PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<グレート・カタストロフ>燃え滓より熱きもの、怒りより滾るもの

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 夢を見ていた。
 夢の中、僕は暗い場所にいる。
 いつからそこにいるのか、どうしてそこにいるのか分からない。
 狭いのか広いのか分からない。
 そもそも僕が立ってるのか座ってるのか、寝転んでるのか。
 あるいは逆さまなのかさえも分からない。
 暖かくもなく、寒くもない。
 匂いはなく、音もなく。
 何かに触れている感触もなく、当然のように味もない。
 ただただ、曖昧な時間と空間の中で暗いことだけは分かった。
 それが夢の中の僕に唯一『生きている』ことを教えてくれる。

 不意に、世界に罅が入る。
 小さな罅の向こうから光が見えた。
 僕は眩しさに目を閉じて、でもそこに行きたくて手を伸ばす。
 とても暖かくて、僕をここから出してくれる――そんな気がして、怖くはなかった。

 そのはずなのに。
 近づいて、触れるその寸前に感じるのは吐き気を催すほどの不快感。
 醜悪で腐敗した何かを口いっぱいに頬張らされるみたいな気持ち悪さ。
 怯んでしまえば、それとは別の気持ち悪さに思わず声をあげる。

 そうして、目を覚ます。
 この数日はずっとそうだった。
 目を覚ますとじっとりとした汗を掻いていて気持ち悪くてたまらない。
 怯んでから飛び起きるまでの短い時間に感じる衝動は一言で言い表すことが難しい。

 それはまるで、『僕を構成する何か』が抜け落ちてしまうようだった。
 それを人は『喪失感』と呼ぶらしい。

 寒くもないのに寒気がして、思わず身体を抱え込んでしまった。
 それは『恐怖』と呼ぶのらしい。

 僕は喪失感と恐怖というものが何かまだ知らなかった。
 でも、出来れば知らないままでいたい感覚だった。


「もぐもぐ……もぐもぐ……」
 イレギュラーズが依頼人の下へ訪れた時、その依頼人は美味しそうにお菓子を食べている最中だった。
「……ん! んんっ!」
 それに気づいた依頼人の青年は慌ててグラスに注がれたドリンクで口の中の物を流し込む。
「美味しかったぁ……御馳走様」
 食後の挨拶までを丁寧にしてから、青年は改めてイレギュラーズの方を見る。
「こんにちは、ローレットの人たち。僕の名前はニーズ=ニッド。
 君達にお願いしたいことがあるんだ」
 改めてニーズ=ニッド(p3n000308)を見れば、どこに先程のお菓子が入っているのかと思えてしまう程に線が細い。
「……なんて説明するのがいいのかな? 僕自身も説明しにくいんだ、ごめんなさい。
 えぇっと、なんていうか……虫の知らせ? っていうんだっけ。
 この辺がずっとモヤモヤしてるんだ」
 そう言ってニーズは自分の胸元をさする。
「……すごく、嫌な予感がする。まるで僕が僕じゃなくなっていくみたいな感じで。
 なんだか、それを取り戻したいような気がするんだ。
 場所はチェルノムス山……ここは『魔獣』ニーズヘッグと君達が戦った場所。
 僕の何かが、ここに何かがあるって言い続けてる。それを、取り戻しに行きたい」
 そう結んだ青年は少しだけ言い淀み。
「君達に知らせず勝手にいけばいいって思うよね。僕もそう言われても否定はできないんだ。
 でもね、この感じ、例のなんだっけ……バグ・ホール? とかが出来るようになってからなんだ。
 何だか、とてつもなく嫌な予感がしてたまらないんだ」
 そう言って、どこか蛇のような空気を纏った青年は自らの腕を抱いて小さく身震いする。


 その小さな山は雪景色に白く覆われていた。
 木々の多くを失った小さな山は、先史時代に神と崇められたこともある魔物ニーズヘッグの痕跡だ。
 その山を七巻半した大オロチはイレギュラーズの奮闘によって撃破された。
 それから時をそれほど負わずに発生した鉄帝動乱も終わり、今は静かな平野が戻ってきつつある――はずであった。
「旨そうな匂いだ、希望の匂い」
 そう笑うのは10mサイズの巨大な蛇だった。
 銀の鱗に真紅の瞳をした巨大なる蛇はニーズにどこか面影を感じる――否、逆だ。
 どことなく面影を感じるのはニーズの方だ。
「腹が減って仕方ない。我は『星界獣』。
 すべてを喰らい尽くし世界を滅ぼすためにあるもの。
 どうせ全て食らいつくすが――ちょうどいい。
 お前らのように旨そうな連中がいるのなら、お前らから喰ろうてやろう」
「……あぁ、もしかして、こいつってニーズヘッグ?」
 そう、その姿は間違いなく、イレギュラーズの手で葬られたはずの神話の大オロチ・ニーズヘッグにほかならぬ。
「ニーズヘッグの残滓を食べて姿を変えたんだろう。
 僕はニーズヘッグ退治の伝承が構成要素の1つだから、それを食われて自分を失ったような気がしてたんだ。
 嫌な予感がしたのは正解だったってことだね……力を貸してほしい。
 あれがこのまま成長したら若しかすると本物より質が悪い『何か』になる気がするんだ」
「――抗うか、愚かだな。全て、全て食らい潰すのみ」
 そう語る巨大なる蛇のその背後からわらわらと姿を見せたのは、甲殻類を思わす星界獣の幼体たち。
「この世界は滅びから遁れることなどできねぇがよ。
 このまま何もせずに他の連中が滅ぼすのを待ってるのもつまらねぇ。そう思わねぇか?」
 不意にかかった声、そちらを向けはそこには偉丈夫が1人。
 毛先に行くにつれて白く変わる黒髪に蛇のような縦筋の瞳。
 その手には蛇腹の剣が握られていた。
「……誰?」
「俺か? 俺の名はヴァルデマール。ここで死んだ男だ。
 どっかの獣が俺の欠片とくっついたらしいからな、自我を貰ってやった。
 さぁ、始めようぜ、イレギュラーズ――短い逢瀬にゃなるだろうが、お前らのことだ。あの時より、ずっと強くなってんだろ?」
 凄絶に、その男――ヴァルデマールが笑みを刻む。
 その周囲に存在するのはヴァルデマール同様に変容する獣達だろうか。
 既に終わった物語の残滓に過ぎぬものであれど、ここで逃がせば碌なことにはなるまい。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】『星界獣』ニーズヘッグの撃破
【2】『変容する獣』ヴァルデマールの撃破

