PandoraPartyProject

シナリオ詳細

オーロラの階を越えて

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 世界は滅びの気配を滲ませる一方、春の兆しを少しずつ見せ始めていた。
 その邸宅は練達でありながら、幻想風とも天義風とも似た雰囲気があった。
 広く作られた中庭に設けられる東屋には円卓が用意されている。
 ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はそんな東屋にいた。
「ブランケットはいるか?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ」
 寒さでも気に掛けてくれたのか、そう問いかけてきた赤髪の青年――ベルシェロン・アシェンプテルに応じるココロは少し緊張していた。
「……ここがあなた達の御屋敷なんですね」
「そうだ……何か気になる事でもあるんだったら、言ってくれれば答えるぜ」
「そうですね……そういえば、他の2人はどうしたのでしょう?」
「2人は紅茶の用意をしてるんだろうな」
「それなら、あなたの役割は?」
「俺はアンタの話し相手だな」
「そうでしたから……それなら、話し相手になって貰えますか?」
「あぁ、もちろんだ」
 応じて頷いたベルシェロンは立ったままだった。
「……座って貰っても大丈夫ですよ?」
「……あ、あぁ。わりぃ」
 驚いたように目を瞠ったベルシェロンは小さく頷いて、ココロが視線をやったところにある空席へと腰を落とす。
(なんというか、少し遊んでいる雰囲気の割に、わたしのことを気にしているような……)
 内心で感じた違和感は本来の彼の境遇を示しているような気がしていた。
 少なくとも、『話し相手』を求められながら『同席』を許されない待遇だったことは先程の反応から見て取れた。
 ココロはなんとなくそんなことを考えながら、どうして今ここにいるのかを振り返る。


 始まりはあの日、ローレットにいたココロの下に来た銀髪の青年――ヘイエルダールが声をかけてきたことからだった。
「こんにちは、ココロさん」
「あなたは……たしか、ヘイエルダールさん。あなた達も終焉との戦いを続けているのですね」
「それもありますが……今日は貴女に会いに来たのです」
「わたしに?」
 胸元に手を置いて微笑むままに言われ、ココロは首を傾げる。
「はい……貴女に僕たちの屋敷へと御同行いただきたいのです。危害は与えません」
 微笑み、片膝をついてこちらを窺うようにそう誘う彼の視線は、何かの覚悟のようなものが見える。
「……屋敷へ、ですか」
 ちらりと視線を別の方向へ向ければ、他の2人の姿がみえる。
「詳しい話を聞かせていただけないと、頷けません」
「えぇもちろんです」
 笑みをこぼし頷いたヘイエルダールが立ち上がり、2人の弟を手招きすれば、4人は別の席へと腰を掛ける。
「……つまり、あなた達は『ケジメ』というのをつけたいと」
 ココロが問えば3人はこくりと頷く。
 ヘイエルダール、ベルシェロン、それから沈黙を貫く帽子をかぶった青年ヴィルヘルム。
 彼らはトール=アシェンプテル(p3p010816)の異母兄達であるらしい。
 彼らは遂行者たちとも少しだけ関わり、『再誕の救済者』と名乗っていた。
(なんというか、男の子ってこういうところありますねぇ……)
 敵としてココロやトールとの戦った、それに対するケジメとやらだという。
「でも……それってわたしを攫って、負けるつもりですよね」
 ココロはこてりと首を傾げながらそう問うものだ。
 ココロは音に鳴る騎兵隊の大将イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の一番弟子である。
 あの人の下で学んできた。彼らがやらんとすることぐらい、ある程度の話を聞けば予測できる。
「でしたら、わたしはご協力できかねます」
「……どうして」
 ぽつりと言葉に漏らしたヴィルヘルムへ視線をやって、そのまま3人を見やり、ココロは笑む。
「負けるために戦う人には付き合えません。戦うのなら、生きるために――勝つために戦うべきです。
 わたしは、沢山の輝きが見たい。あなた達が自分たちも輝きたいと願うのなら、協力はしましょう」
「……俺達が輝く、か」
「はい。神の国での舞踏会も、少し前にエル・ソフでご一緒した時もそうでしたが……」
 頷くままにそう応じれば、3人が驚いた様子を見せる。
「そういえば、彼女にも言われたな」
 ヴィルヘルムは眩しい物でも見たように、ただでさえ深い帽子を目深に被る。
「俺達も……」
 そう呟くベルシェロンが目を伏せる。
「……それなら、1つあります」
 少しの沈黙の後、ヘイエルダールが口を開いた。
「僕達は人のエゴによって作られました。
 ……僕達は、『生まれた理由、あるいは生きる目的』というものを見つけたいと思っております。
 この戦いの中で、何かが見つかるような――いいえ、何かを見つけようと、そう思っているのです」
「……うん、その目なら、いいですよ」
 生きるためにと、覇気のある瞳を見て、ココロは笑ってその手を取った。
 悩める人達に、生きるための道を共に探してやるのも、きっと医師の仕事の一つだ。


「ココロちゃんが攫われた!? ど、どうして……」
 トールは思わず声をあげていた。
「トール、落ち着け」
 動揺するばかりに声をあげるトールを宥める結月 沙耶(p3p009126)はちらりとテーブルにある手紙を見る。
 まるで怪盗が犯行声明を残すような仕草で置いていかれた手紙はトール宛の挑戦状のようなもの。

『トール、キミのお姫様を僕達の屋敷へ招待しました。彼女と共にお待ちしております
 ――アシェンプテル3兄弟』
 酷く短いその手紙の内容は、たったその程度のもの。

「攫われたお姫様と、お城の場所が分かってるなら、王子様らしくお姫様を迎えに行かないとね」
 トールの背中を押すように、セレナ・夜月(p3p010688)は言う。
 それは故郷で見たお伽噺に見た英雄の背を押す魔女のように、そして月明かりのように優しく。
(そんなに心配するようなことでもなさそうね。黙って攫われるような子じゃないでしょう、あの子)
 胸の内で弟子の反応を考えるイーリンの隣には、トールの事を静かに見やるシャルール=サンドリヨン=ペロウの姿もあるか。
(……可能性としては、ココロなりに何か思う所があって着いていったってとこかしらね)
 さらりと分析するイーリンの推測は凡そあっている。
「えぇ、『シンデレラ』であるのなら、それぐらいできなくては『美しく』ありませんよ、トール」
 最後に、そうシャルールが言った。
「そうねぇ、これは見に行かないとね?」
 イーリンが言えば、シャルールが「えぇ、見過ごすわけにはいきません」と頷いた。
「……待っていてください、ココロちゃん」
 ぎゅっと手紙を握りしめて、トールが立ち上がる。
 イレギュラーズは改めて人員を募集してからトールの先導の下、その場所に向かって歩き出した。


