PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<永縁の森>銀に粧うトロンプ・ルイユ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●森に惑うトロンプ・ルイユ
 銀の森――鉄帝と傭兵の国境に存在する美しいその森に巣食う魔種の迷宮。
 メルカート・メイズの迷宮は『お宝』が眠り、そして多数の罠がトレジャーハンター達を返り討ちにするというものだ。迷宮の入口を発見し、そして集めた情報で一度『状況整理』と『作戦会議』をする為に特異運命座標は森の入口へと引いた。
 魔種の影響を色濃く受け、力を暴走させる氷の精霊の女王『エリス・マスカレイド』。
 彼女を傷つけないで欲しいと願い、黑き獣に怯え続ける『マスカレイド・チャイルド』。
 そして、協力体制となったのは自身を『精霊種』と例えた炎の青年、フレイムタン。
 彼は混沌世界に起きた大きな影響――特異運命座標の大量召喚という未曽有の出来事――により世界が変化し、事象が結び付いて生れた純粋なる種であると特異運命座標に告げた。精霊と意思を疎通させ、そして己が傍にいた炎の精霊の意思を継ぎこの森を救うために踏み入れたという。
「それじゃ……フレイムタンくんは『森を救う為』なら、仲間でいいよね?」
『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)の言葉にフレイムタンは頷いた。
「炎……いえ、苦手なだけで、フレイムタン様には何の瑕疵もないのですが――。
 あ、あの……炎以外にも、例えば花や水、エリス様の様な氷の精霊種も?」
『銀凛の騎士』アマリリス(p3p004731)は防寒具を再度纏いなおしながらそう聞いた。
「ああ」
「混沌世界に或る事象と結びついて生れ落ちた種か……。興味深い、が。今はそれどころではないな。
 話し合うべきは『エリス・マスカレイド』への対処か。迷宮に踏み入れるにしても彼女の存在はネックになる」
 迷宮の前に獣と共に陣取る『エリス・マスカレイド』。思い浮かべては『堕ちた光』アレフ(p3p000794)は居心地悪そうに小さく呟くのみだ。
「殺してしまう――ってのはナシっすよね」
『双色の血玉髄』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)は肩を竦めやり辛いという様に小さく息を付く。
「殺すと世界に影響が出るんだろうな。ラサに氷の気配が運ばれればバランスが崩れる、そうだしな」
『天翔る彗星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)に「世界のバランスが崩れれば厳しいことになるだろう」と『接待作戦の立案者』空木・遥(p3p006507)も困った様に呟く。
「――それじゃあ、迷宮に入る前にエリスをどうにか御さなくちゃね。
 エリスに攻撃をするとマスカレイド・チャイルド達からの心象も悪いだろうし……」
「何らかの対策を講じなくちゃ」
『瞬風駘蕩』風巻・威降(p3p004719)は悩まし気に呟き、『蒼ノ翼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は幾つかの選択肢を上げる。
 エリス・マスカレイドの実情はきっとマスカレイド・チャイルド達も分かっている。
 ならば、説得するのも一つの手だ。エリスを正気に戻すために手伝って欲しい、と。
 若しくは、説明後マスカレイド・チャイルド達には危害が及ばぬように引いてもらうのも手だとはルーキスは言う。
「それは……女王は此方で対処するから、獣たちへの対処を願うという意味でもありますね?」
『守護天鬼』鬼桜 雪之丞(p3p002312)が口元を袖で隠して首を傾げればルーキスは頷いた。
「何にせよ、エリス・マスカレイドとの戦闘は避けられないとは思う。
 彼女との戦闘ポイントもいくつかあるね。迷宮の前、それか、迷宮の中――」
 メルカート・メイズの迷宮は一度は居れば踏破するまでは出られない。エリス・マスカレイドが他の場所に出ていくのを防ぐという意味にはなると『観光客』アト・サイン(p3p001394)は告げた。
「正気に戻ったエリス・マスカレイドは戦える……のでしょうか?」
「わからんがダメージは得ているだろう」
 雪之丞はフレイムタンの言葉に「無理をさせるのはあんまりでしょうか」と小さく呟いた。
 エリス・マスカレイドへの対処を行い、そして、迷宮の奥にある『迷宮の黑き獣』を倒すことでこの迷宮は終わりを告げるだろう。
 物資は未だある。休息も作戦会議で十分とれた。あと、残るは――メルカート・メイズ。
 迷宮を作り出す魔種は確かに迷宮の中に存在している筈だ。どうしたものか、精霊の力を取り込み『あまり重要視されていない魔種』から『危険な魔種』に変貌していっている。
「迷宮でメルカート・メイズと出会った時にどうするか」
 遥の言葉にアレフは問題だな、と小さく告げる。彼女の戦闘スタイルは余りに『情報が足りて居ない』。だが、見過ごすわけにもいかないというのが実情だ。
「情報を収集しながら、メルカート・メイズへの対策を練るのも手だが……。
 迷宮にはいる以上は全員の意思を『統一』しておかねばならない」
 アレフの言葉に、特異運命座標は頷いた。森の入口、ここから『迷宮へ向かう』か否か。もしも、先遣隊として動いた10名が行く必要はないのだとフレイムタンは特異運命座標をぐるりと見回す。
「決意のある者だけ、共に行こう」
「……ああ、少し考えさせてくれ」

●メルカート・メイズの迷宮
 寒い場所だった。けれど、暖かい場所でもあった。
 この手にした宝玉の中で皆のいのちが蠢いている。
 ひとりじゃない、ひとりじゃない。
 けれど、強い人はこないでいい。
 わたしはみんなのいのちを抱えて生きていくから。
 こないで、こないで、こないで。
 邪魔をしないで。
 選ばれたんでしょう?