●フィールド
 鉄帝国の北部、チェルノムス山と呼ばれる小さな山を奥に据えた平原です。
 かつてイレギュラーズと『貪る蛇』ニーズヘッグとの決戦が繰り広げられた戦場です。

●エネミーデータ
・『星界獣』ニーズヘッグ
 かつては神と崇め奉られていた時期も存在する先史時代の怪物――の姿に変じた星界獣です。
 本物は小さいと言えど山を七巻半する途方もない大きさでしたが、こちらはせいぜい10m程度。
 外見こそニーズヘッグですが、本物が持っていた特殊な能力は持っていません。

 HP、物攻、神攻、豊富なEXF、防技、抵抗を持ちます。
 巨大な体躯を駆使した薙ぎ払いや噛みつきなどの物理攻撃、ブレスを用います。
 薙ぎ払いには【乱れ】系列、噛みつき攻撃には【毒】系列のBSを与える効果があります。
 ブレスには【火炎】系列や【毒】系列、【不吉】系列のBSを与える効果があります。

・『星界獣』幼体×5
 ロブスターのような姿をした星界獣の幼体です。
 強靭な鋏による【出血】系列、【凍結】系列、【致命】のBSを与える斬撃を行ないます。

・『変容する獣』ヴァルデマール
 蒼白く透き通った身体に蛇のような髪、縦に割れた瞳孔をした蛇腹剣使いの男。
 かつてイレギュラーズにより撃破された魔種の残滓を吸収した変容する獣。
 それが主導権をヴァルデマールの自我に奪われた存在です。

 【火炎】系列や【毒】系列、【出血】系列、【火炎】系列のBSを用います。
 蛇腹剣のため非常に広範囲を効果的かつ効率的に殺傷する術に長けています。

・『変容する獣』傭兵×5
 蒼白く透き通った終焉獣です。
 獣種の傭兵のような姿をしていますが、人語は語りません。
 銃を持つ個体、剣を持つ個体が存在します。

 銃を持つ個体は遠距離戦闘を主体とし【足止め】系列、【痺れ】系列のBSを用います。
 剣を持つ個体は近距離戦闘を主体とし【出血】系列、【凍結】系列のBSを用います。

●友軍データ
・ニーズ=ニッド
 かつて『亡者』と名乗っていた精霊種の青年。
 病弱そうな雰囲気を漂わせた蛇の目が特徴的な華奢な青年。

 イレギュラーズと交友し、名を与えられて以後はニーズ=ニッドと名乗っています。
『<貪る蛇とフォークロア>シリーズ』の結果うまれたイレギュラーズによる『魔獣』ニーズヘッグの退治。
 その英雄譚と何らかの自然的な要素がくっついて生まれた存在です。
 外見こそ線の細い青年ですが精神年齢は食欲と好奇心旺盛な成長期の男の子。
 食べるのは大好き、お勉強は少し嫌い。

 最近は叙事詩や伝承の類を読むのが趣味になっています。
 感覚としては『精霊種になってない同族』のようなものなのでしょう。

 鉄帝編後、魔術の修行を始めました。
 曰く『僕が生きることがテオドシウスへの弔いになればいい』とのこと。
 最近は夢見が悪く、『何かが自分の中から消える』ような感覚を覚えています。

 イレギュラーズには及びませんが戦力としては期待できる程度のスペックです。
 多種類の精霊と意思疎通しながら戦う神秘アタッカーです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <グレート・カタストロフ>燃え滓より熱きもの、怒りより滾るもの完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年02月08日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
老練老獪
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

サポートNPC一覧(1人)

ニーズ=ニッド(p3n000308)

