シナリオ詳細
<グレート・カタストロフ>砂中に微睡むアスラール
オープニング
●
「ねぇ、志穂……本気?」
佐熊 凛桜(p3n000220)は隣を歩く親友へと声をかける。
「もちろん本気だよ?」
そう応じる志穂が柔らかく頷いて、凛桜の見慣れた顔よりも少しだけ大人びた微笑を浮かべる。
「……でも、まだ病み上がりだよ。こんな危険を犯さなくてもいいんだよ?」
凛桜は、そんな親友が心配で仕方なかった、
プーレルジールでの戦いが終わってから凡そ一月ほどか。
練達の医療機関でメディカルチェックを終わらせた志穂は一先ずの退院を終わらせたばかりだ。
「そうだね。でも、だからこそ必要だと思うんだよ……私は恩返しがしたい。
こうして凛桜と一緒にもう一度お話が出来るようになったのは、あの人たちのおかげ。
クルエラから解放されたのも、プーレルジールから戻ってこれたのも、あの人たちのおかげ」
穏やかに頷きながら、志穂が歩いていく道を、凛桜は続く。
「それなのに、この世界が壊れそうなのに何もしないでいるなんて、私にはできない……出来るような女だと思う?」
「……志穂は昔と変わらないんだね」
凛桜は素因な彼女に少しだけ溜息を吐いた。
義理人情に篤くて、人から受けた恩には精一杯に報いようとするそんな少女が、凛桜の知る志穂という娘だった。
胸に抱いている気持ちが昔と変わらないことへの安堵か、だからこその心配なのか、凛桜にも判断できない。
ただ、自然と表情が緩んでいた。
「そうかな? あぁ、そういえば、凛桜のお母さんとお父さんも心配してたよ。
だから――生きて帰るためにも、この世界は壊れてもらっちゃ困るでしょ?」
「――っ! ほんとに……?」
告げられた言葉に、凛桜は思わず声を呑んだ。それは、知りたかったことだ。
そう思ってもらえているのか不安で、凛桜は故郷への帰還を躊躇っていた。
「もちろん! あ、でも。こんなにも大人の女性になってるのを見たら驚かれちゃうだろうけどね」
少しだけ冗談めかして、向こうの世界での親友は優しく笑ってくれた。
「じゃあ、先輩たちにお願いして、一緒に行こうか」
「ありがとう、凛桜……それにね」
志穂は小さく言葉を切り、自分の掌を静かに見つめ始めた。
気付けば、怪訝な気持ちが前に出てたのか、志穂が誤魔化すように笑って、ローレットの扉を押し開く。
「あら、志穂と凛桜じゃない」
その声に顔をあげれば、オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)とヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の姿がある。
「オデット先輩、こんにちは」
「凛桜、元気みたいね。志穂はもう動いて大丈夫なの?」
「こんにちは、その節はお世話になりました。
メディカルチェックも終わってもう大丈夫だって」
挨拶がてらにそう声をかけてくるオデットに頷けば、隣で志穂が頭を下げる。
「それならいいが……無理はするんじゃねぇぞ」
オデットの隣にいたヨハンナに言われて、志穂が頷いた。
「それで2人共、今日は何をしにきたの?」
「志穂が終焉獣との戦いに参加したいみたい」
凛桜は自然、志穂の戦果を押すようにそう口に出していた。
少しの驚きと心配を含んだ瞳で2人が志穂を見た。
「助かった命だから……私も少しぐらい、皆の役に立ちたくて」
「志穂が決めたのなら、わたし達がダメっていうのも違うわね」
「あぁ……だが、病み上がりみたいなもんだろ、無理するのは違う。凛桜に心配かけさせるなよ」
それはヨハンナなりの忠告だったのだろう。
「うん、私も無理はしないよ」
志穂もそれが分かったのか頷いている。
凛桜はその様子にほっと胸を撫でおろした。
「……まぁ、あなたがそういうのなら。それじゃあ、人を集めましょうか」
オデットがそれに応じてくれて、人を集め始める。
凛桜はそれに着いていく志穂の姿を見ながら、親友の復帰戦に何となく想いを馳せた。
