シナリオ詳細
<漆黒のAspire>青焔の陰り
オープニング
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男は鉄帝国の貧しい村に生まれた。
よくある話だ。油に塗れた暮らしを送ってきた。寒村に実りは少なく、食い扶持を得るために軍に志望したのだ。
軍部での戦いは汚れ仕事が多かった。
ノーザンキングスや南部戦線――幻想側からは北部戦線と呼ばれる――の不穏因子の抹殺を担当した。
巧妙な手段で潜伏する敵を討つためには正攻法では敵うまい。疑わしければ罰する。証拠がなくとも祖国を守るためだ。
そう願った。
そうあらねばならなかった。
心身は次第に崩れていく。レナート・ルノフはそうして暮らしてきた。それが仕事であったからだ。
「レナート、任務だ」
ある時、レナートは任務を与えられた。レジスタンスを匿っているという集落全員の抹殺だ。
何時も通りに熟せば良い。明確な罪などなくとも、疑わしい事を行なった事に受けるべき仕打ちなのだ。
それが国家を正当に運営するための必要な仕事である事をレナートは理解していた。
男は火を手にした。
男は、武器を手にした。
――そして、男は、見た。
「レナート」
男の目の前には同郷の者達が居た。幼馴染みと呼べる青年、その妹。そして、初恋の相手だった娘。
彼等彼女等は貧しさより集落を転々として、細々と仕事を探しその日の暮らしを繋いで居たのだろう。
その場に居たのは偶然だが、その場に居たからこそ『粛正の対象』だった。
レナートの目の前で幼馴染みは死んだ。その妹は死んだ。初恋の相手の首を掻ききったのは己だった。
失意と悔恨に溢れた。
死ぬ事さえ許されなかった。成功しなかった自決に、痛むばかりの体を引き摺るだけだった。
深々と降る雪の中に、彼女は居た。
――ホムラミヤ。
憤怒の魔種は唇を吊り上げた。身を焼く怨嗟は甘美なるものであっただろう。
悍ましき、気配を宿した女の手を握り、レナートは一人立ち上がった。
潮騒の街。
人々の声。
蒼き焔を宿した男は耳にする。
――不穏分子ハココニイル。
――海ヲ奪エ。祖国ノタメニ。
ああ、そうだ。ホムラミヤ。
お前の言うとおりだった。この世界は敵だらけだ。
だから、全て壊し尽くそうではないか。これが粛正だ。祖国に仇為す者に罰を!
●
海洋王国を襲う凶行を前にしてソルベ・ジェラート・コンテュールは先んじて『救援要請』を掛けていた。
勿論のことだが、その先は交易相手である豊穣郷カムイグラ。その他の国家は同じように影の軍勢による襲撃が続いていた。
「そちらの国の事もありましょう。力を貸して頂ければこれ幸いと考えましたが。
海洋王国の要人はシレンツィオへと逃がし、魔種による凶手さえ止めてしまえば構わないとも考えて居たのですが」
例えば、ソルベの妹であるカヌレ嬢は率先してシレンツィオへの避難誘導を行って居るらしい。
海戦であればそれなりの優位を持つ海洋王国は海を駆使した避難誘導には長けていた。
しかり、海戦で全てが終るわけではない。ホムラミヤと名乗った憤怒の魔種と、その軍勢がリッツ・パークを消し炭にせんと攻めてきたのだ。
「カムイグラ側の余力がある限りで構いません。此方からも謝礼はなにかさせて頂きます。ですから――」
「謝礼など構わぬ」
「いいえ、いいえ」
ソルベは首を振った。眼前の男が軽やかに笑うからだ。
まさかと唇が震えた。仕方が無い話だ。コンテュール卿、貴族派筆頭と呼ばれたやり手の青年は冷や汗を掻いていた。
ああ、本当に、まさか――
「必ずしも海洋は守り切ろう。
何かあった際に貴殿等の航海術は大きな武器となる。安全地であるシレンツィオへの避難も出来よう」
「ええ、そうですが、まさか」
「うむ。何があっても大丈夫なように盤石に場を整えた。カムイグラは瑞神の結界が張られて居るからな。安心して呉れ」
「ええ、ですが――」
「何か問題が?」
問題は大ありですと叫びたくなった。