リプレイ


 冬の風がまだ肌に刺さる。
 突如としての思いがけぬ再会は予測しろというのが無理な話だった。
「滅びだってのは随分と面白い夢を見せてくれる。
 報酬を前払いされたんだ、応えなきゃ傭兵じゃねえだろう?」
 剣を抜き、蛇の如く一筋の瞳を輝かす男――ヴァルデマール。
「ここまで似るとは恐ろしいものだ。
 ――と言いたい所だが、相変わらずだなヴァルデマール。
 だがお前はそれでこそというものだろう」
 ざっと敵の数を確認しながら『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)はヴァルデマールへと応じてみせる。
「まったく滅びだなどと勿体ない。
 お前達が好きに暴れた後、巡り巡ってニーズが生まれた。
 まだまだ何もやってないも同然なのに滅んでる暇があるものかね!」
「あん? そういやぁ、そっちの子供。どことなくニーズヘッグに似てるな……」
 片眉を上げてしげしげとニーズ=ニッド(p3n000308)を見やり、首を傾げる。
「ニーズヘッグはずいぶんと小さくなりましたか。あの時のような威圧感は感じません」
 蜷局を作る大蛇を見やる『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は小さく言葉を漏らす。
 小さくとも山を七巻半してみせた大オロチに比べてしまえば10m程度、あまりにも小さい。
「――矮小な人如きが、随分と大きく吠える」
 呼気を白く零す口を開き、蛇がココロを、そしてイレギュラーズを見下ろした。
 けれどその眼力さえもどこか本物には及ばない。
(それはニーズヘッグが以前ほどじゃないのか、それともわたし達が強くなったのか)
 魔術障壁を展開し、ココロは内心に思う。
「そうね……あの偉大だった蛇も随分と……」
 ココロの言葉へ応じる『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はそれを見やりやや目を細めて感傷を覚える。
 成りも威厳も随分と目の前の蛇は本物に遠く及ばない。
 だからこそ、というのもあろうか。
 まず何よりも狙うべきは、あちらではないとイーリンは思っていた。
(ヴァルデマール。人数差が開くほど切れ味が増す男。
 ……死に場所を求め、そして散っていった)
「今回もう一度死ねるなんて羨ましいわ――なら、私も遊んであげる」
「は、わざわざ待ってたんだ。そうでなくちゃつまらねえな!」
 笑うままに掲げたヴァルデマールの剣が蛇のように揺れている。
「星界獣も厄介な残滓を取り込んでくれたものだ。
 確かに、成長したら恐ろしいモノになるだろうねぇ。
 ここはニーズ=ニッドの旦那がすぐに察知してくれて幸いだったと考えるべきかな」
 ゆったりとした所作で『闇之雲』武器商人(p3p001107)は蛇へと向き合った。
 見上げる大きさの大蛇は真紅の瞳で武器商人を見下ろしている。
 両者の視線が交わり――武器商人は口元に笑みを刻む。
「ひと回り……いや、随分と小さくなったがまたあれと対峙することになるとはな」
 そう笑うのは『蛇喰らい』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)だった。
「また食われにでも来たか? 良いだろう今度は蒲焼だな」
「食うだと――捕食者を間違えたな! それはこちらだ!」
 しゅるりと蛇の下が鞭のようにしなる。
「既視感を覚える光景です。随分と懐かしい。
 しかしニーズヘッグは紛い物、共にあるのは魔女ではなく蛇腹剣の方ですか。
 何であれ、過去から生まれた物を打ち破れずして、破滅の未来には立ち向かえません。
 始めましょう。そして、終わらせましょう」
 長剣を抜いて告げる『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)にヴァルデマールが笑みを刻む。
「いいねぇ、どっちが終わるか知らねぇが早々のご退場はつまらねぇ。楽しませてもらうぜ?」
「それはそちら次第ですね」
「言ってくれる!」
 にやりと笑う男はどこまでも楽しそうだった。
「大切なパートナーと、親愛なる我らが隊長と……大切な仲間達と一緒に居る。
 どんなに強い敵だったとしても、怖くはないのだわ」
 ココロとイーリン、そしてこの場にいる仲間たちに視線を巡らせ『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は一つ呼吸を入れる。
 正面から敵を見る。そうすれば自分の切った啖呵が、信頼が、確かなものだと再確認できた。
 この場にいる全ての仲間たちの背中を押すには、それで十分だ。
「ニーズ、ありがとう。助けを呼んでくれて」
 柔らかく笑いながら『ヴァイス☆ドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)はニーズへ声をかける。
「うん、こちらこそありがとう、応じてくれて嬉しい」
 言葉少なに頷く青年はまだ子供だ。
 それを思えばその言葉少なさも幼さ故だと分かる。
「大丈夫、私達と一緒に自分を取り戻しに行きましょう」
「――うん、僕も取られたままなのは少し、気分が悪い」
 ちょっとばかり不機嫌に言ったニーズに小さく笑ってから、レイリーはニーズヘッグの方を見やる。
「貴方も頼りにしてるから。頑張っていこう。ニーズはあっちをお願いできる?」
「……うん。分かった」
 ちらりとニーズヘッグを見やり、ぼんやりと眺めたニーズがそう頷いた。
「久しぶりだニーズ。再会を喜びたいが、それどころではないな。
 めでたしめでたしで終わらせた物語の死者が戻ってきては、いけない」
 そう語るのは『黒のステイルメイト』リースヒース(p3p009207)である。
 目の前の敵は既に終わった物語。死者は蘇らない――それは混沌の摂理である。
 正確には蘇ったわけではないにしろ、退場した役者がまた舞台に登ることはあってはならない。
「そして私の同族で友である者が変質してしまうのは、一番見たくないのだ」
「変質……そうだね」
 リースヒースの言葉に応じたニーズは自分の身体を少しばかり見やりこくりと頷いた。
「生まれたての精霊種は、まだあやふやなところも多いであろうし。全力で亡霊は祓おうではないか」
「うん、ありがとう」
(強烈なプレッシャーを感じます……でも不思議と怖くはない)
 その場に集った仲間たちを見やり『プリンス・プリンセス』トール=アシェンプテル(p3p010816)は目を閉じて自分と向き合っていた。
(それはきっと背中を追い続けた歴戦の先輩イレギュラーズが一緒だから……気後れは、していない)
 そっと瞼を開いてもう一度、改めて敵を見る。
「……なら、彼らと肩を並べる事ができた僕自身の矜持を以て戦うまでです」
 金色に輝く刀身の愛剣を構え、騎士は決戦の決意を告げる。
「良いじゃねぇか。そういうの、嫌いじゃねぇ」
 向かい合い、交える視線の先、にやりと愉快そうにヴァルデマールが笑った。
「ヴァルデマール。前はあんたの取り巻きを片付ける仕事をしてたけど――」
「イーリン、私の分までぶつけてきて」
 イーリンの宣誓の声に続け、レイリーは告げる。
「えぇ、もちろんよ――神がそれを望まれる」
 イーリンは短く応じるままに前へ走る。それは戦いを告げる言葉。
 星に連なり、夜空を切り裂き、闇を照らし、希望を告げる騒々しい凱歌。
「――今回は最初から付き合ってあげる!」
 肉薄、弾かれるようにイーリンの背中から飛び出した刃がヴァルデマールへと飛ぶ。
「へ、そりゃありがたい。やってみせろよ、騎兵!」
「こっちよ」
 それは牽制に過ぎぬ。小さなその背中に背負うもの全てを刃に。
「――そりゃあ流石に拙いな!」
 楽しそうに笑いながら、ヴァルデマールが剣を揺らして盾のように展開する。
 イーリンにとってその動きは寧ろ好都合だった。
 無数の刃で剣を削らんと叩きつけていく。
「いいねぇ……こうでねぇと出てきてやった甲斐もねぇってもんだ!」
 獰猛な笑みを浮かべた偉丈夫が笑う。
 振るう蛇腹剣が戦場を斬り払い、特に最前線にいるトールを斬り刻む。
「さぁ、存分にやろうぜ、ローレット!」
 3度に渡る蛇腹剣の応酬はトールを中心に射程に入ったイレギュラーズを攻め立てていた。
「あの時の戦いを共に乗り越えた仲間だ。恐れるものはない」
 リースヒースは大粒のルビーを戴く黒剣を構え目を閉じた。
 葬送の鐘、宿命の音を奏でるべく誓いを紡ぐ。
 共に戦った者達へと齎す言の葉は彼らの集中力を高めていく。
 続けた言の葉が戦場の影を導きに変えて行く。
「まずは露払い――」
 オリーブは腰を落として構えるままに、クロスボウを取り出した。
 放たれた矢は戦場を翔け抜け、ヴァルデマールとその近くにいた変容する獣達へと突き立っていく。
 精密なる狙いで放たれた矢が足の関節を貫いた個体もありそうだ。
 それを横目に、オリーブは既に走り出していた。
「自分の剣は、ただ一人を必ず打ち破るための剣です。お付き合い願いましょうか」
 踏み込みの刹那、握り締めた剣に力を籠める。
「――対神技『鋼覇斬神閃』」
 それは文字通り神を斬り閃く剣。
 対城技と対人技の先に見出された『対神』の剣。
「神とは大きく出るじゃねえか!」
 愉しげに笑うヴァルデマールの蛇腹剣ごと、その身体に浅からぬ傷をつける。

