シナリオ詳細
<ジーニアス・ゲイム>霧の向こう側
オープニング
●とある戦場にて
暗雲の如く思惑渦巻く最中、『幻想北部戦線』が遂に動き出す────
幻想南部を各所陥落させる事に成功した『新生・砂蠍』は拠点を築き、次なる野望を達成せんとして幻想王都メフ・メフィートを狙う動きを見せている。
既に砂蠍の目的が国盗りである事が明らかとなった今、これまでのようにローレットへ対処を一任するだけに留める事は出来ない。
北部からの侵攻を有力貴族が対応するのは勿論、それ以外の貴族や騎士達は砂蠍への対抗準備を進めている。つまり、今この時幻想以外の全てが敵であり好機でもあった。
「……将軍閣下はどうお考えなのかしらね」
「さて、さてッ! それは我等武人には与り知らぬ事。寧ろこの機は名の浅い武人達にとって、またと無きチャンスという奴だ!
不穏な気配漂う戦場でこそ純粋な力は輝き、鉄帝の民にも其の光は届く事だろう! ハッハッハ!! どうだレーヴァ、滾って来ただろう!!」
「ちっとも」
幻想の状況を知る鉄帝貴族は一定数存在する。
それは独自のパイプを持つ者や有力貴族とされる者だけであり、彼等──ドルベンシュゲイン隊──は前者であった。
『霧の魔女』レーヴァテイン・アウグストゥス。彼女が表情を曇らせているのは無理もない。
先日、帝都スチールグラード近郊にある穀物倉庫が何者かに焼かれた事は記憶に新しく。同時に事情を知る者達に多大な衝撃を与えていた。
不穏な気配。都合の良すぎる機会に『塊鬼将』ザーバ・ザンザが ”動き出した事実” が聡い者に警戒感を覚えさせているのだ。
「聞けぃ戦士達よ!! 此度の我が隊は友軍の右舷を補佐すると共に、同志ベラウヌス卿の隊と連携して戦に挑む!
痛ましき話が背中から聞こえて来るだろうが関係無い! 幻想のひよっこ共に我等の鉄腕の剛力を見せつけ、陛下の御威光を示して見せよ!!
さぁ叫べッ! 吼えろ!! 他の隊に我等の士気の高さを見せつけるのだァァッ!! うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「「ウオオオオオオオオオオオォォォ────!!!」」
ドルベンシュゲイン子爵の咆哮に続いて上がる鬨の声が地を揺らす。
彼等はいずれも無名に等しい戦士達の集まりだが、精鋭に劣らぬ揺るがない士気の高さと連携力が売りである。脇を補佐する者を置くならば安定感のある小隊と言えるだろう。
鉄の漢達の熱気溢れる姿を傍目に、レーヴァテインはその場を後にする。
(私は『仕事』に移らせて貰うわ、子爵様)
戦士達の間を抜けて行く彼女は囁くように告げる。
目立つ筈の銀髪は灰の迷彩色に塗られた外套フードに隠され、古い木の意匠をした大型狙撃銃を担いだ姿は音も無く景色の中から消える。
……全く同じ装いの者達を引き連れて。
●“霧の魔女”
鉄帝を迎え撃つ幻想貴族の砦は生半可な力押しでは落とせない。
そして、押し寄せて来る鉄帝軍を生半可な策では撃退できない。
北部戦線全体の中で小規模とはいえ、互いに譲れぬ一戦。
砂蠍の事もあり、戦線に出て来ている幻想貴族はどれも名のある者ばかりなのだ。必然的にそれと拮抗出来る鉄帝側も無名ながら爪を隠した獣揃いだと分かるだろう。
強さとは、ただ拳を殴り付けるだけでなく時に技術が相応に必要なのと同じ理論である。
(さて……過去にこうした中隊程度の小競り合いは斯様にあった。向こうもそれは重々承知、だがこれまでと違う部分があるとするならば)
「ドルベンシュゲイン卿! 左舷で友軍指揮官が……! 突然現れた連中は、あの──」
「──『ローレット』、やはり特異運命座標かッ! ハッハッハ!! 大いに結構! どうせやるだけやったら帰って行ったのだろう? けったくそ悪い連中より実に清々しい奴等よ!」
戦場に動揺は無い。つまり、指揮官の首一つ取るのに一切の介入を許さずに立ち回ったと言う事だ。
獅子の様な髭を揺らして子爵は称賛して笑う。
見つかる様な失策を犯してくれたなら手ずから首を捻りに行ったというのに。そう豪語する彼は次いで何も言わずに、腰から引き抜いた拳銃を空へ向け撃った。
眩い閃光を伴って上空に打ち上がるそれは、照明弾の類だ。
「これでも戦いに夢中になっている奴は気付かんからなぁ、前線には数人伝令を送っておけぃ」
「はっ!」
左舷の友軍が指揮官を失った衝撃に態勢を崩す最中、分隊各所に撤退の伝令が向かう。
戦場は変わらず雄叫びが鳴り響いていたが。それも直ぐに収まる事となった。
(こういう機会の為に俺は図っていたのだ! ククク、待ち遠しい! 俺が作った奴がどれだけ活躍できるか……見物ではないか
何よりこの俺も血が騒ぐわ!! イレギュラーズの動き、その独創性ある強さと魅力! 俺はそこに憧れるッ! 震える! さぁ戦だ戦だ!!)
──
────
────────
静まり返る戦場を見渡した幻想貴族は訝し気に眉を潜めた。
「何故撤退を……? あの鉄帝がまさかこんな戦場へまともな将を向かわせるとは思えないが」
「些か舐め過ぎではないかそれは。今までが脳筋だっただけで、我々と同格の敵だと認識を改めれば良い」
「まさか巨人とか呼ぶのではあるまいな、連中……」
これまでに無かった展開だが、それはあくまでこと鉄帝との戦いに限る。
そもそも戦線の真っ只中では稀にある事。既にローレットが敵の指揮官を一人仕留めた以上、戦果としては充分。
想定外ではあっても一時の休息を得られた。
「相手の動向を探らせよう、何か妙な事を企んでいるやも」
「っ! まて、外を見たまえ! 何かおかしい……!」
敵陣を見張っていた騎士の一人から声が挙がった。
見れば霧が砦を囲むように何処からともなく出て来ていたのだ。それも、恐るべき速度で。
「霧!?」
「……自然の物なはずがあるか、これは敵の罠だ」
術師らしき者達が砦の城壁に登っては議論を重ねている姿が目に映る。
貴族達は直ぐに兵士達へ警戒態勢を促し、自分達も脱ぎかけた兜を締めた。どう見ても目眩ましの類だ、この機に乗じて襲って来るつもりなのは疑いようも無かった。
霧を吹き飛ばせないか、様々な魔法を撃たせても見るが……結果は芳しくない。数十人で衝撃波を撃っても霧は晴れず、ただ悪戯に消耗するだけだった。
「砦の中にまで霧が出て来たぞ……」
「まずくないか? 外の霧は雲の中みたいに真っ白だ、腕を伸ばしたらそれだけで指先が見えない……!」
「おい……敵に魔術師がいるのか!?」
「わからないがとにかく投擲物や敵の射撃に備えろ!」
視界は最悪だ。深すぎる霧は水気を含んで兵達に重く纏わりつく上、こちらの命中精度を落す。
それは鉄帝側も同じはずだが。
ッ……ガ────ァァンッ!!
