シナリオ詳細
20人の未来なき者たち。或いは、13人の飢える囚人…。
オープニング
●スクランブル
ある日、小さな町の1つが壊滅した。
原因はバグ・ホールと呼ばれる次元の歪みだ。
突然、町の至るところに発生したバグ・ホールは、人を、家屋を、まるで“最初からそこに存在しなかった”かのように一瞬で消し去った。
突然の非常事態。
だが、その町の長は優秀だった。
数時間も経たないうちに、町の破棄を決定し、住人たちに避難の勧告を発令したのだ。
避難の完了までに必要とした期間はほんの数日。その間も、何人かの住人がバグ・ホールに飲み込まれ、幾つかの家屋が倒壊したが、被害規模としては当初の予想よりも格段に低く抑えられたという。
そうして、町が1つ消えて。
残されたのは、何らかの事情により避難できなかった住人と、バグ・ホールの発生により解き放たれた十数人の囚人だけ。
瓦礫の山に埋もれるように、粗末なテントが建っている。
テントの各所から、苦し気な呻き声や、すすり泣きの声が聞こえた。
怪我人、病人、老人、孤児……行き場がなく、また自力で逃げるだけの余力も持たぬ者たちばかりがおよそ20人。
いつバグ・ホールに飲み込まれるかも知れぬ恐怖に抗いながら、身を寄せ合って生きている。
「少なくとも、今は……だが」
ほとんどの食糧は、住人たちが避難する際に持ち出している。
今日の分の食事は辛うじて用意できた。ウェスティ・カルートとサタディ・ガスタが、町中を駆け回って拾い集めた僅かな食糧が、住人たちの命を繋いだ。
だが、明日の分の食糧は無い。
1日だけ生き延びた、と言うのが正しいのか。
それとも、1日分、飢えと恐怖に苦しむ期間が延びたと言う方が正しいか。
サタディには判断が付かない。
ウェスティ・カルートとサタディ・ガスタは囚人だ。
かつて、アドラステイアに所属していた聖銃士がウェスティとサタディの正体だ。
捕縛され、檻に入れられ……そして、何の因果かある日、突然に開放された。否、正しくはバグ・ホールにより監獄が倒壊し、十数人の囚人と共に誰もいない町に放り出されたのである。
「い……たぁ」
血の滲む肩を押さえて、ウェスティが痛みに喘ぐ。
傷を押さえた指の隙間から、赤い血が今も流れている。血管を傷つけたのだろう。血を流し過ぎたせいか、ウェスティの顔色は青白い。
「痛むか、ウェスティ。いや、そうだろうな……手当が出来ればいいんだが」
「仕方ないわよ、サタディ。薬も包帯も無いんだもの。それに、そんなものが残っているなら、怪我人たちに使ってあげたいし」
「今となっちゃ、俺たちも立派な怪我人だけどな。あぁ……魔導銃を連中に奪われちまったのが痛ぇ」
自嘲気味な笑みを零して、サタディは腹部に手を触れる。すっかり痩せたサタディの腹部には、血の滲んだ襤褸布が巻き付けられていた。
数日前、食料を巡って脱獄囚と争った際に負った傷である。
今、この町には……町の跡地には2つのグループが存在していた。1つは避難できなかった元住人たちと、サタディ、ウェスティによる集団。
もう1つは、13人の脱獄囚たちによる集団。
目的はどちらの集団も同じ。ただ、今日を生き延びること。
だが、30人を超える人間が生き延びるには、町に遺された物資はあまりにも少ない。
「誰かが助けに来てくれるといいのだけれど」
「捨てられた町に来る奴なんか、脛に傷のある連中に決まってる」
俺たちみたいにな、なんて。
肩を竦めて、サタディは地面に唾を吐き捨てるのだった。
●緊急出動
「犯罪者とか、生き延びる力の無い弱い奴がいたとして……そいつらは黙って死んでいくべきだと思うか?」
馬車に揺られながら、サンディ・カルタ (p3p000438)はそう呟いた。
向いの席に座るベーク・シー・ドリーム (p3p000209)は少し思案した後に、困ったような顔で肩を竦めてみせた。
「どうでしょうね。弱肉強食というのなら、きっと“そうあるべき”なんでしょうけど。僕たちは、弱肉強食のルールの中に身を置いて来たはずでしょう?」
「……それが嫌だと、間違っていると思ったことは1度も無いか?」
「僕に聞いてどうするんですか? サンディ君的にはもう答えが出ていて、それで件の町に向かっているんじゃないですか?」
じろりと睨むようなベークの視線を真正面から受けたサンディは、逃げるように視線を馬車の外へと移した。
「どうだろうな。でも、じっとしてられなかったのは事実だ」