「ヴァイス☆ドラッヘ! 只今参上! ちょっとお兄さん達、私の歌と踊り見て行かない?」
 レイリーは変容する獣達に向けて飛び込んでいく。
 白き竜が戦場へと降り立てばそこは彼女の領域。
 美しき白竜の視線と歌が、踊りが戦場を舞台に変えて行く。
 ココロはその姿を見ていた。
(そうか、わたしの前にはヴァイスドラッヘがいる。
 絶対なる安心感。だから向こうに見える敵に威圧を感じないのです)
 目の前に立つ白竜は戦場のアイドル。彼女は倒れない。
 それがもたらす絶対なる安心感は絶大なる信頼に裏付けされたもの。
 その姿に頼もしさを感じながら、伸ばした掌。
 術式が放つ青く輝く光は戦場を奔り、傷を受けたばかりのトールの傷を癒していく。
「メインディッシュは後回しだな。前菜にはちょうどいい」
 一気に駆けだしたバクルドは肉薄と同時に明鏡雪鋼を振るう。
 斬撃に対応した変容する獣へと杖銃を突きつけ、引き金を弾いた。
 それはバクルドが編み出した技だった。
 持ち得る銃弾と技量の全てを費やす連打は人の形だけを整えたケモノに食らわせるにはあまりにも重い。
 連続する攻勢に獣の身体から大量の滅びのアークが零れだす。

「飛ばしていくぞ」
 ラダが銃口を受けた先にはロブスターのような姿をした星の獣たち
 動きの鈍いそれらへ向け、ラダは愛銃の引き金を弾いた。
 黒い銃身より放たれる銃弾は砂漠の砂嵐を思わす極まった制圧力を見せる。
 銃弾が炸裂する音が響き、ロブスターどもの硬そうな身体をいともたやすく打ち砕いていく。
 攻勢を受けた敵が動き出す。
 華蓮はココロと視線を交えて微笑する。
「隣にパートナーがいるのだから……何も心配はないのだわ」
 それはココロもきっと思ってくれていることだ。
 紡ぐ祈りは自分自身へと齎される慈愛と奇跡の加護。
 温かなる光は神より授けられる慈愛の光。
 刻まれた傷を瞬く間に癒していく。
 ココロはふと視線をニーズに向ける。
(そこにいるならわかるでしょう、ニッド。あなたの『生き返り』も、ちゃんと見てますよ)
 ぼんやりとしているように見える青年がニーズヘッグを見た。
「僕の半分を返して」
 小さくそう告げる声が何となく耳を打った。
 展開された術式がニーズヘッグやロブスターどもの動きを絡め取る。
「そのちっぽけな体躯ですべてを喰らうとは愉快な大言壮語を吐いたものだね。
 今すぐ尻尾巻いて逃げ隠れて、こそこそつまみ食いしてればもう少しマシな大きさになるんじゃあないかい? ヒヒヒヒ!」
 そう嗤うままに武器商人はニーズヘッグの眼前へと佇んでいた。
 蒼き煮え炎の権能を纏う其の王はたかが蛇ごときに意図的に注意を向けさせる必要を感じない。
「矮小な輩が――いうに事欠いて、俺に逃げろだと?」
 何故ならば、言の葉だけで充分ゆえに。
「――よくぞ矮小なる者如きが吠えた! その無礼に応じ、殺してやる!」
「ヒヒヒヒ」
 嗤うソレとニーズヘッグの間に浮かぶ蒼炎が槍を作り出す。
 流星の如く撃ちだされた槍がニーズヘッグの身体へと炸裂する。
「ふん、言うだけはあるようだが――俺の敵ではない!」
 そう言って、蛇が口を閉じる。
 その口元に毒々しい瘴気が溢れ出し、放たれたブレスが一直線に武器商人を呑みこんだ。
「やんちゃな子だね」
 短い言葉の後、毒々しい瘴気が内側から蒼炎に呑みこまれる。
 傷を受けたのかさえ分からぬほどソレは平然とそこに立っていた。
 トールは一気に動き出す。
「蛇腹剣……半端に距離を取ったら絡め取られる! それなら一気にこちらの間合いで!」
 一気に飛び込み、肉薄。
 輝かんばかりの金色の剣に砕けぬ意志と覚悟を纏えば、その刀身は願いを受けてより華やかに輝きを放つ。
 眼前に笑う男との戦いへと極限の集中を以て打ち出した刺突は冬の陽光に煌きながら放たれる。
「いいねえ、確かにそりゃあ正しい判断だ――でもまぁ、こっちも歴戦の傭兵なんでね。
 そういうこと考える奴にも会ってきた――対策なら用意してるんだな!」
 跳ねるように振り上げられた蛇腹剣がトールめがけて降り降ろされる。
 跳躍して躱した刹那、地面へと打ち付けられた剣が跳ねるようにトールへと襲い掛かってきた。
「しまった――」
 蛇が獲物を締め上げるように絡みついた剣がトールの身体に多数の傷を刻む。