 選ばれて、それでまた居場所を奪うの?

 私は、わたし――メルカートは選ばれなかったのに。
 狡い。『勇者様』達、放っておいて。誰も来ないで。
 ああ、けれど――勇者様を取り込めば私も、強くなれるのかな……?

 外でエリスが戦ってた。
 エリス、お友達になってくれなかったあの人。その力、いいなぁ……。

 ――みんなみんな、ずるい! ぜんぶ、ぜんぶちょうだい!!

GMコメント

【 重要 】
 本依頼は特殊依頼となります。
『<永縁の森>森に惑うトロンプ・ルイユ』、『<永縁の森>銀に粧うトロンプ・ルイユ』を前・後編として取り扱われるEX依頼です。
 その為、前編(森に惑うトロンプ・ルイユ)参加者には後編での『参加優先権』が付与される事となります。
 ※あくまで参加優先権であるために、後編にて参加を希望されない場合は通常通りの抽選となります。

●<永縁の森>
<永縁の森>の冠を持つ依頼は『調査』『探索』が重要となります。
本冠を持つ依頼の達成により、世界に何らかの変化が訪れます。幸運を祈ります。

●成功条件
 ・氷の精霊の女王『エリス・マスカレイド』を正気に戻す
 ・メルカート・メイズの迷宮の破壊

●フレイムタン
 己を精霊種と名乗った純種。この世界に生れ落ちた新たな種族。
 精霊のためにこの森を守り迷宮を破壊するために特異運命座標とは協力体制を敷くようです。
 戦闘能力はそれなりのNPCと考えてください。精霊と疎通することが可能。また、探査系のスキルを所有しています。特異運命座標とは協力する為指示があればご記載ください。

●氷の精霊『マスカレイド』
 女王エリス・マスカレイドを中心とした氷の精霊たち。銀の森を拠点として日々を暮らしています。
 彼女の配下は皆マスカレイド・チャイルドと呼ばれ、仮面をつけています。
 エリス・マスカレイドが魔種に飲み込まれているために、マスカレイド・チャイルド達は皆怯え乍らどうするべきかを思案しているようです。

●エリス・マスカレイド
 氷の精霊の女王。美しき精霊の女。
 非常に強力な個体であり、氷を用いて攻撃を行います。BSなども多いため注意をして下さい。
 呼び声に感化されているためノックダウンすることで、その意識を正気に戻す事が出来ます。

●魔種『メルカート・メイズ』
 アト・サインが寄せた情報によれば、行方不明時12歳の少女です。
 太陽の陽に焼かれる奇病を持ち、英雄譚に憧れて居ました。その能力は迷宮作成。
 手にした黒き水晶より黒き獣と靄を生み出し続けます。彼女と『黑き獣(ボス)』を中心として迷宮を生み出します。
 銀の森ではその力が暴走気味であり、森を飲み込むほどの迷宮が発生しています。
 メルカート・メイズ自体は特異運命座標を見つければ【捕獲】に動く可能性があります。捕獲された際は命の保証は在りません、寧ろ、待ち受けるのは死であるとか覚悟をして下さい。
 但し、彼女は非常に探査スキルで居場所を察知しやすいため対策を行えば対処できるでしょう。
 また、彼女の戦闘スキルは不明ですが、彼女を此処で倒すことも可能です。

●メルカート・メイズの迷宮
 彼女自身を始点とした迷宮です。彼女の周囲には黑き獣がいるため、戦闘になった場合は『人数的な不利』があるでしょう。
 迷宮には罠、モンスターが配置されており、道は変化していきます。

 また、迷宮発生の影響で銀の森事態も『方向感覚』と『時間感覚』を狂わされており、一度入ると出ることが出来なくなります。まるで異空間のようだ、と精霊たちは云います。
 本依頼では『迷宮の入口』の発見が成功条件となります。
 森の中のどこかに迷宮の入口が存在していますが――その周辺は凍て付く氷の気配が鋭く、氷の精霊の力の暴走が見られます。
(※氷の精霊にも注意をしながらの探索が推奨されます)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 よろしくお願いいたします。

  • <永縁の森>銀に粧うトロンプ・ルイユ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年03月04日 00時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)
大悪食
アレフ(p3p000794)
純なる気配
ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
アト・サイン(p3p001394)
観光客
鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
風巻・威降(p3p004719)
気は心、優しさは風
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
アマリリス(p3p004731)
倖せ者の花束
空木・遥(p3p006507)
接待作戦の立案者

リプレイ


 例えば、それは深い闇の中での話だ。
 ふんだんに飾られたフリルとレースの中、天蓋のついたベッドで眠る様な。
 ぬいぐるみたちを並べたドールハウスの様な一室でアフタヌーンティーを楽しむ様な。
 微睡の様な――希望に塗り固められた絶望の少女。
 その迷宮を彼女の『希望』の塊だというならば、絶望に染まった彼女は度し難い存在ではないか。
 エリス・マスカレイドは慈愛の乙女であった。
 だからこそ迷子の様なその魔種に穏やかな対話を求めたのかもしれない。

