PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Je te veux>カレーニナの眺望

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「こっちだよ」
 境界図書館を経て、果ての迷宮を登る。
 外と呼ぶべき場所に辿り着いたとき『ロック』は驚いたように目を瞠った。
 プーレルジールの魔術師は彼の地と混沌を繋ぐ作業を終えてからある程度の安定性を確認していた。
 先んじて此方に渡ったアイオンとマナセは『伝承になった自分』を追い求めているだろうか。
(いいや、アイオンならひょっとすればラド・バウと呼ばれたところに言っただろうか。
 マナセは変わらずファルカウを追いかけているだろうな。その前に二人とも、此方の世界に慣れようとしているかもしれない)
 そんなことを思いながら踏んだ幻想王国の土はプーレルジールとそれ程変わりないように思えた。
 元イルドゼギア――現在の名をロックと呼ばれた男は自らの手で作り上げた魔法人形(ゼロ・クール)の少女に手を惹かれている。
 血の繋がりなどは無いが製作者(クリエイター)と作品(ドール)の関係性で言えば親子だ。
「クレカ」
 呼び掛ければ彼女はくるりと振り向いた。
「どうしたの? おとうさん」
 辿々しい言葉だ。彼女は緊張した様子でロックを見上げている。
 思えば、ロックが混沌へと来たのには理由があった。

 ――おとうさんは、ドクター・ロスとも一緒に過ごしたでしょう。人形が何たるかも知っているでしょう。
   わたしは友達の生きる未来をきちんと見据えたい。生まれた意味を知りたいと思っている。
   わたしたちが生きている理由があるなら、きっと、何かを成せる証明になる筈なんだ。手伝って欲しい。

 娘の『わがまま』だと言った彼女にロックはそれ程喜ばしい事は無いと感じていた。
 彼女はこの世界を救う手助けがしたいのだろう。無から有へ、人の心が込められ作り上げられた秘宝種(つくりもの)。
 そうであったとしても、世界を飛び越えてプーレルジールを救った彼女達は育んでくれたこの混沌を救う為に一歩を踏み出すのだろう。

 ――僕は何をすれば良い?

 ――おとうさんは、魔術師だから、コレから恐いことが起こるときに手伝って欲しい。
   あと、おとうさんは知り合いでしょ? 魔女ファルカウって人と。

 成程、とロックは頷いた。どうやらプーレルジールの旧友は世界が変われば立場も変わる。
 この世界ではこの大地を滅ぼさんと願う『悪党』と成り果てたと云う事か。
「クレカ、案内を有り難う。それじゃあ、仕事を始めようか」
「うん。ベヒーモスってやつを倒す為の準備をしよう」


 魔法使い(ウォーロック)はプーレルジールでゼロ・クールを作り上げた始祖たるクリエイターである。
 その体を寄生され終焉獣が利用した結果が魔王イルドゼギアだ。用意された筋書き(ものがたり)に合わせて進み行く滅びを食い止めて、現在はただの魔法使いとしてクレカに協力することを選んだのだ。
「僕の事は気軽にロックと呼んでくれ。魔王のような外見をして居るがそれ程恐ろしい人間ではないさ。
 いや、まあまあおっかない外見かもしれないが……クレカの父親として扱ってくれれば構わない」
 困ったような顔をして笑ったロックは外見こそ魔王イルドゼギアそのものだが、性格は温厚だ。
 彼が向かいたいと言ったのはラサの南部砂漠コンシレラ――つまり、『ベヒーモス』の元だった。
「彼から溢れ落ちてくる終焉獣を捕獲して欲しいというのは無茶だろうか」
「何に使うの?」
「ベヒーモスが活動を行なうならば、ちくちくと攻撃するだけでは歩みは止まらないだろう。
 ……少し時間は掛かるだろうが、解析がしたくてね。その手伝いが欲しいんだ。君達にも、いいかい?」
 ロックはイレギュラーズを見る。魔女ファルカウが某かを仕掛けた時点で、『第二波』は直ぐにでも起こるはずだ。
 全てを後手に回っている場合ではない。ならば穴を縫うように情報を蓄積しておきたいというのがロックの考えだ。
「僕はファルカウとは旧知の仲でね、彼女の使う術式にはマナセと僕の両方が詳しい。
 どちらかと言えば僕は知識かな。マナセは実践的な魔術を使うことが出来る。
 ……マナセと会ったから伝えておいたよ。ファルカウ本人に動きがあったならば、マナセが対処をして欲しいと」
「わたしたちは、ベヒーモスの対処を優先しようと思う」
 クレカはつい、とベヒーモスを見上げた。その背中からは小さなベヒーモス達が溢れ落ちてくる。
「あれを一匹で良いから回収しよう。無力化するためにね、おとうさんが魔術式を用意した」
「うん、一匹で良い。その為の術式だけれど、すまないね、僕もこの世界には適応し切れていないんだ。
 ……世話を掛けるかも知れないが、どうか宜しく頼むよ」
 マナセとアイオンの例に漏れずロックもこの世界では適応し切れていないのだろう。
 やや困った顔をした彼はベヒーモスから溢れ落ち、パンドラを喰らわんとする獣達を真っ直ぐに見詰めてから「捕獲というのは実に人道的だなあ」と何気なく呟いたのであった。