僅かに抑えられた炸裂音。
それが銃撃によって生じた発砲音だと特定できたのは、轟いた音に続いて物見櫓から兵が落ちた時だった。
「狙撃だ……!!」
誰かが叫んだ瞬間。そこへ飛来する無慈悲極まりない頭部射撃(ヘッドショット)によるクリティカル。
続いて今度はその隣が、次は奥に。濃霧の向こうから轟いた銃声が連続し、瞬く間に五人もの兵が撃ち抜かれてしまう。
砦に鮮烈な衝撃が走る。
「ッッ……~~! 救護班は出来るだけ身を屈めて怪我人を救助、その他の者は遮蔽物に身を隠して大盾を数枚使え!! 敵の射撃は城壁を貫いて来てるぞ!」
「なんということだ、まさか狙撃手など……ぉぺッっ」
「デルラゴ卿!? ふ、伏せろ! 今のは銃声がしなかったぞ!!」
砦の内部から一喝するが如く指示を指揮官の貴族が飛ばす横で、騎士が一人鎧兜に大きな穴を空けて血飛沫と共に吹き飛んだ。
辺りは騒然となり、同時に全員が息を潜めようと音を殺しにかかる。
誰かが撃たれても声を迂闊に出すわけにも行かない。この濃霧ではとても歩兵が外へ出て下手人を討ちに行く事も出来ない。
頭を伏せながら狙撃手の位置を探ろうとする者も居たが、
「駄目だ……歩き方を一定にして足音を消してるんだ。霧の向こうで足音はしても、どれも同じ音で人数が割り出せない……!
銃撃も消音してる物があれば一切音を隠してない物もある。ましてや、無音で撃って来てる奴なんて! 長くは続かないだろうが、これでは何もできずに殺される……っ」
「サーモなんとかいうのは無いのか、温度視覚持ちはいないのか……!? どうしたらいいんだ!」
「殺意に反応して回避を試みる……無理だ、人間業じゃないッ! イレギュラーズだろう、そういうのができるのは!」
類稀な聴覚の持ち主、索敵技能を有した者。ハイセンスだけでは突破出来ぬ白いカーテンが彼等を苦しめる。
「「…………!!」」
全員が息を殺して身を潜めて暫く経った頃。突然遠くから濃霧の中を揺るがす雄叫びが聴こえて来た。
まさか、と目を見開いた誰かが顔を上げて息を飲む。
城壁の直ぐ傍にまで迫っていた鉄騎の戦士達が咆哮を上げて砦を囲んでいたのだ。
●救援
『完璧なオペレーター』ミリタリア・シュトラーセ(p3n000037)は依頼の説明を始めた。
「……現在の幻想の状況は混迷を極めています。件の『新生・砂蠍』との戦いではローレットでも被害は出ている上に、幻想南部で陥落された土地が幾つかあります。
これを機と見たのか、幻想北部での鉄帝との戦線も先日から動き出しています。
時として中立であるローレットは幻想と鉄帝、どちらとも戦う事になるでしょう。皆様に依頼するのは幻想の味方につく事ではありますが……」
難しい表情をする彼女は静かに首を振る。
ローレットが有する中立性。ギルド条約こそが世界の破滅を防ぐ為に必要であり、最大の武器である事は『蒼剣』も示している事である。ならばこのような綱渡りも有り得る事だった。
「申し訳ありません、説明を続けます。
皆様には幻想北部戦線にある『ライトヘッヅ砦』への救援に向かっていただきます。しかしこれは前線で勇猛な戦士達と一戦交えるのではなく、
過去にも霧の魔女……レーヴァテインなる人物と彼女が率いる部隊を撃破して欲しいのです」
ミリタリアは資料を差し出した。
それは、過去にイレギュラーズと依頼の中で模擬戦を行った相手だったのだ。

- <ジーニアス・ゲイム>霧の向こう側Lv:8以上完了
- GM名ちくわブレード(休止中)
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年12月15日 22時45分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●─砦の騎士─
「「オオオオオォォォ────!!」」
戦場、ライトヘッヅ平原を雄叫びが震えさせる。
鉄騎の戦士達が次々に砦へと迫り壁を破壊すべく突撃しては槍に突かれ、迎撃に弓を引いた幻想騎士が背丈ほどもある大岩の投石を受けて絶命する。
数と士気は既に鉄帝側に傾いている。押し返すには相応の追い風が無ければ不可能だろう。
「見えにくくて、寒くて、うるさい、ね。戦争……早く終わんない、かな」
「うわぁ、この状況は本当に急がないとやばそうだね! 『霧の魔女』達を早く探して倒さないと砦が落とされちゃいそうだよ!」
「幻想貴族を直接助力することは難しいみたいね。だけど、私達が果たすべき役目を完遂すれば、この窮地も少しはましになるかもしれないわ」
目に見えて疲弊した色を浮かべて奮戦している幻想側の様子に『見習いパティシエ』ミルキィ・クレム・シフォン(p3p006098)は草原で伏せながら顔を覆う。
耳を伏せる『孤兎』コゼット(p3p002755)もそれは同じなのか。しかし、彼女には他の仲間と違いその兎耳が持つ聴力を発揮していなければならない理由がある。
耳を塞ぐわけにはいかない。
「やっぱり、霧が近いと……あ」
未だ続く鉄帝側の雄叫びにうんざりした様子でいた所、丁度そこで彼女は頭の上にピコッ! と耳を立てた。
争乱の音が止み、霧の中から後退して行く鉄帝の兵士達の足音をコゼットの耳が捉えたのである。
「行った、よ……」
「敵影無し。急ぎましょう」
そして『牙付きの魔女』エスラ・イリエ(p3p002722)が自身の五感を共有したファミリアーを通して、伏兵がいないか確認する。
彼女達の合図に頷くまでもなく、矢の如くその場から彼等10人は飛び出した。
向かう先は霧に包まれた幻想勢力・ライトヘッヅ砦である。
「近くに援軍が来ている、という事でしたが……少なくともこの不利な状況へ割り込む戦力は無いという事ですかね」
「で、あるな。話に聞いた通り絶体絶命のピンチでござるが、霧の中にも勝機はあろう。拙者達が盤面を覆すでござるよ!」
コゼット達を追うようにして文字通りの忍び足で一気に駆け抜ける『黒耀の鴉』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は既に抜刀している。
その隣を並走しながら後方を『Tender Hound』弓削 鶫(p3p002685)は警戒する。
時折、草を踏む不穏な足音がする度に彼女の狙撃銃が向く。
(……仕掛けてきませんか)
鉄帝軍の前衛と『霧の魔女』率いる狙撃部隊の入れ替わりの瞬間。
そこで狙うか、警戒して然るべき筈なのにその気配は無い。撤退を優先している節があるのだ。
砦側をまるで気にしていないのは何の意図があるのか。
鶫は違和感を覚えながらもそれを一時意識の外へ押し出し、一直線に霧の中へと突入する。
──戦場近辺でも充分気温は低くなっていたが、長い時間霧の中に包まれているその空間は外よりも遥かに冷気が立ち込めていた。
肌や装備に纏わりつくそれはただの霜ではなく。悪意を以て放たれた立派な妨害戦術足り得る効果を発揮している。
「こういう状況での戦闘は初めてね……暗いだけなら光源の用意でも十分対応できるわけだけど」
「視界最悪、索敵も難しく下手に動くと狙撃が飛ぶと……やってられませんね全く」
鶫やエスラ、コゼット達の誘導に従いながら『黒と白の弾丸』ワルド=ワルド(p3p006338)は表面の濡れた自身の銃を指先で撫で、肌に絡みつく冷気を振り払う様に視線を巡らせる。
彼にだけ見える光源が霧の中にあるのだ。
濃霧を行くイレギュラーズの足元に転がっているのは……鉄騎種ではない騎士達の亡骸だ。
いずれもそこには名誉の戦死と呼べる死相は見えず、ただ彼等は訳も分からずに必殺された困惑の表情だけが刻まれていた。
「俺の心臓が、貫かれるが先、か。奴らを引裂くのが、先か」
濃霧でギリギリ視認できる距離で無機質に石動 グヴァラ 凱(p3p001051)が呟いたのをワルドは聞いた。