●
志穂はぼんやりと掌を見つめていた。
クルエラから解放され、意識を取り戻して――クルエラに身体を奪われていた頃の記憶と向き合って。
それから志穂はこうして掌を見つめる日が増えた。
普段から刀を握る手は少しだけゴツゴツとしている。
一見すれば汚れはないけれど、この手はもうとっくに穢れている。
(私の身体には、クルエラが巣くってた……記憶を覗かれて、利用されてた。
でも、おかげで少しだけわかることがある。あいつらは、野放しにはしちゃダメだってこと。
野放しにしてたら、沢山の力無き人々が殺されちゃうかもしれないんだ。
それは、絶対に避けないと……あそこで、結果的に私が殺めたようなものの人達の分も――今度こそ)
クルエラに乗っ取られていた志穂は、多くの人々を殺した。
それを『クルエラのせいであって、志穂には何の罪もない』と、言いきるには思い起こす景色は鮮明すぎた。
それもあって、この手が目的のために多数の命を無為に殺した手だという認識をぬぐえない。
ふと顔を上げれば、志穂の知るよりも少し大人になったように見える親友の緑の瞳が怪訝そうにこちらを見ていた。
――なんでもないよ、と。自然にそう声に出していた。
「そうだった……今回の復帰戦で少し試してみたいことがあるんだ」
志穂は忘れていたことを思い出すように顔を上げた。
「私は、クルエラ――終焉獣の上位個体に身体のコントロールを奪われていた。
クルエラの動きを、私の身体は覚えてる……今回の復帰戦で、私はそれを物にしたい。
あいつに身体を好き勝手利用されたんだ……ただで転びたくなんて、ないから」
奪われた時間は多くて、奪われた時間の中で重なった罪は重い。
だからこそ、志穂はそれと向き合って、もっと強くなりたかった。
それがきっと、クルエラに利用されている間に重ねた罪に対する贖罪だと、そう思うから。
●
ラサの南部、コンシレラの一角にイレギュラーズは訪れていた。
名も無き遺跡の奥へと足を踏み入り、広がっていたのは円形のオアシスだった。
時節が冬であることなど気にもせず、外ではラサの風は熱を帯びているだろうか。
からりとした熱は、地下遺跡の内部の湿気と交わって嫌な空気を帯びている。
「まさかまたここに来るなんて……」
ぽつりと志穂が呟いた。
「……もしかしてここは、志穂――を乗っ取っていたクルエラと奪い合ったあの浮島か?」
「そういわれてみればそうね……あの時は空に浮かんでたけど、本来は沙漠の底に埋まってたってわけ」
ヨハンナが言えば、それにオデットが応じて――凛桜が小さく「あ」と呟いた。
彼女の視線の先を見やれば、そこにいたのは1人の少女だ。
体の中身が透き通った蒼白い姿でさえなければただの少女だった。
「――ふわぁ……いらっしゃい、外からの来訪者。さっそくだけれど、消えてくれる?」
幻想種を思わす彼女は掌を天井に向けた。
天上からほろほろと落ちてくる砂が終焉の気配を纏い小さな妖精の姿を取っていく。
「一応の私の名前、言っておくね。私はアスラール――そう呼ばれ、眠っていた死霊の断片ね。
あぁ、貴女達が分類する終焉獣の中では一応、『変容する獣』というのだったかな」
可視化する滅びのアークで杖のような物を構築した変容する獣は、気だるそうに起き上がる。
- <グレート・カタストロフ>砂中に微睡むアスラール完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年01月30日 23時55分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
「病み上がりを心配する気持ちは分かるっスけどね。
何も問題はねぇみたいだし、本人が大丈夫って言ってんだから大丈夫っスよ」
心配そうに友人を見る凛桜へ『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は声をかける。