「けれど、」

 メルカート・メイズは言う。

「――それでも、わたしは凡人(ふつう)じゃない」

 天は二物を与えず。
 ならばどうして、世界には英雄が溢れているの? 神様。


『森』は混沌そのものだった。混沌(せかい)の縮小版。
 純なる種、旅人、そして、世界の基盤たる精霊に、悪意の種『魔種』。
 全てを飲み喰らう森の中を歩みながら『爆弾』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)はその奥――一度は見つけた扉を探す様に赤い瞳をぎょろりと動かした。
「やれやれ、参ったな。迷宮の事もエリスさんの事もあんまり時間が無い。
 もう少しじっくりやれたら良かったんだけど……仕方ないか」
 筋道を立てて考えたならばこの問題はシンプルなのであろうか。じっくりと時間をかけて『誰もが幸福な結末』を与えることができたならば最良であるのにと『瞬風駘蕩』風巻・威降(p3p004719)は肩を竦める。
「迷宮の魔種――メルカート・メイズの事だって、もっと調べることができたかもしれない……」
「『かもしれない』っすね。メルカート・メイズ。
 強欲にしては品が良く、魔種としてはあまりに薄い。
 僕の――いや、僕の先入観での――第一印象は『弱い』だった。儚い少女。そのかたちとしてなんたるや」
 ヴェノムはメルカートの事を想像するように目を伏せてそう言った。それはヴェノムの暴食の強欲(くうふく)を満たすに至らぬ存在であっただろう少女だ。
「いいや、弱いさ」
『観光客』アト・サイン(p3p001394)は言う。
「メルカート・メイズは、誰よりも『弱く』、誰よりも『普通』さ」
 その身に訪れた不幸を嘆くだけの、曖昧な存在なのだとアトは静かに言った。
 彼にとってはメルカート・メイズという少女の話は彼が資料庫に投じた情報のひとつなのだろう。観光客たる所以、何処ぞに現れたダンジョンに足を踏み入れんとする際に小耳に挟んだ程度の迷宮創造の主。
「メルカートさまにとって、この世界は決してやさしいものではなかったのでしょう」
「それは確かにそうだ」
 自由の利かぬ体に、語り継がれる英雄譚。少女ならば誰もが耳を傾け、憧れた御伽噺を空に口にする様にして『天義の守護騎士』アマリリス(p3p004731)は眉根をきゅっと寄せた。アトは言っていたではないか――メルカートは『英雄』に憧れてもなれなかった凡人だと。
「英雄譚が語られるだけの話であればよかったのでしょう。
 けれど、世界は私(いれぎゅらーず)を容認してしまった。英雄を、膨大に増やしたのですね」
 囁くアマリリスの言葉を静かに聞いていたフレイムタンは静かに息を付く。
 炎を苦手とする彼女とは少しばかりの距離を開けた『炎』の気配を纏わせた精霊種(グリムアザース)。髪は焔が燃え上がる様に変化し、その四肢にも炎を纏わせた世界の因子が混ざり込んだ新たな種。
「俺達も『世界が英雄を容認して生れ落ちた種』だ」
「うん、うん。ボクがフレイムタンくんに親近感を覚えて喜ぶのと対照的に、『精霊種』そのものを忌む魔種がいるのは理解できるよ」
 炎だというだけで浮足立ったんだもん、と『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はちらと傍らのフレイムタンを見遣った。
「ボクらがこうして世界に大量に召喚された。その状況が『英雄が沢山産み出された』って事だもんね」
「英雄……と呼べるものであるかは定かではないが」
 静かに息を付いた『堕ちた光』アレフ(p3p000794)は「そう称するのが一番手っ取り早いのは理解している」と淡々と告げた。
「英雄だからこそ、こうして悪しき者が世界を蝕むこの森に踏み入れることとなり――そして、二度目だ」