ソルベの目の前には『霞帝』と呼ばれる男が立っている。今園 賀澄。カムイグラの天たる存在は意気揚々と援軍として顕れたのだ。
その背後にはきりきりと痛む胃を抑える『中務卿』の姿があった。建葉晴明その人は胃を抑えているのだろうか。
「貴方様に居て頂くとは……」
「何、問題ない。俺の目的は実は練達なのだ。あちらに、娘のように可愛がっている娘が留学している。
あの子の無事を確かめたい。しかし、俺が国でのんびりとしているのも据わりが悪い。国は陰陽頭に神霊、そして巫女に任せておるのでな」
軽やかに笑った霞帝は「それに、俺はわりと強いのだ」と楽しげに笑うのだ。
背後で『中務卿』が胃を抑えて項垂れた。その表情は「辛い」とでも物語っているかのようだった。
- <漆黒のAspire>青焔の陰り完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年03月03日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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海洋王国からの救援要請――『Bad End 8』の一員にその名を連ねたのは豊穣郷にて消息を絶ったとされる神使の一人である。
通称をホムラミヤと名乗ったその娘の襲撃に遭わせ、彼女によって運命の歯車を軋ませた者がリッツ・パークに姿を見せたのだ。
故に、であろうか。堂々と援軍としてやって来たのが豊穣郷カムイグラの使者であったことも、そして、その顔に見覚えもあったことも。
(ホムラミヤ……あの島に置き去りにしてしまった彼女の名を、忘れたことはない。
あの時、無理やりにでも彼女の手を引っ張っていれば、違う結末もあっただろうか。
……いや、オレの手では、心ではどうしようもなかった。考えても仕方ねえ)
唇を噛み締めて、彼女の名を飲み込めぬままであった重苦しい吐息に含んでから『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は顔を上げた。
「まあ、それはさておき……何出張ってきてんのさカスミさん?! そんなホイホイ来ていい立場じゃないでしょうがンモーー!!」
「はっはっは」
快活に笑った男の名前は今園 賀澄。出身は何処かの異世界ではあるが、現在は豊穣郷カムイグラの絶対的君主、天に坐す存在だ。
「だらっしゃーい! かすみちゃん! あぶねーじゃんよ! 豊穣はどうした豊穣はー!」
「瑞に任せて居る。安心しろ、これもMIKADOの仕事だろうよ」
「これもMIKADOのお仕事ってならしかたねーな!」
さらりと納得した『音呂木の蛇巫女』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)に「今園さま」と厳しい声を発したのは『豊穣の守り人』鹿ノ子(p3p007279)であった。
「賀澄でよいぞ。戦場に出てくる帝(えらいひと)は駄目な大人だ。だから、気軽に呼べば良い」
そんなことを言われたとて、困ってしまう。嘆息する鹿ノ子は彼を取り巻いた問題を経たが故に、自己の手で問題解決を為そうとしているのだろうと目の前の男を見た。
「……あまり前へ出過ぎないでくださいね」
「その……一つ確認事項があるのですが……他国のトップが前線に来てしまって大丈夫なのですかね。これ何かがあったら外交問題に発展してしまいますよね?」
恐る恐ると問うた『アイのカタチ』ボディ・ダクレ(p3p008384)に胃がぎりぎりと痛んで悲鳴を上げている『中務卿』建葉・晴明(p3n000180)は「此方が勝手に為したことなので問題にはせぬ」と苦しげな声を出した。
何も問題が無い事が一番だが、何かがあっても豊穣郷の責任なのだ。カムイグラはそもそも、世襲制ではない。賀澄に何かあれば黄泉津瑞神が新たな君主に加護を与えるのであろう。