「先輩……そう、だよね。それは分かってるんだけど」
(……ただなぁ、ああいう時ってどうしても気持ちが早るもんだ。変な気を起こさなきゃいいが)
気がかりな部分があるのも事実。
それを凛桜に言ってしまうほど葵も無神経ではない。
(気がかりは気がかりっスけど、そのあたりは凛桜に任せて俺は俺のやるべきことをするだけっス)
戦場を広域に俯瞰するような視野に務めながら、集中力を高めていく。
ボールを転がし、見据えたる先には複数のアポロトス。
撃ちだされたボールは砲弾の如くなって戦場を翔ぶ。
描くはエメラルドの刃、紡ぐは恐怖の楽団。
恐れるべき恐怖劇がアポロトスの肉体を穿ち貫いて暴れまわる。
「さて……と。凛桜と志穂に守って欲しいのは、無理をしない事。
折角再会出来たンだし。元の世界で待ってる人がいるんだろ。
生き延びて、終焉に抗う力を得る。良いな?」
弓を携え、僅かに炎を矢に変えながら『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は2人へと声をかける。
「そうだね……生き延びて、終焉に抗う」
小さく、短く2人が頷いた。
「凛桜、今回の敵は厄介だ。頼りにさせてもらうぞ」
「うん、先輩達が信頼してくれるならその期待には応えたいから」
そう言って頷いた凛桜から視線を移して、ヨハンナは志穂を見た。
「……志穂。俺はクルエラの動きを見てきた。
お前に覚悟があるんなら、奴がどんな風に刀を振るってどんな身のこなしをしていたか伝えよう。
……きっと、これは心に大きな痛みを伴う。その覚悟はあるか?」
「――えぇ」
問いかけに対する答えには何の躊躇いも存在していない。
頷く志穂は少し自分の掌を見つめ、ギュっと拳を作る。
「覚悟は、今日ここに来る前に、全部済ませてきた。だから、教えてほしい」
「……分かった、それなら伝えよう」
美しい青色の瞳がヨハンナと交わって揺るがない。
(死霊の断片……? ここに人が居た証拠なのかな…)
日傘を射した『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は首を傾げていた。
なるべく静かにしているつもりでいた。
真っすぐに視線を向けた先、気だるげな少女のような姿の変容する獣と眼があった。
生気のない、眠そうな瞳がそこに座っている。
「眠ってたなら、起こしてごめんね……でも…たくさん寝たならまだ眠いでしょ…
ゆっくり寝てていいよ…おやすみ…」
小さな呟きを漏らすと共に、大きなクラゲが姿を見せる。
半透明ながらに紫色のクラゲはふわふわと浮かんだまま、その触手を多くの個体に向けて伸ばしていく。
捕縛されたアポロトス達がクラゲの内包する毒に侵され、呻き声をあげた。
「ただでは転ばない、って素敵な考え方じゃない。そう来なくっちゃ♪
今はアタシたちもいるんだもの。立ち上がれない時は、皆で手を伸ばして引っ張ってあげるわよ」
覚悟を決めて応じた志穂の姿を見ていた『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は二種類の香術を発動する。
どこからか訪れた隣人たちが愉しませてくれたお礼にジルーシャへ障壁を与えて去っていく。
「――うん、ありがとう。皆には助けてもらってばかりだ」
微笑を零す志穂が刀を抜く。
「志穂殿! それがしも割と近接系のアタッカーでござるので何かお力になれればと!」
志穂の様子を見た『忍者人形』芍灼(p3p011289)は忍刀を握り締めて胸を張った。
「――芍灼さん。うん、ありがとう」
「では、それがしの動きをご覧あれ!」
忍刀を握るまま、踏み込んだ勢いに任せて刀を振るう。
閃く刀の行く先は鮮やかな血染めの軌跡が示している。
「ふわ――ぁ……ねむ……」
ぼんやりとした目でアスラールがあくびを一つ。
滅びのアークの杖を握りしめた変容する獣が杖を掲げた。
刹那、杖の先端にぐるぐると炎が渦を巻いていく。
「……ん」
