シナリオ詳細
<漆黒のAspire>Supra Lunam sunt aeterna omnia.
オープニング
●享楽のアタナシア
ひっきりなしに掻き鳴らしたパイプオルガンのてんで外れたリズムは耳障りでしかなかった。
ガラスを引っ掻く爪先に、奇天烈なネイルがぱきりと音を立てて弾け飛ぶ。額を伝った雨水も甘ったるくて気味が悪い。
視界が赤に染まるとはこの様なことを言うのだろうか。天のささやきは地に潰え、当たり前の様に吊り上がっていた唇は力無い。
色を失った唇を指先でなぞればざらざらと想像もしていない感触がした。
「あは」
アタナシアは――笑った。
喉から手が出るほどに欲したこの人は、いとも容易く掌に転がり落ちた。
月は天にあるからこそ月なのだ。煌々と輝いているからこそ、象徴たり得ている。
今の彼女は石ころになって転がり落ちた。光ることもなければ、天蓋に飾られることもない。そんな石ころをアタナシアは大事に大事に抱き締める。
自暴自棄にはなってやいたが、此れは屹度好機なのだ。
何せ、『ぼくはネクロマンサー』だった。
そうだ。死霊遣いなどと言いながら死骸を手繰ることには余り得意では無かったけれど、彼女が言ったのだ。
――玩具で遊びなさいな。アタナシア。手慰みになりましてよ。
屹度それは天啓だった。ああ、けれど、貴女の肉体を手繰るなど罪深く畏れ多い。
真白の指先に、醜く歪んでしまった骨の欠片を組み合わせ、無残に破れた皮膚を美しく整えよう。
腐り落ちて仕舞わぬように貴女の体を組み合わせれば、陥没した頭蓋の内側に華を埋め込み一等美しい姫君へと整えられる。
「あなたの前であの様な言葉を口にするなど、ああ、なんて、ぼくは余裕のない駄目な人間だったのだろう!
ねえ、あなた様。アタナシアを叱ってください。駄目なアーティとその声音で擽って、ぼくの臓腑の全てを鷲掴んで。
ルクレツィア様。ぼくの月。麗しきぼくの全て。
ルクレツィア様――愛おしきあなた。慈愛の月、天上の調べ。ぼくに、あなた様をエスコートするだけのお役目をお与えください」
恭しく彼女の肉体を納めたのはガラスの棺。何者にも侵されぬ微温湯の愛を象徴するかの如く、花の褥に彼女は眠る。
美しいドレスも用意しよう。赤色が良く似合うあなた様。
この執着(あい)が結ぶなどと考えて等いない。
けれど、哀れな愛の仔羊に褒美を与えてくださるならば――どうか、その指先に口付ける栄誉を下さい。
「あなた様を嬲った全てをぼくが消し去りましょう。あなたの騎士として。
魔種も、人間も、この混沌も。その全てをあなた様に捧げ、あなた様の誉れとなれば、『おにいさま』は見てくださいますでしょう?」
――ぼくは、あなたに見て貰わなくったって構わない。
一等美しい星というのは、煌々と輝いて、燃え尽きて仕舞う前に願いを叶えるのだと聞いたのだから。
●
南部砂漠コンシレラ。此度の狂乱の嵐より前に『魔女と全剣王』が覇竜観測所や終焉の監視者に『仕掛けた』場所だ。
混沌各地を賑わすバッドニュースを耳に為ながらもアタナシアはその場に居た。ざくざくと地を踏み締めて砂漠を行く。
その足取りは軽やかに、そして、涼やかに。銀の髪は砂に塗れて閉まったが気にする事も無く、エメラルドの瞳はきらりと輝きを帯びている。
鼻歌を混じらせ歩く姿は機会その物であった。
女には目的があった。一つ、『聖女』マリアベルを屠る事。一つ、この世の全てを葬り去ること。一つ、それらをあるじに捧げることだ。
女は魔種だ。だが、魔種であるという以上に『あるじ』の存在を大事にして居たのだ。
命を絶てと彼女が命じれば簡単に死ぬ事だって出来るほどの敬愛と盲目。それがアタナシアという女の持った依存と恋情だった。
愛情と言うよりも執着と呼ぶべき歪んだ恋心の行く先は冠位色欲ルクレツィアであった。
山の天気よりも変わりやすく、焦げ付いたパンケーキに蜂蜜を掛けて甘ったるく見せかけた毒婦はアタナシアにとっては天上の月であった。
そう、靴を舐めろと言われれば従えるほどの忠犬は主を喪って首輪を加えて走り回っているのだ。この砂漠を。
「やあ」
アタナシアはそっと顔を上げた。
「本当は聖女(くそおんな)を殺しに行きたかったのだけれど、嗚呼、失礼、本音が出てしまった。
彼女にご挨拶をしたかったのだけれど、君を見かけてしまった。失礼、終焉獣くん。君がでっかくんと呼ばれている存在かな」
山のようにずしりと重たい肉体を有するそれは微動だにもしない。どうやら未だ眠りに就いているようだ。
此程の巨体ともなれば動かす為にそれなりのリソースが必要となるのだろう。
アタナシアもバカではない。入念な準備を整えなければこの終焉獣をどうにかすることは出来ない、が。
