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シナリオ詳細

<永縁の森>森に惑うトロンプ・ルイユ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 病的な程の白い肌。虚ろな瞳は銀に色付く森を見回している。
 唇を震わせた少女――メルカート・メイズは何時か読んだ冒険譚の一節を口にする。

 ――勇者様、お助けください――

 両の足を地に付けて歩き出せぬことをどれ程恨んだであろうか。
 森の奥深く、太陽さえ差さぬその場所はメルカートにとっても居心地の良い場所だった。
 肌を焼く陽の光は自身を『外界』に出るという機会を奪い続けたから。
 太陽なんていらない。
 焔なんて嫌いだ。
 そんな事より、健康な彼らが嫌いだ。
 自由にどこへでも行けるその体が憎い。
 足枷を嵌められたように動くことのできないこの体が疎ましい。
 欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。
 健康な体が、勇者と呼ばれる様な世界が、何処までも歩いて行ける脚が。

 黒き靄が伸ばされて獣を形作る。黑い天蓋のベッドに横になりながら少女は只、小さく口にした。

 ――誰も来ないで。

 そうじゃないと。そうじゃないと、全て飲み込んでしまうから。


 精霊たちより齎された銀の森に発生する迷宮の一件。
 雪泪と呼ばれた湖の『迷宮』を破壊することには至ったが、迷宮を生み出し続ける魔種『メルカート・メイズ』はその場に未だ存在しているのだという。
 トレジャーハンター達がこぞって彼女の迷宮に挑み、中で手に入る財宝の確保を行えば行う程に彼女の迷宮の難易度が跳ね上がるというのは現在でも判明している『メルカート・メイズ』の特徴だ。
 無論、宝を手にすることなく迷宮で朽ちた冒険者たちの数も知れず。無謀だと止める声も聞かず進む冒険者達の自業自得と呼ぶに相応しい――のだが。
 相手は不俱戴天の仇である魔種であり、そして『銀の森』を飲み込まんとする迷宮の再発生が知らされた。
「助けて欲しいの」
 そう告げるは炎、水、風、土、其れから――精霊たちの内、『自由なる風乙女』シルフィード、『優しき水乙女』ウンディーネ、『星の落とし子』ベガの三名が代表してローレットへと訪れた。
「観光地だからって、そんな何度も迷宮への対応をしろって可笑しいと思う?」
 精霊たち三人は居心地悪そうに顔を見合わせ「『ニンゲン』だけど教えて良いと思う?」と囁き合う。
「――……うーん」
 悩まし気に呟くシルフィード。どうやら精霊たちにとっては『銀の森』に特別な考えがあるようだ。
「銀の森には姿を見せない氷の精霊が――それも、高位の存在がいるのです」
「ちょっと、ベガ! ニンゲン相手にそんな――……」
「黙っては、いられないわ。お願い事だもの。
 氷の精霊『エリス・マスカレイド』……。
 彼女と、彼女に従う氷の精霊『マスカレイド・チャイルド』達が森に閉じ込められているの」
 美しい景色――銀の森以外にもある、混沌世界の至る自然――の傍には精霊たちが存在している。深緑の付近にも花や木々の精霊たちが穏やかに過ごしていることだろう。
 その彼らの棲家が脅かされている。だからこそ、助けて欲しいと精霊たちは云う。
「沢山の精霊たちが混沌には存在していて、その其々が役割を担ってる。
 高位の精霊のエリス・マスカレイドは砂漠地帯にまでその雪が広がらない様に制御しているし、砂漠地帯の『炎の精霊』達だって太陽の日差しで氷を溶かさぬように保ってるの」
 世界の均衡をとる為に一役買っているのだと胸を張った精霊たちは魔種の脅威が『氷の精霊』にまで及べば鉄帝を覆う寒々しい気配がラサの砂漠地帯に流れ込み、温暖な気候を奪ってしまう可能性があるという。
 自然に影響を及ぼせば世界のバランスが崩れていく――それは『彼女たちが言わずとも』想像に易い。
「だから、『彼』が森に居たのね」
「彼、そうよね。炎の気配だったもの――だから、炎の精霊様に言われたのかしら」
「どうかしら……けど、精霊(わたし)達とは少し違う気配もしたし……」
 精霊たちは、どことなくニンゲンに近い存在だったと何かを思い浮かべる様にそう言った。
「彼――銀の森に炎の気配があったの。
 皆(ニンゲン)が迷宮対処に行った時に会ったかもしれないけど。
 その彼は砂漠地帯を守ることと、この美しい森を壊されないために『頑張ってるみたい』」
「皆(ニンゲン)も森と自然と世界を守るために、迷宮の対処に……」
 あっ! と顔を見合わせる。
 別の炎の気配は未だ、あの森に留まり『迷宮』の主であるメルカートを目指しているのだという。
「お話すれば協力できそう?」
「どうかしら、『彼』は理知的ではあるからお話しできるとは思うけど」
「その内容によっては協力できないかもしれない」
 三名は『炎の気配』――その身に炎を纏わせた精霊の気配を持った青年の事を口にした。
「そう言えば、名前、言ってたわ!」
「彼も個。わたしたちのように属性で呼ぶなら炎だけれど……」
「『精霊(わたし)』達にも個の名前がある様に、彼にもある」
 シルフィード、ウンディーネ、ベガは彼の名を呼んだ。