「それは例のお2人がいるから? それとも、避難できなかった人たちの中に、孤児が含まれているからですか?」
「それも分からねぇ。今となっちゃ、それなりに不自由せずに暮らせてるが」
イレギュラーズとなり、数多の戦いを生き延びて、サンディは今も生きている。
食うに困ることは無いし、装備にだって金をかけられる。
だが、少しだけ運命が変わっていれば、今もスラムで腹を空かせていたかもしれない。或いは、とっくの昔に飢えて死んでいたかもしれない。
戦いの中で、命を落としていた可能性だってある。
死んでいった多くの同僚たちのように、失意の中で、或いは、命の炎を燃やし尽くして。
「助けに行こうって考えること事態が傲慢なのかもしれねぇ」
「上からものを言っているのは否定しませんけどね。でも、そうするしかないでしょう。見捨てられないのなら、上とか下とか言ってないで、走るしかないんですよ」
「……かもな」
そう呟いたきり、サンディは黙り込んだ。
助けたとして、その後は? 既に1度、見捨てられた者たちをどこに収容するというのか。怪我人、病人、老人に孤児……労働力としても期待できない者を、誰が受け入れてくれるというのか。
1度、考え始めてしまえば、頭の中でぐるぐると問題点ばかりがループする。着地点が見つかるまで、どれだけの時間がかかるだろう。
もしかすると、その問題は永遠に解決できないものであるかもしれない。
「結局、行ってみて、出来ることを探すしか他に無いんですよ。道中で何人かと合流する予定なんでしょう?」
返事はない。
馬車の走る音だけがずっと、長く響き続けた。
- 20人の未来なき者たち。或いは、13人の飢える囚人…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2024年01月31日 22時05分
- 参加人数6/6人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 6 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(6人)
リプレイ
●死んでいる町
その町はもう死んでいた。
バグ・ホールの影響を受けて住人たちが根こそぎ退避した後なのだ。
否、正しくは“ほとんどの住人”と言うべきか。
怪我人、病人、孤児に老人……自力では遠くまで移動できない僅かな住人だけが、今もこの街に残り続けているのである。
「うーむ、どうなっているのかと思えば……大丈夫なんですかね。いや、大丈夫じゃないからこうなってるんでしょうけど、なんというか、助けたあとの事とか色々と」
『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)が懸念するように“一時的に助ける”ことだけなら容易なのだ。だが、今の混沌に動けない、働けない、そんな人間たちを受け入れる余裕のある場所が、果たしてどれだけ存在するかは分からない。
「……今助けられても、その後のことに責任持てませんからねぇ、僕。可能な人達は自分たちの足で立って欲しいものです」
「事態が事態だ。取り残されたとか、まぁ致し方ないところがあるのは重々分かってるさ。
でもまぁ、ガキ共にはもう少しワンチャンある人生のほうがいい」
荒廃した町を見回して、『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)が肩を竦める。
すっかり人の気配は失せているが、どこかから少数の視線を感じる。
視線の主は、取り残された元・住人か……それとも、脱獄した元・囚人たちか。
ベークとサンディが町に踏み込んでから少し後。
ガタゴトと音を立てながら、数台の馬車が追いついて来た。
「異教の地とは言え、貧しい人々が困っているのであれば、助けに行かない理由はございませんわっ!」
御者席に座っているのは、『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)を始めとしたイレギュラーズの同僚たちだ。
「あぁ、この世に弱肉強食の理は確かにあるが、絶対じゃない。道理ですら無く偶然に揺さぶられ、なるようにしかならないのがこの世界だろう」
御者席から飛び降りながら『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)がそう言った。
大量の食糧と水を用意している。
馬車もある。