疲れたかのように腕を降ろした刹那、紅蓮の炎が雨のように降り注いだ。
「私はプーレルジールでの事をよく知らない。
けれど混沌は各地に浮島が墜落したらしき遺跡がある。
だからきっと、時にそんな偶然もあるのだろう」
戦場に対する驚きへの答えを示し、『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)は銃に内蔵された射撃補助AIを起動する。
「それにしても、こんな人気のない遺跡にまで終焉獣がいるとは。
これは思いのほか人里近くに入り込まれているかもしれないな」
あるいは逆の可能性――人気のない場所だからこそ、というのもあるだろうか。
コンシレイラはラサと終焉の国境とも呼ぶべき地域だ。
終焉から溢れ出した終焉獣が人気のない場所にまで潜り込み、そこで成長を続けているという可能性もあるだろう。
「どちらにせよ――敵ならば撃つだけだ」
緩やかに構え放つ銃弾は戦場を席巻する砂漠を吹き荒ぶ砂嵐の如く、リロードの隙すら窺い知れぬ。
それらはやがてアポロトス達の姿さえも掻き消す弾幕を作り出していった。
「すごい……」
ぽつりと志穂が呟く。
「なに、慣れていけば出来るようになる。
東城は私と似た構成もできそうのようだし……私のやり方も見ておくといい」
「うん、ありがとうラダさん」
「そりゃそうよね、プーレルジールがよく似た過去ならそこにあった浮嶋がこっちにあったって不思議はないわ。
殆どの浮島は落とされているけど、あの島はここにあったのね……まるで運命みたい、きっと志穂のための」
応じる『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は既にその手に小さな太陽を浮かべている。
「運命……私のための……」
「きっとね――だから逃さないように掴みに行きましょうか。そのための道は妖精が案内してあげる」
オデットはその手に抱く小さな太陽を空に向けて送り出す。
「――妖精の魔力、舐めないでね」
柔らかな微笑みを湛え、オデットが送り出した太陽は天井を衝いた。
そのまま戦場を照らしつける陽射しは敵対者たちの運命に干渉して不吉なる運命へと作り変えていく。
「アポロトス……あれを妖精と表現することに対して猛抗議したいんだが。
あれは実態ないし、精霊系だろ……まあ、文句言っても仕方ない、やるか」
姿を見せた滅びのアークの使徒へと『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は敵意を覗かせ呟きを漏らす。
(しかし滅びのアークはともかく狂気もばら撒くタイプか。狂気の格は俺以下だから、イレギュラーズなら問題ないな。
まあ一時的に状態異常になる可能性はあるけど、戻ってこれなくなる狂気にはならないはずだ……多分)
その身に冬白夜の呪いがとりついていく。
サイズ自身の振り抜いたコアたる鎌を握りしめた。
●
アポロトス達は石に還り、世界へと溶けた。
「――はぁ、面倒くさい」
胡乱な眼で視線を揺らしたアスラールは、滅びのアークで出来た杖を握りしめる手に力を籠めた様に見える。
「炎も、氷も、砂も、通じないのはちょっと面倒くさい……」
気だるそうに呟いた刹那、その手に握る杖が強烈な光を放つ。
「させるかよ」
サイズは身を躍らせた。
(妖精道具としてこれだけは譲れない。ただの鉄でも妖精を守る義務は放棄したくない)
その身体を苛烈に冷たい炎が包み込む。
いや、サイズだけではない。
アスラールを中心とした範囲を包む攻撃は副次効果を求めないシンプルな魔力攻撃だった。
「志穂、何か思うところあるんじゃない? それを口に出したことある?」
クルエラの戦い方を自分の物にしたい、そう言っていた。
陽光の輝きをアスラールへと叩き込んだオデットは刀を構えなおした志穂へと問いかける。
「あなたには凛桜がいるわ。親友なんでしょ?
私達に相談するのは難しくても、彼女になら話してもいいんじゃない?
