シナリオ詳細
チョコレートと野獣
オープニング
●恋の魔法
まずはカカオが無くては始まらない。それからサトウキビと蜂蜜をたっぷり入れて甘い味に。次に、バニラを使って良い匂い。
あとはニンニク、マンドラゴラ、イモリの黒焼きに、オットセイの……
「なぁ、シュガー。あまりに酷い匂いだ。こんなのヒトに食わせるものじゃないぞ」
横で手伝ってくれていた女の子――ソルトが苦言じみた事を呟いた。言いたい事は分かるけど。わたしだってこんなもの口にしたくはないもの。
「でも、今年こそは恋人を手に入れて、皆を見返してやるんだから。うんっと効力の強いものを選ばなくちゃ!」
「だからって思いつく惚れ薬の材料アレコレ入れなくたって」
ソルトは鼻をつまみながら“チョコレート”を煮詰められている釜を覗き込んだ。彼女の言動と相俟って、その行動がとても嫌味ったらしく思えてしまった。
「もう、ソルトったらそんな事言うなら出てってよ。後は私一人でもやれるんだから」
そう言うと、ソルトは――少しだけ悲しそうな顔をしながら――いつも通りに、すぐ部屋から出て行ってくれた。
ごめんね、妹よ。事が終わったら貴方の大好きなしょっぱいお菓子をオゴってあげるから。
今は、この愛がぎっしり詰まったチョコレートを森の中に住んでるわたしの王子様(イケメン)に届けなくちゃいけないの……。
●惚れちゃった
「かくしてベビーピンクなお姫様は、ホワイトカラーを着こなした王子様と末永く暮らしました。めでたしめでたし――とは終わらないのが恋愛ってものよね」
ボロボロの有様でギルドに飛び込んできたソルトと名乗る依頼人の少女を目の前に据えて、手厳しい顔をしながら『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は 呟いた。
恋愛観において何かしら逸物持った彼女からすれば、ドラッグじみた代物でヒトの気持ちをどうこうするというのはあまり快い話ではなかったのだろう。
ソルトは、自分が責められている様な気持ちになったのであろう。シドロモドロとしながら、依頼の説明を続けた。
「あぁやってフラれるのは毎年の事だからどうせロクな結果にならないだろう、って。私も止めはしなかったんだ。でも、一緒になって届けに行く最中に……」
「フォレストグリーンの中でクマさんならぬモンスターに出会った、と」
依頼人のソルトは、申し訳無さそうに頷く。おそらくは強烈な匂いが鼻の良い魔物を惹きつけたであろう。ヒトにとっては異臭だろうが、魔物は時として悪臭を好むものだ。
「そういう訳で、イレギュラーズの皆さんがお姫様を救い出す騎士になって欲しいの。場合によっては、一刻を争う話だわ」
何処ぞの世界の古典にある『美女と野獣』というのは大変興味深い物語だけれど、それもお互い愛し合った上でないと大衆向けじゃないでしょう?
