PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<漆黒のAspire>生ける災禍

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●壊世の焔
「ヨウヤクネ」
 嗚呼、と女は立ち上がった。全く、ずいぶんと待たされた。それは魔種と成ってからを考えれば短い時間だが、それでも"待つ"という行為自体が苦痛でしかなかった。
 燃やしていいと言った。海洋か深緑か、とあの男は言っていたが、深緑には魔女が行くらしい。
 どこであろうと、燃やせるのならばどこだって良かった。感情のままに、怒りのままに、動くものも動かぬものもヒトの営みを感じさせるものを全部無くしてしまえれば良かったのだ。
 ようやくその時が来たことに、女はニィと口端を持ち上げた。

 嘗て、少女はイレギュラーズであった。
 過去の記憶を失った少女は、天真爛漫を体現したような性格であり、しかしてどこか不安定な危うさもわずかに感じさせていた。
 それが大きく揺らいだのは、豊穣にて母が見つかったからだ。
 揺らいだ方へと手を伸ばしてしまったのは、母に"呼ばれた"からだ。

 ――焔宮 鳴。
 その名前は姉のものであった。

 ――焔宮 ■。
 その名前は思い出されることなく燃え尽きてしまった。

 ――ホムラミヤ。
 そう、これこそがワタシの名前。
 世界を壊す焔そのもの。生ける災禍。

「サア、行キマショウ――」
 ホムラミヤの目の前に、より昏い闇が開く。周囲に集っていた気配がざわめいて、ぽつぽつと灯りがともった。
 否、灯っているのはその気配ら自身であった。形状は様々であるものの、その身に炎を纏った異形たちがホムラミヤを取り囲んでいる。
 それらが、まるで百鬼夜行のようにホムラミヤの後ろを付き従って闇へと吸い込まれていった。


●終焉カウントダウン
 果たして終わりはいつ来るのだろう。バシリオ・レケホの脳内には、いつしかそのような疑問が生まれていた。
 それは世界が救われることによる終わりか、世界が滅亡することによる終わりかなどわかりはしないけれど――。
(いいや、世界は救われるんだ。そのための活動なんだから)
 今、どうして"わかりはしない"などと思ってしまったのか。疲れているのかとバシリオは小さく頭を振る。
 慈善医療団体『オリーブのしずく』は、魔種増加を防ぐために医療や支援を行う団体だ。原罪の呼び声に耳を傾けなくて良い環境が出来上がれば、反転することはないのではないか。その考えに賛同を示しているからこそ、バシリオはこの場所にいる。
 ――だが、現実はどうだ?
 バシリオの中で疑念が持ち上がる。ずっと誤魔化そうとしてもできなかった、心の中の小さな染み。
 世界が終焉へと向かいはじめ、悲劇も争いも絶えない世の中。連日あちらこちらへ向かっては激戦を繰り返た。
 その先で救えた命はどれだけあった?
 その先で救えなかった命がどれだけあった?
 活動にのめり込めばのめり込むほど、この手が救える命の限界が、この手の小ささが思い知らされる。救えたと思った命が零れ落ちたことだってどれほどあっただろう。
(それでも、戦わなければいけない……)
 今、絶望のただなかにいるとしても。この身が戦える限り、救える命がある限り、手を伸ばさないと――救うことだって、できないのだから。


●ローレット
「ホムラミヤが現れました」
 硬い面持ちでブラウ(p3n000090)が告げたその名に、小金井・正純(p3p008000)と笹木 花丸(p3p008689)はぴり、と空気が張り詰めたのを感じた。
「……とうとう現れたんですね」
 正純の言葉に頷いて、ブラウは地図を広げる。
「事は急を要します。彼女が現れたのは海洋の――王都リッツパーク。それも中心部に突如現れました」
「そんな場所に? 一体どうやって……」
 怪訝そうな冰宮 椿(p3p009245)の呟きに、ブラウは尤もだと返した。
「世界各国に、影の領域が出現したとの報告が来ているんです。彼女はその出入り口から現れたと思われます」
 影の領域とは、ラサから北西、深緑の遥か西に存在する人類唯一の未踏領域である。覇竜領域まで踏み込んだイレギュラーズでさえも、一切踏み込めなかった場所だ。
「ええと、これがちょっと説明に困るんですけれど……僕たちにも情報があまりなくて。正確には影の領域に繋がった端末というか、影の領域の蛇口のようなもの、らしいんです」
 ワームホールと故障しているその大穴は、影の領域から一気に移動できる代物のようだ。現にそこから終焉獣や魔種たちが現れ、各地で暴れていると聞く。
「とはいえ、ホムラミヤは状況証拠からの推測で。本当のところはわからないので、もしかしたら隠し玉があるかもしれません」
「誰も見ていなかったの? 確かあのあたりってお店が沢山あって――」
 王都の中心部ともなれば、1人や2人は見ていてもおかしくないだろうに。花丸は純粋な疑問を口にして、途中で口をつぐんだ。
 海洋の、店舗が多く並ぶ商業区。冬でも温暖な気候であるから、避寒地として向かっていた者は少なくないだろう。そんな場所に魔種が現れたなら?
「その推測通りだと思います。ホムラミヤの現れた場所は……辺り一帯が、一瞬で焦土になりました」
 誰かがひゅっと息をのむ音が聞こえた。
「人も、物資も、建物さえも。なにもなかったんです」
 更地となった中心にワームホールが開き、炎を纏った終焉獣を生み出していたという。
「そんな……王宮は!? 我が女王陛下は!?!?」
 椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がった寒櫻院・史之(p3p002233)。落ち着けやと返す十夜 縁(p3p000099)も表情は険しい。
「王宮は無事です。主要な方々も第一の災いからは逃れた、と」
「良かった……」
 史之がヘナヘナと椅子に座りなおす。だが、ときつい眼差しを向けたのはカイト・シャルラハ(p3p000684)だ。
 王宮が大きく中心部から外れているというわけではない。ワームホールから終焉獣たちが発生しているのならば、安全とは言い難いだろう。
「はい、その通りです。もっと海沿いへ、さらに言うならシレンツィオへの退避が望ましいという話で動き始めているそうです」
 中には苦言を呈する者もいたそうだが、命あっての物種だ。ホムラミヤの炎は水をかけても簡単には鎮火せず、むしろ広がる方が早い。魔種と相対できる者も限られている。