GMコメント

●成功条件
 ・ちっさ君を一体確保する事
 ・ロックの無事

●ロケーション
 でっかくんと呼ばれるベヒーモスから溢れ落ちてくるちっさくん(終焉獣)が見えます。
 南部砂漠コンシレラです。戦乱の気配が近くにあります。隠密的活動です。時系列は<崩落のザックーム>のすぐあとです。
 戦乱の気配はさて置いても、その動きを余り他人に悟られるのは嬉しくありません。
 皆さんは『敢て気を惹くように大きく動く』か『こっそりと終焉獣を捕らえるか』のいずれかを行なう事が出来ます。

 1.敢て気を惹く
 ちっさくんを引き寄せながら一体だけをこっそり後ろで不殺の対応をする作戦です。
 人数を配分し、一体だけこっそり引き寄せてこっそり捕獲、その他のちっさくんを斃しましょう。
 一番簡単な作戦とも言えます。

 2.こっそりと捕らえる
 余り事を大きくしないように一匹だけ頑張って惹き付けて不殺の対応をして捕らえる作戦です。
 ちっさくんはぼろぼろと落ちてきていますので、それらに気取らぬように対応する必要があります。
 色々と周辺に気を遣う必要があるので作戦はかっちりと組み立てて下さいね。

●ちっさくん 数不明
 でっかくんからぽろぽろと落ちてくる終焉獣の総称です。
 ちっさくんは『でっかくん』と呼ばれる巨大な終焉獣のマイクロサイズです。一般的な終焉獣らしい姿です。
 特徴はパンドラを食うということでしょう。その為、パンドラの気配には敏感です。
 特にでっかくんから落ちてきたばかりのちっさくんはその性質が強いようです。
 パンドラの気配=イレギュラーズに対して過敏な反応を見せます。
 また、個体ごとに能力が違います。個体差が大きいようです。どの様な能力であるのかは一概には言えません。

●NPC
 ・ロック
 元々はイルドゼギアと呼ばれていました。今はロックと名乗り穏やかな様子です。
 クレカには父親として接しています。ロックも混沌世界では本領発揮が出来ないようですがちっさ君を捕まえベヒーモスへの秘密兵器を用意したいようですが……。
 ちっさくん捕獲用の術式を用意しています。待機要員。

 ・クレカ
 秘宝種の少女。ロックの娘として振る舞っている境界図書館の館長です。
 遠隔魔法を使えます。それなりに戦えるようになってきました。ロックの護衛役だと張り切っております。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <Je te veux>カレーニナの眺望完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年02月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘
雨紅(p3p008287)
愛星
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
レイン・レイン(p3p010586)
玉響

サポートNPC一覧(2人)

クレカ(p3n000118)
境界図書館館長
ロック(p3n000362)

