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シナリオ詳細

何よりも美しく、この上なく醜い貴女

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●海洋貴族の嘆き
 人は誰しも美しいものに焦がれて、世界よ美しくあれかしと願う。であれば美を礼賛し、逆に醜きものをこの世より一掃することは、貴族の使命であるとも言えよう。
 なのに世の貴族どもといったら往々にして、堕落し、醜く肥え太るものである。けれどもわたくしばかりは違う……この美しい肌、美しい髪、そして何よりも、美しい鱗。蒐集した美しきものたちに囲まれた、美貌の持ち主たるわたくしのみが、この世界で真に尊き存在ではなかろうか……それを素直に認められぬほど醜くい世界は、わたくしがそれを口に出すことすら許されないけれど。

 もっとも、醜いものが醜いぶんには、単に『そういうものだ』というだけでよいのだった。決してわたくしの目につかぬようひっそりと身を潜めてくれるなら、わざわざ関わってわたくし自身を穢すようなことをしてやるつもりなどない。そうでなくとも美しいわたくしを畏れ、敬い、ひれ伏すのなら、幾らでも『美しく』使ってやることができる。
 が……世の中にはそうでない者たちがいる。醜いくせにわたくしの目の前に現れて、かといって身の程を知り殊勝にしようともせずに、野放図にわたくしの世界を汚さんとする。そればかりかあまつさえわたくしに嫉妬してか、その醜悪さをさも美しいものであるかのように誇示しさえするのだ。
 ……いいや。部分部分を見れば、確かにほんとうに美しいものを持つ者はいた。たとえば──あの娘の瞳。
 なのに、そういった者たちに限って醜い部分を持っており、その美をすっかり台無しにするのだ……ああ、それをわたくしが備えていれば、決して無駄にはしなかったのに!

 だからあの娘も、瞳の美しさを見いだして手許に置いてやったのに。増長して愚かなことをしでかさないように、厳しく“躾けて”やったのに。
「どこに行ったのよ、帰ってきなさいよ――」
 わたくしは思わず口に出し……それから、やはり首を振る。
「――嘘。帰ってこなくてもいい。
 貴方が生きてさえいれば、わたくしの罪は晴れるのだもの」
 そう……いかに彼女が醜かったとて、彼女は、海洋貴族たるわたくしの、義理の姉妹。それをみすみす失うなんて汚点、本来、美しいわたくしには似つかわしくないはずだ。

●海洋貴族の依頼
「この依頼は、とある貴族からの、内々のお仕事なのです……」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)によれば、それは拉致の依頼であったそうだ。
 とある商人の義理の娘が、その貴族の許からかつて姿を消した、貴族の縁者かもしれない。だから貴族はその娘と直接会って確かめなければならないのだが、さまざまな理由により彼女と正当な方法で面会することはできない。だから秘密裏に拉致し、自分のところへ連れてきてほしい……それが依頼の概要だ。
「もちろんこんな依頼は、依頼人が誰かバレるようなことがあってはならないのです。ですのでこれ以上の内容は、実際に依頼を受ける人にしかお話できないのです。
 皆さん……覚悟は決まりましたか?」

 ……よろしい。では、ここに集まっている特異運命座標は皆依頼を受ける者たちだという前提で話を続けよう。
 ユリーカ曰く、
「依頼人は、海種の海洋貴族、サローラ・インディアクティスなのです……その人にはジネヴィラさんという、美しい赤と青のダイクロイックアイ――つまり瞳の中に2つの色の部分を持つ“縁者”の方がいたそうなのですが、そのジネヴィラさんがしばらく前から行方不明だというのです」
 そしていかなる偶然か、海洋の商人ジョルダーノが養子として迎えた女性ベアトリーチェの瞳もまた、赤と青の美しいダイクロイックアイであった。そして普段は変化しないが、ジネヴィラと同じく海種であるようだ。
 サローラによれば、今まで何度かそれとなく探りを入れてみたのだが、巧妙に偽装されているのか、はたまた避けられているのか、ベアトリーチェがジネヴィラであるという証拠は見つからなかった。おそらくは、直接問い詰めても無駄だろう……そこでジョルダーノ商会が所有する出島に忍びこんでベアトリーチェを捕らえ、直接サローラの目で確認させてほしいのだ。