「獣ども、好きにしてな!」
 そう笑ったヴァルデマールは傭兵への指揮はしていない。
 いやそもそも、傭兵たちは変容する獣だ。仲間という括りでさえないのかもしれない。
 それに応じるように傭兵擬きたちはレイリーへと攻めかかってくる。
「お代は貴方達の命よ!」
 レイリーは挑発を重ねながら敵の様子を見ている。
 銃声が響けばそちらから角度を調整して弾き、銃口が見えればより容易く弾けた。
 振り下ろされる剣には確実に盾で受け止め、杖で絡めて跳ねる。
「偶像騎士の大舞台間近で最後まで見ていきなさい!」
 人語を解するレベルへの進化の見られぬ変容する獣達へと、アイドルはファンサのように合図をしてみせた。
「獣が人間の真似事しようが何も意味ねぇし何処にいようとも俺の射程内だ」
 群がる傭兵擬きへバクルドは杖銃を向けて弾丸をぶっ放す。
 隠し弾はいっそ大雑把にも見える軌道を以て放たれた。
 確かに狙い打たれた傭兵擬きがバクルドの方にも視線を向けてくる。
 その時には既に本命たる狙撃は放たれている。
 顔を上げた獣の脳天めがけ、運命を覆す至高の弾丸は鋭く突き立ち、貫通する。

「先程は大技の御馳走ありがとうございます――こちらも、行かせてもらいますね」
 トールは輝剣を握りなおし動き出す。
 輝く金色の光はオーロラにも負けず輝く月明かりのように光を強めていく。
 砕けぬ意志、滅びぬ覚悟を乗せた騎士の穿つ一閃はその覚悟を乗せた様に真っすぐにヴァルデマールに傷をつける。
「いいねぇ、戦士たるもの、そう来なくちゃなぁ!」
 愉しげに笑うヴァルデマールが守りを固めんと剣を振るう。
「それはもう、見ました」
 極限の集中の中、それを潜り抜けトールは無我の剣を叩きこむ。
 振り下ろした剣の軌跡が終わるよりも前に、トールは剣を横に払う。
 反射的に打ち出した剣閃の軌跡はヴァルデマールの首筋を狙っていた。
「マジか! 今のは想定してねぇな!」
「速攻のお膳立てはさせていただきました! イーリンさん、オリーブさん! お願いします!」
 対応すべく崩れた体勢、トールは声をあげた。
 ココロはその瞬間を待っていた。その手に宿すは炎熱の術式。
 呼び起こす不死鳥の羽ばたく先は誰よりも敬愛するあの人へ。
「お師匠様はこの戦い方が一番似合ってると弟子は思っています。支えるのはお任せ下さい。
 あなたの輝きを見るのがわたしの望み。わたしがそれを望まれる……ってね」
「ありがとう、ギアを上げるわ――!」
 イーリンは魔書内の全術式を平行励起する。
 その身は魔力で燃え盛り、瞳だけが煌々と輝いていた。
「――へぇ、そりゃあもう、面白いじゃねぇか!」
 愉しそうに笑う様はまるで獲物を見つけて笑う獣の様ですらあった。
 黒剣に紫苑の魔力を纏い、太陽すら落とすと誓った少女は獣へと剣を振るう。
「脱皮するならいつでもどうぞ、奈落の中に今一度落としてあげる。
 あなたの言う通り、手の内がわかっていれば対策する、道理よね」
「はは、そりゃあ申し訳ないね。あれだけは今の俺にゃできねえんだわ!
 どうにもあれは魔種だからできた芸当だったみてぇでね!」
「そう、それは残念。なら決めるだけよ」
 振るう剣が与える傷を蛇腹剣で多少なりとも落としながら受けるヴァルデマールへと静かに告げる。
「自分も忘れてもらっては困ります」
 オリーブはイーリンとヴァルデマールの応酬の横を通り抜けて肉薄する。
「は、俺と闘る奴を誰一人として忘れるもんかよ――」
 敢えて片手に持ち替えた愛剣を手に、オリーブは剣を払う。
 閃く剣の軌跡は人を確実に、効率的に破壊するべく紡がれる。
 連鎖する剣撃は極めて鋭く速く。
 変幻に紡いだ先に致命的な傷を作り出す。
 リースヒースの周囲、戦場へどこからともなく舞い降りる幾つもの黒い蝶たち。
 それらはくすぐるように、慈しむように戦場を舞い羽ばたいている。
 その羽音がまるで生命への讃歌であるようだと思う者もいるだろうか。
 揺らめく黒い蝶の羽ばたく音と、彼女たちが残していく燐光。
 それらが仲間たちへと一時の癒しをもたらしている。
 リースヒースはそっと蝶へと手を伸ばす。
 指先に止まった蝶が緩やかに羽を閉ざして小休止に戯れる。
「蝶に宿る霊達よ。私と友に戦ってくれ。かつてのヴァルデマールとの戦いを知るものもおろう」
 その蝶へとリースヒースはそう願いを紡ぐ。
 ゆっくりと大きく羽ばたいた蝶たちが、はたはたと飛んでいく。
 蝶たちは羽ばたき、ニーズの肩やフードへと止まって一休みを始めた。