(このコントロール権利をぼくがとれば良いのだろう。そうすれば、何もかもを壊し尽せるか。
……ああ、けれど、ぼくがそうしたいんだ。邪魔が入れば直ぐにでも退こう。彼女を待たせては悪いから)
硝子の棺、花の褥。眠る骸を愛おしそうに見遣ってからアタナシアはベヒーモスと呼ばれた終焉獣をまじまじと眺め続ける。
「きみがぼくの物になればなあ」
聖女も、魔種も、人間も、何もかもを奪い取っていくことが出来るだろうに。
呟くアタナシアの頬をひゅう、と掠めたのは硬質なる気配だった。
「おやめくださいませ」
「ご機嫌よう」
「おやめくださいませ」
繰返す言葉を吐き出して、それはふわりと浮き上がった。魔女の使い魔と呼ばれた存在がひらひらと腕を揺らしている。
「おやめくださいませ、それは我々の所有物です。
魔女様は、全剣王陛下は、今はこの場を離れていらっしゃいます。おやめくださいませ」
「誰かしらないけれど、それはきっと聖女(くそおんな)の友人だろう。
成程、成程、成程ね。ならば君達を倒せばぼくの勝利という事か」
おとがいを指で撫でてからアタナシアは微笑んだ。アタナシアは『彼女の言葉を未だに守っている』。
あんな雑な連中には出来ない、きめ細やかでより致命的な――
私達に相応しい猛毒めいた一撃をこの世界にくれてやれば良いのです。
この獣は猛毒だろう。奪い去り、己の手の内側に入ればこの砂漠を滅ぼし、彼女の拠点であった幻想にも至れるはずだ。
そうすれば、ああ、そうすれば屹度。
「ッ、誰!」
遠巻きに声がした。アタナシアは見覚えのある幾人もの姿を見てから「ローレット」と呟く。
三つ巴、と呼ぶしかないか。イレギュラーズと共に走ってきたのは亜竜種の娘であった。桃色の髪の彼女をアタナシアは見たことがある。
(ルクレツィアさまが言って居た。あれは『冠位暴食』の娘か。
ああ、うらやましい話だ。彼は愛情深く慈しんで来たのだろう。ぼくが彼女に貰えなかった愛情をあれらは――)
アタナシアの瞳が一度イレギュラーズに向いたが、直ぐにでも『魔女の使い魔』たちへと向き直った。
「ふふ、人気者だね、ベヒーモス。
君が目を覚ましたとき、そのびいどろにぼくが映り込むことを願っているしかないようだ」
「ねえ、どうしよう。アイツ、でっか君を起こすつもりだわ……! だめ、起こさせちゃだめ!」
「おやめくださいませ。排除します」
戦場は混乱している。イレギュラーズは『でっかくん』と呼ばれた終焉獣を守り通さねばならないだろう。
ただ、唯一――利用できるとするならば。
「きみを優先しようか、魔女の使い魔。……どうやら、あの女の手先のようだから」
アタナシアはイレギュラーズよりも最も深い憎悪を向ける相手が居たことだ。
- <漆黒のAspire>Supra Lunam sunt aeterna omnia.Lv:40以上完了
- あなたさまが居ない世界など――!
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年03月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
吹き荒ぶは熱砂の如く、熱い吐息を混じらせた生の気配が如く、鬱蒼と立ちこめた滅びの雨の中を彼女は行く。
硝子の棺はシンデレラを運ぶ南瓜の馬車にも見劣りせず、姫君のエスコートのためにぴったりと誂えた。
脳内は妙なほどに静かだった。常ならば、脳内を占めている大半の情報が彼女の事であったというのに、呼吸を繰り返し、心臓が鼓動を打とうとも、彼女の情報は何一つとして更新されない。
彼女は――『冠位色欲』ルクレツィアは死んだのだ。
その死に様は惨たらしいものだった。お気に入りのドレスを引き裂いたのは屹度乙女の気紛れであったが、此れならば豪奢なドレスの一つでも贈り物にしてやるべきだった。
後悔は何にも先立つものはなく、静まり返った世界の中で寝息を立てぬ女の骸だけがこの世で最も美しく精巧な命であるように思えた。
つまり、アタナシアは酷く絶望しているという事だ。
同時に、必ずしも『クソ女』とルクレツィアの呼んだ女を許さないという事だった。
イレギュラーズなど二の次で構わないが、彼の女が一番に嫌がることは何かと考えた。
「おやめくださいませ」
配下の全てを殺し尽くし、自らがあの山の如く聳え立つ終焉獣の主とならば良いのだろう。
お人形遊びという手慰みは翌々なれている。彼女の言葉は間違いない。己の心が赴くままに動けども彼女は賞賛の掌を打ち合わせ、リップサービスの如く言うのだ。
――悪くはありませんわよ、アタナシア。
ええ、そうでしょうとも。そうでしょうとも。ルクレツィアさま!
あなた様の為ならばこの世界だって捧げてみせる。だって、そうでしょう?