それは分かる。それは分かるが――
「…らしい、と言えばらしい、です、が……晴さまを困らせるのは程々に、と。
そそぎさまの元へ行くのなら、お二人がご無事でないと、いけません、から!」
まるで母親のように注意をする『約束の力』メイメイ・ルー(p3p004460)に風牙も「そそぎなあ……」とぼやいた。
海域の向こう側にはシレンツィオ・リゾートも含め現在においては崩壊の危機の手の多くは及んでいない。多少の危険はあるがBad End8当人が姿を見せていないだけ安全地帯と呼ばしても構わないだろう。賀澄が心配しているのはBad End 8の活動が確認される練達に留学中の『そそぎ』か。
「ああくそ、でも助っ人としては申し分ないよ、頼りにします! セイメイさんもな! 後でそそぎの写真、いっぱい見せてやっから!」
「それは有り難いな。風牙よ、あとで少し相談をさせてくれ。そそぎとのツーショットの撮り方だ」
まる父親のような顔をして笑った賀澄に『ともに最期まで』水天宮 妙見子(p3p010644)はやれやれと肩を竦めた。
話をし続けている時間ももない。ざり、と地を踏み締めた魔種の姿を一瞥する。揺らぐ扇がふわりと風を撫でた。
「随分お労しいですね……正気でいることすらできなくなってしまうとはさぞお辛いことを経験されたのでしょう」
――それが魔種だ。魔に転じ居た者には何らかの事情がある事がある。眼前の男は『そう』であったのだろう。
鉄騎の肉体を軋ませて、蒼き焔を身に宿した男はぎらりとイレギュラーズを睨め付けた。
「……退け」
「いいえ。我々も豊穣の貿易相手である海洋王国を消し炭にするわけにはいきませんので、なんとしても道を開けて頂きます」
●
男にどの様な事情があるのかを『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は知る由もない。
語る口は上手くは言葉を紡げぬだろう。何せ相手は狂ってしまっている。
「あの人たちみんな狂ってる、でも呼び声を発してるのは1人だけみたいだね」
『無尽虎爪』ソア(p3p007025)は静かに呟いた。何となく理解出来たのは、前線を歩く男を隊長と慕う兵士達は皆、反転にまでは至っていない。
助けられる可能性がある。無論、助ける必要があるとはソルベも賀澄も口にしては居ない。賀澄は「方針は任せよう」と穏やかに告げるのだ。
「救えるものは救いまくる。それが私達だ今回とて例外ではない。――さぁ、行こうか!」
相手が何者であろうとも。構うまい。汰磨羈は地を蹴った。「展開!」と男の声が上がる。青年、レナートの指揮に従って兵士達が展開する。
青ざめたその焔の色彩にメイメイがはっと息を呑んだ。その焔に込められたのは強き怒り。決して尽きることのない鮮烈すぎる光
「……ああ、あの蒼の焔は……あの子と同じ尽きぬ怒りの焔。祖国の為、と。心を囚われてしまった彼らを、此処で止めなくて、は」
「あの子……焔宮殿か」
苦々しげに呟く晴明にメイメイは頷いた。晴明には「賀澄様を御守り下さい……ご武運を」と手を重ねる。愛おしいその人の手を握れば、力が湧いてくるようだ。
晴明は己が主君を守り抜く為にと強く頷いた。その眸に乗せられた忠誠と、後方からの支援を行なうと役割と相成った事で神力を蓄えてうずうずと身を揺らす賀澄は対照的にも見えた。
「万が一があればそこの明らかに苦しそうな中務卿に追い討ちを掛けるかと、お節介ですが、防御の術式をどうぞ」
ボディは穏やかな声音で賀澄へと術式を施した。何時か、あの中務卿は胃腸が大爆発してしまうのでないだろうか。そんなことを考えて、うずうずとする賀澄にへと告げた忠告は一応は聞き届けられたらしい。
「で、ありゃなんだ?」
秋奈は首をこてんと傾いだ。「貴様等は密偵だろう」と男が言ったのだ。密偵とはなにか。何を表すのか。「お前達は祖国に仇為す者だ」と焔が地を走るのだ。
