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シナリオ詳細

<美徳の不幸/悪徳の栄え>混乱と怒号の大海嘯

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●貴族の屋敷は真っ赤に揺れる
 彼らは最初から最後まで、たったひとつの価値観のためだけに狂っていった。
 ――幸せになりたい。
 最初からずっとそれだけを夢見て、それだけのために不幸を積み重ねたのだ。『幸せ』という言葉の定義は数多あるが、貴族だろうと平民だろうと貧民だろうと、己の幸福が到達点であり、終着であった。当然か。人は幸福になるために生まれてきたとか、幸福になる権利があるだとか、居もしない神のお告げであると吹聴して回った教会の考えが広まったこの国家で、否、この世界で、相互に身勝手に幸福を追求すれば、結果として起きるのは利益相反による価値基準のぶつかり合いだ。
 彼らは己の権利を主張し続けるだけで勝手にどんどん死んでいく。
 ぼくは『幸福になる手段』を教え続けただけなのに。
 一人ひとりに蜜のような幸福をぶら下げ、利己的な手段、その方角に顔を向けてやれば良い。
 そうすれば、幸福の走狗となった人々は駆け出し、躓き転んで足を折って死ぬか、壁にぶつかって死ぬか、他の狗と食い合って死ぬ。或いは到達までに遠すぎる距離に絶望しながら餓死にするだろう。
 それはそれで楽しいが、ローレット、とかいう邪魔者が世界に名を挙げ、あろうことか『冠位』のお歴々へ噛み付いたことでゆっくりとその死に様を眺めているだけでは済まなくなった。『スポンサー』が彼らに噛みつかれたのだという。個人幸福のみを追求すればいいものを、世界平和に現を抜かす連中があの方を噛み殺そうとするだなんて。なんと哀れな連中だろうか。
「それじゃあ、ぼく達は『みんなの幸せ』のために、みんなを束縛する階級をこの手で壊しに行こう。見えない天井……だっけ? それを壊せば幸せになれるだろうから!」
 一人考え続けた彼――ライア=ラ=ヘルは、酷く汚れた風貌の人々へと振り返り語りかけた。人々は彼の言葉を福音であるかのように、拳を振り上げ応じている。
 ずっと自分は何をすれば幸せになれるのか、幸せをより多く作れるのかを考えてきた。
 その中で、幸せを求める人達に道を作ってあげるのが一番手っ取り早い方法だ、とも理解した。当然、道の入口は作るけれども最後までは作らない。『幸せになる方法』を見つけて逸る心と、乱れる呼吸が見たかっただけだから。
 でも、幸せになる方へ向かう姿は楽しくても、幸せになった姿はあまり楽しくない。
 ならどうすればいいだろう? たくさんの人達が幸せを求めて、みんなみんな不幸になる方法――それが、『これ』だ。
 階級という天井へ、最下層から殴りに行く。尻を蹴り上げられた貴族達は、下層民をより強く虐げるだろう。幸せを守るために。幸せを踏み固めるために。
 そして誰もいなくなるのだ。

●堕天作戦
「天使のような悪魔……という表現がありますが、おそらくはこの魔種にはそれがぴったりなのでしょうね。存在に関しては半信半疑ではあったのですが、大々的に動けば否応無しに観測もされるというものです」
 日高 三弦(p3n000097)はここ数日で起きた、メフ・メフィート内に独自に詰所や滞在地を置く貴族達の襲撃情報を地図に纏め、その様子が記載された書簡を広げた。
 ここしばらく、終焉獣やそれに連なる者たちの行動が活発化した影響からか、多少なり、王都に別宅を構えていた貴族達の姿が増えていた。それを的確に狙い、皆殺しにし、金子になりそうなものや食料を根こそぎ(衣類に至るまで根こそぎだ!)略奪したという情報が突然、増えた。
 いくらスラムの住民たちの民度が地獄の底のように低いとしても、銃や武器を持った私兵相手に立ち向かうような馬鹿は居まい。数で押し寄せて、他人が死ぬのはともかくとして自分は死にたくないはずだ。一番槍をつけるなんてとんでもない……それが普通だ。だから、階級の上下で争いは成立しない。
 だというのに、数の暴力そのままに貴族を襲撃し、被害をものともせず――どころか犠牲となった者たちからすら奪い取る形で資金をかき集め、あろうことか裏社会から新たに武器を得てまで次のターゲットを狙っているという。
 すでに手段と目的、行動原理が逸脱した彼らの姿は狂気という他なく、この状況では否応なしに魔種の存在が見えてくるというものだ。
「ライア=ラ=ヘル、という名前を持つ色欲の魔種がこの混乱の発生源です。この書簡には記載がありませんが、おそらくは扇動するために色欲配下の魔物も用いていることでしょう。敵勢力の総数はかなりのものとなり、本丸であるライアだけを撃破するのは難しいでしょう」
 ここまで語ってから、三弦は大きく息を吸ってその一言を付け加えた。
「護衛すべき貴族と、襲撃してくるスラム民。命を尊重すべきはどちらかは明らかで、殺さぬように戦うなどといった理想は無駄に終わるでしょう。今回は、鏖殺も視野にいれてください」