『ぼくを一度だって見ていないあなたさまの目的は愛しいオニーサマに愛されることだったのだから』
ああ、お互い辛いですね。片思いって奴は。それでも、宜しいのですよ、ルクレツィア様。
愛しい人の心を守る為ならばぼくは『失恋』をしたって構わない。あなたの享楽の指先が戯れと慰めに触れて下さればそれだけで満足なのですから。
●
おやめください、と。狂ったラジオのように繰返す魔女の使い魔はひっきりなしに被害者ぶった。
アタナシアから見ればこの終焉獣を一番に目覚めさせるつもりなのは奴の方だが、突然の来訪者に対して被害者ぶれるのだからナンセンスだ。
イレギュラーズから見れば何方も敵ではあるだろう。強力な個体であるアトロポス、そして、『冠位魔種』の力の欠片を飲み干したかのように強大なる気配をその身に宿したアタナシア。
「ぼくの方が敵に見えてしまうのだから『あの女』は実に賢いのだろうね。ああ、だって、ぼくは愛しい人を殺された復讐心の獣でしかないのに。
殺した側は朝食に添えるはずだったコーヒーに間違えてミルクでも入れてしまっただけというばつの悪さ程度にしか感じていない。
いや……それさえも。今日はカフェオレでいいかなんて納得してしまえる程度しか、心を揺れ動かして屋いないだろう? そうだろう」
くるりと振り返ったアタナシアの眸が「ルル家ちゃん」と『夢見大名』夢見 ルル家(p3p000016)を呼んでみた。
エメラルドの眸は何時だって歪んだ愛情に満ちていたが今日という日はそうとは言えぬ。ぴたりと体の動きを止めて、引き抜いた真珠の煌めきを一滴零すこともなく身を固くしたルル家は「そうですねえ」となあなあな返答を一つした。
「しばらく見ないうちに随分様子が……いや、前からあんな感じだった気もしてきました」
今までが可笑しかったのだろうか。此れまでは対話を楽しみ悪ふざけでもして居たかのようだったが、そうとも言えぬ。
ローレット側にも噂は廻っている。そして、アタナシアの現状を見ればその噂は疑う良しもない。
彼女にとっての存在意義とも言わしめる最愛の人『冠位色欲』ルクレツィアは殺されたのだ。ならば、あの態度もさもありなんと言うところか。
「……もう見る影もない、というのはこういうことを言うのかしら」
『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は唇を引き結んだ。整ったかんばせには暗い影が落とされている。
「同情はします。でも貴方を否定することでしかこの世界を守れない……せめて花でも手向けることができたらよかったのですけれどね」
「ふふ。それでも、ルクレツィアさまは美しいだろう?」
うっとりと笑ったアタナシアに星穹は痛ましいものを見たかとでもいうように首を振った。
彼女の精神は歪だ。元より、ルクレツィアが存在している事を前提に生きている。彼女が死ねと言ったならば死ぬのだろうが、彼女が仇敵に殺されたこの実情ではのうのうと死ぬ訳には行かぬと言った様子だ。
「なんだァ……あの棺」
『竜剣』シラス(p3p004421)は引き攣った表情を見せた。同時に、調子が狂うとぼやく。次に会うときには『前回の礼』をして思い知らせるつもりではあったが、この状況では気持ちが煮え切ることもない。
だが、全力でやらねばならぬ事には変わらない。その上で状況も厳しいか。
(ざっと把握した感じ――アタナシアがベヒーモスに手を出すのは絶対阻止だ。
加えてあれがルクレツィアの権能を振るうなら時間をかけられない。
でもそれだけに手を割いたら俺達が使い魔達にやられる……いい塩梅で両方ともやるしかないな)
ルクレツィアの死を受けてアタナシアに変化があった事を『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)は喜ぶべきであっただろうか。
シラスの状況判断は沙月も承知している。魔女の使い魔達を攻撃した上で、アタナシアを抑えなくてはならないか。
「アタナシア、貴女も悲しみを知ったのでしょうか?
いつもと様子が違うように思えますが……ただその目は怒りに燃えているようですね」
――もしくは、あの怒りを利用して、イレギュラーズとアタナシアで仮の共闘を申し込むべきであるか。
どの様に接するかによって、此れからの戦局は変わるだろう。特に、あの『巨大な終焉獣』は危険だ。それを『里長』珱・琉珂(p3n000246)は覇竜観測所でも耳にしているのだから。
「あれに見えるんは、アタナシアですか。
相変わらず……いや、何ぞこれまでと雰囲気が違うような。心して掛かった方が、ええやも知れませんの」
「どうすればいいの?」
「……アタナシアと魔女の使い魔の双方を攻撃して、双方の戦力を減衰させるしかあらんでしょうが――」
『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は眉を顰めた。アタナシアは空気感は変わってしまっているがマリアベルを倒す事を第一に考えて居るのだろう。
気遣う様な視線を向けていた『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は内心、マリアベルを打倒することを掲げればアタナシアとの一時的な共闘も見込める可能性は認識していた。が、ベヒーモスを起こされてしまっては元も子もない。
ベヒーモス――でっか君を起こさないで欲しい理由、そして、『イレギュラーズもマリアベルを打倒する』事だけでも伝えておけば――
「アタナシアよ、そなたはガチでマリアベルを屠ろうとしておるのか」
「ああ、そうだよ。だからこの終焉獣もぼくのものにしたかったんだ。だって、そうだろう? あれを使えばあの女だって被害を被るだろうから」
「なればッ! 終焉獣になぞ、かかずらわっている場合ではないわッ!
そなたが示すべきは、この一条夢心地率いる『Happy End 8』に入る資格があるか否か……それをこの場で証明することのみよッ!」
呆然とした様子で『殿』一条 夢心地(p3p008344)を見たアタナシアは「は、はっぴーえんど……」と呆然と呟いた。
「そうじゃ!」
具体的メンバーは夢心地、ラサの赤犬に、その名を知られた一菱の剣豪だというが――
「ぼくは生憎魔種だからね。その仲間には入れないだろうけれど。『マリアベルを倒すというならば』君達はぼくの敵じゃあないかもしれない。
けれど、ルクレツィア様が至上なのさ。ルクレツィア様は何れは君達をも全て飲み込むだろうよ。マリアベルを殺せば、その次は君達を、そして世界を――」
朗々と語るアタナシアには『冥府への導き手』マリカ・ハウ(p3p009233)は眉を顰めた。
「惨めね。やっぱりあなたは醜いわ」
ぴくりとアタナシアが指先を動かしてからマリカを見た。その眸はゆらゆらと揺らいでいる。
「今のあなたはケダモノよ。失ったものに縋り付く意地汚いハイエナ。
惨めで、哀れで、私にそっくり……無様な死に様のご主人とはお似合いかしら」
「決めた。イレギュラーズも本気で潰そう。……優先順位というものがあるのだけれど。
マリアベルが此処に居らず、何処に居るか生憎ぼくは知らないなら、倒すべきは目の前だ。それって、魔女の手先と共闘するのも已むなしだろう?