リプレイ


「ロックさま、ようこそ混沌、へ。
 なんて、悠長な状況ではありません、が……お力を貸していただける事に感謝、します。ベヒーモスを倒す為の手立て、頼りにしてます、ね」
 嫋やかに告げる『約束の力』メイメイ・ルー(p3p004460)にロックと呼ばれた男――魔法使い(ウォーロック)と名乗った『元プーレルジールの魔王』は「こちらこそ」と静かに笑った。
「僕が役に立てば嬉しいけれど、混沌の技術者達も優れているようだから、それ程心配は要らないだろうね」
 それは何よりも喜ばしい言葉だろう。自慢げなクレカを見れば、温かな気持ちになる。秘宝種である『おいしいを一緒に』ニル(p3p009185)はコアのあたりがぽかぽかとするのを感じていた。
「ニルは、クレカ様とロック様が一緒にいるのを見るのはコアのあたりがぽかぽかします。かぞく、は一緒がいいのですもの。
 ロック様が力をかしてくださるの、とってもとっても心強いのです! がんばって捕まえなきゃ、ですね」
 家族という言葉に気恥ずかしそうに身を縮めたクレカは「お父さんと一緒、って、何だか恥ずかしいね」と頬に手をやった。
「でも、……うれしいね……? だから、ロックとクレカと……無事に戻る……この先の為にも……」
「うん。頑張ろう」
『玉響』レイン・レイン(p3p010586)へと力強く頷くクレカは心なし(ゼロ・クール)などではない。人との関わりで心を得た存在なのだ。
 秘宝種にとってマスターと呼ぶべき存在や家族と出会うことは稀だ。だからこそ、クレカにとってロックがいることがどれ程に喜ばしい事であるかを『山吹の孫娘』ンクルス・クー(p3p007660)もよく知っている。
「クレカさんも家族と再会できたんだね! 素晴らしいね!
 しかもクレカさんのお父さんがベヒーモスを解析してくれると言うなら私も頑張らないとね!」
 やる気を漲らせるンクルスと「解析」と呟いてから『紅の想い』雨紅(p3p008287)はちら、と二人を見た。
 解析を行ないそれがベヒーモスの打倒に繋がるとなれば願ってもない事ではあるのだが――クレカとロックが、そう『親子』がお願いしてくると言うならば雨紅だって尽力を惜しまない。
 お父さんと呼び嬉しそうなクレカに、父として振る舞うロック。それは感情の起伏が少なかったクレカには此れまで見られなかった変化でもある。
「お二人の繋がりがそういう素敵な形に戻ったのが、私はとても嬉しいのです」
「紛れもなく皆のお陰だ。だから、僕も……クレカと、クレカの友人である君達の居る世界を守りたいと思ったのだから」
「有り難うございます」
 穏やかに一礼した雨紅にロックは「こちらこそ感謝したい」と手を振った。
 そんな穏やかで腰の低い男が元々は魔王の座に無理にでも座らされていたというのだから驚きだ。この心の優しさや、思いやりを終焉獣が付け込んだのだろうか。
 人を操り利用する事は『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)にとっても許せぬ事だそれを乗り越えて獲た家族の絆は何としても喪いたくはない。
「えっと。やるのは『ちっさくん』を……1匹回収だね?
 解析して貰えるならありがたいし、僕達のためって言われると嬉しいね。クレカさんとロックさんの頼みなら、叶える為に僕も頑張るよー!」
 にっこりと笑うヨゾラに「わたしたちを皆が応援してくれているね」と顔を上げたクレカがロックを見てから気恥ずかしそうな顔をした。
 ほら、笑っている。これが家族との出会いに繋がったと思えば『狂言回し』回言 世界(p3p007315)も「よかったよかった」と手を打ち合わせて喜ぶところだ。唯一喜びづらいと言えば世界は元々前線に飛び出す勇者のタチではないのだが――
「面倒事など本来は御免なのだが、クレカやロックパパの頼み事とあらば聞かない訳にもいかないだろう。
 ……なんか、毎回同じような事言ってる気がする。まあいいか」
「世界は、やさしい」
 そっとクレカが手を握れば「そうでも無いはずだが」と言いながらも好きにさせてやる。「グリーフもやさしい」とクレカは嬉しそうに見た。
 クレカにとって『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)は家族と同等の存在だ。友人だとも思って居る。クレカから寄せられる信頼と親愛をグリーフは感じ取ってから目を伏せた。

 ――迷うなら、私を連れて行って。貴女の、答えを探したい。

「クレカさん」
「うん」
「あの日かけられた言葉。答えは、まだ見えません。いいえ。きっと、ずっと探し続けるものなのでしょう。
 ……けれど今。目の前で混沌を。彼女(ラトラナジュ)が護ったものを傷つけられることは許せません。混沌が滅びる。
 それは、プーレルジールの滅びにもつながる。一度、見捨ててしまった、クレカさんの、そして、私にとっての故郷
 ――もう一度私に機会をくれるというのなら。もう、譲りません」
 静かに告げるグリーフに、クレカは言った。
「あれはきっと、わたし達に覚悟を求める戦いだったんだよ。だから、ここからは、わたし達の本気を見せる戦いなんだと思う。
 生きていく意味を、生まれた意味を、それから、わたし達の未来を探しに行こう、グリーフ。ううん……『わたしの家族』」
 世界はクレカを見て目を瞠った。ああ、彼女は思ったよりも強くなったのだ。