私はその心の内を吐き出してすっきりしたほうが一番志穂の為になると思ってるわ」
「すっきり――そうかな。でも、ありがとう、オデットさん」
志穂が柔らかく笑った。
教導を終えたヨハンナは六枚の鷲の翼背中に背負い弓を構えた。
遥か遠く未来を見据えた金銀の妖瞳はアスラールへの道を導き出す。
「伝えるべきことはすべて教えた。志穂、行ってこい!」
送り出すまま、ヨハンナは矢を放つ。
紅蓮の炎は戦場を翔け抜け、アスラールの道を作り出す。
着弾した紅蓮の炎は檻の如く彼女の身体を取り囲んで自由を奪う。
二の矢は使い慣れた運命反転の焔。
三の矢はその背に構築されたる焔の剣による一斉射撃。
楽園を滅ぼすべき炎の杭。
「――ありがとう、先生」
短く、そう言われた言葉は確かにヨハンナの耳にも届いていた。
「暑い砂…冷気と炎…砂を核にして火の雨と氷の粒に変えてるんだね…」
立ち位置の都合、レインはアスラールの猛攻を比較的近くで受けていた。
「君の攻撃…属性っぽいのは効かないから…」
「……んー」
魔力で出来たクラゲは戦場に触手を振るう。
しなりながら打ち出された触手はマグマか何かを思わせる赤く、ドロリとした姿を見せる。
緩やかに、けれど確かにアスラールの身体を締め上げた。
「……あつい」
ぼうっと顔を上げて、クラゲを見たアスラールがそう呟く。
「残りはアンタだけっス、いつまでも怠けてられないっスよ」
そこに続くは葵の放つ氷の弾丸。
絶対零度の氷の杭は空気中の塵を凍り付かせ、白い冷気を引いてアスラールめがけて美しい道を描く。
「私相手に、氷でくるの」
重たそうに顔を上げたアスラールが防御態勢を取るより速く、絶対零度の杭はその身体を貫いた。
「んー……つめたい、いたい……」
氷の杭に触れて、そう呟く声。けれどそれで終わるはずなどありはしない。
ワイルドゲイルGGは既にアスラールめがけて飛翔する。
それは絶望にして不可避の凶弾。消し飛んだ身体が滅びのアークに代わって霧散する。
「志穂殿……なんだか気負っておられる気がするでござる。
それが緊張になって力を持て余してる原因になってるのやもしれませぬなぁ……
もう少し肩の力を抜いてみるのもいいと思うでござる――このように」
芍灼は踏み込みからアスラールめがけて愛刀を振り払う。
伸び伸びと打ち出された斬撃は密やかなる毒手の一撃。
逃せざるべき一撃はアスラールの身体に致死毒を齎していく。
「肩の力を抜いて……」
それを見た志穂が驚いたように見えた。
「佐熊、まだやれるか? 敵が多いとどうしても被害は出る。悪いが頼らせてもらうぞ」
「――うん。あたしが倒れるわけにはいかないんだ、任された仕事ぐらい、やりきらないと!」
ラダが問いかけるのとほとんど同時、宣言通りに響く聖体頌歌の術式がその言葉が少なくとも本気である事を示している。
「分かった、無理はするなよ! 東城、背後は我々が守るから、しっかり前の奴に集中してくれ!」
ラダは志穂に向けてそう告げるのと同時、引き金を弾いた。
刹那、アスラールの身体から滅びのアークが大量に溢れ出す。
それは音をも置き去りにした圧倒的な速射技術が織りなす凄惨たる結果に外ならぬ。
「――ラダさん。ありがとう、任せるね」
それに続けて、身を屈めた志穂が進む。
それは芍灼のアドバイス通りに伸び伸びと、ラダがその身で見せた天性の直感に従うように。
ヨハンナの教え導いた通りに彼女へ罪を押し付けて滅び去った獣の動きだった。
鋭く斬り上げるように撃ちだされた剣がアスラールの身体を深々と切り裂いた。
「ところで……さっき死霊の断片とか、何だか気になる言葉が聞こえたような気がするけれど……気のせいよね、気のせい!」
ジルーシャはアスラールと視線を交える。ぼんやりとした瞳には生気は見受けられない。
それが尚更、お化けのように見えて、思わず身震いしながら、ジルーシャは香術を発動する。
「……気のせいじゃないよ?」
こてんとアスラールが首を傾げる。
(聞こえない聞こえない!)