ネクロマンサーの君だけは、殺さなくてはならないようだね。ああ、だって――ぼくの愛しきルクレツィアさまを馬鹿にしたのだから」
マリカは一歩だけ後退した。アタナシアは嬉しそうに笑っている。
なんたって、ルクレツィアが望んでいたのはイレギュラーズと呼んだものたちをひとりも残らず消し去ることだった。
そんな理由が出来るなら、きっと喜ばしい事だ。直ぐさまに臨戦態勢を整えた『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)が息を呑む。
(敵の敵は味方とは言うが――現実は儘ならない。それ以上にあちらが共闘を整えたというならば……)
最優先されるべき『でっかくん』の停止だけは優先せねばならない。選択肢は無数に転がっているそれを如何に拾い上げるかが、イレギュラーズにとっての大いなる選択だった。
●
「おやめくださいませ」
「やめるさ。やめるから、聞いておくれよ。ぼくがあれらを排除する。きみたちだってそうだろう?
きみのご主人様はなんといったのかな? この場を守れ? 部外者を排除しろ? それとも?」
「この場から、忌々しき存在を排除なさいと仰いました。メリッタはそのためにおります」
「レディ・メリッタ。ぼくはすぐにここを去るだろう。きみのご主人様の命令には背かない。彼等を倒しきったならば――どうだろうかな」
メリッタはじいとアタナシアを見た。手段を選ばない。マリアベルの手先であろうとも、今は目の前の『ルクレツィアの尊厳を蔑ろにしたと認識した存在』の排除に躍起になっている。
(……貴女という人は。アタナシア……。
ルクレツィアのことを何より思っているのは、今までの戦いの中で分かっていた心算でしたが)
『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は「執着心とは恐ろしいものです。まさかでっかくんを起こそうとするなんて」と唇を震わせた。
アタナシアが一時的にでもアポロトスとの共闘を選ばんとした理由は、容易に想像できる。
相手はただの防衛装置のような精霊だ。ベヒーモスが自然に目覚める瞬間まで守り抜き、イレギュラーズも排除を行なって『目覚めのタイミング』を待つのだろう。
それ故に、ルクレツィアに関してアポロトスを始めとした使い魔は何も口にはしない。そもそも、彼等を使役するのは魔女ファルカウでありマリアベル当人ではないのだろう。故に――アタナシアは『ルクレツィアを侮蔑したと認識した相手』を撃破することを目的にしたのだろう。
回復手であるゲオルグは戦場の要そのものである。一人でも倒れてしまえばそれだけで天秤は不利に傾きやすい。特にこの現状ではアタナシアという暴れ回る存在をどの様に窘めておくかが肝要か。
ゲオルグの視線の先、静かに息を吐いてからマリエッタはアトロポス――メリッタと名乗る『魔女の使い魔』を一瞥した。
彼女の腕に刻まれた印は魔力を帯びて行く。マリエッタの肩を叩いたのは魔女の気配。くすりと笑う声が聞こえるが力を貸してくれるというならば無碍にもすまい。
「いきますよ、『魔女』」
クスクス――脳内で笑う声が響いた。混迷としたこの状況。只中に居るならば苦しいが、心は何処か楽しいとさえも感じているのだ。
進む決意と、信頼が力となる。マリエッタは自らに自己強化を施して小さく頷き合った。メリッタを自らに惹き付けていれば良い。その間に地を蹴って飛び込む沙月がリトスの半数を減らしてくれるはずだ。
素早く駆けだしたチェレンチィは周辺の気配を一瞥し、慈悲の刃を握り込む。蒼空への飛翔を行なう『幸運の鳥』、そう呼ばれることのない監獄島に生きた罪人の娘は心に静を取り戻す。動作の無駄を削ぎ落とさねば勝てる相手では無い。
何せ、此れまで闘ってきたアタナシアとはワケが違う。あれは準冠位と呼ぶべきだ。あの『棺』で眠る姫君は如何様に力を振るうか定かではあるまい。
「今、貴女と面と向かってて期待する必要なんて無いのです。アタナシア」
「星穹、きみのことは愛おしいけれど、ぼくはね、たったひとつの星だけを見ていたのさ。
分かるかい? ぼくの麗しき月は、何時だって空より全てを照らし続けなくてはならなかった筈なのだからね!」
憤ったアタナシアは手が付けられないか。星穹は眉を顰めた。メリッタを引き寄せるマリエッタと同じように魔女の使い魔達を自らの元へと呼び寄せる星穹は「分からず屋」と呟いた。
「本当にそうですよ! アタナシア!」
ルル家が地を蹴って飛び込んだ。運命は自らの手で選び取る。そうやって生きてきた娘は真珠の煌めき宿した刀を勢い良くアタナシアへと振り下ろす。
周辺の魔女の使い魔は今はさしたる敵ではない。引き寄せてくれる仲間には信頼を。ただ、真っ向からアタナシアに向き合うだけだ。
「お久しぶりですね! 何だか綺麗な棺を持参されたようですが、イメチェンですかね!」
「ルル家ちゃんは何処かに行っていたのかい? きみと会う時間が少なかったようだけれど」
「まあ、いろいろと! その間に随分変わったようで心も痛みますが、世界を壊させるわけにはいきませんからね!」
中段、胴体を狙うように振るう剣をレイピアが受け止めた。その細い刀身であろうとも、受け止めるアタナシアはやはりネクロマンサーと言うよりも剣士の方が向いている。
ネクロマンサーのように振る舞っていたのはルクレツィアのオーダーであったのだろうか。戦い方は確かに変容した。雰囲気の違いはそうした部分にも溢れているのだろうか。
「会いたかったぜ、クソ野郎。プレゼントの礼がまだだったからなァ!」
「ああ、きみか」