 熱い紅茶に少しだけ舌を付けたココロは、一息を吐いて顔を上げる。
「そういえば、わたしは何をしていればいいんでしょう?」
「何をして下さっていても構いません……と言われても困りますよね。
 でしたら、『好きな人』あるいは『大切な人』を持つということがどういう物なのか、僕達に教えてくれませんか?
 それに、トールが貴女の前でどんな顔をしているのか、あるいは貴女のトールへの気持ち、とか」
「トール君への気持ち、ですか。うーん、それは彼に自分で気づいてほしいところですね」
 そう首を傾げれば、空気を読んだヘイエルダールはそれ以上を聞いてこない。
 ――トールに連れられたイレギュラーズがアシェンプテルの屋敷の門を叩くまであと少し。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 さっそく始めましょう。

●オーダー
【1】ココロちゃんの救出
【2】3兄弟との戦いに勝利する。

●特殊ルール
 当シナリオでは心情などが最重要視されます。
 スキル戦闘よりもどう何を想い、何を魅せようかが最重要です。
 感情や使用スキル・装備の特殊化などなど、目いっぱいの魅せるための演出を重視するといいでしょう。

●フィールドデータ
 練達の一角にあるアシェンプテル兄弟の御屋敷、その中庭です。
 よく整備された庭園です。周囲に遮蔽物などはありません。

●エネミーデータ
≪共通項≫
 全員、トールさんに対して羨望のような思いを抱いています。
 トールさんやアシェンプテル3兄弟、(見てるだけで戦いませんが)シャルールの持つAURORAエネルギーは『純粋な思い』を力に還る者。
 晴れ晴れとした気持ちで全力で戦おうとしている3兄弟のスペックは全盛期とでも呼ぶべき代物となります。

・『再誕の救済者』ヘイエルダール=アシェンプテル
 白に近い銀色の髪とオーロラ色の瞳をした細身の好青年です。
 柔和な微笑を湛え、どこか童話の王子様とでも言える雰囲気があります。

 武器はオーロラに輝く巨大な槍。
 中~遠距離レンジから高火力で確実に叩き潰していく純アタッカーです。
 単体、貫通、扇などの範囲攻撃を行ないます。
 主に【スプラッシュ】や【連】、【多重影】、【変幻】を用います。

・『再誕の救済者』ベルシェロン=アシェンプテル
 赤毛に金色の瞳をした好青年です。
 コミュ力と自己肯定感がばりばりに高い陽キャ系俺様王子様といった雰囲気。

 オーロラエネルギーを拳に纏う近接レンジの反応型のEXAアタッカー。
 単体と近貫攻撃を行ないます。【防無】【必殺】などの特性を持ちます。

・『再誕の救済者』ヴィルヘルム=アシェンプテル
 帽子を目深にかぶった金髪の長身の青年です。
 寡黙という単語が似合うクールで物静か系の王子様といった雰囲気。

 身の丈を遥かに超えるオーロラ色の抜身の刀を武器とする近接~遠距離レンジの範囲アタッカー。
 【必中】の物や【変幻】の他、【出血】系列のBSを用います。

●同行NPCデータ
・『歴代最美』シャルール=サンドリヨン=ペロウ
 トールさんとは同じ世界、同じ国、同じ時代を生きた同郷の女性。
 かつての世界ではトールさんに敗れるまで『歴代最美』と呼ばれた人物。
 今回は見届け人として同行します。

●ココロさんについて
 シナリオ開始時、ココロさんは東屋の中で囚われの御姫様になっている体になってます。
 特にデメリットなどはありませんし、HP/APも満タンです。
 戦闘に参加しても構いませんし、見ていても構いません。文字通り何をしても構いません。
 そもそも東屋なので出入りすら自由です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • オーロラの階を越えて完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年03月31日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
若宮 芽衣子(p3p010879)
定めし運命の守り手