ワルドは飄々とした微笑を崩さず応える。
「……ともあれ持てる全ての力を使い、最善の結果を手に入れる努力はしましょうか」
……程なくして彼等は濃霧の中心部と思われるライトヘッヅ砦へと到着する。
「先、行ってるぜ」
「索敵は頼んだ。俺達もただ囮になるわけじゃないけどな」
ここからは予め決めていた作戦で行動する事になっていた。
レン・ドレッドノート(p3p004972)と『緋色の鉄槌』マグナ=レッドシザーズ(p3p000240)の二人が姿勢を低くして、慎重に砦の壁伝いに進む。
彼等同様に凱もまた一定の間隔……少なくとも見失わぬ距離感を保つ様にして続いて行く。
「ファミリアーを索敵に出すわ。そろそろ敵の狙撃部隊がいつ動いてもおかしくないもの」
「私もこの辺りの魂魄に話をしてみましょう。上手く手を借りる事が出来ると良いんですが……おや?」
霧の向こうへ飛び立つ蝙蝠。
砦周辺の魂魄へ語りかけようと試みるワルドは、少し離れた位置でミルキィからの指示を受けてコゼット達に手振りで何事か伝えようとする。
ミルキィからのメッセージは砦の中から敵意を受けている、というものだ。
「……うん。多分、幻想の人、かな」
丁度コゼットも砦内部の様子に気付いたのだろう。敵意を持たれているという話には首を傾げつつ、しかし油断無く腰から武器を抜いて警戒する。
──「何者だ貴様等……!」
「ボク達はローレットのイレギュラーズだよ! 皆さん、ご無事ですかー!」
──「ローレット!? え、援軍か……!」
ミルキィの答えに半ば城壁から身を乗り出して眼下のイレギュラーズへともう一度問いを投げる。
しかし、残念ながら彼等の目的は現状の打破の為。あの霧の向こうから狙撃を行っている者達を撃退すべく参上した事を明かした。
騎士らしき男は項垂れる様にそれに頷く。
──「やはりこの平原へ援軍は来れないか……いや、救援に感謝する。
この霧の中に限り、現在の我々の装備や能力は使い物にならない。何か策があるならば微力ながら手伝おう。必要な物はあるか?」
「……コートか何か、あると、嬉しいな」
数秒の空白の後に、コゼットは端的に欲しい物を述べた。
すると騎士は急いで城壁上で駆け回り、目当ての物を探し当てたか兵士の中から剥ぎ取ったか……暫しの空白の後になって彼は数着のコートを放り投げた。
防寒具である。
いつ撃たれてもおかしくない状況の中で彼は部下達の制止を振り切り掻き集めて来たのだ。
──「こんな事しか出来なくてすまない、貴君らの作戦が成功する事を祈……ッぁガ……っ!?」
「!!」
霧の中で空気の流れを何かが切り裂いた直後。
イレギュラーズへ敬礼をした騎士の言葉は最後まで続かず、城壁の内側へとその姿が消えてしまう。次いで聞こえて来る砦内部からの悲痛な男達の声が、幾度と木霊した。
それは人並み外れた聴覚を有する者ならば直ぐに気付いただろう。
「狙撃……それも、今のはッ」
「例の無音の射撃ってやつだろうね。場所は!」
「視界には捉えてないわ、ファミリアーを通して今エコーをかけて見る所よ」
エスラや他の仲間達が索敵を行う最中、伏せる『水面の瞳』ニア・ルヴァリエ(p3p004394)が歯噛みする。
視界の奥ではコゼットと咲耶が足音を殺して突き進んで行くのが見える。随伴する鶫も辺りを警戒するが、未だ発見には至らない。
暫しの間。
声を挙げたのはエスラだった。
「ッ……く、ぅ!」
「エスラさん! 大丈夫ですか!」
「撃たれたのかい」
駆け寄るワルドに頭を抑えるエスラが「違う」と答える。
「ファミリアーを撃たれたわ……鳥が飛んでいるのが見えたけど、その後に……」
五感を共有していたが故にエスラは撃ち抜かれた瞬間の感覚がフラッシュバックして身体が強張る。
肉体的ダメージは無くとも、ほんの一瞬でも死を味わう精神的ダメージは如何なるものか。
彼女の回復を待つ為、姿勢を低くして砦の壁際へとミルキィが退がる。
「ミルキィさん、感情探知はどうですか?」
「えっ? あ、あれっ……そういえば。なんで……!」
うっかり探知を忘れていたのか、そう思い至ったミルキィが困惑する。
しかし、後方の彼女達の様子を見てそうではないと確信した者もいた。
「悪意や、敵意、多分殺意も持たないで……撃ってる、ね」
「厄介でござるな」
「ううん。でも、逆に考えれば、きっと。この真っ白な銃撃が魔女、だから」
射線さえ見極めれば魔女を探し出すのは難しくない、だが見極めるにはやはり目が必要だろう。
コゼットの言に頷いた咲耶はその場から距離を取って気配を消した。
コートを羽織っているにも関わらず、咲耶の姿は濃霧も手伝った事で完全に消失する。
「っ! 来る……ッ」
ッッガ────ァァンッ!!
砦の騎士が撃ち抜かれて、僅か数十秒後。
超聴覚を有する凱とコゼット、ニアが。敵意を感知したミルキィとマグナ、レンが。霧の向こうで垣間見た赤い火花を捉えた鶫が。
遂に狙い澄まされた狙撃が8方向から襲い掛かって来た瞬間、それぞれが動き出す。
霧に潜む敵を倒す為に。
●─霧ノ魔女─
それは、殺意を感じ取れる彼等だからこそ出来た神業だった。
【超反射神経】。ブルーブラッドと呼ばれる獣種の多くが持つ先天的技能、これが働いた事でニアとレン、コゼット達はまるで読んでいたかの如く飛来した大口径の弾丸を紙一重で躱して見せたのである。
宙を舞う二人、その間を走る音速の凶弾は他の仲間達を襲う。
鮮血が濃霧の中で散る。
だが浅い。ミルキィを始めとした索敵に集中していたイレギュラーズは咄嗟にその身を捻り、或いは己が得物で弾き返していた。
「見えました──」
抉られた肩口の傷に目もくれず。鶫は振り払う様に狙撃銃を奮い、跪く姿勢へ移行するのと同時に引き金を引いた。
瞬きの鈍い反動が肩を打つ。
二度、三度と引き金をその場から微動だにせず、反動で彼女の肩から掠り傷とはいえ血が跳ね飛ぶ。
しかし銃声はしない。彼女の用いる【慣性制御式高初速狙撃銃『白鷺』】はその特殊機構によって周囲に炸裂音を響かせないのだ。
唯一の例外は……彼女の銃口が向いた方向のみ、であった。
「ッ……!? キャァッ!!」
鶫に応じる様に銃声が木霊し、濃霧の中を火線が数本交差した直後。遂に霧の向こうで赤い飛沫と共に悲鳴が挙がった。
(仕留めましたか……今の相手、初撃に比べて途中から狙いが粗かった。一体どういう事なのでしょうね)
何処からか流れ弾が頭上を掠めたのを感じ、姿勢を改めて低くしながら一呼吸の間に距離を詰める。
倒れ伏せていたのは灰の迷彩色の外套を着た、銀髪の女だった。
死しても尚手離さず握り締めていた木製の大型ライフルを鶫は拾い上げる。
他に、目立った装備が無かったのだ。
「……なるほど」
スコープを覗いた時、彼女は納得いったように小さく頷いた。
(倍率4.0程度のサーモスコープ。これで狙っていた……──?)
だが、砦の方向へそれを向けて気付く。
確かにこれならば濃霧の中でも一定の体温を持つ人間は捉えられる。しかしどうだろう。
”冷え切った砦の壁の向こうを見通せるわけでは無い” のだ。
(……)
見落としていた仕掛け。
わざわざ鉄帝軍が離脱していた理由は、狙撃部隊には敵味方の判別が付かない。
温度視覚の類はあくまでも視認した物の温度を視覚化しているに過ぎない。つまりここには別の、敵を『魔女』足らしめる物が存在するのだ。
●
●
●
霧を突き破って飛来した弾丸が背後の石壁を抉り穿つ。
耳元で空を切る凶弾の恐ろしさは先刻目の当たりにしている、だがそれで下がるわけには行かない。
「さーて、覚えて貰えてると光栄なんだけどね。対策するのは相手さんだけの特権じゃないって事を教えてやんないと」
足元の地面が爆ぜるその瞬間、一気に加速したニアが霧の向こうで伏せていた影へ跳躍する。
ガガッ────ァアッ!!
「ッ……」
宙を駆ける彼女の背中を掠る弾丸。熱を帯びた刃で斬られたかのような錯覚に、ニアは横合いにも狙撃手の存在がある事を認めた。
ニアの小駆が着地する。
「背中は任されよ」
「おう」
着地した、そこに忍者在り。
草陰を縫って移動していた咲耶が囁いた声に一度頷き。刹那の間を越えて彼女達は交差して駆け抜ける。
「ッ、チィ……ッ!?」
「アンタに追いつく為に色々仕込んできたんだ、ちっとは驚いて貰わないとってね」
ニアが近付いて来た瞬間に吹き荒れた風に煽られ、視界を塞ぐ草葉に苛立ちを隠さずにフードを被った銀髪の女が立ち上がる。
得物の古そうな木製ライフルを見たニアは小さく笑う。記憶の限りでは、彼女こそが『霧の魔女』であると確信していた。
不快な風に呑まれる。
左右へステップを刻んだニアへライフルで撃とうとしても、今更それを捉え切れる筈も無い。
「ぐ、ぁあ……!」
「まだまだ……!」
銃口を向けられる度にそれを蹴り上げ、返す刃の如く振り下ろした踵で滅多打ちにして行く。
時にそのライフルから弾丸が放たれようとも、彼女の頬に傷を付けるだけである。
遠距離に特化していた魔女には至近での対応が出来ないでいたのだ。
数発の蹴りを全身に浴びせたニアが一気に跳躍して蹴り飛ばす。魔女の外套が引き裂かれ、フードが脱げた。
「っっ……がッ」
「あたしは殺しはしない主義でさ。顔見知りだし、おとなしくお縄についてくれると有りがた……ん? んん……?」
倒れ込んで震えている魔女へ近付いて、未だライフルを離さない姿にニアが頭を振っていると。不意に彼女は自身の目に映った物に首を傾げた。
見間違いではない。勘違いでも無い。
「……レーヴァテインじゃ、ない?」
かつて模擬戦を行った際。それが終わった後に皆で行ったティータイムの雑談時。ニアの記憶に間違いはない、レーヴァテインと全く同じ背格好で同じ髪色をした狙撃手は絶対にかの魔女ではなかった。
そして、信じられない物を見る目で倒した魔女を見下ろしていたニアに、今度は二人目の『魔女』を倒したという声が聴こえる事になる。
──
────
──────
ニアを狙った狙撃手を捉えた咲耶は、その気配を殺して瞬時に距離を詰めた。
二人の狙撃手は砦周辺で銃撃に耐えているエスラやレンにも撃ち続けていたが、やがてそのスコープに咲耶の姿を捉えると同時に後退しながら銃口を向けて来る。
「此処まで近付けば流石に気付かれるでござるか! やはりその装備に秘密があると見た!」
異様に素早い発見に驚く事も無く、濃霧に狙撃手達の姿が消えようとするのを追いかける。
しかしその瞬間、咲耶と並んだのは頬を血に染めたコゼットだった。
「……ん」
「これはコゼット殿、奇遇でござるな。どれ……敵も二つある事だし、拙者達で半々に仕留めるでござるよ」
「うん、いく、よ」
彼女達の視界の奥から走る火線。轟く大口径の狙撃銃が奏でる凶弾の音色。
咲耶とコゼットは互いの手を取って素早く立ち位置を入れ替え、時に身軽に、片方の手を踏み台に借りて跳躍する。入れ替わり、立ち代わり、飛び越え飛び抜け駆け抜ける。
「速い……!?」
追い着いた。再び視界に二人の狙撃手の姿を捉えた瞬間、咲耶がその手に握る刀を振り回して叫んだ。
「遠からぬ物は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 拙者は紅牙忍、紅牙・斬九郎!
暗殺者どもよ、この紅牙の忍びが業を受ける覚悟はあるか!! 無いならば逃げればいい、その背に刃を叩き込んでくれる! あるならばいざ! 尋常に……ッ!!」
「ッ~! 来やがれ幻想の犬めェ!!」
琴線に触れたか、応じる様にフードを脱ぎ捨てた二人の狙撃手がその銃口を向ける。
距離にして、未だ咲耶の間合いより一歩遠い。恐らくは精密射撃の類、或いは距離に準じた射撃で牽制するつもりか。
だが、足は止まった。
「あたしも、いるよ」
「?!」
名乗り口上に気を取られ、狙撃手達は視界の端から飛び掛かって来たコゼットに反応できず。彼女が薙いだ刃に銃身を弾き飛ばされた後、続く鳩尾へ魔刀の柄を打ち込まれて崩れ落ちた。
もう一人の狙撃手が撃とうとするが、ライフルは微動だにしない。
咲耶が一瞬の間に変形させた絡繰暗器・妙法鴉羽が細長い鋭利な槍となって銃口を塞ぎ、貫いていたのだ。
「なっ、な……」
「破ッ!」
カキンッ、と軽い音。刹那に高速で揺らし、打ち跳ねさせた穂先に弾かれて狙撃銃はいとも簡単に持ち主の手から飛び上がった。
驚愕に目を見開く狙撃手の視界から消えた咲耶は、片手をグルリと回す様な仕草で絡繰暗器を忍刀へ変形させる。
そして、次いでその刃は先のニアの背中に傷付けた意趣返しとばかりに狙撃手の背中を切り裂いた。
「ッ……おの……れ」
致命的な一撃に崩れ落ちる銀髪の女。
もう一人も、既にコゼットが意識を刈り取る事に成功したようだった。
「ふぅー……何だか今の間に銃声が収まったでござるな。もしや全員片づけたのでござろうか」
「どう、かな。でも、この狙撃手の特徴……ニアと、マグナから聞いてた、レーヴァテインと同じ」
「なんと! では敵の首魁は拙者達が討ち取ったのでござるな! ……と言いたい所でござるが、パッと見どの娘も気のせいか似ている気がするでござるが」
懐から縄を取り出して縛り付けながら咲耶が首を傾げる。
よく見れば顔つきは厳つかったり丸顔だったりするが、雰囲気や背丈は勿論、髪の長さまで揃えられていた。
ただ似ているわけでは無いだろう。
(もしや、実は大家族だったり? いやいや……しかし影武者のような意図、にしては戦術が噛み合っておらぬような? それとも何か見落としが?)
「咲耶、逃げよう」
次第に気味の悪い物を感じて来た時、傍らのコゼットが袖を引いた。
咲耶はそれに何故と返そうとする。しかし彼女も勘が鈍いわけでは無い、今回の作戦上警戒すべき相手は魔女以外にも存在するのだから。
彼女達は一斉に踵を返して砦へと走る。
「コゼット殿、やはり例の……!」
「うん」
霧の向こうを視線で指し示してコゼットは頷いた。
鉄帝軍が突如前進して来たのだ。
●─霧の向こう側─
暫くして、逃げ込んだライトヘッヅ砦でイレギュラーズは改めて集結した。
「結局、仕留めた狙撃手は五人か。どういうことだ? 奴等、狙撃部隊が撤退したか確認もせずに突っ込んで来たぞ」
「でも考えられる事ではあるわね。囮班だけで四人と遭遇したけれど、私達後衛は最初の一斉射撃以降は攻撃を受けていないのよ」
「それに……ボク達索敵班が見た限りでは最低でも十人はいたよ。狙撃の瞬間だけだったので、曖昧だけど……」
砦の騎士達は鉄帝軍の襲撃を迎撃している。
時折砲撃が鳴り響き、彼等の話している砦内部が振動で揺れ動く。今こうしている間にも誰かが必死に戦っているという実感が、ミルキィの表情を曇らせている。
「敵の装備は剥ぎ取れたか? こっちは二人がかりで倒した拍子に粉々にしちまってな」
「……仕方あるまい」
マグナと凱が頷きながら、鶫を見る。
彼女は促されたのに応じてその手に持っていた雑嚢をテーブルへと広げた。
「あのライフルにはサーモグラフィーの機能を持ったスコープが装着されていました。
もう少し融通の利く装備かと思いましたが、これでは接近して来た相手には目視で撃った方が精度は高いでしょうね」
「つまらねえ戦闘だったが、腕は良かったと思うぜ。スキル無しに遠距離射撃戦が出来るんだからな」
衣服が血で濡れているレンが無造作に布で顔を拭きながらそう言う。
彼はマグナ達と交戦した狙撃手に一度は手痛いダメージを受けていたらしい。尤も、ミルキィという支援があったから問題はなかったのだが。
そこで、ワルドが手を鳴らした。
「戦ってみた皆様の所感を纏めましょう。
相手は『霧の魔女』に扮して狙撃を行っている、そしていずれも魔女では無かった。
狙撃は最初だけ精度が嫌に高かったがそれ以降は比較的精度が落ちていた。砦の内部にまで狙撃を通した芸当には何か仕掛けがある
そして、この霧は精霊の力が働いている……ですよねニアさん?」
「ああ、あたしが見た感じ。ここには霧を発生させている精霊の術者が存在する」
「術者……やはり例の魔女でござろうか」
まあ概ねそんな所でしょうね。そう語るワルドに一同は肯定を示した。
「私に考えがあります。今の襲撃が終わった後、今度はこちらから打って出ましょう」
「策があるのでござるか、して……それは一体?」
「それはですね」
「うわっ!?」
ワルドが指を鳴らした瞬間、ニアが驚き椅子から飛び退いた。
一同が何事かと視線を巡らせる。
「彼が私達に協力してくれるそうです」
そこに居たのは、頭に大きな穴を空けたどこか淡く光る鎧甲冑……幽霊となった騎士そのものだった。
【私はデルラゴ・シュトラーセ男爵である! この戦、我が国の為、戦意を喪失しつつある我が同胞の為にも諸君に協力しよう】
彼は幻想貴族軍、ライトヘッヅ砦指揮官の一人であった。
──
────
──────
砦を俯瞰するのは人ではない。鋭い眼差しで霧の中震える幻想貴族達を見下ろしているのは一羽の鷹である。
しかしその鷹に意思は無く、また”見ているのも鷹ではなかった”のだ。
砦から離れた丘の麓……片目を閉じていたレーヴァテインはその瞼を開ける。次いで、無機質に肩を竦めて。
「やはりこちらの撤退に合わせて出て来るつもりのようね、イレギュラーズ。
一人も仕留められなかったのは想定外だけど、所詮はその程度。ここは私の領域、誰だろうとその心臓を撃ち抜いて見せる」
片手を上げたレーヴァテインの周囲に集まって来る配下達。
彼女達の役目は指揮系統たる魔女の特定を防ぐ事。そして、いざという時に鉄帝軍が介入した際に同士討ちを防ぐ算段でもあった。
しかしそこに拘った余りにやはり接近戦に弱い側面が発生している。レーヴァテインは目の前のイレギュラーズを片付けた暁に自身の雇い主であるドルベンシュゲイン子爵へ作戦の見直しを検討させるつもりであった。
障害物の無い平野で狙撃。それが意味する最強のアドバンテージを活かしきれない事に彼女は不満だったのだ。
「ポイント座標2、6、11の9、イレギュラーズは恐らく砦内部のこの辺りよ。あらゆる障害を射貫き、奴等を冥土へ送ってやりなさい」
「はッ!!」
レーヴァテインが出した座標は、予め入手していたライトヘッヅ砦含めた周辺位置情報を独自にファミリアーを用いて計算し、再定義した物だ。
その細かな座標点を記した物を最初から実戦級に昇華させるだけでも相当な時間と、兵士の育成に金がかかっていた。
兵を女性に限定する事が非効率なのは、この育成面の難度を上げてしまう部分も強かった。
だが、今回の戦場で戦果を挙げさえすれば評価されるはずだ。
強靭な鉄帝に搦め手の戦術が生まれる。能力として評価される。
(この機を逃すわけには行かない)
背の大型狙撃銃を構え、レーヴァテインは片目を閉じた。直ぐにその視界は砦の上空を飛んでいる鷹へと繋がり、五感が共有される。
全身を流れる風。濃霧が漂う空。そして眼下の───
「ライトニング!!」
───眼下から一直線に奔った雷撃が全身を焼かれ、麻痺し、天空から地上へと堕ちた。
「ぐッ……ぁ、ァアああぁあああ!!!」
五感の共有を切ったにも関わらず衝撃と激痛の波が尾を引いて襲いかかる。
同時に手元に不要な力が入り、魔力を充填していたライフルからあらぬ方向へと無音の魔弾が放たれてしまう。
「~~!! ァアアッ!! 奴等、何故ッ」
分かっていながらも叫ばずにはいられなかった。
恐らくは最初にイレギュラーズのファミリアーを撃ち落とした事でその際に知られたか、或いはその手の絡繰りを見破れる技能を持った者がいたのだ。
頭の奥がチリチリとした痛みを発する最中、レーヴァテインは濃霧の先を見た。
視覚がレンズを入れ替えた様に切り替わる。
青く染まった空間の先で蠢く黄の影。その中央に走る赤い面積は人肌に流れる血潮の熱を指していた。
この状況で出てくるなど、幻想貴族ではないだろう。鉄騎の戦士が相手だと思って舐めていた所で数発の銃弾が脳漿を散らせただけで震え上がる様な腰抜けだ。
少なくとも、魔女にとっての敵はそんな物だった。ゆえに、直ぐに彼女は狙撃銃を抱え直して駆け出した。
(許さない……)
これが彼女だ。
『霧の魔女』という女にとって何が不運だったのかと言えば、一つしかない。
(絶対に、この手で奴等の頭に風穴を開けてやる……!)
不運であったが故に彼女の賽の目は戦場におけるミスを一点残し、それによる形勢の逆転をされてしまった。そういうことだった。
──
────
──────
耳の中で響く雑音にコゼットは顔を顰めた。
とはいえ耳障りだがそれは敵の存在を知らせてくれている。既に自分達が相手方に補足されている事は確かなのだ。
「見られてる、ね」
「だね、こっちも大体の位置は把握してるよ」
「後ろは任せたぞ!」
囮を買って出た者達が地を這う勢いで駆け抜ける。
マグナとレン、ミルキィ達には強い敵意が一方向から迫って来るのが分かっていた。
扇状に広がる悪意。砦から出て来たイレギュラーズであるマグナ達を狙う者達の所在は、既にエスラが召喚したファミリアーに鹵獲した敵のスコープを装着させる事で、精度は悪くとも位置は完全に把握していた。
「また直ぐに撃ち落とされてしまうかも知れない。その前に叩いた方が良いでしょうね」
「無論だ」
既に霧の中へと駆けているワルドを追って凱が行く。
湿った濃霧の中を漂う香り。距離にして、敵の間合いに該当する位置から流れて来た汗の臭いを凱は確かにその嗅覚で捉えていた。
加えて、彼等の先頭を導いているのは貴族軍が一人デルラゴ卿。その幽霊である。
恨みなのか或いは未練からか、思わぬ形で彷徨っていた所でワルドに声をかけられた彼は真っ先に怨敵を討つ為に魔女の気配を目掛け進んでいた。
敵もまさか、霊を味方にして濃霧の中を一直線に狙って来るとは思わないだろう。
ガガッ────ァアッ!!