「英雄ってのは大変な仕事だ」
 肩を竦めて『天翔る彗星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)は冗談めかす様にアレフへと告げた。肩口から飛び立つファミリアーの鴉・ヨガケを見送り、一度目の潜入で得た情報を頼りに道を進んでゆく。僅かな時間でも森が変形していることから『同じルート』というだけでは辿りつけない事、そして魔種の影響が強くなっていることをウィリアムはひしひしと感じた。
「こんな『迷路』に情報という武器もなく入り込むんだから、憧れるのは簡単でも、為るのは一苦労……英雄ってのも大変なもんだよ」
「ああ、そうだな。状況が不明瞭な以上、現場で情報を得て対処していかざるを得ない。……油断せず、我々の全力を以て対処にあたるとしよう」
 冷静なアレフはウィリアムより耳にした情報とその聴力を武器に探索をスムーズに行うべく進んでいく。
 きょろりと周囲を見回してランタンを揺らした『朱鬼』鬼桜 雪之丞(p3p002312)は「森にまで侵食する魔種の影響というのは計り知れないものですね」と解けない氷鈴を手にしながら静かに呟いた。
「……『メルカート・メイズ』ですか。
 魔種クラリーチェの無邪気さとは掛け離れ、魔種チェネレントラの愉悦にも及ばず、何より狂気の色は魔種『ルクレツィア』に片とも触れぬ夢見がちな少女、ですね」
 強欲。ならば、この場の特異運命座標の視線を奪う事さえもメルカートにとっては望ましいことなのだろうか。これは彼女との戦いの続きであると『蒼ノ翼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は定義していた。
「メルカート・メイズには申し訳ないが、最優先はエリス・マスカレイド、彼女だ。
 迷宮の破壊も優先事項かな? 何にせよ、彼女の相手は二の次になるね」
「はい。メルカート・メイズ――夢見がちの魔種『本人』の脅威度はそれほど高くはありません」
 ルーキスは縁が結ばれればまた出会えるだろうと静かに告げる。確かに、アトが寄せた情報のメルカートは『それ程脅威的ではない魔種』だ。雪之丞の云う通り『本人』の脅威度は低く、寧ろ、銀の森という美しきこの場所が標的であったことで脅威度がぐんと跳ね上がっただけとも言える。
「本当に、夢見がちです。憧れたモノが、憧れたモノのままであると……。
 拙にとっては、本来の銀の森こそ、憧れるものですが――憧れ、焦がれ。近づくほど、届かぬと知りながら。なお欲す業は、似ていますね」
 誰に、とは雪之丞は言わなかった。森を進む中で、其々がそれぞれの思惑を胸に抱いているのだと『接待作戦の立案者』空木・遥(p3p006507)は実感していた。
「エリス・マスカレイド。氷の女王。
『子供』らは素直であるようにも見えたが……親は背負いすぎているのではないか?
 子を守る為、その責務は子に何ら期待をして居ないようにも思える」
 遥は淡々と、告げた。カンテラと軟水を手にしながらも敵襲を警戒し感情を探知する遥は仲間達との情報交換で銀の森の中での最短ルートを確かに辿っていた。
「親子というのは譬えであって、本来は力の弱いものを守るリーダー格というのが相応しいのかもしれないな」
「……成程、しかし、弱者の力というのも侮れないだろう? チルドレンと呼ばれた精霊と協力すればメルカートという魔種を追い出せたかもしれない」
 フレイムタンの言葉に静かに遥は唇に指先宛てて呟いた。尤も、それはたらればでしかないのだと遥は告げ、森の奥より吹いた凍える風を追い掛ける様に一歩、足を進める。
「いずれにしても、頭に血が上っていては声も届くまい。まずは落ち着いて話をする場を整えよう」