 ――そう、キミたちイレギュラーズである。

「とはいえ、イレギュラーズだから誰でも送り出すわけではありません。お分かりではあると思うんですが」
 新米イレギュラーズをホムラミヤの前に放り込めば、あっという間に消し炭にされるだろう。海洋の一区画を焦土と化した火力を思えばあながち冗談とは言えない。ある程度は経験を積んだ者が選抜されることだろう。
「あのワームホールを放置すれば、隣接する天義やシレンツィオ、豊穣の方へ被害が広がっていくでしょう」
 ホムラミヤ――あの魔種は、他の魔種と一線を画すだろう。並大抵の覚悟と技量では返り討ちにされるどころか、死んでもおかしくはない。それだけの気概を持って臨まねばならない相手なのだ。


●かがり火のような
 どこもかしこも明るかった。明るすぎた。まるで祭りのようだ――なんて思っても口に出せやしないけれど。
「おい! 誰かいないのか!」
 空から飛来する炎の鳥をいなしながらバシリオは叫ぶ。海洋中心部にほど近い場所だ、多くの人がいただろうに聞こえてくるのは建物が燃え、倒壊する音とモンスターの声ばかり。
 1人くらいいるだろう。1人くらい――救わせてくれよ。
 祈りにも似た思いを胸に、バシリオは駆ける。駆けて、駆けて、大きな広場へとまろび出た。
 いいや、そこは広場ではなかった。そもそも広場のある場所ではなかったのだ。
「嘘だろ……」
 海洋王国の中心部、常に人気の絶えない商業区。向かい合った店が客を引き入れようと声を張り上げ、年頃の女性たちが異国風のアクセサリーにはしゃぎ、家族連れが屋台をめぐって笑顔を見せる場所。

 ――何も、なかった。ただのまっさらな更地だった。

「人間ガ残ッテイタナンテ。イエ、自分カラヤッテキタノ」
「……っ!?」
 反射的に剣を振り上げる。硬質な音とともにとんでもない重さを腕に感じ、バシリオは思わず飛び退いた。
 そこにいたのは生気のない色をした、しかしどこまでも苛烈な色を燃やした女であった。刀を持つ細腕は、先ほどの一撃を繰り出したとは思えない。
 思えない――が。その女の気配は、ヒトのそれではなかった。
「バシリオさんっ!」
 不意に胴体へ衝撃が走る。フラーゴラ・トラモント(p3p008825)に押しだされたバシリオは、自分が居た場所へ大きな炎が落ちてきたのを見た。
「何でここにいる……フラーゴラ」
「それはこっちの台詞……! 危ない場所なんだよ……!」
 あの人がいるから、とフラーゴラが視線で先ほどの女を示す。詳しくは知らずとも、その気配と続いてきたイレギュラーズたちでどんな存在であるかは察せよう。
 あれは魔種なのだ――しかも、かなり危険な部類に存在する、災禍の女。

GMコメント

 海洋、シケてそうだから頑張って燃やさないとな! って思ってます。愁です。
 よろしくお願いします。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●成功条件
 ホムラミヤの撤退

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●フィールド
 王都リッツパークの中心地、王都を訪れたなら一度は行ったことのあるだろう活気にあふれた商業区――だった場所。
 何もありません。高い建物もありません。故に見晴らしは良いです。
 見える範囲に存在する物は全て炎に包まれており、炎は王都全体へ広がろうとしています。このままホムラミヤの存在を許せば、王都は焦土と化します。

●エネミー
・ホムラミヤ
 焔宮 鳴(p3p000246)の反転した姿。イレギュラーズだった時の記憶はありません。イレギュラーズは自らの望みを阻む敵とだけ認識しています。
 全てを燃やして無に返すことを目的としています。世界が世界としてあり続ける限り、ホムラミヤの怒りは収まることなく燃え続けます。
 陽の光を思わせた金髪も健康的な肌も燃やした薪のように白くなり、瞳は映ったものを等しく燃やさんと憎悪を宿しています。
 辺り一帯を一瞬にして燃やし尽くした力からも見て取れる通り、非常に強力な単体エネミーです。詳細な攻撃パターンは未知数ですが、高火力の炎を操ること、その手にした刀を振るうことは必然でしょう。
 会話らしいものは可能ですが、会話として成立するかどうかは不明です。ワームホールを積極的に守るという気持ちはないのか、後述の終焉獣に任せて自分は王都を燃やしています。阻むものがなければ海洋全域へ焦土を広げていきます。

・終焉獣・Typeケルベロス×1
 炎を纏った大きな狼。建物1階分くらいの高さがあります。頭が3つ存在し、さながらどこぞの神話に登場する地獄の番犬のような姿です。
 ホムラミヤに従うようで、ワームホール近くに陣取っています。ワームホールに向かってくる敵がいれば積極的に襲いかかってきます。
 俊敏な身のこなしと強烈な攻撃を仕掛けてきます。また、遠吠えで敵を怯ませたり、口から炎を吐く場合もあるようです。頭同士で喧嘩はしないようです。
 多少の知性があります。言葉も話せます。意識は3頭分あるようですが、1頭の言葉に残りは従うみたいです。