呼び出されしはガンダルヴァ。ジルーシャの香りを喰らったソレは返礼に演奏を披露する。
旋律は穏やかなる調和を齎す響きを与え、病を払い苦境を立て直す気力を呼び起こす。
(く、この呪いは本当に……)
サイズは内心に苛立ちを帯びながらも短剣をアスラールめがけてぶん投げた。
黒い靄を溢れ出させながら、面倒くさそうにイレギュラーズを見る様は怠惰な魔種を思わせる。
思わず舌を打ちそうになりながら、サイズは鮮血の色を帯びるカルマブラッドを振り抜いた。
呼び起こされた鮮血の獣がアスラールめがけて真っすぐに走る。
2匹の獣達はその顎を持って苛烈にアスラールの身体を食らい潰す。
●
戦いを終えたイレギュラーズは小休止を始めていた。
「志穂、大丈夫か?」
ヨハンナは志穂へと声をかけていた。
「……うん、大丈夫」
そう言って頷く志穂の姿は気丈には見える。
それでも医師でもあったヨハンナの目には多少の無理をしているようにも見えた。
人ならぬ獣が為した戦術の再現は人間の身に負担があるのも当然ではあるのだろうが。
「アンタが大丈夫でも実際はそうじゃねぇ場合も十分ある。
もしも何かあるんだったら、この際言っちまったほうがいいと思うっス」
葵がそう重ねれば、志穂は少し驚いた様子を見せる。
「お疲れ様。ひと休憩いれようか」
ラダは銃を降ろして隣の凛桜へと声をかけた。
「そうだね、せっかくこんなに綺麗なところだから……」
「そういえば2人は日本の出なのか。とても平和な国だと聞くな。
なら武器を持つだけでも心に来るものもあるだろう。
時に、武器を置きしばらく休む事もあってよいと思うよ」
「……そうだね。でも、今はまだ休んでる場合じゃないとも思うんだ。
今休んだら、多分あたしは一生後悔するから」
「そうか、なら休めるときにはしっかり休むんだぞ」
「ありがとう先輩……」
どこかぎこちなくそう言って凛桜が笑った。
「凛桜ちゃんと志穂ちゃんは同じ世界から来たお友達なのね。
ね、ね、元の世界での思い出とか、よかったら聞かせて頂戴な♪」
ジルーシャは落ち着ける香りを用意してから2人へと声をかける。
「だってホラ、アタシたちってきっと、奇跡みたいな確率でこの世界で出会えたのだもの。
せっかくなら、たくさんお話してお互いの事を知らないと勿体ないじゃない」
「そうだね……どれがいいかな」
首を傾げる凛桜に志穂が言う。
「そうだね、あぁ、あれがいいかも。凛桜と一緒に旅行に行ったときの話」
「なになに、どうかしたの?」
「私達って向こうの世界では学生だったの。
私達の世界ってすごく平和で、子供だけで旅行とかもできたんだ。
長期休みの時に、それで私達、いろいろなところに出かけたの」
「そう言えばそんなこともあったね……いろんなところで色んな食べ物とか、景色とか見たっけ」
「へぇ、青春ね!」
「そうだね……ほんとに、青春だったと思う」
ジルーシャの言葉に、2人が表情を緩めている。
思い出してそんな顔が出来るのは、きっと幸せな証拠だった。
芍灼はそんな志穂の様子をみながら、ふと思う所がある。
(凛桜殿から話を度々聞いておりましたが、志穂殿は非常に真面目な方だと思うでござる。
志穂殿のこれまでを推察して、一般的な価値観を参照すると凛桜殿にも……
というか凛桜殿にこそ知られたくない想いとかありそうでござるな!)
「志穂……ほら、行ってきなさい」
オデットはそっと志穂の背中を押してやる。
「うむ! それがしも、ぐるぐる考えてるより口にした方がスッキリすることもあると聞きまする!