「エリスちゃん、様子がおかしかったよね? 元々どんな精霊さんなのかはわからないけど、周りの子達も戸惑ってるみたいだった」
 焔は表情を曇らせる。エリス・マスカレイドの事を知るには時間が足りなかった。威降の後悔と同じ様に焔も僅かに焦りを滲ませるように小さく呟く。
「そうだね、エリスの様子は確かに可笑しかったし、どんな精霊(ひと)だったのかも調べる時間があれば――……ああ、君は、何か知っている?」
 威降の問い掛けを受けてフレイムタンは「穏やかな女性とだけ」と小さく告げた。
「我らも精霊全てを知っている訳ではなく、偶然の事で生み出され、そして、エリス・マスカレイドの異変を知っただけ。力になれず、済まない」
「いや、君達という精霊種……? がいることを知れただけでも儲け物かもしれないよ」
 柔らかに告げた威降は休息を少し取ってからエリス・マスカレイドと相対しようではないかと提案した。
「うんうん。万全の調子でいかなきゃね!
 森を守りたいって気持ちは残ってるみたいだし……自分で滅茶苦茶にしちゃったらきっと悲しむよ。エリスちゃんのためにも止めてあげないと!」
 焔がやる気を漲らせるように掌にぎゅ、と力を込めた。きっとパルスちゃんもその方が喜んでくれる――なんて、冗談を交えて小さく笑った焔。感じる冷たい空気はエリス・マスカレイドの力の暴走が故だろうか。
「少し寒いかな?」
「そう……ですね、微かに冷気を感じますから」
 温暖な銀の森、というのもどこか嘘のようだとアマリリスは掌に息を吹きかけた。グラオ・クローネを口にしたアレフは「甘いな」と小さく呟き、ウィリアムは「タイムリーな食糧だ」と冗談めかして小さく笑う。
「さて、ヨガケも戻った事だし、そろそろ行こうか。特異運命座標(えいゆう)の本領発揮だ」
 迷宮前に立っていたエリス・マスカレイドはたしかにその位置にいるのだろう。迷宮内部での戦闘はメルカートとの接敵の危険や獣たち、迷宮そのもののギミックも危険である。
 遥は「事前に確認しておきたい」と威降やアトを振り返る。
「獣の撃破が迷宮破壊に繋がる認識でいいのか?」
「ああ、最奥の所謂『ボス級』の撃破で迷宮は破壊される筈だ」
 威降の言葉にアトも「その認識で相違はない」と頷く。敵襲を警戒していた遥は程近くある敵意や焦り、怯えの感情から氷の精霊たちが程近い距離にいることを認識する。
「勇者ってなんでしょうねってアランに聞いたら、誰かを助け、誰かを笑顔にする者って言ったよね」
 小さく呟くアマリリス。勇者ってなんだというその問い掛けを脳裏で反芻するようにしてアレフは只、彼女の言葉を聞いていた。
「自分は混沌の救済を願う者。森を救えるのならその勇者……手探りながらも目指してみます。ここで勇者にならずして、何が特異運命座標(かのうせい)か!」
 武器を手にしたアマリリス。ゆっくりと、歩を進めていく特異運命座標達の前には確かに精霊の姿があった。
「精霊たちよ。我々は森を守りに来た。この異変を直しに来た。
 ……人間なんかの言葉を信用できないかもしれません。我々を嫌いになってもいい、ただ、今、この場だけ目を瞑ってください。
 乱暴な事するけれど、魔種から貴方たちの女王を救う為――貴方方の日常を救う為、任せて頂きたい!!」
 胸を張るアマリリス。傍らに立っていた遥は「森を守るのは約束しよう」と守護結界を展開した。
「エリス・マスカレイドは此方を攻撃してくるだろう。それは『彼女の本心』ではないだろう?」
 確かめるように、感情を探知しながらそう言った遥。エリスに関しては不殺を徹底するという方針を確かめるように振り仰ぐ彼に焔は大きく頷いた。道の存在と未知の物品、それが迷宮の入口を示しているのだとアマリリスは小さく息を飲む。
「皆さん、あの迷宮の入口に落ちている黒い結晶――あれが」
「ああ、あれが『入口』なのだろうね」
 解析がうまくいったとアマリリスが頷き、アトは「入口が分かったなら次は女王への対処だ」と緩やかに返す。
 周囲に漂う精霊たちを温度視覚で確認しながらも疎通できないからと威降はあくまで状況の確認に徹していた。
 此処に辿り着くまでの最短ルートをたどったとしても、体が感じた疲労は数日分の者だ。食料も1日分は食べきっており、それほど時間がたったわけではないのにという感覚もその胸に過る。
(練達上位式の見張りも駆使してここまでやってきたんだ……精霊たちにはしっかりと分かってもらわないと)
 威降は緊張した様に精霊たちと、そして仲間のやり取りを見詰めている。エリス・マスカレイドの動きに攻撃動作が見えたその刹那、遥が「明らかな敵意だ」と声を上げ、威降が武器を構える。
「精霊たちが――!」
 エリスを守ろうとするような動きを見せたのだとアマリリスが声を荒げ、焔が「違うの!」と慌てた様に言う。
「フレイムタンくん……!」
「連携が取れていて良しと褒めてやりたいな、氷の精霊」
 淡々と告げたフレイムタンにルーキスは「違いないわね」と小さく告げる。
「わかるわ。皆が私たちに向けて『恐怖』『戸惑い』『不安』。
 それを抱くのも分かる――けれど、魔種の支配や影響からエリスを解放する為なんだ」
 エリス・マスカレイド――彼らにとっての親の様に愛おしい女王。それに刃を向けるならばルーキスは精霊たちの感情が痛いほどに分かる。
「魔種の対策として、心を強く持つこと、キミ達の女王を信じること……。
 そんなアドバイスをして、女王を助けにした部外者は信じられない?」
 朧夜蝶をこつりと鳴らしたルーキスは殺戮者の名を冠するそれをそ手にし魔導銃に宿らせる。
「信じられないかもしれない――気持ちはわかるさ。けど、信じて欲しい」