「だが、弱肉強食に偶然……そんな不条理が嫌だから、人間は社会を作って助け合ってきたんじゃないのか。これは世界への小さな抵抗だ。手が届く限り、助けるよ」
そして“助けようとする意志”もある。
後は見捨てられた住人たちに、ほんの少しの“生きる意思”があるのなら、できることがあるはずだ。
少なくとも、イズマはそう信じている。
「弱肉強食とは、己の為に弱き者を喰らう事であって、弱き同胞を見捨てろという摂理ではない」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、サンディの肩に手を置いた。
「御主の選択は正しいと思うぞ、サンディ」
「だと、いいんだがなぁ」
そう呟いたサンディは、町の奥へと視線を向けた。
人の気配の消えた町だ。
たった20人……もしかすると、最初はもう少し多い人数がいたのかもしれないが……だけでも連れていけなかったのかと、そんな想いが胸を過った。
「先に避難した人達を責める理由はないわ。彼らも彼らでその選択を悔やんだかもしれないしね。こんな状況だもの、自分の事で精一杯なのは仕方がない事だわ」
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)の言葉は、決して慰めるためのものではない。
「だから、代わりにあたし達がやる。あたし達には救う力があるもの」
ただ、彼女は現実を言葉にしただけだ。
「とりあえず、後の事は救ってから考えましょうか! ほらサンディ! 気合入れて行くわよ!」
●終わりを待つ
後頭部に激痛が走った。
「ぐっ……ぁ」
地面に倒れたサタディ・ガスタの手から、鉄パイプが転がり落ちる。
流れた血が、サタディの顔を赤に濡らした。
「なんで囚人が、落ち穂どもの味方してんだ?」
サタディの後頭部を強打したのは、角材を手にした1人の男だ。元・囚人の脱獄囚。サンディとは、監獄の中で何度か顔を合わせた仲だ。
「お前らの同類になるのは我慢ならなかったからな」
血を吐きながら、サタディは言った。
その声は小さく、震えている。傷や、空腹による消耗のせいで、声を張るだけの体力が無いのだ。
「……あっそ」
サタディを囲む男は3人。
それぞれ、角材や鎌、錆びたスコップを手にしている。武器の代わりなのだろう。
住人たちが避難する際、使えそうな道具や食糧、水や酒はほとんど持ち出されてしまったから、そんな程度の得物しか手に入らなかったのである。
だが、そんな程度の得物があれば、十分だった。
兵士もいない、住人もいない。
いるのは貧弱な棄民ばかりであるのなら、たった13人の脱獄囚が、粗末な得物を手にするだけで制圧できる。
何もかもを……水も、食料も、命でさえも奪ってしまえる。
男たちが武器を高くへ振り上げた。
サタディは“終わり”を覚悟し、目を閉じる。
けれど、しかし……。
「どっ……せぇぇぇい!」
誰かの声が高く響いて。
「あ? うぉっ!?」
男の1人が“たいやき”に潰され、地面に倒れた。
疾走する1台の馬車が、サタディの前に滑り込む。
砂埃を巻き上げながら停車した馬車から、赤毛の女性が地面に降りた。
「一応聞いておくけれど、大人しく捕まるつもりはありまして?」
その手には1本のメイス。
「いきなり投げないでくださいよ。僕だから良かったものの」
その足元には、1個のたいやき……否、たいやきに似た海種が1人。
「お前……たしか」
サタディは、その“たいやき”に見覚えがあった。
「よぉ、久しぶりだな。少し痩せたか?」
それから、聞き覚えのある……苛立たしい男の声がした。
「なんだこいつら! やっちま……えぶっ!?」
怒鳴る男の腹部をメイスが打ち抜いた。
「まあ、そうですわよね!」
ヴァレーリヤの手により、脱獄囚の1人が早々に戦闘不能に追い込まれた。
白目を剥いて、吐瀉物を撒き散らしながら地面に転がる男を足蹴にサンディが高くへ跳び上がる。
残る2人の脱獄囚が、得物を構えてサンディを見上げた。
重力に引かれ、落下してくるサンディを迎撃するつもりであろう。
しかし、それは叶わない。
「魔導銃は持ってないようですね。じゃあ、もう用事は無いですよね」
2人の前に、たいやき……もとい、ベークが割り込んだからだ。咄嗟に2人は、角材と鎌をベークに向けて打ち込んだ。
腐っても元・囚人……否、元から腐った囚人である。角材は頭部へ、鎌は首筋へ。一撃で命を奪うつもりで放たれた、容赦も遠慮も無い攻撃。
もっとも、ただの角材や鎌程度が、ベークに大きな傷を残すことは無いのだが。
「っ……硬ぇ!?」
「たいやきのくせに!」
角材は弾かれ、錆びた鎌がへし折れる。
困惑する男たちの顔面へ、サンディの蹴りが突き刺さる。
「お前らが相手してんのは、混沌で一番食えねぇ“たいやき”だぜ」
なんて。
サンディの声は、気絶した男たちの耳には届かない。
飢えて、痩せて、“明日”という言葉の意味も知らないような印象だった。
少なくとも、リアやヴァレーリヤの目にはそのように映った。
避難民たちが暮らしているのは、町の片隅に建てられた粗末なテントの中である。空き家など町にいくらでもある。だが、町には脱獄囚たちがうろついていて、近寄れないのだ。
「主は貴方達を決して見捨てなかった。だからこそ、あたし達が此処に導かれたの」
リアの手には木製の椀。
中身は薄い味付けの、よく煮込んだ粥である。
「……少ない」
リアから椀を受け取って、幼い子供がそう呟いた。
幼子の視線は、食糧が満載された荷馬車の方へ向いている。荷馬車の護衛を務めるヴァレーリヤが、申し訳なさそうに顔を顰めた。
痩せた少女に、お腹いっぱい、好きなだけ粥を喰わせてやりたい。
だが、それを実施するわけにはいかないのだ。
「ごめんなさいね。お腹が空いている時に、急にたくさん食べ物を食べると……もしかすると、死んでしまうかもしれないから」
「……分かった」
少しだけ不満そうな顔をしながらも、少女は頷く。
ありがとう、と言い残して粥を口の中へと含んだ。その瞳に、少しだけの光が灯った瞬間を、リアは見た。よほどに飢えていたのだろう。一心不乱に粥を掻きこむ姿が哀れだ。
「慌てないで、いっぱい持って来たから大丈夫でしてよ」
ヴァレーリヤはそう言うが、何しろ久しぶりの……ともすると、生まれて初めてのまともな食事だ。きっと、彼女の耳にヴァレーリヤの言葉は届いていない。
子供が腹いっぱいに食事を摂れない世界など、間違っている。
「大丈夫。食べ物に困ることは無くなるし、脱獄囚たちに怯えながら暮らさなくてもよくなるわ」
棄民たちが、リアの言葉を聞いている。
死んでいた彼らの目に、ほんの少しだけ希望の光が灯った気がする。誤魔化しでもいい、確証なんてなくてもいい。
ただ、少しだけの“希望”があれば、人は“明日”を想えるのだろう。
リアは、少女の頭に手を置いた。
「だから、希望を持って待っててね! 悪党共を懲らしめたらすぐに戻ってくるから!」
自分の言葉を“嘘”にしてしまわないために。
「行くわよ、ヴァレーリヤ」
「えぇ。早く終わらせて、安心してもらいましょう」
リアとヴァレーリアは、戦場へと向かう。
「ここだ。連中のアジト、だな」
「元・領主館よ。今となっては、場末の廃墟と大差ないけど」
町の中央。
領主の館が、脱獄囚たちのアジトであると2人は……サタディとウェスティは告げる。
「ここか。私が潜入して様子を見て来ようか?」
2本の尾を揺らしながら汰磨羈は言った。
猫の姿に変身すれば、脱獄囚に気付かれることなく敵情視察も可能だろう。
「いや……時間が惜しい。それに、万が一にも潜入が見つかった際に面倒なことになりそうだ」
先に交戦した3人は、大した武器も装備も身に付けていなかった。
痩せ細った住人や、丸腰のサタディ、ウェスティを相手にする程度なら、数の暴力で何とでもなったのだろうが、装備の充実しているイレギュラーズを相手にそうはいかない。
1人、イズマは館の前へと歩いて行った。
「脱獄囚たちはそこにいるな。少し、話を聞いてくれ」
イズマの声が響き渡った。
【スピーカーボム】で増幅された大音声は、館全体を震わせただろう。
その証拠に、館の窓から何人かの脱獄囚が顔を覗かす。
「生き延びたいなら協力してくれないか。食糧も移動手段もあるが、暴れるなら貴方達には渡せない。住人も貴方達も助けたいが、反発するなら助ける相手は選ばざるを得ない」
淡々と言葉を紡ぐイズマの様子を、ある者は忌々し気に、ある者は面白そうな顔をして観察していた。
だが次の瞬間、彼らの表情は一変した。
「死ぬか更生するか、選んでくれ」
つまりは、怒りの表情へと。
銃声が鳴った。
窓から撃ち出されたのは、光瞬く魔弾であった。
「あいつら、俺たちの魔導銃をっ!」
激高したサタディが、前へ跳び出そうとした。だが、ウェスティとサンディは2人がかりでサタディを制止。
「邪魔すんなっ!」
「邪魔する気はねぇけど、まぁ見てろって」