・終焉獣・Typeファルコン×??
 炎を纏った猛禽類。ワームホールから出現します。空を飛び、王都へ炎を落としながら羽ばたきます。
 王都各所へ飛んでいくものもあれば、イレギュラーズへ向かってくるものもあります。
 見に纏った炎と猛禽類らしい嘴と爪で襲ってきます。非常に的確な狙いで急降下してくるでしょう。
 1個体はそこまでの強敵でないものの、数が多いです。空から注ぐ炎にも気をつける必要があります。

・寄生型終焉獣×15
 運良くホムラミヤの炎から免れて生存し、運悪く終焉獣に規制されてしまった海洋王国の民。
 寄生されたのち、ホムラミヤの炎を受けて燃えています。肌は黒く焦げてしまって顔の判別もできません。しかし寄生されている間は痛みを感じていないようで、辛うじて生きています。
 後述の方法にて寄生解除されるか、死ぬまで暴れ回ります。
 その身を使っての物理的な攻撃を主とします。会話は成立しないでしょう。熱い熱いとうめき、救いを求めながら戦ってきます。

●友軍
・フレイムタン(p3n000068)
 精霊種の青年。炎の因子を宿していますが、彼曰く『ホムラミヤの炎は自分のそれより熱い』とのことです。彼といえども憤怒の炎に当たれば無事では済みません。
 しかし同じ炎を操る者として、何よりイレギュラーズとして、ホムラミヤの行動は看過できないようです。
 至近〜近接レンジを主とした物理アタッカー。皆さんからの指示に合わせます。特になければホムラミヤとの戦いに参じます。

・バシリオ・レケホ
 慈善医療団体『オリーブのしずく』の遊撃部隊の一員です。用心棒的な存在です。
 最高の剣士を夢見るだけあって、その剣技は確かです。皆さんに勝てないまでもそれなりの実力を持ちます。
 ワームホール周辺に生存者がいないか確認しにきたところ、ホムラミヤに遭遇しました。生存者がいないことに胸中穏やかでないようですが、今を生きる者のため、皆さんと共にホムラミヤと戦ってくれます。(というより、ホムラミヤに目をつけられてしまったため、ホムラミヤと戦わざるを得ない状況です)
 至近〜近接レンジを主とした物理アタッカー。寄生型終焉獣となった人々の命を救ってやりたい様子ですが、全てはイレギュラーズに一任します。

●その他
 女王をはじめとした貴族たちは海へ、シレンツィオへ逃れようとしています。護衛兵もついてはいますが、完全無事とは限らない状況です。
 また、国民も女王の動かした兵たちにより同じく避難を試みています……が、炎に包まれた状態でパニックに陥っている者も少なくありません。また、そういった人気のある場所を終焉獣が襲っています。兵士たちだけでは完全に食い止めきれていません。

●魔種
 純種が反転、変化した存在です。
 終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
 大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
 通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
 またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)

●【寄生】の解除
 寄生型終焉獣の寄生を解除するには対象者を不殺で倒した上で、『死せる星のエイドス』を使用することで『確実・安全』に解き放つことが出来ます。
 また、該当アイテムがない場合であっても『願う星のアレーティア』を所持していれば確率に応じて寄生をキャンセル可能です。(確実ではない為、より強く願うことが必要となります)
 解き放つことが出来なかった場合は『滅びのアークが体内に残った状態』で対象者は深い眠りにつきます。
 ただし、本シナリオにおいては寄生解除後の生存が非常に困難です。

  • <漆黒のAspire>生ける災禍Lv:60以上、名声:海洋50以上完了
  • GM名
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2024年03月05日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談5日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
シラス(p3p004421)
超える者
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

サポートNPC一覧(1人)