GMコメント

 私の知らんうちにライア君の罪状めっちゃ増えてる……何これ怖……。

●成功条件
 ライア=ラ=ヘルの撃破
(その他勢力はライアさえ殺せばある程度無力化できるので達成時に失敗条件を踏んでいなければ負けることはないでしょう。負傷しない保証は致しかねますが)

●失敗条件
 成功条件達成前に過半数の戦闘不能者の発生(復活なども加味し、その見込みがない時点で判定)
 護衛対象の貴族別邸へ「5名以上」のスラム民の侵入(成功条件成立と前後2~3ターンの場合、こちらを優先して処理)

●ライア=ラ=ヘル
 色欲の魔種。設定委託『黒き祈り』参照(SS類は完全に手を離れたものなので任意)。もと飛行種なので低空飛行で戦います。
 人心を扇動しじわじわと状況を悪化させるのが基本手段となりますが、今回はイケイケドンドンなノリで人々を先導しているため、攻撃性などを常より桁違いに増幅させています。
 本人も魔種としてそこそこ悪事を積んだことでその実力を高めており、主に【混乱系列】BSを含んだ攻撃を多様します。なお本人は【精神無効】を有します。
 攻撃方法としては頭上の光輪からの放射、腰部のパーツを用いた近接戦闘などを用いますが、その真価はスラム民を矢避けに用いることにあります。
 半ば強制的に庇わせたり、手番を無視して肉盾に用いることは当たり前に行います。また、稀に1~3名の命を消費して大技につなげることもあるようです。

●スラム民×40
 スラムから扇動され、貴族連続襲撃事件に関わっている人々。これまでに散々に貴族を殺している為、イレギュラーズからすれば屁みたいなモンですが経験を積んでいます。
 また、私兵から奪った武器を手に手に持っているので攻撃力もそこそこにあり、耐久は兎も角として非常に邪魔になること間違いなしです。
 ライアの周囲にそこそこ陣取っているうえで、一掃されないように布陣してくると思われます。
 また、それなり以上に経験を積んだ者もいるでしょう。スラムの住民なんですから荒事なれしていて当然です。

●夢魔×6
 ライア配下の色欲の魔物。
 【痺れ系列】のBSを伴う攻撃や、フェロモンによる範囲バフ(デメリット込)など多彩な技を有します。
 スラム民よりはずっと頑丈ですが、そこそこ強い魔物程度の性能です。当然、それが分かっているので立ち回りはクレバーですが……。

●護衛対象の貴族(と、戦場情報)
 名前とかは特に出てきませんが知らなくていいくらいには木っ端の方の貴族です。が、周りを固める程度の私兵を有します。
 有しますが当然多人数で押しかけられたら助かりません(失敗判定の理由)。
 幸い、ライアと夢魔は飛行できますが皆さんを無視してまで貴族を殺しにいきません。スラム民が殺すことに意味があるので。
 屋敷までは一本道、幅はだいたい20m程度。そこまで守る事自体は難しいとは思えません。
 それなり以上の損害が出れば、その限りではありませんが。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <美徳の不幸/悪徳の栄え>混乱と怒号の大海嘯Lv:40以上完了
  • ぼく達はただ、幸せになりたいだけなんだ。
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年01月26日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
変わる切欠
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