 ターゲットは視界に収まっている。ヨゾラは『でっか君』、そしてクレカやロックの位置取りを先ずは確認した。蜥蜴をファミリアーに利用したのはこの砂漠地帯にはぴったりな存在だからだ。行動指針は決まっていた。『こっそりと』だ。
「それじゃ、作戦開始だよ」
 ヨゾラに頷いたのは共に捕獲を行なう雨紅であった。捕獲対象の算定を行ない、周辺敵を刺激しないようにと気を配る。
 無用な戦闘を出来うる限り避けての安全的対応が此度のイレギュラーズに求められたものだった。
「レオ……お願いね……」
 小型のカメレオンは地を走り抜けて行く。それはレインの友である『レオ』だ。
 レインは紙とペンを手に、レオの視界から出来うる限りのちっさくんやでっかくんの光景を把握するようにと持ち前のイラスト作成技術を駆使して書き連ねた。もしも、何らかの変化があったならばこのスケッチが役に立つ可能性がある。
 戦闘方法や動き方そのものに大きく個体差が存在して居るならばスケッチを行なっておくことで資料になり得る可能性もあるからだ。
 出来る限り悟られてはならない。何者かが此方を把握する可能性もあるレオが包まれるのは緊張感に他ならない。
「……しい、です」
 囁くニルは出来るかだけ小さな結界で風景を壊さぬように、そして物音を悟られぬようにと考えた。ファミリアーの蜥蜴と鳥は天地それぞれからその状況を把握する。
 呼吸をも不要である秘宝種。その肉体は隠密行動にはよく適していたのだろう。呼気を求めず、熱を求めず。ピタリと動きを止めて闇に忍べばその姿はあまり悟られることはない筈だ。
「静かに、静かに……こっそりです」
「はい。都合の良い個体を探しましょう。そうそう顕れないかも知れませんが――」
 グリーフは蠍、蛇、蜥蜴と砂に隠れる事の出来るファミリアー達がじりじりと『ちっさくん』を狙っている光景を見据えていた。
 隠密行動に優れ、遠距離から引き寄せることの出来るヨゾラや雨紅が実働隊として逸れたちっさくんを引き寄せる。そして、その個体を生け捕りにして早々にこの場を離脱するのだ。
「うまくいくかな?」
「大丈夫です。信頼を」
 グリーフにクレカはこくりと頷いた。周辺警戒を怠らず、護衛役として傍に残ってくれたグリーフにクレカは安堵を覚えているようである。
「クレカさんは何か心配事があるのかな? 大丈夫だからね! ロックさんを護衛するクレカさんを私が護衛みたいな気持ちだし、何かあれば任せて!」
「うん。ありがとう」
 にこりと笑ってからンクルスの気配はか細くなった。ロックとクレカを守る為の人員配置だが、ンクルスは周辺警戒をも怠らない。
 ロックは終焉獣を解析しようとする魔術師だ。その上に終焉獣に寄生され長らくの間は肉体が魔王の座に着いていた。自我の部分でンクルスは気になって問うてみたが「朧気にならば覚えている」と言うのだから『最も邪魔な存在』でもあるだろう。
(うん。ここでお父さんを亡くしちゃうなんて事があったらそれこそ問題だし、頑張らなくっちゃね。
 ちっさくんを確保為て、ロックさんとクレカさんと一緒にここを離脱しなくっちゃ! 大丈夫、創造神様のご加護はあるのだから!)