「仲間意識にでも目覚めたか? お前達の相手は私だと忘れてくれるなよ!」
 ヴァルデマールの方へ動き出そうとしていたロブスター擬きに向け、ラダは一気に銃弾をばら撒いた。
 それらはロブスターどもに傷をつけることこそ出来ないものの、連中の意識をこちらへ向けなおすに十分すぎる。
 そのままうすのろと近づいてくる憐れな的たちめがけ、ラダは愛銃を構えなおす。
「私に近づいてくれるのなら好都合というものだ」
 ラダは短く告げ一気に引き金を弾いた。
 さよならを告げるにはあまりにも短い宣告の刹那、銃弾は嵐の如く放たれる。
「もう終わりそうだな……ニーズ、決めてやれ」
「――うん」
 ラダの短い指示に応じ、ニーズが精霊に呼びかける。
 砂漠の砂が大量の水のようにロブスターたちを押し流す。
「――ふん、幼体どもが消えたか」
 ロブスター擬きが倒れたのを確認したニーズヘッグが嘲笑のようなものを1つ。
「……だが連中も多少の疲れもみえるか」
「おっと、キミはもう少し我(アタシ)に付き合ってもらうよ」
 武器商人は完全に自分から目を離したニーズヘッグへと短く告げる。
「矮小、貴様のような得体の知れぬ輩の相手はしてられん」
「そうかい? けれどこのコ達はまだ相手をしてほしいようだよ」
 笑った刹那、ニーズヘッグの身体を昏き影が締め上げる。
「おぉぉぉ!!!?」
「ほう……意外にも硬いようだ。星界獣ゆえ……だろうねェ」
 驚いたのは唸るように声を発したニーズヘッグではなく、武器商人の方だった。
 貫いた茨の感触は蛇の肉というよりも甲殻類のそれに感じた。
「毎度、鬱陶しい奴だ――」
 憎らしげに言ったニーズヘッグが身体を揺らして薙ぎ払わんと動く。
 華蓮は敢えてその前に身体を躍らせた。
「ソリチュードの方?」
「仲間達が必死で戦っているのだもの、私だって身を切って効率を突き詰める覚悟をして来ているのだわ」
 少し驚いたように思えた武器商人へそう答えれば、華蓮は自らへと祈りを紡ぐ。
 優しい光は神より注がれる穢れる事無き清浄な光。
 己が身に刻まれた傷を癒し、祝福は巫女へと魔力を取り戻させる。


「愉しいったらねぇな!」
 凄絶に笑うヴァルデマールが剣を構えた。
 ゆらりとひとりでに蛇腹剣が浮かび上がる。
 蛇が頭部を起こすように浮かび上がった蛇腹剣が戦場を斬り刻むように走り出す。
「――けどまぁ、流石に1人ぐらいは潰さねぇと、折角の再戦、あんたらに悪いな」
 的確に、直感的に振るわれる斬撃が数多の傷を作り出し、パンドラの加護を引きずり出す。
 トールがその狙いが自分にあることに気付いたのは鷹の目のおかげか、ここまで正面から抑えてきたからこそか。
「わりぃな、騎士様。俺を抑えようとしてたアンタが一番狙いやすいわけだ。じゃあな、終いだ――」
 まるで大蛇が獲物を上から丸呑みするように、次の斬撃がトールを斬り伏せる。
「――いいえ、終わりではありません」
 ココロは短くそれを否定する。
 目を閉じて、漣に耳を傾ければ見えてくるのは大好きな人たちの顔。
 誰も死なせたくない――それはココロの大切な一番の望み。
「わたしの"さざなみ"をどうにかするにはあなたが必要。さあ、一緒に!」
 倒れた仲間の周囲を貝殻状の魔術障壁が取り囲む。
 貝殻は閉ざされ、温かな熱と優しい光がその身体を立ち上がらせる。
「おいおい、マジか。あんたらそんなことまで出来るようになったのかよ!
 こりゃあ意識を奪い取ってやった甲斐があったってもんだ!」
「致命傷とガス欠さえ避ければ、そこはココロや華蓮が補ってくれる。
 露払いはレイリーがしている――真逆よ、あの時と」
 イーリンは振るう剣のままにヴァルデマールへ告げる。
「――そうみてぇだな。良いじゃねぇか。
 せっかくの再戦なんだ、前とはまた違った在り方ってのもおもしれぇ!」
「――そうね。それは同意するわ。だから最後まで剣を突き立てる――私なりの葬り方よ!」
 溢れる星の燐光、掲げた剣に薄暮の如き紫苑を纏い、イーリンは剣を振り抜いた。
 放たれた一撃がヴァルデマールの身体に罅を入れる。
「司書殿、オリーブ殿。支援ならば任せてほしい」
 リースヒースはそう声をかけて足元に愛剣を突き立てた。
 足元の影から姿を見せたのは無数の宵闇色の影蝶たち。
 優美なる翅を羽ばたかせてた蝶は優しく巡り、疲労感を取り除き、魔力を循環する。
 それと殆ど同時、銃弾がヴァルデマールの肩を貫いた。
 それはラダが放つ嵐の如き弾丸の一撃。
 極まった観察・洞察眼から導き出された精密狙撃は一度に留まらず幾度もヴァルデマールの身体を貫く。
 肩に手を触れたヴァルデマールが視線だけでこちらを見た。
「――は、やってくれるじゃねえか」
 きっと、そんな風に笑ったのだろうと、ラダは思う。
「的が多い程強い奴の射程に用もなく入るほど勇敢ではないんでね」
 届くはずのない距離、届くはずのない声量で短くラダはそう返答するものだ。
 別れを告げるように、静かに再び引き金を弾いた。
「大丈夫、私がいるのだわ。皆が全力を出せるように背中を押してあげるのだわ!」
 華蓮は激闘に続く激闘へ祈りを捧げている。
 紅の蓮華はこの苛烈極まる戦いで増え続ける傷を確実に減らし続けている。
 ヴァルデマールの全力攻勢で崩れかけた状況も最早そんなことはなく。
 祈りの歌は戦場に響き渡り、仲間たちへと倒れない理由と支援を作り出す。
(流石に少し疲れてきましたね……これがひとまずの最後になりそうです)
 オリーブは剣を握る手の力を確かめ、冷静にそう分析していた。
「――ならば、この最後の一太刀、全力で行かせてもらいます」
「――へぇ、そりゃあ楽しみだ!」
 笑うヴァルデマールが剣を構えている。
 オリーブは深呼吸と共に剣を構えなおす。
 染みついた丁寧な口調と裏腹に、その内に眠る確かな鉄帝人らしい心を燃やす。
 熱は本来そんな力の無いはずの愛剣にも伝わり、闘志が炎となって燃え上がる。
「――役割を果たすのです。受けるダメージが増えるなど、何の問題でしょうか」
 神へと届く斬撃へと終焉のレーヴァテインがもたらす光は終戦への斬光に違いない。
「へへ、こうじゃなきゃなぁ……さて、もっとやろぅ……ぜ?」
 愉しそうに笑うヴァルデマールが、不意にぐらりと崩れ落ちた。
 身体を構成していた滅びのアークが、綻び消えていた。
「おいおい、マジかよ。もう終わりか……短い逢瀬たぁ言ったが……短すぎだろ。
 ま、仕方ねぇ――これで終いだ。楽しかったぜ」
 いっそ清々しく笑って、ヴァルデマールの身体中に罅が入り――あっという間に砕け散った。

