に室内に緊張が走る。
 最早ヘンリーは乱心したか。そう結論付けた騎士達の数名が遂にその手を剣の柄を握り締めた、その時。

「私に良い考えがあります」
 剣を取ろうとした騎士の肩に手を置き、前へ出て来る若い長身の騎士。
「フーッ、フーッ……見慣れぬ顔だ……貴公は?」
「従騎士アシッド・ブロイラー、カテジナ卿の代理で参上致しました。一連の騒動に巻き込まれた事、そして御子息に神の祝福があらんことを……さて」
 白く染められた鎧兜越しに人差し指を添えた従騎士は、足元に舞い落ちてきた羊皮紙を手に取った。
「件の扱いに困窮するのも解りますが、幸いにもこの場に集った者の中に事を表沙汰にする意図は無い様で。
 であるならば事は単純に、かの『ローレット』へ解決を依頼してみては如何です?」
 パン、と塵を掃い見せるはギルドエンブレムが描かれた羊皮紙。
「ギルド……ローレット」
「然り。託宣を受けし者達です、貴殿の苦悩を収めるのにこれほど現在の状況に適した組織は無いでしょう」
「待ちたまえアシッドとやら。事は一刻を争うのだぞ、彼の者達が失敗した時はどうする」

 達観していた騎士の一人が首を傾げた。
 それに対し若き騎士は笑う。ヘンリー以外の騎士達は自らの立場を客観的に見据え始めていたのだ。
 最早、天義に背く行為である事を忘れている。
「……魔種を討つ彼等に疑念を懐くなど私には理解できませんが。しかしながら、その点はご心配無きよう
 お忘れですか。かの御子息を在るべき場へ還したいと叫んでいたのは他でもない、ブイディン卿である事を」
 騎士達の視線が怒気を纏い続けているヘンリーに集まる。
「彼の者達には卿も同行し……そうですね。御子息率いる有象無象に関しては―――」
「おい、それでは……」
「待て! 話を聞こう!」
 同行。その言葉を聞いた瞬間、ヘンリーの怒気と焦燥が薄れて行く姿を見ていた周囲の騎士達は目を逸らす様に口を閉ざした。
 清廉にして誠実潔白、名門の名を守るという目的が破綻したのは間違いなかった。


 幻想王都、ギルドにて。
「改めてお集まり頂き感謝します皆様。今回はカテジナ・ウェストイック伯爵からの依頼になります」
 『完璧なオペレーター』ミリタリア・シュトラーセ(p3n000037)は机上へ並べた資料を基に説明を始めた。
「ミーティングを始めます。聖教国ネメシスの聖都にて、さる貴族の有する洋館を武装集団に占拠されました。
 彼等は、『異端』の烙印を押され聖都を追われた過去を持つ過激な勢力とのこと、
 愚かで暴力的、生かしておく価値は何も無い……ただそれだけならば良かったのですが」
 ミリタリアは目を細める。
「聖都を追われたというのは”表向き”だという事らしいのです。
 彼等は既に一度その身を浄化され、神の御許へと召された。そういう経歴の人物達であると伯爵から開示されています。
 恐らく彼等は現在聖都を渦巻く『黄泉帰り』によって蘇ったと想定され、皆様には洋館内部に籠城している生存者全員を直接抹殺して頂きます」

 『黄泉帰り』、即ちそのまま死者達が突然帰って来るという、現在の聖教国ネメシスで囁かれている噂である。
 しかし噂で片付けられる域を越え、天義にて禁忌とされるこの事象に既にローレットも関わっているのが現状なのだった。
 中立にして暗躍に向いているローレットならばと、禁忌故に口を噤み、秘密裏に全てを抹消せんとしたい者達が主に依頼して来ているのだ。今回のように。
「なあ……なぜ彼等は籠城を? 騎士団への報復か何かにしては、腑に落ちないが」
 問われたミリタリアが挙手している彼に視線を向ける。
「……依頼概要としては以上です。なので、こちらは私が収集した情報に基づいた推測ですが
 現場を確認した所、館の内部で何かを燃やしている様子が伺えるそうです。彼等の目的は館内に収められている物品または資料を焼却する事が目的ではないかと」