 立派なシスターとなるならば、肉体言語(おはなし)をして人々に創造神様の有り難みを教えるべきだ。だが、幾ら教えても理解の欠片もしてくれなさそうなちっさくん達には話す価値もない。
 汝、為したいことを為せば良いとほがらかに告げるかの如く。その両の掌に力を込める。なんでも出来るのは両手が空いているからだ。護るべき人を抱き締めて、倒すべき相手を殴ることだって出来る。
「さて、クレカ、ロックパパ。僕はどうするか迷ったのだが……知識はそこそこある。あちらのサポートに回る」
「世界」
「どうかしたか」
 グリーフに守られているクレカがおずおずと世界を見た。彼女はどこか困ったような顔をして「世界、いやじゃない?」と問うた。
「厭だったらしていない。それに足手纏いにはならない程度の知識があるはずだ。
 クレカ、大事なのはスピードと隠密性だ。この場に留まれば敵が増え続ける上、他人に動きを悟られやすくなる。大丈夫だな?」
 こくんと頷くクレカに世界は「それでいい」と囁いてからその戦略眼と合理的思考を駆使してちっさくんを眺める。
 隠密行動をとるヨゾラ、雨紅、ニルとレインと共に世界はその知識の全てを活かした。ロックが解析できるというならば魔術的知識も役に立つはずだ。個体の状況を的確に把握してGOサインを出すまで、僅かな時間。
「ご心配、ですか?」
 メイメイが問えばクレカは困った様子で頷いた。無理をさせていないかと不安になったのだと呟く。メイメイは肩を竦める。
 作戦前にロックに貸し与えた霧纏いの衣。ふわりと不可視の霧に包まれて、作戦開始の刻を待つ。
「大丈夫、ですよ。きっと……わたし、たちは、イレギュラーズですから」
 闘うためにいるのではない、自ら選んで立っている。メイメイがふわりと笑えばクレカは小さく頷いた。衣擦れの音と共にロックの肩が僅かに揺れる。
 その狭い範囲領域だけでも姿を隠していられるのは重畳だ。メイメイが「わたしから、離れないでください、ね」と告げる代わりにロックは「離れないようにしたまえよ」と優しく言うのだ。
「僕もこうした気配を遮断する魔道具を要しておけばよかったか。此方ではあまり魔術が作用してくれなくて難しいのだけれど。
 ……ああ、ほら、クレカ。動きがある。言葉は唇を引き結んで少しだけ口の中で踊っていて貰おうか」
「はい」
 頷いたクレカは父の言葉には従順だった。その様子にメイメイは微笑ましくなる。衣の宿した霧の気配の恩恵を受けるメイメイは世界が知識を活かし『一つの個体』に絞ったことに気付いた。
「動きます」
 ロックは頷く。捕獲用の術式を念のために用意してくれるロックに安心感を覚えた。それでも彼はこの世界ではまだ『魔術的に不安定さ』を感じているようだ。それはプーレルジールからやってきたアイオンやマナセも同じだった。強大な力が故郷で存在するからこそ馴染むのには時間が掛かるのか、それとも『混沌肯定』であるのかは定かではない。
(さぁ、こっちに来い……!)
 世界の合図に頷いてヨゾラは一体を狙い撃った。雨紅はその動きに小さく頷く、傍に離れていた個体を念のために呼び寄せた。
 惹き付けられたのはその一体ずつと、傍に居た一体だ。三体ならば対応も出来ようか。ゆっくりとンクルスは立ち上がる。