フレイムタン(p3n000086)
焔の因子

リプレイ


「自分からやってきた。そう、やってきたの。ずっと探してたわ、『鳴ちゃん』」
 『夢の女王』リカ・サキュバス(p3p001254)は真っ向からホムラミヤと対峙する。対するホムラミヤはリカのことを凝視し、「知ラナイ」と答えた。
「アナタノコトハ知ラナイ。……嗚呼、ワタシガ『イレギュラーズ』ダッタ時ノコト? ワタシハ――世界ヤ人ヲ救ウトデモ言ッテイタ?」
 徐々にホムラミヤの纏う焔が熱を増していく。そこまで近くもないのにひりつくようだと思いながら、リカはぐっと唇をかんだ。
 彼女を救うには、彼女は罪を重ねすぎている。万が一にもありはしないが、正気に戻ったとてその先の世界はあまりに残酷だろう。
「……貴女の友だったからこそ、貴女のかつての姿を知っているからこそ。これ以上の罪は重ねさせない」
 『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)が武器を構える。これは友であった自分の務めであり、贖罪だ。
 ホムラミヤの生まれた――焔宮 鳴が反転した豊穣の状況を考えれば、彼女が反転したことにアルテミアは無関係ではない。ゆえにその姿を見るとどうしても心がざわめいてしまう。
(どれだけ後悔しても、どれだけ願っても、過去は変えられない)
 気をしっかり持てと言わんばかりにアルテミアは心の中で繰り返す。もうあの太陽のような笑顔は帰ってこないのだと。連れ戻すことはできないのだと。
「その矛先がこの国に、ましてや豊穣に向くというのならそれは止めなければなりません」
 お覚悟を、と『ただの女』小金井・正純(p3p008000)は静かに口にする。海洋を制圧されたならば、海を越えて豊穣へ行くことも容易になる。それは何としても阻止しなければいけない。
「……随分と変わっちまったな、嬢ちゃん」
「全くだ。あんときは元気な狐っ娘だったはずだがなぁ」
 『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)、そして『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)はホムラミヤの姿を見てつと目を細める。彼女の纏う炎も、以前とはだいぶ変わってしまった。
 リーデルとの戦いでは、昏い皆底を照らしてくれる、優しくも温かな炎であった。
 それが今ではどうだ。全てを飲み込み灰燼と化す災禍の焔ではないか。海洋を焼き尽くし、ともすれば海さえも蒸発させてしまいそうなほどの、苛烈な熱。
「皮肉にしたって笑えねぇよ。悪夢なら尚更タチが悪い」
「コレハ現実。コノ世界ハ終ワルノ」
 そうかい、と縁は刀を抜いた。こちとら終わらせるわけにはいかないのだ。世界も。海洋も。
「心の底からBadEnd8の一員ってことか」
 共に依頼をこなしたこともあったが、"そちら側"であるというならもはや敵だ。海洋に害為す存在となるならば、情も容赦もありはしない。
(あの火力の前じゃ、そんな余裕も正直ないけどな。気合で負ける気はねえ!)
 脅威となるのは彼女だけではない。ワームホールを護るかのように座す三つ首のモンスターと、ワームホールから出でる炎の鳥。そして終焉獣に取りつかれてしまった死にかけの人々。
 多くを護るのならば、速さと強さが必要だ。カイトを中心に風が仲間の背中を押す。
「終わらせましょう、何もかも」
「エエ、全ては終ワリニ向カウノ。人モ、世界モ、ナニモカモ――緋色ニ燃エテ!!」
 T・C。視線をひきつけ、自身の運命をリカは手繰り寄せんとする。
 息切れや動揺は命のゆるみ、一発まともに食らえばリカとて無事ではいられない。危険だと警鐘が頭の中でひきりなしに鳴らされている。少しでも命が惜しいのならこの戦場へ来るべきではない、と。それほどまでの極限状態なのだ。
「キミとはもっと早くに会いたかった……いや、こうなるならそうでない方が良かったのかな」
 一瞬で極限の集中状態まで引き上げた『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は、全力の攻撃でホムラミヤに仕掛ける。ぶわりと広がる熱が呼吸の仕方を奪っていきそうだ。
(どんな想いで、何に囚われて、何を願って――)
 ホムラミヤをじっと見ていた『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)は、すべきことのために動き出す。どうにかホムラミヤを撤退させなければいけない。そのためにはユーフォニーの動きもまた重要になってくる。
「リーちゃん!」
 召喚したリーちゃんを感覚を共有し、空へと飛ばす。終焉獣の中には空を駆ける種がいるのだ。いち早く察知するには同じく空を飛べるものを放てばいい。
「そう簡単に王都の中を飛ばさせませんよ」
 カレイド・フォーチュンの色彩が空飛ぶファルコンたちを照らす。なるべく多くを範囲へ納めながら、ユーフォニーはケルベロスのもとへと向かった。
「フレイムタンさんも共にケルベロスへお願いします」
「承知した」
 正純の言葉に頷く『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)。彼もホムラミヤのように体へ炎を宿しているものの、その苛烈さはホムラミヤの方が上だろう。本人もあの焔には焼かれると直感しているらしい。
「随分と強敵になって戻ってきたものだな」
「ええ。それにまさか、あんな姿になっていたとは」
 豊穣にて反転し、何年か経った。その間に何があったか知らないが、姿も実力も変わってしまった。魔種となると原型を留めない者もいるから、それに比べたらまだ"原型はある"方かもしれないが、それでも変わりように思うところなしとはいかない。
「ともあれ、やれるところからやりましょう。手が回るか怪しいですが」
「やらねばやられる、だな」
 正純がケイオスタイドを放ち、その後をフレイムタンが追ってケルベロスの首元へ肉薄する。しかし爪に阻まれてフレイムタンは間一髪のところで体をよじり、攻撃をかわすとケルベロスを睨みつけた。
「俺はさ、この街を高いところから眺めるのが好きだったんだ」
 ワームホールへ鋭い速さで向かっていくカイトへ、ケルベロスの視線が向く。その大きな姿からは想像できないほどの俊敏さで跳躍し、カイトへその爪を振り上げた。
「賑やかな人の波。鮮やかな屋根。遠くに見える青空と海。水平線」
 その爪を潜り抜け、カイトはケルベロスへ裏・占星術を展開する。この獣がどのような世界を見たかはあずかり知らぬことではあるが、いずれにしても正常ではいられない場所だったはずだ。
「なあ、そんな景色を知っているか? 知っていたらこんなことはしないかもな」
『関係ナイ。全部、全部、燃ヤスダケ』
 ケルベロスがうなりを上げ、その体から火の粉が舞う。火に耐性はあるものの、全く無傷とはいかない。あまり暴れまわらせたくないものだが、さて。
「邪魔だし、不愉快。さっさと帰ってくれない? ……なんて、獣相手に言ってもしょうがないか」
 紅いプラズマと共に『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)が飛来し、ケルベロスの頭部へと武器を叩きつける。が、その頭上に影が差した。
「っ!!」
 衝撃。宙を舞った史之は、ぎりぎりのところで地面へのたたきつけを免れた。そのまま空を飛ぶ史之は痛いな、と眉を寄せる。
「気に障った? それはこっちの台詞だよ。女王陛下へ無礼を働いたのは許してないからね」
 こんな海洋王都のど真ん中で暴れまわるなど、不敬極まりない。女王たちは港の方へ避難しているというが、果たして無事だろうか。
(いいや、我慢だ。こいつらの相手は俺達じゃないとできないんだから)
 そのために助っ人へ護衛してほしいと頼んだし、カイトも身内の護衛騎士へよろしく伝えているとのことだ。どうにかシレンツィオまで女王陛下を護ってもらうしかない。