そう言って彼女は苦笑した。確かに、放っておいてどうなるかなどあまり想像したくはない。ソルトという少女は、何の事かと首を傾げていた。
「それじゃあ、詳しい話を始めましょうか。ブラックチョコレートな色合いのお話は誰も望んでいないもの」
- チョコレートと野獣完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年02月14日 21時55分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●カカオが風薫る
「よし、取って来たぞ」
愛馬、薫風を駆って来た『暇人』銀城 黒羽(p3p000505)は抱えたチョコレートの材料もといタネを皆に見せた。
徒歩なら少し手間取っただろうが、乗用馬を持つ銀城であれば難なく皆の行軍準備と合わせて、急ぎ姉妹の家へ回収に及べた。
とはいえ、ソルトの話とその身に纏っていた臭いからどういうものだか薄々分かっていたが……。
「あらあら~、これを受け取る王子様も大変ね~」
『夢色観光旅行』レスト・リゾート(p3p003959)が、材料を見て思わずそう苦笑した。
病人への薬剤として使うならまだしも、その殆どはお菓子として向いてる様にまるで思えない。
「歪んだ愛だな。いや愛ともいわん。ただの押しつけ」
顔を顰めながら『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)が、そう漏らす。いくら何でも、こんな材料で作られたチョコレートを口にする方は溜まったものではない。
『白馬の王子様』とやら自身の、真っ当な人柄を聞いて尚更哀れに思えたランドウェラだが、それに応答していたソルトはその言葉を聞いて申し訳無さそうな、また複雑そうな顔する。
「一刻を争うが、誘き出すにはあった方が効率がいいだろう」
行軍と共に、そのチョコレートの再現準備を行っていた『不屈の』宗高・みつき(p3p001078)が言った。
ソルトも「たぶん」と誘き出す事へは有用な事を肯定する形で頷き、記憶の元に皆へ再現の手順を伝える。
「……料理は普段やらねぇが、材料が間違って無ければ大丈夫だろ?」
「料理ならば、特に手早く量を作ることは得意です」
依頼に必要とならばこの様なチョコレートを作る事も吝かではない風である『死を呼ぶドクター』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)と『その声のままに』霧小町 まろう(p3p002709)。
直後に、まろうの脳裏へ『そんなものは料理とは呼びません』とお告げという体でツッコミが響く。まろうも生真面目にそれに従い訂正をした。
レイチェルは訂正に対して、苦笑じみた表情を浮かべながらマスクを付ける。
「匂いの元を多めに増やせば――更に強烈な匂いで奴を誘き寄せられたりしてなァ」
もはや料理ではなく、一種の薬剤調合である事は職業柄分かり切った事だ。
自分達にとって、元々“ヒトに食わせるものではない”のだから味だの良識だの気にする必要は無い。
改めて姉の行為を実感したのか、顔を伏せるソルト。それを見た銀城は、気に掛ける様に言葉を向けた。
「もう少し自分を出して良いんだぜ」
「……出したとしても良い事ないさ」
諦観とした彼女の言葉は姉を反面教師と見てのものか、はたまた別の想いあってか。
俯いた顔からは、銀城には些か判断しかねる部分もあった。
ともかく、彼女は誘き寄せる為のチョコレートがあるからには縄張りへ行くのは足手纏いにしかならなかろうと森林外へ残り、皆の武運と姉の無事を祈っていた。
●美女と野獣?
私ったらなんて罪な美女なのかしら。モンスターまで惚れさせてしまうなんて。
白馬の王子様の元へと向かう途中に誘拐されるなんて、これは略奪愛なのかしら。
人間と魔物だから結ばれてはいけないけど、こうやって果物をいっぱい貢がれる事だけは気分が悪くない。
……ちょっと、犬みたいに顔舐めないで。よだれが獣臭い! やっぱり助けて私の王子様(イケメン)!!
目的の森林へ辿り着いてしばらく捜索すると、人助けセンサーを持ったまろうがその助けを求める声を感知し、簡潔に仲間へ伝えた。