 場の空気が著しく不穏なものに包まれ、次第に机上前で胸を張っていたミリタリアの瞳からみるみるうちに自信が失われて行くのだった。

GMコメント

 ちくわブレードです、よろしくお願いします。

 以下情報。

●依頼成功条件
 館内の敵×20を全滅させる

●情報精度C
 明らかに意図的な情報操作がされており、『黄泉帰り』の対象者達の目的が不明です。
 想定外の事態が起きる可能性があります。

●籠城する青年達
 ロケーションとして、騎士ヘンリー・ブイディンが所有する敷地内にある洋館を攻略ないしは
 内部の武装集団を殲滅する事が目的となります。
 しかし現場の立地的に現在ロケーション周辺に天義の密偵が放たれており。明確に『爆発音を伴う攻撃、行動』が行われると、イレギュラーズや黄泉帰りの存在を気取られて依頼が失敗に繋がる可能性があります。

 館の正面扉や窓、裏口等にはバリケードが設置され。詳細な数は不明ですが見張りが存在します。
 洋館内部には総勢20名程の武装した青少年が立て籠もっています。
 個々の戦力は皆様に遠く及ばないと見えますが、一人だけ突出して近接戦に強いリーダー格の青年がいると知らされています。

●同行する騎士
 今回は皆様が館内部へ侵入成功した際、同時に独立して動くNPCが存在します。
 洋館の所有者である騎士ヘンリーが同行し、皆様に僅かながら助力するつもりのようです。
 尚、同行する騎士は彼だけです。

【ヘンリー・ブイディン】
 ・格闘/物至単
 ・リッターブリッツ/物近貫

 彼に関しては作戦開始時直前(時間にして半日前)に何らかのコミュニケーションが取れます。

 以上。
 侵入や攻略の難度自体は軽め、ある程度のパワーが揃っていれば力押しで全て突破する事も出来ると思います。
 皆様のご参加をお待ちしております。

  • 白亜の意志完了
  • GM名ちくわブレード(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年05月03日 11時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談4日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヘルモルト・ミーヌス(p3p000167)
強襲型メイド
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
巡離 リンネ(p3p000412)
魂の牧童
シグ・ローデッド(p3p000483)
艦斬り
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
シラス(p3p004421)
超える者
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
コロナ(p3p006487)
ホワイトウィドウ

リプレイ

●――告白
 風に押されるでもなく、写真立てが倒れる。

「……」
 空が微かに雲に覆われ陽が曇る。
 不思議と、こうした薄暗い空の時は音が良く通るように思えた。
「旦那様。お客様をお連れ致しました」
「下がりなさい」
 一礼した後に退室して行く侍女を見送り、ブイディン邸の一室へ訪れた特異運命座標達はヘンリー・ブイディンと対面する。
「……貴公らが彼のギルド」
「ローレットのコロナと申します、ヘンリー様」
 礼節を弁えた所作と共に前へ出た『ホワイトウィドウ』コロナ(p3p006487)が名乗り、ヘンリーは頷いて応接間のソファへ向け促す。
 壮年の騎士。この秘匿されなければならない依頼に乗じ、同行を申し出た彼の真意はその厳格そうな面持ちからは今一つ読めない。
 灯りの無い、静けさ漂う部屋。
 ふと風が部屋に舞い込んだのを感じて視線を巡らせれば。ヘンリーの立つ窓辺から向かいの洋館が視える事に、気付く者は気付いただろう。
 僅かな沈黙を流した後に『死を呼ぶドクター』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が口を開いた。
「これからあの館を攻略する前に話しておきたいことがある」
「……如何された」
「俺達の既に知り得る『黄泉帰り』について、だ」
 ──────
 ────
 ──
「馬鹿な……アレらは、魂無き模造品だと。そういうのか……!?」
 淡々と語るレイチェル達の話を聞き終えた頃には、壮年の騎士は混乱に頭を抱えた。
「模造品。そこまで断定する事は出来ないが、私達の関わった事件においては恐らく作り物だと思われる。
 ──どういう経緯であの館を乗っ取られたのか知らない、だが実際に黄泉帰りのいずれかと接触したなら分かるだろう。不自然な動きがあった筈だ」
 『『知識』の魔剣』シグ・ローデッド(p3p000483)に問われたヘンリーは狼狽えたように首を振った。
「そんな、奴は間違いなくアンヴだった……でなければ館に忍び込む事も、記録の事も知るはずない……ッ」
「”アンヴ” とは?」
「っ……!」
 いつの間にか取り囲まれる様に視線が己へ集まっている事に気付いたヘンリーに、コロナが首を傾げながら机上に倒されていた写真立てを見せた。
 目を閉じている彼女にそれが果たして何を写した物か解っているのか。そこにはヘンリーと並ぶ長身の青年が写っていた。
 煽り立てるかの如く『強襲型メイド』ヘルモルト・ミーヌス(p3p000167)の言葉が、声が、騎士の胸の内を掻き乱すように響く。
「今度はヘンリー様が全てお話になる番です。もうお分かり頂いたでしょうが今回の事件はそう易々と収められる様な、甘いものではありません」
「────」
 暫しの沈黙。呼吸すら止まっているのは気のせいではないだろう。ヘンリーは目を閉じて刹那の思考に全てを乗せていた。
 灰色の空によって白亜の空間が濁った様に暗さを増す。
 そうして。
「分かった、ここに告白しよう……だが、全てとは言い難い……私には知己の者達を裏切る事は出来ないッ」
 バギン、と。食い縛った歯が砕かれた音と共に絞り出された言葉に連なり、彼は語り始める。
 彼の息子だった者と、息子の形をした存在が今やっている事を。