「お願い、話を聞いて!
 ボク達は森を荒らしに来たんじゃないの。森を元に戻してエリスちゃん達を助けて欲しいって精霊さん達に頼まれて来たんだ!」
 焔は声を張り上げる。エリス・マスカレイドの攻撃は留まるところを知らず、より苛烈さを増すだけだ。
 彼女に声をかけ続けるのも難しいか――しかし、彼女は魔種ではない。あくまで影響を受けているだけだ。その微睡のような『影響(どく)』を抜いてやれば彼女を救う手立てはそこにはあると特異運命座標達は知っていた。
「今エリスちゃんは森をおかしくしてる原因、魔種の影響を受けちゃってるみたいなの。
 ……今なら1度気絶させたり出来れば元に戻ってくれるはずだから、森とエリスちゃんを守る為に協力して欲しいの! 戦うのが嫌なら何もしないでいてくれるだけでもいいから……」
 力を貸してほしいと告げた焔に困惑した瞳で見守っていた精霊たちが顔を見合わせる。フレイムタンの姿が特異運命座標と共に在ることに彼らは確かな『戸惑い』を感じていたのだろう。
「此処まで来た以上、そう易々とやられる訳にはいかんのでな。勝たせて貰うぞ……!」
 エリスを無力化することでその自我を取り戻せると繰り返し精霊たちに告げ続ける特異運命座標達。その様子を眺める精霊たちはエリスを相手取り、攻勢だけではなく防戦の方面でも戦場を優位に進めるアレフをちらと見遣った。
「―――」
 何事か、囁く様な精霊の声がする。それをフレイムタンは小さく笑いアレフに告げた。
「君は『清純』な気配をさせている、だと」
「……ふむ?」
「信じてみても良い、かもしれない――曖昧だな」
 曖昧だと笑うフレイムタンにアレフは今はそれでいいのだと静かに、告げた。
 雪之丞はウィリアムを庇う様にその身を投じる。りん、と鈴鳴らす様な焔の気配を纏わせた彼女に続き素早く飛び上がった焔が「いくよー!」とエリスに向けて飛び込む。
 女王を戦闘不能(しょうき)にするが為、回復役を担い戦うウィリアムはフレイムタンの存在にも気を付けていた。彼は未だまだイレギュラーだ。どのように戦うか――その身に可能性を宿しそれを燃焼させて立ち上がれる特異運命座標と同じ存在であるかをはかるかのようにウィリアムは静かに動向を見守っている。
 瞬間記憶をもとにしてエリスの一挙手一投足を確認し、優位に戦場をコントロールしようとするウィリアムの星界の魔杖に向けて、氷の刃が飛び掛かる。
「成程、回復手を先にというのは度の世界でも定石か」
 アトが小さく笑いライク・ア・ローグで身をいやしながら波間に没したる国の剣を手に観光客として得た薬剤知識を武器とする。
「自分には縁もゆかりも無いこの森の状況……。
 でも、今、目の前で誰かが悲しんでいるのなら、それを助けない理由なんてない!
 私は救う為なら手を伸ばす!! 魔種の声など聴くな!!」
 叫ぶようにそう言ったアマリリスに向けて飛び込む氷。アレフはその氷の刃がエリス・マスカレイドの『本心』ではないのだと気づき其の儘、声をかけるのだとアマリリスを促す。
「薬剤では治せぬ病の様に、成程ね。言葉というのは中々によく届く」
 アトは罠解除や隠蔽工作で作成した安全地帯に精霊たちを匿いながら静かに言う。
「よく見て居てくれ。『お人よし』は何処までお人よしかを」
「え?」
「え?」
 ぱちりと瞬く精霊たち。信じていいか、まだ定かでない特異運命座標達を見上げる瞳を受け止めてアトは只、息を付いた。体感時間と歩数、油の減り。そのどれもがその体に感じる疲労感を『嘘』だと認識させてくれる。
 エリスのその身にも疲労感は蓄積しているだろう。早く、解き放たねばとアトが顔を上げれば、アマリリスが地面を踏み締めた。
「己の心を、己を取り戻して――貴方にも守らないといけないものがあるはずよ、エリス!!」
 氷の刃を弾くようにして飛び込むアマリリス。それに続くは鈴鳴る様に声を震わせた雪之丞。
「悪い子には拳骨、ですね」
 拳を向けて、エリスの体がぐらりと傾いたのを雪之丞は確かに実感した。
 そうだ、悪い子なのだ。仕方がないではないか、幼い頃はよくそうして怒られた。
 エリスがぐらりと傾いたそれを精霊たちが支える。暫しの休息の後、雪之丞は「我々はこの奥に」、そう告げて迷宮へと入り込んだ。
 身体が軽く感じられたのはマスカレイド・チャイルド達が自身の女王を救ってくれたと加護を与えてくれたからであろうか。
 ヴェノムとフレイムタンは休息を必要とするエリスの安全を優先すべく周辺の獣の対処や敵対生物の調査を簡単に行った結果、氷の精霊たちは女王の為に安全を確保するから『進んでくれ』と特異運命座標に依頼してきた。
「森を救って欲しいの」
「救って欲しいの」
「……ああ、無論だ」
 頷くアレフに精霊たちはぱちりと瞬いて彼の袖をくい、と引いた。
「おにーさんたちは勇者?」
「おにーさんたちは英雄?」
 精霊たちは噂好き。アマリリスの口にした言葉を此処で肯定したならばきっと一つの英雄譚が噂されるのだろう。アレフはそれを感じ撮り、府、と小さく笑みを浮かべる。
「さあ、どうだろうな……?」