「ジョルダーノ商会の出島は、大きくて長い桟橋の先にあるのです」
 ユリーカの説明によれば、ベアトリーチェはその出島の中央の商店に寝泊りし、経理の仕事をしているらしい。もっとも商店といっても半ば倉庫のようなもので、出入りするのは港の人足たちがほとんどだ。海賊の襲撃に備えた私兵らと武装船くらいは用意されているが、彼らとて、少し離れた場所にサローラが用立ててくれている快速船に辿り着けさえすれば容易く振り切れるだろう。
 だから重要なのは、いかに彼らの妨害を受けぬよう、ベアトリーチェを拉致するか、だと言えた。紛れるのは容易になるが人の目も多い昼間にするか、接近もしやすいが私兵らも駆けつけやすい夜にするかは、依頼を受けた者たちで決めればいい。海に逃げるか陸伝いに逃げるかも自由だ……逃走の足はそれに合わせて準備して貰える。注意すべきは、私兵らの間には海種や飛行種もおり、海中に逃げれば安心というわけではないことくらいだろうか?
 とにかく、最重要なのは黒幕がサローラであることがバレぬこと。それから、ベアトリーチェを無傷で確保すること。それ以外は問わないというのが依頼人の意向であるから、かなり作戦の自由は利くことだろう。

 ……そうそう。もしもベアトリーチェがジネヴィラではなかったとしても、それにより依頼料が変わる心配はないので安心してほしい。ただし、その際には特異運命座標たちには、もう少しだけ仕事をしてもらうことになるかもしれないが。
「その『仕事』というのは、その……」
 ユリーカは言いにくそうにしているが、つまりはこの事件の黒幕がサローラであることを知ってしまったベアトリーチェを、『口封じ』せよということだ。決して『殺せ』などとは言わない……もちろん手っ取り早さを考えるのなら殺してしまうのが一番だろうが、彼女から真相が漏れないようにさえしてくれるならば、こちらも特異運命座標たちの自由だ。

GMコメント

 るうでございます。あらかじめ申し上げておきますが、ベアトリーチェはジネヴィラ『ではございません』。理由は……『自称カオスシード』シグルーン(p3p000945)さんがよくご存知でしょう。シグルーンさんがその理由を教えて下さるかは判りませんが。
 作戦に使える時間は、1~2日程度はあるとお思いくださってかまいません。必要であれば、ある程度の下準備もご検討ください。

●出島
 交易品を保管する幾つかの倉庫が立ち並んでいます。ベアトリーチェの執務室は四方を倉庫に囲まれており、必ずどこかの倉庫を通らなければなりません。昼に侵入すれば人足に目撃される可能性が高く、夜は倉庫のシャッターを開けねば中に入れないため大きな物音が立つでしょう。

●私兵たち
 普段は数名のみが見張りや見回りをしていますが、異常があれば荷物の点検等をしていた者や仮眠中の者が数多く駆けつけてきます。近接武器を使う人間種、射撃武器を使う飛行種、魔術を使う海種がいます。

●ベアトリーチェ
 何か理由があるらしく基本的に変化を解きませんが、海種なので拉致の際に水中に引きずり込んでも死ぬことはありません。
 特にプレイングでの言及がない場合、サローラの検分の後、皆様のうちの誰かが殺害したことになります。彼女の殺害を回避したい場合、サローラの怒りを買わないための方策をお考えください。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『海洋』における名声がマイナスされます。また、失敗した場合の名声値の減少は0となります。ご了承ください。

  • 何よりも美しく、この上なく醜い貴女完了
  • GM名るう
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年05月01日 22時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
シグルーン・ジネヴィラ・エランティア(p3p000945)
混沌の娘
武器商人(p3p001107)
闇之雲
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
銀(p3p005055)
ツェペシュ
ワルド=ワルド(p3p006338)
最後の戦友
嘴(p3p006812)
じいじって呼んでネ☆

リプレイ

●夢と現
 全てが美しかったなら、全ては凡庸に成り下がる。ならば、美しきもののみで身の回りを塗り固め、醜いものを蔑むその海洋貴族の美が、どうして醜くないことなどあるだろう?
 商人として舐められぬよう自らを飾ってはいるものの、端々から元船乗りらしい質実さを匂わせる目の前のジョルダーノ氏のほうが、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)にはよっぽど美しいように見えた。もっとも傍らに佇む『闇之雲』武器商人(p3p001107)に言わせてみれば、「あの依頼人は他人に弱みを見せまいと、健気にも気丈に振舞っているのさ、アレはアレでニンゲンらしいじゃないかい」とのことだったけれども。
 おそらくはサローラにとってこの世など、胡蝶の夢のようなものなのだ。だとすれば……彼女にとって美しさが当たり前なのにのも説明がつく。その夢を生かすのも殺すのも、夢幻の奇術師たる幻ら次第。
 けれども商人たちもまた、一攫千金の夢と現実の狭間を操る者と言えるのかもしれなかった。言葉を弄した幻に騙されず、ジョルダーノ氏は首を振ってみせたのだから。
「これは願ってもない取引です! ――ですがこういう取引ほど、焦らず進めるのが肝要でしょう。いかに紹介状があるといえども、初対面同士の私どもが急いでは、落とし穴に嵌らぬとも限りませんからな」