●――『大事な物は、何?』
 壁に手を触れた瞬間、ズルリと無機のそれをシグの身が通り抜ける。
「各々が何を考えているか……については、私の与り知る所ではない……が、ここに『何があるのか』については、興味があるな?」
 白亜の内。そこには多くの書物が所狭しと壁を埋めていたであろう、空の書棚が四方に広がっていた。
 ヘンリーが先祖から受け継いだ『館』の中には知己の貴族達から預けられた本に並び『禁書』と暗喩される文書の数々が収められているという。
 無論、その中身をヘンリーが知る事は無い。
「余りに迂闊で杜撰な話だが、『清廉潔白の騎士』と名乗るだけ根が真面目過ぎるのか……」
 シグは窓も扉も無い、書棚に囲まれた空間を壁沿いに歩き回る。
 その途中。
「む……私だ。見つけたぞ、一階北西側の壁沿いに来てみるといい」
 瞳を瞬かせて透視する。書棚の一部に不自然な厚みと見るからに機構が施された壁を見つけたシグは、懐から鼠を取り出して囁いた。
 『御守り代わりだ』とレイチェルに渡されていたファミリアーである。
 細工が足元の木板裏へ続いているのを視て足を沈ませ作動。次いで重々しい音が微かに響いて、書棚が一部内側へ開いて隠し通路が開かれた。
 外で待機していた如月=紅牙=咲耶(p3p006128)達が入って来る。
「隠し扉に隠し通路。里を思い出すで御座るな」
「何にせよ侵入の手間が省けたよ、見張りも自分達が通って来た秘密の通路を使われるとは思ってないだろうしね」
 蔵書庫の一室から『鳶指』シラス(p3p004421)が外を伺う。
 通路沿いにある窓際や裏口にバリケードが積まれた付近、三人ずつ武装した男達が警戒しているのが見えた。
「……しかし今回で黄泉帰りは二件目ですが、随分複雑なご家庭のようで……」
「あっちこっちで黄泉がえり。忙しいなぁ……それにしても、厄のありそうな文書ばかりで面白いものもありそうじゃないか」
 並ぶ本の数々に目移りしながら『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)は眼前のそれらを丸ごと【記録】して行く。
「御子息のアンヴ殿で御座ったか。『聖騎士に斬られた』一昨年より前、館の修繕と補強を兼ねた工事の手配を件の彼が行ったとか
 狡猾な、しかし実際にこうして隠し通路を自身の為に作っておいたとはどういう腹積もりだったのか」
 ヘンリーが言うには、彼の置く守衛の目を盗んでこれだけ大勢が突如館の内部に侵入できる筈がないという話だった。
 故にどこかに彼等だけが知る抜け道があるのでは、と。ヘルモルトが予想した通りにシグが見つけたのだった。
「未だに籠城する理由がはっきりしていないのが気になるがな」
「さーて、どんな思惑があるのやら。まぁでも、結局一人だけとはいえ
 それでも黄泉還りは正しい輪廻の巡りではないもの、そこをなんとかするのは私の本来の仕事だからね」
 レイチェルの傍ら、「それ相応にこなさないとね」とフードを深々と被る『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)は数刻前のやりとりを思い出して言った。