 昏く、何処までも続くかのように思える迷宮。それは特異運命座標達にもなじみある果ての迷宮とは違い何所か『妄念』が漂うかのような場所であった。
「一先ずは罠に気を付け、そして、配下であろう獣は避けてボスを狙う」
 アトの指示に頷くアレフは「出来る限り探索の時間を短くすべく探査に注力しよう」と情報を共有しながら周辺の警戒を続ける。
 休息場所は隠蔽工作で出来る限り目立たぬように。秘酒を散らして嗅覚で探し求める獣の方向を誘導し、進路を偽装しながら進むアトにウィリアムは「流石は観光客か」と小さく笑う。
「ダンジョンアタックはここまでしなくてはね」
 軽く告げたそれに威降は目を見張るものがあると小さく笑い、ふと、顔を上げた。
 そろそろ最奥だと感じていた。ならば、そこにある獣は今までの者とは異質だ――あれが、ボスかと遥が告げ、威降は頷いた。
 黑き獣――その前に経っていたのはそうだ、メルカート・メイズではないだろうか。


「退くならば、追わない。
 だが僕を『喰う』なら命を賭けてもらう事になる。何時だって僕は『本気』だが」
 ヴェノムはゆっくりとUnderDogを構えた。眼前にふわりと浮かぶ虚無を内包した『塊』を手にする乙女。
「――……」
 ヴェノムを見遣るメルカートの瞳は朧気だ。このパーティーの方針はメルカートとの戦闘は出来うる限り避けるというものだった。
 メルカートとヴェノムの距離は3m。その間にはこの迷宮の鍵たる獣が牙を剥いている。
「君は如何だ。命のやり取りは。選ぶのは君だ。君のなりたい物は何だ? だが欲望に殉じるなら是非も無し――さあ、どうする」
「わたし、は――」
 メルカートの瞳は、幼い少女にしては余りにも虚無だ。
 その色をアレフは『空っぽの器』であると認識していた。
「みんな、ずるいもの――!」
 ちょうだいと喉奥より掠れた声が飛び出した。
「僕が欲しいってか? 僕は君が思うような選ばれた人間じゃない。
 英雄のような強さも、勇者のような気高さも、何も持たぬ観光客さ」
 アトの瞳がメルカートを見遣る。獣と応戦する雪之丞が一歩引き、ちりりんとなる音に気取られたメルカートの横面へと飛び込んだ加圧式消火器。
「ッ――!!?」
 それは物理ではない、目をぎゅっとつむった魔種は恐らくは普通の少女らしい反応をしたのだろう。戦闘には慣れぬ、体の弱い脅威度の低い魔種。
「ハハッ、冒険譚にこんな奴いたら壁に本を叩きつけてたかな。だが僕は、君に『勝利』するんだッ」
「いや――!」
 喉奥から裂けるような声が響く。メルカートの抵抗はたしかに魔種の力そのものだ。
 彼女が唯一と言って良いほどに持っている魔種としての脅威。特異運命座標を取り込まんとする力を弾く様にヴェノムは刃を手に飛び込んだ。
「いいぜ、嫌いじゃない」
 アトが距離を取り、メルカートに応戦するように顔を上げる。黑き獣の様子を見遣ったアレフが「あと少しだ」と声をかける其れに頷いてフレイムタンと遥はメルカートを視線から外した。
(此の儘、魔種に構い倒して居れば戦闘が長引き、より不利になる。
 外でエリス・マスカレイドの云っていた『短期決戦で迷宮より逃げれば力になる』という言葉を信じるしかないだろう……)
 遥の感じた焦燥はメルカートが感じるものとも雪之丞が譬えたものとも、そしてヴェノムが感じるものとも違うのだろう。
「欲するが為、焦燥に身を焦がす――いいね、悪くない。
 結局、僕も迷ってる。ま、偶には成り行き任せも悪く無い。儘ならないのが人生だ」
「そんな人生、いらない……!」
 その場を動くことなく、コアをぎゅっと抱き締めてメルカートが駄々をこねる様に首を振る。
 獣が飛び出したそれをアマリリスは受け止め、「甘い」と静かに呟いた。
「黑き獣と聞いて笑えますね。イレギュラーズを幻想に返すのも、自分の仕事です! 此処で誰一人としても倒れるわけにはいかない!」
「概ね同意だ。彼女に構っている場合ではないからね。
 ……視線もすべて奪えるようになるには少し早かったのではないかな、少女(レディ)」
 アマリリスが戦線の維持に徹するように、ルーキスは攻撃の手を緩めることはない。
 獣に刻まれた傷は深く、ぐるると呻き声と唸り声が混ざり合う。
 持久戦となるこの状態にルーキスはダンジョンアタックとはそう言う者であったなと小さく笑う。
 幽艶なるイグニスを手にした彼女の放つ暴虐の紅玉は煌めく薔薇を咲かせ獣よりリソースを奪い続ける。
 只、獣(ボス)に狙いを定めていた威降はその手を止める事無く攻撃を続けていく。その視界を覆ったサイバーゴーグル。全力で頑張るのは未だという様に黑き獣とメルカートの距離を取る。
 吹き飛ばされるようにその背を強かに壁に打ち付けたメルカートがずるいずるいと何度も繰り返す。
「ずるい? ……ごめん。あまり、その意味が分からないんだ」
 彼女の求める『理想』は威降の抱く物とは形が違っているが故。
 獣は物理的な攻撃を得意としているのだろう。じっくりと見遣っていた遥からの聲を聴きアレフが小さく頷いた。
「今だ」
 只、その言葉はメルカートには届けぬまま。焔は「OK」と静かに返す。フレイムタンと合わせるようにして獣に向けて距離を詰めた。
「いくよ――!」
 獣に向けてはなった一撃。周囲の罠に気を配るアトの言葉に耳を傾けながら焔は踊る様にして獣へと攻撃を重ねた。
 じりじりと時間が経って居る感覚を彼女は確かに感じている。それほど長い時間が流れている訳ではないのだという事をアマリリスは知りながらも外の様子を気にする様に、只、攻撃を重ねた。
「さあ――どうする」
 じっとりと、汗がヴェノムの掌を濡らしていた。それは誰の焦燥かは解らない。
 メルカートの虚ろな瞳が彷徨い、アトを、ヴェノムを、そして遥を見遣る。
「――……」
「生憎だけど、『二の次』なんだ」
 ルーキスの声音が降る。メルカートが顔を上げたその向こう、彼女と共に居た黑き獣の胸に深々と突き刺さる青白い妖気。雪之丞は静かに目を伏せる。
「これにて、幕引きです」
 静かな鬼の冷徹なる言葉と共に周囲が揺らぐ。待ってと手を伸ばしたメルカートの声から逃れるようにアレフが背を向ける。
「残念だが、今はまだ全てを終わらせられる程の術を我々は持ち合わせてはいない」
 この森を救う――そのオーダーを完遂できれば今は良い。
 アトの視線がメルカートと交わった。深い、闇を湛えた虚無の瞳。
 唇を噛み締めていた彼女の唇が確かに形造ったそれにアトは瞬くしかない。