 なるほど、商人らしい慎重さじゃないか。やはりこういう交渉事の場では、『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は“ジョルダーノ紹介との取引を求めた旅の商人”の護衛役として、沈黙に徹するのがいいらしい。
 周囲に気を配るフリをして思索する。こんなきな臭い貴族の依頼、勇者が受けるべき依頼じゃないと。けれども……。
(俺がやることで傷つく人が少しでも減るのなら、これは俺がやる価値がある仕事だ)
 そして、その『傷つく人』というのにはきっと……ここ数日はどことなくずっと怯え、思い詰めつづけている、彼の弟子も含まれているのだろう。

●決行の夜
 サローラからの依頼が出てからというもの『自称カオスシード』シグルーン(p3p000945)の様子がおかしかったのは、師匠の目でなくとも容易く見抜けただろう。
(どうやら、依頼主が原因のようですが……)
 ……なのに、彼女はどうしてもその理由を、『最後の戦友』ワルド=ワルド(p3p006338)にさえ洩らしてはくれない。ただ「ごめんね、みんな。ごめんね、ベアトリーチェ」とかすれた声で呟くさまは、普段の童女のように天真爛漫な彼女からは想像もつかない……ローレットからここに来るまでも、交渉の決裂から今までも、誰にも見られぬようヴェールで顔を隠しつつ、時おり、小刻みに肩を震わせるだけだ。
 悪友とはいえ友として、ワルドにできるのはこの依頼を完結に導いて、絡まりかけたサローラとシグルーンの縁を、一時的にでも引き離すことだけだった。そのために必要な水死者の霊たちは、既に彼の周囲に喚び出している。あとは出島の中で騒ぎが起こるのを待って、彼らをけしかけてやるだけだ――。

 そのための準備は万端だったはずだ。シグルーンがパパと呼ぶ『永久の罪人』銀(p3p005055)が放った鼠の使い魔は、“商談”の間に陸と行き来する荷物に忍び込み、出島の中を人知れず我が物顔で駆け回り、倉庫街の作りを確認済みだ。さらに、出島の外――攫ったベアトリーチェを船まで運び出すための経路も、『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)の手で大まかに調査済みになっている。昼ならば、ただ海種の娘が水遊びしているというだけで見咎められることなどそうはない。よほど出島に近づきすぎたならばその限りではなかったかもしれないが、遠くでの反響定位が“偶然”届いてしまうのは、海の中では“仕方のない”ことだ。
 そして……夜の今は、海種による見回りが稀にあるのを除けば、水中は全くと言っていいほど警戒はないらしかった。もっとも見張りの少なさで言うのなら、陸上だって似たようなものではあるのだが。人類には錠前という文明の利器があり、常に全方位を見張っている必要はない。
 そして野生の生物たちも、夜の海に揺蕩って待つカタラァナを邪魔する素振りは見せない……海の中は不気味なまでに平穏で、まるでかの神の眠る深海を思わせる。

 時刻は、そろそろ東の空がそろそろ明るみを帯びる頃だった。長い夜の哨戒も終わりに近づいて、見張りたちの注意力も散漫になる頃合いだ。
 ならばそんな中誰かが大声で見張りたちを呼んだなら、彼らの注意がそちらにばかり向くのも仕方のないことだろう。
「おーい! 悪いんだけど道を聞きたいんだ! 少し教えて貰っていいか?」
 目深にフードを被った人物が見張りたちの掲げる灯りを見つけ、近付いてきたならば、見張りたちはどうせ酔っ払いか何かだろうと眉を顰めて、まともに取り合わずに追い払おうとする。
「いいか? ここはジョルダーノ商会の島で、お前のような余所者の目的地じゃあない。そろそろ日が昇って人が出てくるだろうから、海に落ちない辺りで待っておけ」
「おいおい、お前らが案内してくれたっていいだろ?」
「悪いが、俺たちは仕事中なんでな。仕事が終われば考えてやるが、それより他の奴らに連れてって貰ったほうが早い」
 思えばその“酔っ払い”が酒の臭いをさせないことに、彼らはその時気付くべきだったのだ。“酔っ払い”の正体はアラン。そして彼らが足止めを受けていたのは、定められた侵入ルートからは離れたところ――!