 ――フレイムタン。

 彼女たち精霊とは違う存在でありながら、彼女たちとその気配を同じくする青年。
「森の情報だけど……その、」
「また森に迷宮が発生して、今度はその速度が尋常じゃないの」
 だから情報はほぼないのだという。雪泪の迷宮と同じく『何所かを起点に迷宮の入口が存在』し、そこより漏れ出した魔種の力が森自体を迷宮化しているのだという。
「森の中にある『炎の気配』はずっと探査を続けてるはず」
「星の精霊と雨の精霊、雪の精霊はさっきの一件で逃げだしたけど、森が拠点の氷の精霊たちは女王を守るために黒いワルモノと戦ってるみたい」
「迷宮は魔種(わるいこ)の感情を探せば簡単に見つかりそうだけど……」
 どうすればいいんだろうと、精霊たちは口々にそう言った。
「このままだと、森も砂漠も可笑しくなっちゃう」
「そうね、だからニンゲンのみんなにお願いするわ」

 ――銀の森の迷宮を破壊してきて欲しい――

GMコメント

 夏あかねです。

【 重要 】
 本依頼は特殊依頼となります。
『<永縁の森>森に惑うトロンプ・ルイユ』、そして本依頼完結後にリリースされる『<永縁の森>銀に粧うトロンプ・ルイユ』を前・後編として取り扱われるEX依頼です。
 その為、前編(本依頼)参加者には後編での『参加優先権』が付与される事となります。
 ※あくまで参加優先権であるために、後編にて参加を希望されない場合は通常通りの抽選となります。

●<永縁の森>
<永縁の森>の冠を持つ依頼は『調査』『探索』が重要となります。
本冠を持つ依頼の達成により、世界に何らかの変化が訪れます。幸運を祈ります。

●成功条件
 ・銀の森にて、メルカート・メイズの迷宮の発見
 ・全員の無事

●フレイムタン
 森の中に居た炎の気配をさせる青年。精霊の気配を持ち精霊と対話出来ながらニンゲンの様な何者かです。
 対話は出来るでしょうが、彼自身に関する情報は少ないようです。森のどこかに居ます。

●氷の精霊『マスカレイド』
 女王エリス・マスカレイドを中心とした氷の精霊たち。銀の森を拠点として日々を暮らしています。
 彼女の配下は皆マスカレイド・チャイルドと呼ばれ、仮面をつけています。女王と共に森を守るために姿を隠し黑き靄と獣と戦っています。彼らは警戒心が強いため、対話は難しいでしょう。
 精霊だけでは魔種に対処が難しい事は想像に易く、『女王の様子もどこかおかしい』ようです。

●魔種『メルカート・メイズ』
 アト・サインが寄せた情報によれば、行方不明時12歳の少女です。
 太陽の陽に焼かれる奇病を持ち、英雄譚に憧れて居ました。その能力は迷宮作成。
 手にした黒き水晶より黒き獣と靄を生み出し続けます。彼女と『黑き獣(ボス)』を中心として迷宮を生み出します。
 銀の森ではその力が暴走気味であり、森を飲み込むほどの迷宮が発生しています。

●メルカート・メイズの迷宮
 彼女自身を始点とした迷宮です。彼女の周囲には黑き獣がいるため、戦闘になった場合は『人数的な不利』があるでしょう。
 迷宮には罠、モンスターが配置されており、道は変化していきます。

 また、迷宮発生の影響で銀の森事態も『方向感覚』と『時間感覚』を狂わされており、一度入ると出ることが出来なくなります。まるで異空間のようだ、と精霊たちは云います。
 本依頼では『迷宮の入口』の発見が成功条件となります。
 森の中のどこかに迷宮の入口が存在していますが――その周辺は凍て付く氷の気配が鋭く、氷の精霊の力の暴走が見られます。
(※氷の精霊にも注意をしながらの探索が推奨されます)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 よろしくお願いいたします。