アタナシアはシラスを見て微笑んだ。無視をするワケでもないのだろう。シラスは相対するならば躊躇してなるものかとアタナシアに食らい付く。
不択手段こそがシラスの戦い方だ。どの様な手段でも構わない。何を使ってでも食らい付く。
子犬と呼ばれた少年は、今や竜の牙として幻想を嘗て牛耳った大魔種の側近の喉元を狙う。歴戦の戦士として真っ向から見据えやる。
「プレゼントには余り喜んでくれてやいなかったけれど――?」
「はん、そうだな。それでなんだ? 死霊使いのテメーがそれ引きずってんのは馬鹿みてえだな!」
「ふふ、次はぼくの操り人形になる名誉をプレゼントしようか」
レイピアの先がシラスの指先につんと突いたか。気にする事は無い。突き刺さろうとも止まることは無い。
淀みない攻撃だ。この状態ではアタナシアの頭からベヒーモスの存在は抜け落ちただろう。
後方支援に徹するマリカはその様子をじいと見詰めていた。アタナシアは前線で闘うことこそを得意とする存在だ。
ネクロマンサーであるのはマリカも同じ事。だからこそ、マリカは『アタナシアは棺を用意していただけで死霊を繰っていない』ことに気付いただろう。
「ほら、前線で惨めに食らい付くしかないのだから、惨めでしょう」
マリカは眉を吊り上げた。哀れなケダモノだ。眼前で暴れ回るのはネクロマンサーと名乗り上げる資格もないタダの魔法騎士ではないか。
その様子を見詰めている夢心地はと言えば、魔女の使い魔もが連携しイレギュラーズを狙うこの状況は些か危険であるとも認識していた。
「聞けィ! アタナシア!
麿は此れよりマリアベルとの戦いに赴く。例えその一戦できゃつを倒せずとも、次に繋がる情報を持ち帰るだろうよ。
アタナシアが求めるのであれば、決死の思いで得たそれを全てくれてやっても構わぬ!」
堂々と告げる夢心地に「願ってもない誘いだけれど」とアタナシアは笑った。
「けれど、ぼくの愛しく麗しき月を邪険にしたやつらをこらしめなくてはならないんだ。君の名前は?」
「一条 夢心地! 『Happy End 8』の一員よ!
アタナシアよ、真にマリアベルとの一戦を望んで居るのであれば迎え入れてやろうぞ! なーーーっはっはっは!」
軽やかに笑う夢心地に「夢心地」とアタナシアは呼び掛けた。彼女は、アタナシアは『他人などどうでも良い』のだ。
故に、アタナシアが名を呼ぶことは珍しい。幾度も戦いを重ねてきた星穹やチェレンチィ、沙月の名は呼ぶ。賭けにて名を呼ぶことを求められたルル家に、贈り物を選別して運んでいったシラスのことは認識しているだろうか。
だが、アタナシアは『シラスがルクレツィアのことをそれと呼んだ時点で』彼の名を呼ぶことはないだろう。何せ、アタナシアという人間は単純なのだ。
ルクレツィアを物扱いするだとか、惨めだと認識した者は人では無い。ただのけものだ。けものの命は淘汰するに限るのだ。
アタナシアがシラスを、そして、一番にマリカを見る瞳は冷たい。その気配を確認しながら星穹は唇を噛んだ。
(アタナシアは本当に単純な人間。だからこそ、ルクレツィアに帯する言葉を見逃さず、真逆、魔女の手先と手を組むとは)
それは支佐手とて同じ認識であった。双方の戦力を減衰させることが目的だった。琉珂にもそう告げていた。
(こん棺は……ほうですか、主の仇討ちに。敵ではありますが、哀れなもんです。余裕のある状況でありゃ、本懐を遂げさせてやりたいところですが。
その主の仇討ちの前に、主を愚弄する者を、倒すのはまっこと素晴らしき忠義)
支佐手にとっても『アタナシアの依存』は予想外な効果を発揮していたのだ。良く分かる、そうしたときに彼女がどう言われれば足を止めるのかは。
「……こん場は痛み分けっちゅうことで、どうですかの。何も、傷付け合う必要はありますまい」
「どうして?」
「わしとて敬愛する主を持つ身。おんしの気持ちは、痛い程良く分かります。
主が討たれたんでありゃ、わしも同じ事をするでしょう。ですが、復讐は成し遂げてこそ。
おんしが此処で死んでは、主も浮かばれんのではありませんかの」
「ぼくはしなないさ。きみたちが、死んでしまうのではないかな」
せせら笑う声音に支佐手は首を振った。彼女は何れだけの傷を負っても気付かないかのように振る舞うだろう。
レイピアを手にネクロマンサーのくせに『不得手』な死霊術を駆使せずに前線で思う存分に暴れ回る。痛々しいほどの献身だ。
星穹の周囲に存在する使い魔達を巻込み乍らも支佐手は「わしらと相対したとて、何も得る者はなかろうに」と呟いた。
「目的は黒聖女(マリアベル)。そうでしょう」
「ああ、そうだね。あの女だ」
「わしらとて、それを倒したい。ならば真に手を取り合うべきは――」
「そうだね。それも理解は出来るさ。けれどね、『ぼくは怒っているから』」
支佐手は首を振った。当初の通り出来るだけ魔女の使い魔を倒しながらアタナシアを巻き込み積極的に撤退を促すしかあるまい。
「アタナシア」
星穹は呼んだ。「死んだ命は戻らない。命を沢山踏みつけにしてきた貴方が一番、理解しているでしょう」と。ネクロマンサーであったからには、よくよく理解してきているはずだと。
「愛したことが罪ではないし、死んでしまったことが罰でもない。
アタナシア。貴方の想いは、けして。星屑なんかと一緒にしていいほど、ちっぽけなものではありませんでしたよ」
その執着心とも呼べる愛情は恐ろしいものではあった。星穹の周辺の魔女の使い魔を薙ぎ払う沙月も、アタナシアに肉薄するルル家もよく分かって居る。
そうだ。だれだってアタナシアという存在の『行動理由』と『存在理由』を分かって居る。
――ne vivam si abis(あなたが去ってしまったら、僕は生きることをしたくない)。
そう願うほどの強い愛情に突き動かされた彼女はここにいる。ただ、愛しき人の望みを叶える為だけに。
それはこんな場所で戦っていたって叶わないのだ。支佐手のいう仇討ちだって、この場では叶うわけもない。
「だからもう、お帰りなさいな。
きっと眠る彼女が紅茶でも欲している頃合いだと思いますし……それに――貴方と決着をつけるには、ここはあまりにも煩すぎるから」
「きみは、迚も魅力的な女性だよ、星穹」
彼女は唇を吊り上げてからそう言った。それでも、まだ、手は止まらない。
止めようが無かった。踊り出してしまったならば。曲が終るまでは足を止めることはない。
●
鋭い癒やしの気配は、眩い光の如く広がっている。ゲオルグはただ、仲間達の消耗を意識しながら癒やしを続けて居た。
(押されているか、やむを得まい)
ゲオルグは舌を打った。回復を示唆さえ続ける。それでも、じりじりと後退している。後方に存在する『ベヒーモス』――でっかくんへと気概が及ばぬようにと、それだけを考えた。
魔女の使い魔を引き寄せるマリエッタの損傷も激しい。何せ、目の前に居るのはアトロポス。生半可な存在ではあるまい。続々と増えていく。そして、姿を掻き消して行く。
マリエッタと向き合っているアトロポスは『自身等を攻撃しないアタナシア』を一先ずは標的に定めていない。
全く以て外方を向いたアタナシア。今の魔女の使い魔は、自動的に自身等の相手をするイレギュラーズに標的を定めたか。
三つ巴であったが、二手が双方の理となる部分を見付けて手を組んだ。この状況は宜しくはない、が、打開策は難解なパズルの向こう側にある。
「……アタナシア」
沙月は呼んだ。「元より、アトロポスとあなたは同一の組織ではないと?」と確かめるように声を掛ける。
「どうしてそう思うんだい。麗しきぼくの沙月」
ぼくの、という呼びかけには眉を顰めたが沙月はそれ以上は何も言わなかった。
「仲間割れをしているように見えるではありませんか。私達からすればあなたたちは魔種でしかない。違いますか?」
「ああ、違わないさ!」
レイピアが鋭く、チェレンチィの頬を掠めた。沙月はおしゃべりなアタナシアが何時も調子を取り戻しつつある事に気付く。
アタナシアの意識が向くのはチェレンチィの眸を愛でるかのようだった。美しいと褒め称えるその声音は、ぞうと背筋を走り抜けていくが悪い気はしないのだ。
「けれど、ぼくにとって魔女等の使い魔も、きみたちも敵でしかない! そうだろう?」
「ええ。ええ。理解は出来ます。ならば、あの獣を起こし手を出すよりも、従順な使い魔を屠る方がよろしいのでは?
何せ、制御出来るか分からない獣でしょう。それに獣を起こしたとしてもそれを利用される可能性もありますから……」
「そうだね、沙月。だから、ぼくは今の全ての怒りを昇華してしまったら、きちんとアトロポスを殺すよ。
大丈夫さ。きみたちのお陰でぼくも苦労なくこの場を手に入れる事が出来るだろうし。そういう、ものだろう?」
沙月は眉を顰め、チェレンチィは「そうでしょうとも」と言った。それはその通りだ。イレギュラーズとてそう狙っていた。
(ああ本当に――感情的な魔種ほど扱いにくいものはない。此程までに本性を曝け出し、自己の在り方を宣言できるとは)
眉を顰めるマリエッタは常にメリッタを見据えていた。傷付く。血潮の気配。眸に宿された魔力が死血の魔女の囁きの如く身を包み込む。
アタナシアへの対応が終るまでは防戦メインだ。耐え続けろ。ゲオルグが、その間も広域を見据えるチェレンチィとの連携を元に癒やしをくれる。
全てを星穹に任せるわけにも行くまい。「星穹さん」と呼び掛けるマリエッタは、並のように押し寄せる使い魔達を見詰めていた。
(攻めすぎてはならない。削りすぎてはならない。この作戦も捨てねばならない――!)
もはや、そうしている暇も無い。アタナシアの方が口が達者であったことは予想外ではあったが、アタナシアが魔女の使い魔を利用して来た時点でイレギュラーズは戦い方を大きく方向転換する必要があった。
マリエッタの前のメリッタにもまだまだ余裕が溢れているか。
「無事か」
「ええ。無事です。けれど、耐久戦を続けて居れば何れは起きてしまう」
マリエッタは重苦しい息を吐いた。背後のベヒーモスの元へと押されている。此の儘ではベヒーモスを起こす可能性が出てくるのだ。
流れ弾などないように。アタナシアの意識を引き寄せる事を続けるルル家にも僅かな焦燥感が襲い来る。
「大事なものなら閉まっておいて欲しいものですね。流石に元敵とは言え、遺体を損壊させて喜ぶ趣味はないんで!」
「流石だね、ルル家ちゃん。ぼくはそのことばがあればより喜ばしく思えるよ!」
嬉しそうに笑ったアタナシアにルル家は「喜ばせるために聞いたんじゃないですけど?」と呟いた。
「時にアタナシア、貴方死後の世界って信じてますか?」
「きみは?」
「拙者も心底信じている訳ではなく、あれば良いなと思ってる程度ですが――
貴方を殺して、ルクレツィアと同じところに送って差し上げますよ。まず間違いなく2人共地獄でしょうしね」
アタナシアはエメラルドの眸をぱちくりと瞬かせてから「それは悪くないな」と呟いた。
「勝てるとでも?」
「勝ちますよ。なにせ拙者は『アタナシアに勝利した超絶美少女の』ルル家ちゃんですからね!」
どれだけ強力な魔種であろうとも、ルル家は怯えることもない。迷うこともないのだ。アタナシアを此処で野放しにはできまい。
でっかくんと呼ばれる終焉獣を刺激しないように。出来るだけ、出来るだけその息を潜め続ける。
(戦線を瓦解などさせるものか――!)