扇状に広がりつつあった『霧の魔女』率いる狙撃部隊を更に外側から包囲する様に、囮役となった者達がそれぞれ距離を詰めて行く。
連続して撃ち鳴らされる銃声。始まった二度目の狙撃は最初のような精度ではないにせよ、元より油断ならぬ腕のスナイパーなのは百も承知。
瞬時に斥力装置を起動して弾道を反らしたマグナの足元を抜け、鶫が応射する。
「どれがあいつかは分からねえんだよな?」
「ファミリアーで見えるのはあくまで術者の視界ですからね、それに装備まで揃えている相手となると個人の特定には至らないでしょうし」
轟く敵の銃声。
対する鶫の狙撃は相手にとって強力な砲撃だ。その初速は既存の平気とは異なる弾速を誇り、同時に彼女の腕はそれらの精度を更に高める。
手元が狂うか、余程の相手でない限りその一撃を避ける事は不可能だろう。
「ハッ、だったらどいつもあの魔女と思えばいい……面白え。行くぜ『魔女』、今度は全力だ」
鶫の応射によって銃撃が止んだ瞬間、紅い腕甲を奮ってマグナが跳ぶ。
「ッ──!」
「らぁ!!」
眼前に迫るマグナと、フードの奥で揺らぐ紅い瞳が衝突した。
刹那にバレットを装填した狙撃手の銃口が火を噴き、マグナの放った雷撃が迸る。濃霧の中で散る赤い雷電と火線は宙に渦を巻いて軌跡を残す。
互いの頬が裂ける。大型狙撃銃から排出された薬莢が宙を舞う。
横合いからの射撃がマグナと鶫を襲うが、いずれも躱される。躱し、飛び上がり、回避した。
「その腕、貰いッ」
「なっ……」
マグナ達から遥か前方、中距離程度離れた位置で狙いを定めていた狙撃手の腕に紅葉型の刃となった暗器が突き立てられ、刃の根元から伸びるワイヤーが高速で巻き取られて引き寄せられた。
近距離で迎撃を試みるもその弾丸は草陰で忍ぶ咲耶の足元を掠めるのみ。
次いで腕を絡め取られ投げ飛ばされた狙撃手は昏倒する。
「がッ、はぁ……!?」
悲鳴が交差する。
咲耶が視線を巡らせた先でマグナが放った紅い切先に貫かれた狙撃手が倒れ伏せていた。
もう一人近くに居た狙撃手も、既に鶫に敗北していたのは当然だった。
●
ニアが倒れた。
それは一瞬の事で、狙撃手を前に忍び寄っていた所を横合いから撃ち抜かれたのだ。
正しく死の凶弾。咄嗟に避けようとしたものの、運悪くも致命的な一撃となってしまった。
「くっ……油断、したわけじゃないんだけどね」
「わかってるよ! 喋らないでニアさん……! 今、ボクが回復させるから!」
小さな体躯から流れる血液に狼狽えそうになりながら、ミルキィが癒しの光を伴った霊的因子でニアを包み込む。
幾らパンドラがあろうと。痛みにも怪我にも慣れるわけでは無い。
鈍痛と痺れ、熱っぽい倦怠感の中でニアは思う。そして同時に、伝えなくてはならない事を伝えようと手を伸ばした。
「レン……」
「なんだ!」
ニアを射抜いた狙撃手は未だ後退する彼等を追撃に動いていたのか、ミルキィも含めて二人を狙っていた。
初撃は無音。次の弾丸は他の狙撃よりも明確に精度の優れた恐るべき一撃。
避ける事など不可能。であるならば……誰かが庇わねば彼女達はこのままやられてしまうだろう。
半ば勘にも近いレベルで振り抜いた拳がライフル弾を叩き落とした。
「分かってると思うけど、あれがレーヴァテインだ。あたしの事はいい……”作戦”があるだろ、行きな」
「だがそれじゃ……」
呼吸の合間を狙ったかのような一撃が、彼等の直ぐ上を通り抜ける。
今のは間違いなく頭部を狙っていた。
息を呑むミルキィが不安そうに、けれど勇気を伴った怒りで濃霧の彼方を睨んだ。
そこへ、ゆらりと現れたのはフードを被った魔術師。『牙付きの魔女』エスラ・イリエの姿がそこに在った。
「距離を詰めるなら私が一瞬だけ魔女の意識を此方へ向けさせるわ」
「エスラさん……!」
ニアの傷が癒えて戦闘に復帰するには、まだ時間がかかる事をエスラは解っていた。
まるで誘う様に手を伸ばし、彼女は唇だけを動かして霧の向こう側へと囁いて見せる。
(同じく魔女を名乗る相手……ね、その実力を見せて貰うわ)
ッ……ガ────ァァンッ!!
間髪入れずに轟く銃声と衝撃。
エスラの右肩を貫通した弾丸は砦の城壁を抉る。それと同時に今度はエスラの手からパンッ! と爆ぜて放たれる雷撃が濃霧に金の糸を散らして迸った。
既に【エコーロケーション】による応用でエスラには敵の位置は見えているも同然だった。
「……!!」
レンが駆ける。一呼吸が長く感じる程の一瞬で二度の銃声が駆け抜け、雷撃が弾道を沿う様に繰り出される。
振り返らず、全力で足を動かす事に集中した。
(コロシアムにこれは……無かったな)
今の彼がどんな表情をしているか。彼自身にも分かる、レンは今笑っていた。
三度の雷撃が霧の中を奔る最中、撒き上がった土砂と粉塵へ突っ込んで行く。
そして遂に──濃霧の中で見て来た誰よりも、その存在が希薄に思えるような一人の女狙撃手をレンは捉えた。
「チッ……!」
狙撃手はフードを取り払い、懐へ入り込んだレンと視線が交わった。
直後。狙撃手……『霧の魔女』レーヴァテイン・アウグストゥスを中心に紫電が一閃され、レンの拳を切り裂いた。
「接近戦もいけるようだな」
鮮血が霧中へ散るのを見送りながらレンは再び拳を構える。
「さあ、やろうぜ? 戦う為に生まれてきたのは、俺もアンタたちも同じだろ」
「その顔をラド・バウで見た記憶があるわ。そう……祖国を棄て、幻想に下ったのねあなた」
長槍を振り回すかの如く得物を薙いだ魔女は目を細めてレンを非難する。
だが彼はその声に頭を振った。
「イレギュラーズに来る前鉄帝にいた身としては、幻想側についているのは肩身が狭い思い……と、言いたいところだが。
俺は望んで”混沌”側についた。何故なら鉄帝の奴らと戦えるからな、祖国? 裏切り? 知らんな。
己が戦う場所くらい己で選べ、常にそこに全力を賭けろ。ラドバウだけで戦闘するのは飽き飽きしていたんだ、心置きなく鉄帝の奴らと死線を踊れるなんて、いいじゃあないか」
魔女が奮っている得物は古い木を基に作られた大型狙撃銃だ。
だが、銃身下部から飛び出した長大な剣が文字通り銃剣としてその切先を光らせていた。先の【紫電一閃】すらも可能とする辺り、業物の逸品なのだろう。
レンは、笑っていた。
ただ愚直に目の前の存在への闘争心を漲らせていた。
「ここから先は獣同士の戦いだな。お前の魔剣の名、折らせてもらう……沈め───!!」
「獣とは……随分舐めてくれた様ね……ッ!」
レンが蹴り上げた土塊を避けて突いた銃剣が空を切る。
次いで再び魔女の懐へ入り込んだ彼がライフルを振るその手を掴むが、咄嗟に引き金を引いた銃撃の反動で振り払われてしまう。
一呼吸の空白。
大きく銃剣を横薙ぎに振り抜いた魔女の体躯が勢いよく濃霧の向こうへ跳んで行った。
「!」
恐らくは全力の後退。
一瞬、彼は後方にいる仲間の事を考えたが、直ぐにそれを追うのだった。
●─霧を掃う者─
左腕のクラブが紅く軌跡を残し、飛来する銃弾を弾く。
「ハァッ、ハァッ……! こいつら、あと何人いやがる!」
「他には……五人近い、かも」
「此方の消耗は著しいが、損害は無い。攻め落とし、駆逐するまで」
「同感だがッなぁ!」
ッ……ガガガガガッッ────ァァン!!
