シナリオ詳細
<グレート・カタストロフ>鉄に宿るアイ
オープニング
●この愛が真実だと証明したいから
天義。
それは今この時の混沌世界において、もっとも人々の興味を集める国と言えるかも知れない。
先日まで行われていた冠位傲慢による侵攻。
『神の国』なる仮想を都市へ降ろし、文字通り世界を塗り替えようとした。
あたかも神の所業なる壮大な侵略の様子は、各国を震え上がらせるには充分だ。
だがその恐怖も長くは続かなかった。
これまでの冠位同様、イレギュラーズ達の決死の活躍により傲慢が打ち破られたためである。
では現在、天義の街や人々はどうなったのであろうか。
「年も明けたな」
「そうだね。イレギュラーズさんや騎士団のおかげで何とか生き延びられた。
折角だし、今年の目標でも決めない?」
「んー。なら俺は、翼を生やして天国に遊びに行く。かな」
「なにそれ」
「俺達現地の民間人は良く分かってないけど、噂だと天国みたいに死なない空間に居たらしいぞ」
「天国?」
「そ。飢えず、苦しまず、理想が何でも叶う場所だったんだとさ。
しかも今世界を騒がせているような化け物もいないなら、最高だろ?」
「まぁ……そうとも言えるのかなぁ」
「そうだって! でも皆がその変な空間で戦っちゃったせいで、壊れちまったらしいけど」
「せいでって。その話が本当なら、そのお・か・げで。この国の被害は少なく済んでるんだよ?」
「ものは考え様だな」
「そうかもしれないけど、悪く考えたって良いことない! それよりも、今この世界で為すべきことがあるんじゃない?」
「為すべきこと?」
「うん。混沌の未来を紡ぐの。私達で」
「ちょ、お前それって……」
「えへへ。いっぱい愛してあげようね」
一組の男女が笑い合っている。
その様子を、家々を隔てる路地の影から『【羽ばたくための鈍色の翼】フェルム・ロンド』が見つめているが、カップルは気づく様子もない。
(なんだろう。今のおはなし……気になるなぁ)
微かに。思考を過ぎる何か。
それはとても大切だったはずのもの。
それは地べたを啜るような生活の中で夢見たもの。
(まぁ……いっか。ぼくにはかんけいない。あの人達と居られる今が、きっと一番なんだから)
フェルムの背に備わる鉛色の翼が小さく揺れる。
それは彼女が『両親』から与えられた『アイ』の証。
束の間の平和が訪れたはずの天義から二人――三人の人間種が消えたのは、そのすぐ後の事であった。
しかも困った事に。人が消える事件はこれだけに終わらなかったのである。
●この哀が復讐へと背を押してくれるから
天義の酒場にて、一人の鉄騎種の女性は情報収集に明け暮れていた。
「ねぇ? 何か知ってるっしょ? アタシに教えるし」
「あー? えっと、なんだったっけ?」
「だーかーらー。アタシは『スカーレット・ロンド』。この街に妹がいるって聞いて探しに来てるし。この覚えねぇし?」
酔っ払いの肩へ肘を置き、顔を近づければ。
真っ赤なツインテールがふわりと揺れ、挑発的な視線が男の瞳を捕らえて放さない。
「んー、ロンドか……おお、そういや」
男が何かを思いだした様子に、スカーレットは再び身体を離す。
「確か最近見かけるようになった鉄騎種の小娘がそんな名前だったな。
えっとー……ああ。何でも酒場を入り浸って、結婚式に向いた教会が無いかとか聞いて回ったらしいぜ」
「へぇー。面白い話だし」
スカーレットが小さく口角を上げた。
「でもよぉお姉ちゃん。わりぃ事は言わねぇから妹はちゃんと躾けた方がいいぜ。
ソイツ見た目ガキなのによぉ。酒場なんかに入り浸るもんだから、話しかけた俺の仲間が色々教えてやるって、連れてったみたいだぞ」
「あっそ。そこは別にアタシに関係ないし。居場所が分かれば充分だし」
「んだよ冷てぇな。ああそうか。アイツの姉ってことは、姉ちゃんも鉄騎種だろ?