リプレイ

●理想で戦うな
「ここまで来た皆なら、誰が相手だって突破出来るはずだよ! 誰が相手だろうと、真っ直ぐ進むだけでいいんだ! 貴族を一人倒して、また一つ幸せを手に入れよう! 今回の相手は『とびきり』だからね!」
 魔種・ライア=ラ=ヘルの無邪気で愉快な声音は、その場に居並ぶスラム民達の耳朶にするりと忍び込み、その害意と従属性を更に高める。心に隙があるほどに、そして埋まらない欲求があるほどに、彼のために戦い、彼を満たしたいと思ってしまうのだろう。こと、扇動という意味で凶悪すぎる。
「いやはや本当に……可愛い顔をした屑だこと」
「なるほど、確かにこいつは最悪な奴だな。俺が一番嫌いなタイプだ」
 『記憶に刻め』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)と『恨み辛みも肴にかえて』トキノエ(p3p009181)は、ぞろぞろと、余裕すら感じさせる足取りで接近してくるスラム民、その周囲を浮遊する夢魔、そして彼らに囲まれたライアの姿を見て、ライアそのものの悪辣さに顔を歪めた。ライアの脅威は、その実力や扇動力ではない。これまで大小様々な事件が『誰かの手引き』と理解されぬまま処理されてきたのが、その実全てこの魔種のせいである……そんな推測が成り立つこと。ここで逃したら、潜伏されたら。最悪の想定が過る。
「幸せになりたいという人々の願いを否定するつもりはないけれどね。この有様はいささか暴力的にすぎると思ってしまったね……魔種の扇動の結果と言われて納得したよ」
「スラムの者が悪行を行うより、もっと許せないのは……スラムという弱者を利用して扇動をするライアとかいう魔種の方!」
「気に食わないな」
 誰かの希望に寄り添う。それ自体は、『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)も精霊として成し遂げて来たことの幾つかに当てはまる。その行為自体を否定しないが、それが歪められた希望、願望であるならば、寄り添うふりをして捻じ曲げたものに過ぎない。幸福への最短距離、に見せかけた奈落への行進を、彼が是といえる訳がない。『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)とて、貧しさを経験したからこそスラムの民の気持ちはわかる。が、その感情を利用する相手の蛮行を理解できる訳がない。安全圏で見守る相手などなおのこと。そうでなくとも、『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)の率直な否定が全てを物語っている。
「俺達はやりたいからやってるんだ! あの子を責めるなんて筋違いだとわからないのか!」
「そうだ! 腐った貴族共は滅びろ!」
「……って言ってるんだけど、君達は自由意志まで否定するのかい? 酷いねえ」
 だが、スラム民達は自由意志を盾に正当性を主張し、ライアへの批判を受け止め叫ぶ。その姿に正気の光は点っていなかった。そんな姿を見て笑うライアの表情は、なんと喜びに満ちていることか。
「……申し訳ございません。私には、あなた方を理解してあげることはできません。だって、私は……」
 『黄昏の影』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)はそこまで口にしてから、きゅっと唇を結んだ。生きる目的は幸福、全ての行為の正当性は、それを得ること。ならば、幸福の形が徹頭徹尾はっきりとしていた『彼女』があんな形で歪み、あんな奪い方をした自分のなにが正当化されるというのだ? 幸福でありたかったなら、あの行為は出来たのか? 答えは否だ。彼女には今、幸福追求――本能の充足という根本原理が抜け落ちている。不幸であれ。幸福にできなかった自分も、他者を踏みにじり、潰れたものから幸福を啜る彼らも。
「まどろっこしいぜ、あんな連中! 勢いと数でどうとでもなるだろ!」
「行くぞぉ!」
 曇った瞳で自分達を見たヴァイオレットに、一瞬だけ人々は怯んだ。が、すぐさま意気をあげると、彼女目掛け駆け出そうとした。
 が、彼らは正気と一緒に慎重さをかなぐり捨ててしまったらしく、わかりやすく設置されていたスネアトラップに足を取られ、数名が宙を舞った。短時間で罠を仕掛けられるとはよもや思っていなかったライアの表情に、僅かの曇りが宿る。
「罠……?」
「ン。フリック 貴族邸宅カラ先 通サナイ」
「人々の心に毒を撒いた魔種(あなた)を許してはおけません。毒に冒された人々も、救えないなら許す理由も……申し訳ありませんが、ありません」
 顔を歪めたライアに返すでもなく、『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は頷いた。本当に僅かな時間、用意できたのは簡単なスネアトラップぐらいだ。撒菱は双方に襲いかかり、コントロールができない。大掛かりな罠や衝立は容易できない。ならばと手慰みに用意したものだが、少しは役に立ったらしい。
 『別れを乗せた白い星』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)は毒の精霊として、ライアを許せない。毒は薬に転じることもあるが、人の心に降りる毒はどう調理しても薬にはなるまい。感情というのは可塑性に乏しい。一度何らかの形で変容した人々の心を癒やすすべはない。残念ながら……彼らは切り捨てること、選別することの重要性と正当性を改めて考える時が来たということだ。