ゲオルグは渋い表情を浮かべた。何処まで攻め立てられるかは分からない。砂漠が吹き荒れる。魔力が僅かに乱れ、揺らぐ。
回復の魔術の基礎の基礎。全てを支える事を最低限のルーリングとして護り続ける男の額にも汗が滲み始めた。
「アタナシア」
呼ぶ。マリカの眸が見開かれる。
「――おいで、冥府(ドゥアト)に送ってあげる」
ぎらりと睨め付けた。親近感を否定されたほんの少しの仕返しに、ネクロマンサーとして彼女を超えたい意地。
己の過去への地場津的意識を最大限に込めるが、それでも奇跡は容易に起こることはない。
ルル家が言う様に、あの哀れなケダモノを主の元に送り届けてやるつもりなのだ。
至近距離に近付いた。ネクロマンサーは接近戦が苦手であるかのように思われやすい。だから? ――マリカは、その為の準備を怠っては居なかった。
腹を食い破る『オトモダチ』は容易に笑うだろうか。その意識をアタナシアに植付ければ良い。
はらわたの一つでも、喪えば動きは止まる。叩き付けた攻撃がアタナシアの臓腑を貫けども、彼女はくつくつと喉を鳴らして笑うのだ。
「ぼくも、くちづけをする距離は得意なんだ」
鋭くレイピアがマリカに突き刺さった。どちらもネクロマンサー。どちらも至近距離での戦いを厭うては居ない。
「テメェッ――!」
勢い良くシラスの拳がアタナシアに叩き付けられた。レイピアが軋む音を立てた。其の儘引き抜き寄りをとるアタナシアが笑う。
「きみのことも、一撃、プレゼントしなくては」
「やってみろよ」
「贈り物をした仲なのに、ツレないね」
くすくすと。唇を吊り上げ笑ったアタナシアが地を蹴った。無数の魔女の使い魔達と同じように、イレギュラーズだけを見ている。
沙月は魔女の使い魔たちを払い除け「アタナシア!」と呼んだ。
「ッ――!」
息を呑むマリエッタは目の前でぱちくりと瞬くメリッタを見ている。
「おひきとりください」
淡々と言う。その声音に何の感慨も籠って等居ない。
「おひきとりください」
まるで幼い子供がそう言うようにと習っただけのようだった。雑然としたスピーカーから流れる音声のように平坦で、感情の欠片の一つも込められてない大根役者のような言葉回し。
マリエッタが膝を付くよりも先にゲオルグが回復のまじないを捻じ込んだ。星穹が更に声を上げ、自らの体を盾とする。
全てを拾い上げるようにと支佐手が魔女の使い魔達を巻込み、沙月がそれらを淘汰する。
それでも、押されている現状には違いが無い。
(このままでは――)
シラスは息を呑んだ。ルル家がつい、と顔を上げたのは影が覆い被さったからだ。
轟々と音が鳴った。
ゲオルグははたと顔を上げ「皆」と声を荒げた。
「これは――!」
ゲオルグは傷を負いながらも未だ笑みを絶やさぬアタナシアを見た。イレギュラーズの精鋭を前にしているのだ彼女とて無事とは行かぬ。
それでも楽しそうなのは、これは執念だ。
ゲオルグはごくりと息を呑んだ。彼女は『マリアベルが嫌なこと』だけを求めて動いている。
「さあ、おはよう、プリンセス」
月を眺めるような仕草でアタナシアが顔を上げる。その刹那に、シラスは飛び込んだ。
「アタナシアッ!」
「ふふ、君はぼくを愛しすぎているよ」
それでも、その愛情は『嫌いじゃあない』
物音に、ぎょろりと瞳が動く。そして、その眸は確かに傍に居た『パンドラの気配』を察知した。目覚めたがまだ体は動かないか。
それでも、身震い一つで地が唸る。身構えるイレギュラーズを一瞥してからアタナシアは「ふふ」と小さく笑った。
緩やかに後退する沙月をアタナシアは見ていた。ただ、可愛らしい蝶々が舞い踊る様を見詰めているかのような顔をして。
「お逃げよ、沙月」
「……あなたは?」
沙月は構えたままアタナシアを見ている。一等美しい笑みを浮かべて見せたのは、恋をしている表情であったからだろうか。
ひっきりなしに脳内に響いていた旋律は、狂ったワルツを踊ることもなくなってからぴたりと音を止めてしまったらしい。
これまで楽しいと言わんばかりに様々な文字列が踊っていたのだが、どうにもこうにも無になってからアタナシアは楽しみを見付けられずに居た。
「ぼくも、これでさようならさ。……せめて、きみたちの仲間をひとり、ふたり、ぼくのものにしてしまえばよかったのだろうか。
そうすれば『そんなこと出来ていないマリアベル』は悔しがってくれただろうか。
きみたちがぼくにした同情と憐憫の眸を束ねたブーケとしてぼくは頂いていこう。けれどね――星穹、分かるかい?