───『恐らく、首謀者は息子のアンヴ……を騙った者だ。
   だが私が奴と話した感触といい侵入経路といい、生前の奴が師事していた者共の事といい……
   信じ難いが……アンヴだ。そこの写真に写っている容姿そのままで……』
───『魔種に与していたとして、聖騎士に処されたのだと言っていましたね。彼は反転を?』
───『それは無い……無い筈だ。私はただ、”「貧困層の少年少女達を唆し、魔種とのパイプ役となって叛逆を企てていた」”として斬られたのだと……』
───『今回の依頼人となった伯爵は密偵の存在を気にされていた様ですが、一体どういった組織がそのような事を?』
───『館の階上では何かを燃やしているご様子。そちらの資料ないし物品はもしやそれらと関係しているのではないで御座ろうか?』
───『密偵は異端審問会の……いや待て、関係している? ……いや。まさか、あの日に渡された……?』

 それっきり。ヘンリーは問いに答えなくなっていた。
 シグが彼の内を読み取ろうとしたが、その胸中は混沌に満ちていただけだった。
 何か悪い物を振り払う様にしきりに頭を振り、或いは剣を握り締めて特異運命座標から距離を置いている彼に、レイチェルが近付いて行く。
「……黄泉帰りは周囲に狂気の影響を与える事が目的と推測される。手段を問わない相手だ、現にヘンリーは精神状態が宜しく無いように見える
 これはお節介な俺からの警告だが。呼び声に身を任せるなよ?」
「……っ、ぁ、ああ」
 レイチェルからの警告に鎧越しに震えながらヘンリーが応じる。
「ちょっと聞きたい事があったんだけど、良いかな」
 一人、また一人と書庫を出て駆け行くその間際。半ば立ち尽くした様子の騎士へランドウェラが問いかけた。
 それは短い一言。
「────」
 暫しの間を経て、ヘンリーはランドウェラの問いに「答えられない」とだけ応えた。

 
●──知られてはいけないもの
 空になった書棚が並ぶ通路を駆ける、赤き彩を持った音色。
 バリケードに張り付いていた青年達が異変に気付いた時には既に遅く。音源へ首を回した一人の眼前に暴風の如き戦塵が飛び込んで来る。
「なんッ!?」
 盾を構える間もなく横薙ぎの蹴りに吹っ飛ばされる青年。短い悲鳴を皮切りに、同じく巻き込まれていた仲間の男を引っ掴んだヘルモルトは勢い良く巴投げで飛ばした。
 床を転がる。受け身を取ろうと試みた青年の身を黒い瘴気が包んだ直後に息の根を止めた。
「て、敵襲……がハぁッ!!」
 その場から即座に逃げ出そうとした手下を突如雷球が襲った直後、冷たい歌声が全身を蝕み鮮血を散らして倒れ伏せる。
 視界にチラついたか、通路奥の見張り達が気付く。
 館の内部は基本的に凹型である。広大とまでは言えぬ面積の建物だ、騒ぎが広がれば外周を通って逃走されるか挟撃の危険がある事をリンネは指摘する。
「侵入された! 敵襲ーっ!」
「敵九、一階正面口、被害三! 三班来てくれ!!」
 見張りの一人が叫んだのと、小太刀を構えた咲耶が彼等の眼前に躍り出たのは同時。
(二歩、届かなかったで御座るか……!)
 階上から慌ただしく聴こえて来る怒声と足音に舌打ちを一つ。
 シグ達が駆け上がって来るのと対照的に、通路奥から駆け寄って来る他の見張り達も同時に武器を抜いて迫る。
 飛翔する風切り音に次いで炸裂する淡い蒼白の閃光。奔る強力な精神力の弾丸が胸当てごと穿ち、脳髄を揺さぶる様な衝撃を伴い、血飛沫を散らし撒いた。
「会心の一撃かな?」
「見事だ」
 血煙を引き裂いて一条の雷撃が次なる敵を貫き、白亜の鎧が床を踏み砕き着地する。
「うそだろっ……ブイディン卿じゃねえか!?」
「まずいぞ下がれ!」
 騎士ヘンリーの姿を目の当たりにした敵の様子が一変する。
(放心から立ち直ったか……しかし連中のあの反応。『覗く』ならば、ここか?)
 正面エントランスから伸びる階段を駆け下りて来る敵。先頭をブラッドウィップで弾いたレイチェルの傍らでシグがリーディングを試みる。