リプレイ


 春風がふわりと流れていく。
 春先に咲く花たちの微かな香りを連れて鼻腔を擽った。
「お待ちしておりました……このような時分に申し訳ありません」
 迷いない足取りで正面から姿を見せた『プリンス・プリンセス』トール=アシェンプテル(p3p010816)を始めとする面々に対して、ヘイエルダールが微笑み告げる。
 完璧なまでに洗練された所作でもって、青年がイレギュラーズを見る
「ヘイエルダールさん……それにおふたりとも。ココロちゃんを返してもらいます」
「えぇ、それは構いませんよ。彼女はキミにここに来てもらう理由でしたから」
 微笑を零すヘイエルダールに合わせるように、赤髪のベルシェロンと帽子を目深に被るヴィルヘルムも立ち上がる。
「囚われの御姫様、推参。皆、いきますよ!」
 そう高らかにウェヌスの嘲笑を被る乙女が立ち上がり、彼女が乗る項から飛端に至るまで赤一色の馬が棹立ちに嘶いてみせた。
「3人とも、ここからはわたしの指示通りにお願いしますね!」
 高らかに、アシェンプテル3兄弟の後ろに立って『人生を贈ったのだから』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は指示と檄を飛ばす。
「――は、はは! まさか、こっちに着くなんてな!」
 思わずと言った様子で声をあげたベルシェロンは、驚いた後で拳を打ち付ける。
「ヴィルヘルムさん、わたしの前で盾役を抑えてもらえますか?」
「……あぁ」
 目深に被った帽子の下で、ヴィルヘルムが小さく応じる。
「ココロちゃん……!?」
 少しばかり驚きながらも、トールはハッと我に返り、胸元に手を置いた。
 こんな形になるとは想定外の部分もあったけれど、この状況自体は、事前に聞いていたことだった。
(……混沌に来てなければきっと違った結末だった。清々しい気持ちで武器を構える事も出来なかった)
 故郷たる星では、殺し合いのためだけに造られたような物だった。
 それが今、こんな形で相まみえる形になれるのは、きっと幸福だった。
 思い起こす、想い返す。胸の奥に抱いた気持ちを、形に変えるようにして。
(……だから僕を産んでくれた母ルーナ、兄さん、この場に共に立つ皆に感謝している)
 覚悟が決まれば、もうあとは決意を胸に輝剣を抜くだけだ。
「――勝負だ! 兄さん!!」
 宣誓の声と共に言えば、3兄弟たちが目を瞠り、どこか嬉しそうに笑った。
「嗚呼ココロ――いつぞや、貴方を押し倒した時以来ね」
 煌く紫の髪を春風に遊ばせた『流星の少女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の口元には獰猛なる笑みが浮かんでいる。
「貴方が、私に本気で歯向かうのは!」
 目の前にいる私の一番弟子の姿に全身がざわめく。魔力が滾る。
 私の大事なココロ。私の可愛いココロ。王子が持っていかないなら、私が持っていくわ。
 それはそう、他の誰でもなく――
「――私がそれを望むから!」
 満天の夢見る星の空が風に擽られ、未来を見据える燃え盛る流星の如き瞳は獰猛に笑っていた。
 夢を見せる幻影の星空を纏うは『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)だ。
 星空の魔導師は星を掴むように魔導書を開く。その背に輝く星の魔術紋が星空を作るように輝きを魅せる。
「普段の僕なら皆の想いが届くよう助力する所だけど……今回は違う。
 ココロさん。僕も全身全霊で本音をぶつけさせてもらうよ!」
 星座を思わす無限の輝きを纏う術式を展開しながら、ヨゾラはそう高らかに告げた。
「リジェネイド・セイヴァー達がココロを攫い、ココロがそう出る……なら。
 今のトールは私達の『お宝』だ。取り戻したいなら私から――怪盗リンネから、奪ってみろ!」
 手にした宝は手放さない。それが怪盗だと『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)は叫ぶ。
 仮面に顔と一緒に隠されたその真意を知るために、乙女は輝く。それは負けを認めた私だからこそ出来ることだから。
 高らかなる宣言とともに打ち出される若草色の輝きに込められた想いは熱く、輝かんばかりの色を保っていた。
「囚われのお姫様、だなんて笑っちゃう様子ね、やる気満々で相手の指揮なんてしてるんだから」
 夜の帳を思わす美しい紫のドレスに身を包んだ『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)はどこか眩しそうに目を細めていた。
「けど……ええ、良いわよ。こっちだって全力でぶつかってやるわ」
 箒に触れるように置いていた手に、自然と力が入っていく。その視線はココロから彼女の前に立った帽子の青年に移る。
 夜の流星は輝いた。目深に被った帽子の下の瞳にもその輝きを焼き付けるように。
「あなたは、ココロに盾を任されたわね……わたしも。誰かを守る為の戦いをしてきた。
 だからこそ、この場はわたしがあなたを打ち破って、そしてココロを張っ倒す!」
 黙すヴィルヘルムへと衝突すれば、思いの外に力強く受け止められる。
「……任された仕事ぐらいは、やりきらなくちゃな」
 ほんの短い言葉の刹那、極光の斬撃が弧を描く。
 しかしオーロラのカーテンは向こう側に浮かぶ魔女の真球の月を覆い隠すことは出来ない。
「みんな輝いてとても綺麗……」
 素直にそう声に漏らした『騎兵隊一番槍』レイリー=シュタイン(p3p007270)の示す此度の舞台は絢爛なるドレスこそが相応しい。
「さぁ私も全力でいくわよ」
 白く美しく彩るドレスを彩る紅いリボン、Spotlightに照らされ、相応しき舞台を示すようにレッドカーペットが敷かれれば、レイリーはその道を進む。
「王子様はお姫様を助けに行く役目があるでしょ? ここは私に任せて♪」
 トールとのすれ違いざま、レイリーは笑みを零してそう告げた。
「私の名はレイリー=シュタイン。またの名を、ヴァイスドラッヘ、白竜のアイドルよ」
 栄光ある赤き道標、3人の――いや、4人の前にてレイリーは完璧なカーテシーと共に礼を示す。
「ねぇ、かっこいい殿方、私をエスコートして下さらない?」
 伸ばした手でヘイエルダールの手を取って、優雅に紳士のリードを誘う。
 チリン、チリン、鈴の音が響く。雪融けの優しい音色は春を告げている。
 寂しかった心(ココロ)の冬が終わり、暖かな春が訪れようにと。
(正直な話、私はココロさんとは、直接会ったことが、多分ありません、です。
 それでも、イーリンさんやトールさん……あと騎兵隊の知り合いさん達の、話す話から何となく、良い人なのは判るの、です)
 柔らかに笑む『人外好きな』Lily Aileen Lane(p3p002187)は生き生きとして見えるココロやイーリンを見る。
 その口元に柔らかく笑みが零れることを抑える必要さえない。ただ、その前にやるべきことと言いたいことがあるだけだった。
(……ココロさんもやってくれるというか……この状況、魔女の力は必要ですかね?
 もはやこれは互いの想いを素直にぶつけ合う場。奪う為の力は、きっとここには要らない。
 魔女、オルタンシア。3人で愉しく観戦と行きませんか?)
 そう胸の内に漏らす『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)へと、同居人達から聞こえてきた2つの声は思いの外にブーイングに近かった。
(これ以上面白そうなものは無いでしょう、ですか……まったく、この人たちは)
 溜息を吐きたくなる思いを胸に秘めて、マリエッタは小さく頭を振った。
「そうですね、これも一応、依頼ですし……特等席で見るとしましょうか」
 マリエッタはひたとココロを見つめた。
「貴方を助ける、そういう目的があれば力は振るえましたが、敵になったのなら……貴方を殺す気なんて毛頭ないんですよ」
 リボンのように踊る血が陣を描いた。
(私がステージ作るね)
 輝かんばかりのステージで『定めし運命の守り手』若宮 芽衣子(p3p010879)はその手を伸ばす。
(私はNe-World存在定義概念拾肆項『節制』、『若宮芽衣子』。
 第四の壁の先に或る外つ世より顕れしとある調停者──その複製。
 種族は『幻遠世界の管理者』より変じ『定めし運命の守り手』。
 故に 此の身 此の心 此の鎖 素晴らしき物語の礎へ捧げる所存――)
 名乗りを上げるまでもなく、けれど確かに芽衣子は舞台を整える。
 見えな鎖を手繰り、作り上げていく。その意味は1つしかなかった。
 ――故に。誰かに聞かせるまでもなく、芽衣子は鎖を紡ぐ。
(私は 知っていた。初めてあなたの『情報』を 見た時から。男と記された 性別欄を。
 けれど、知られてはいけない。其があなたにとっての祝福にして物語だった)
 見えない鎖は穏やかな春先の庭園を包み込むように張り巡らされる。
(故に私は 物語を壊さぬよう。
 明言せず 揶揄いつつも。あなたを 見守り続けた。
 空架かるオーロラの如く 本当に綺麗な英雄譚を)
 灰を失い、黄金に輝く白の瞳が戦場を俯瞰するように見下ろした。
「――だから これは。私からの 勝手な御礼。
 最後なのに ただ一言。ありがとう と言うだけじゃ。
 足りないと 思ったから」
 小さく紡ぐ言の葉はたった一つでは足りなかった。
「――血氣盛んな あなたたちの為に。胸に秘めた 想いの丈を。
 肉体言語を以て ぶつけ合う。荘厳なる舞台を 用意したの」
 神格位を示す芽衣子の鎖は邸宅を包み込んで固定する。
「――逃げることも。背けることも。偽わることも。私は許さない。
 存分に 死力を尽くして 戦って――『私は此処にいる』と物語の 世界の 表紙に立てる程に」
 冷徹なる剃刀の如く公正なる審判者、耀き青春、その行く末を描く決闘を見届けるために。
 芽衣子はただそれだけのためにそこにあった。全ての終わりに、その一言が言えるように。