「……! 来ました……!」
 ニルが杖をぎゅうと握り締めた。チクッとして引き寄せてそのまま叩き付ける。ありったけをぶつけることが此度のニルに求められたものなのだ。
「少しだけ、です」
「これくらいなら対処もできるだろう。このまま行くぞ」
「はい」
 世界に頷いてからニルはさいど呼気を消した。吐息などなく、生気さえ帯びていないつるりとした人形の肢体が動く。
「ロック様、クレカ様、任せてください。ニル達ががんばります」
 走ってくるちっさくんを真っ向から見据えてレインは「世界が選んだ、あれ……『おっとり』とした、個体……?」と首を捻る。
 動きは鈍重だ。そうした個体は攻撃力は高いが一斉に叩き込めば倒す事も用意だろう。レインは釣られてやってきた個体がすばしっこい事に気付き、その反応速度だからこそ連れたのだと認識した。
 接近してくる其れ等に眩い光を放つ。クレカとロックの所には近付くことがないように、余分な接近や退路が存在しないようにと位置取りにも気を配る。
「折角クレカがロックと居られて嬉しいんだから……邪魔しないで……」
「レイン……」
 クレカはぎゅう、と両手を組み合わせた。父親と呼ぶ魔法使いが傍に居ることをクレカは心から喜んでいる。
 そして、それ以上にグリーフや世界を始めとした仲間達を友達と呼び、ロックを父親として認められたことが嬉しくて堪らないのだ。
 これが『親子の初めての共同作業』なのだから、勿論邪魔など必要としていない。ニルが接近してくるちっさくんへと鋭い魔力を叩き付けた。
 ありったけをぶつける。出し惜しみなんてしている場合じゃない。撤退は頭の中に叩き込んでいる。その為に作戦も完遂しなくてはならないのだ。
「後方へ」
「わたしも、闘う」
「いいえ。ここは任せてください」
 ラトラナジュなら、アーカーシュの仲間なら、きっと『仲間を信頼してくれ』と言葉にするだろう。その灯火をグリーフは知っている。
 クレカはグリーフが何を考えて居るかを分かって居る。自らが踏み込めぬ心の柔らかい場所があるのだから。
「今日の槍は特別です」
 後方から引き寄せる。雨紅は真っ向から見た。三体ならば一体だけを『生け捕り』にすれば構わない。1体を明後日の方向に吹き飛ばし戦闘を悟られぬようにと雨紅は再三の注意を払う。
「ありがとう! あと二体だね! もう一体、遠くに飛ばす?」
「そうしましょう。まだ此方に誰も気取られてはいないですから」
 ヨゾラは頷いた。ならば、『ターゲット』だけを選べば良い。メイメイがロック達を隠してくれている内に、そして、彼が捕獲の術式を用意している内に。
(泥よ、ちっさくんを殺さず削れ……!)
 出来うる限りの土台を整えるのだ。ヨゾラと雨紅、そして知識を活かして見極める世界を一瞥してから「あと一体は倒すんだね?」とンクルスは問うた。
「倒すなら得意だよ!」
 にこりと笑ったンクルスはその一匹を引き寄せる。それは単純に倒してしまえば良いのだ。相手を掴む。勢い良くバックドロップを五連。そして大地に叩き付ける。
 その様子を眺めて居たクレカは「ンクルスはすごいね」と迷った様子で拳を振り上げる。「出来なくとも、だいじょうぶ、ですよ」とメイメイはぱちくりと瞬いた。
 ちっさくん一匹を打ち倒したンクルスはくるりと振り返った。繊細に、魔力を練り合わせ、ちっさくんを捕らえる仲間達。
 ロックの捕縛魔術をサポートするようにレインと世界が支えている様子をクレカは見る。
 魔王だったその人が、こうして味方として過ごしている。その光景がクレカにとっては望んでいた世界のように思えたのだ。
 ちっさくんは気を失っている。だが、目を覚ましても良いようにと万全な準備が施される。
 ロックが「これで大丈夫だよ」と振り返ればほっとしたようにニルは胸を撫で下ろした。
「確保、です……!」
 メイメイへとニルは頷いた。
「……どうか、ベヒーモスを止める為の手がかりとなりますよう、に」
 メイメイは「ロックさま、こちらです」と呼ぶ。グリーフの準備していた『撤退経路』を辿るように仲間達は一斉にドレイク・チャリオッツへと乗り込んだ。
「これで作戦は成功だ。『秘密兵器』とやらに期待させてもらうからな」
 世界の言葉に「期待をしてくれ。無事に完成させるよ」とロックは穏やかに微笑んで見せた。
「クレカさん、行きますよ」
「うん、グリーフ、ありがとう」
 早期撤退の準備は整えていた。警備スキルを駆使しより『人が居ない方向』へ、そして安全な道を探し求めるようにグリーフは撤退を促す。
 精霊達の声音を聞きながら、はたと思った。
 ――でっかくんと呼ばれる存在をこの地の精霊達は怯えた様子では見ていない。それは大地から顕れたからだろうか。
 まるであの生物はこの場で受け入れられているかのように身を屈め静かに過ごしていたのだ。
(……不思議なものですね。あの終焉獣はこの大地を滅ぼすために姿を現したというのに、あるべき姿のようだったように精霊が受け入れているのですから)
 誕生と死は同じ輪の中にあるとはよく言ったものだ。身を乗り出さないようにとクレカを支えながらグリーフは目を伏せる。
「グリーフ?」
「いいえ。何も」
 もしも、あの獣が大地を滅ぼすことを精霊が、この大地が、許容していたとしても。
 許すことなど出来ない。ラトラナジュが守ったこの世界は生きる事を求めているのだから。
「……良い結果となりますように」
 今はそう願うしか無い。崩れ始めた世界が、どの様に進んでいくのか――未来を決めるのはイレギュラーズなのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした!
 ロックとクレカにとっても為すべき事が見えたことはきっと素晴らしい事のはずです。

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