【 アンヴさんの御父上……なぜここにいるんだ 】
【 畜生、あの灰色の髪の男知ってるぞ! ローレットじゃないか! 】
【 まだ焼却できていない文書があるというのに……せめて俺達の家族の蒐集名鑑だけでも……! 】

 朧気ながら、しかしはっきりと思考の上澄みだけを掬い上げる。
 ダメージを負った者の頭の中にあったのは恐怖ではなく、焦燥が強く。そしてシグが読み上げる思考の多くは階上の一点を示していた。
「アンヴは上か」
「だろうな。階段で守りを固め始めたぞ連中」
 シグが視界を巡らせると、ロべリアの花に包まれている敵にヘルモルトが飛び掛かって行く傍を抜けて階上へと後退を始めた者達の背中が映った。
「これで八人……咲耶!」
「承知」
 逃げ遅れた敵の背中を打ち抜いたシラスと咲耶が入れ替わり、大太刀さながらの踵落としが意識を刈り取る。
 崩れ落ちる男を蹴り上げて背負った彼女は小太刀から飛び出した幻影の手裏剣を閃かせる。
「外へ逃げようとしないのは何でなんだろうな、僕達にとってはそちらの方が致命的なのに」
 横合いから上がった血飛沫を白銀の爪で一薙ぎして、ランドウェラが首を傾げた。
「だが目的がハッキリしてきた。奴等は特定の文書を燃やそうとしているらしい。蒐集名鑑、だったか?」
「! 何だと……」

 それらのトドメを刺していたヘンリーが目を見開いて振り返った。
「ヘンリー様はご存知なのですか?」
「いや……だが当家の門閥貴族の一人から預かった品の中にそのような物があったように記憶している」
 彼は、中身は知らないと付け加える。
 しかし明らかに何か言い淀んでいる騎士にコロナが強かに歩み寄る。それは強き聖女然とした風にも、ヘンリーが本来守るべき敬虔な信徒にも見える佇まいで。
「しっかりして下さい、ヘンリー様。我が国が誇る強い騎士様でしょうけども、冷静さを欠いていては事は成せませんよ」
「ウ、ム……だが、私は……」

───「それを口にすれば、ブイディン家は本当に堕ちるぞ。父上」

 意を決した様に兜を脱ぎ捨てたヘンリーを咎めるかの様にその場に低い声が響く。一同が見上げたその先には、兜を脱いだヘンリーの面影のある青年の姿が在った。
 『黄泉帰り』によって現れたアンヴ・ブイディンだった。