「どうした、この程度か!? それでも『心』の名を持つ者か!? 本当は誰よりもトールの隣に立って共に輝きたいんだろう!
 その輝き、先人の私が存分に教えてやるからかかってこい!」
 跳び出してきた沙耶はココロに啖呵を切った。
 それは歴戦のイレギュラーズとて突き付けられた以上は避ける事なんて出来るはずのない挑戦状。
「そんな仮面に顔を隠して本当の想いを伝えられない『錆びついた心』では奪ったところで輝けはしない。
 トールに並び立ったところでただ足を引っ張るだけだ! その仮面を外して、本『心』でかかってこい!」
 強い意志の力は天運を呼び寄せ、ココロの仮面を剥ぎ取るべくナイフを振るう手に力が籠っている。
 その言葉を受け、ココロはその視線を向かってくるトールへと向けるのだ。
 自分を証明するものへ想いを馳せる。
 ――いつからか覚えている名前のうち、"Solitude"とは何かずっと考えてた。
 ――恐らくは滅海竜からのギフト。わたしが独りの寂しさに耐えられるようにと。
「でも、もう必要ない」
 冬日の太陽を掲げて、ココロは瞼を開く。オーロラの如く輝く少年が見えた。
 今はまだ、向き合うべき人との勝負に力を尽くす少年を見る。
「トール君。わたしは”強い”人が好みなのです。
 ――だから、その力でわたしの苛立ちと嫉妬の炎を消してみなさい! 勝てたらなんでも言ってあげる!」
 怪盗からの挑戦状に応じるように、思いのたけをココロに任せるままに、叫んだ。
 不死鳥がヘイエルダールの背中を押して包み込む。
「ありがとう。ようやく本心を見せてくれて」
 トールはその言葉を受け止めるままに、短く笑みを零す。
「だけど未だ心を覆い隠そうとする仮面があるようだ。その邪魔な仮面――僕の”強さ”で打ち砕く!」
 握りしめた愛剣にオーロラの輝きを抱き、騎士は剣を振るうのだ。
「――それがキミの輝きですか、トール」
「もちろんココロと向き合う前に、兄さん達との決着もつけるよ」
 眩いばかりの極光の波動が波を打つ。
(――強い、けど。僕もここにきて、沢山の視線を潜り抜けてきた!)
「この戦いが僕達の決着、そして本当の人生の始まりなんだ、絶対に勝ってみせる!」
 思いに応えるように、オーロラの輝きは増していく。
「君達に勝ってココロさんを取り戻す。何より……君達『4人』には絶対勝つって決めたから!」
 ヨゾラは魔導書へと魔力を注ぎこむままに叫ぶ。
 叫びを聞いたアシェンプテルの兄弟達がちらりと視線をこちらに向ける。
 星空の魔術紋が鮮烈に輝き、満天の星空を思わす魔力が循環していく。
 煌く力を術式に転換すれば、星海の魔術が彼ら3人とココロを包み込んだ。
 混沌に揺蕩う星空の海に瞬く星々の主張の向こう側でオーロラの輝きが満ちている。
 全霊で放つ術式が屋敷を包み、小さな夜空を作り出す。
 星空に降りるカーテンのように、極光の輝きは褪せていない。
「――そうだ、全力で来い! 全力の君達に勝つんだ!」
 この戦いが終わる時、星空がオーロラよりも輝くことを想って、ヨゾラは魔力を束ねていく。
「まずは場を整えて……」
 獣面金色夜叉の仮面を被り、白と銀の交じり合う髪を揺らしてLilyは戦場を翔け抜ける。
 雪融けを告げるハンドベルの音色が鳴り響く。
 美しくも優しい音色はココロや3兄弟の耳朶を打つ。
 それは優しくも妖しく、弾幕を浴びるにも等しい幻惑を齎していく。
「……厄介だな」
 そう呟いたヴィルヘルムの声はLilyには届かない。
 ただ、その斬撃がLilyを狙って極光の円を描いた。
「貴方達の夢は何?」
 その様を見ながら、レイリーはヘイエルダールへと問いかけた。
 オーロラに輝く槍を杖と合わせて絡めるように跳ね上げ、弾き飛ばす。
「それは……今なお、探し続けているもの、です」
「探しつづけるために戦うのね……確かに、この舞台、皆の輝きは素晴らしいわ」
 穏やかに笑い応じたヘイエルダールの手にオーロラの輝きが集約すれば、槍は瞬く間に復元されていた。
 撃ち込まれる無数の刺突を盾で応戦しながら、白竜は歌声を戦場に響かせる。
 アイドル――レイリー自身の夢の形を示すそれに、ヘイエルダールは微笑んでいるように見えた。
「――でも、貴方達には自分の夢絵を見つけてほしいわ」
 微笑む零すレイリーの言葉に、ヘイエルダールが僅かに目を瞠る。
「だって、それぞれ別々の夢を持ち、違う輝きを放っている。
 それは、今の貴方も、貴方の兄弟達もそうよ。こんなに全力で輝いている」
 それは完璧で究極な白竜偶像は迷える子を魅了し、ファンに変えるように歌い続ける。
「だから、全力で相手をしてあげる。貴方達が夢を見つけるまで。
 それが今宵のヴァイスドラッヘのステージよ!」
 掲げた杖が頂く紅い宝玉がヘイエルダール達の注目を集めている。
「……そうですね、見つけさせてもらいますよ」
 応じたヘイエルダールが再び槍を振るう。