志穂殿が良ければ考えてることをただ聞かせてもらえればと」
それを芍灼もまた応じれば。
「オデットさん、芍灼さん……うん、行ってくる。
でも、凛桜だけじゃなくて、皆にも聞いてほしい」
志穂はそう言うと、その胸の内を吐露し始める。
クルエラに乗っ取られた自分のやってきたことに対して感じる罪悪感について。
志穂ではない誰かが志穂の身体で為した虐殺の感触を覚えていることを。
「なるほど……それでも。
凛桜殿やそれがしの様に志穂殿に関わった者が力になりますゆえ!」、
「ありがとう、芍灼さん。だから、思ったんだ――あいつが悪用した力で、アイツに汚された手で皆の力になりたい。
私の手で、この世界を救えたら……私はあいつに乗っ取られた時にしてしまった罪を少しでも償える気がするから」
自分の手を見下ろして、ぎゅっと志穂がその手を握り締める。
(自分じゃないのに罪を感じてるなんてとても責任感の強い人だこと、好ましいわね。
……だからこそ、無茶をしないか心配でもあるけど)
オデットはそれを見つめながら、好ましさとほんの少しの心配を抱いていた。
「…おやすみ…死者の魂は眠ってた方がいいよ…産まれてくるまでね…」
レインはぽつりぽつりとつぶやいて、アスラールの消えて行った場所を見ていた。
「……ありがとう、先輩」
「…? なにが…?」
ふと顔を上げれば、凛桜がそこに立っていた。
「分からないけど、何となく、言っておいた方が良いのかなって。
でも、あたしは先輩とも話してみたいな」
「でも…大切な時間は…邪魔されたくないと思うから…」
「その大切な時間は、先輩たちのおかげで沢山とれるから、あたしは先輩とも話してみたいな」
「…分かった」
傘を上げて、レインは凛桜と一緒に一同のいる場所に向かって歩いていく。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
さっそく始めましょう。
●オーダー
【1】エネミーの撃破
【2】凛桜や志穂と交流する
●フィールドデータ
コンシレイラ砂漠の一角に存在する名も無き地底遺跡の1つ。
プーレルジール世界で志穂(を乗っ取っていたクルエラ)とイレギュラーズが争奪戦を繰り広げた浮島とよく似た雰囲気を持ちます。
空間の中心に丸い湖を持ち、頭上からは多量の砂が零れ落ちてきています。なぜか光源もばっちりです。
戦闘時のペナルティはありません。
●エネミーデータ
・『変容する獣』アスラール
身体の中身が蒼白く透き通った幻想種を思わせる姿の少女風。
人語を介し、どこか気だるげでアンニュイな女の子といった雰囲気を見せます。
周囲を熱砂と炎と冷気がぐるぐると渦を巻いています。
その様子から【火炎】系列、【凍結】系列、【乱れ】系列、【足止め】系列などBSを多用する魔術師タイプと推察されます。
・『アポロトス』妖精体×10
砂漠の妖精といった雰囲気のアポロトスです。
混沌世界に存在する滅びのアークが人間の感情エネルギーを帯びて顕現した存在といいます。
終わりは遁れざる者であると告げ、滅びのアークと狂気を周囲にばら撒く特徴が有ります。
それぞれがアスラールのスペックから一部だけが分離したような存在です。
燃え盛る個体や氷で出来ている個体、砂で出来ているような個体などが存在するほか、光で出来ている個体も存在します。
特に光で出来ている個体は恐らくはヒーラータイプでしょう。
●友軍データ
・佐熊 凛桜
希望ヶ浜学園に所属する大学生、現代日本からきた旅人でイレギュラーズ。
より多くの死線をくぎ抜けてきたイレギュラーズの皆さんの事は全員『先輩』として敬意を示しています。
加えてプーレルジールで志穂を助けてもらったこと、今度は親友を助けることができたことに喜びを感じています。
神秘純ヒーラー。
ヒーラーとしてはイレギュラーズと同程度のスペックを持ちます。
・東城 志穂
現代日本からきた旅人でイレギュラーズ。日本刀を振るう女性。
クルエラから自分を助けてくれたイレギュラーズの皆さんに恩義を感じています。
凛桜の前世界での親友で、凛桜が行方不明になってから少し経った時間軸から転移してきました。
しかし、混沌に来てから活動中に今度はプーレルジールへ落っこちてしまいました。
転移先のプーレルジールでクルエラに遭遇、乗っ取られてしまい魔王の配下としての行動を強制されました。
イレギュラーズの活躍によりクルエラから解放され、最近までメディカルチェック等を行なっていました。
基本的にイレギュラーズと同等程度のスペックを有する物理近接アタッカーです。
その一方でクルエラに操られていた頃の力も身体が覚えている分、多少持て余している感もあります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet