シナリオ詳細
<さんさあら外譚>再誕のサティヤ・ユガ
オープニング
●終焉去りし後
混沌世界から滅びの危機は去った。
しかし、滅びによって蝕まれたものが立ち所に返ってくるわけではない。
――全て、これからだ。
滅ばなかったこの世界で、今日を、明日を、これからを生きてゆく者達がいるのだから。
●再誕のサティヤ・ユガ
終焉との戦いが決着して数ヵ月。
未だ春は遠いが、練達の再現性京都は驚くべき復興を遂げていた。
騒動の中で減ってしまった人口はすぐには戻らないが、生き残った住人が日々を問題なく送れる程度の生活レベルは取り戻せていたのだ。
――焼き尽くされ、蹂躙され尽くしたあの瓦礫の山から、あまりにも早すぎる速度ではあるが。
「テクスチャ、ですよ。かなり改変しましたが」
そう説明するのは、この街へイレギュラーズを招いた『万愛器』チャンドラ・カトリ(p3n000142)だった。
「減少した人口に合わせて、山林地区を多く増やしました。あとは、居住区に住人達のかつての家を。エネルギーの供給は過剰なほどでしたので、日々を生きる分にはそう不自由は無いかと」
この短期間でここまでの復興を遂げられたのは、首都の機能がほとんど損なわれなかったこと、避難していた住人達が戻ってきてくれたことが大きいという。そして、彼らが戻ってきた時には既にテクスチャの大部分は完成していたのだ。
その大規模な書き換えを今も続けているのは、この場にいない『夜摩王』ヤマ・ヴィヴァーン(p3n000350)だという。
「……住人も含めて、かつての街の姿を完全に取り戻すには……十年……あるいは百年近くかかるかもしれませんが。それがあの方のアイ(願い)ならば、我(わたし)もお付き合いするまでです」
居住区のすぐ近くに迫る竹林を見遣りながら話すチャンドラ。
今は旅人も元の出身世界へ還ることが可能になったが、街の再建に注力しているヤマはもちろん、チャンドラもその気は無いらしい。そもそも元の世界からヤマを逃したくてヤマを殺し続けたのがチャンドラなのである。
「皆様には、今のこの街を知って頂きたくて。こう見えて足りないものだらけなのですよ」
最低限の衣食住は何とか復興したが、それだけなのだとチャンドラ。ただ生きるだけの日々では、じきに心が死んでいく。イレギュラーズにはその部分での手伝いを頼みたいという。
例えば、近しい者を亡くして心が動けない者。
例えば、心が失せたまま食欲を満たせない者。
例えば、気力はあっても人手が足りず行動できない者。
様々な事情の者達が、今後の再現性京都を支えていくことになるのだ。
「最近は商店街の再建に着手しようとする動きがあるようで。テクスチャの操作で建築は手伝えても、それ以上のことは儘なりません……何か活気づけられるものがあればいいのですが」
活気、と言えば。
思い出したように、彼はひとつの場所を紹介した。
「八三二橋(やみじばし)。居住区と山林地区の間には境界となる川が流れているのですが、そこにかかる唯一の石橋です。その橋の中央から水面を見ると、見たい人が見たい形で、聞きたい声と共に映るとか。
亡くした者を想いに、そこを訪れる者も多いようですよ」
「かつては『はづきさん』の夏祭りにしか出現しない橋だったのでは?」
在りし日の再現性京都を知る者がそう尋ねたなら、「いかにも」と肯定するチャンドラ。
「住人の皆様には、八三二橋を渡りきらないようお願いしています。橋の先は『闇路』……ヤマ様は今、そちらに」
イレギュラーズが向かう分には止めないとしながらも、チャンドラは『闇路』について多くは語らなかった。
●再現性『再現性京都』の民
街が燃えたのは、『はづきさん』の社をちゃんと整えようとしていた矢先だった。
だからあれは、祟りだったのかもしれない。長く社を放ったままだったから。
社など無くていい、後回しでいいと、まるで人の様に接してくれていたが、やはりあの人は『神様』に違いなかったのだ。
街をきっと建て直すとあの人が約束して、あっという間に街の景色は元に戻った。
景色は戻ったけれど――前よりも大きくなった竹林が、何だか恐ろしくて。
だから今度は、間違えないように。
失礼の無いように。触らないように。近寄らないように。
橋の向こうは葉月の三十二日(みそふつか)。
『はづきさん』のおわすところ。
ゆきてもどれぬやみじばし。

- <さんさあら外譚>再誕のサティヤ・ユガ完了
- これから、ここから
- GM名旭吉
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2025年02月10日 22時05分
- 参加人数6/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 6 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(6人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
「や――――――っと落ち着いたなぁ……」
久しぶりの再現性京都へ足を踏み入れ大きく伸びをする『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)。彼だけでなく、今日やってきたほとんどのイレギュラーズが久しく見ていなかった景色を見渡していた。
「いや、まだまだいろんなとこぼっこぼこやけどさ」
「これから。そう……これから、なのです、ね」
戦後、他の都市の様子を見て回っていたという『繋いだ意志』メイメイ・ルー(p3p004460)。今回縁あってこの街に来て、この街で生きることを選んだ人々を見て。あの終焉の戦いを生き延びた彼らのために何かしたいと思っていた。
「戦後もまた、乗り越えるための『戦い』は続くのだと、目にする度に思います」
戦場で戦士が刃を交え直接命をやり取りするだけが戦いではない。そう思った時、『愛星』雨紅(p3p008287)はひとつ得心した。
「笑顔を取り戻す『戦い』……私が最初に憧れた芸人ははきっと、こういう『戦い』を続けていたのでしょうね」
誰かを笑顔にして、己も笑顔にする。たとえそれが難しくとも。私はそうしたい――雨紅が困難を経る度、何度も強くしてきた想いがまた強度を増す。
「僕も、手伝える事があるのなら協力させてください」
『愛花』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)と、彼に誘われ同行したクロンデールが歩み寄る。ジョシュアは最近ではとある異世界と行き来する日々が続いていたらしく、最後に目にした廃墟から見違えるように復興を遂げたこの街の姿には驚かされていた。
しかし、その内側は未だ復興の最中にあるというなら。
「俺は……平和な世界を目指して、それを成し遂げたというのに、それからはすっかり燃え付き症候群だった。秋永一族の世話もそこそこに自堕落な生活ばかり……」
一方、この街へ来て俯いていたのは『終音』冬越 弾正(p3p007105)だった。このままでは伴侶にも愛想を尽かされてしまう、わかっていても気力が沸いてこない――そんな弾正をこの街へ誘ったのが、他ならぬ彼の伴侶である『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)だった。
「弾正はヒトに寄り添うエキスパートだ。俺はどちらかというと、これからのこの街には不要になるべき稼業で……」
「不要になるべきなど、俺はアーマデルがいてくれるからこそ!」
「わかっている。弾正が俺を必要としてくれることは嬉しい。ただ、俺達のような暗殺者というものは、ヒトがヒトと共に生きる上で人知れず障害を取り除くためのモノだ」