「バシリオさん、こっちに! 海洋民を助けよう……!」
 『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の言葉にバシリオ・レケホが頷く。災禍のような女によって周囲は焦土と化したが、生きた人々が操られてこちらへ近づいてきているのだ。
「だが、どうやって助けるつもりだ」
「ワタシたちには、エイドスがあるから……気絶させたらそれで助けられるよ……!」
 なるほど、とバシリオは頷く。フラーゴラは彼に自身を守ってほしいと告げた。
 イレギュラーズの中で唯一、復活を持つヒーラーがフラーゴラだ。敵がそれに気づけば邪魔に思って襲い掛かってくるかもしれない。
(邪魔されるわけにはいかない……食い止めないとって思ったから)
 ホムラミヤ――鳴は、フラーゴラとそこまで変わらない歳だと聞いている。だからこそ、反転したことを聞いて他人ごとに思えなかった。
「逃ガサナイ」
「っ!?」
 行こう、と踵を返そうとした2人の前へ焔が飛ぶ。ホムラミヤの視線がバシリオを射抜いていた。
「鳴ちゃんの相手はこっちよ!」
 すかさずリカがその間に入り、早く行くんだとヴェルグリーズが示す。2人は頷いて今度こそ走り出した。
「間に合わせないとな」
 『竜剣』シラス(p3p004421)は終焉獣へ寄生された人々へ疾風のごとく肉薄し、魔力撃を打ち込む。燃え盛る焔がじり、とシラスの拳を焼くが気にしない。
(水場は……ないか)
 素早く視線を滑らせた縁は鎮火できるような水たまり一つないことを確認する。仕方があるまい、あたりはただただ何も残っていない焦土だ。かつて水場があった場所であっても、ホムラミヤの焔を前にしては全て蒸発してしまっただろう。
「まぁ、魔種の焔を水ごときで消せるかも怪しいな」
 向かってくるは炎を纏った人間。より厳密にいえば、燃える人間に寄生した終焉獣。縁は殺さぬようにと払いながら周囲を見る。
「こっちに集まって……!」
 フラーゴラのあたりで他の者も不殺しているようだ、と縁は敵を誘導していく。死せる星のエイドスで終焉獣を引きはがせば、あとは痛みに暴れまわる人々を押さえつけて回復するしかない。
(思っていたよりずっとひどい……)
 炎を受けて燃えていた人々の肌はただれ、そこには痛みにうめく声とひどい匂いが満ちた。フラーゴラの回復では全員を救うには間に合わない。
「フラーゴラ、どうだ!?」
 バシリオは終焉獣たちをどうにか受け流しつつフラーゴラへ叫ぶ。まだ終焉獣に取りつかれた者はいるが、手が回らないのならこれ以上倒してもいたずらに命の炎を消すだけだ。
「バシリオさん、手が空いたら動けない人を連れて行ってほしい……!」
 寄生されていた人々は誰も彼も自分では歩けない。それどころかフラーゴラが癒してもなお、生死のはざまにいる。
「少しなら自分の身は自分で守れるから……おねがい!」
 バシリオが頷く。フラーゴラは次のけが人へと視線を移した。
「フラーゴラ、次はこっちだ!」
 シラスは彼女に復活をさせてもらえるよう頼む。普通の方法では間に合わないが、これなら可能性が見えてくるかもしれないと。
「さっきからやってみているんだけれど……」
 口惜しそうに黙り込むフラーゴラ。鎮火された時点で手遅れの者も少なくない。それでも一縷の可能性があるなら、やってみるしかないのだ。

「それにしたって懐かしいわぁ。発育いいからって変な依頼ばかり大変だったわネ?」
 話せるのなら気を逸らせるはずだとリカはホムラミヤへ語り掛ける。いつだったかのこと。他愛のないヘンテコな依頼のこと。それらが、彼女に響いている様子がないとしても。話しているさなかに猛火が自身を焼こうとも。
「いつか私より大きくなるんじゃないかって……冷や汗、かいたものよ?」
「……人ノ肉ナド、燃エテシマエバ同ジデショウ?」
 自身の傷を癒しながらそう告げるリカに、ホムラミヤは表情ひとつ変えずに返す。理解ができないとでも言うように。何故そんなことを話すのか、と。
(全く以て隙がない。……全てを失っているから、かしら)
 心がぎゅっと締め付けられる。全てを――名前も、思い出も、何もかも失ってしまいたいくらいに、その怒りは燃え盛っているということか。それはどれだけつらく、苦しいものだろう。
 けれど暴走する獣でないのであれば、これまで潜伏してきたという知と理性があるのであれば。イレギュラーズが脅威たる存在であると、そうでなくても危機を感じざるを得ない状況になれば逃げ帰るはずだ。
 ホムラミヤの焔は苛烈で、体力の半分などあっという間に持っていかれてしまいそう。憤怒を一瞬でも弱めさせられたなら良いのだが。
 雷撃を浴びせるアルテミアは、リカの様子をちらりと見る。もう少しもってほしいが、想定以上にリカのダメージ蓄積が早い。それだけホムラミヤの焔が苛烈なのだ。
(私なんてひとたまりもないわね……)
 いいや、ほとんどの者がそうだろう。リカは硬いほうだ。
 ヴェルグリーズが十字に切り裂かんと得物を振る。手ごたえは薄い。その分、手数で攻め立てながらも、その瞳はホムラミヤの一挙一動から外れることはない。
(刀からの意志は感じ取れない。いや、その気配に集中しようとすれば俺が真っ先に切り裂かれそうだ)
 ホムラミヤの脅威は焔だけではない。手にした刀が鋭く重く、絶え間なく迫ってくる。リカもアルテミアもレベルの高いイレギュラーズだが、3人だけでは早々に押し負けるだろう。早いところ仲間達にも合流してもらいたいところだが、どこも苦戦を強いられそうだ。
(ここで大技なんて繰り出されたら、あっという間にやられるかもしれない)
 まだ予兆らしきものはないが、油断は禁物だ。



 数多の斬撃から衝撃波が生じ、ケルベロス達を切り刻まんとする。特にリーダー格――これまで人語を話している頭――を集中して攻撃しているものの、その俊敏さは舌を巻くしかない。
「全部燃やすって、つまりやることは結局破壊じゃないか。おまえも、BadEnd8もつまんないやつらだね」
『ソレガ、望マレテイル』
「誰が? ホムラミヤ?」
 史之の問いかけに返されたのは言葉でなく炎。皮膚のいくらかを焦がしながら史之はさらに斬撃を撃っていく。身体がきしむ。しかし海洋の危機に多少のことを耐えられずしてどうするか。
「ここはね、きれいな都だったんだよ。おまえらのせいでこうなっちゃったけど」
『全テ、ソウナル』
 遠吠え。その場にいた皆が顔をしかめた。咄嗟にカイトが優しい風を生じさせ、その痛みを薄らげていく。これでもう少しは食らいつけるか。
「もう少し……いいや、もっとだ」
 羽根が赤く輝く。戦意を高揚させ、その身に受けた苦痛をも力へと変えていく。
「俺等の鮮やかな世界に手を出したことを後悔しろ。これ以上――指一本すら触れるんじゃねぇ!」
 赤い閃光のごとく、空駆ける猛禽の鋭い狩技がひとつの首に食らいつく。咆哮、否、断末魔か。だらりと下がった首が持ち上がることはない。あと首はふたつ。
 残ったケルベロスたちがうなりを上げ、その瞳に強い怒りを宿している。
「来いよ。閉じる前のワームホールに叩きつけてやる」
『――許サナイ。許サナイ。全部、ナクナッテシマエ!』
 これまで口を閉ざしていた頭が声を発する。なるほど、主導権を持っていた頭を潰すと他の頭がそれを引き継ぐらしい。
(厄介な……潰されたんだからあとは大人しくやられればいいのに)
 史之は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。正直、かなりギリギリのところまで来ている。どうにかこうにか倒せるかもしれないが、そこから別の戦いへ援護に行く余裕があるかどうか。
(このあたりに住民はもう居ないのでしょうか)
 ユーフォニーの人助けセンサーに反応はない。自分たち以外にそれらしき人影はない。救わねばならない者がいないのであれば、それはそれで戦いに集中できるから良いのだが。
 ワームホールから出て来たファルコンへすぐさま攻撃しつつ、ケルベロスにも攻撃をしかけていく。いくらかのファルコンはこちらを無視してどこかへ飛んで行ってしまうが、ひきつけやすい攻撃を持たない限りは仕方がない。できる限り遠くへ飛ばれる前に倒さなくては。
 多少のファルコンを引き連れた状態でケルベロスを叩くことは可能だが、うち漏らさないようにしながらとなるとユーフォニーの手はファルコンへ向かいがちだ。リーちゃんもファルコンに狙われてしまい、空からの状況把握はうまくいかない。それでも、街も守ろうとするならば引けないところだ。
(命は言わずもがな、街にもひとびとの『大切』が詰まってるんです)
 熱くても、苦しくても、絶対に止まれない。行動し続けなければ。
 ユーフォニーがファルコンを対処していることで、仲間たちがケルベロスへと向かえるのだ。フレイムタンが残ったケルベロスへ向かって一撃を叩き込む。
「次はあちらですか」
 ケルベロスの首を見て、正純は大弓を構えた。薄明の刻に差す星光の如き一射。乳海と呼ばれし地より生まれる雫で口腔をしめらせ、最初から最後まで全力を出し切る覚悟で迎え撃つ。
「申し訳ありませんが、その穴をふさぐ手段を教えてお引き取りください」
『教エナイ。閉ジサセナイ』
「ならこのまま倒して、ホムラミヤに聞きましょう」
 空から飛来するファルコンも巻き込むべく、大弓の角度を調整する正純。敵の数は一向に減らず、強力な個体も未だ健在。それでも守りたいものがある。
(この国も、海を渡った先も、貴方たちのいいようにはさせない――!)