「あなた方が殺すべきは私の影。それはつまり、私自身。恐ろしいものは殺さなければ……でしょう?」
 ヴァイオレットの足元から広がった影が、先頭集団の影ごと飲み込んで恐怖を刻み込む。瞬間的な恐怖は敵意に還元され、彼女への猛攻に切り替わる。襲いかかる得物の群れはしかし、影のようにのらりくらりと躱すヴァイオレットの実体を掠めるに能わず。スラムで慣らした蛮行も、圧倒的実力差の前には無意味であろうか。
「誰に唆されようが、最後は己が選んだ道だ。向かってくるなら……覚悟決めろよ」
「恨めばいいですよ。どうせ嫌悪を向けられるのは慣れてますから……」
 トキノエとジョシュアは先頭集団、ヴァイオレットとは逆方向へ向けて攻勢を強める。戦闘の足を止めれば、後続に巻き込まれ混乱は必至だ。かなり広い道路を、それでも並んで歩いてきた事実がここにきて彼らの不利となる。だが、足を止められても即座に射撃武器で反撃してくる切り替えの速さは特筆すべきだろうか。
「悪いが手加減してる余裕ないぞ」
「私達の前に立ったんだ。処刑台に登る覚悟は出来たということで構わないな?」
「怖い怖い。幸せになりたいだけの愚民を次から次へと殺すなんて、あなた達にはもう少し慈悲というものはないの?」
「もとより、善人であった覚えがない」
 昴が強引に列へと体をねじ込み暴れ狂うと、空いた隙をついてマニエラの術式が食らいつく。周囲の者ごとライアを狙ったそれはしかし、身を挺した人間ひとりと等価交換を余儀なくされる。にやりと笑う彼が反撃とばかりに撹乱術を放つが、正面から受けたマニエラは己の腹に拳を叩き込んで歯を軋ませた。……通じていない。精神撹乱は受けていない。
「私達相手に戦うなんて無駄だ! 死にたくないならここから去れ! でなければ……!」
「フリック、体ヲ張ッテ止メル」
 沙耶は攻撃を緩めず、しかし人々を殺さぬように視線と声で誘導しながら呼びかける。視界の隅ではヴァイオレットが、襲いかかる者達を蹴りで黙らせている……が、あれは飽くまで殺さぬ方が効率がいいだけだ。ともすれば相手の生死を度外視した戦い方である。それでも前進してくる人々を放っておけば、貴族が殺される。僅かな隙間を埋めたのは、フリークライの巨体とその威圧感からくる注目にある。
 己の言葉通り体を張り、仲間達が消費した体力と魔力を還元する。
 周囲を飛び回り、妨害をと迫る魔物達はしかし、イレギュラーズに打撃は与えられても趨勢を決するほどの影響は与えられない。状況の劣勢を嗅ぎ取った一体が、小癪にも防衛線を突破しようとしたが、火に入る羽虫のように撃ち落とされた。
 しかし、この状況で顕著なのはライアの不敵な表情だ。術式の撃ち合いや肉盾の存在はたしかに脅威だが、それだけではない……と。一同が捨てきれぬ疑念を緊張をもって構える中、ライアは身近にいた者の肩に触れた。
 ただそれだけで、その男と近場にいた数名が折りたたまれるようにしてライアの腕へと巻き付くと、巨人の如き怪腕が形成された。それが真っ直ぐ振り下ろされた、ただそれだけでスラム民は血のシミを残して数名が消えたし、最前線に立っていた者達は浅からぬ傷を負った。避ける暇すら与えてはくれなかった。
「うん、悪くないね『これ』は! 凄く『幸せになりたい』って悲鳴を感じる!」
 肉体強化というには悍ましく、一過性の武器形成と認識するには暴力的すぎる。
 眼の前の暴挙……幸運があるとするなら、少なからず残されていた、命を残して無力化されたスラム民がその衝撃で正気を掴んだことくらい。
 魔種は魔種の精神性のまま、イレギュラーズに脅威の二文字とともに立ちはだかる。