サンディがそう告げた瞬間、白い影が跳び出した。
駆け出したのは汰磨羈である。
獣のように姿勢を低くし、イズマの前へと滑り込んだ。
その手には、ベークが掴まれている。
「交渉決裂だな」
振り回すように、ベークを前へ。
そのたいやき状の横腹に、数発の魔弾が命中した。
爆ぜる閃光。
衝撃で、ベークの身体が“く”の字に折れた。
「あれ持ってる人達が一番厄介でしょうし、取り返せればこちらの戦力も増強できますから」
だが、それだけだ。
ベークの身体に、穴が開くようなことは無い。
魔弾を全て防ぎ切ったベークの身体が地面に落ちた。砂埃が舞う中、脱獄囚の誰かが気付く。
「あれ……? いなくねぇか?」
さっきまでそこにいたはずの、イズマと汰磨羈がすっかり消えていることに。
「こうなった以上、俺達相手に力ずくは悪手だと教えるのみだ」
一閃。
響く残響。
不可視の斬撃が、石畳を、植え込みを、そして館の扉を裂いた。
イズマの放った斬撃が、攻勢に出ようとしていた脱獄囚を怯ませる。
砕けた窓ガラスが降り注ぐ中、石像や雨樋を足場に跳躍する獣が1匹。あっという間に、2階の窓へと辿り着いた汰磨羈は、先に銃撃を仕掛けた男へ視線を向けた。
「借りた物は返せと教わらなかったか?」
腰の刀を抜き放ちつつ、彼女は静かにそう告げた。
「こうなった以上、混戦は必至だぞ?」
「策はあるんでしょうね?」
裏口へと回り込むのは、サンディと、サタディ&ウェスティの3人だ。
「あぁ、もちろん。プランAを用意してるぜ」
「プランA……どんなんだ?」
「威嚇ってかもう殺気だけで退かせる気で大技ぶっ放して時間稼ぎだ!」
裏口の扉を蹴破って、サンディたちは館へと突入。
どうやら厨房のようだ。サンディは棚へと駆け寄ると、ナイフやフォークを手当たり次第に手に取った。
「何やってるのよ?」
「これから“何か”やるんだよっ!」
そして、サンディはナイフやフォークを頭上へ投げた。
天井が砕け、館が崩壊を始めるまで、そう長い時間はかからなかった。
●明日へ行く
好き勝手に暴力を振るって、何もかもを奪って来たのだ。
だから、好き勝手に暴力を振るわれて、何もかもを奪われたって仕方ない。
汰磨羈の刀で、イズマの剣で、次々と仲間が倒されていく。ある者は逃げ出し、ある者はその場に膝を突いて項垂れた。
館が揺れている。
崩壊の兆しだ。脱獄囚たちが得た仮初の城は、もうじき、瓦礫と化すだろう。
地面を這って逃げながら、脱獄囚の1人は思う。
「さてと。それ、置いてってもらえます?」
その前に、ベークが立ちはだかった。
“それ”とはつまり、男の腰に下げられている1丁の魔導銃である。
「僕はここの人達全員ここから生かして連れてくつもりです。貴方たちもご自由にしてくれて構いません……その銃口が僕に向いてなければですよ?」
断るのならそれも結構。
無理矢理、奪い取るだけです。
諭すようにそう言うベークに、男は銃を差し出した。
ガシウムという男がいた。
かつて、大勢の兵士を殺し、罪の無い一般市民を食い物にしていた大悪党だ。
粗暴であり、高慢であり、そして慎重な男であった。
慎重であるがゆえに、彼は此度の騒動に折、誰よりも先に領主の館から逃げ出した。腰に下げた2丁の魔導銃さえあれば、またどこかで成り上がれると考えたからだ。
「なのに……なぜ」
掠れた声で、そう呟いた。
喉の奥が鉄臭い。腹部をメイスで強打されたのだから当然だ。
立ち上がろうにも、腕や脚に力が入らない。
剣で斬られたことにもガシウムは気づいていない。
「そうですわ! 脱獄囚を片付けたら、元住民の方に馬車に乗ってもらいましょう。もし馬車が1つ空くようであれば元囚人も武装解除&拘束したままで乗せて、近くの街まで運びましょう」
ガシウムの前には2人の女性……服装から察するに、修道女というやつだろうか。
神だか何だか、わけのわからぬ者に毎日、祈りを捧げるような奇特な連中だ。それがなぜ、この何も無い町にいるのか。
なぜ、自分は倒れ、彼女たちは立っているのか。
「元囚人だって、放っておくわけにもいきませんものね」
「ヴァレーリヤの案、いいんじゃないかしら。馬車と食糧は持ってきたから、移動しながら考えていきましょう」
まるで日常の延長のように、そんなことを話している。
「……ところで、この銃よね? サタディとウェスティが探しているのって」
そう言ってリアは魔導銃を拾い上げる。
最後まで、ガシウムに目を向けることは無かったけれど。
