シナリオ詳細
<花蔓の鬼>白蝶
オープニング
●澄恋
兎円居に娘が産まれた。
代々は刑部省へと人員を排出し死地をも怖れぬ武勇の鬼として識られる兎円居の跡取り娘である。
当主・柏丹が娶ったのは花街の芸子であった。彩芽という女は芸に優れ、鳥渡のことでは口説き落とせまい。
日々、瓊枝に通った柏丹が彩芽を身請けした際には刑部省の同僚達は彼を祝福したものだ。
それから十月十日。子宝に恵まれた夫妻の間には一人の娘が産まれたのである。
名を『澄恋』という。
努力を実らせ、恋を実らせ、充実した日々を送った柏丹であったが娘が成長するにつれて違和感を覚えた。
男は短双角と薄い菫色の髪と眸を有していた。鬼紋は兎円居の者には似通ったものが浮かび上がり当主の証ともされていた。
だが、成長し続ける澄恋の有していた特徴はまるで違ったのだ。
水色の髪に、鋭く尖った狼牙。
やや彩芽の面影は感じるが可笑しな事に柏丹に似た部分は一つも無い。
ある程度、澄恋が成長したときに柏丹は仕事で瓊枝を訪れ気付いた。
――曇暗と名乗る男に実の娘は良く似ていたのだ。
無論、勘違いであった欲しかった。真逆、身請けをしてから彩芽が『忘れられぬ初恋の人』であった曇暗 志鸞と一夜だけ契りを交しているなどと考えたくもなかったのだ。
彩芽は白状した。たったの一度きりであると。
それが裏切りであろうとも、花街で過ごしたその日々で彼こそが己を支えてくれた存在であったと。
彩芽とて最初から恋に溺れるような女ではなかった。ただ、その過ちが全てを狂わせたのだ。
豹変した柏丹は『実の娘』ではなかった澄恋を迫害した。泣き叫ぶ娘を折檻し、手酷く当たった。
理解はしていた。頭では理解していようとも、到底受け入れがたかったのだ。あれほど愛おしかった娘が憎くて堪らない。
当然のことながら、溺愛していた妻の事も追い遣った。身一つで屋敷より放り出し離縁を突きつけた。
女は遊女だ。行く宛もない。帰る場所も亡く彷徨う日々で『反転』という憂き目にあった。
その娘は何の因果か妓楼に転がり込み、『実の父親であった志鸞』と擦れ違ったのは先の不幸を予告していただけに過ぎぬ。
花嫁という『親から貰えなかった愛情に飢えた娘』にとって眩い、愛の象徴となったのは獄人であろうとも、妓楼で穢れた身であろうとも清く愛される存在になると告げた『詩音』だった。
彼女のように、幸せになろうと願い続けた。神使(イレギュラーズ)として、そして『旦那様』を作り上げる事を目標として。
そうして――過ごしてきた女は反転し、魔種となった母と対面する。
「澄恋」
その側には『本当の父』が居た。
人の肉を断ち、骨を砕き、加工する。『肉屋』と呼ばれた男の技術は澄恋が識らずに行って居た旦那様錬成にも良く似ている。
遁れられぬ因果だ。
何れだけ人を侮辱し、陵辱し、死者をも愚弄し続けたと侮蔑の眼差しで見ようとも己も同じなのだ。
澄恋は父と向き合った時に響く声を聞いていた。
――澄恋。
永遠の愛なんて、なかったのだろうか。
陳腐なそれを誓える者なんて、何処にも居ないのだろう。
骨になって朽ちてまで、愛を唄う事がだれにできようか。
――澄恋。
地獄の底に立っている。
女は確かに『肉屋』の娘だった。その技術も、その在り方も。否定など出来なかった。
同じ顔をした女が罵る声がする、気が狂っていると叫ぶ声が聞こえようとも。
同じ顔をした『あいつ』のようにしあわせになどなれやしなかったのだから。
――誕生日おめでと。
その言葉は呪いだ。未来永劫に燻り続け、己の身を焼くのだ。
産まれた日など、祝ってくれるな。生きていることが間違いだと言われたこの身を受け入れてくれるな。
ああ、『お父様』――『曇暗 澄恋』は地獄の底で待っている。
「……ご存じでしょう? わたし、まだか弱いのですよ」
ざあざあと枯れ芒が揺れている。月明かりの下で娘は囁いた。
「まだ、終って何てなかったのですよ」
●『反転』
澄恋(p3p009412)が姿を消したと告げたすみれ(p3p009752)の表情に何の救いもなかった。
「末路など、分かりきっておりますでしょうに」
忌々しげに、彼女は言った。魔種であった母を倒し、実の父親であると言う『他人』を殺した。
曇暗 志鸞は肉屋と呼ばれ、幅広く商売をしていたらしい。遊女の骨を断ち、肉を切り刻み、加工をする。
時にそれは様々な用途で好まれたのだが――本当に美しい物だけは自らの手元に置いてあったのだろう。
それが、澄恋の憧憬の的であった先輩であり『花嫁』の詩音だった。女の骨は加工されて志鸞の側にあったのだ。
「同じ穴の狢であったのです」
すみれは吐き捨てるように言った。澄恋は『しあわせで愛される花嫁』になりたいとばかり願っていた。
その結果が盲目的に旦那様を作るという事だ。受け入れたくはないだろうが彼女が行なってきたのはただの肉細工を作るだけの死への冒涜である。父親である志鸞と何ら変わりが無いのだ。
友人達に愛され、そして幸せになることを目指したのではない。
友人達に愛される女の子になったならば、その友人の『パーツ』を拝借し、真に素晴らしい旦那様を作り上げたい。
それが澄恋の根底にあった願いであった。その事に気付いてからすみれは到底受け入れがたいと彼女を糾弾した。
「どうせ、彼の女も分かって居るでしょう。夢から覚めたらバカみたいに自覚するのです。
そこまでして愛してくれる人なんて、どこにもいないのですよ。同じ顔をしているけれど――」
すみれは受け入れられないと苛立ったようにそう言った。
行く先は分かって居る。この世界ですみれは一度だけ足を運んだことがある。
荒れ果てた兎円居の屋敷には『父親』ももう居なかった。
その地に彼女はいるのだろう。帰る場所なんて、いっそのことそこしかなかっただろうから。
「行きましょう」
すみれが立ち上がった。
「殺さなくては」
爪を噛んだのは、幼い頃の癖だった。母に淑女には似合わないと言われた事を思い出す。
澄恋も同じ癖があっただろうか。噛み癖は忘れた頃に首を出す。
「……殺さなくては」
すみれはまたも繰返した。居なくなったから、連れ戻して幸せになりましたなんて有り得やしないのだから。
- <花蔓の鬼>白蝶完了
- 宴も酣、あとは散るのみよ。
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年12月24日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC9人)参加者一覧(10人)
リプレイ
●
終って等居ないと。その言葉を反芻し『ふるえた手』すずな(p3p005307)は息を呑んだ。
ならば――終らせねばならない。終らせて『しまわなければ』ならないのだ。それが特異運命座標として、それ以前に一人の友人としての責務だった。
斬らねばならない。
今までだってそうしてきたのに。
(……もし。もしも、目の前の相手が。澄恋さんではなく、『彼女』だったなら。
そんなもしもの可能性がちらついて消えない。そうだった場合、私は。刃を振り抜けるのだろうか――?)