「なかなかに個性の強いヤツだなぁ」
宗高は、シュガーのテンションの高さにどういう反応をして良いか分からない風にそう言った。
「これもまた色恋沙汰なのかしらねー。判断が難しいわ。異種族の作法を否定するわけじゃないけど」
まーお子様相手は駄目よね。その様に淡々と言いながら『天下絶剣一刀無双流』紅劔 命(p3p000536)は、草を掻き分けていた。
3mほどの巨体であり、尚且つ大食いの魔物であれば通った痕迹や生活の後はそれなりに残っているものだ。
その考え通りに調べてみると、やはりそれらしき獣道が見つかる。
「ケノモノが通ったのは確かみたいねぇ~」
この先にケノモノが居る事や、食べる量が無遠慮だの何だの、自身の能力で植物達の声を聞いて、レストもあらあらまぁまぁと相槌を打つ。
皆も目的の対象がその先に居るのだと確証を得て、『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)を見やった。
「あとは我(わたし)に任せて」
彼女も即座にてファミリアで召喚した鳥を飛ばし、それと同時に自分のギフトによって、姿形が自由自在の使い魔を呼び寄せる準備をする。
「ヒトの心は単純じゃねぇ。物に頼る輩は好かん。――が、今は依頼人の願いを叶えるのが俺の役目。首輪の付いた忠実な狗とするさ」
「だな、何とか無事に助けたいものだ」
その合間、レイチェルは巣があるであろう獣道の先へと金銀の双眸を鋭く向け、宗高も彼女の言葉に同意しながら周囲を警戒した。
建前以上に、妹という存在が居た二人にとっては姉妹に悲劇が訪れるのは、あまり快いものでないのかもしれない。
そう述べる傍へ、クマとナマケモノの間の子の様な、なんとも形容し難い大きな魔物が急に現れたからのだから、各々が反射的に身構える。
「呼び出したわ」
何事かと思えば、レジーナの呼び出した召喚物であったらしい。成る程、ソルトから聞いた魔物の姿形通りではあるが、此処まで繊密に出来るとは。
「あら、大きいわね~」
レストが同じく召喚したビーグルを抱きかかえながら、間延びした声でその様に感想を述べる。
ケノモノを目の前にして体躯に差があるビークルは尻尾を丸めていたが、襲って来ないと分かっていればむしろイレギュラーズにとっては頼もしいくらいか。レストは、抱えているビークルをよしよしと慰めた。
レジーナはその性質を改めて説明しながら、ギフトで呼び寄せたケノモノに持たせるべくチョコレートを仲間へ求めた。
「それにしても、何でも匂いがひどいらしいじゃないか……悪臭を好むってことは、ゾンビと似た感じの匂げほっげほっ!」
ランドウェアがチョコレートを入れた、密閉された容器の蓋を少し開けてみると、それは想像以上に酷かったらしい。顔を近づけずともレストが抱くビークルも、銀城の駆る薫風も、一様に顔を臭いに顰める。
レイチェルが「臭いが強い材料をちぃとばかし入れすぎたか」と首を傾げるが、今回に限ってはそれも作戦通りゆえか仲間からは若干したり顔に見える。
「チョコレートは愛が大事だとは思うけれど」
紅劔は少し難しい顔をした。そもそも、こんな臭気がするモノを食べてくれる人など居なかろう。妹もそれが分かっていて、姉の自由にさせていたのかもしれぬ。
それを己が責任と見て自分達に助けを求める事もやむを得ぬものか。そう思っている内に、紅劔はギルドへ駆け込んで来た彼女が妙に傷だらけになっていた事が頭を掠めた。
戦い慣れた紅劔はその直感として、なんとなく手負い傷を不思議に感じる。先んじて襲われたのはシュガーであろうが。
「ともかく、風下に隠れましょう。後はこの子達に誘き寄せてもらってから」
召喚したケノモノを向かわせるレジーナは、皆をそう促す。移動するレイチェルや宗高の後ろ姿を見て、紅劔は納得した。
人間は肉親――兄弟姉妹の情があれば、そう簡単に見捨てられぬのは当然の事か、と。
●倫理的教戒
「出て来た」
レストとレジーナは各々のファミリアの上手く使い、ケノモノの位置を偵察し、その隠れ家を見破る事に成功する。
遠巻きに伺うレイチェルの目にも、それは木々の合間から僅かながらに確認出来る。
「あぁ、シュガーさまの助けを呼ぶ声も止みました」
それも少々残念そうに。まろうは不思議そうに言う。それを受けて「女心は複雑なのよ~」とレストが穏やかながら達観した様に呟いた。男性陣に言い聞かせている様に思えたのは、おそらくは気の所為だろう。
「それじゃ、お姫様の救出といこうかね」
相手を十二分に誘き寄せたと確認し得たところで、銀城は気取られぬ様に、慎重に馬を歩かせる。
皆もそれと同じ歩調で向かい、自然に出来た洞穴を見つける事が出来た。
他のケノモノが住んでいやしないかと念のために警戒しながら確認してみるが、それとは別に小さな影が居た。
「嗚呼、助けに来て下さったのですね! 私の王子様!!!!」
「大丈夫だったか、かわいいお嬢さん?」
洞穴でシュガーと思わしき女の子がイレギュラーズの男性陣を目にするや、やたら目をキラキラと輝かせながらその様に黄色い声で叫ぶ。……完全に男性として振る舞おうとしている宗高はおろか、レイチェルに対しても色目を使う様に視線を向けているのは何か誤解が生じてる気が。
「んふふ~、憧れの王子様じゃなくてごめんなさいね~」
レストが裾を可愛らしく摘んで、挨拶をする。しかし当のシュガーは男性陣に現を抜かしていたそれに対する受け答えもあやふやで、無駄に浪漫溢れる口説き文句の様な事を言い連ねる。こうして生きていた事を鑑みれば依頼としては喜ぶべきなのだろうが、その様子からはあまり反省してる様に思えない。
それを見て、ランドウェラは少し軽蔑する様な冷たい表情を作った。
「薬は使い方によっては全てを狂わす。薬剤師の君が良くわかっているんじゃないのか?」
叱る様にそう言われ、シュガーの表情が困惑する様に歪む。彼女は誤魔化す様に、助けを求める様に女性陣の顔色を見た。同じ女ならば王子様を求めてやまないこの気持ちが分かってくれまいか。
「チョコレートは愛、もとい味よ味! 好きな人のことを思ったものを作った方がいいと思うわよ? なのでまずは渡す相手を決めてから! 誰でもいい、なんて薄っぺらなものだと後で後悔することになるわよ」
「チョコに込められたまじないで相手を魅了するのも実力の内だとは思うけれど……物に頼った作戦は後から悲しくなるだけなのだわ。全く関係のないモノまで呼び寄せる始末だし」
「焦っていると、いろいろな物を見落としてしまうものです。幸せも、恋も。恋とは……気付くものではないかなと、私は考えております」
レストを除いた女性は一様に、否定的な言葉を口にする。惚れ薬で人の心を好き勝手する行為は容認し難い。諌めておかねば、後にもっと取り返しの付かない事になるかもしれぬのは確かだ。
「わからないならやり直せ。まだ間に合う。まだ子どもなのだから」
言われた事の理屈は分かっていても、シュガーは思わず泣き出しそうな顔をする。レストは、それを注ぐ様に語りかけた。
「もう大丈夫、安心していいのよ。んふふ~、ソルトちゃんも心配してたんだから~」
そう優しげに言葉にされ、涙を目に溜めて謝罪の言葉を述べる。その直後、ハッとした様に声に出す。
「そうだ、ソルトは!?」
彼女は思わず立ち上がろうとした様だったが、苦しげに呻いた。片足を見れば、捻挫だろうか。紫色に腫れ上がっていた。
「逃げなかった理由はこれか」
それを確認したレイチェルが仲間を見やる。視線を向けられたランドウェラは、シュガーの頭を左手を使って撫でた後、自分の能力で彼女の足を治し始めた。
「……この現状を生み、自分の身を危険にするのはまだ許せる。自己責任だからな。だが、だがだ。君には心配をしてくれる家族がいる。注意をしてくれる妹がいる。惚れ薬で得た偽りよりも大切なことは見つかったかい? 言うべき事は何かな?」
ランドウェラが不具の様に垂らす右腕と自分の治りつつある足の捻挫を見比べ、「まだ間に合う」という言葉を思い返し、それに妙な説得力を感じたのか彼女はぐっと唇を噛む。
「もう、こんな絶対に真似しないわ。ソルトも、大変な事に巻き込んじゃったみたいで謝らないと……」
彼女はその場に立って足の感触を確かめると、イレギュラーズに頭を下げたのち、真剣な面持ちで帰り道の案内を頼み込んだ。