君が言ったとおり、眠る彼女と楽しいティータイムをした後であったって、ぼく達が最後のワルツを踊るときは中々やってやこないのさ」
「何を……」
虚ろな視界で星穹は問うた。こんな場所では煩すぎて、碌に決着を付ける事なんてできやしないと。
その言葉を覚えていたからだろう。アタナシアはイレギュラーズにとどめをさすという選択はしなかった。
そして、支佐手が言ったのだ。『この様なところで何の仇討ちも成せやしない』と。アタナシアと手其れは良く分かっている。
アタナシア自身は魔女の使い魔達を殺し終ってからベヒーモスを起こせば良いと考えて居た。それをマリアベルが嫌がりそうだからだ。
夢心地が言った通り『終焉獣なんてどうでもよくて、マリアベルを倒す事が第一』だったのだけれど。
――その説得を行なうまでの余裕をイレギュラーズは持っていなかった。
アタナシアにとっての唯一無二の闘う理由であったルクレツィアを明確に否定した言葉が彼女が敵対した存在という認識に至らせたのだろうけれど。
「星穹と……そして、そちらの忠義の君の言葉に免じてぼくは帰ろう。起きてしまったけだものはルクレツィアさまを傷付けてしまいそうだもの。
ああ、けれど。また出直すだけだよ。次に会ったなら、ぼくはきっと、君達を殺してしまう。
きみたちを殺さないで良い理由を、ぼくに与えておくれ。ぼくにとっての一番はあの『クソ女』を殺す事なのだから――!」
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
とても意地悪なロケーションだったと思います。このシナリオで難易度はアタナシアの動き方で大きく左右されるものでした。
アタナシアは『でっかくん』に対して実はそれ程の執着をしていません。言葉巧みに誘導すれば、皆さんと協力する可能性もありました。
NGはただ一つ。アタナシアの前でルクレツィアを馬鹿にすることです。
それではまた、別の幕にてお会いしましょう。
最後は全ての終わりの場所で。
GMコメント
●成功条件
・『魔女の使い魔』の撃破
・アタナシアの撤退
●失敗条件
・『でっかくん』が目を覚ますこと
●フィールド情報
ラサは南部砂漠コンシレラ。でっかくんと呼ばれる終焉獣が鎮座しています。
その付近です。迚も距離が近いので流れ弾などには注意して下さい。ベヒーモスは堅牢ですが、刺激を与えすぎると起きてしまいます。
でっかくんを守るように皆さんは立ち回ることが可能です。眼前では魔女の使い魔とアタナシアが立っています。
●エネミー情報(1)
・魔女の使い魔『リトス』30体
魔女ファルカウの使い魔です。でっかくんと呼ばれた存在を守る為に位置します。
非常に淑やかに話し使用人のように振る舞います。前衛タイプの個体です。精霊を思わせ、森の気配を漂わせます。
それ程強くは在りませんが、統率する『ダクリュオン』の指示に従い連携を行ないます。
・魔女の使い魔『ダクリュオン』 3体
指揮官の個体です。魔女ファルカウの使い魔です。リトスを統率しています。
各々が10体ずつ指揮や回復を行ないます。リトス達はダクリュオンを守るように振る舞うようです。
・魔女の使い魔 アトロポス『メリッタ』
全ての統率個体です。リトスを産み落とすことができるようです。森の精霊です。みつばちを思わせます。
非常に強力な個体です。敵勢対象と認識したアタナシアとイレギュラーズの排除を行なおうとしています。
必要以上にでっか君にちょっかいはかけません。
●エネミー情報(2)
・『享楽』のアタナシア
色欲の魔種。冠位魔種ルクレツィアに心酔している女性です。男性のような口調で語らい、ルクレツィアの騎士を自称しております。
ちょっと色々(TOP『狂乱』)ありました。現在は硝子の棺を所有し、移動を行なっています。
美しすぎてごめんなさい。ナルシストです。お喋りです。ただ、常識は余り通じません。ノリはとっても軽いですが、本気です。
目的はマリアベルの撃破、魔種と人間と滅びの全てをルクレツィアに捧げることです。
マリアベルを優先するため、皆さんは言葉巧みにでっかくんからその意識を逸らして下さい。
・『硝子の棺』
冠位の亡骸とアタナシアの能力と――恐らく『愛』が(色欲同士ですし)歪んだ共鳴をして真価を発揮し、強大な呪物(アーティファクト)として機能しています。
これによりアタナシアは『普通の強力な魔種』であるに関わらず、準権能というべき特殊能力を使う事が可能になりました。
また憎悪と悪意で更に能力も強化されています。
・ネクロマンサー。無数の死霊を手繰り戦います。
・非常にEXFが高く、ネクロマンサーでありながら前線で戦う装備を有しています。魔法剣士と呼ぶのが相応しいでしょう。
・完全に魅了した者を魂の傀儡にする事が可能です。硝子の棺の効果でしょう。
また、他に『特殊な能力』がありますが此処が砂漠で人気が無いことから判明していません。
●エネミー情報(3)
・でっかくん
ベヒーモスともアバドーンとも呼ばれる存在です。今は眠りに就いています。
起こしましたが直ぐに力尽きました。魔女ファルカウや全剣王ドゥマが餌集めをして居るようです。
ただ、動く気力が無いだけですので、ちょっとちょっかいをかけ過ぎると動きます。動けばオアシスが消滅します。
●同行NPC
・珱 琉珂
覇竜領域に近いために様子見をして居ます。戦場では余り動きませんが見聞きした事を持って帰るお役目は致します。
フリアノンの里長。何かがあれば前衛で戦います。猪突猛進系ガールです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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