シナリオ詳細
<ジーニアス・ゲイム>奇襲部隊を潰せ
オープニング
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奇襲の気配あり。野に放った斥候からの一報が、陣に舞い込んだ。
「やはり動いたか」
急報に接しながらも、大隊長ヘイゼルバッハの顔に驚きの色はない。当然、予測されたことだったからだ。
レガド・イルシオン北の国境都市、メッツ。ゼシュテル鉄帝国軍は、街近郊を流れるモーゼル川を挟んでメッツ城に立てこもる幻想貴族軍と対峙していた。鉄帝国軍とそれを迎え撃つ幻想貴族軍との戦力差、実に三対一。数の上で、帝国軍は圧倒的に立っている。
ヘイゼルバッハは湯気の立つカップを副官から受け取ると、彼を伴ってテントの外へ出た。味も匂いもない薄い紅茶を口に含む。文句はない、いまは。こうして暖かい飲み物を口にできるだけも贅沢なのだから。
帝都スチールグラード近郊に存在する穀物倉庫群が焼かれていた。越冬の為の備えを害するという最悪の凶行を果たした下手人は挙がらず、帝都は不穏な空気に包まれているという。
「あれを落としたらホットワインで祝杯をあげよう」
「いいですね。兵も喜びます」
しかし――。
眼下を流れるモーゼル川、そしてメッツ城の間に点在する沼が天然の濠となっており、攻略は容易ではない。部隊を無理に渡河させ、沼を迂回しつつ進軍すれば、数の優位が削がれてしまうのだ。
逆に言えば、川と沼を越えて一気に攻め込こめば、線の細い貴族趣味のメッツ城はひとたまりもなく陥落する。
「本格的な冬がくれば川も沼も凍る。重装備の軍馬が楽々と渡れるほど分厚い氷がはり、天然の濠が消えてしまう。敵も馬鹿ではないだろう」
それ故、メッツ側が行うであろう作戦を三つに絞ることができた。
一、 援軍到着まで籠城。
二、 城を捨て南へ数十キロのロシェまで撤退する。
三、 奇襲にて帝国軍指揮官を討ち取り、混乱に乗じて本体を蹴散らす。
「籠城は先ずありえません。幻想はいま、南部で賊『新生・砂蠍』と交戦中、こちらへ回す兵などいまはないでしよう。南部の問題が片付くまで待てば、援軍が来る前に冬将軍が来てしまいます」
幻想南部では、『新生・砂蠍』が王都メフ・メフィートを狙い、虎視眈々と機会をうかがっていた。有力な貴族は北部戦線への対応を余儀なくされているが、それ以外の貴族や騎士を中心に砂蠍への対抗準備を進めていたのである。
「『塊鬼将』ザーバ・ザンザはこれを好機と捉え、動いた。だからこそ我らはここにいる。帝都の穀物倉庫群を焼いたのがどこの手のものか分からぬが、我らはなんとしても食料を得なくてはならない」
ヘイゼルバッハは思案した。
「敵が二の撤退を選んでもらえれば、こちらとしては上々ではあるが……」
戦死者を出すことなく冬の蓄えをたっぷりと備えた街を丸ごと取ることができる。苦労せずして帝国の領土が広がる。
「まあ、それはないな。幻想の貴族どもは気位が高い。おのれの領地を捨てて落ちのび、野に潜んで再起を狙う。そんな屈辱には耐えられないだろう」
となれば、敵が取れる作は奇襲作戦のみである。斥候からもたらされた情報は、十二分に予想されたことだった。問題は、奇襲部隊がどのルートを取るかだ。
「西か、東か。あるいは深く帝国内部に入り込み、北から来るか。予想されるルートすべてに兵を当てて、押さえることはできない。さて、どうするか」
後ろで控えていた副官が、一歩前へ進み出た。
「私に良い考えが。ローレットに依頼してはいかがでしょうか?」
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メッツを治める幻想貴族ドゥ・ヴィリエ家は、国王フォルデルマン三世に急ぎ援軍を要請したがあえなく却下された。
それというのも鉄帝に攻め込まれているのはメッツだけではなかったからだ。北の国境各地で争いが始まっていた。加えて幻想南部で『新生・砂蠍』が暴れまわっている。メッツ防衛に回せる余剰戦力など、いまの幻想にない。
(「このままでは早晩、メッツは鉄帝に落とされてしまう」)
やり場の無い怒りと絶望感が重く心にのしかかる軍議の席で、家督を継いだばかりの若き領主から起死回生の秘策が提言された。
それはメッツの主戦力が鉄帝側の主力部隊を引きつけ、その間に奇襲部隊を大きく迂回させて敵本隊の側面から襲いかかり、総司令官を殺害するというものだった。みごと、総司令官を討ち取ることができれば、敵軍の指揮は乱れ、兵士の士気も下がるはず。そうなれば敵軍を撤退させることができる。あるいは撃破もけっして不可能なことではない。
このまま膠着状態をつづければ、いずれ本格的な冬が訪れ、沼とモーゼル川が凍ってしまう。そうなれば、帝国の進撃を阻むものはない。城に座して死ぬしかないのだ。
「ならば打って出よう!」
若干16才。輝く美貌のカミーユ・ドゥ・ヴィリエは、一輪の白百合を胸に、自ら三十騎を率いて敵に奇襲を仕掛けると宣言した。
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『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は、鼻先の丸眼鏡を指で押し上げた。
「オーダーは奇襲部隊の指揮官の暗殺だ。とはいっても、お前たちが張るルートに奇襲部隊が現れるとは限らない。受け持つのは帝国軍の手が回らないところだけだからな」
イレギュラーズが担当するのは、奇襲部隊の進行予想ルートのうちの一つ。メッツの北西二十キロ。街道沿いにある帝国側のある村だ。そこで待機、奇襲部隊が村のそばを通りかかったところで迎え撃つ形になるだろう。
「ただ相手は間違いなく変装している。罪のない人たちを殺さぬように、正体を見極めてから襲い掛からないと駄目だ」