 ――ず る い――


 戻ればそこに立っていたのは穏やかな笑みを浮かべたエリス・マスカレイドであった。
「迷宮は、消滅したのですね」
 穏やかな空気が流れ込み、そして、漂うのは仄かな氷の気配だけだ。
 正気を取り戻した、と言うのがぴったりくるだろうか。穏やかな調子で笑みを溢すエリス・マスカレイドは特異運命座標にぺこりと頭を下げる。
「ご迷惑をおかけして――……」
「いいえ、無事に救う事が出来て何よりです」
 手を組み合わせて笑みを溢したアマリリス。その傍らで、ルーキスは「本当に美しい森だったんだな」と周囲を見回した。
「自慢なの」
「綺麗なの」
 楽し気に笑みを溢したマスカレイド・チャイルド達にルーキスはくすりと笑う。
「そのご自慢の森の氷の因子と結びついた精霊種――なんてのは?」
「ええ、在り得るでしょう。精霊種はこの世界にある精霊的因子との結びつきより産み出でた存在……ならば、同郷となるのでしょうか?」
 小さく笑みを溢すエリスに焔は「じゃあエリスちゃんがお母さんだったり!?」と冗談めかす。
「……正気に戻り、無事に森を美しい姿の儘保護できてよかった」
「ええ、ええ」
 遥に頷くエリス。見上げた空は美しいオーロラがカーテンのようにゆらりと揺れていた。
「あの空は?」
「精霊の加護、とでも」
 星見も彼の中ではある程度の技能か。ウィリアムはぱちりと瞬きエリスの齎した『お礼』に「綺麗だな」と小さく呟いた。
「どなたか、見せたいと願う相手が居れば是非ここに――
 わたくしたち、氷の仮面(せいれい)は特異運命座標の皆様をお待ちしておりますわ」
 見せたい相手、の言葉に面食らったようにウィリアムが瞬く。アレフは「そうだな、美しい星空の下想いを酌み交わすのも悪くはないだろう」と静かに頷いた。
「そ、そんなことより……こほん、これにて一件落着――か?」
 慌てたように振り仰ぐウィリアムに雪之丞はこくりと頷く。
「『魔種』を除けば――でございますが」
 渋い顔をしたアトは「今回は仕方がないさ」と小さく呟く。
 魔種『メルカート・メイズ』との直接対決を避けた事で彼女の迷宮はまたどこかで生み出されるだろう。しかし、彼女に対する情報は多く集める事が出来た。
「情報屋からも今回の情報を生かしてメルカートの退治に役立ててくれるっすよ」
 きっとね、と喰いそびれた妄念を思い返す様に舌をぺろりと出してヴェノムはゆっくりと歩き出す。
「エリスちゃん、フレイムタンくん。
 綺麗な森だし、ここは観光地なんでしょ? なら、ボクは又、ここに来るよ」
「ええ、お待ちしております」
 穏やかな調子で言ったエリスに焔はにんまりと笑い、フレイムタンをちらりと見遣る。
 彼女の視線を受け、フレイムタンは言う。
「此度は助かった」
 只、その静かな言葉に焔は「当たり前のことをしただけだよ」と『迷宮』の入口があった場所を眺めてにんまりと笑って見せた。
「フレイムタン君とは、ここでお別れ……かな?」
「いや――我らもまたこの世界に落とし子。
 なれば、『我らも特異運命座標』としての可能性を得る事もあるのだろう」
「それは……?」
 フレイムタンの言葉に雪之丞はぱちりと瞬く。南瓜ランタンを手にしていた雪之丞の指先は僅かな期待に震えていた。
「ああ――こうして我らが母(せかい)が脅かされるのは見過ごせぬ。
 救う手を、救う力を手に入れたい――そう考えれば全ては始まるのかも知れない。
 守りたいのだ。彼女の様なものから、この大いなる世界を」
「聞いても、いいか」
 アレフは彼らから一つの言葉を引き出そうとゆっくりと視線を向けた。
 魔種が去った銀の森。特異点的なその場所に存在する気配は様々なものだ。
 フレイムタンが炎の気配を纏わせるように。エリス・マスカレイドが氷の精霊であるように。
 水が、炎が、風が、光が、花が、色付く様に何かに結び付き『種』として存在していく。
「……我らも、ローレットへ」
 特異運命座標として。
 精霊種、そう称された彼らもまた――同じ志を持つのだと、彼はアレフを見返して、そう言った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)[重傷]
大悪食
アト・サイン(p3p001394)[重傷]
観光客
鬼桜 雪之丞(p3p002312)[重傷]
白秘夜叉
炎堂 焔(p3p004727)[重傷]
炎の御子

あとがき

 この度はご参加ありがとうございました。
 情報精度が低く、そして『選択』をも必要とする当シナリオ、銀の森。

 前編での『フレイムタン』との関わり方にて彼ら精霊種のスタンスを。
 そして、後編での精霊『エリス・マスカレイド』への対応で覚悟と世界の問題への向き合い方を。
 精霊種の代表としてフレイムタンは決定しました。

 皆様の成果です。
 メルカート・メイズに関しては皆様の選択の通り、またの機会に。
 どうぞ、疲れをいやしてくださいね。

PAGETOPPAGEBOTTOM