脳みそまで機械だと人間性もねぇか。せめて身体は食べ応えがあるといいけどなぁ!」
ガハハと笑いスカーレットへと手を伸ばす男。
彼の手がスカートの裾を掴むよりも先、血の通った手首はその指示系統を離れた。
人間種では再生も難しいであろうその傷口から吹き出す鮮血を、彼女は素早く躱す。
「テメェよりは腐ってねぇし」
その後の出来事は語るも憚かられる。
ただ一つ言えるのは、彼女の給仕姿が、スカーレットの名に違わぬものとなった事だけだ。
●運命は何処か
度重なる不審死。
それはこの国で起きた数々の事件の悪夢を呼び起こすには充分過ぎた。
天義は犯人の調査をローレットに依頼。
依頼に書かれた情報の中で、身体が欠損している遺体が見られる事に着目した『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は、調査に訪れていた。
(まさかとは思うが……よりもよってこのタイミングとは)
混沌各地では『バグ・ホール』の発生や終焉獣の襲来により多大な被害が出ている。
だがそうだとしても。
ここには自分が断たねばならぬ縁があると。
そう予感したヴェルグリーズは、剣を握る力を強めるのであった。
●アイが導くアモルドロル
「わぁ、きれいなばしょだ」
飾り立てた言葉よりも、素直な感嘆こそ最高の賛美である。
その言葉を体現するかのように、フェルムの想いが零れた。
「ここなら、二人もきっと満足してくれるよね」
思い浮かべる両親。
母なる存在『【あなたのための白い薔薇】ユースティティア・ロンド』。
父なる存在『【君だけを愛す黒い薔薇】レンセット・ロンド』。
二人が見た目の時を止めたタイミング故に、人から見ればフェルムの姉と兄に思えそうであるが。
だとしても、フェルムにとって二人が両親であることは変わらないはずだ。
だって、二人は愛を与えてくれたから。
だって、二人に幸せになってほしいから。
フェルムは、二人の子供になるまで久しく失っていた表情を浮かべる。
「たのしいのかな。けっこんって。よろんでくれるかな」
二人が幸せになったら。
きっと自分はもっと幸せになれる。
そしたら翼ももっと大きくなって。
いつか顔も覚えていない『あの二人』の前に立つんだ。
――うらやましいでしょう?
――でもあなたたちはもとめちゃダメだよ。
そう言って、ひっぱたいてやるんだから。
「みぃーつけた。キシシシシ」
※関係者用語解説(OP登場順、本シナリオ上必要部分のみ解説)
【ユースティティア・ロンド】
暴食の魔種。
元々は幻想種として育てられていた人間種。
種族や身分の差を超えレンセットと恋に落ちたが、寿命の違いや病気の進行に苦しむ。
しかし彼女を救おうとしたレンセットの行動により、魔種となって命の猶予を得た。
そしてめでたく夫婦となり行動していた際、フェルムに出会い自分達の子供とする。
血のつながり等なくとも。
夫であるレンセットを愛し、子供であるフェルムを愛している。
※プレイング次第ですが、恐らく本リプレイには登場しません。
【レンセット・ロンド】
傲慢の魔種。元々は幻想種。
紆余曲折を経て辿り着いた真実の愛を守るために禁術に手を染める。
その結果、最愛の女性は人を喰らわねば生きられぬ存在と変わってしまった。
自身が導いた結末に一抹の後悔と責任を感じているが、それでも愛を貫き続ける。
妻であるユースティティアを愛し、子供であるフェルムを愛している。
※プレイング次第ですが、恐らく本リプレイには登場しません。
以下は確認せずとも問題無く本シナリオに参加できますが、知っていると関係者回りの解像度が上がります。
(全て染NMご担当)
●ユースティティアとレンセットの経緯
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/1627
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/1595
●フェルムの経緯
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/1635
●三人が家族になった日
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/1613