「うーん? よくわからんけどいつも通りでいいんよな! たぶん! でもなんかしたい。でも思いつかん。そんな複雑な私ちゃんゴコロ……」
レナートに何かしたいが何も浮かばない。けれど、盛り上がって、盛り上げて『構って』しまえばこちらのものと秋奈は駆けだした。
風牙の槍の先がレナートと軍人を引き離すように気の気配を放つ。麒麟の加護を帯びた武器飾りが揺らぎ、風牙が顔を上げる。
「お前、何者だ!」
「レナート・ルノフ。我が命は祖国が為に。――粛正する!」
ぎらりと睨め付けるレナートの前で、竜の方向にも似た遥けき時を告げる清廉なる魔力の波動が広がった。九つの尾を揺らがせて、妙見子の呪術はレナートの視界をも覆った。
「申し訳ありませんが、相手をして頂きましょう。この世界が滅びることは許せぬのですから」
「おっ、たみたみすげぇ! 負けてらんねぇな!」
にんまりと秋奈は笑った。妙見子と秋奈はレナートを相手取る。その内に仲間達は周辺の兵士達の無力化を行なうのだ。
「茶でもしばきながら聞かせてやんよ。ただし遠慮はいらないぜ! 本気でかかって来いよ!」
「泣き叫べ、そして頭を垂れ謝罪しろ。我らが祖国を穢す者め!」
レナートの眸がぎょろりと動いた。その動きと共に無数の兵士達は直ぐに臨戦態勢を整えた。緩やかな動きで前線へと立ち塞がったのはボディであった。その声音は堂々とその場を揺るがすものとなる。
「お前達の祖国の敵は此処に居るぞ」と。その声音は大きく響き渡り兵士達の心を揺さ振った。怒号が響き渡った。リッツ・パークの潮風よりも尚も濃い憤怒の気配。
その中でボディはただ、堂々と立ちはだかるのみだ。その姿を眺める賀澄は「頼もしいものだなあ」とそう言った。
「助太刀をしようか。どうするのだったかな?」
「ええ。今園様。『殺さず、生かす』のです。軍人様方は所詮は瘴気(けがれ)に当てられただけです。
豊穣は――『黄泉津』の神々は決して無用な殺生は致しません。そうでしょう?」
「ああ、そうだな。俺は黄泉津の神々の力を借り受けここにいる。なれば、神使に従い、無用な殺生は避け安寧を訪れさせよう」
賀澄は手を横に伸ばした。宙より産まれた剣を手に、魔力を作り出す。彼の護衛役である晴明が「メイメイ」と呼んだ。
「はい。晴さま」
「何か気付いたならば、賀澄殿へと連携を頼む。あなたは目が良い。鹿ノ子殿も妙見子もだ。あなた方は冴えた戦いを行える。
我が主は直情故、その辺りはめっぽう駄目なのだ。俺はこの方の『絶対』が使命だ。故に――」
「任せて、ください」
メイメイは微笑んだ。統率されていない兵士達。その能力にばらつきはあれど、狂気とは即ち命を擲つと同義だ。
(瑞さまは、殺生を拒まれます――)
だからこそ、纏めて削り取り、誰一人として取りこぼさない。命を零すことはどれ程に恐ろしいかを知っているからだ。
「悍ましいものだな」
汰磨羈はぼやいた。ボディが引き寄せた者達に、そして、レナートから距離をとることとなった指揮下の軍人達に、その目が移した祖国は今や遠い靄の彼方である事が何とも物悲しいのだ。
一人、打ち倒す。己がパンドラの奇跡を分け与えるように滅びを払い除ける。彼は何を見ていたことだろう。救い、祖の先何が待ち受けているのかも分からない。
(戻れば、信じた祖国は様変わりし、嘗ての軍部の『汚泥の如き仕事』は全て闇に葬り去られている可能性もあるのだろう)
そうした存在だったのだろう。どれ程に苦しいか。良く分かる。もしも『殺してしまえば良い』と意見すればソアの牙は簡単に人の命を奪っただろう。
だが、そうはしなかった。雷の気配はびりりと鋭く穿つが、それでいて決して命を奪い取る事はしない。
「相手が優しいボクで良かったね、あなたたちは運がいいの」
獣の爪は肉をも抉る。だが、『獲物』を殺さず生かす方法は翌々知っているのだ。地を蹴った、踊る。
●
(……真面目そうな顔してやがる。こいつもまた、何かに苦しんで、そこを付け込まれたのか。ああ、本当に魔種ってやつは……!)