「イーリン師匠様。絶望の青でドレイクさんと戦った時を思い出してましたが、最近生温くなってませんか。
 騎戦の勇者だ大将だとおだてられて慢心しないよう、一番弟子が挑戦します」
 カシャームの栄光を掲げて、ココロは親愛なる師へと告げる。
 今この時だけになるのだとしても、彼女の掲げた旗に変わって自分の旗を掲げるために。
「私が生温い? 違うでしょ『戦場が生温い』んじゃなくって?」
 静かに応じたイーリンは本気だった。
「第一に、貴方がぬるいと言った戦場では『私はこの型を完成させていなかった』」
 紫苑の魔眼は冷徹なまでに愛弟子の『心』を射抜く。
「第二に、私は既に磨き上げる準備は出来ていた」
 敢えて旗(それ)を選んだ彼女へと、イーリンは旗を掲げる。
「第三に、ココロ! 貴方が私にもっと貪欲に学びに来なかったこと。
 一緒にお茶会に行かなかったこと、私がどれだけ愛情をあなたに向けているかを知ろうとしなかったこと!
 その全てに対し、折檻させてもらうわ!」
 幽世の誘いを受けた無数の武具が導かれるままに戦場を染め上げた。
 魔力の混じる呼気を残して、イーリンは真っすぐに旗の石突を大地へ突き立てる。
「あの時は、その闘志で許した。では今はどうか。
 超えてみせなさい。私を射抜いてみせなさい。騎兵隊の総大将を!」
 3年前の6月――あの日の目を、声を、熱を胸の内に思い起こす。
「――生温い私に負けるようなら破門よ」
 交えた視線に彼女が何を思うだろうか――イーリンは次の言葉を小さく笑って零す。
「そして――私がヒトとして終わるその時を。覆せるかどうかも、ね」
 対応して術式を展開する愛弟子へ、イーリンはそれ以上の飽和攻撃を行なうべく既に次の準備を終えていた。
 2人の戦いを輝く夜空の星は見つめている。
「僕は既に相思相愛結婚済だし、好きな人同士の間に割込むなんて馬鹿はしないけど!
 生温かろうが何だろうが! ココロさん以上に僕が輝いて取り戻したいのが本音なんだよ!」
 ヨゾラはその手に星を抱く。星空の魔術紋から魔導書へ。
 循環し、美しく集約される魔力の奔流は夜の空に跨る星の大河を想わせる。
 想いを束ねた星空の極撃は瞬く星のように輝いて、ココロの身体を包み込んだ。
 戦況の悪化を確かに感じながら、ココロは真っすぐに『ライバル』達と向き合った。
「――沙耶さん。あなたのオーロラがわたしは羨ましかった。手加減したらこの場で奪っちゃいますよ」
 直向きに向き合った視線が彼女達と絡み合う。
 胸の奥に燻る熱と焦れるような苛立ちを言葉に乗せて、術式を叩きつけた。
「……あなた方は! 混沌に来るのが遅すぎたんですよ!」
 酷い八つ当たりだった。
 そんなことを言ったって、それはどうしようもないことで。
 ――応じる沙耶は笑っていた。
 ようやく見えたココロの底の柔らかな物へ触れることができたから。
「そうだ、その意気だ! 堂々と私達を前にして遅すぎると言い張ってみせるその強い『心』。
 そういう本気の輝きがあったからこそ私は負けを認めたんだ」
 若草色の光が輝きを増して戦場を走る。
「尤も完全に諦めたわけじゃない――手加減したらこの場で奪っちゃう? それはこっちの台詞だ!
 手加減したら私が再び――いや、今度こそ、奪い取ってみせる! これでも昔より少しは女の子っぽくなれたんでな!」
 言われた以上は、言い返さないのは自分の心へ嘘を吐くことだった。
 閃光が瞬き、トールとココロを遮る盾を剥ぎ落とす。
 ココロの視線とセレナの視線が交わったのはその時だった。
「セレナさん。わたしからはいつも安全弁をつけているように見えます。あなたも言いたい事、あるんじゃないですか」
 こちらの想いは伝えた――次はあなたの番だと。美しく着飾った魔女へと、向けた視線。
 短く、セレナが息を呑んだ。
「言われましたね、セレナ。まさか、そんな簡単に立ち止まるなんてことはないでしょう?」
 その刹那に、マリエッタは問いかける。大切な掛け替えのない妹の1人へと。
「貴方は今まで誰の背中を見てきたのか…ああ言われたならやることは一つですよ。
 奪ってやる、ぐらいの気概で突っ込んできなさい。貴方の追いかける魔女は、そうやって歩み続けてるのですから」
 あの子には必要はないかもしれないけれど、気付けばその背を押していた。
 マリエッタには彼女達の在り方は、あまりにも眩しかった。
 その手にあるのは殺し、奪う力。
 目の前で繰り広げられる想いのぶつけ合いには、似合わない力に思えたから。
(……その分、こうして冷静に状況を見ておきますから)
 魔法陣に巡る血の循環を早め、展開した治癒術式が戦闘の傷を癒していく。
「……ねえココロ、言ってくれたわね」
 撃ちだされた魔術に強化術式を解呪されると同時、セレナは声をあげる。
 剥がされた術式を張りなおしながら、その視線をココロへと向けた。
「『遅すぎた』なんて、わたしが一番理解してる」
 マリエッタに背中を押してもらえたから、それだけじゃない。
 それはセレナ・夜月という女の個人の想い。ここから先は、意地の張り合いだ。
「――ええ、そうよ、認めるわ。『わたしは、トール=アシェンプテルに恋をしてた』
 それでも、わたしは身を引いた。だって、あなたが居たから!」
 夜に輝く月のように優しい魔力を束ね、その全てを術式へと注ぎ込んだ。
 夜守の恋心、あの夜の思い出が力を貸してくれる気がした。
「いつもトールを振り回して、試すような事して……今回だってそう。
 わたしはいつだって、お伽噺の魔法使いのように、彼を見守って、背中を押して……
 それでいいと、本当に思っていたのに!」
 月の魔力が世界樹を照らし、世界樹の祈りはココロへと呪いと祝福に変わり降り注ぐ。
「やっぱり、わたしがそうだったように、あなたも思う所があったんじゃないですか!」
 防御術式を展開して勢いを殺さんとしたココロが叫ぶ。
 乙女達の戦いが麗らかなる春に激しくぶつかり合う。
 ココロの想いを乗せた魔術を受け止めるのが男の意地であるのだとしたら、あれはきっと、女の意地のようなものだ。
「僕の不甲斐なさが貴女を苛立たせて嫉妬させてしまったのは、ごめん。
 ……僕も不安だった。貴女が気持ちを言葉にしてくれないから」
 輝剣の出力を上げたトールは飛び込むままにココロと視線を交えた。
 仮面の奥にあるその瞳が、トールを見てくれていると信じている。
「貴女が僕に”強さ”を求めるように。僕も貴女に心を繋ぐ言葉を求めたい時だってある。
『トール=アシェンプテルを愛している』――その言葉を聞かせてほしい!」
 交わった視線と共に振るうオーロラの軌跡を辿り、仮面に小さな罅が入りこむ。
「……そんなこと、言われなくても分かってよ!」
 あぁ、それは随分と残酷な台詞だった。言葉にしなければ分からないことはココロだって知っているのに。
 Lilyは続けざまにココロへと走り込んだ。
「トールさんは良い人、それは知ってるって?
 だったら、そのトールさんが真剣に悩み、考えて……ココロさん、貴方を選んだのです。
 トールさん本人も不甲斐なさ認めてますし……、ね?」
 すぅと息を吸って、Lilyは伝えたかった言葉を全部吐き出していく。
「いつか冬は終わり春が来ます。ならそれが今だと思うのです。
 冬の太陽も暖かいけど、ココロさんはきっとそれ以上に暖かな人だと思うから。
 これからはトールさんと一緒に春のような暖かさを見せて欲しいな、と私は思いました!」
 戦いの中で感じた、冬日の輝きを思い出しながら、そう最後まで言い切って、Lilyは胸を張る。