  • <永縁の森>森に惑うトロンプ・ルイユ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年02月13日 21時45分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)
大悪食
アレフ(p3p000794)
純なる気配
ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
アト・サイン(p3p001394)
観光客
鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
風巻・威降(p3p004719)
気は心、優しさは風
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
アマリリス(p3p004731)
倖せ者の花束
空木・遥(p3p006507)
接待作戦の立案者

リプレイ


 来ないで欲しいとその身を縮こまらせて怯えた様に何度も何度も繰り返す。
 その声音は只の少女のようで。
 エリス・マスカレイドは仮面越しに彼女を見詰めて静かに息を付いた
「魔種(わるいこ)にこの森を荒らされる訳にはいかないのです」

 ――けれど、来てしまうわ。

「……ここでなくとも、貴女の居場所はあるでしょう?」

 ――こわい、こわいわ。

 支離滅裂な、会話にならないその言葉の羅列。繰り返される、脳内に響く『呼声』がエリス・マスカレイドの身をじわじわと蝕んでゆく。

 ――あなたは、

 メルカート・メイズの瞳が、エリスを見る。その刹那、女王の瞳に宿ったのは彼女に従うという『意志』だった。


 ざくざくと草木を踏み締めながら往く。銀の森はガイドブックに掲載されているものと同じく、風光明媚で、こうした依頼で訪れたのでなければデートスポットやのんびりとした休息を味わうのに向いている場所だろう。
 鉄帝国特有の旧時代の兵器の残骸はオブジェの様に並び、白く色づく木々は雪粧うというよりは銀に色を帯びている。流れ繰る砂漠地帯からの温暖な空気が銀の森の存在を『ファンタジー』足らしめているのだと『観光客』アト・サイン(p3p001394)は思った。
 寒冷地仕様の旅装束にワセリンを塗布するなどして、『いくら温暖な気候が流れているとはいえ、胎の奥底から感じる寒さ』を対処するようにしたアトは以前、この森に訪れたときよりも幾分か寒さが増している気がして傍らの『守護天鬼』鬼桜 雪之丞(p3p002312)を振り向いだ。
「寒さが増している――? ええ、それは、確かに」
 ふる、と指先を悴ませた雪之丞。彼女は天候を左右する精霊たちの存在を自身の国元(しゅっしん)で言う所の『八百万の神々』であろうかと推察していた。
「八百万の神々」
 バベルを通せばその言葉は特異運命座標の誰にでも伝わる。熾天が一柱たる『堕ちた光』アレフ(p3p000794)は神という言葉に僅かに眉を顰めたが彼女の例には納得した様に緩く頷いた。
「気候を左右するも神々にとっては容易いこと……でございましょう」
「ああ。そうしたものを御するもまた、神の務めだ」
 神。そう呼ばれる者。この世界では天義がその存在を大きく認識し、幻想でも神託の少女たる『ざんげ』が存在する――役割としてはまた別の存在なのだろうが、どこかの世界で神がそう言った役割があるとなれば、それを納得できるのもまた混沌だ――そう言った存在とは違い世界の至る所に見ることはできずとも存在しているのが精霊と呼ばれる存在だった。
「精霊……この森に来るのは二度目だけど……静かだね。
 此処に恐ろしい迷宮があり、精霊達が苦境に立たされているなんて嘘みたいだ」
 いつ見ても美しいその景色。『瞬風駘蕩』風巻・威降(p3p004719)にとっては『ありえない景色』の様に映り込むそれを眺めながらほう、と彼は息を吐いた。白く色づいた息の色。
「でも全部本当の事で、こうしている間も少しずつ事態は進んでいるんだよね……。
 うん、これ以上被害が広がらないよう頑張らないと。精霊達とも上手く協力し合えると良いな」
 徐々に自体が進んでいく。それは綻びのようにじわじわと広がっているのだ。