- <グレート・カタストロフ>鉄に宿るアイ完了
- GM名pnkjynp
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年01月24日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●アイ、隔て
天義で散見される殺人事件を調査すべく集ったイレギュラーズ。
調べれば調べるほど、身体欠損した遺体の多さに『神殺し』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は苦虫をかみつぶすような不快感を抱いた。
「情報……ありがとう、ございます」
酒場から出てくるには、幼さを感じさせる風貌。
だがそれ故に。似た印象を与えた者の情報は集まり。
この地にて黒衣を纏い戦い抜いた英雄として、住人は協力を惜しまない。
もっとも信頼を示す彼らの中にリュコスが過去感じた澱みを解する者など居やしないが。
(人を食べるのと、人を切り裂くの。魔種は二体って事……だよね。匂いは……覚えた)
情報を共有すべく、仲間達との集合場所へと急ぐ。
リュコスが合流したのは『こっそり抱えた大きな秘密』秋川 涼(p3p004402)と『無尽虎爪』ソア(p3p007025)を除く一同が『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の話を聞き終えた時。
「みんな。遅れてごめ――」
リュコスがその言葉を言い終えるよりも先。
住宅街から離れた教会で大きな音がした。
~~~
「や……やめて!」
「アンタら家族はそんな命乞いでやめた? んな訳ねぇし!」
気弱な少女が、なけなしの勇気で懇願し。
紅いツインテールが揺れるメイドが、想いごと引き裂かんと鋏を高く掲げる。
「何してるの! ガァッーー!」
教会敷地内大聖堂に姿を現したのはソアと涼。
音を聞きつけたのが合流場所よりもここへ近かったため、二人は先陣を切る形となった。
ソアの視覚が認識したのはほんの僅かだが、咆哮と共に迷い無く飛び込み少女を狙う刃を虎の爪で辛うじてそらす。
「少しは落ち着きなさい!」
更に涼が放った魔術と格闘の独創性ある組み合わせに、メイドは一度後退を余儀なくされた。
「……ちっ、テメェら邪魔すんなし!」
「ヤだよ。ボクには分かるから。あなた、血の匂いがするもの。すっごく」
その匂いが、血走った目が、眼前の『スカーレット・ロンド』が魔種であることを告げている。
ならば自分の役目は仲間達がやってくるまでの足止めであると。
彼女がそう判断するまでに時間などほぼ不要であった。
「人間を殺すなんて、させないよ」
「人間? ……ふざけんじゃねーし!!」
人を愛しその姿をも得た精霊の言葉に、魔種は魔力の塊たる赤い薔薇を宙へ咲かせた。
更に薔薇からは棘を供えた茎がどんどんと伸びていき、茨となって大聖堂中を侵蝕していく。
それを危険と判断したソアが蹴りや爪を用いた格闘戦へ持ち込めば、スカーレットもまたかつてラド・バウにて些か名の知れた闘士を思わせる乱打を返した。
「くっ、この状況どうしたら」
一方の涼は、少女もまた魔種であると気づいていた。
そして仮に仮に仲間と合流する前に戦闘を始めたならば。
魔種二体を二人で対処しなければならないという危険な状況にであることにも、思慮が及んでいた。
(理由が何かはさておいて、魔種同士がやりあってるわけだし。
本当なら同士討ちでも狙いたいところだけど……今狙うのはリスキーね)
ならば他に為すべき最善を為すだけだ。
「この薔薇、放置するわけにはいかないでしょ!」
涼は思考と戦闘スタイルを切り替えると、ソアへ迫ろうとする茨を狙い斧を振り下ろしていく。
結果、襲われていた少女はこの場にいる誰しもの意識から外れることができた。
(と、とにかく逃げないと)
突如命を狙われ。大切な両親へ贈るはずだった美しさは見る影もないほど崩れていって。
不安や失望。
急激に変容する状況は、心を乱し理解を捨て置き進んでいく。
だからだろうか。
「大変、このままでは殺されてしまいます。早くこちらへ……!」
少女は都合良く現れた女性の言葉に。
心配の感情を湛えた翠玉の瞳に思わず、手を伸ばす。
「さぁ、逃げましょう」
「は、はい」
他の面々も追いついてはいたが、駆け出す二人の背を追うのはリュコスだけであった。
(マリエッタ、気づいてる、よね? その子の匂いは……)
●愛、騙り
どこか身を隠せそうな場所を探し、マリエッタとリュコスは少女『フェルム・ロンド』を連れ歩く。
勿論、その間もマリエッタとフェルムの手はずっと握られていて。
「この辺りも……駄目そうですね。すみません、私も急いで駆けつけたものでしたから。
生憎とここの事は良く知らなくって」
彼女が頭を垂れれば、艶やかな茶髪が波を打った。
「あ、え、えっと」
どうしてこの人は、こんなにもしてくれるのだろう。
どうしてこの人の手は、『両親』よりも温かいのだろう。
「ぼくは、だいじょうぶ。それより、かくれるなら、あそこはどう、かな」
未だ整理仕切れぬ感情を胸に秘めつつも、フェルムが空いた手で指し示すは先程までいた大聖堂よりも数段小さな礼拝堂。
「……良いと思います。とても」
少女に優しく微笑みかける様は慈愛に満ちていて。
「ねぇ、マリエッタ」
真意を図りかねたリュコスは、仲間を呼び止める。
『どうするつもりなの?』
『ああ、すみません。リュコスさんにはお伝えできておりませんでしたね。
ですが大丈夫。分かっていますから。だからこそ……着実かつ確実に参りましょう』
交わる視線に乗せて、思念がやりとりされる。
「どうかしましたか、リュコスさん?」
「い、いや別に……。早く行こう」
不要となった言葉は飲み込んで、三人は先へ進む。
そうして辿り着いた礼拝堂は、長らく使われていなかったであろう。
最奥にある神へ祈りを捧げるため祀られたモニュメントすら埃にまみれ。
信者のために用意されたイスや通路となる空間には、結婚式や披露宴で用いられるのだろう造花や生き物を象った飾り。
果てはテーブルやクロスといった用具類までもが、所狭しと煩雑に並べられていた。
本来の意義を失った不要品のたまり場は、どこか路地裏の影やスラムのような印象も醸し出す。
「少し狭いですが、奥まで進み身を隠していれば、逃れられるかもしれませんね」
暗がりへ向かい強く手を引かれ、フェルムは立ち止まる。
「……どうされましたか?」
「……ちょっと。いやなことをおもいだして」
あのころもこのまえも。
やましいことをしてくるひとのちからは、とてもつよかったから。
「大丈夫。ぼくたちは君の手助けがしたいんだ」
だがリュコスから背を押された事もあり、フェルムは物の山を掻き分けていくのであった。
「そういえば、ご両親の結婚式場を探しに来られていたのでしたよね?
そんな最中に魔種と出会うなんて、フェルムさんも災難でしたね」
三人はくすんだモニュメントに形ばかりの祈りを捧げると、会話を続ける。
「そうだよ」
「ご両親も天義に?」
「ふたりは今深緑にいるよ。サプライズしたくてこっそり来たから、ここにはぼくだけ」
「……そう、でしたか。では折角礼拝堂に居ることですし、早く会えるようにと……祈りでも捧げましょう」
くすんだモニュメントの前に跪き。
フェルムは目を閉じ、遠く離れた両親を想った。
(父さん、母さん。ぼくは娘として、ほんとの家族として、あなたたちと……)
かがやかしいおもいでを、つむぐことができたなら。
きっとみんな、まんぞくできるよね。
「お祈りはすみましたか?」
「はい。マリエ――」
心から、純真に願いを込めて祈りを捧げたフェルム。
目を開け、これまで親切にしてくれた人の声に顔を向ければ。
「では、人の皮を被る時間は終わりですよ。化け物」
そこに居たのは、血の魔力に白き髪を靡かせ、金の瞳を冷たく輝かせた魔女であった。
「……うわっ!」
至近距離から放たれる無限の光。
少女を想う親の愛は、宿す本人の意思を介さず背に産み落とした鈍色の翼を肥大化させ、光から安らげる影を作った。
「なるほど。人々の血肉を貪り集めた魔力は、傷を妨げるのですね。でも無駄です。
背負う愛がどんなに尊くとも。貴方にはもう、逃げ場はない」
無慈悲なマリエッタの囁きが引き金となり。
仲間達が呼応する。
「アハッ、もう待たなくていーい? じゃあキミの0点な命、食べちゃうね?」
物陰から飛び出す『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)の剣がフェルムの意識を奪えば。
「話は聞かせてもらったけれど、どう言いつくろうと君が人の道を外れたことに変わりないわ」
タイミングを合わせた『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)の巨大包丁は死角から及ぶ凶刃となり。
「殺して喰って、家族で幸せに暮らしました、なんて……なるわけないじゃん?」
刃は、美咲の『目』が捉える概念ごと鉄の翼へ止めどなく振り下ろされ。
「逆に狩られても筋違いじゃないってこと、ちゃんと理解して逝ってよね!」
最後の一撃が、十字のモニュメントと奥の壁ごとフェルムを斬り払う。
「あぁぁ……!」
浮かんだ身体が地面に落ちれば、少女らしくか細い苦悶の吐息が漏れる。
フェルムは何とか起き上がると、涙を浮かべた瞳で、己を害した三人を。
茫然自失とした様子で立ちすくむリュコスを見た。
「だましたんだね……」
「ま、まって! ぼくは、その、ほんとに、知らなくて……!」
魔種だとは分かっていた。
この地にて災厄を繰り返さないためにも情報を集めたら戦うつもりはあった。
けれど、こんな騙し討ちのような方法を取ることだけは、まだ聞いていなかった。
「やっぱり……父さんと母さんしか、ぼくにぬくもりをあたえてくれないんだ……!」
フェルムはその翼を広げ、自身へ温もりを与えてくれる太陽達の元へ飛び立とうと身構えた。
だがそんな希望すら抱かせぬと言わんばかりに、彼女の眼前を影が覆う。
「あなたが紡いだのは悪の因果……。悪は……不幸と応報を受けねばなりません」
影の主、『黄昏の影』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)の一撃によって、フェルムは再びリュコス達の居る礼拝堂へと吹き飛ばされた。
「かはっ……!」
三度の声。
咳き込み朱を散らす様は、それが人を残す証か。
もしくは奪った命の残滓がまだ体内に残っているだけなのか。
血が示す真実の是非は別にして、フェルムには別な事実が見えていた。
まだしねない。ぼくはふたりとおなじだから。
けれどきっといきられない。ぼくをとりまくばけものたちは、きっとぼくをにがさない。
しんじられるみらいなんて、ない。
抗えぬ運命を悟り、けれど諦め切れなくて。
涙と共に、言葉が零れる。
「とお、さん……かあ、さん……」
「っ……」
その様子を見つめるリュコスの肩へ優しく手を置いて。
「後は任せて。彼女に絡みついた薔薇の因縁も。キミの戸惑いも。俺が断つよ」
『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が歩み出た。
「フェルム……いや、フェルム殿。キミが魔種になった日のこと、俺は覚えているよ」
最期はせめて人として。
敬称をつけた魔種に対し彼は、自身そのものである蒼い剣をかざして見せた。
「はっ! ……その剣」
「覚えていてくれたんだね。俺も同じだよ。あの日のこと、キミ達家族のことは、一秒たりとも忘れたりしなかった」
長い間彼が追い続けてきた『ロンド』の因果。
時の主が愛の果てに願った禁忌。
その鍵となったのは他ならぬ己であったから。
混沌の規則に反し保たれた命は、あらゆる正しき命を喰らうことで紡がれ。
その過程において、フェルムの背に魔の翼を授けてしまったから。
当時自我が完全に目覚めていなかったとはいえ、その事実と記憶はヴェルグリーズ自身の心にしっかりと刻まれていた。
「守れず、すまない」
「……ううん。ありがとう」
予想外の言葉にヴェルグリーズは頭を上げる。
「おかげでぼくは……かぞくを、ぬくもりをかんじられたから」
「そうか。ならこれ以上その想いが罪にまみれない様に、俺はこれからキミの翼を……命を奪う」
フェルムの背に立ち、仲間達がつけた傷跡が目立つ付け根へ狙いを定める。
「許してくれなくていい。でもどうか、この先では安らかであってほしいと願っているよ」
長き月日をかけ。
『別れるもの』はかつて自身が結び付けた家族の絆を。
愛という光に手を伸ばすための翼を。
十字の剣筋で斬り放すのであった。
●哀、狂い咲きて
「遅くなりました、お二人とも無事ですか!」
フェルムとの対決を終えた一行は、既に大聖堂の入口までも侵蝕する茨を吹き飛ばしたマリエッタに続き中へと入る。
「はぁはぁ……無事ではある、けど。……ちょっと、というかメッチャヤバイかも」
「ボクも電池切れ、近いかな」
そこには肩で息をする仲間達と、平然とした様子で佇むスカーレットの姿があった。
「あーもう面倒だし! アタシはアイツを殺したいだけなのに、何の文句がある訳? 意味分かんないし」
「アイツ、とはフェルム殿のことだろう? 何故狙うんだ」
ヴェルグリーズの問いかけに、メイドは実に粗暴な態度で頭をかいた。
「何故? 親殺されて、喰われて、その上マズいとかほざいたバケモン家族を殺すのに理由がいんの?!」
「そうか。その憎悪は復讐から来るものか」
憎悪、復讐。それらは結晶化して殺意へ変わる。
ヴェルグリーズは剣の精霊と自負している。
けれど仲間達と、愛する相棒と子供達との生活を通じて、ここ最近は一層人間らしさを確立してきた。
そして先日、己に向かい、己が向ける心へ触れたからこそ分かるのだ。
人を殺すことは、人の倫理においては罪なれど。
大切な家族を奪われる。それは予感ですらも人の心を狂わせ得る大きな恐怖であり。
実際に奪われたのならば。
きっともう自身で心を制御することなど叶わぬのであろう。
「キミもロンド一家の被害者、なら俺が斬らねばならない相手だよ」
「意味わかんねーし。てか早くどけっての」
スカーレットの我慢は限界であった。
「ねねね、キミさっきからあの魔種を殺したいって言ってるけどさ。
もうボク達が殺しちゃいました~アハッ☆ って言ったらどうするのー?」
それを感じ取ったヒィロはニコリ微笑み、敢えて挑発するように鉄の翼を掲げた。
「おま、それ……」
「そ。あの子の翼だよ? あ、でもあげないよ。
今回の事件の証拠品だから、ちゃんともって帰んないといけないからねー」
「……の……」
「ん?」
「この……クソったれがぁぁ!!!」
叫ぶ、怒りのままに。
それに応えるよう、憎悪の花は咲き乱れ、棘纏う茎は敵と認めた存在達へ襲い掛かる。
「……皆気をつけて! 茨に触れてしまったら、纏わりつかれて体に異常が出る、わ……!」
元居た世界ではアイドルとして活躍していた涼。
傷つき気を失いかけながらも、目一杯の声で仲間達へ危機を伝えた。
「涼、ケガひどい……! 助けないと!」
「ええ、いきましょう」
リュコスは月光の剣を閃かせながら涼への道を繋ぎ。
マリエッタも追従しながら治療と茨の掃討を担う。
(くっ。この茨、厄介な異常を付与するだけじゃなくこちらの魔力も吸い尽くそうとするのか)
ヴェルグリーズもまた、剣で己の腕に巻き付いたものを切り落とすと、続けざまに魔力を掃射し茨の動きを抑える。
だが苛烈極まる茨の波は、それすらすり抜けなおも弱った者を狙っていく。
「……させません」
しかし一行とて歴戦の猛者の集い。
今度はヴァイオレットと巨大化した彼女の影が立ち塞がるようにして茨を引き付けた。
「すまないヴァイオレット殿! 黙っていてはこちらが不利だ、攻めよう!」
「じゃあボクも、もうひと頑張りしちゃおうかな」
既にボロボロのソアも、ハーフ・アムリタを一気に飲み干すと己に宿る雷の因子を解き放つ。
「ふぅ……。さっきまでとは違うんだから。言ったよね? 人間を殺させないって。
それでもボクの仲間達を傷つけるっていうなら……本気で殺す」
ソアが放つ死を呼ぶ雷は、茨を切り進むヴェルグリーズ達に道を開く。
「人喰い魔種の次は復讐魔種に危ない薔薇って? ……はぁ。
なら復讐の復讐、からの雑草狩りが必要よね。行くわよヒィロ!」
「オッケー美咲さん! ローレットのみんなは絶対に守るよ!」
大好きな美咲へ満面の笑みを向けたかと思えば、振り返るや否や愉悦溢れる嘲笑を浮かべ、スカーレットへと肉薄する。
「どうしたのキミ? なんだか目から血が流れてるけど」
美咲もまた、ヒィロに迫る茨へ対応しつつ事象や概念を見透かす瞳で敵の異常を捉えていた。
(この薔薇と茨、あの魔種の魔力から生じているようだけど、力が上手く馴染んでいない?
ということは彼女の本来の技じゃなく……破滅の力で無理やり再現している?)
「ねーえー。一人で楽しむじゃなくてもっとボクにも生きてるんだって実感させてよー!」
「はぁはぁ……っせぇーしこの女狐ぇ!!!」
口からも吹き出ようとする逆流を堪えながら、スカーレットは浮かぶ薔薇へ全ての心血と魔力を注ぎ込む。
茨はここに来て尚勢いを増し。
薔薇は生じさせた風に無数の小さな花びらを乗せ、イレギュラーズ達の肌や建物へ触れる度。
「アハハ! すごいこれー! 急に燃えたり血が出たり、痛いのは大っ嫌いだけど気持ち良くなっちゃうね☆ いつまで続けてくれるかなー?」
「ヒィロ、ちゃんと薔薇潰しに専念して!」
「アハッ、了解了解!」
薔薇の憎悪は当然後方へも襲い掛かる。
「ヴァイオレット……茨が!」
「私は大丈夫です……。リュコス様は戦線の維持に集中を」
自身を贄としてその大半を受け止めるヴァイオレットには相当の負荷がかかる。
それでも彼女はこの役目を退こうとはしなかった。
(……殺せるなら、殺して下さい。元より私は、ずっと死に場所を求めて戦っているのですから……)
だが彼女がどんなに願おうと。
突き刺さる棘が流す毒も、花弁の炎も。
その向こうに白無垢の菫を見せてはくれなかった。
●宿る不穏
事件から数日。
今回の一件はイレギュラーズ達の報告により犯人の魔種二体が討伐完了したと記録された。
各々傷を癒す中、ヴァイオレットはローレットの資料庫で、スカーレットのメモリーチップに記録されていた映像を眺めていた。
(あの後魔力を使い果たし、枯れるようにして彼女は逝った。
残されたのは機械の部分とこの記録のみ。人間の部分など消え去って。
これもまた因果が彼女を悪へ導き、報いを齎されたのですね……)
また、魔種が死んだ。
人から転じた悪が潰えた。
しかし私(悪)はまだのうのうと生き長らえてしまったのだ。
(マリエッタ様が言っておりましたね……人間は、化け物はどちらなのかと)
呟く言葉に、返す言葉は存在しなかった。
~~~
ねぇ、レン。わたし、何かおかしいこと言ってる?
いいや、ティア。おかしいのは私の方だったよ。
世界が私達の愛を否定するなら、私達も世界を否定するべきだったんだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
冒険お疲れ様でした!
皆様が選んだ選択は、一人の魔種へ深い絶望を与え。
一人の魔種の、身を裂く程に狂おしき殺意の花を咲かせました。
そして恐らく。
絶望と殺意は受け継がれ、より深みを増してやってきます。
だからといって、選択が間違っていた訳ではありません。
皆様の選択は、混沌に揺蕩う無垢なる生命を守ったはずです。
あとはただ。
この選択が正しかったのであると。
自分達は魔種とは違うのだと。
世界へ証明し続けて頂ければと思います。
全てのお話がそうだと思いますが、参加して下さったPCの皆様全員の協力があってこその成功です。
誰一人この中に欠けて良い存在はなく、劣っていたということもありません。
その上で。今回はこのシナリオにおいて、全体の作戦成功のために長く厳しい戦線を支えたお二人に賞賛と。
最前線で身を削り続けた貴女にMVPを。
それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
※各種《》項目に関してはGMページにて解説
《システム情報:情報確度A》
●目標(成否判定&ハイルール適用)
天義における謎の不審死の真実を明らかにする
遭遇した敵対勢力を排除し、市民の安全を確保する
●副目標(一例。個人的な目標があれば下記以外にも設定可)
フェルムの撃破
スカーレットの撃破
フェルムの撤退
スカーレットにフェルムを撃破させる
●優先
※本シナリオにはヴェルグリーズ(p3p008566)さんの関係者が登場するため、
ヴェルグリーズさんに優先参加権を付与しております。
●冒険エリア
【天義内某地】
大きな教会と連なる敷地、その周辺合計3km程度(以後「教会」表記)
●冒険開始時のPC状況
基本的に、天義内のパトロール中大きな物音を聞きつけ、教会へやってきたところからスタートとなります。
フェルムとスカーレットについてはローレットの確認した魔種情報により、見た目から魔種だと把握できても、出来なくとも構いません。
知っていれば双方へ素早く攻撃行動が出来るでしょうし、知らなければ少女がメイドに襲われているように見えるでしょう。
とはいえ、少し状況を見れば双方が魔種であると誰もが気づくでしょう。
《依頼遂行に当たり物語内で提供されたPC情報(提供者:ローレット 情報確度C)》
●概要
天義にて不審死事件が相次いでいる。
その犯人の確定、出来れば無力化か排除をしてほしい。
●人物(NPC)詳細
【フェルム・ロンド】
嫉妬の魔種、元鉄騎種。
各地で様々な事件が起きる中、傲慢の侵攻が終わり落ち着きつつある天義に結婚式場を探しに来ました。
サプライズのため、両親には告げずに来ており、レンセットが普段手渡しているお守りもありません。
教会を壊したくないので逃げようとします。
彼女が教会の外へ出れば、民間人の中へ隠れてしまうでしょう。
攻撃面の能力は魔種にしては低めですが、鉄騎種なので打たれ強く、すばしっこいです。
主に単体物理、範囲神秘で戦います。
とはいえBS系統は有効なので、動きを止められさえすれば後は比較的簡単に処理できるでしょう。
彼女が教会外へ逃げだした場合、追手が来ないと彼女が確信できる状況であれば、民間人に被害が出ることはないでしょう。
【スカーレット・ロンド】
※設定
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/5620
魔種、元鉄騎種。
運命のいたずらによって両親を殺されてしまった少女。
犯人である三人家族を怨み、憎しみを込めてロンドを名乗り探していました。
ロンド一家は人を食べて歩くので居を点々とする事も多い中、やっとその居場所を掴み、しかも相手はフェルム一人です。
この機会に必ず殺してやろうと思っています。
戦闘に特化しており、付与でのCT反応上昇を維持してEXA、スプラッシュ等の手数を活かした攻撃を繰り出します。
主に格闘術や短剣、演芸用の鋏など物理で戦いますが、薔薇型の神秘魔力も用いて全レンジ対応です。
体力BS共に自己回復可能(ただ戦闘スタイル故回復に回せるAPは少なめ)。
耐久もそこそこあるので、撃破するなら集中的に狙う必要があります。
フェルムを殺す邪魔をしなければ、攻撃してきません。
仮に捕らえて引き渡す等の行動を取れば、何かしら会話も可能かもしれません。
フェルムを殺し、その身体を欠片も残さぬ程踏み潰せば、一旦満足して帰ります。
ですがフェルムが戦闘エリアから逃げ出した場合、彼を捕らえ殺すために周囲に見境のない攻撃をします。
そうなれば一般市民への被害は免れぬでしょう。
●味方、第三勢力詳細
シナリオ参加人数が定員に満たない場合、不足分だけ天義の騎士が作戦に協力してくれます。
騎士は参加者の平均程度の能力に加え、参加者が付与したい役割(回復、タンクなど)「一つ」を担うのに必要な分のステータスが補正加算されます。
(回復ならAP多め、タンクなら防御技術高め、等です)
●敵詳細
【フェルム】
人物詳細をご参照下さい。
【スカーレット】
人物詳細をご参照下さい。
【終焉獣】
魔種二体の争いに誘われるようにして時間経過に応じてランダムで現れます。
強さも数も未知数ですが、出現した場合戦闘エリア外へ逃がさないよう対処が必要です。
●ステージギミック詳細
特になし
●エリアギミック詳細
<1:建物>
豪華な結婚式が行えそうな教会。
皆さんが想像するそれっぽいものは全てあるでしょう。
<2:屋外>
ブーケトス会場や歓談用のテーブル&イスが並べられた広場など。
美しい花々やオーナメント類で飾られています。
基本視界は開けています。
<全般>
光源:1・2問題なし
足場:1・2問題なし
飛行:1注意(建物内で行える程度のみ)、2問題無し
騎乗:1不可、2問題無し
遮蔽:1有、2場合による
特記:戦闘エリア外はいわゆる普通の住宅街です。
平和な町並みと、遠く教会から聞こえる不穏な音に怯える市民がいます。
《PL情報(提供者:GM プレイングに際しての参考にどうぞ)》
【主目標のために何すればよい?】
恐らく状況的にPCは魔種二人が犯人であると気づけるので、最悪市民に被害が出なければ、形式上は成功と言えるでしょう。
【ロンド夫妻】
自分達の結婚式場が見つかったと、それも自分達の子供からのプレゼントとして伝えられれば、喜んで結婚式を挙げようと、いずれこの教会へ訪れるのでしょう。
逆に自分の子供が死んだとなれば、相応に復讐を誓うでしょう。
【スカーレット】
彼女はロンド一家に復讐するために存在しています。
通常魔種はイレギュラーズ達との交渉などには応じませんが、そのあまりの憎しみ故に、皆様が使える存在であると思えば、交換条件などを付ける事もできるでしょう。
【魔種とは何か】
現状必ず倒さなければならない敵です。
特に終焉獣やゼロ・ホールの出現が多発する現在において、魔種をわざわざ見逃す必要があるでしょうか。
同時に二体と戦うのは難しい選択ですが、ここで二人とも討つ事こそ平和に繋がるのかも知れません。
・その他
目標達成の最低難易度はN相当ですが、行動や状況次第では難易度の上昇、パンドラ復活や重傷も充分あり得ます。
Tweet