 戦いは続く。それはアシェンプテルの兄弟たちにとって必要なことだった。
 それを、マリエッタは血の陣で支援しながらも見守り続けている。
「私達、似た役割になりましたね」
 落ち着いた様子で戦況を見守るシャルールへと、マリエッタは声をかけた。
「そのようですが……貴女はいかなくてよろしいのですか?」
「ふふ、私は利己的で打算的な魔女ですから」
「それでは何故――」
 ちらりとマリエッタの方を見てきた彼女へと「簡単ですよ」と短く応じて笑みを零す。
「私は彼らを愛おしいと思うからこそ『信じている』……ただそれだけです」
 それの無粋になるような――戦いが終わるような場面が来ないように、そっとその背中を押しながら。
 マリエッタ・エーレインはその姿を眺めて続ける。
「私が手を貸さなくても……魔女の手助けなどなく、彼らは自らハッピーエンドにたどり着くと確信しているから。
 そういう意味で、この胸の内で愛しているからこそ……全て見守る覚悟ができるんです」
「なるほど、理解は出来ました」
「何か言いたげですね?」
 マリエッタは良い含むような言葉に視線をちらりとシャルールへ向けた。
「いいえ。貴女もまた、あの場にいても良い立場であるとそう思っただけです。
 ですが、嘘偽りなく彼らの道行きを見ていたいのであれば、わたくしが何かを言うのもおかしな話でしょう」
 さらりとそう返したシャルールはそれ以上の言葉を残さぬまま舞台へと意識を集中していた。
「『純粋な思い』……本当に羨ましい!」
 ヨゾラは抗戦を続けるヴィルヘルムとベルシェロンを見やる。
「僕は君達に全力で勝つ! 救出側の全員生かし! 誰よりも輝く!」
 魔導書へと再び魔力を削ぎ込みながら、ヨゾラは言い放つ。
「……何のために」
 ヴィルヘルムが短く言う。
「……僕には大切な親友で恋人な妻がいる!
 輝いて勝って帰って、彼女に素敵な話と大団円を話すんだからね!」
「……そうか。大切な親友で恋人な妻、か」
 ぽつりと呟いた青年の斬撃が戦場に円を描くように走る。
 極光の斬撃を魔力障壁で受け止めたヨゾラはそのまま魔力を練り上げていく。
 鮮烈に輝く星海の光が2人の身体を包み込む。
 星海を斬り払ったオーロラの刃の軌跡と同じ軌道を描いた蒼き彗星が戦場を迸る。
「不意に飛び込んで……打つべし打つべし、です」
 ふわりと舞った白と銀の髪、獣面に自らの顔を隠したLilyはそのまま仕込んでおいた刀で斬撃を描く。
 身長差もあって覗き込めるはずのヴィルヘルムの双眸は深くに被った帽子が邪魔で見えなかった。
 ベルシェロンの腹部に刃が突き立つ。それはイーリンが放つ光の砲撃。
「手抜かない、そう言ったはずよ」
 一の矢たる無数の光撃は退避されど、本の僅かなテンポの遅れで穿たれた二の槍は避けがたきもの。
「ベルシェロン、君とは凄く長い縁になったな……少しは思考も変わったか?」
 沙耶はその隙を衝くようにベルシェロンの懐に飛び込んだ。
「――あの日、トールを『もの』扱いしたのはすまなかった。それは謝ろう。
 だからこれは、『ベルシェロン』としての君への、そしてトールという1人の人間への、私なりの決着の付け方だ」
 天衣無縫の極地へ至った沙耶は若草色の光を纏い、赤髪の青年と視線を交えた。
「……あぁ、俺も悪かったよ。あの時は熱くなりすぎた」
 一つ息を吐いて、身体を起こしたベルシェロンは再び拳を構えなおす。
「……私達は私達の決着を付けよう」
 改めての宣言と共に、若草色の刃は星のように幾つも瞬いてその全てでオーロラの輝きを呑みこんだ。