イレギュラーズが待ち伏せする村の、モーゼル川の支流を挟んですぐ南には幻想国の街がある。奇跡を起こすという聖女像で有名な巡礼地、パヴィアの宿場だ。
「パヴィアには幻想はもちろん、帝国からも巡礼者が大勢やってくる。ここか、あるいは少し手前で、奇襲部隊は商人隊か巡礼団に化けるはずだ。それから帝国へ侵入すると考えられる」
だったらそのパヴィアで襲えばいいのでは、と誰かが言った。
「それはダメだ。巡礼地だといっただろ。幻想国内とはいえ、巡礼地で派手に血が流れれば、天義がしゃしゃり出てくる可能性がある」
帝国側も重々承知の上で、万に一が起こってもイレギュラーズなら許されるだろうと考え、ローレットに仕事を振ってきた可能性はあるが……。
「ただでさえ三竦みのややっこしいご時世に、余計な火種を撒くことはない。帝国内に入ったところで仕掛けてくれ。ただ、パヴィア側への出入りは自由だ。情報収集はできる」
推測される奇襲部隊の数は最低でも三十騎。誰が率いているのか、どんな騎士たちが来ているのかは全く分からないという。
「時間があれば調べられたのだが。まあ、そこそこ身分の高いものが隊を率いているはずだ。しっかり目と耳を働かせて、川を渡る前にみつけてくれ」
クルールは椅子の背に体を預けた。
「相手は軍馬に乗った士気の高い軍人、正面からまともにぶつかって勝てる数じゃないぞ。指揮官をやったらさっさと逃げるのが得策だ」
そのためにもパヴィアでの情報収集は重要となるだろう。指揮官をしっかりと確認できていれば、攻撃を集中させることができるのだ。周りの兵も引き離しやすい。
「橋は落としていい。そのための爆薬も村に運び込まれる。ただ、無関係な人を極力、爆破に巻き込むなよ。村人は全員退避させている。帝国側からの巡礼者たちは手前の村で足止めにするが、幻想側から奇襲部隊とともに橋を渡ってくる人々に関してはどうしようもない。さっきも言ったが、極力巻き込まないでやってくれ。それから――」
クルールはさも、ついでといった風に呟いた。
「パヴィアは温泉も有名だ。空振りならのんびり湯につかって帰ってくるといい。待機中の食費を含め、情報収集にかかった費用はすべて帝国持ちだそうだ」
- <ジーニアス・ゲイム>奇襲部隊を潰せ完了
- GM名そうすけ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年12月15日 22時45分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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人々の声が行き交う中、到着した旅人の乗る馬がいななき、それ に応えるように犬が吠える。
農民に扮した『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)は、聞き込みを行っていた宿の前で、数十名ずつ固まって移動してくるいかにも怪しげな巡礼団と出会った。幌を立てた荷馬車が一台、馬が三十頭、人が……。
(「あれ、数え間違えたかな? 馬が多いぞ」)
さりげなく道を渡り、巡礼者のフード付きローブで顔を隠し、露店で買い物をする『ぽやぽや竜人』ボルカノ=マルゴット(p3p001688)に近づく。
「今の団体、見た?」
「見た。三組が同じ団体なら……あるいは。とりあえず決めつけず、いろいろ調べてみようである。とと、そんなことを言っていたら道を分かれたな。吾輩は、これからシャトー・パヴィアへ行ってみるである」
牛乳と夕食のパンを買ったボルカノは、露店を離れ、旧貴族の館へ向かった。
その横をパカラクダの砂駆を連れた『望の剣士』天之空・ミーナ(p3p005003)がすれ違う。
(「ほんっとめんどくせぇ事になっちまったなぁ……。さて、どうしたものかねぇ」)
さっきまでボルカノがいた露店で、やはり夕食の材料を買いながら店主に話しかける。いろいろ見て回ったが、ここの露店が一番品ぞろえがいい。その分どれも値が張ったが、なあに、どうせ全部依頼主のヘイゼルバッハが出すのだ。
「最近物騒な話が多いよなぁ。どうだ、おっちゃん? この近辺で何か変わった事ないか?」
人のよさそうな店主は眉を曇らせた。
「ここから数キロはなれたメッツは近々、鉄帝に攻め込まれるって噂だ。そのせいか、こっちへ逃げてくる人が急に増えたな。まったく……物騒なことになっちまったもんだよ」
それはありがたくない話だ、とミーナはひとりごちた。
肉をひと塊買い付けて、露店を離れた。
「ええ、ローレットの冒険者ですの。依頼の帰り道……」
『魔砲使い』エリザベス=桔梗院=ラブクラフト(p3p001774)は優雅に微笑んで、手綱を馬小屋のおやじに手渡した。
「ちょっとここで馬を休ませてくださいな」
視界の端に馬と話す仲間の姿を認め、自分の体でおやじの視界を遮る。
「あら、なかなか立派なお馬様。こちらのお馬様はどなたの?」
実際、筋肉が程よくついた良い馬だった。農耕馬でも、競走馬でもなさそうだ。趣味で飼われているものとも違う。
「ああ、この馬たちはさっきついたばかりのお客さんのだ。いまロビーで部屋の割り当て待ちしているよ。もしかしたら全員一緒には泊まれねえんじゃないかな。馬はここで預かるけど」
それはいいことを聞いた。エリザベスは、ちょっとお茶でもいただこうかしら、といって馬小屋を離れた。
「まずは相手部隊が泊まっている宿を特定しないと、監視もままならないわね」
『魔剣使い』琴葉・結(p3p001166)は魔剣ズィーガーと使役する鴉とともに、黄金の葡萄亭を探して歩いていた。
<「おい、結。前をみろ。いかにも普段、重い甲冑を纏っていますって感じに首が太い奴が来るぞ。ヒヒヒ……ボロの巡礼服がまるで似合ってねぇ」>
男は黄金の葡萄の看板を掲げた建物へ入っていった。
左目の視覚を鴉と共有し、宿の二階から三階部分にある窓を片っ端から覗く。よく晴れた気持ちのいい日なのに、カーテンを閉めたままの部屋が怪しい。
「警備を増員するとか騎士団を派遣して盗賊を退治するような話って聞いてないかしら?」
結は一階の居酒屋入ると、店主を捕まえて噂話を始めた。そうしながら使役する小動物を鴉から天井の隅に巣を張っていた蜘蛛へ変更し、扉の隙間から目星を付けた部屋に侵入させた。
『黒鴉の花姫』アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)は鉄帝側からやってきた巡礼者に扮して、橋を渡った。
鴉の目を借りて、空からの広くパヴィアの街を俯瞰する。白い石畳の路、白い壁にかざられる花々。教会へ向かう人々の長い列。
(「……ここ、本当に検問もなにもないんだ」)
元々、設けられていなかったとしても、鉄帝と接する国境の緊張が高まっている今、国の指示で作られてもよさそうなものなのに。
(「巡礼地なら、大丈夫なのかな……」)
いや、大丈夫じゃないと考えられたからこそ、鉄帝側の依頼を受けたイレギュラーズがここにいる。
アイリスは橋を渡り切ると、空を一仰ぎしてから、教会に向かう巡礼者の流れに紛れた。
奇跡を起こすという女神像にも祈りを捧げたいが、ひとまず先にパヴィア修道女院に向かう。
修道女院の礼拝堂には先客がいた。修道女長と小声で話している。母子だろうか。顔が似ていない。少女の方は輝かんばかりに美しかった。
「亡き夫の連れ子でして。目の前で父親を殺されただけでなく、乱暴されて……ショックで口がきけなくなりました。ここへは女神さまに――それから鉄帝の巡礼地へ――」
可哀想に、と思いつつ、アイリスは母子の事情に深く立ち入らないよう目をそらし、祈りに集中した。
その頃、『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は湯につかっていた。
「いい湯だ。仕事で疲れた筋肉がほぐれていく」
近くにいた婦人が、湯を割って近づいてきた。好奇心で目が輝いている。
「もしかして、あなた運命特異座標?」
そうだと頷くと、周りに人が集まった。
「どこでどんなお仕事をしてパヴィアへ? まあ、鉄帝で……よかったら話を聞かせてもらえないかしら?」
百合子は面白おかしくでっち上げた依頼の話を、婦人たちに聞かせてやった。
「しかし……メッツは大丈夫であろうか? 聞く話では鉄帝の軍勢が城のすぐそこまで迫っているということであったが。情勢不安が長く続けば民も苦しむであろうに」
みんなして暗いため息をついたところを見ると、このご婦人方は幻想国の人たちらしい。だが、どう見ても軍人ではない。
湯あたりしたみたい、と一人が湯から上がると、つぎつぎと風呂場から人が出て行った。
「……場所を変えるか」
風呂から出ようとすると、中年の女性が一人、入ってきた。ふと体に目をやると、腹が六つに割れている。
「貴殿、鍛えていそうであるな? どうであろ、この後手合わせでも」
百合子から声をかけられた中年の女性は、驚いた顔で首を横に振った。
「左様か。だが、これも何かの縁。吾は咲花・百合子。貴殿の名を聞かせてもらえないだろうか」
その女性は少し考え込んだ後、イルマ、とだけ名乗った。
「すっごい人だね、トロンベ」
『煌きのハイドランジア』アリス・フィン・アーデルハイド(p3p005015)は黒い毛色のパカダクラに乗って街一番の観光名所にきていた。奇跡の女神像を祭った教会の前で、これから鉄帝に渡る観光客を装い、最近の北部国境地帯に関する噂話を拾っていく。
「……うーん。みんな似たような話しかしないなぁ」
いま鉄帝への旅行は控えたほうがいい。そんな話が大半だ。
人混みに酔ったアリスは、近くにある修道院で休憩することにした。トロンベに水を飲ませてやろうと修道院の裏へ回り込む。そこで幌を立てた荷馬車を発見した。近くに四人、荷馬車を囲うように見張りが立っている。どう見ても怪しい。
近づけないので、怪しまれないように冬ごもり前のリスを使役して、荷馬車の中へもぐりこませた。布がかかった山を透視すると、思ったとおり、大盾や剣、甲冑の類が隠されていた。
「近頃物騒な噂ばかりを聞きまして。不安で仕方ないのですよ」
戦争の影に怯える一般女性を演じながら、『鳳凰』エリシア(p3p006057)は修道女院の庭を修道女長とともに歩いていた。
ふと、顔をあげると目の先にアリスがいた。修道女長に別れを告げて、修道院の方へ歩きだす。
「みつけたよ。ここに全部じゃないけど、何人かいる」
「それで、指揮官は?」
アリスは首を横に振った。
二人して召喚した小鳥たちで聖アントワー修道院の中を探る。女は修道院には入れないからだ。修道士とはあきらかに違う物々しい雰囲気を放つ者がいないか。陽がくれるまで調査した。
「……結局八人か。指揮官はいなさそうだな」
エリシアたちは村へ戻ることにした。
丸太を作るため振るっていた手刀を休め、『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が額に浮いた汗をぬぐったときだった。
(「誰だ!?」)
イグナートは村に入り込み、窓から家の中を覗き込む男たちを見つけ、慌てて坂を駆け下った。
「ナニか御用ですか?」
「あ……いえ、その……畑とかに人の姿が見えないな、と思って……」
イグナートは内心で舌を打ちつけた。まさか、偵察にくるものがいるとは思っていなかったのだ。男たちは橋に何か仕掛けられていないかを調べたついでに、村の様子も見にきたのだろう。夜更け過ぎに罠を設置することにしておいてよかった。
「みんなアッチへ買い物に出かけたんですよ。ほら、もうすぐシャイネン・ナハトでしょ」
あごをしゃくって川向うの街を示すと、男たちは納得したように頷いた。
村男らしい服装と、イグナートの鉄帝人らしい鋼の腕が、男たちをあっさり信用させようだ。
「随分と熱心に木を切られていましたね。対岸からも聞こえていましたよ」
ああ、やっぱり自分が村に居残ってよかった。罠のための材料づくりは、日が暮れてから出はできないだろうと思っていたのだ。
「暖を取るためのマキを作っていたんです。よく乾燥させないと。切ってスグは使えませんから」
ご苦労様です、と言って、男たちは村を去って行った。
男たちと入れ替わるように、ボルカノと一悟が戻ってきた。ボルカノは食事の用意をするという。イグナートは一悟とともに丸太きりに戻った。そうこうしているうちに陽が暮れて、全員が村に返ってきた。
各家に偽装で明かりをともして回ると、村で一番大きな家に集まり、食事をしながら得られた情報を整理していく。
「結局、指揮官は見つけられなかったのか」
修道院に八名。熊のロッジに十名、こちらはシャトー・パヴィアの調査が空振りに終わったボルカノが調べ出していた。黄金の葡萄亭にも十名。
「だけど、軍馬は三十頭いたぜ」
一悟はパンを千切ってシチューにつけた。
「黄金の葡萄亭に後から来た一人、たぶんクロスイージスだと思う。それと合わせても数が足りないけど……」と結。
「その人、一旦外出してから戻っていますわよ」
後からファミリアーの猫を使って宿の帳簿を盗み見たエリシアが、エリザベスの話を補足する。
「同時刻に十名がまとまって宿帳に記入している。そのクロスイージスらしき人物も」
馬が余分に多いのは偽装の為か、それとも二人だけ、別にパヴィアへ入ったのか。
ミルクティーを飲んでいた百合子がコップを降ろし、「一人、軍人か傭兵のような女と風呂であった。名をイルマという。やはり数が一人足りんが、もしかしたら奇襲部隊の指揮官かもしれぬぞ」と言った。
だが、確証はない。
「まあ、連中が泊まった宿が特定できただけでも上等としよう」
奇襲部隊は早ければ明日の朝にも出立する可能性がある。朝までに橋や坂の上に罠を仕掛ける者、小動物を使役してそれらの宿を見張る者に分かれることになった。
「吾輩は明日の朝まで、念のため寝ずの番で橋を渡る者がいないか見張るである。万が一の場合は、使役するニワトリを大声で鳴かせて、みんなに知らせるである。一番鶏が鳴くのは別に変なことではないであろう?」
「ありがとうボルカノ」
イグナートは食事をきれいに平らげると、席を立った。
「じゃあ、仕事が終わったものは交代で数時間ずつ仮眠を取るようにしよう。解散!」
●
しんと鎮まったパヴィアの街。ギィィ、と蝶番のきしむ音がしてドアが開く。
黄金の葡萄亭のから粗末なローブを纏った集団がひっそりと出てきた。エリシアが繰る猫のすぐ目の前を通り過ぎ、宿の裏手にある馬小屋へ粛々と向かう。
エリシアは階段を二段飛ばしで降りると、アリスたちの部屋に飛び込んだ。
「出発するぞ!」
「うん、こっちも出たよ」
アリスは修道院の屋根にいた鳩の目を通じ、別の巡礼者一団が馬を連れ、馬車を引いて門を出ていくのを見ていた。
「その前に、隣の修道女院から女性の巡礼者が二人出ている。この二人、奇襲部隊と一緒に橋を渡りそう……。アイリスさん、そっちはどう?」
「いま橋へ向かった、よ」
アイリスは森の中から熊のロッジを監視していたカラスを飛ばし、橋へ先回りさせた。橋のたもとで鉄帝へ向かう通行者を調べていた結のスズメと合流させる。嘴で土に文字を書き、別の家で待機している結に奇襲部隊の出立を知らせた。
<「イヒヒ……このチンケで小汚い部屋で過ごす時間が減ってよかったな、結」>
「もう、ズィーガーたら! 使わせてもらっているのに、そんなこと言うもんじゃないわ」
それより早く赤竜に知らせなくていいのか、と魔剣が言うと、結は慌ててベッドから腰を上げた。
帯剣して坂を駆けあがり、寝ずの番で橋を監視していたボルカノに知らせる。
「ここからはまだ姿が見えないであるな。どこかで集まっているのか……とにかくみんなを起こすである」
ボルカノに使役された鶏が鳴くと、仮眠をとっていた者はすぐさま目を覚ました。身支度を整え、昨夜の打ち合わせ通り、それぞれの持ち場につく。
ミーナとボルカノ、それに結はいつでも丸太を転がせるように、切り込み隊長のイグナートとともに待った。納屋では荷車を引いて出る一悟とともに、アリスがトロンベを離脱用の馬車に繋いで待機。橋の左側、木立の影にエリシアと百合子が。橋の右側、一番近い家の影にエリザベスとアイリスが身を寄せて潜んだ。
「……遅いな」
「しーっ、橋を渡って誰か来る」
今朝一番に橋を渡ってきたのは、厳しい表情をした郵便配達夫だった。
鉄帝と幻想の間で戦争が起こっているというのに、両国の間で未だに手紙のやり取りが行われているのだ。だが、このまま戦線が拡大し、戦いが大きくなれば……きょうが最後の仕事かもしれないと、郵便配達夫は思っているのかもしれない。
郵便配達夫をやり過ごしてしばらく、東の空が白み始めた。
見えない鳥のさえずりや、何かが川に飛び込む水音が、やけに大きく耳に響く。息を凝らして待っていると、朝靄に霞んだ橋の先から馬を引いた巡礼者の一団がぬっと姿を現した。奇襲部隊の第一陣だ。
馬の蹄の重みで橋を渡る音が朝にこだまする。
一悟は緊張を高めた。じっとりとした手のひらをズボンにこすりつけて汗をぬぐう。納戸の後ろから顔を出して、坂の上を見た。
イグナートが草の上に手を出し、さっと前へ倒した。
――行け。
一悟は片手で松明をかかげ、片手で薪をたくさん載せた荷車を引きながら納屋を出た。
橋を渡り始めたところで、馬を連れ、太い杖をつきながら歩くローブの集団十名とすれ違うが、まっすぐ前を見たまま進む。
(「まだだ、まだ……」)
正しいタイミングを見計らわなければならない。早すぎると、指揮官を逃してしまう。遅すぎると、奇襲部隊の大多数が橋を渡ってしまい、こちらが不利になる。
橋の中央で、対岸から渡ってきたクロスイージスらしき男二人を含む第二陣と出会った。やり過ごす。
クロスイージスから少し遅れて、母子巡礼者がやってきた。馬は連れていない。はやく渡ってしまえ、と念じながら横を過ぎる。
女たちからすこし遅れて、明らかに兵士だと思われる体格のいい巡礼者四人。指揮官はこのうちの誰だろうか。これもやり過ごす。
そのあとに、馬を二頭ずつ引いて歩いてくるやはり体格のいい巡礼者たち。かれらが一悟の横を通り過ぎた瞬間――。
(「よし、ここ!」)
うっすらと霧の向こうに見える荷馬車を確認して、一悟はわっ、と声を上げ、荷車を横に倒した。
大きな音をたてて薪が橋の上に散らばると、馬たちが足元に転がってきた薪に驚き、一斉に棹立ちした。偽の巡礼者たちは慌てることなく巧みに手綱を操り、「どう、どう」と馬に声をかける。すると、さすが戦場を駆ける軍馬だけあって馬たちはすぐに落ち着きを取り戻した。
「気をつけろ!」
捨て台詞を残し、偽の巡礼者たちが馬とともに橋を渡っていく。
「何をしている、おい! ボケっとしていないで、早く薪をどかせ!」
道を塞がれて立ち往生する荷馬車から、御者が怒鳴った。
一悟は頭を下げて体を折ると荷馬車の下から後ろの様子を確認した。
カラスや鳩、スズメが回りで騒いで、馬車の後ろにいる老夫婦を怖がらせ、幻想側へ追いやっている。 ファミリアーで使役された動物たちが、無関係な人々を爆発に巻き込まないように避難させていた。
「おい! 呆けっとするな。橋の向こうでみんなが待っているんだよ」
「あ、わりぃ。橋を渡るのは諦めてくれ」
「なに?!」
一悟が手にする松明から、火の精霊たちがぱっと飛び出した。同時に一悟も朝焼けの空へ飛びあがる。
御者は大きく目を見開き、それから慌てて手綱を振るって馬を走らせだした。
――が、時すでに遅し。
動き始めた瞬間に、橋の下で火がついた爆薬が爆発を起こし始めたのだ。ものすごい炎と黒煙が橋板を焼きながら吹き飛ばす。それが一度に爆発するのではなく、次から次へ爆発を起こして行く。
荷馬車の破片が剣や盾とともに、川にバラバラと落ちた。馬車を引いていた馬が炎に包まれたまま、壊れた橋の欄干を飛び越えて落下する。
一足先に鉄帝側に渡っていた一団が、変装を解いて馬にまたがった。杖に見せかけた細身の剣を抜き放ち、一斉に馬首を返して橋へ。仲間を助けに駆け戻っていく。
●
「いまだ!!」
イグナートは号令を発すると、ボルカノたちが押し出した丸太とともに坂を駆け下った。
橋の左と右からも、隠れていたエリザベスらが飛び出して、仲間を助けに行く騎兵たちを攻撃する。
百合子は臆することなく、馬群の前へ躍り出た。そのうちの一頭、栗毛の馬が百合子の全身から発せられる美少女(パワー)に気圧されて脚を止める。
「吾は生徒会会長、咲花・百合子。いざ、尋常に勝負! ぬうん!!」
前脚を上げて踏み潰さんとする馬の胸に、最強美少女の美しくも強い拳の一打が炸裂した。口から血を吹きあげて倒れた馬と、馬の背から落とされた兵士をエリザベスが魔砲で撃ちぬく。
「さあ、次にわたくしのゴルゴに吹き飛ばされるのはどなた?」
エリザベスはGRG-13の青いガンボディーに唇を寄せ、ウインクをメッツの兵士たちに投げかけた。
「まて、エリザベス殿。吾が先である。吾は美少女としての誇りに懸けて、誰の挑戦も拒まん。我そこは、と思う者は挑んでくるがよい!」
百合子の挑発を受けて、近くにいた敵が集まってきた。騎兵が前を、馬を失ったずぶ濡れの兵が後ろから挟むようにして二人を囲む。
「あら~。モテ過ぎちゃってつらいわ~。頑張っておもてなししなきゃ」
エリザベスはワクワクしながら、百合子の広い背に自分の背を預けた。
「ふっ。大丈夫だ、エリザベス殿。みな、吾のファンゆえ……吾が一人で相手をしよう。さあ、かかってこい!」
不敵に微笑みながらクイっと曲げられた百合子の指に反応して、敵が一斉に襲い掛かって来た。
手刀一閃。断たれた場所に真空が発生し、腕の振りおろしで起こった風とともに馬も人も巻き込んでいく。馬はくるりと脚を空に向けて倒れ、乗っていた兵を下敷きにした。
「エリザベス様、独り占めは良くありませんわよ。わたくしも、ご一緒に――イッツ、ア、ショータイム♪」
なにもない空に発した煙の中から、電子幼生が飛び出した。まだ幼い電子の精霊はうっすらと体を光らせながらエリザベスの前に落ちると、血まみれハンマーを振り回し、電子音の叫び声をあげながら、びしょ濡れの男たちへ向かっていった。
「踊らされ、何も知らぬまま逝く者……哀れなり」
エリシアは堕天の杖を走り過ぎていった軍馬の尻へむけると、杖の先端から迸らせた一条の雷で貫いた。
痛みに暴れ出した馬から、すでに倒れもがいている別の馬の上に兵が落とされる。もうもうと立ち昇る土煙の中で、人は馬を押しのけ、馬は人を蹴り、ぶつかり合ってまた倒れるを繰り返す。
この者たちには何の恨みもない。怒りもない。そのような感情を抱くとするなら、この争いの背景で、ひそかに奸計をめぐらす者だろう。
(「すまぬ。これもこの混沌と、ここに連なる数多の世界を崩壊の危機から救うため……パンドラ蒐集のためだ。許せ」)
エリシアは杖の先に火を躍らせると、土煙の中へ放った。
アイリスは首から十字架を外して一回しした。川から流れてくる霧に辺りを漂っていた死者の怨念を絡ませて束ねると、手近に居る騎兵に向けて矢のように飛ばす。
どうっ、と音を立てて馬が横倒れた。
「神よ、罪深き彼女に贖罪の機会を与え給え」