「こんな時じゃなかったら観光したいけど……今は精霊さんたちの為にも異変を解決しないと」
 精霊さんと協力、と繰り返す様にそう言った『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)。炎に対しては彼女の生来の『特徴』であり、そして『生業』の範囲だ。
 この森の中のどこかにいるという『炎』の気配。それを精霊たちは精霊の気配と、そして、そうではない何か――彼女たちは『ニンゲン』だといった――が混ざり合った存在だという青年を思い浮かべ焔は小さく息を付く。
「ボクみたいに人と炎の力を持った存在との間の子なのかなって……」
「フレイムタン。……精霊には精霊の、俺には俺の持分がある。今、それぞれがやるべきことは……?」
『接待作戦の立案者』空木・遥(p3p006507) はゆっくりと目を伏せた。
「とにかく時間が惜しい。迷っている時間は無いか。
 フレイムタン、奴の目的は何だ。共闘できるなら良し、利用するなら勝手にしろ。俺は俺の目的に従う。邪魔だけはしてくれるな」
「うん、仲良く――できればうれしい。炎の力を持った存在なんだもの」
 遥が『目的』を果すのと同時に焔にとっては『フレイムタン』との対話も一つの目的であった。白い外套を纏い、ゆっくりと進む彼女のとなりてカンテラがちらちらと揺れる。
「わ、精霊! 彼らが精霊――マスカレイドですか?」
 氷の精霊、エリス・マスカレイドの配下たるこどもたち。『銀凛の騎士』アマリリス(p3p004731)は出身国である天義では見た事がないと瞳をきらりと輝かせた。
「あんなにも小さく……か弱いのですね……。
 彼らの頼みでは断れません。それに、魔種の気配は絶対に見逃して為るものか。
 アトさまも頑張っているようですし、このアマリリス。お力添え致します」
 凛とした声音でそう云ったアマリリス。天義の騎士たる彼女に取っての不倶戴天の敵――魔種。アトの得た情報であり、彼と関連付けられる魔種の事を考えながら、彼女は「魔種の迷宮とはこうも周囲を脅かすのですね」と呟いた。
「ああ、確かに。迷宮だけじゃなく、周囲の森までに影響が漏れているのは看過できないねぇ。これはなるべく迅速に終わらせる必要があるかな?」
 周囲の感情を探知する『蒼ノ翼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)の表情が曇る。周囲にある感情はどれもが度し難いもので――友好的だと思える感情を探すのは難しい。
「どれも刺々しい感情だな……」
「まあ、それは仕方がないかもしれない。
 精霊も戦っているんだ。俺達に向けて好意的な感情を向ける間もないだろう」
 頬を掻いた『天翔る彗星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)はこれでは精霊に意思疎通を図る前に自身たちの安全性を立証しなくてはならないなと息を付く。
「精霊疎通で『俺達が無害』だと表してからでないと、情報を得るのも中々に難しそうだ。一先ずは獣を倒し来からどこにいるかを聞いて迷宮の位置を探すのに注力するよ」
 木々の位置を記憶して紙に書きつけて地図にしていくウィリアムはメルカートの力が及び迷宮化の影響で道が変化したとしてもカードは大いに越したことはないと呟いた。
 無論、それに賛成するように染色したロープで道しるべを作るアトはカンテラの硝子の油壷に線を引き時間の計測をするのだとアマリリスのカンテラにもきゅ、と一本線を引いた。
「旅慣れてるっすね」
『爆弾』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)は常と変わらぬ笑顔でそう云う。
「まあ、『観光客』だからね」
「……それにしても『強欲』というには随分とお行儀のいいお嬢さんで。
 んー、『本質』ってヤツが、見えてないだけなんすかね? ま、逢えば解るか」
 きょろりと瞬くヴェノムは白の防寒具にすっぽりと覆われてそう呟いた。アトは「そうだね」と小さく返す。――メルカート。名声も、欲しかった『からだ』も何も得られなかった少女。強欲とは形を変えて、彼女の欲求として横たわっているのだろうか。