そういう存在は、人間社会から消え失せることは無いのだろうが。この街では障害を排除する手段に頼ることなく、『皆』で前を向いて歩いて欲しいとアーマデルは思うのだ。
「俺は弾正が言っていた『響き合う』という表現が好きだ。誰かが何かをして、別の誰かがそれを受けて、投げ返す。それはまさにヒトの在り様のようで」
弾正に出会う前のアーマデルは、それを知らなかった。ヒトと交わることをしなかった。やる前から諦めて――諦めたふりをして、周囲を見ようともしなかった。
今日に至って変えてくれたのは、他ならぬ弾正の熱い生き方だった。
「いい、ですね。元通りにはならなくても、そうして……人々が前向きに生きていける……そんな街の姿を取り戻せたら」
「こっからどうとでもなるよ。生きてたらなんぼでも、どうにでも」
メイメイも、彩陽も、そうして変わってきた。関わってくれる誰かがいて、生きたいと前を向ける理由ができたのだ。
全ては、生き残った先で生まれた可能性の結果だ。それを、今度はこの街にも。
「ありがとうございます、皆様。ヤマ様に代わってお礼申し上げますよ」
皆の思いを聞いた『万愛器』チャンドラ・カトリ(p3n000142)が礼を述べると、メイメイはチャンドラの手を握りしめた。
「チャンドラさまとヤマさまがこうして残っていてくれて、嬉しい、です。でも……ヤマさまは、こちらにはいらっしゃらないのでしょう?」
「戦いが終わってじきにこちらへ戻られたのですが……それからはずっと」
チャンドラが『夜摩王』ヤマ・ヴィヴァーン(p3n000350)が籠っている山林地区の方へ目を遣ると、メイメイは悲しそうに耳を垂らした。
「めぇ……街の為に力を尽くして下さったのに……少し、心配、です」
「ヤマはん大丈夫かな? 欲しい物あったりする? してほしい事とかあったら教えてな」
彩陽からも尋ねられると、チャンドラは穏やかに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。今は、この街の再興こそがあの方の慰めとなるかと」
「慰めなぁ……」
戦いの最中は気丈に振る舞っているように見えたが、この街が滅んだ日からヤマの心中はずっと沈んでいたのかもしれない。それならば復興への協力も本腰を入れなければ、と気持ちを新たにしたところで。もうひとつ、彩陽には気になることがあった。
「カトリはんはもう帰れへんの? 元の世界。ヤマはん置いては行かれへんやろうけど、いつかこの街が落ち着いてもずっと?」
「帰る理由がありませんね。我(わたし)達がいなくともあの世界は巡りますし、帰ってもヤマ様が苦しまれるだけですので」
あまりにも淡々とした答えだった。確かに、苦しいだけの世界なら帰る必要はないだろう。
「自分も帰るつもりはないんやけどな。帰る理由とか、っていうより……今更帰ったところで、恥ずかしいだけやからね。親と喧嘩してたようなもんやし……」
軽く、未練などないと笑い飛ばそうとして――笑い飛ばすには存在感を放つ想いを思い出した。
「ああ、でもそうやね。お礼だけは伝えたかったなーって……思うよ」
飄々と、どこまで本気なのか掴ませない声で、彩陽は笑った。
●
居住区には、小さな広場があった。人が集まる時にはここを使うらしい。
今日は、その広場から温かな湯気が立ち上っていた。興味を持つ住人へもうしばらく待つように声をかけたのはジョシュアだ。
「クロンデール様、荷物運びから手伝っていただいてすみません」
「いえ、一人では大変でしょうし。次は何をしましょう?」
「では野菜の下ごしらえを」
ジョシュアが簡易キッチンを展開する。クロンデールと運んだ野菜は今が美味しい根菜が中心だった。これに豚肉を足して、温かい豚汁を振る舞う予定だ。
まず人参を洗って皮を剥くと、輪切りにして一片ずつ花形に飾り切りにしていった。
(料理に込める心もアイの一種でしょうか)
飾り切りだけでない。この豚汁にかけた全ての手間が。豚汁にしようと住人の顔を思い浮かべた時間が恐らくは。
(言葉にすると少し恥ずかしくて。でも僕は人に作る時、大切にしたいと思っているのです)
処理を終えて根菜を先に茹で始めた頃、漏れ聞こえてきたのは住人の会話だ。
滅びる前の再現性京都では正月に餅を焼いて集まったこともあったという。『はづきさん』から餅をもらった子もいたが、もしや『はづきさん』が隠れたのはその餅を受け取ったからではないか。本当はいけなかったのではないか。
(ヤマ樣はそのような方では……)
「隙間風、というのはひとの心にもあるのだと」
何か言いたげなジョシュアへ、クロンデールは胡麻油を敷いたフライパンへ処理した豚肉を投入しながら呟く。
「だから多分ここも……」
「……ここは、皆様にとっての拠り所、居場所なんだと思います」
だからきっと、色々と考えてしまうのだ。どうすればよかったのか。どうすれば日常が壊れなかったのか。
ジョシュアも様々に考えながら、最後に味を整えて豚汁を取り分けて回る。クロンデールの風で匂いを煽り、さらに住人を呼び込む。
「よければ、お話を聞かせていただけませんか? 七味はお好みでどうぞ。食欲がなければ金花の雨のお茶でも」
かつての街のこと。今の街のこと。吐き出せないこと。なんでも。
ジョシュアが丁寧に話を聞いていると、匂いにつられたように彩陽がやってきて豚汁の器を求めた。取りに来られない住人の分だという。
「では、これを。皆様の分も取っておきますね。彩陽樣の分も」
「おおきに、ありがとうさん!」
皿に蓋をしてすぐ走り去っていく彩陽の背をジョシュアは見送った。
足の悪い住人の元へ彩陽がジョシュアの豚汁を届けた頃。
(豚汁、ですか。しっかり温まっていいです、ね)
後で自分も何か作ろうと決めて、メイメイは話を聞きに来た住人へ魔法瓶を示した。ホットミルクや温茶、飲みやすいように具のないスープも用意があると言うと、住人は茶を望んだので紙コップへ注いで渡した。
この父親は、子を亡くしたのだという。しかし、身内を喪ったのは自分だけではないのだから殊更悲しい話もしづらく、ここしばらくは独りで過ごしていたようだ。
「確かに、誰もが同じ、ですが。皆、違う苦しみを、哀しみを抱えているのではないでしょうか」
きっと、皆同じように余裕がなくて。その余裕のなさは、それぞれに違う感情から生まれていて。その全てを一度に救う術など存在しないだろう。
その疲れた心を、少しでも温められるように。メイメイは少し減った茶を注ぎ足した。
「お腹の中からじんわりあたたかくなれば、気持ちもあたたまってきます。元通りでなくていいです、から」
彼の中にも、他の住人の中にも。人々の間にも。いつか、そこにあたたかな『アイ』が芽生えて、満ちるといい。
まだずっしりと重い魔法瓶を抱えて、メイメイは話を聞き続けていた。
●
広場から少し離れた通りで、炊き出しに集まった住人が見ていけるように雨紅はBGMに合わせた舞を披露していた。
ゆったりとした動きのものから続けて、脚だけで体を支えるポールダンスへ。そうかと思えば見る者と視線を交わしながら滑稽なパントマイムを披露したり、激しいアクロバットと緩急をつけたり。次にどんな動きが来るか予想できない構成で住人の視線を引き付けると、最後はしっかりきめて拍手をもらった。
最近はこういった娯楽を楽しむ余裕もなかったと、感激して泣く者もいた。
「きっと今、ここの『日常』自体がどこか張り詰めていて、緊張感を持ったままなのです」
泣く住人の背をそっと撫でて、雨紅は「だからこそ」と続けた。
「そのような緊張を緩ませる『非日常』という機会が必要なのではと思います。私の舞を見て、貴方が泣くことができたように」
泣くだけではない。笑顔もまた、緊張が緩和された時に起こるものだと聞いたことがある。今回の舞の先を読ませない構成もそれを意識していたのだと種明かしをした。
「商店街の再興のお話があると聞きました。そこにも、こういった娯楽を楽しめるイベントがあるといいと思いますよ」
住人が雨紅の提案に頷く。この流れなら聞き出せるかと、雨紅は「イベントと言えば」と以前の街にあった『はづきさん』の社での夏祭りの話をした。
「今は、もうやっていないのですか?」
尋ねられた住人は少し話しにくそうではあったものの、今は『はづきさん』と交わることそのものを禁忌として触らないようにしているのだと話した。無闇に障って、怒らせないように。
「……すぐ変えるのは難しいでしょう。しかし、これだけは確かだと断言できます」
あの滅びは再現性京都に対してのみもたらされたものではないこと。他の都市や国でも起きていたこと。祟りもなかったであろうこと。
それら全てを知った上でどう考えるかは住人の役割だとして、雨紅は遠くの竹林を見た。
●
「ね……ねこマデル……?」
弾正からその提案を聞いた時は意味がわからなかったが、彼がそう言うならと、アーマデルは微塵も疑わず猫耳カチューシャを装着した。ついでに『冬夜の裔』も呼び出して演出への協力を求める。つまり、ねことうやのすえを。
しかし、手渡したカチューシャは炎と共に投げ返されてしまった。
「冬夜の裔。弾正の演出にあんたの協力が必要なんだ」
『は? 演出? 寝ぼけてんのか?』
その後しばらく猫耳を巡って両者譲らぬ戦いをしていたが、弾正がドレイク・チャリオッツの飾りつけを始めるとアーマデルも造花の紅葉を飾って手伝い始める。これがデコトラならぬデコチャリオッツ。
(ぬるま湯が熱湯になって初めてそこが鍋の中だと気付いても遅かろうに)
熱湯になるまで湯を熱した火は消せないのだから。アーマデル同様、あるいはそれ以上に危機感が無さすぎるエリアだと『冬夜の裔』は感じていた。
(あるいは、そんな危機感を必要としない微睡みの中で生きていけるエリアなのか。全く羨ましい限りだな)
「ここにいたか弾正」
『冬夜の裔』が軽く肩を竦めた時、弾正へ呼び掛ける声があった。
「道雪殿! 息災だったか!」
辻峰 道雪。以前は組織に命を狙われる身であったが、世界が終焉の騒動から救われたことで恩赦となり、今はこの街に住んで平和に余生を過ごしているらしい。
「本当に特異運命座標様々だ。全く頭が上がらんよ。礼という訳でもないが、手を貸してやろうか? これからはこの街で『神職』でもしようかと思ってね」
この街で神と畏れられるヤマと住民の間に入って、声を伝える仲介役をしようというのだ。
「ああ……それは助かる! 道雪殿がいるなら百人力だ! 俺にはねこマデルもいるのだから!」
「にゃー」
デコり終わった弾正が道雪と固く握手をすると、ねこマデルとなったアーマデルが鳴く。そうと決まれば二人でデコチャリオッツに乗り込み……の前に。
「あんたもだにゃ」
『断……、は?』
『冬夜の裔』が目深に被るフードに違和感。手を伸ばせば確かに猫耳があって、なんか揺れていた。
「おお……猫耳お義兄さんも素晴らしい……一番はアーマデルだが!」
『似合って堪るかこの、いつの間に!? お前かアーマデル、お前しかいないだろうこの野郎……!』
「出発にゃー」
文句を垂れる『冬夜の裔』も乗せて、デコチャリオッツは出発していく。残された道雪はゆっくりと居住区へ歩き出した。
(……尤もらしいことを言って、チャンドラの側にいたいだけだがね)
この街へ移り住んで間もない頃、彼は見たのだ。
『愛に蓋をして笑う』、かつての姿によく似たチャンドラを。
「……さて、神職の仕事をするか」
山車のように飾り付けられたデコチャリオッツが居住区へ近づくと、弾正はなじみのマイクを握りしめ住人へ広く呼び掛けた。
「聞いてくれ――燦々煌々withねこマデルバージョン!!」
初めて聞くタイトルだが何とかなるだろう。ねこマデルもエレキウードで合わせようとして、その曲調に思わず止まる。燦々煌々音頭だこれ――!?
しかし、そこは生涯を誓った伴侶である。すぐに持ち直して、その熱い思いに寄り添った。道雪の手助けなのかスピーカーらしきメカが飛来すれば、二人の音楽は更に広く遠く響き渡る。それこそ、あの山林地区の奥へも聞こえそうなくらいに。
「皆、どうか聞いてくれ!」
歌い終えた弾正は、この街の現状を告げる。滅亡が退けられても還らぬ犠牲。哀しみにくれる住人へ八三二橋は慰めをくれるし、この地は彼らの神様がすぐに建て直してくれた。
――それだけでいいのか、と。
――甘えるな、と。
「弱音を吐くなとは言わない、悲しんでもいい。ただ、神様だって辛い時は辛いし、寂しい時は寂しいんだ! 一方的に良くして貰って距離を置くのは違うだろう?」
「願いは近く、胸に抱き。祈りは遠く、誰かのために」
道中に散らしてきた造花の紅をひとつ拾うアーマデル。こうして葉が積み重なるように、想いを、行動を、重ねて積んで――全ては己の地となり肉となっていくのだろうと思う。
「ヒトである以上、誰もがいつかはあの橋を渡り、往くべき処へ逝く。その時に、縁の糸を紡いだ者へ何を残せるのか――それを考えて生きていくのだろう、この俺も」
「縁で繋がった神様に、皆で感謝の声を届けようじゃないか。闇路の奥まで、『はづきさん』に届くまで!」
弾正の呼び掛けにざわつく住人たち。
「基本的に、ヒトならぬものはヒトに『なんかすごいこと』は日常的には求めていないはずだ。興味を向ける、そしてたまには手を合わせる。それだけでもきっと、忘れられてはいないのだと思えるのではないかな」
障らないことで忘れられるより、その方が互いに幸せなのではないか――アーマデルの提案に、住人は機嫌を窺うようにちらちらと山林へ目をやった。
●
街を東奔西走して住人の願いを叶えて回っていた彩陽は、八三二橋へ向かおうとしていた子供を引き留めてパフォーマンスを考えていた。
「じゃ、じゃああそこで散ってる紅葉! あれ撃ち落として見せるわ! 躍りとかでけへんのよ、堪忍な!」
指の爪よりも小さく見えるような遠くで散っている葉を超視力で見極め、人がいないことを確認して射抜く。ひとまず子供はそれで興味を引けたようだった。
(ん? あそこの橋……ジョシュアはん、何か見てんのかな)
炊き出しを終えて八三二橋へ来ていたジョシュアは、クロンデールと共に水面を見ていた。
この橋と川があるということは――そんな嫌な予感を抱かないでもなかったが。
「クロンデール様がいるなら、ここでリュネール様を見ることも叶うのでは? 色々大変でしたけど、丸く収まったのなら一目見たくて」
「リュネールさんですか。俺が呼ぶのは少し気が引けますけど……せっかくですからね」
リュネール・ナハト・プリエ。ジョシュアが直接知ることはできなかったが、彼に月光の祝福を与えたひと。
彼女とジョシュアと、クロンデールと。もう一人の闇の精霊種を巻き込んだ因縁は、終焉の戦いの中で決着した。
気は引けるが、見せてはいけない理由もない。クロンデールがかつての記憶へ思いを馳せれば、月光のベールを纏った女性がこちらを見る姿が映っていた。
「貴女が、リュネール様……。あの、リュネール様」
この水鏡が映すものは真実ではない。記憶の形を借りて、聞きたい言葉を話すだけ。
そうだとしても、ジョシュアは彼女の口から聞きたかった。
「僕の生まれには、貴女の想いがあって、祝福されたものだったと思っても……?」
『ジョセ。私の希望の一雫。私は君に託したんだよ』
温かい言葉と共に伸ばされる両腕は、飛び込みたくなる衝動に一瞬駆られるけれど。ジョシュアは橋に留まって深く頭を下げた。
「ありがとう……ございます……」
「リュネールさん」
クロンデールが呼び掛けると、リュネールはこちらにも微笑んだ。
『『ルシカ』を取り戻したクロンデール。君は冷たく寂しい隙間風じゃない。月光では影になってしまう小さな隙間も吹き抜けられる風なんだ。皆のこと、これからもよろしく』
「……はい」
水面がふいの風に揺れて、リュネールの姿が拡散して消えていく。彼女の姿が完全に消えた後も、二人はしばらく八三二橋にいた。
●
八三二橋を渡り、山林地区へ向かう。
外から見たその地区は『闇路』の名の通り、まだ日も高いのに薄気味悪いほどに暗かった。
「これは……」
雨紅が『闇路』の闇へ一歩踏み入れると、景色が変わる。そこはまだ廃墟のままの景色を植物が覆っているだけの世界だった。薄暗い世界で光を放つのは、辺りにふわふわと浮かぶ何かと、空から降り注ぐ冷たい月光。
探し人の姿は見えない。しかし、雨紅は月光へ語りかけた。
テクスチャによる復興支援への労り。感謝。そして。
「何故、出てこられないのか……理由を聞いても?」
返答はない。しかし、ヤマのものでない笑い声がした。子供の笑い声だ。
辺りをよく見回すと、仄かに光ってふわふわと浮かんでいたのは大小様々な人影だった。その数は限りなく、恐らく居住区にいた住人よりも多い。
それらの正体が何なのか知る術はない。しかし――ここを照らせるのが、あの月光だけなら。
「……住人との関係を、元に戻す必要はないかもしれません。近いのがいいとも限らない、すぐ戻せるものでもない」
でも、と。外れぬ仮面越しに、雨紅はどこかにいる狐面へ言葉を続けた。
「『そうしてはいけない』なんて気持ちだけは、緩めたいのです。そんな緊張し続ける関係は、あまり良くないと思います」
再現性京都の住人も、チャンドラもヤマも、皆に笑顔になって欲しい。
この思いを、どうすれば伝えられるだろう。
募っていくものを、雨紅は忘れないよう胸に留めた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
変わったものと、変わらなかったもの。
再現性京都の変化はいかがでしたでしょうか。
皆様の様々な寄り添い方が大変興味深かったです。
称号は、闇路へ踏み込んだ貴方へ。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
旭吉です。
再現性京都復興<さんさあら外譚>、前後編でお送りします。
<さんさあら>シリーズ未参加の方でも問題なくご参加頂けます。
●目標
現地住人を励ます、復興の手伝いをする
●状況
練達の再現性京都。
終焉勢力との戦いにおいてバグ・ホールと終焉獣に破壊されましたが、テクスチャが張り直され景色はかつての雰囲気が戻っています。
伝統的な木造建築とガラス張りの建物が混ざった町並みです。
生き残った住人も居住区に戻っていますが、人口に合わせてかなり小さくなった居住区に川を隔てて広大な山林地区が迫っているような地形です。
そろそろ商店街を再興しようかという流れが興りつつありますが、人手も活気も十分とは言えません。
これからの街を担う彼らを元気付けてあげてください。
・『はづきさん』について
ヤマのこの街での通称であり、親しまれてきた姿。
互いに悪意はないものの、今回のことで住人もヤマも物理・心理共に距離が開いている様子。
●NPC
何かあればプレイングにて。
・『万愛器』チャンドラ・カトリ(p3n000142)
必要であれば案内や同行を務めます。
普段はこの街で住人やヤマを手伝っています。
・『夜摩王』ヤマ・ヴィヴァーン(p3n000350)
山林地区の奥深く、『闇路』と呼ばれる場所から出てきません。
行動場所
以下の選択肢の中からメインで行動する場所を選択して下さい。
(メインの他に別の場所で行動しても構いませんが、行動場所が増えるとその分描写が薄くなります。ヤマとの対話も可能ではありますが、今回はあくまで住人の励ましが主目標です)
【1】居住区
住人の話を聞いたり、芸や料理を披露したり、イベントを開いてみたい場合もこちらで。
商店街のアドバイスなどもあると喜ばれるでしょう。
【2】八三二橋
橋の中央で水面を見ると、会いたい人が、会いたい姿で現れます。声も聞こえるかもしれません。
ここへ来る住人の話を聞くのもいいでしょう。『闇路』に興味を示して渡ろうとする住人もいるかもしれません。
【3】その他
住人へ積極的に関わる以外の行動がメインになる場合はこちら。
イレギュラーズが『闇路』へ向かうのは可能ですが、山林地区内部がどうなっているのかは説明されません。
ただ、「行けばわかるでしょう」とだけ。
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