その顔からは、求愛のアプローチ方法について考えを改めた事が分かる。これならば、短絡的な行動に及ばない事だろうが――。
「あ」
レジーナが、突如短く声を漏らした。どうしたのかと仲間に問われ、少しだけ言い方に思案してから口にする。
「遣いがやられたわ。全く、その女の子よりよっぽど短気な仔ね」
呆れた様にそう口にしながら、急ぎ足でこの場から立ち去り始めた。シュガーを助け出したのだから、此処に留まる必要は無い。イレギュラーズ一同も早々に撤退を行う。
「……誰でも良いって、相手はこんなにもショックなのね」
恋に恋していた少女は、まがりなりにもそう思われる側の気持ちを体感して、尚更反省するのであった。
●これを悲恋と見るかどうか
「今回はアイツの方が被害者みたいなモンだ」
宗高は、なんとも言えぬ同情の言葉を口にする。
魔物だからと割り切って倒してしまう方針もあるのだろうが、今回ばかりはどうもイレギュラーズはあまり気乗りしなかった。
「なるべく避けたいが……」
「俺たちの目的はあくまでお姫様の救出だ」
怪我の治りたてで足の調子があまり優れないシュガーを薫風に乗せ、銀城は早足で愛馬を駆けさせる。
レジーナのファミリアによって今現在相手が居る位置も分かっているし、護衛対象を運ぶ為の乗用馬もある。その状況から撤退を最優先すれば、後は自分達の方が早いか相手の方が早いか。それに尽きる。
「恋をするのは素晴らしいけれど」
愛を伝えても全てが全て、幸せに終わる訳でもない。ましてや今回の様に人と獣の間であれば、例外でもなければ結ばれる事はなかろう。
そういう恋愛において一つ何か思うところがあるのか、巣穴の周囲から必死にシュガーを探そうとしているケノモノをファミリアの眼を介して認識し、そう呟く。
「まー、何であってもお子様相手はね」
かといって見過ごした方が悲しい事になったであろうし、イレギュラーズが正しい事をしたのは確かと言えど……。
「けれど……無理矢理するそれは、恋なのでしょうか」
まろうがぽそりと口にして、他の者達も少しだけ哀れんだ様に視線だけ後ろを見やる。種族違える者に対して惚れ薬の効力をもってして無理矢理恋をしていても、やはり仕方なかろう。
ケノモノは今更追えるとも思わなかったのか薬の効力に打ち勝って正気に戻ったのか。嘆く様に寂しそうな彼の慟哭が森林に響き渡っている。
そして、その後に上手く森林から逃げ切ったイレギュラーズ達とシュガーを追ってまで人里に降りて来る気配は無かった。
「シュガーはいつもそうだ。私が心配したって聞きやしない」
シュガーを無事救出してギルドローレットに帰って来たイレギュラーズを迎えるソルト。
姉の安全を確認するやいなや、呆れながら小言じみた事を口にする。
シュガーも、妹のボロボロな様子を見て絶句して顔色が青褪めていた。ここまで怪我を負っていたのは知らなかったのであろう。
「……死ななくてよかった。私からはそれだけ十分だ」
けれど彼女が無事である事に安堵した様に表情を変えて、姉を無事に救出してくれた事に礼を述べながらイレギュラーズへ丁寧に頭を下げる。
「ソルトちゃんも、ご苦労さまぁ~」
時間に余裕が出来た今、レストはライトヒールでソルトの傷を治し始める。
「恋に恋する年頃なんだろうが……妹も大切にしてやれよ? すげぇ心配してたンだならなァ」
レイチェルは仲間が傷を治すの見て、心中に抱く想いを馳せながらも、それを伏せる様に曖昧な笑みを浮かべて、シュガーをやんわりと諭す。
そうでなければ、妹はこう怪我をしてまで助けに入らないだろうさ。
何かしらやるせない感情を言い含めた言葉に対して、宗高を筆頭に皆が同意する様に頷いた。
「本当に、ごめんなさい。なんてお詫びしたら、いいのか……」
自分だけではなく誰か死んでてもおかしくはなかったと再度自覚させられて、萎縮する様に反省しているシュガー。まろうは、優しく語りかける。
「ゆっくり、周りの方に目を向けてみたら……きっと、素敵なものが見つかりますよ」
シュガーは、その言葉を受けて周囲を一瞥する。ソルトに視線が向けられると、当の妹も「あー、うーん」と呻く様に言いながら、指で頬を掻く。
情というのは、人によって表現するのは気恥ずかしいものかもしれない。だが自分より他人への好意が向けられるのを目の当たりにする事が多ければ、複雑な気持ちになる。
その反応を見て、妹の心中を理解し得た銀城は改めて彼女に囁く。
「……もう少し自分を出して良いんだぜ?」
彼女は口をへの字に曲げながら、懐から何か取り出した。
「姉さん。せっかく双子として生まれて来たんだしさ。もう少しだけ、姉妹仲良くやって行きたいんだ。そりゃ、白馬の王子様ほど頼りにならないかもしれないけれど……」
綺麗にラッピングされたチョコレート箱を不器用に投げ渡しながら、心中を告白する。
シュガーは、それを受けてほがらかな顔をした。もう人の心を弄ぶ様な真似は絶対しないと。
いつもと違った姉の様子に、目を丸くしながらもソルトはぎこちない笑顔を返す。
「はは、それじゃあ、ギルドの人達も一緒に食べよう。助ける以外にも色々思慮してくれたみたいで……ありがとな」
姉妹は改めて、イレギュラーズの心意気に対して敬意を表する様に頭を下げた。
……この姉妹がそれぞれ薬剤師として立身していくのは、また別の話。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
人によって恋愛というのは受け取り様によって変わるものです。
見方次第で喜劇かもしれないし、悲劇かもしれない。
ギフトやスキルの使い方が、依頼の状況と噛み合いました。それに伴い、戦いを避けようとする姿勢もケノモノとの戦いを避ける一助になった様で。
魔物相手とはいえ、無用な戦いと判断出来る状況ならば、それも立派な手段であると見ます。違う状況なればこそ、戦うべき事もありましょうが。
姉妹のその後については、筆者が多く語るべきでもなく。御想像にお任せする事に致しましょう。
それでは、また何処かの依頼にて。
GMコメント
2月14日。
おそらく、この世界にもバレンタインデーの習慣は伝わっているか、あるいは存在するのでしょう。
世間では甘い色恋沙汰もあれば、こんな滑稽な出来事も付き物です。
■成功条件
1.「シュガーの救出」
これだけは依頼の必須条件です。
後の事は、あまりに無法な行いをするでもなければイレギュラーズに託されます。
■人物
シュガー:
13歳。双子の姉。天才児にして問題児。後述の『ケノモノ』というモンスターに連れ去られた。
イケメンな男性なら誰にでも惚れる。恋に恋するお年頃。
薬剤師の卵として期待されているが、有り余った行動力のせいで度々と問題を起こしてる。
ちなみに料理は壊滅的に下手との事。
ソルト:
13歳。双子の妹。依頼人もとい苦労人。姉をとても慕っているが、そのせいで胃痛気味。
姉が起こした問題を解決する為に毎度奔走し回ってるらしい。
あと“チョコレート”の匂い付けて来たせいか、微妙に臭い。
彼女は何か必要な事があれば用意するし、手伝うと申し出ています。
■捜索地点
幻想地域の森林地帯。移動にはそう時間は掛かりません。
連れ去られた範囲はある程度目星はついておりますが、無策で宛もなく探すとなるとかなり時間が掛かります。
何かしら手段を講じた方が良いでしょう。
■モンスター
ケノモノ:
毛むくじゃらで、クマとナマケモノを合わせた様な3m級の動物型モンスター。大変鼻が良く、食べ物が腐敗した様な悪臭を好む。
好きこのんでヒトを襲う性質ではないが、たまに人里に降りて大量の食物を盗み食いしたり縄張りに入ってきた者を襲ったりする。
フェロモン(匂い)を頼りにメスを見つけ、そのまま巣に連れ帰ってから餌を貢ぐなどして慇懃にもてなす習性にある。
メスが受け入れないと、痺れを切らして襲い掛かる事もしばしば。ケノモノ同士だと大概メスの方が強いので返り討ちにされるらしいが、今回のプロポーズ相手は非力な少女である……。
■後処理:
見つける事さえどうにかなればケノモノの討伐自体はそう難しい事ではありません。
或いは、合理的な手段さえあれば彼を出し抜いてシュガーを助ける事さえ可能でしょう。
それぞれ何かしら思う事があれば、シュガーかソルトに諭してみる余裕もある事でしょうが――。
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