彼は職務に全うに向き合ってきた軍人だったのだろう。そう思えばこそ、風牙の心が痛む。
どれ程に足掻こうとも、男の将来は暗澹たる道を掻い潜るしか無かったのだろう。国家の暗部とは何時もそうだ。
だが、それを蔑ろにしたのか。それとも。
それでも、彼等の仲間を守り抜く事だけは続けて行くつもりであった。メイメイは「……晴さま、こちらに」と静かに呼び掛ける。
ひとつのアレーティア。そして、ふたつぶんのエイドス。それはメイメイが晴明に力を貸して欲しいと手渡したものだ。
倒すべき敵は彼等の中にある。どれ程に彼等が苦悩していたとしても、その苦悩に付け込む輩こそが一番の悪なのだ。
「そこから、出ていきなさい……!」
メイメイの声音にレナートが顔を上げた。汰磨羈の唇が吊り上がる。一瞬でも敵の意識が逸れたのは僥倖だ。
死角より飛び込む。眼前を押さえ込む妙見子と秋奈にばかり感けている暇はあるまい。レナートは幾人もに囲まれているのだ。
「ッ――!?」
「此方だ」
汰磨羈は囁きと共にレナートの胴を立つ。赤き血潮、だが、男の焔は赤く、赤く燃え盛る。
レナートの姿を見れば、どれ程に苦しみ足掻いてきたかが良く分かる。
(彼は、何を思って――)
そう考えれども妙見子には彼の心の底は見えなかった。もう、誰にも見えないのだろう。
ただ、攻撃を受け止めながら出来うる限りを掬い取る。それが今の妙見子に出来る戦い方なのだ。
痛々しいほどの攻撃の気配。一瞥してから、ボディはレナートに向き合った。
「そういえば軍人様、貴方達が言う『祖国』とは何処でしょうか。ちゃんと認識できていますか?」
「――」
もう、何も見えやしないのだ。魔種になる以前から心が崩れてしまった。ボディは首を振った。もしも何かを願っていたとしても容赦はしないのだ。
彼は生きているだけでこの世界を壊してしまう。愛しき者が生きる世界を護る事が出来ない事は言語道断なのだ。
「御可哀相に、祖国が何処なのかも分からなくなってしまったなんて……」
眉を顰めた鹿ノ子は、ならばと刀をそうと握り締めた。
「――せめてもの餞です。この場で『終』を飾りましょう。せめて、此処で散りなさい」
地を蹴った。何れだけ堅牢であったとて、傷を浴びせ続ければ、何時しかその刃は全てを絶つだろう。
死骸が残らぬならば、せめて、彼の生きた証だけでも祖国に帰してやろうではないか。彼の愛したかの国が動乱に見舞われたこととて屹度知らぬ儘なのだ。
(――焔が気配を増した!)
ソアが顔を上げた。焔。憤怒。そして、その内心に溢れていた復讐心の如く、レナートの口撃の気配が増していく。
「構わないよ」
ソアは唇を釣り上げた。どれだけその焔が勢いを増そうとも、全力を出される前に潰して仕舞えば構わない。
悍ましい攻撃など、その場で全て払い除ければ勝利は確実なものとなろう。
汰磨羈はちら、とソアを見る。彼女の動きに合せて此の儘レナートの怨嗟を断ち切るのみだ。
「ただ荒れ狂うだけの憤怒は、ここで終わらせてやろう――!」
「眠るときだ!」
風牙は声を荒げた。槍を手にして地を踏み締める。その命を奪うが如く突き刺す槍にレナートが呻く。
「ッ、負けて等なるものか! 祖国を守り、必ずしや勝利を! 南方を我らが領地にし、発展を!」
鉄帝国にとっての目標であったか。メイメイが唇を噛み締める。祖国を守り抜く――そう願った男を見たことがある。
メイメイの故郷は幻想王国側の国境にある。悍ましき戦いがあったことは知っている。ああ、その被害者だと彼が言うならば。
「メイメイ……。戦は人を斯くも狂わせる」
「はい」
「あなたの故郷の美しさも、きっと知らぬのだろうよ」
晴明は我武者羅になって闘うレナートを見ていた。ソアの爪先が男を抉る。焔の気配が高まった。
腕を受け止めた妙見子が「秋奈さん!」と呼べば、秋奈がするりと飛び込んだ。
「んじゃま、皆も言ってるとおり、おやすみしようぜ?」
秋奈の刀が振り下ろされる。まだだと足掻いた腕は宙を掻いた。
無数の刃が降り注ぐ。賀澄の攻撃に合わせるように鹿ノ子は前線へと飛び出して斬り伏せた。
「……どうしようもないこともあるのですよ」
ボディは地に横たわったレナートを見下ろした。彼がそうして『過ごした』頃は遠い遠い歴史の向こうであったのだろうか。
今、彼が『鉄帝』に戻ったならばその居場所もないのだろうか――その苦しさを飲み干すようにボディは「どうか安らかに」と囁いた。
ぱたりと手が下ろされる。地に横たわった男の遺骸は物言わぬ。さらさらと、その肉体が溶けるように消え失せる。
まるで、蒼い焔が全てを飲み干すかの如く――何もかもを喰らい尽くすのだろうか。それは酷く悍ましい死に様だ。
「……きみも、疲れたね」
ソアは静かに呟いた。蒼い焔の行く先に、救世の焔は待ってなど居ないのだ。