「あーあ、こんなに殺しちゃった。酷いね!」
「お前が! それを言うのか!」
 居並ぶスラムの者達を残さず排除され、あろうことかうち何人かを生かしたまま手の届かぬ場所に置かれたことで、ライアは不機嫌そうに頬を膨らませた。彼らの命をつかった強烈な一撃……断末魔と怨嗟を叩き込まれた沙耶の激昂は間違いなく、下卑た遂行者に向けたそれよりも鋭く、純粋な敵意となって噴き上がった。皮肉なるかな、その感情にAURORAが応じるとは。
「言うとも。ここに連れてきたのも、けしかけたのもぼくだけど、殺したのはきみ達だ。“ぼくを追い詰めなければ死なない命もあったのにね”……おっと」
「天使の皮を被っただけなら、その翼も要らないでしょう?」
 沙耶の激昂を柳に風と受け流し、なおも喜びを口にするライア目掛け、強烈な矢が叩き込まれる。手近な死体を掲げて受けたそれはしかし、皮肉なほど正確に骨を避け、死肉を貫通してライアに届いた。浅い、と判断するよりも次の矢を番える方が早い。都合三射を死肉ごと貫いたジョシュアは、肉壁の向こうから笑みを零すライアに無表情のまま、瞳に強い怒りを込めて叩きつける。彼の攻撃は試金石だ。ライアが死体をも盾にするのか。『そして視界を度外視するのか』、の。
「死体を盾にしたところで、当たれば徹るってことだ――底が見えたようだな、色欲の魔種!」
 死体があろうと、なかろうと。自らの拳は相手を貫く。昴は愚直にそれを信じているからこそ、ジョシュアの矢の結果から倒せる、届くと判断した。信念を籠めた拳は死体ごとライアを殴りつけるが、死体が目隠しになったのは彼女も同様。巧みに打点をずらすことで、ライアは直撃を避けたらしい。……どこまでも小憎たらしい相手だ。
「自分で視界を塞いでくれるなら、世話ないね。でも、ありがとう……俺達を甘く見てくれて」
 死体を盾にする利点は、骨と肉により刃止めし、こと近接武器の動きを阻害することにある。心理的防壁であるという観点もあるが……死角をとられればその限りではない。背後から繰り出されたヴェルグリーズの二太刀は、そんな心理的隙にことさら深く突き立ち、肉を切り裂く。
「甘く見るなァッ!」
 だが、如何に扇動型とはいえ、腐っても魔種である。
 背後からの強襲に即座に反応し、ヴェルグリーズに避ける暇を与えず強打を叩きつけるだけの実力は有していたようだ。
「傷 フリック 治ス。躊躇無ク 前ヘ」
 フリークライは即座にヴェルグリーズを治療し、続けて仲間達の状況に目を配る。運命を揺さぶられ、命を削った者はいる。だが、戦闘不能まで追い込まれていないのは連携あってこそだ。倒れず、癒やし、守る。フリークライに求められるのは正しくそれだ。
「自分から動く肉壁を失ったな、魔種。その意味がわからんお前でもあるまい」
「その程度で勝ったつもりか、イレギュラーズ! 囲んで押し込めばぼくを倒せるなどと!」
 最初から最後まで、スラムの者たちを殺そうと構わずライアを狙ってきたマニエラの覚悟が、ここで奏功する。持ち上げたり構えねば盾に出来ぬ、魂なき肉盾など障害物以上の役割はない故に、守りに回ればどうしても手が足りなくなる。その時を待っていたのだ。思わず激昂し正体を失いそうになるライアの目は、しかし別方向からの殺意に向けられていた。
「……ええ。思っていますとも」
 死に場所を、不幸を求めてなお、己の歩みを止めなかった女の、仄暗い目を。
「因果応報は誰もが等しく受けるもの。私が受けるときは、どうしようもない終わりとともに。今受けるべきは、あなたの罪です」
 淡々と告げながら攻勢を強める姿は、幽鬼のように底知れぬ害意が――自他の境なく――横たわっていた。ライアは色をなくした目で己の魔力をかき集め自己強化に回すと、拒絶するように反撃に打って出る。
「攻撃が雑になったな。そんなに怖いか? 俺達が」
「戯言を!」
 その猛攻を掻い潜ったトキノエが、血を撒き散らしながらライアの頬を殴りつけた。肉と肉が打ち合う生々しい音とともに生まれた斥力はライアを僅かに仰け反らせ、その視界を赤で覆う。
 猛攻に次ぐ猛攻と、死体の山を用いた盾、そして彼自信の肉体の堅牢さ。
 それらを加味してなお、生まれた一瞬の隙をついて叩き込まれた猛攻は苛烈だった。穴だらけになった肉体が口惜しげに再生しようとしたが、首を落とされては再生も統制は取れまい。
 驚愕が張り付いた顔を晒し、偽りの天使の首は地に堕ちた。……天使を僭称する魔種の撃滅任務、『堕天作戦』の成功は、今ここに成ったのだ。