 ――空中神殿に喚ばれるまで他人を知らなかったわたしは『心』が理解できなかった。

 トールの声を、沙耶の刃を、セレナの魔術を。
 そして、イーリンの全てを見て聞いて。自分を顧みてココロは理解できた。

 好きを人にあげられるのにその逆はできなかった。
 口では賢しらぶっても本当の意味で他人の気持ちを受け止められなかった。

 大人になれなかった――だから師匠を失望させた。

 わたしは自分が輝くより、わたしの好きな人たちが輝いてくれる方を望んでいた。
 それは今も変わらない――けれど。きっと、自分も輝いても良かった。

「ふふ、ジェニファーが言ってたのはこれだったんだ。今、人生で一番『生きてる』って感じがする」
 頬が緩むのが分かった――きっと、この戦いはわたしにとっても必要なことだったんだ。
「――わたしは本『心』に正直になれる。トール君、好きだよ! リュミエール・ステレール!」
 栄光の戦旗が束ねる星の如き燐光。
 敬愛するあの師から見て、学んで、作り上げた流星、十字に刻む輝きが瞬く。
「火を点けたのはあなたよ、ココロ。
 わたしが『誰の背を追い掛けて強くなったのか』、それを思い出させてあげる!」
 星の輝きを受け止めた夜守の魔女が、その手に魔力を束ねる。
 近く――けれど未だ遠い背中の死血の魔女は、今はセレナの背中を見てくれていた。
 彼女に不甲斐ないと思われるのも嫌だった。
「――宣言してあげる! わたしはあなたの『ライバル』だって!」
 その手に束ねた輝かしい月光を無限の光へと束ねた全身全霊の魔術がココロを包み込む。
(……でも。ええ、トールの目はココロだけを見てる)
 そう、彼の視線はいつもそうだった。
(そんなあなただからこそ、わたしも好きになったのかもしれないけど)
 仮面を剥いで、戦いを終わらせて。彼が跳び出していくのを見守って――セレナは魔力切れの身体に鞭を入れた。
(いつも誰かの為に動いてた貴女を尊いと思ってた。
 でも、自分の心に素直になって貴女もとても輝いている。ココロ殿、おめでとう)
 レイリーはココロの声を聞きながら胸の内側に笑みを零す。
 不倒の信条を胸に刻み、その背で支えてくれていた彼女の変化は眩しいものだった。
「……眩しいものですね」
 そうヘイエルダールが呟いたのを聞きながら、レイリーは振りぬかれた一閃を受け止める。
「貴方にもきっと、手に入るものよ」
「そうであってほしいものですね……まだ見つかってはいませんが、少しだけ、見えてきた気もします」
 そう、ヘイエルダールが笑みを零す。


「為すべき事はきっと分かってるはずだ――耀き合え。幸せにな」
 沙耶は改めて輝かんばかりのオーロラの騎士と彼のお姫様へとそう声をかけてその場を後にした。
 心に嘘は付けない。
「オーロラが欲しいのなら僕の人生を差し上げます。
 だから僕の隣で、貴女の手で僕を今よりもっと輝かせてください。
 その場所こそが世界の誰もが羨んで眩しくて輝かしい、貴女だけのオーロラが見れる特等席になるから」
 毀れて砕け散った仮面の下の素顔へと、トールは手を伸ばす。
「ココロにそう望んでほしい。僕がそれを望んでいる」
「……トール君」
 そっと重ねられた手と共にココロの身体を起こして、いつかのようにそっと彼女の身体を抱き上げた。
 その様子をみて、Lilyは胸の奥が温かくなって、頬を緩ませた。
「あ、もし結婚式まで進んだら、招待して下さいね♪」
 満面の笑顔でピースするLilyに2人がお互いに頷いている。
「そうですね……でも、それはこの世界が終ってからにしようと思います」
 そう言ったトールはココロを見る。
 照れた様子だったココロもこくりと頷いている。
 世界が滅んでは幸せになれやしない。
「……おめでとう、トール」
「ココロちゃん、下ろすよ」
 頷いた彼女を降ろして、トールは微笑むハイアラタールに視線を向ける。
「ありがとう……でも、これで終わりじゃない。僕達の人生はこれからなんだから」
 完璧主義の国に生まれた長兄。三兄弟の中で実質的なリーダーのように振る舞っていたのは、きっと、生まれた国の気質だけじゃない。
「……そうですね、僕達も君達のような仲間を見つけたいと、そう思います」
 こくりと頷き、彼はもう一度、「おめでとう」と笑ってくれた。
「ベルシェロンにいさん……僕の為に怒ってくれた言葉、嬉しかったよ」
 力尽きて座り込んでいたベルシェロンへ視線を向ければ、青年は少し驚いた様子を見せる。
 あの日、彼はその髪のように燃えるような熱を持って怒ってくれた。
 殺し合いのために『造られた』生命体、自分の出自を知った今なら、その怒りの理由も納得できる。
「……そうか」
 短く呟いたベルシェロンが視線を外す。照れたように見えるのはきっと気のせいじゃない。
「……ヴィルヘルム兄さん。刃を合わせることができて良かった」
 静かに黙していたヴィルヘルムが帽子を深く被りなおす。
「言葉を交わさなくても、兄さんの想いは伝わってきたよ」
 本来は得手としない盾役を務めた彼の刃はそれでも律儀なまでに真っ直ぐに紡がれた。
「……」
 黙したままこくりと頷いた兄が、呼吸を1つ。
「……気の利いたことが言えたらいいんだが、すまないな」
 呟いたヴィルヘルムへ、トールはふるふると首を振った。
「皆さん、何かは見つかりましたか?」
 ココロの問いかけに3兄弟が各々に肯定の意思を示す。
「……世界が平和になったら、少し世界を見ようと思います。自分たちの夢を見つけるためにも」
 そう、ヘイエルダールが代表するように言った。
「……ベルシェロン」
 沙耶はそんな会話を横耳にしながら、赤髪の青年へと声をかける。
 力を使い果たして座り込んでいたベルシェロンが呼ばれたことに気付いて顔を上げた。
「……少しは満足したか?」
「あぁ……アンタの方は?」
「私も、今は清々しいよ」
 さらりと2人の方に視線を送って、沙耶は笑みを零す。
 AURORAの加護は褪せることなくその背中を押してくれている。
「遅すぎた……ね。あなたこそ。彼の気持ちにあぐらかくような真似したら全部奪い取っちゃうからね」
 戦いが終わり一息を吐いたセレナは思わず苦笑しながら今回の出来事を振り返った。
 もっとも、あの様子では言われるまでも無いような気がするが。
「それにしても、ココロったら……本心なのも確かなんでしょうけど、敵役がハマり過ぎじゃないかしら、ねえ?」
 時間にしてみれば本の数分程度のことだったけれど、どっと疲れたのはその『ハマり役』に本音の端から全て曝け出されたからだった。
 全く嫌な気はしないが、独り言ちるくらいは許されるだろう。
「頑張りましたね、セレナ」
 短いながらも褒めてくれたマリエッタはマリエッタで『ハマり役』の方だ。
 それぞれ違う意味で、勝てないなと思わせてくれる人たちがどちらも『そう』なのは何の因果か。
「弟子は合格かしら?」
 レイリーは少しだけ遠巻きに彼らを眺め見るイーリンへと問いかけた。
 返答は聞くまでも無かった。その表情が物語っていたのだから。
「次は貴女の番よ、イーリン。
 貴女の夢を泡沫にさせないわ……素直になりなさい、友よ」
 ひたと見つめた相手は、レイリーを見上げてそう笑っている。
「――そうね。合格だわ。免許皆伝と言うべきかしら」
 イーリンは撃ち抜かれた場所をそっと撫でて目を細める。
 慈しむような視線は、どこか惜しむような色も混じっていた。
(あぁ、でも――素直になれと言われたら)
 くるりとレイリーの方を見やる。
「もうちょっと、一緒に居たかったわねぇ」
 静かにイーリンを見た彼女へと、歯を見せて笑う。
「私の夢は、もういいのって思う。これ以上幸せを皆から貰ったら、バチが当たるわよ」
 後光は廻る。
 練達の人工光など霞む、鮮烈な光が廻る。
「――私はね、レイリー」

 ――普通の人として、生きて死にたかった。

 その言葉は、祝福を示すべき今には相応しくないから。
 柔らかく、誤魔化すように、イーリンは笑う。
 そんなもので誤魔化されるような相手ではないことは分かっていても。

 ――諦めないでよ!
 そう叫びたい声を、レイリーは何とか抑え込んだ。
 だって、彼女の言う通りだ。ここでそう叫んだとて、それは今の雰囲気を壊すことになる。
 大切な友達が、愛弟子の旅路を見て想い馳せる熱を否定できるはずがない――だから。
「……貴女が絶対生きたいと思う夢を魅せてやる。覚悟してよ!」
 今日はこれだけを宣言することにした。
 レイリー=シュタインは不倒である。
 たとえ相手が友人の諦観であろうとも倒れてやる―――諦めてやるつもりはない。

「ありがとう……でも、今はあの二人を祝福しましょう。あれも長い旅路の、一つの形よ」
 その想い自体は、何の偽りも無い真実なのだから。

「みんな満足できたみたいで良かった……もちろん、僕も」
 白き毛並みの猫令嬢――大切な彼女へと、これ以上にない大団円のお話を持って帰れる。
 そんな祝福に満ちた光景に、ヨゾラは微笑んだ。
 ちらりと視線を移した先、ヘイエルダールとヴィルヘルムもまた、トールたちを祝福しているように見えた。
 そうして――もう一人。
 その物語の『ハッピーエンド』を見守るつもりでいた芽衣子は、その決着を見届け。
 そっと両の手を合わせる。何度も、重ねられる拍手の、最初の1人。
「おめでとう トール=アシェンプテル。心よりの言祝を あなたに送るよ」
 それは一人の読者として。一人の想い人として。その青春の決着を締めくくる言葉。
 まだまだ終わらぬ物語、人生という長編の一部が一端の区切りを得た――たったそれだけだったけれど。
 明日から――いいや、今日、これからも続く物語へと送る祝福だった。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

思ったよりもココロちゃんがメイン要素強めなお話になりましたね。
3兄弟にとっても皆さんの意地のぶつかり合いは良い薬になったことでしょう。
お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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