そっと遺骸の傍に残っていたドッグタグを拾い上げてから「鉄帝国に、此方を帰して差し上げてもよろしいですか」と振り向いた。
倒れ伏せた軍人達の介抱をしていたメイメイは「ソルベ様」と呼び掛ける。処遇は彼に任せるつもりなのだ。
「彼は……」
「レナートさまは、亡くなられました。どうか、安息が、訪れますように……」
目を伏せったメイメイにソルベは痛々しげに眉を顰めてから「そうですか」と呟いた。
一部始終のことはイレギュラーズに聞いた。特に、言葉を尽くしたのはソルベ相手でも臆することの無かった秋奈だ。
「秋奈さんから聞きましたが……鉄帝国の軍人であたそうですね。我々も戦争の相手ではありましたが、今は友好国だ。
……悪いようには致しません。どうぞ、海洋王国を信頼して下さい。我々は恩人を蔑ろには致しませんよ」
穏やかに微笑んだソルベに「任せるぜい!」と秋奈は笑う。それでも、亡き魔種に対しては為す術はないのだろう。
「せめて祈りだけでも捧げるか」と目を伏せってからゆっくりと顔を上げた賀澄ははた、と妙見子と視線がかち合った。
「賀澄様にはあとで拳骨ですね! あれだけ皆さんに言われたことが分かってないようですので!」
「はっはっは」
じらりと見詰めた妙見子に賀澄は楽しげな笑い声を響かせた。「本当に晴明の心労を考えなさいちょっとは……全く人騒がせですね……」と、そう嘆息してみるが何だかんだで賀澄にも考えがあることは良く分かる。
「妙見子殿」
「はい」
「皆もそうだが……世界を守る為に俺は此れから大きな戦いに臨むつもりなのだ。何せ、可愛い『娘』や『弟』もそうするつもりだから、なあ?」
振り返られてから罰の悪そうな顔をした晴明の肩を叩いてから賀澄は「と、言うわけで力を貸してくれ、神使」と高らかに笑うのだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
そそぎのことも心配ですが……世界を守るためには頑張らねばなりませんね。
GMコメント
●成功条件
【蒼炎の掌】レナート・ルノフの撃破
●リッツ・パーク
海洋首都リッツ・パークに存在する軍港。
カムイグラの援軍(賀澄&晴明)と共に、姿を見せたレナートを撃破しましょう。
設備は整っている軍港です.広々としており、障害物となるものはありませんが、隣は海です.落ちないように気をつけましょう。
●『蒼炎の掌』レナート・ルノフ
出自はOPをご覧下さい。鉄帝国生まれの軍部の青年。魔種ホムラミヤによって反転し、憤怒の魔種としてこの場にやってきました。
蒼き焔を纏っており、彼の怒りは留まるところを知りません。
全ては祖国のためと歌いますが正気でないため祖国が何処なのかも分からなくなってしまったようです。
前線で戦い肉弾戦を得意とします。鉄騎種らしく堅牢で、一撃一撃が重たいタイプですが、回避などには劣ります。
また、司令官クラスである為に指揮などにも優れているようです。
●『狂気の軍人』 20名
レナートが連れる狂気に触れてしまった指揮下の部下達です。誰もが『祖国に仇為す者を粛正する』という大義名分のために動きます。
一般人ですがスペックはそれぞれで大きく異なります。
彼等は狂気的な存在であり、寄生型終焉獣が取り憑いているものと思われます。
・【寄生】の解除
寄生型終焉獣の寄生を解除するには対象者を不殺で倒した上で、『死せる星のエイドス』を使用することで『確実・安全』に解き放つことが出来ます。
また、該当アイテムがない場合であっても『願う星のアレーティア』を所持していれば確率に応じて寄生をキャンセル可能です。(確実ではない為、より強く願うことが必要となります)
解き放つことが出来なかった場合は『滅びのアークが体内に残った状態』で対象者は深い眠りにつきます。
●同行NPC
・『今園 賀澄』
カムイグラの帝。霞帝で知られる青年です。何時もながら明るく朗らか。そして堂々と振る舞います。
黄龍の加護を帯びており、BS耐性が高いです。また、剣を虚空から召喚して戦う不思議な戦法を用います。
前衛後衛何方も可能です。カムイグラから離れると少々スペックが落ちるのは彼の戦闘には神霊の加護が大きく関わるからでしょう。
・『建葉 晴明』
胃が痛い中務卿。霞帝を守る為立ち回ります。前衛。刀を武器として居ます。
ソルベの援軍要請を受け、兵の派遣を用意していましたがそれより早く賀澄が飛び出していきました。胃が痛い。
賀澄の為ならば命を掛けられます。幼い頃からカムイグラのためにそうあれと躾られた事が大きい理由ですが、それ以上に賀澄は己にとって命の恩人に等しい相手だから、というのもあるようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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