(皆、ひどい怪我……!)
 仲間達がどんどん傷を負う。戦場を駆けまわるフラーゴラも自身を奮い立たせて回復させていくが、傷を負うスピードには追い付けない。どれだけ皆が戦える状態を持続できるかがフラーゴラにかかっている。
(バシリオさんはまだもう少しかかりそう……かな)
 ちらりと視線を向ければ、バシリオはまだ人々を安全な場所まで連れていっている。この周囲一帯はホムラミヤが焼いてしまったから、安全な場所というと――王都の中で絶対安全な場所はないだろうが――それなりに遠くなるだろう。
「皆、もう少し頑張って……!」
 アルテミアたちに回復を送り、次はケルベロスを相手するシラスたちの方へ、と踵を返す。
「――フラーゴラ、後ろだ!」
 バシリオの声にえ、と呟いて。振り返ると大きな背中が視界を奪う。剣の交わる硬質な音、それから――剣にヒビの入る、嫌な音。
「バシリオさん……どうして!?」
 押し返されることのなくなったホムラミヤの剣がバシリオの片腕を斬り飛ばす。地面を転がった腕は降りかかった焔でぼうと燃えた。
「守ってくれって、言っただろ?」
「そうだけど……そうだけど……!!」
 剣は折れてしまったし、片腕もなくなってしまった。ホムラミヤはアルテミアが気を引いてくれたものの、またこちらを向くかもしれない。それこそホムラミヤを相手している仲間たちが倒れたら、すぐにでも。
「まだできることはある。終わっちゃいない」
 もう片腕もあるしな、とバシリオは痛みを耐える表情でフラーゴラに小さく笑いかけた。なくなった片腕の傷を応急処置して、フラーゴラは頷く。
「さあ、空中戦の始まりだ」
 空を見上げ、シラスはとんと地面を蹴る。ワームホールから飛び出てくる敵へ向けて、手数と機動力を武器に空を蹂躙していくシラスの後には、地面へ撃墜するファルコンたちの姿があった。
 目の前にそれが落ちてきたホムラミヤは、おもむろにそれを掴み上げるとぼうと燃やす。
「おいおい、それは味方じゃないのか?」
「邪魔ナモノハ全テ燃ヤス」
 空からかけられた声にホムラミヤが視線を移す。シラスは空を舞いながらそうかい、と返した。
「なら、俺達も燃やすのか?」
「エエ」
「俺達のことはもう分からないか?」
「知ラナイ。知ッテイテモ燃ヤス」
 ホムラミヤの返答は変わりない。全てを燃やすことに固執しているように見えた。
(わずかな記憶の残滓すらないのか……?)
 いいや、決めつけるにはまだはやい。根気よく呼びかければあるいは、と考えるシラスの眼前へファルコンが迫る。
「チッ」
 頬を掠める熱。たらりと血が流れたのを感じた。ホムラミヤばかりにかまけてもいられなさそうだ。
 敵の視線を自身へ向けさせたアルテミアは、ある意味想定していた通りの状況であった。
(なんて熱さなの……!)
 近づいただけでこれか、とこれまでホムラミヤと対峙していたリカに内心舌を巻く。自身とて実力あるイレギュラーズであるが、生半可なものではこの熱に竦んでしまうだろう。
 だが、自分もまた立ち止まるわけにはいかない。圧倒的な速力で全てを奪い尽くすがごとく、アルテミアはホムラミヤへ攻め立てる。
「貴女の焔で燃やされるほど、私の炎は弱くはない――鳴ちゃんなら、知っているでしょう?」
「知ラナイ。ワタシハホムラミヤ」
 鳴ではない、とホムラミヤは繰り返す。彼女の操る風が肌を焼き焦がしていくが、倒れるにはまだ早い。
「世界を壊したくなるの、否定しないわよ。私、元魔王ですもの」
 リカは黒の魔剣を握りしめて肉薄する。熱い。だがこのまま引き下がれなどしない。
 この世界が腐っていることなんて知っている。壊したくもなるだろう。
「れどね、本当に許せないのはあの子を利用した憤怒、滅びのアークよ!」
 ホムラミヤの四方八方から斬撃が放たれる。リカは態勢低くホムラミヤの懐まで飛び込んだ。

「あの子の怒りはあの子のもの、さっさと在るべき場所へ還しなさい――!!!!」

 月をも真っ二つにする斬り上げ。軽くではあれど手ごたえはあった。奇跡だって神の気まぐれで起こるかもしれない。
 けれど。
「ワタシノ憤怒ハワタシノモノ。他ノ誰ノモノデモナイ」
 リカの頭上から煌めきが落ちてくる。迷いなき、刃が焔に照らされた光。
「あ、」
 リカを見下ろすホムラミヤの瞳は、憤怒に満ちていた。
(鳴ちゃん。貴女の本名はなんていうのかしら)
 願わくば本人の口から聞きたかったなあ、なんて。
「本当に……記憶を、思い出を全て燃やし尽くしたの?」
「ソウダトイッタラ?」
 ゆらりとホムラミヤの体がアルテミアの方を向く。次は自分が標的だと言うように。
「……信じないわ。私は、その思い出が簡単に燃え尽きるほど脆く無いと思っているから」
 たとえ、どれだけ語り掛けて憤怒ばかりが返ってきたとしても。そのずっと奥底には眠っているのではないか。魂に少しでも刻まれてはいないか。
(お願い、力を貸して――エルメリアッ!)
 妹に願い、その双炎を祈りと共に得物へ乗せる。どれだけ小さくても、憤怒の焔に沈んだ彼女の心に、魂に、かすかな記憶の欠片が残っているようにと。どうかその記憶の欠片が呼び起こされてくれますようにと。
「はぁぁっ!!」
 その一撃で2人の体が交差する。ホムラミヤの体からぼたぼたと血が流れ――アルテミアの体が崩れ落ちた。ホムラミヤはゆっくりと流れた血をぬぐい、崩れ落ちたアルテミアの体を一瞥する。それから視線を移し、ヴェルグリーズへと向けた。
「――次ハ、アナタ?」
「……そのようだね」
 たらりと冷や汗が流れる。ケルベロスはまだ倒れていない。いいや、そもそもそんなに戦い始めてから時間も経っていない。ただただ圧倒的な火力に仲間が飲み込まれていく。
「ホムラミヤ……いや、鳴殿。キミを知る仲間達はいつだって優しい表情を浮かべていたんだ」
「時間稼ギ? 全て燃エルノダカラ、無駄ナコトヨ」
「いいや。キミが仲間の、そういう表情を思い出してくれないかと思って話してる」
「ソレラモ、アナタモ、全部燃エテナクナルノヨ」
 関係ない、と取りつく島もないホムラミヤに、これ以上はどうしようもないのか、とヴェルグリーズは眉根を寄せる。
(なんにしても、生ける災禍となったホムラミヤを見過ごすことはできない)
 被害は今もなお増え続けている。文字通りの『生きる災禍』は、いるだけで脅威なのだ。
 鋭い肉薄をどうにか受け止め、雨のごとく降り注ぐ剣戟を受け流していく。無傷とはいかない。しかしできればなるべく刀を全力で打ち合わせたい。それで刀が壊れるなら上々だ。
(もしかしたら防御にだって影響があるかもしれない)
 勝ちを狙っていくのは難しい相手。だからこそできることは全てやってみなくては。