アイリスが手にした十字架の周りの空間が歪み、黒い霧を発した。手から流れ落ちた黒い霧は修道女服とベールに変化、十字架の頭を頂く異形の人形となった。
「さあ、貴女の罪をあそこにいる者たちに告白しなさい」
アイリスの命令を受け、修道女人形は腕に抱えた黒い花から悪意を含んだ毒霧が放出する。霧を吸い込んだ兵士は喉を掻きむしって苦しみ、馬は折れた脚で空を蹴りながら死んでいった。
「おやすみなさい、とこしえに」
口ずさむレクイエムに合わせ、肩に止まったカラスが、かぁ、かぁ、と鳴いた。
イグナートは脚を丸太に取られて転んだ馬や兵を跳び越え、振り下される剣先をかわし、巻き添えの母子を助けに向かう。
「ここにいてはキケンだ。早く逃げて――がはっ!?」
イグナートは横から体当たりを食らって吹っ飛んだ。顔に影が落ちたので慌てて横へ転がると、さっきまで頭があったところに大きな足があった。
「オマエたちも武人なら無関係な人々を巻き込むな!」
体当たりをくれたクロスイージスの片割れを睨み据えつつ、頬についた泥を拳で拭い落して立ちあがる。
女たちはまだそこにいた。
「何をしている。ハヤク逃げて」
「イグナートさん、上!」
ボルカノや砂駆に乗ったミーナとともに坂を駆けおりながら、結が叫ぶ。
「離れて!」
顔をあげると、夜の蒼を僅かに残した空に弧を描いて飛ぶ銀の剣が見えた。
騎兵が投げた剣を掴み取った女が、そのまま腕を振り下し、イグナートを切りつけた。
イグナートはとっさに後ろへ跳んだが、肩から腹にかけて深く切られてしまった。
女がフードを降ろした。朝日を受けて流れ光る金髪、染み一つない白い肌。頬はバラ色に上気し、凛々しく澄んだ碧い目を引きたてている。勝気な性格を表すかのように、すこし鼻が上向いているが、美貌を損なうほどではない。むしろ魅力的だ。それにまだ若い。
「私には使命がある。我が領地を鉄帝の賊どもから守るという使命が。こんなところで死ぬわけにはいかぬのだ!」
「キミが……キミがシキカンなのか!」
「カミーユ様、お下がりください。この者はイルマが相手をします」
驚くイグナートの前に、深手を負った兵から剣を受け継いだ年かさの女が立ち塞がった。
「カミーユ様をお守りしろ!」
野太い声が響き、巡礼服の下に白銀の甲冑を着た一団が素早く動く。
クロスイージスは固く握った拳を、駆けてきたボルカノに向かって突きだした。
「なめるな、である!」
ボルカノは伸びてきた腕をかいくぐると、ずんと地を踏みしめ、全体重を乗せた拳をクロスイージスの大きな鼻に叩きつけた。ぐしゃり、骨が砕け潰れる音がたつ。
脳震盪を起こした敵は腰からすとんと地面に落ちると、大の字になって伸びた。
「待て! 貴殿、吾輩を無視してどこへ行く!」
カミーユを庇いに入ろうとしていたもう一人のクロスイージスを怒鳴りつけ、振り返らせた。挑発のためにわざと、道に伸びる男の胸を踏む。
「武勲を望むならば、我が障害を超えて見せよ!」
頭に血を登らせた男は、己の使命を忘れ、ボルカノに切りかかった。
剣を投げた騎兵は馬の腹を蹴ると、結と砂駆に乗ったミーナに突っ込んでいった。
「捨て身の特攻? 時間稼ぎにもならないわ」
結はズィーガーを抜き放つと、突進してくる馬を横へ跳び交わした。
<「結、たしか馬刺しは食ったことがなかったな?」>
紫黒のオーラを放ちながら魔剣が乱れ舞う。
馬はバラバラに切り刻まれて斜面にぶち撒かれ、足を切り落とされた兵は勢いのまま前方へ投げ出された。
<「たっぷり作ってやったぜ。喰いな」>
「……遠慮しておく」
げんなりとする結の横をミーナが砂駆を駆って坂を上がり、両脚からおびただしい血を流して苦しむ兵士にトドメを刺した。
「さあ、ちーっとばかし私達と遊んで貰おうか!」
砂駆の背から辺りを見渡せば、そこら中に『盾』の素材が転がっている。ミーナは指を鳴らすと、血で赤の深みを増した絶望の剣を大地につき刺した。
堕天使の御業が死体をアンデット化、動く盾としてよみがえらせる。
「おや? イグナートの前にいる美少女は――あれが指揮官か。こりゃ、早めに口説きにいかないとな」
舌で唇をひと舐めすると、ミーナは足で砂駆の腹を蹴った。アンデットたちを引き連れて、坂を駆け下っていく。足を切られて短くなったアンデット兵も、懸命に走って追いかけていった。
<「イヒヒ……オレたちも行こう。まだまだ切り足りねぇ」>
言われずともわかっている。結は仲間たちを支援するため、すでに駆けだしていた。
●
パヴィア側でも混乱が起きていた。早朝の事件に泣き叫びながら逃げ惑う人、その場にへたり込んで神に祈る人、何事かと寝間着のまま集まってくる人々……。
憲兵も最初の爆発音を聞いて慌てて駆けつけてきていたのだが、肝心の主戦場が鉄帝側、しかも向こう側に渡る橋が落とされているとあって、指を噛んで見ているしかなかった。パヴィアが巡礼地でなければ、天義の目を気にする必要さえなければ、彼らとて幻想の同志が殺されていくのを黙って見てはいなかっただろう。
そんな中、敵の待ち伏せにあったことに気づいたのこりの奇襲部隊十数名が、変装をかなぐり捨てて馬の背にあがった。
橋の爆発と崩壊というアクシデント、いや計略で奇襲作戦が狂った。ここより少し先まで、陽動なしで本隊を前進させようとしたのだが、少なくない犠牲を払うことになってしまった。こちら側からも、川に落ちた部隊からも、反撃ができない。なぜなら、先行部隊を除き、全員の武器も防具も、荷馬車に積んでいたのだ。
ひとまず、川底に落ちた武具を取り戻さねばならなかった。
「進め! 進め!」
騎兵たちが揃って土手を下ろうと駆けだそうとしたそのとき、立てつづけに小さな爆発が起こった。水柱が立ち、穏やかさを取り戻していた川面が激しく波立つ。
戻ってきた一悟が上空から爆弾をばら撒いて、後続の渡河を阻止しているのだ。