 武器商人は笑みを刻む。
「どうやら向こうは終わったようだね。ヒヒヒヒ、結局、矮小一つ獲れなかったね」
「――ふん。おかげで俺が喰える獲物が増えただけだ!」
 挑発に返ってくる言葉はいっそ可愛らしいまでの虚勢にしか聞こえない。
 言葉を少なに、武器商人は再び影の権能を行使する。
 昏き影が星の獣を串刺しにした刹那、蒼炎は開かれた傷口を抉り貫くように槍となって駆け抜ける。
「今度こそ残り滓含めてくらい尽くしてやるよ」
 驚き驚愕するニーズヘッグへ、バクルドは改めて宣告を告げる。
「もうちょいデカくなって可食部分増やしてから顔だしておけばもう少し違ったんだろうがな」
 そのままレイリーの横を通りニーズヘッグへと肉薄。
「俺を? 貴様が? 食う? 寝ぼけたことを吠える!」
「寝ぼけてるかどうか、喰らってから考えろ」
 杖銃を手に思いっきり上段から叩きつけた。
「硬いな……あまり旨くなさそうだ」
「なにをした?」
 ぎょっとするニーズヘッグ目掛け、そのまま銃口を向ける。
 あらん限りの弾丸を込めた銃声が戦場を迸る。
 全力を尽くし切るつもりでぶちまける銃弾はニーズヘッグの身体に多数の傷を開いていく。
 甲殻類の如き硬さの皮膚は蛇と呼ぶにはあまりにも異質だった。
「不快だ、不快だ。貴様ら、全員、不快だ!」
 ぎらりと真紅の目がイレギュラーズを睨めつける。
「なんだか嫌な予感がする……皆、逃げて」
「――分かった」
 眉を潜めたニーズの呼ぶ声に、レイリーは判断するより速く身体を動かしていた。
「――滅べ、滅べ、滅ぶがいい!」
 激情を露わに、蛇が巨体を揺らす。
 口を開き、放たれた地獄の業火が戦場を焼き尽くさんばかりに放たれる。
「私がいる限り誰も倒させない!」
 レイリーは地獄の炎の前へと身を躍らせる。
 仲間たちが射程圏外に退くまでの時間稼ぎは、それで十分だと思った。
「あの山のようだった蛇に比べたら、こんなもの!」
 パンドラの輝きが全身を呑みこんだ。
「一匹とて生かすものか。死ね死ね死ね!」
 燃え盛る炎は収まるどころか勢いを増し、鎧が溶けていく。
 身体が崩れ落ちた。
「俺を舐めるからこうなるのだ! 死ね、塵芥!」
 ニーズヘッグの尻尾がぐるりと薙いだ。
 尻尾は戦場を薙ぎ払い、地獄の炎の眼前に立ったレイリーを吹き飛ばす――はずだった。
「……何? 貴様、何故まだ起きて!」
 同様を露わに、ニーズヘッグが叫んだ。
「……私は、倒れないわ! 私のことを思ってくれる人がいる限り!」
 レイリーは盾を構えなおして、真っすぐにニーズヘッグを睨みつけた。