俯くすずなに「すずな」とただ、冷えた声音を投げ掛けたのは『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)だった。
彼女の在り方は優しい友人でも、愛おしい人を見る女でもない。ただの剣士である。
「貴女は大切な友人だったわ、澄恋。私は澄恋と貴女の父親の性(さが)を、技術を否定なんてしない。
己の幸せの為に錬金術と言う術を用いる貴女も、己を通す為に人を殺す技である剣術を振るう私も、大して変わらない、人殺しの悪人だもの。
……けれど、同時にその命を手折りたいともずっと思っていたわ」
特異点である『くものくら』澄恋(p3p009412)が何れだけ人命を弄ぼうとも、死者を愚弄しようとも。可能性が溜れば罪は濯がれ、後の世に繋がっていくと理解していたからだ。
「けれど今の貴女は斬れる、いえ、斬らねばならない。私は斬るべき者を斬る、わかっているわね? 澄恋」
ざあ、と枯れ芒が音を立てた。白いドレスをその身に纏った女はゆっくりと顔上げ微笑んだ。
「ええ」
けれど、と唇が動いたことを『祈りの黒』松元 聖霊(p3p008208)は見逃さぬ。旦那様と呼ばれたそれが聖霊の厭う『命を蔑ろにしたもの』であろうとも。
「お前が腕を噛みちぎった日も。お前が目を貫かれた日も。お前が腕からすり抜けて高所から飛び降りた日も。全部、覚えてる。
お前が痛みを隠して笑う姿も。それを少しも癒してやれない己の無力さも。全部、全部覚えてる。
英司に誘われて砂浜に行って、花火もしたな。
揃いも揃って大怪我しやがって、絶対安静だっつったのに窓から二人して脱走したこともあったな。
俺の両親に「宝物である俺を悲しませる選択をしたことだけは理解できない」って言ってくれたよな。
――俺は今、あの時よりも悲しいよ。澄恋」
聖霊の言葉に澄恋はてんで理解を示さないと言った様子で笑みを浮かべるのだ。
「そう仰らないで。ようこそお越しくださいました。
兎円居改め曇暗の娘が精一杯おもてなしさせていただきます。どうぞ時の許す限りお寛ぎください――」
笑み浮かべる彼女に『兎円居の娘』すみれ(p3p009752)は苛立ちを滲ませ睨め付ける。
「悲劇のヒロインぶるなよ贋作が、仲間を招くことで赦されたつもりですか。此処はお前の居てよい場ではないのです。
曇暗の夢も業も存在も。兎円居の娘として許さない。
――ああ澄恋、お前さえいなければ……ずっと幸せなままで、いれたのに」
澄恋はこてりと首を傾いでから微笑むだけだった。鏡よ、鏡。おまえが不幸になるのはさぞ見物ではないか。
「小夜様、我儘をきいてくれるなら……あなたの一太刀を受止めさせて。
その感触を憶えていてくれたら、これ以上幸せなことはない」
「ええ、そうするわ」
「……どうか妬かないで、すずな様、いつかその刃が振下ろせるよう、応援しております」
すずなが唇を噛み締めた。目の前を見ろ。相手は魔種なのだ。諦めては受け入れてはならない存在なのに――
『今を守って』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は「どうして」と呟いた。
「どうして……? 自分は……俺は………憧れと光をくれたあの人に………何も返せてないのに………
魔種ならもう、止めるしか無い…それは分かってる。分かってるつもりなんだ……それに。
………ごめんなさい。澄恋さん。
たとえ貴方でも…貴方相手でも………俺の身体は、俺だけのものじゃない。俺のことを、大切に思っている人がいるから」
「ええ、ええ、正義の味方に悲しまれては子供達に顔向けできません。
ムサシ様の思うままに……悪者を、やっつけてください。どうかわたしのことは忘れて、皆の希望で在り続けてくださいね、ヒーロー」
彼の心は誰かの者なのだろう。それで構いやしない。いっそのこと、直ぐにでも忘れてくれればそれで良い。
朗らかに微笑む女を見ていれば『澄恋』の事だけが思い浮かんで苦しくなるのだ。どうすれば救えたのかなんて、どこにも答えはなかったのだから。
●
『黄昏の影』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は呆然と立ち尽くしていた。
――ああ、何を勘違いしていたのだろう。悪には、不幸を。因果には、応報を。最初から分かって居たのに。