「お前達が生き残ったのは、『たまたま』だ。私達は死んでも構わないと覚悟して臨んだ。死なずに済んだだけだ。……貴族に顔を覚えられる前に立ち去れ! これ以上命の保証はしないぞ!」
 命からがら助かり、なんとか逃げる足を持っていた者達へ向けて沙耶は叫ぶ。扇動されたから、なんて言い訳は通じない。やったのは彼らだ。だが、ここで命のやり取りを行ってなお追討を行うほど、彼女は非道ではなかった。その声を聞いた者達は慌ただしく逃げていく。這々の体で。
「優しいんだな、沙耶殿は」
「……そんなんじゃない」
「鏖にする気で対処したんだがな、私は。まだ詰めが甘いらしい」
 逃げる者達を一瞥したヴェルグリーズは、沙耶を冷やかすでなく声をかけた。沙耶はふんと鼻を鳴らして歩いていくと、死体を担いでフリークライの方へと歩いていった。並べられた死体の数が思いの外少なかった事実に、mなにエラは少し意外そうだが……特段珍しいことでもないだろう。殺してやるほど割くリソース、その価値もなかっただけだ。
「生前ノ行イ関係無シ。死ネバミンナ星。ミンナ花。ミンナ命」
 フリークライは並べられた死体に向け弔いを念じ、死を悼んだ。創造主により独特な死生観を与えられたフリークライは、墓守としてごくごく自然な倫理観を口にしたにすぎない。故に、続けて発されたヴァイオレットの問わず語りの独り言に答えがないことも分かっている。
「私は、私自身が生きている事すら許せない……友達を殺したこの手で、どんな幸福を望めるというの……?」
「……我 フリック。我 墓守。死者ニデキルコトアルヲ知ル者。気二病ムナ言ワナイ。責任取ル為ニモ成スベキコト成セ」
 ソシテ死ヌ迄 考エ悩ムガ理。
 ありきたりの言葉では彼女の心を繋げない。すでに繋ぎ止められることが叶わぬほど千々に乱れているかもしれぬそれを癒やす術をフリークライは持たない。
 ただ、立ち止まるのだけは、誰も喜ばないと墓守は思っただけで。

成否

成功

MVP

フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守

状態異常

トキノエ(p3p009181)[重傷]
恨み辛みも肴にかえて
三鬼 昴(p3p010722)[重傷]
修羅の如く

あとがき

 お疲れ様でした。
 正直、鏖殺ルートだろうと思ったらそこそこ生き残っていてびっくりしています。
 覚悟と慈悲の両輪がうまく噛み合った結果ということでしょう。
 MVPは戦線を支えたあなたへ。事前の仕込みは最小限にとどまりましたが、無駄ではありませんでした。

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