「まだ終わらない、絶対に終わらない、私達は立ち上がり続けるのだわ!!」
 それは小さな一言。華蓮の紡いだ言の葉。
 運命の小さな輪、大切な人達が力を尽くして戦っている。
「なら……私も、この祈りを、あらゆる奇跡を必然にしてみせるのだわ!」
 慈愛に満ちた祈りは倒れたレイリーをもう一度立ち上がらせるには充分なものだった。
「レイリーさん、もう少しだけ頑張ってほしいのだわ」
 祈りは紅い蓮華の祝福となり、舞台のフィナーレに向けて白竜の背を押した。
「……馬鹿な。俺は、星の獣だぞ! 全てを呑み喰らうものだぞ!?」
「食われるのはそちらだったというわけだ」
 武器商人は薄らと笑むままに最後となるであろう権能を披露する。
「あぁ……そうだ。その前に、1つ。キミに唯一の食事を上げよう」
 その手に取りだしたのは小さな宝石。
 ふわりと浮かんだそれをぽいとがら空きの口の中へ放り込んだ。
 目を白黒させるニーズヘッグが苦しむ姿を見据え、武器商人は権能を叩きこむ。
「おぉぉのれぇぇ!!!」
 激情、脱皮を試みたらしき蛇の声が戦場に寒々しく響いた。

「確かに大きいですね……でも」
 トールはニーズヘッグを改めて見上げて短く言葉を切った。
「僕達は覇竜でもっと大きな敵と戦いました」
 聞くに本物のニーズヘッグは小さな山を七巻半したという。
 だがこれは精々が10mだ。
「これぐらいの大きさなら、亜竜にだっていた。それに皆がいる……今更、何も怖くない」
「トール君、頑張ってね」
「ありがとう、ココロちゃん」
 握りしめた剣に残るエネルギーを注ぎ込み、トールは一気に走り出した。
 ココロはその背を押すように術式を展開する。
 鬼哭啾々、遠い過去から呼び出された悲しい亡霊たちの慟哭はニーズヘッグの被害者たちの物だろうか。
 悲しくも切ない声はもう二度と自分たちのような物を作らせないという決意に満ちているように思えた。
 一瞬遅れ辿り着いた先、トールは輝剣を握るまま一気に剣を振り抜いた。
「みんな、このまま勝ち切りましょう!」
 レイリーは改めてニーズヘッグへと宣言するように仲間たちへの鼓舞を発する。
 目の前の大蛇は既に傷だらけだ。
 元より恐怖はない。ただ、勝利への確信だけがレイリーの胸にあった。
「何かを食おうっていうなら食われる覚悟してから来やがれってんだ」
 冷たく告げるままにバクルドはニーズヘッグへと構えなおす。
「ロブスターに蛇。豪勢な宴になりそうだったが、食えたもんじゃなさそうだ。
 消し飛ぶまでぶちまけてやるよ」
 その宣言のまま、バクルドは引き金を弾いた。
「ふざけたことを――」
 再び開いた口。
 ブレスの気配を感じ取り、バクルドは銃口をそちらに向けた。
「そう何度も食らうわけがないだろうが。逆にごちそうしてやるよ」
 撃ち込んだ隠し弾が内側の柔らかい部位を貫いて貫通してみせる。
「此度戦うのはニーズヘッグの影に過ぎぬ。ならば恐れることはない。
 再び、終わりの文字を記すのみ」
 リースヒースがそれに続いた。
 魔術師は愛用する2本の剣を影へと突き立てた。
 2本の大剣が、ゆっくりと沈んで影の中へと呑み込まれた。
 代わって伸びて来たのはそれよりもさらに大きな一本の大剣。
「癒し手としての腕を上げたが、魔術師としての腕もまた上げた。
 偶然を断ち切る影の大剣、その刃。とくと受けてみよ」
 獄災九告鐘、影編みの大剣がニーズヘッグを薙ぎ払う。
 それは影の剣。本来遠く届かぬ位置の蛇を捉えた物質剣。
 斬り裂くことなくニーズヘッグへと溶け込んだ剣はその内側に破滅の定めを押し付ける。
「私もお手伝いするのだわ」
 華蓮もそれに応じれば、きっとこれで最後になるだろう祈りを紡ぐ。
 清らかなる祈りは慈愛と奇跡を紡ぐに十分な加護を与える。
 傷だらけの大蛇を倒すに必要なのはそれに十分な魔力を、体力を取り戻す事。
 祈りの歌はイレギュラーズを癒す。
 けれどそれ以上にニーズヘッグへのレクイエムのように優しく戦場へと響き渡っていた。
「ニーズヘッグ……終わらせましょう」
 オリーブは一気に飛び込んだ。
 10m、その巨体は自分の知るソレに比べればずっと小さなものに過ぎない。
 それでも、10mだ。油断などしようはずもない。
 肉薄するままに紡ぐ剣が仲間たちの刻み付けた傷口に猛攻を叩きこむ。
 紡がれる攻勢の連鎖の合間、ラダは迂回しながらひっそりとニーズヘッグの後方へ回り込んでいた。
 撃ちだされた斬撃に動きを緩めるニーズヘッグの後ろ。
 短剣を手に、ラダはその巨体目掛けて跳び込んだ。
「テオドシウスへの土産話もできたろう。今度こそ眠れ」
 思わぬ角度から振り抜いた確殺自負の殺人剣がニーズヘッグの頭部付近に振りぬかれる。
(確かに星界獣だからか硬いな。だが、それだけだ)
 蛇の肉ずたずたに斬り刻み、脱皮など到底不可能なまでに押し込んでいく。
 そして――遂に。大蛇の首が地面へと落ちた。

成否

成功

MVP

レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ

状態異常

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)[重傷]
流星の少女
オリーブ・ローレル(p3p004352)[重傷]
鋼鉄の冒険者
レイリー=シュタイン(p3p007270)[重傷]
ヴァイス☆ドラッヘ
トール=アシェンプテル(p3p010816)[重傷]
ココロズ・プリンス

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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