●侵入劇
「では……行こう。準備はいいか?」
 黒い衣服を闇に紛れさせ、出島の中を静かに駆けはじめた銀の姿に、仲間たち以外は誰も気付くことはなかった。
「勿論ですヨー」
 胡散臭いペストマスクを愉快そうに揺らし、指先に挟んだ注射器を掲げて追うのは『じいじって呼んでネ☆』嘴(p3p006812)。注射器の中身はおそらく、世間的には劇薬の部類に入るものではあろう。が、この不気味な闇医者の老人にかかれば、注射すれば数時間は起きぬ麻酔薬に早変わりだ……こう見えても腕だけなら彼は一流の部類に入るのだから。
 さらに……幻が彼らの後を追った。これよりジョルダーノ商会の出島は、彼女らの夢の舞台となる。ただし、商会にとっては悪夢の……けれども悪夢の到来を報せるべき橋の軋みは、潮騒の合間へと消えてゆく。

 そんな眠りの帳がガラガラという大きな音で妨げられたのは、それから少し経った頃だった。真っ暗だった倉庫の中を、星々と遠くの灯台の光が照らす。錠前が好ましからざる人物の侵入を防ぐというのは大いなる嘘で、あくまで破壊されるまでの時間稼ぎができるに過ぎない。
 すなわち……今、倉庫のシャッターは開かれたのだった。入口を順番に潜るのは、銀、嘴、そして幻の影。ベアトリーチェの許を目指して、3人は素早く倉庫の中へと身を躍らせる。
「困りましたねぇ、この大きな音で警備の者たちが気付いたら、戦闘は苦手なボクは真っ先にお縄じゃないですか」
「知っている。だから、俺たちがまず考えるべきことは、いかに戦闘を避けるかということだ」
 嘴が小声で捲し立てたなら、闇の中で銀の瞳が真っ赤に光った。彼は蝙蝠を従え暗夜に潜む王。開いたシャッターからの光しか届かぬ、このしんと静まった空間においては、今の彼は最も研ぎ澄まされている。
 その暗夜の王の鋭い耳が、確かに遠くの喧騒を捉えていた。まず聞こえるのは警備兵のものらしき悪態。それから駆け出す音がしはじめて、それから鈍い音が鳴る。
「2つあった足音が1つに減った。が……すぐに増えることだろう」
 そんな銀の予言を裏付けるかのように、けたたましい笛の音が鳴った。異常が起こったことに気付いた見張りが、仲間を呼ぶための合図だ……けれども銀は慌てもせずに、王の風格をもって幻へと尋ねる。
「……できるな?」
「もちろんで御座います」
 奇術師が恭しく一礼してみせたなら、“壁”が虚空より現れた。胡蝶の夢が生み出した壁は、倉庫全てを覆いはしないし、具現化できる時間も僅か……けれども暗闇に右往左往する嘴の手を引いて、幻が手探りでその裏へと隠れてしまったならば、ようやく現場にやってきて、カンテラでざっと辺りを照らしただけの警備兵たちの目など、自分たちを隠してしまうことなどは容易いだろう。

「あっ! 倉庫の扉が!」
 集まってきた兵たちのひとりが叫んだ。
「中を調べろ!」
 別の誰かがすぐさま命じ、幾人かが倉庫の中へとカンテラを向けた。けれども……よしんば彼らが違和感に気付いたとしても、まさしく幻の思惑どおり、その正体を精査することなどできようもなかった。何故ならその時倉庫の外で、ガタガタと怪しい音が鳴りはじめたからだ。
「……いいや、外もだ!」
 指示はすぐに変更されて、誰もが倉庫の外に意識を向ける。その音が実際には倉庫の商品を盗むことなどできやしない、ワルドの霊たちの仕業だなどとはつゆ知らず。
 その間にも“壁”は密かに次の区画まで進み、少しずつ倉庫の中を目的地へと近づいていた……目的地に繋がる扉を開ければ、ベアトリーチェの部屋まではあと僅かのはずだ。