 ぱきり、と枝を踏み締める。ウィリアムはファミリアーで放った使い魔の背を追い掛け、怯え、草木の間に隠れていた閉じ込められていた精霊に声をかける。
『焔? あっち……』
 怯える様な声音でそう云った精霊にウィリアムはその怯えを出来る限り解す様に礼を言った。
 杖で地面をとん、とん、と突きながら罠がないかを確かめるアトも『幻想種の友人』に突貫で得た精霊との疎通能力をしっかりと使用して歩を進めていく。
 怯える精霊には菓子箱を手渡し懐柔――その様子を見て居たアマリリスは「アトさまは幼い子供を相手にしているようですね」と言っていた――していく。精霊たちは案外御しやすい。
 精霊の言葉を聞きながら雪之丞は美しい森にぱちり、と瞬いた。
「本来の森も、歩いてみたいもの……そのためにはやはり、迷宮は邪魔でございますね」
『ほんとね』
 菓子を頬張る精霊は雪之丞の言葉に『魔種ってやだ~』とぶつぶつと告げる。そのこどもの様な様子に雪之丞はくすくすと笑い、前回、迷宮探索に訪れた際と何処か変化があっただろうかと周囲を見回した。
(……森の寒さが増している――それは『魔種』の狂気の影響でしょうか)
 魔種にとって獣は自然現象と言える存在か、それとも兵隊であるか。それを見極めるのも獣に何らかの変化が出ているか否かで見分けがつくだろう。
 遥によれば獣たちの感情はどれもこれも遊び、そして敵意を剥きだしているのだという。相対する精霊たちも敵意をさらけ出し、獣と戦っている以上は感情の探知に頼るのも難しいかと彼は推測していた。
 獣が何所から湧いて出てくるのか――ルーキスは視界の届きにくい部分には鴉のソラスを飛ばして見張らせるとし、周囲を確認し続ける。
 行先に獣や精霊、感情のごった返す中でどれか判別が付かないときならばソラスに問うか、道程を植物疎通で問い掛けるとしていた。
「植物たちが気温の変化を言っているねぇ……」
「氷の精霊がいるかもしれないね?」
 威降はルーキスの言葉に緩やかに頷いた。エネミーサーチと温度視覚を駆使してルーキスの言と合わせて情報を共有する威降は視界の端にでも『熱源』を発見できれば、探し人であるかもしれないと告げていた。
 ――フレイムタン。それは、精霊たちの云う『精霊ならざる者』であり『ニンゲンでありながら』『精霊の気配をさせる』存在だ。以前、彼と出会った特異運命座標達は彼より旅人ではないと言われていた――ならば純種と呼ぶのだろうが、混沌世界ではそのような種族は見つかっていない。
「フレイムタン様……謎、ですね……」
 炎の気配を纏う。その様子を確かめるように告げたアマリリスの表情は暗い。対する焔は何処かわくわくといった調子だ。焔を厭う彼女と炎の申し子たる彼女。そのどちら者心境を察しながらもアレフはふうと小さく息を付いた。
「あちら、精霊たちの声が聞こえるな。獣もいるだろう」
「聞こえたんすか?」
 アレフにぱちりと瞬くヴェノム。足元を確かめるヴェノムは狩猟能力で『獲物』の行先を探す様にきょろりと周囲を見回す。足跡を辿れば獣の居る方向には行けるだろうと呟くヴェノムにアレフは精霊を助けなければいけないしな、と付け加えた。
 時間や方向感覚の麻痺を感じれば疲れが増す。ケアレスミスをなくすために医療技術を用いて、出来る限りのサポートを行うヴェノムにアトは「休憩する?」と問い掛けた。
「ああ、いや……『感覚がマヒしてるだけ』だろう?」
「そうだね」
 ウィリアムは魔種の干渉が広がっているのかと困った様に呟いた。迷宮の中ほどに時間や方向感覚が狂っている訳ではないが、森自体も迷宮として変化してきているのかとアトは呟く。
 遥は「周辺の『痛々しい』感情が多くなってきた」と呟けば、獣の存在を認識するように武器を、ぎゅ、と握った。
「感覚がマヒして疲労を感じてる……その中で、探し求めたのは」
 黑き獣だ。迷宮の路に近づけば近づくほどに増える其れに対して、展開した戦線での攻撃を重ね続ける。ルーキスと威降が頷き合えば、周囲の敵意はより濃い物だという事が認識された。
 獣を相手取り攻撃を重ねて、そして休息を。戦線を立て直す中でも、ランタンに引いた線は僅かにオイルが減っていることを示している。
「体感時間よりも時間の経過は遅い、と」
 呟くアトに「随分の間歩いた気がします」とアマリリスが小さく息を付く。雪之丞も「疲労が貯まる頃ではありますね」と目を伏せた。
「疲れてる――場合じゃないのも確かだよね。獣が多い、それに……」
「ああ、それに『炎の気配』がするんだろう?」
 威降に頷く遥は炎の気配に近づく様に一歩、一歩進んでいく。焔は何処かわくわくと心を躍らせ「この先にフレイムタンくんが……?」と呟く。
「でも、獣に襲われてる可能性があるんだよね? 大変、助けなきゃ」
 最初より『友好的な感情』を向けている焔にとってはフレイムタンとの対話は重要なミッションのひとつであった。他の精霊から情報を集めながら迷宮入口の確認と、情報の持ち帰りこそが課せられたオーダーだが、その情報のひとつに『フレイムタン』という精霊たちにも予測不能な存在が入っていることも確かだろう。
(フレイムタンくんはどんな人だろう……? 聞いた話だと、会話はできそう。
 それに、協力も出来る、とは思う――けど……『どうして特異運命座標が来たか』も順序立てて説明しないとね。やっぱり、意思の疎通は大事だもん)
 うんうんと頷く焔。きょろりと周囲を見回して、逸る脚はすぐに『気配』に向いていく。遥はその先に刺々しい感情がある事に気付き、眉根を寄せる。
「――わかった」
 ふと、そう呟いたルーキスは仲間へと「急ごう」と小さく告げた。使い魔が伝令している。
 交戦しているものがいる――と。それは炎の気配と合致した場所に或る。フレイムタンが獣と交戦しているのかとアレフが頷けばヴェノムがにやりと口元に笑みを湛えた。
「出番、っすね」
 地面を踏む。草むらより一気に体を伸び上がらせて、獣に向けて飛び付くヴェノムに続き、雪之丞が凛と刃を構える。
 炎の気配は黑き獣の群れに襲われている。ひらりと飛ぶように一撃放ったヴェノムは獣に攻撃を集中させていく。
 突如として現れた特異運命座標に傷を負い僅かに後退しながらもフレイムタンはその目を大きく瞬かせた。
「なッ――」
「説明は後だ!」
 ファミリアーの使い魔を肩に止め、ウィリアムが告げればフレイムタンは頷く。
 彼は精霊たちに一度引けと伝令し、獣と相対した。
「どうして襲われていたのです!?」
「森を荒らす輩を放ってはおけん」
 アマリリスは彼が森を思って行動したのだと認識した。フレイムタンの感情に特異運命座標への敵意がない事を確かめながら遥は「一先ずは獣を撃退する」と淡々と告げたのだった。