「クソッ、きりがねえぜ」
 ファルコンを打ち落とすシラスも息切れしてくる。だというのにワームホールからは変わらない調子でファルコンたちが飛び出してくるのだから、だんだんと周囲を飛び回る数が増えてくるのは必然であった。
(ワンチャン、あれ自体を壊せないか……!?)
 狙いを定めたのはワームホール。無数の光球を生み出そうとしたシラスは、しかし下からの異様な熱を感じて咄嗟に避ける。火柱がシラスのいた空間を飲み込んで――否、蛇のようにうねったそれがシラスを一息に飲み込んでいく。
「……地獄絵図だな、全く」
 縁は息をつきながら、皮肉気に笑う。ああ、もう笑うくらいしかできない。
 本物の地獄はとうに味わったと思っていた。廃滅病とアルバニア、そしてリヴァイアサンという嬉しくもないトリプルセット。あれに比べれば可愛いモンだとさえ思っていた。
 寄生されていた人々は、死せる星のエイドスで終焉獣を倒すことはできた。全員でなくとも、生きる希望をわずかに残すこととはできた。しかし全身にやけどを負った者が、何人生き残れるか。それも――ホムラミヤという脅威を前にして。
「嬢ちゃん、こんなことをして気分は晴れたのかい」
「イイエ。足リナイ」
 歪みの力を受けて、いいや仲間たちがこれまで与えた痛みを受けてなお、ホムラミヤの表情から余裕の色ははがれない。むしろその身にまとう焔はまだ上があるのだと言わんばかりに燃え盛る。
「コノ程度デ、鎮マルワケガナイ――!!!!」
「皆、」
 焦ったようにヴェルグリーズの声がかかると同時、爆発にも似た音と衝撃が一同を襲い吹き飛ばす。うめき声が聞こえるなら――まだ良い方だろう。
「そんな……」
 起き上がったバシリオの絶望にも似た声が零れ落ちた。救ったはずの人々から声は上がらなかった。
満身創痍の体は、すでに限界を迎えていたから。
 縁のパンドラは満ちており、奇跡を呼ぶ声に海神は応えない。届かない。それはカイトもまた同様であった。
 風読みの羽根が嵐を祈ったとて、届かぬ声に応える者は存在しない。この王都を碧の水底へ埋めることもまた、できないのだ。
「ワームホールからも増援が来てるね……」
 逃げるしかないのか、と史之の脳裏に言葉がよぎって、それから嫌だという感情が強く沸き起こる。
 海洋がこのような状況になっていて、逃げる? イレギュラーズである自分が? あり得ない。あり得るわけがない。全てを倒して女王陛下へ朗報を持ち帰れないなどと!!
 だが、現実はどうだ。焦土は広がり続け、ケルベロスは未だワームホールの膝元に君臨している。そしてホムラミヤは劣勢の表情さえ見せずに仲間を蹴散らしている――。
「バシリオさん! 逃げて……!」
 ホムラミヤの視線が片腕となったバシリオを射抜く。それにいち早く気付いたフラーゴラが叫ぶも、ホムラミヤが駆け出すほうが早い。
 咄嗟に身に着けた防具で受け止めるバシリオだが、ホムラミヤの刀が持つ焔がじわりとそれを溶かす。防具ごと腕を斬られたバシリオはその胴体を返す刀で貫かれ、地面に崩れ落ちた。
「反転の末路が……これですか、鳴さん」
 正純がよろめきながらホムラミヤを睨みつける。
 また力及ばずなのか。あの時もそうだったのに。
「ソウ。全テ燃ヤセバイイ。世界は燃エテナクナッテシマエバイイ」
 アハ、とホムラミヤが笑いをこぼす。焔がゆらゆらと揺らめいて、その熱を上げていく。嗚呼、空気が熱い。肺が焼かれるようだ。
「燃やして、幸せですか? こうまで変わってしまって、幸福になりましたか?」
 魔種たちの主張を認めることはできない。誘惑に負けて己の弱さに負けた結果なのだとしても、その姿が幸福だとは到底思えないから。
 だが、しかし。今の正純たちには、そう言い張るだけの力が残されていない。
「幸福?」
 正純の言葉を復唱したホムラミヤはニィと口端を上げた。
「幸福ナドアルワケガナイ。ナイカラ全テ燃ヤス。ナクシテシマエバ幸福モ不幸モナイノダカラ。
 ダカラ全部燃エテシマイナサイ。全部、全部全部全部全部!! 燃エテ!!! 消エテシマエ!!!! アハハハハハハハ!!!!」
 ホムラミヤの笑い声が響いて、共鳴するようにあたりの焔が燃え盛る。撤退しよう、と縁は呟いた。
 撤退の間際、ユーフォニーは僅かに振り返る。
(私が召喚される前に反転してしまったひと)
 ホムラミヤは嗤っていた。嗤っているのに、喜んでいるようには見えなかった。その瞳の奥の感情を読み取ろうとすると、ぞくりと肌が粟立つ。
(……この炎にも、それが映されているんでしょうか)
 炎が揺れ踊る様も、また然り。しかしユーフォニーはそれ以上見続けることなく、まずは全員の生還のためにと動き出す。

 ――放たれた生ける災禍は、止まることなくその災厄を広げてゆく。

成否

失敗

MVP

アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女

状態異常

十夜 縁(p3p000099)[重傷]
幻蒼海龍
カイト・シャルラハ(p3p000684)[重傷]
風読禽
リカ・サキュバス(p3p001254)[重傷]
瘴気の王
アルテミア・フィルティス(p3p001981)[重傷]
銀青の戦乙女
寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結
シラス(p3p004421)[重傷]
超える者
小金井・正純(p3p008000)[重傷]
ただの女
ヴェルグリーズ(p3p008566)[重傷]
約束の瓊剣
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)[重傷]
星月を掬うひと
ユーフォニー(p3p010323)[重傷]
竜域の娘

あとがき

 ホムラミヤの撤退は叶いませんでした。
 女王たち重鎮は海へと脱出しています。

 バシリオは命はとりとめましたが絶対安静の状況です。
 皆さまも傷を癒してください。

 それではまた、どこかでお会いできますように。

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