マグナが斥力による障壁で防いだ上をコゼットが駆け上がってから跳躍する。発砲の瞬間に身を捻り得物を薙ぎ払った凱の周囲で火花が散る。
空気を切り裂く弾丸の軌跡、その向こうで驚愕に目を見開いていた狙撃手へコゼットの細い脚が突き立てられて吹っ飛ぶ。
至近距離での銃撃。濃い硝煙の中を兎は魔刀を回転させる事で刀身に当てて弾いた直後、横から砲弾の様に飛び込んで来た凱による勁打が打ち倒した。
距離を空けて。離れた位置で構えていた狙撃手の所にはマグナの雷撃が降り注ぐ。
「ぎゃああ!? が、こ、のぉ……!!」
咄嗟に転がった事で雷撃を掠める程度に抑えたのか、起き上がった狙撃手が咆哮と共に応射した。
放たれた弾丸がマグナの右腕外骨格を削り穿つ。だがそれで止められはしない。
骨が砕かれる音を立てて、次の瞬間に左右から打ち込まれたマグナと凱の拳によって狙撃手は吹き飛んで力尽きる。
滴り落ちる血を見下ろしてマグナが荒い息を吐いた。
「……血の臭いが濃くなって来たな、他の連中は無事か? ”作戦” が上手く行かねえとは思わねえが、距離があると見えなくなるからよ」
「うん、大丈夫、だよ……ニアが心配、だけど」
コゼットは兎耳をぴこぴこと動かして辺りを探る。
大体の事は、少なくとも分かっているつもりだった。レンが『霧の魔女』を追いかけている事も、ニアが重傷を負った事も。
ッッガ────ァァンッ!!
「……!」
「ッ! ち、確かまだあと五人はいるんだったな」
霧の向こうからの銃撃に凱が揺れる。
胸元を撃ち抜かれた様だが、急所は外れたのかその場から平然と飛び出して射線を辿って行った。
マグナとコゼットもそれに続く。
暫しの後でその狙撃手が咲耶に仕留められるまで、彼等は無言だった。
●
●
●
装填の隙すら無い。
「この霧の中、よく動ける……! どうやら私を討つ為だけに編成されたのかしらあなた達!」
或いは機動力の差か。背丈ほどもあるライフルを軽々と振り回し、時には薙刀の如く一閃するその技量はレンにとって純粋に脅威だった。
距離を取っての射撃を転がる事で躱したレンが飛び込み、時にそれに応じて肉薄しての格闘戦をこなす魔女。
「……ッ、……ッ!」
この攻防を繰り返しているだけでも体力の消費が凄まじい。加えて、遠距離時に被弾する回数がそのままレンへのダメージとして加算されていた。
膝を折りそうになる程の疲労とダメージに彼は意識すら朦朧としてきていた。
「私も折れるわけには行かないのよ──落ちなさい!」
「させるか……ぁッ!」
既に血に染まり解けた拳の包帯を一気に振り下ろして銃身に巻き付ける。
しかし、それは引き寄せる前に逆に包帯へ絡ませるように回した銃剣によって切断されてしまう。
銃口がレンの眉間へ向いたその瞬間、無慈悲な炸裂音が鳴り響いた。
「…………!」
噴き出す鮮血。
それは魔女の物だった。
「な……に────ッ!!」
激痛に呻く間もなく、寸前で我に返った魔女がその場から飛び退いて飛来した複数の銃撃を回避する。
忌々し気に見上げた霧の向こうでは、この戦場に決して相応しくない微笑を携えた青年が立っていた。
彼は飄々とした雰囲気で笑って二丁の銃を構えた。
「いや、中々スリルのある作戦でした。
何せ私達を最終的に細かく動かしたのは『死人』なんですから、敗北した結末のお手本が目の前にある時点で安心なんて出来ませんよね」
「貴様……何を、言っている……?」
「おや。どうやら霊感はお持ちではない様だ、残念でしたねデルラゴ卿」
【案ずるな、私も同じ事をしたとして信じられなかっただろうからな! ぬははは!
さぁ、『ファミリアーを潰す』『感覚共有で負ったダメージで驚いた感情探知』『囮役が単騎で動いている様に見せる』、ここまでは全て上手く行った! あとは兵士諸君の腕にかかっているぞ!】
苦笑するワルドの隣で浮遊している騎士が豪快に笑って触れぬワルドの背中を二度叩いた。
最後に物を言うのは兵力次第。だが重要なのはそれが『最後』であるという点に尽きる。今は亡きデルラゴ卿はそう豪語してワルドへ命じた。
【この距離、時間、そして味方の配置! 逃げようとも直ぐにあのにっくき女は捕捉され、ここからは袋叩きだ! 倒せ! やぁぁあってしまえ!!】
「……そういうわけだ」
「彼女に聴かせてあげたかったですよ、卿のうるさい声を」
引き金に乗せた指に力が入る。
「イ、レギュラァァァッズ!!」
ッ……ガ────ァァンッ!!
幾度と霧の戦場に響いていたあの銃声が轟き、交差する様に炸裂音が鳴って反響が散る。
ワルドが横へステップしながら放った銃弾が二発とも対する弾丸と弾かれ、甲高い音と火花が散らばっていく。
そこで猛然と踏み込んだレンが荒々しい蹴りを一撃。魔女の華奢な体躯がくの字に折れて濡れた地面を転がる。
「ッ!?」
起き上がろうとした魔女が視界の奥で垣間見た熱源に気付き、更に跳ぶ。
次いで襲いかかって来たのは致命的な一撃を齎す最強の弾丸だった。
左肩を貫かれた魔女が霧の中で紅い飛沫を上げた。
「さて……勝負です」
薬莢を排出する音を聴きながら、鶫が立ち上がる。
全力で移動する魔女を逃すまいと全員が動く。一部は引き剥がせてもただ一人だけ狙撃に徹している、魔女レーヴァテインの額に汗が浮かんだ。
否、既に全身を流れ伝う汗は状況が絶体絶命であると理解していた。
(これは模擬戦じゃない! 手加減!? していない! 私が、この私がここで負ける!?)
冗談ではない。そう胸の内で叫んでも状況は変わることは無い。
そろそろ鉄帝軍へ助けを求めようにもこの人数の射程圏内に入っている以上、数秒で倒されるのは明らかだった。
策は出て来ない。冷静だった筈の脳内は『逃げる』という選択肢すら浮かばぬ程に魔女を動揺させていた。
何より。
「おいおい……どうした、さっきからつまらねえ戦い方になってんぜ?」
目の前へ回りこんではブロックして来るレンの存在に加え、後方から狙う鶫の絶対的脅威が恐ろしかった。
よもや、この戦場へ訪れたのが自身と並ぶ腕のスナイパーとは夢にも思わなかった為である。
自身がそうなのだから、その恐ろしさは遥かに理解していたのだ。
「────そこです」
刹那。魔女の元へ凄まじい轟音が殴り付けられる。
数瞬の隙を見出した鶫のスナイプが魔女の胸元を貫いたその時、僅かに遅れて音が全身を打ったのだ。
「あ……」
乾いた音と濡れた水の音。
銀の魔女が倒れ伏せた後、まるで夢から醒める様に霧が渦を巻いて晴れるのだった。
──
────
──────
「霧が晴れたぞ!?」
「どうなってるんだ、砦は?」
「見ろ!! ありゃ、幻想の奴等じゃねえのか!」
「捕まえろぉ!!」
丘の上から様子を見ていた鉄帝軍の兵士達が叫ぶ。
続いて現れるのは小隊規模の戦士達。彼等は当然、レーヴァテインが討たれたとは知らず、そして今この時眼中にあるのはイレギュラーズのみであった。
コゼットは速かった。
「逃げよ」
「ちょっと待て!?」
丘の上から殺到する騎馬兵、高速機動の心得がある斥候達。
一目散に砦の方向へと駆け出したコゼットを追いかけるように、捕縛した狙撃手を二人抱えたマグナが走り出す。
横合いでは鉄帝軍の弓兵へ応戦する鶫が負傷したレンやニアを庇っているが、あのままではいずれ追い付かれてもおかしくないだろう。
「おい! 門を開けろ!!」
「ワルド殿達が遅れているでござる! 急ぎ助太刀に行かねば……っと!?」
門扉の周囲には誰も居なかったのか、誰何の声を挙げて漸く人の気配が近付いて来る。
そこで、不意に砲撃音にも似た轟音が響いた。