 警戒するようにフレイムタンを見遣ったヴェノムが鼻をすんと鳴らした。獣が近づいたならばフレイムタンにも再度害が及ぶ可能性がある。
 アレフはフレイムタンが『突如として森に現れた特異運命座標を計り兼ねている』のだと気づき「敵味方ではなく『協力してもいい相手か』を考えているのか?」と手をひらりと振った。
「ああ、その通り――尤も、これは見縊っている訳ではない。
『我ら』にとってもこの場所は重要なのだ。同胞(とも)が為になるか……精霊に害する存在でないかを見極めるのも仕事の内だろう」
 淡々と告げる彼にアレフはゆっくりと頷いた。彼のカリスマ性はその青い瞳にもしっかりと乗せられている。
「ああ、それも仕事の内だ――だが、精霊達だけで対処出来る問題であれば、こうして我々も赴く事は無かった。
 後悔先に立たず、不必要以上に馴れ馴れしくする心算はない。だが、事態が悪化する前により良い方向へ導くのが君のすべきではないのか?」
「ああ」
 頷くフレイムタンにウィリアムは焔に視線を溢してからおずおずと口を開いた。
「……綺麗な森だよな。俺もこの森を守りたい、と思う」
「本心か」
「そうでございます。森は美しく、そして精霊は尊いと――」
 雪之丞へとルーキスも柔らかに笑みを溢す。彼女らの対話を眺めていた威降は周辺を確認した焔が踏み出した様子に唇を、きゅっと引き結んだ。
「こんにちは、あなたがフレイムタンくん? ボクは炎堂焔っていうんだ。
 少しお話してみたいなって思ってるんだけど、いいかな?」
「くん――を付けられるとは思わなかったが、よかろう」
 頷くフレイムタンに焔は柔らかに笑みを浮かべ、「あなたの疑問にも答えるね」と付け加える。
「まず、ボク達は精霊さん達に頼まれてこの森の異変を解決するために……。
 それから、閉じ込められてるっていう氷の精霊さん達を助けるために来たんだ。だから、森を元に戻すためにも知ってたら色々と教えて欲しいんだ」
「ならば、先程の森を守りたいというのも」
「当然、本心だし、ローレットは『森の異変の解決』が仕事だよ」
 何でも屋と呼ばれるならそうでもいい。焔は兎に角協力したいのだと付け加えた。
「でも、その為には情報が必要なんだ。いくつか、御免ね。時間もないから沢山聞くけど――まず、氷の精霊さん達と女王様は無事なのかな? どの辺りにいるのかも知らない? 会って貰えるかはわからないけど、変な獣もいて危ないから助けに行ってあげたいの」
「ふむ」
「あと、森を守る為にはどうすればいいんだろう。
 精霊さんの力のバランスが崩れると大変な事になるって聞いたけど……また迷宮を消せれば大丈夫なのかな?」
 フレイムタンから感じていた焦りや怒りの感情は此方には向けられていないのだと遥はちらりと彼女らを見据えた。
「氷の精霊に関してはご覧の通り。魔種(やつ)の影響を色濃く受けている。
 俺の声が聞こえたか――は、定かではないな。エリス・マスカレイドの配下は意思の疎通ができるが当のエリス・マスカレイドにはまだ俺も出会えていない」
 淡々と告げたフレイムタン。交渉と言っていいのかは分からないが、現状の把握と、そして『簡単な情報交換』には彼は応じたと見ても良いのだろう。
(感情からしても敵対はしていない……な?)
 じいと見据える遥。感情探査で察知できる彼の感情から悪意がないことはひとまず安心だ。共闘、利用、そのどれかは定かではないがどれであれど依頼の遂行には合致してるだろう。
「それは……黒の獣の影響ですか? それとも、迷宮?」