 ポルターガイストに誘われた警備兵たち。それから、暴れるアランに対処しにいった者たち。タダでさえ厄介なこの状況の中で……さらなる悲劇が彼らたちを襲わんとしていた。
「おやおや、これは困ったねぇ……旦那がた、随分と忠誠心の高いこって」
 彼らの様子を遠巻きに眺め、ヒヒヒと嗤う者がいる。男とも女とも、そればかりか若いとも老いたともつかぬ、新たな闖入者――武器商人のローブを灯りにて照らせば、それは決して布などではなくて、“黒く不定形の蠢く何か”であることが明らかになる。
 幾人かが咄嗟に武器を振り上げたのは、彼らの忠誠の為せる技だったろうか? それとも本能的に武器商人の本性を察知して、この世に存在させてはならぬと理解したからか?
 いずれにせよその目論見は、常人であれば幾度肉片となったかも判らぬ攻撃を受けても再び甦る“バケモノ”を前には、決して通用し得ぬのではあるが――彼女を“殺す”ための“正しい”方法を、残念ながら彼らは知らぬ。

 そうして警備の目が一瞬だけ逸れた倉庫の中で……ついに彼らは侵入を果たしたのだった。
 そして出会う、ただならぬ喧騒に目を覚まし、不安げに辺りの様子を伺う瞳は――赤と青の2色をしていた。

●撤退戦
「誰……?」
 突如として扉の蝶番が軋んだ音に気付いて、ベアトリーチェは半ば震える声で、扉の向こうへと誰何した。
 返るのはおどけたような声。
「ごめんねぇ、チョーットおねんねして貰わなくっちゃいけなくってネ」
「誰か……!」
 人を呼ぼうとしたベアトリーチェだったが、何かが肩に触れた感触があった後、その部分が熱くなるような感覚に見舞われることとなる。それからのことを……彼女は覚えていない。ただ、朧げな記憶の中におどけた声の、「ナルホド、この瞳は確かに興味深いネ」という言葉が響いていたような気がする……。

「では、帰りマショウ」
 ベアトリーチェを眠らせ振り返った嘴。頷き姫君を抱え上げた王は、一路、踵を返して来た道を戻る。幻が作った偽者の壁と、本物の壁の間に生まれた道を。
 が……その行く手は塞がれつつあるところだった。
「賊を相手する前に、まずは倉庫を閉じろ! 奴らを倉庫に入れさせるな! もし既に入っていても誰も出すな!」
 誰かが叫び、幾人かがシャッターを閉じようとする……そのうちのひとりが突然転げ、辺りに血溜まりができはじめるも、他の者たちが必死に作業を続ける。そして残った者たちも貫く弾丸に穿たれて、次々に倒れてはシャッターから手を離す。
 死霊たちに任せておけばいい時間はもう終わりだった。ワルドの銃が誰かを傷つける度に、嗚咽にも似たシグルーンの懇願が、悪友の耳へと幾度も届く。ごめんね、でも“私”、“シグルーン”でいたいの、と。
 彼女が自分のことを『シグ』ではなく『私』と呼ぶ……その理由に思いを巡らせる暇など、今のワルドには許されていなかった。ここで手を休めて誰かが捕らえられてしまえば、シグルーンは二度と彼の目の前に現れることはなくなってしまうかもしれない。パパ――銀も、嘴じいじも、アランセンセも、結帝こと武器商人も――みんな、シグの大切な、かけがえのない“家族”たちなんだもの。
 閉じかけられていたシャッターが開き、銀の赤い瞳が現れた。同時、捕物のために焚かれた炎が、彼から夜の力を奪い去ってゆく。
 だが負けぬ。いや、負けられぬ。シャッターを支えるために傍らに置いた海種の娘へと、警備兵たちが見つけて群がってゆく……。

 東の水平線沿いの空は、そろそろ明るみを帯びはじめようとしていた。これだけ大事になってしまえば、もたつけばサローラの用立てた船まで捜索の手が伸びないとも限らぬ様相だ。
 陸上の喧騒は海の底で待つカタラァナのところまで届き、ベアトリーチェが彼女の許までやって来れないことを伝えてくれる。いや……哀れなご客人だけならば兎も角、彼女の仲間たちも帰って来れぬやもしれぬ。
 波間に跳ねた大きな魚。いや、海から跳び上がったカタラァナの姿。その喉が大きく息を吸い込んだならば、辺りは彼女の舞台へと変わる。
 紡ぎ出されたのは、深い、深い海の物語だった。そこに眠るは旧き者。夢見る神を言祝いで、彼女はその呼び声にて地上を支配する。
 その呼び声を理解してしまった者が、あるいは“正気”を失った仲間を畏れた者が、互いに互いを傷つけあう。この瞬間こそ、脱出のための最大の好機……!