咲耶が振り返った先では雷撃が平原を奔っていたのだ。砦へと駆けるレンやニア達を鶫とワルドが肩を貸している後方、殿を凱とエスラに並んでミルキィが努めていた。
「ここは任せて先へ逃げて……ボクが相手だ! 行くよ、今は丁度良い具合に冷え込んでるし美味しく作るぞー! 【メテオジェラート】!!」
大気に煌めく流星が如く生み出された無数のジェラート。
それらはまるで氷塊の如く硬化し、彼女が名付けたスイーツマジックに相応しき破壊力とスイーツらしさを全面に出した強烈な絵面となって襲いかかる。
例えるなら、それは空から巨大なソフトクリームの雲が降るが如く。
ジェラートが広域に降り注いで鉄帝軍の方から悲鳴が上がる最中、距離を詰めて来た斥候達を凱が一撃離脱を繰り返して翻弄する。
「迎え撃つのは追い着いて来た者だけでいい」
「分かってるわ。私もそろそろ魔女との打ち合いで魔力が枯渇して来てるからね」
足元から飛び上がって凱に襲いかかる戦士をエスラが光弾で撃ち抜く。
次いで駆ける凱は宙を一瞬だけ足場に、短く跳躍した勢いを乗せた踵落としをエスラへ忍び寄っていた斥候を打ち倒した。
更にジェラートが敵集団を吹っ飛ばしている最中を彼等は駆け抜ける。
「こっちだ! はやく!」
「イレギュラーズを入れた瞬間に奴等を迎え撃て! 砲撃用意ッ! 急げ急げ!!」
弾丸が掠める様な中で一気に跳んだ三人は門扉の内側へ滑り込んだ。
それと同時に閉ざされた鉄扉の向こうで無数の衝撃が轟音を奏でるが、戦意を取り戻した騎士達が応戦し始める。
霧は晴れた。後はここから逆転するのみである。
●戦場が晴れて
陽が差したライトヘッヅ砦を丘の上から見下ろすドルベンシュゲイン子爵は、駆け寄って来た伝令へ目を向けた。
いずれも悪い報せだとまず伝えた伝令の男は神妙な顔つきで告げた。
「霧の魔女レーヴァテインの率いていた狙撃部隊は捕縛された事で全滅。
現在、早期に発見したレーヴァテインを治療に当たっていますが……蘇生の可能性は絶望的です、
またレーヴァテインの『霧の結界』が破られた事で幻想側に援軍が……友軍からどういう事だと不満が」
獅子の鬣の様な髭を撫でたドルベンシュゲインは伝令に「もうよい」とだけ言うとその場を後にした。
(レーヴァテインが敗北するとは、俺も些か舐めていたのか?)
一時的な戦力の強化はそのまま敵戦力も相応に吊り上がる。
霧の魔女のように、精霊を味方にするくらいの例外的存在による妨害なくして援軍が来た砦を落とそうなど、それは一騎当千の精鋭が揃った将軍達のするような話だ。
既に撤退する動きを見せる友軍にドルベンシュゲインはこめかみを抑える。
そもそも、ローレット二度目の介入がかなり影響を与えていた。友軍の指揮官の首を獲った直後に今度は隠し玉を潰しに来る時点で恐ろしい。
いずれも見事成功させていた事が、更に拍車をかけている。
「難しいなぁ……この世界の戦は」
諦めた様に呟いたその声が、まさか背後に憑りついている幻想貴族の霊を喜ばせるとは思わなかっただろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
暫しの交戦の後、新たな霧の魔女の参戦を恐れた幻想貴族軍は新たな戦力を投入する事でライトヘッヅ砦での戦いに勝利する事となる。
諸君の健闘のおかげで見事勝利を収めた事、真に感謝する──
依頼は成功です。皆様お疲れ様でした。
この北部前線、どうなるか……今後も目が離せないでしょう。
思わぬ所から味方を見つけた魂魄遣いの貴方にはかの貴族からの称号を、正面から割と魔女を圧倒していたスナイパーの貴方にはMVPを差し上げます。
GMコメント
お集まりいただき感謝しますイレギュラーズの皆様。
まず最初に、OP冒頭の流れはおおよその推測を交えての想定や報告として皆様に知り得ている情報とします。
ミッションの説明をします。
以下情報。
●依頼成功条件
『霧の魔女』含め狙撃部隊の撃退
●霧の戦場
ロケーションとして、緩やかな丘に囲まれた平原中央にライトヘッヅ砦があるものとして記憶して下さい。
現在の砦に籠城している幻想貴族軍は、度重なる濃霧とそれに乗じた狙撃・奇襲に疲弊しきっておりこのままでは陥落は目前。
そしてこの戦場に置いて最も厄介なのは全体を覆う濃霧です。
霧は常時命中精度を下げ、冷えた空気により体力も消耗し、皆様でも中距離まで接近しなくては敵も視認できないとされています。
これに何らかの対策をしなければ最悪、濃霧の中で敵軍に捕捉されHARD相当の難易度になる可能性があります。
●幻想貴族軍
数日もの襲撃と狙撃に全員疲弊しており、余程上手い作戦でなくば皆様に助力する事は難しいでしょう。
狙撃手達さえいなくなれば近くに呼び寄せた援軍を入れる事が可能となるため、この砦の命運は皆様が握っていると言っても過言ではありません。
一刻も早く狙撃部隊を撃破、或いは撃退して形勢を逆転しなくてはなりません。
●鉄帝軍中隊規模
『戯れのティータイム』にて一部のイレギュラーズと模擬戦を行った事もある、ドルベンシュゲイン子爵の小隊がいます。
狙撃部隊が動いている間は砦から見て四方にある丘の向こうで待機しているようです。
現在はランダムで砦へ奇襲を仕掛けて一撃離脱を繰り返しているようです。後述の『霧の魔女』を探している間に発見されたり、遭遇した場合は戦闘となります。
しかし、これがかのドルベンシュゲイン子爵に見つかった場合は……
【ドルベンシュゲイン子爵】
獅子の様な装いで神秘の力が込められたアーティファクト級武装で激しい近接戦を好むとされています。
彼やその私兵達は決して強力な敵ではありませんが、以前直接目にしたイレギュラーズ達の技や能力を覚えており、場合によっては見切られて手痛いカウンターを貰うかもしれません。
【鉄帝戦士】
濃霧の戦場で行動している際、闇雲に歩き回れば直ぐに遭遇する可能性があります。
それぞれ大きな戦闘力はありませんが、仲間を呼ばれ数が増えれば囲まれて全滅する危険があるのは確かです。
●霧の魔女隊
霧に紛れて狙撃を行うその手口、大口径の大型狙撃銃による遠距離戦特化というスタイル。
過去には鉄帝だけでなく各国で同様の痕跡が見られている事から密かにその名がついています。
『霧の魔女』レーヴァテイン・アウグストゥス、その正体は凄腕の殺し屋です。
濃霧に放たれる必殺の凶弾。その命中精度と急所を狙った致命的一撃の威力はまともに当たればただでは済みません。
霧の中には彼女と同様の装備をした配下が紛れていると見られ、単純にその脅威度は計り知れません。
皆様には作戦開始時(ロケーションである濃霧の戦場から離れた地点)で期を見て濃霧へと潜入し、上手く彼女達を全て見つけ出して撃破或いは撃退した後に、速やかに戦場を離脱して下さい。
【レーヴァテイン】
能力は未知数。情報が意図的に抑えられている節が見られますが、既に砦内部からの報せでは相当な命中精度の高さと急所へのクリティカルを狙って来る事から強敵なのは間違いないようです。
彼女は以前にイレギュラーズとの対戦中、熱心な様子で観察していた姿が見られています、どうかお気を付けて。
【狙撃部隊員】
詳細は不明ですが、レーヴァテイン程の使い手を多数用意出来るとは考えられません。
しかしそれでも狙撃手として相応の命中精度を持ち合わせており、迂闊に無防備な姿を晒せば危険です。
●情報精度D
多くの情報は断片的であり、敵に関しては特に不明で不穏な気配が漂っています。
不測の事態に備えて下さい。
以上。
皆様のご健闘を祈ります。
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