「さて、人々を助け出そう」
崩壊した館を見ながら、イズマはそう呟いた。
イズマの前には、捕縛された脱獄囚が12人。
聞いていた話より1人だけ足りないが、きっとすぐに捕まるだろう。事実、サンディや汰磨羈が捜索に出向いているし、直にリアやヴァレーリヤも合流して来る。
イズマの手には、魔導銃が1丁。
粗末な扱いをされていたのか、泥や埃に塗れている。
「道具を使うのにも、知識と技術がいるんだよ」
翌朝のことだ。
朝食の用意をしていたサンディの元へ、サタディとウェスティが訪れたのは。
「手間かけちまった」
「一応、お礼は言っておくわ。一応……一応ね」
サンディは無言で手を挙げる。
お互い、肩を組んで仲良くしようなんて関係では無いのだ。このぐらいがちょうどいい。
何しろ、2人とは命を奪い合った仲である。
2人が収監されたのも、サンディたちに捕らわれたからだ。
偶然、この町で再開して。
偶然、敵同士では無かった。
それだけの話だ。
「お前ら、どうすんだ?」
だから、それだけを聞いた。
「乗りかかった船だから。あの人たちと、暫く一緒に行動するわ」
ウェスティも、それだけを答えた。
「……サタディ。俺に言われるまでもないだろうが」
「あ?」
「次はねぇぜ。守りたいもんは、ちゃんと守れよ」
なんて。
視線を交わすことは無く。
ただ、それだけを告げたのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
脱獄囚13人は捕縛。
元・住人たちはとりあえず全員、無事なまま保護されました。
これから、サタディとウェスティ達と一緒にゆっくり都市部へ移動するようです。
少なくとも、彼らにはまだ明日があります。
この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
また縁があれば、別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
町に取り残された住人たちを可能な限り救援しよう
●ターゲット
・避難遅れの元住人たち×20
怪我人、病人、老人、孤児など……行き場がなく、また自力で逃げるだけの余力も持たぬ者たちによる集団。
現在は瓦礫の山の一角にテントを設け、集団で生活している。
十分な食料や物資を得られず、誰もが衰弱している模様。中には重病人や重傷者も含まれている。
怪我人:7人
病人:2人
老人:5人
孤児:6人
・ウェスティ・カルート
https://rev1.reversion.jp/illust/illust/33362
元・アドラスティアの聖銃士だった女性。
直接の戦闘よりも、魔導銃による体力、BSの回復を得意としているが、現在は魔導銃を失っており行使できない。
避難遅れの住人たちに味方したことで、肩に大きな怪我を負っている。
・サタディ・ガスタ
https://rev1.reversion.jp/illust/illust/33361
元・アドラスティアの聖銃士だった青年。
穏やかな気性のウェスティに比べ、荒っぽい性格をしている。
魔導銃による威力の高い魔弾の発射を得意としていたが、現在は魔導銃を失っており行使できない。
避難遅れの住人たちに味方したことで、腹部に怪我を負っている。
●エネミー
・脱獄囚×13
バグ・ホールにより倒壊した監獄に収監されていた犯罪者たち。
ほとんどの囚人は監獄の倒壊に巻き込まれて命を落としたが、生命力の強い13人が生き延びた。まともな武器は所持しておらず、瓦礫や廃材などを駆使して暴力を振るう。
内4人は、サタディとウェスティから奪った魔導銃を用いた遠距離攻撃手段を持つ。
監獄の倒壊から生き延びただけあって、単純な身体強度と戦闘力は高い模様。
●フィールド
天義のとある小さな町。
少し前までは数百人の人間が暮らしていたが、バグ・ホールの発生により破棄されている。
その際、馬車や食糧、その他の物資は根こそぎ持ち去られてしまった。そのため、現在、町に残っているのは人の住まない家屋や、役に立たないガラクタばかり。
また、辺鄙な土地にある町であるため、最寄りの町まで馬車で5日前後、徒歩では10日以上の距離がある。
避難遅れの住人たちが町に残っている理由の1つとして、10日以上の移動に耐えられないことが予想される。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet