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シナリオ詳細

<美徳の不幸/悪徳の栄え>夜の蝶は嘲笑う

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 幻想の王都メフ・メフィート。
 王都だけあって栄えているこの町だが、多種多様な人間が暮らしているのだから当然のように「それ」もまたある。
 王都のとある一角にある歓楽街。その中でも特に高級だとされているその娼館には、見目麗しく話芸も達者な美姫が多数在籍し、政財界の重鎮たちが彼女たちとの逢瀬を求め、一般人が年単位で働いても手が届かないような多額の金を一夜にして使い切るなんて話もよくあることだ。
「あぁ、エレノーラ……。夢のような時間がもう終わってしまうとは……。またすぐに君に会いに来るから、それまで待っていておくれ」
「私も名残惜しいわ……。貴方がいないと寂しくて死んでしまいそうよ。そうなる前に必ずまた会いに来てね?」
 エレノーラと呼ばれた傾国の美女は客の男にそう言っていかにも別れを惜しんでいるように見せるが、それは結局のところ営業トークでしかない。
 だが、それで気を良くした男はまたこの娼館に金を落としにやってくるだろう。
 男の相手を終わらせたエレノーラは、男が見えなくなるとすぐさまその表情が無に切り替わり部屋の奥へと消えていく。
「これであと二、三回は絞れるだろうね。だけどその後は……」
 一夜の夢を見せるのもタダではないのだ。自他ともに認める最高級であるエレノーラであればなおさら。そして金がない男には興味などない。絞れるだけ絞りとってやろうとあくどい笑みを深める。
 そんなことを考えながら明かりの無い暗い部屋の中で紫煙を燻らせて一休みしていると、そこに一匹の蝙蝠が飛び込んで来た。普通の女性ならば悲鳴を上げそうなところだが、エレノーラは騒ぐことなく静かに腕を伸ばすと蝙蝠がその腕に停まる。
「へぇ。またなんかやるのかい。しかも、ご本人様が自ら前線に立つとは珍しい事もあるもんだ」
 エレノーラは色欲の魔種である。そして、蝙蝠はその使い魔であり冠位色欲たるルクレツィアとの仲介役でもある。使い魔を通じてルクレツィアの状況を知ったのだが、どうやら今回はルクレツィアも表舞台に出るらしく、それに協力せよとのお達しが来たのだ。
 色欲らしく、裏での暗躍を得意とするルクレツィアにしては珍しいが、それもここ最近になってイレギュラーズに計画の悉くを潰されてしまったからだろう。
 同じく策謀を得意とするエレノーラは即座に頭の中に謀略を巡らせた。
 こうして幻想国内での活動を支援して貰っている以上は、ルクレツィアの命令には従わねばならない。こんな事態に備えて長い年月をかけて仕込んでいたものを使う時が遂にやって来たのだろう。
「準備しな、お前たち。幻想を堕とすよ!!」
 部屋の扉を勢いよく開いてそう言い放つと、娼館の中で蠢いていた悪しき気配の者どもが瞳を妖しく光らせたのだった。


「お前ら、緊急事態だ」
 幻想の王都に居を構えるローレット幻想支部。そこに現れたのは『黒猫の』ショウ(p3n000005)。
 なにやら幻想国内が騒がしいと思って色々と調べていたようだが、遂に事態が急変してしまったらしい。
 テーブルの上に資料を並べられた資料は、幾人ものプロフィール。一般市民から高位貴族まで、まるで一貫性がないように見える人物たちだが、唯一男性であるということだけ共通していた。
「こいつらは急に暴れだして衛兵や騎士に掴まった。
 もちろん、ただのケンカってわけじゃない。なんの前触れもなく、打ち合わせたかのように暴れだしたって話だ。
 しかも、これはまだ一部に過ぎない。暴動は現在進行形で拡大しつつある」
 捕らえられた人々は明らかに正気ではなく、何者かに精神干渉を受けていることは間違いなかった。そこで、その人物たちの足取りを辿ってみたところ、共通してとある娼館に足しげく通っていたことが掴め、実際にそこへ向かってみれば魔種の気配が感じられたという。
「まず間違いなくこの暴動は魔種によるもの。大元である魔種を倒せば沈静化できると考えられる。お前たちにはこの魔種討伐を請け負って貰いたい」
 ショウの言葉に頷くと、イレギュラーズは依頼標を受け取るのだった。

GMコメント

●目標
 『傾国』エレノーラの討伐

●エネミー
・『傾国』エレノーラ×1
冠位色欲ルクレツィア麾下の魔種で属性は色欲です。
一般層から富裕層まで、手広く受け入れる娼館を経営し自身もまた高級娼婦の一人として客を取っていましたが、それらは全て幻想国内に根を張りつつ滅びを蓄積させるためのものです。
長期間の潜伏に際してルクレツィアからの支援を受けているため、今回の戦いでルクレツィアが動きやすいように、王都を混乱に陥れようとしています。
その手法は客として訪れた者たちに気付かれないように刷り込んでいた精神干渉魔法を起動し、一斉に暴動を起こさせるというもので、長い期間に渡り多くの客が出入りしていたためその規模は非常に大きくなっています。
エレノーラを倒すことで客にかけられていた魔法が解除されるため、ここで倒して暴動を収めましょう。

エレノーラのステータス傾向は反応高めのデバッファーです。
【毒系統】【痺れ系統】【麻痺系統】【混乱系統】【恍惚】など
護衛の配下を盾にしながら複数のBSをばら撒いてきます。
またこれらは【鬼道】によって付与率を高められているようです。

・サキュバス×2
エレノーラ配下の魔物です。
数は少ないですが、個としての能力が高く一筋縄ではいかないでしょう。
【混乱系統】【恍惚】といったBSを付与しつつ、槍を使った近接戦を仕掛けてくるようです。

なお、この場にいないだけで他にもサキュバスは多数存在し、王都内各地へ散って暴徒となった民衆の監視と扇動を行っていますが、エレノーラを倒すことでそれらは消滅します。

・民間人×5
エレノーラの支配下にある民間人です。
王都内で暴れている者たちとは別に確保していたもので、エレノーラの護衛(肉壁)兼人質です。
精神支配を受けているだけのただの人なので強くはありませんが、エレノーラのために命を捨てることを厭いません。
エレノーラが何かしら強力な攻撃を受けそうになった場合、身を挺して庇おうとします。
【不殺】で倒すことで精神支配を解除することが出来ます。

●サポート参加
 シナリオ趣旨・公序良俗等に合致するサポート参加者のみが描写対象となります。
 極力の描写を努めますが、条件を満たしている場合でも、サポート参加者が非常に多人数になった場合、描写対象から除外される場合があります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <美徳の不幸/悪徳の栄え>夜の蝶は嘲笑う完了
  • GM名東雲東
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年01月26日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC2人)参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
シラス(p3p004421)
超える者
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
金熊 両儀(p3p009992)
藍玉の希望

リプレイ


 娼館の広いエントランスの中、高級そうなソファにゆったりと腰を掛けたエレノーラは優雅に煙管で紫煙を燻らせる。閉じた瞼の裏には、使い魔の視界に映る外の様子が届けられており、混乱に陥る王都の様子ににやりと嗤う。
「随分と余裕そうだな?」
「おや、随分と早かったじゃないか。流石は、と言ったところかね」
 娼館の中に入り込んだ異物の存在には気付いていたらしい。『竜剣』シラス(p3p004421)の姿を認めたエレノーラは、それでもなお嗤い続ける。
「っ! 卑怯な真似を……」
「色欲の眷属だけあって悪辣ですね……」
 余裕の源は近くに侍らせている一般人だろう。下手に攻撃を加えれば巻き込んで殺してしまいかねない。『天義の聖女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は歯を食いしばり、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)も剣の柄を握る手に自然と力が籠る。
「うーん、まったく理解できんのう」
「俺も妻さん一筋だしね」
 室内に充満する甘ったるい匂いに眉を顰めながら、『藍玉の希望』金熊 両儀(p3p009992)と『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)が言葉を零す。
 傾国と称されるだけの美貌を持つエレノーラだがこの二人にはそれほどのものには見えず、目をハートにしてエレノーラを守るように立つ男たちの心境は理解できないようだ。
「しかし、正直なところ動いてくれて助かった」
「潜伏 続ケラレテタラ 手遅レニナッテイタカモ」
 狡猾な相手ではあるが、『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)や『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)の言うように、こうして姿を現してくれたのはイレギュラーズにとっては都合が良かったのかも知れない。
 ここで倒すことが出来れば、それで決着がつくのだから。
「はっ! 返り討ちにしてやるよ! お前たち!」
「いいえ、勝つのは俺たちです」
 エレノーラが声を上げると闇の中から二体のサキュバスが現れ、キヒヒと不気味に笑いながら槍を構えた。
 対するイレギュラーズは『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)が二振りの刀を抜いたことを皮切りに戦闘態勢へと移行。
 戦いの幕が切って落とされたのだ。


「まずは民間人を引き離すぞ」
「速い!?」
 俊足を見せたシラスが手を翳せば、不可視の糸が虚空より現われエレノーラを守る男たちを絡めとり、遠くへと放り投げると重力に干渉し壁側へと”落して”いく。
 すかさず自分の下へと戻るように指示を出すエレノーラだが、シラスの手数は圧倒的だ。次々と伸びる魔糸は男たちの身体に巻き付くと、締め上げ関節を固めていき決してエレノーラに近づくことを許さない。
「ガァアアアアアッ!」
 何か薬品でも使われているんか、それとも精神魔法でリミッターを外されているのか。それでもなお意識を失わず、這ってでもエレノーラに向かおうとする男たちが纏めて吹き飛ばされた。
 愛無の大きく開かれた口から放たれた咆哮が、衝撃波となって襲い掛かったのだ。
「ほい、いっちょ上がり、と。」
 シラスが動きを止め、愛無が吹き飛ばしたところに、両儀が追撃を仕掛ける。
 吹き飛ばされて勢いよく壁に打ち付けられた男の後頭部に一撃を入れて、その意識を刈り取っていくのだ。
「ちっ、使えない男どもだねぇ!」
 民間人を傷つける事を怖れ、イレギュラーズが攻めあぐねると考えていたらしいが、エレノーラの目論見は外れてしまったようだ。
「そっちばかりに気を取られてていいのかな?」
「はん! そっちこそ一人で何が出来る!」
 赤い稲妻がエレノーラを襲う。民間人が離れるまで待っていた史之が、太刀の抜刀と共に放ったのだ。しかし、流石は魔種といったところか。確かに当てたはずだが、あまり効いているようには見えない。
 どうやら本人の戦闘能力も高いようだ。上手く民間人を引き離せたのは良かったが、それでも一筋縄でいくような相手ではなく、イレギュラーズはこれから繰り広げられるであろう激戦を予感するのだった。


 この戦場には民間人だけでなく、エレノーラの眷属であるサキュバスも存在する。こちらは民間人とは異なり、魔性の存在で高い戦闘力を有する。
 エレノーラと共に戦われると厄介極まりない。それゆえに、こちらもまたエレノーラから引き離す必要があった。
「キャハハ!」
「ちょこまかと……。ですが!」
 ほぼ裸ではないかというほどに露出度の高い服で魅惑の肢体を見せつけながら、ゆらゆらと宙を飛び幻惑するように戦うサキュバスだが、強い精神力で平静を保ち続けるルーキスには通用しない。
 鋭く突き出された槍を左の黒刀で受けると、右の白刀で反撃に出る。袈裟斬りにされて悲鳴を上げるサキュバスだが、咄嗟に飛び退いていたようで傷は浅いようだ。
 怒りを宿した瞳でルーキスを睨みつけるが、ルーキスの手はまだ止まっていない。鬼の如き膂力から放たれる強烈な斬撃が二度三度と乱舞されるのだ。
 槍を器用に振り回して斬り結ぶがルーキスの方が一枚も二枚も上手だ。剣閃が花のように咲いては散り、そのたびにサキュバスに消えぬ傷跡が刻まれていく。
「シャー!」
「くっ!」
 そのまま攻め切りたいところだったが、もう一体のサキュバスが援護に入り横から槍を突き出してきた。回避が間に合わずそれを受けてしまったルーキスは膝をつき、二体のサキュバスによって集中攻撃を受けてしまう。
「そうはさせませんよ」
「ギャッ!?」
 サキュバスの片割れの攻め手を止めたのは支佐手だった。雷光纏う剣を一振りすれば、雷が形を成した大蛇がその切っ先より飛び出し、サキュバスの身体へと巻き付くとその身体から放出される稲妻によって体を焼いていく。
「あなたのあいては私だよ」
「グェッ!?」
 もう一体のサキュバスに仕掛けたのはスティアだ。
 青い結晶体が神々しく輝く杖を向け、その先端より刃となった魔力が放たれたのだ。
 元々高い生命力故か、光の刃はサキュバスに対してさほど効いているようには見えない。だが、スティアが纏う膨大な魔力を目の当たりにして、本能的な部分が警鐘を鳴らしたのかもしれない。
 狙いをスティアに切り替えて襲い掛かろうとするが、その瞬間にサキュバスの周囲に花が咲いた。美しく咲き誇る朱の花吹雪は本物の花ではなく、無数に展開された小さな火花でありそれらがサキュバスに触れるとその身体に炎が奔る。
 一つが弾ければ他の火花も連鎖的に弾け、瞬く間にサキュバスは炎に包まれていく。
 灼熱の炎の中、苦悶に呻き身を捩じらせるサキュバスだがスティアは容赦なく術式を展開し、更に炎を燃え上がらせる。
「キェーッ!」
 雷の大蛇に絡まれながら、或いは大輪の焔花に包まれながらもサキュバスの戦意は衰えることなく、寧ろより一層に敵意を剥き出しにして支佐手やスティアに襲い掛かる。
 熟練の達人に並ぶ槍技と魔性の存在故の膂力が合わさった苛烈なる攻撃は脅威だが、それ以上に厄介なのは魅了の魔法だろう。動くたびに舞い散る色香は、気を抜けば異性だろうと同性だろうと関係なくその心を掴むだろう。
「手伝いは必要かな?」
 気絶した民間人を建物の外に運び出していた『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)が戻って来たようだ。
 短くそう言って穏やかに微笑んだランドウェラは、魔力を込めて囁くように声を発する。聖書に記された言の葉は、傷を癒す聖なる輝きとなる。
「流石は魔種の眷属ってところですかね。しかし――」
「これ以上長引かせるのは危険だ、片付けるぞ」
 支佐手の言葉を愛無が引き継ぐ。民間人への対処が終わってランドウェラと共にこちらへ来ていたのだ。
 サキュバスの片割れに向けて異形の口を広げて向けると、その喉奥より黒き泥濘が放たれる。粘着質なその泥を浴びたサキュバスが鬱陶しそうにしていると、室内にも関わらずいつの間に辺りに霧が立ち込め始めていた。
 霧の発生源は支佐手。手に携えた鏡が昏く光を反射しながら、その鏡面より霧を溢れさせていたのだ。やがて術式を編み上げ終えると、鏡面からは霧だけでなく不気味でおぞましい死の気配を纏わせた汚泥が溢れ出す。
 泥は床を伝って広がっていくと、まるで生き物のようにその一部を伸ばしてサキュバスの身体に絡みついていった。二体のサキュバスはその拘束から逃れようと暴れるがもはや手遅れだ。
「逃がしません」
「これで終わりだよ」
 サキュバスが拘束から脱するよりも速く。
 ルーキスが二刀を閃かせて一体の首を撥ね飛ばし、もう一方はスティアが極大の魔力を込めた魔力刃で両断。二体のサキュバスは断末魔の悲鳴を上げながら塵となって消えていく。


 接近する史之を迎え撃つべく、背中から極彩色の翅を生やして飛翔したエレノーラは前進しながら開いた扇を仰ぎ風の刃を放つが、それはただの風刃ではない。毒々しい色合いの鱗粉のようなものが風に乗っているのだ。
 しかし、その一切を無効化できる史之にはただの攻撃以上の意味がない。
「チッ、忌々しヤツだね!」
「それはどうも」
 史之の太刀が閃きエレノーラの扇と激突する。
 エレノーラは魔種としての格も高く肉弾戦でも史之と互角かそれ以上の力を見せ、火花を散らす鍔迫り合いとなる。
 力と力の押し合いはどうやらエレノーラに分があったようだ。太刀が跳ね上げられた史之へ、左手に隠していた煙管が迫る。
 煙管の先端からは針が伸びており、それが深く腹へと突き刺さる。
「ぐぅ……!」
「本当なら、このままおねんねするはずなんだけどね」
 痛みによって口から苦悶の声を漏らす史之を睥睨しながらエレノーラは言う。
 貫通した針の先端から下たる液体は血の赤だけではなく、こちらにも何かしらの毒が仕込まれていたのだろう。常人であれば、それで痛みを感じる間もなく命を散らしていたのかもしれない。
 しかし、史之の手からは力が抜けることは無く、むしろ更に強い力が込められていた。針を突き刺した状態のエレノーラの左手首を掴み、斬りかかろうとしていたのだ。
「離しなっ!」
「かはっ!」
 史之が大きく振りかぶったところに、鋭い蹴りを突き刺し地面へと叩きつけることで難を逃れたエレノーラが再び扇を広げて追撃を重ねようとするが、その煌めく箒星が機先を制するように放たれた。
「面倒ったらないねぇ」
「フリックはん! 今のうちに治療を!」
「既ニ開始シテイル 少シダケ 任セタ!」
 忌々しいとでもいうかのような視線を向けた先には、『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)が矢を番えている姿があった。
 彩陽の放つ矢を弾こうと扇を振るうエレノーラだが、矢が弾かれた瞬間に彩陽はにやりと笑う。
 矢と扇が触れ合ったその場所を起点として空間がねじ曲がり、穿たれた穴の深奥より禍々しい汚泥が溢れ出たのだ。
 泥はエレノーラの身体にまとわりつくように広がっていき、藻掻くほどに深みにはまっていく底なし沼のように侵蝕していく。
「いたた、思ったよりもやるね」
「ン 相手ハ魔種 トテモ手強イ」
「でも、フリックがいれば負けることは無いわ! さぁ、出番よ!」
 彩陽がエレノーラを封じている間に、フリークライが史之の治療を行っていた。
 傷は深くとめどなく血が流れているが、そういう時のためにフリークライがいるのだ。レンゲ・ナハルピュリアが翼を羽ばたかせてその小さな体を浮かせると、フリークライの顔の高さまで飛ぶと優しく額へ口づけした。
 次の瞬間、レンゲの授けた加護によってフリークライに更なる力が与えられる。
 体内より溢れ出る膨大な魔力を制御し、術式に編み込み史之の傷口へと注げば時間が逆戻りしているかのように、傷口が塞がっていく。
「史之、まだ戦える?」
「問題ないよ」
 心配そうに声を掛けてくる『刀神』ミサキに短く答えて史之は再び立ち上がれば、ミサキは頷き自らの権能である刀を操り、建物の壁へと次々打ち込んでいく。
 刀は楔であり起点。それらがミサキの力によって繋がれ結界が構築されると、イレギュラーズの身体の奥底から力が湧き上がってくる。
「まったく、服が汚れちまったじゃないか。……ん?」
 ちょうどその時だ。
 汚泥から脱したエレノーラが周囲を見れば、民間人を外へ退避させていたシラスと両儀も再び戦場へと戻っていた。
「待たせたな、ここからは俺たちも加わるぜ!」
「ようやっと暴れらるきに、思い切りいくぜよ!」
 役者が揃い、戦いは更なる激しさを見せていく。
 先手を取ったシラスの放つ不可視の魔糸は民間人相手の時とは異なり確かな殺意を持って、都議図増された刃の如き鋭さでエレノーラを縛る同時に斬りつける。
 対するエレノーラは力尽くで糸から脱すると、空中に漂う鱗粉を集めた球をいくつも生み出しそれを雨のように降り注がせた。
 鉛玉のようなそれらの合間を掻い潜り史之が接近すると、再び太刀による一撃。エレノーラの背後には治療を終えて移動していたフリークライ。
 逃げ道はなく受けるしかないだろう。再び鍔迫り合いとなるが、先ほどとは異なり激突の瞬間に放たれた深紅の稲妻によって貫かれたエレノーラの力が一瞬だけ緩む。
 そこに、野獣のような獰猛さで両儀が襲い掛かる。どす黒い血を滴らせているかのような大太刀を軽々と振り回し、大上段からの振り下ろしが放たれた。
 正しく全身全霊。並外れた膂力から放たれるその一撃は、床に大穴を開けて建物全体を大きく揺らすほどの威力を見せた。
 当然、その直撃を受けたエレノーラもまた無事では済まない。咄嗟に防御に使ったのであろう煙管が砕け散り、煙管を持っていた左腕も肩から先が失われていた。
「やってくれるじゃないか……。でも、まだだよ!」
「まだ何か鬼札を隠していたのか!?」
 宙へと逃げたエレノーラを追おうとするシラスだが、エレノーラに手を届かせるよりも速くそれは起きた。
 エレノーラが投げたのは終始首から下げていた豪奢なネックレス。照明の光を取り込んで輝く一際大きな深紅の宝石が砕け散ると、なんらかの魔術が発動したようでその場に不穏な気配が立ち込め始める。
「ハハハァ! さぁ、跪きな、お前たち!」
「なんじゃ、これは……!」
 何が起きたかはすぐに分かった。それまで抵抗出来ていたはずのエレノーラの魔性がイレギュラーズの精神を侵し始めたのだ。
 それがどれだけ邪悪な存在だと知っていても、それすら魅力の一つとして愛おしく感じてしまうほどの抗いがたい魅惑の美貌。
 なんとか抵抗しようと心を強く持つイレギュラーズだが、エレノーラの言葉にその心すら融かされてしまいそうになる。
「フリックのバカ! 誘惑されそうになってんじゃないわよ!!」
「!! 浮気ダメ 絶対! 皆モ シッカリ」
 イレギュラーズの誰もが手を止めそうになったその時、レンゲの声が響きフリークライが再び立ち上がる。
 誘惑するエレノーラの言葉を、レンゲの姿を見ることで振り払うと魔力を込めた一喝で漂う甘ったるい魔性の気配を吹き飛ばす。
「止まって見えるんだよ、お前」
「なっ!?」
 次の瞬間、時間が停止した。
 否。周囲がそう見えるほどにシラスが深く集中したのだ。集中状態を維持したまま、瞬きよりも短い刹那で間合いを止めると、その勢いのままに魔力を纏う手刀を振るう。
 すれ違い様に一閃。急停止してすかさず反転しもう一撃。縦横無尽に駆け抜け僅か数秒の内にエレノーラの身体に幾つもの傷痕を残した。
「もはやお前に勝ち目はない」
 愛無の持つ異形の身体。その表面が割れたかと思うと、その奥より眼球が姿を現す。
 シラスによる怒涛の連撃を受けて深手を追い、ふらつくエレノーラをその視界へと納めると巨大な瞳ば不気味に輝き呪いにも似た魔力でその身体を捉える。
 魔力の波動による衝撃と共にエレノーラの体が灼熱の炎に包まれ、急速に命を蝕む毒素が体内を駆け巡るのだ。
「これでお終いじゃ」
「おつかれさま。思ってたより短い生だったね」
 魔眼に捕らわれ苦しみ悶えるエレノーラに迫るのは両儀と史之。
 鬼が持つ圧倒的な膂力を最大まで解放した両儀は、全身の筋肉が一回り膨れ上がるほどに力を込めると、黒紅の大太刀を鈍器のように叩きつける破砕の一撃を。
 僅かな間とはいえ愛する妻の存在を塗り潰そうとした事への怒りを冷徹なる殺意に変えた史之は、己の愛と矜持の象徴たる太刀を鋭く閃かせ、一切の無駄をなくしたただ殺すための一閃を。
 二人の刃が同時に交わりエレノーラの身体を十字に刻む。
「下手打っちまったねぇ。でもルクレツィア様は――」
「興味ないよ」
 体が四つに断裂してもしぶとく生きていたエレノーラが何かを言おうとしたようだが、怒れる史之が幾度か太刀を振るえば残った部位が細切れとなり、最後まで言い終えることもなくエレノーラは消滅したのだった。


「皆 一度 外ニ出ヨウ」
 戦いを終えて直ぐ。何かに気付いたらしいフリークライが声を掛けてイレギュラーズが娼館の外に出ると、建物が音を立てて崩れ始めた。激しい戦いの余波に耐えきれ無かったのだろう。
「魔種の根城だったとなれば無事でも客は寄り付かなかったでしょうし、これでよかったのかもしれませんね」
「そう言えば、魔種に人質にされとった連中はどうなっとるんじゃ?」
 崩壊していく娼館を眺めてルーキスが呟けば、両儀はふと気づいたように周囲を見渡す。気絶させてから外に運び出していたから巻き込まれていることは無いはずだが。
 と、噂をすれば建物から少し離れたところにあった茂みから顔を出していたのが見えた。意識を取り戻した時にはエレノーラの支配から脱しており、こうして身を隠しながら様子を伺っていたとのことだが、無事なようでなによりだとイレギュラーズは口々に言う。
「彼らのようにエレノーラの支配下にあった人たちも、これで支配から脱して王都内の暴動も治まってるはずだ」
「そうだね。被害の状況も気になるし、ローレットへ報告に戻る前に見て回ろう」
 娼館に巣食っていた魔種を倒して一件落着、とはいかないのが厄介なところだ。
 シラスの言葉に史之が答えると、イレギュラーズは街の見回りへと向かうことになる。
「全員で固まるよりは、何手かに別れた方が良さそうでしょうなぁ」
「では、二人一組で四つに分かれるべきか」
「重傷者を見つけたら私たちのところまで連れてきて」
「絶対ニ 治シテ見セル」
 支佐手と愛無の言葉に頷くとイレギュラーズは手早く組み合わせを決めたが、スティアとフリークライは二人で組んで公園などの開けた場所で民間人の治療を行うつもりらしい。
 それ以外にも、危なくなったらすぐに逃げるなど細かい決めごとを確認して、イレギュラーズは王都の混乱を鎮静化させるために街の中を駆け回るのだった。

成否

成功

MVP

シラス(p3p004421)
超える者

状態異常

寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結

あとがき

エレノーラの討伐に成功し、その影響で暴動を起こしていた人々も落ち着きを取り戻すことが出来ました。
お疲れさまでした。

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