●白亜の意志
(読めない……ブロッキングか)
 リーディングが弾かれた事に、シグは眉を潜めた。
「俺が『任務』から戻って来た時の父上は言っていた、お前は死んだ筈だと。
 俺の知る限り父上は酔狂や気狂いの真似如きであれほど取り乱して俺に挑んだりはしない、ならばつまり今も信じ難い事だが俺は死んだのだろう」
 階段を下りて来るアンヴを中心に、十人の青年達の息は合っていないものの、しかし連携を思わせる動きで同じく移動する。
 彼等は等しく、決死の形相だった。リーダー格のアンヴの無機質なそれとは違って。
「何がどうなって俺が死んだのか、それを知れないのは気がかりではある。だがそれが真実なら俺はせめて最期に俺の正義を成して消えたい。
 この天義の、白亜の正義を遺したいんだ。その過程で父上と敵対しようと、俺が今までに救って来た人達が死ぬとしてもだ
 名鑑に何が載っているのか、それを知られるわけには行かない」
 チラと向いた瞳に息絶えた仲間の死体が映る。
 その刹那、陰から飛び出した咲耶が真っ直ぐにアンヴの眼前へ質量を持った幻影の刃が放たれる。甲高い金属音と火花が散り、敵の意識が彼女へ集中する。
「命乞いの隙も与えずに躊躇無く殺す。父上がそれを黙認するとするならばアンタ達はローレットのイレギュラーズだろう、心は痛まないのか」
「……『己の正しさ』を貫くとは常に責任が伴うという事、大体甘いで御座るよ。こういう事をすれば”こうなる”のは必然、
 若い熱意は大いに結構で御座るが少々お灸を据えてやらねばな」
 舐めるなとばかりに小太刀を一閃して言い切った直後、敵が殺到する。
 迫る二つの刃を弾き、身を翻して多段蹴りを浴びせた咲耶の脇を抜ける影。跳躍するヘルモルトの太腿が敵の頭部を挟み取った瞬間、恐るべき回転力と共に大理石の床へ赤い華を咲かせた。
 咲耶が取り囲まれるより先に届くロべリアの花が、敵の中央──アンヴを覆った。
「聞かせてくれないか」
 紅い眼が輝く。毒の霧を切り裂いて飛び退く青年を映したそれは、籠められた呪詛を打ち付けて捉えた。
「どんな正義を持っているのか、誇り高い天義の騎士様は大事な物も答えられなかった。それなら息子はどうかと思ったんだが」
「……この国は白亜でなければいけない。神へ祈るだけじゃ、駄目だ。魔種を退けるに足る強さが、正しさが必要なんだ」
 ギシリ、と。全身を蝕むダメージに耐えながらアンヴは剣を振るう。
 横合いから放たれた魔力の放出を受け止め、薙ぎ払った彼はランドウェラの背後を視線で示す。
「父上にこの国の『穢れ』は相応しくない。父上こそが俺の正義、俺の白亜だ」
「……! あ、アンヴ……お前は…………ッ」
 イレギュラーズと対面してから幾度となく忘却しては思い出し、怒りに苛まれては毅然と向き合おうとして来た。
 今、この乱戦の最中にヘンリーは完全に動きを止めていた。今ここでどうすべきか遂に決意したのだ。
 彼は戦わない。今ここに居るのはいずれも魔種ではない、自らが手にかけるべき敵ではないと。

 ────ッ────

 乾いた手拍子が辺りに響き渡る。
 不吉な一拍。それらは名状しがたい渦のリズムを生み、アンヴの平衡感覚を奪い狂わせて意識を縫い付けた。
「っア……ぐぁああああッ!?」
 シラスの姿を無機質な目が追う。しかし、刹那に視界一杯に光電が瞬き、閃光を伴って尋常ならぬ静電気が一帯に爆ぜ広がる。
 本来それらはダメージには直結しない。雷球に続いて放たれた呪術が、青年の身に致命的な呪詛を纏わせて呼吸の間に即死させたのである。
 それはとても呆気無く、そして彼を慕ってこの場を死地としていた青年達に絶望感を与える光景となる。
 白亜の大理石に落ちた黒い泥の塊。そこに何の救いがあるのだろう。
 『衝動』に後押しされていただけの、弱い人間達がこれ以上イレギュラーズに太刀打ちする事など出来る筈も無かった。


 程なくして、灰と血に塗れた館の内に静寂が成った。
 最後まで書棚に火を放っていた者も始末したものの、彼等は結果的に目的を半分果たしたのだろう。
 名鑑らしき物は見つからず、最上階の書斎に広がる灰の山から見つかる物は無かった。
 それと同等の、禁書の類もまた。
「奴が……息子が何をしたかったのか私には解らん」
 館のあちこちを回り魂を救うリンネを外から見ながら、ヘンリーはイレギュラーズにそう告げた。
「私は常に、周りから。そして父から清廉潔白の騎士として謳われて来た──だが今回の事で少しだけ目が覚めた」
 私には息子の代わりにやるべき事があるらしい。
 それが最後に聞いた彼の言葉だった。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ──その後、ある騎士が姿を消した事で幾つもの名門の貴族が異端審問会に追及を受ける事となる。
 何者かが意図的に、ある一族に『正統派』の名を冠し祀り上げる事で数多くの『不正義』の痕跡を隠す温床に使ったのではという、
 今の天義にあるまじき小さな噂は暫し囁かれ続けるのだった。
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 お疲れ様でした。依頼は大成功となります!
 プレイング上、皆様の接触・行動・戦闘の3点でいずれもシナリオに上手く刺さっており、
 短い相談期間と急なご参加による中での連携もとても良く出来ていたと思いました。
 ご参加いただきありがとうございました。
 またのご参加をお待ちしております。

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