 ……夜が明けて、商会だけでなく街の衛兵たちまでもが総出で海も陸も探しはじめた頃には、サローラの手の者たちと特異運命座標たちだけを乗せた快速船は、すっかり彼らの手の届かぬところまで逃げ果せていた。
 幾度か日が昇り、そして沈んだ頃には……さざ波だけが海を覆っていた。

●詰問
 期待外れ、と彼女は囁いた。
 ねっとりと睨めつける彼女の眼差しは、まるでかつての日々を思い起こさせる。だからシグルーンはヴェールの下で息を潜めて、全てが過ぎ去るのを待つばかりだというのに……そんな時に限って世界は彼女を嘲笑うのだ。
「これから申し開きをしようと言うのなら、せめて顔を晒すくらいの誠意はなさい?」
 シグルーンの全身がびくりと震えた。視界が揺れる。どうしてサローラは“ジネヴィラ”を、取り戻そうとしているのだろう? 嫌いだって言って、醜いって言って。あれほど酷いことをしてきたというのに。
 でも……諦めないといけないのかもしれない。
「おや、コレは医師たるワタクシめの正装でゴザイマス。ええ。胡散臭いのは存じておりマスが、コレを不実などと言われてはイヤハヤ」
 せっかく嘴が煙に巻こうとしてくれているのに、サローラはシグルーンのヴェールを見つめるのを止めない。動悸がする。もしも正直に真実を告げたなら、少しは楽になるのだろうか――?

「――すまない、人見知りをする子でね」
 けれども静かな怒りを込めた銀の声が、そんなシグルーンの思考を断ち切ってくれた。
「貴女のような美しい人の前で、期待に応えられなかった醜さを自覚させられる。それがどれほど緊張と恐怖を生むのかは、貴女のような方が想像するよりも遥かに強いものなのだ」
「それともモスカの僕が代わりに誠意を見せても、インディアクティスは納得してくれないかな?」
 カタラァナも、無邪気な顔でサローラの瞳を覗き込んでみせる。
「……そうね」
 サローラは深い溜め息を吐いて、椅子から伸ばした海色の尾を優雅に揺らしてみせた。彼女は少しばかり溜飲を下げたのだろう――もし、そうではなかったのだとすれば、場合によっては武器商人の術式が、彼女を灼いていたかもしれない。シグルーンに何があったのかは大体察した。確かに『美』で自らの弱さを補うサローラは、武器商人のお得意様になりうる人物ではあるが……どちらを優先するかと言われれば、自身を慕ってくれるアレキサンドライトの娘のほうであろう。

 もっとも態度が少しばかり和らいだからといって、サローラの不興は変わったわけでもなかった。だとしても、彼女のシグルーンへの興味を誤魔化すために、ワルドが事の次第を見てきたままに語ったならば……彼女の興味は特異運命座標らのひとつひとつの行動へのダメ出しに向いて、すっかりシグルーンのことを忘れてくれるのだ。
「ええ、もう十分。……この世界はなんて醜いのかしら」

 追い出されるようにサローラの許を去り、特異運命座標らの依頼は終わる。せめて罪なきベアトリーチェの命ばかりは救うため嘴が用意しておいた、偽装工作の出番を残したままで。
 その結末は……。
「マァ、医者なんて本来、必要がないほどイイに決まってるでしょうヨー」
 ……もしかしたら2人のダイクロイックアイの海種の娘にとっては、ある種の救いのある結果であったのかもしれなかった。

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 今回、皆様のプレイングが心情やベアトリーチェの救出に重きを置いたものになるだろうことは予想しておりましたし、渦中の本人に関しては尚更でしょう。そこに文字数が割かれたせいでシナリオが失敗になるべきだとは、私自身も思わないのです。
 が、それは細かな部分が省略されるのは仕方ないという話であって、方針自体が依頼遂行上の障害を克服するためのものになっていなければ別の話。
 ……と、心情等が多かったのが失敗原因だと誤解されてしまうと困るので念のため申し上げておきます。

 なおベアトリーチェに関しては、サローラは今回の“海賊侵入事件”への調査協力を口実にジョルダーノ商会に接近し、今までより積極的に手を回す結果、無事にジネヴィラではないと確認できることでしょう。彼女に関してはご心配いただかなくても問題ございません。

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