驚いて暴れる馬たちを素早く御し、小隊は再び動きだした。一悟が馬の鼻先を狙って爆弾をばら撒くが、今度は敵も動じない。さんざと音をたてて騎乗したまま川の中へ入っていく。
「ちくしょう、ダメか」
対岸からは激しく剣を切り結ぶ音、馬の嘶き、爆発音が途切れることなく聞こえてくる。
奇襲部隊の指揮官を討ち取れば、依頼自体は完了する。できれば余計な犠牲者を出したくなかったのだが、こうなればもう、直接狙うしかない。だが、一人で十人以上を相手にどこまで持ちこたえられるか……。
弱気の虫に憑りつかれた一悟を、川を越えて飛んできたエリシアの声が支えた。
「指揮官が倒れれば、気持ちも折れよう。それまで二人で渡河をくい止めるぞ」
エリシアが騎兵の行く手を遮るように川面に毒の霧を広げると、一悟も爆弾をばら撒いた。
鉄帝側の戦闘はなおも続いていた。
「悪いけど……剣を取りに戻らせない、よ」
アイリスが放った死霊の矢が怨みの声をあげつつ飛び、武器を取りに川に入った兵の肩に命中した。肩を射抜かれた兵はそのまま前へつんのめるようにして倒れ、水中に没した。
「そのまま、おとなしくしていて……欲しいな」
アイリスは体を返すと、後からボルカノに切りつけようとしていた兵に矢を放った。
「おお? 気づかなかったである。アイリス殿、助かったである!」
ボルカノはクロスイージスの相手を結に任せ、背後に迫っていた敵兵に向けて逞しい腕を薙いだ。たちまち青白い妖気をたなびかせながら妖刀がひらめき、敵兵が将棋倒しになる。
その上を、パカダクラを降りた殺戮の暴風が通過した。
「邪魔、邪魔!」
ミーナが手にする剣は風を巻き起こしながら左の敵の腕を切断し、そのまま旋回。右の敵の顔を切りつける。
「と、ととっ!?」
一人の兵が低い姿勢で突進してきてミーナの両膝を抱え、下半身を肩で押した。重心を崩されたミーナは後方に倒されてしまう。
そこへ剣を振り下そうとした兵を、アリスは雷で貫いた。
「私の目の前で仲間を傷つけさせたりしないんだから!」
攻撃をはずされた敵兵が憤怒の相で向かってくる。杖を回転させたアリスは、魔力を練り上げ術を唱えた。振り抜かれた杖からほとばしる雷は、狙い違わず一度目と同じ所を直撃した。
それを橋のたもとから見ていたエリザベスが感嘆の声をあげる。
「アリス様、ナイスショットでございます。ここを片づけたら、わたくしたちもすぐ加勢に参りますわ」
エリザベスが敵兵を牽制している間に、背中合わせの百合子が拳固で敵兵の鼻を叩き潰す。よろめいたところへすっと距離を詰め、アッパーパンチを見舞った。
直線状に並ぶ百合子たちを敵兵が放った雷が貫いた。四方から空を刻むように振られた剣が手や足、腹を傷つける。
「クハッ! 強者との戦いをこれっぽちで終わらせられようか!」
純白のセーラー服を赤く染めて百合子が吼える。
「いま、御手当てを」
エリザベスはナース服を着た巨大茄子を召喚した。わっと、声をあげて敵兵がさがる。
茄子はくねくねと不思議な動きをしながら百合子の周りを回り、先ほど受けた傷を癒した。
朝日を受けて金色に輝く川のほとりは、いまや多くの血で赤く染め上げられていた。メッツの兵たちは不利を悟ってなお、剣をふるい、指先より雷を迸らせ、さらに足で相手を蹴ろうとする。その命ある限り剣を、拳を振るい、血の中に沈みながら主君の名を叫び続けている。
「さすがに固いわね」
ズィーガーを構える結の前に、満身創療のクロスイージスが、へし折れた剣を支えに再び立ち上がった。
結は、身体中を血が駆けめぐる感覚に酔っていた。ぬるい血が指を流れ落ちていくのを感じたが、たいした傷ではない。
<「次で仕留めるぞ」>
結はズィーガーの柄をきつく握りしめる。短く気を吐いて、地を蹴った。
「シキカン殿! その命、モライ受ける!」
イグナートは女騎士イルマの後ろに立つカミーユに啖呵を切った。
「おのれ、鉄帝の痴れ者め!」
イルマが呻く。手で呪文を払いながら、じりっ、じりっと少しずつ前に出てきた。隙あらば回り込んで主君を打たんとするイグナートに雷を飛ばし、牽制する。
これまでイルマには何度も拳を叩き込んできたが、その都度、後ろにいるカミーユに回復させられていた。対するイグナートは一度、渡河する前のエリシアからメガ・ヒールを受けただけだ。イルマだけならこうも手こずりはしなかったが、合間にカミーユからも連続攻撃を受けては分が悪い。 他のイレギュラーズたちに加勢を頼みたいところだが、仲間たちもそれぞれが敵兵を相手にして戦っていた。
「カミーユ様、いまの内に馬を捕まえてお逃げください」
「嫌だ!」
イルマはイグナートの左腕を斬りつけると、返す刀で左足を狙う。
「お願いです!」
「ここで逃げてメッツに帰ったとして、どうせ死ぬのだ。敵前逃亡の不名誉を負った末に!」
そんなことには耐えられない、と駄々をこねるカミーユの声に女騎士の顔が歪んだ。
期を見て踏み込んだイグナートの拳がイルマの頼をかすめる。
寸でかわしたイルマは青眼に構えてから剣を振り上げ、上段にとった。両肘を高くとり、切っ先で天空を突くように剣を垂直に立てる。
「はっ!」
気合とともに剣が振り下され、甲高い金属音と骨を砕く鈍い音が朝靄の中にひびいた。
鉄拳で受け流された剣が風を上げて跳ね上がった時、イグナートはイルマにかわす余裕をあたえず肘を腹に叩き込んだ。
臓腑を貫く衝撃にイルマは驚いたように目をみはり、腰から地面に落ちる。
そこへクロスイージス二人を仕留めた結とボルカノが、盾を失ったカミーユに切りかかった。
「む、である!?」
切ったはずのカミーユの胴がわずかに下がり、いままで体があったはずの場所に剣がある。渾身の一撃を受けたのは、カミーユの剣だった。
<「ヒヒ……いい反応だ」>
カミーユは斬撃が来るのをとっさに見切り、飛びのいたのである。ある種獣じみた反応に、魔剣ズィーガーは身震いするくらい感動した。男たちを引き連れ、敵に奇襲を仕掛けようとするだけのことはある。
だが、あまりにも指揮官としては未熟だ。
「なにをしておる、戦え!」
カミーユが怒鳴ると、死にかけていた兵たちの闘志に火がついた。
すでに動くこともままならぬものがほとんどだというのに、イレギュラーズたちに立ち向かってくる。
加えて、一悟とエリシアの攻撃をくぐり抜けた騎兵たちが川を渡って迫ってきていた。
「あら~、ちょっぴりピンチになってきましたわね。百合子様、ここはお任せしても?」
「行け! ここは任せろ!」
「あ、私も……トロンベ!」
エリザベスとアリスが逃走時のために用意していた馬車を納屋へ取りに走る。
「ここは、結殿と吾輩でくい止めるである。イグナート殿は一刻も早く指揮官殿を!」
「私たちも……支援する、よ」
アイリスがカミーユに呪いをかけ、ミーナが暗闇を纏わせた剣を振るって視界を閉ざす。
「我は鳳凰なり。神威の理の下にて、彼の者に癒やしを与えん」
まだ川の中にいる騎士たちを一悟に任せ、急ぎ戻ってきたエリシアが、イグナートの傷を癒した。
体内からこみ上げる怒りが、誇りが、拳闘士の拳の中に凝縮されてゆく。
「ゼシュテルのコブシの前に散れ!」
イグナートは大地をえぐる勢いで駆け出した。カミーユが闇雲に剣を振り回す。風を切って振り回される剣をかわし、間合いの内側へと滑り込んだ。そのまま勢いを乗せて胸の中央へ鋼鉄の拳を叩き込む。
――あ。
カミーユの青い目が光を失った瞬間、傷ついた仲間を乗せたアリスの馬車が横づけされた。
「乗って!」
みればもう一台、エリザベスの馬車は早くも坂を駆けあがっている。
「一悟は!?」
「川を渡り切れなかった数騎がパヴィア側へ引き返したのを見て、飛んで逃げてったよ。さ、早く!」
イグナートは腕によりかかっていたカミーユの遺体をそっと横たえると、馬車に飛び乗った。
●
「報告します!」
軍靴の踵を打ち鳴らして敬礼する副官に、ヘイゼルバッハは地図から上げた目を向け、休んでよし、と言った。
「聞こう。なんだ」
「ローレットより知らせが入りました。メッツを立った奇襲部隊の指揮官を討ち取ったそうです。指揮官は……メッツの領主、カミーユ・ドゥ・ヴィリエ」
さすがのヘイゼルバッハも名を聞いて驚きに目を見張った。
「数名、取り逃がした――」
「そんなことはどうでもいい。全部隊に出撃を命じよ。直ちに川を渡り、主亡き城を落とすのだ!」
鉄帝国の大部隊が一斉にモーゼル川を渡ったのは、イレギュラーズたちがカミーユを討ち取った翌日の事だった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
見事、奇襲部隊の指揮官を討ち取ることができました。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
!!帝国側について、幻想と戦うシナリオです。
●依頼内容
・幻想メッツから出撃した奇襲部隊の指揮官を討ち取る。
※見逃して村の前を通過させてしまう、あるいは気づかれて別のルートへ迂回されるなどなど、指揮官を逃がしてしまうと失敗になります。
●日時
イレギュラーズは奇襲部隊がパヴィアに到着する半日の昼、村に着きます。
奇襲部隊は最低一拍しますが、いつ出立するか分かりません。
●イレギュラーズが待機する村
モーゼル川の支流を挟んですぐ北にある、とても小さな村。
もともと10軒ほどしか家がない。村人は全員退避済み。
夜、明かりが灯らないことで怪しまれないよう、分散して宿泊するのがいいだろう。
村で一番大きな家(馬小屋あり)に、弾薬(少量)と大量の薪が用意されている。
水は井戸から、食料は村の畑またはパヴィアで調達されたし。
村のすぐ裏手が山になっており、村は坂道の途中にへばりつくようにしてある。
坂道は結構な急で20度ぐらいある。
●モーゼル川の支流と橋
川幅は50メートルぐらい。水深30センチ。深いところで60センチ。
比較的浅く、雨で増水していなければ馬で渡れる(馬車は無理)。
橋は木で作られている。横幅は4メートルほど。水面からの高さは160センチ。
ちなみに橋の下の水深は60センチ。
ルールとして、馬は三頭が並んで橋を渡ることはできない。
これは反対側から来る荷馬車とのすれ違いを考慮してのこと。
帝国側から橋を渡るのは村人(イレギュラーズ)だけ。
●巡礼地パヴィア
パヴィアにある宿は5つ。
・熊のロッジ(広い部屋に二段ベッドの安宿/馬小屋アリ)
・黄金の葡萄亭(大衆居酒屋の二階と三階/馬小屋アリ)
・聖パヴィア修道女院
・聖アントワー修道院(修道女院のとなり/馬小屋アリ)
・シャトー・パヴィア(貴族も利用する高級旅館/馬小屋アリ)
他、土産物屋や飲食店が数多く存在。
聖女像を祭った大聖堂は街の東側にある。
大聖堂の横に『清めの泉』と呼ばれる冷泉がある。露天で男女混浴。
※ロッジ以外の各宿にも温泉アリ(男女別)。
●奇襲部隊
正確な数は解っていない。
少なく見積もって三十騎と物資を運ぶ荷馬車が一台あるだろう。
恐らく全員がカオスシードで、精鋭ぞろいのはず。
メッツの街に流れた噂によると、深夜街を出た部隊は……。
・指揮官は姫騎士(騎乗戦闘あり)らしい。
・指揮官を守るクロスイージスが二人(騎乗戦闘あり)いるかも。
・他、ブリッツクリークで構成されているようだ。
・馬車の御者のみ一般兵?
●その他
爆薬は最低限の量しか用意されていません。
橋は落とせますが、橋もろとも敵を爆死させることはできないでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
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