「その言葉に答え辛い。獣のせいだと言えば確かにそれは是だが、迷宮から獣が生み出されているならすべてはそこに帰結する」
 確かに、と雪之丞は小さく呟いた。獣たちが狂気を運んでいるならば、それを除くのが一番の解決か。
「森を守る為――には魔種をこの森より追い出すのが一番だ」
「追い出す、だけですか?」
 ぱちり、とアマリリスが瞬く。アレフは彼の言より彼自身が魔種に対して滅さねばならぬ存在だとは認識しては居ないのだろう。アレフの視線により、フレイムタンは静かに息を付く。
「魔種がこの世界を崩壊に導く事は把握しておる。許より、奴らを追い出すよりも滅さねばならぬ存在だという事も理解は、している」
「……それじゃあ、どうして『倒す』ことを想定した言い方をしなかった?」
 ルーキスの問い掛けにフレイムタンは「そうまで出来る程に己一人の力があるわけではないし、過信してはいない」と返す。
「……それは、倒せるなら倒したいという意味ですか?」
「ああ」
 雪之丞はぱちり、と瞬いた。彼は精霊疎通がなくとも会話し、そして、自身らと同じように生きている人間だ。彼の視線が背後に――精霊がいるであろう場所――向けられ、「彼らの森を守る意味では倒すことが一番だ」と告げる様子から『精霊と疎通する何らかの能力』があることも十分に察せられた。
「……それとね、もしボク達と目的が同じなら力を貸して欲しいんだ。
 森と精霊に詳しい人がいてくれたら、きっと上手くいく可能性が上がると思うから」
「今までの諸君らの態度と、そして、物言いより信頼に値すると判断した」
 力を貸してくれ、とは言わなかった。仰々しく頭を下げた彼に焔は「じゃあ、これからは仲間だね」と手を差し出す。少しばかりの共闘関係――それで、彼が何者かを見定めればいい。
(「彼の様子は?」)
(「敵意はないな……」)
 遥がぽそりと告げる言葉にアレフは頷く。一先ずはフレイムタンと共に行動してもいいという古都だろう。
 ふと、フレイムタンの様子を眺めていたアマリリスはどきり、と視線を逸らす。
「……?」
「……ぅ、あの、実は、故郷の出来事で、その……、碑が、トラウマでして、あは、あはは~……が、頑張ってなれますね」
「……そう言われると非常に困るのだが」
 焔を見遣るフレイムタンに「個性豊かがローレットだから」と彼女は柔らかに笑う。
「あ、あの! 単刀直入に、私たちはこの森の異変の調査に参りましたが、我々の行動に対して貴方は敵ですか? 味方ですか? 精霊でもない……旅人か、いや、混沌の隠された種族の一人か……?」
「ローレットと一度相見えたときに言ったが『旅人』ではない。
 敵か味方かは、目的を一とするならば味方だ。そして――混沌の『隠された種族』と呼ぶには些か不躾だ」
 アマリリスはぱちり、と瞬く。それというと、と繋げたのはアトだ。
「我らは『特異運命座標』が大量に召喚されたことにより混沌世界に訪れた『変化』だ」
「変、化」
 アマリリスが振り仰ぐ。雪之丞やルーキスと言った『旅人』。この世界に一斉に召喚されたあの日。深緑のリュミエさえも今までになかった事象と呼んだたしかな出来事。
「便宜上、精霊種――とでも呼んでもらおうか」
 そう告げる彼はアマリリスが言うように『隠された種族』なのかもしれない。
「……あ、じゃあ、『焔』の精霊種だけなのかな?」
「いや、様々な種がいるだろう。精霊と呼ばれるような事象と結びついた――それが、我らだ」
 そう告げるフレイムタンに遥は静かに頷いて。氷の女王エリス・マスカレイドの許へ向かわんと一行はゆっくりと進み出す。


 凍て付く気配がする。それが精霊たちだと気づきウィリアムははっと顔を上げた。
 マスカレイド・チャイルド達に対話を申し込めばおずおずとある程度の会話は成り立つ――だが、「俺達もこの森を助けたくて来た。どうか話を聞いて欲しい」と告げた声にその最奥にいる女は答えることはない。
 彼女の背後にぽっかりと空いた穴がある。それはダンジョンの入口の様に度私利と構えて存在し、そして『ダンジョン』と呼ぶには余りに黑き穴。
「迷宮――!」
 アトの言葉に威降は頷いた。メルカート・メイズの迷宮。探し求めていたそれ。
「……見つけた、けど、簡単には入れて貰えなさそうだ」
 威降が頬を掻く。その言葉に緩やかに頷いた遥は武器を構え、その動向を見守った。
 黑き獣が溢れ出す。その入り口を守る様に氷を纏わせた女が存在していた。ふわりと浮き上がり、凍て付く気配を纏うおんなの唇には紫のルージュが塗られていた。
 長く伸びた銀の髪に目元を隠す仮面をつけた女を一瞥しフレイムタンは「エリス・マスカレイド」と小さく呟く。
「エリス……彼女が……」
 ぽそり、と呟いたアレフは冷ややかな彼女の人ならざる気配を確かに感じ取っていた。白いドレスを思わせるふんわりとした外套を身に纏い硝子で出来た様な手足をすらりと伸ばしている精霊をルーキスは「綺麗だ」と小さく笑った。
「綺麗――だけど、その美しさを褒めている暇はなさそうだ」
 傷つけるわけにはいかないと困った様に呟いたルーキスにウィリアムは頷く。此処で氷の精霊の王を傷つければ森の精霊たちの信頼を損ねるだろう。菓子所では懐柔できないというのが確かな事だ。
『――侵入者ですね』
 冷ややかな声音を耳にして、アレフは「くるぞ」と静かに呟いた。臨戦態勢を整えたアトと雪之丞。ヴェノムは「戦っちゃダメとなると難しいっすね」と『食事』ることを諦める様に肩を竦めた。
「落ち着いて、何があったのですか? 貴方と戦いたくない――お願い、話だけでも聞いてください!」
 叫ぶアマリリスの頬を氷の破片が切り裂いた。フレイムタンは「魔種の影響か」と悔し気に呟く。
「我々はシルフィード、ウンディーネ、ベガさまから遣わされた使者で敵意はございません! 女王への謁見を求む!!」
 殺さぬよう。不殺を心がければ、その分傷付き続けるものだ。
 敵意を感じながらアトを庇う様に立ち回る遥は唇を噛み締める。
(――これじゃ、『魔種』側ではないか)
 エリスが『魔種』の影響を受け、魔種化してないにせよ、メルカート・メイズの迷宮の道具のひとつの様に動かされているのは確かだ。ノックダウンすれば彼女を救う事が出来るかもしれない――それは特異運命座標が精霊関連の仕事を受けた際に『倒せば正気に戻る』とパサジール・ルメスの知識より得た物でもある。
『どうして森を荒らすのですか』
「森を荒らしに来たわけじゃないッ――くそ……!」
 ウィリアムが杖を、とん、と地面につく。一方的な攻撃による防戦を見守る氷の精霊たちは王に従うべきか、それとも『優しい来訪者』に従うべきかを迷っているらしい。
「氷の女王をどうにかするには『子供達』にどう説明するかからっすね?」
 ヴェノムがじりじりと後退しながら言葉を続ける。ウィリアムは緩やかに頷き「ああ、精霊たちに『エリスを攻撃する理由』を説明しなくちゃならない、だが……!」
 この状況では、とウィリアムの瞳に焦りが滲む。ロープをぎゅっと掴んだアトは戻るべき道を確かめるように振り仰いだ。
「迷宮を発見できた。それだけで今回は成果だ!」
 遥は声を発する。氷の精霊たちはやめて、エリスを傷つけないでくれと特異運命座標達へと声をかけた。
「特異運命座標。一度、引いて態勢を整えよう」
 森の入口へは幾人かがしるしをつけていたはずだ。それが気休めであれど、確かに役に立つ瞬間なのだろう。
 追う事はせず、只、見つめる様に顔を上げたエリス・マスカレイドの寒々しい気配に焔はふるりと小さく震え白いマントを翻す。
「フレイムタンくん……!」
「エリスにどう対処するか――それは特異運命座標に任せよう」
 その言葉に頷いて焔は「特異運命座標じゃないよ。焔。そう呼んでね」と仲間らしく笑みを浮かべて見せた。
 きらり、と輝く氷の光。
 その向こうに見えるのは確かなる魔種の迷宮であった――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

【続】
 特殊な依頼群である<永縁の森>ということで、このような引きをさせていただいた次第です。
 さあ、続くは別のシナリオに。
 どうぞ――この森を救ってください。

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