悪人は惨たらしく踏み躙られて殺されなければならないのだ。犯した罪の数だけ苦しんで、報いを受けなくてはならないのだ。
(そうでしょう。『私』――救いなど、幸福など、最初から何処にもありはしない。
だって『私達』は『悪人』なのだから。
でなければ、私は、何の為に今まで生きてきたと思っているのか――)
ゆっくりと顔を上げて目があった。ヴァイオレットは引き攣った様子で息を呑む。
「名を愛せたのはヴァイオレット様のお陰、月夜の邂逅は勿論……初手紙の相手が、実はあなたで。
謙虚、誠実、小さな幸せ。菫の名に相応しき心の持主とお揃いで誇りでした。
仲は戻せずとも……偶には同根を思い出してやってくれませんか」
一歩ずつ、ヴァイオレットは後ずさった。その肩を掴んでから やれやれと肩を竦めた『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は眉を顰める。
「帰って1杯引っ掛けたかったのだけれど……残業ってワケか。
知り合いだろうがなんだろうが、害する側に堕ちたってぇなら仕方ないわね。
まぁ……それで倒してさようならじゃ納得出来ない奴等が居そう。別離を悼む時間くらいは稼いであげるわ。さっさと済ますのよ」
「ふふ、それでこそ。同期と離れるのは心残りです。でもコルネリア様の銃声なら黄泉にも届きそうで良かった」
コルネリアがゆっくりと銃を構えた。幾許かの交流がある。共に戦場に立ったこともある。
撃ちたくて撃つわけじゃない。銃の撃ち方は彼女ならば『学んだ』からこそ理解しているだろう。これが、躊躇いだと彼女には理解されている。
――けれど、此処で戦わねば彼女は無辜の民を殺し、蹂躙し、利用する。それは彼女のためには鳴らない。惑いを噛み締めて唇を噛んだコルネリアに澄恋はにこりと微笑んだ。
「ああ……銃の撃ち方だけでなく、寂しくないお別れの方法も教わっておくべきでした。こんなわたしでも、祈ってくださいますか?」
ばかやろうと呟いた。これは誰かの生命を奪うための道具だと、コルネリアは教えたのだ。その教導の相手を撃ち殺すのか。
コルネリアは咥えていた煙草をぽとりと落し、足で踏み躙る。その自然な仕草を見遣り『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)は「やるのかのう」と呟いた。
「まあ、それがおぬしの決めたことならわしはなぁんにも言うことはない。
ただ……やはりおぬしがあげる式へあれこれと口を出したかったのう」
思うことは尽きやしないがそれも後の祭りだ。澄恋に出来る事は『母親』としては多くはない。
ああ、そうだ――もう少し、もっと早くに出会えていたらきちんと血の繋がらない母として接することが出来ただろうか。
「もう澄恋へわしができることはそう多くはない。であればわしがすべきことは決まっておる。
長々といた現世ではあるがここ数年はひと際愉快なものじゃった。
拾い子もみな独り立ちをした。悔いはない……わしも幽世へと渡る時が来たということかの」
呟いた瑞鬼を見詰めた澄恋はただ、穏やかに微笑んでいた。
「刑部卿依頼で瑞鬼様が母になってくれた温もりが忘れられません。
実父が現れた際期待したのに冷たくて……また一人になっちゃいました。本当にあなたが母なら良かったのに――馬鹿娘でごめんなさい」
嗚呼、本当に。瑞鬼の唇が吊り上がった。
「かっかっか! ここまで馬鹿だとは思わなんだ!
悲嘆にくれる必要などありはせん。笑い飛ばしてやればよいな。
選んだことにとやかく言うつもりは毛頭ないが馬鹿な真似だけは止めさせてもらおう」
澄恋は穏やかに微笑み、笑みを眩ませることはない。
「うはー! ちゃん澄恋マジかわ! てかホント反転してんの? 普段と変わらんくね!?
それはそれとして上品なのヤバすぎ! 新ジャンルの幕開けじゃね!?
てか、みんなマジで派手にカマさんでいいの? 最後の輝きを見に来たんだしウチ、一人で盛り上がってっケド!
とりまうぇーいって言っとけ的な? とりまいっしょにテンアゲワッショウェーイ!」
この景色はもう二度とは戻らない。彼女がいて、仲間が居て、『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が居る。
だからこそ秋奈は心を躍らせはしゃぎまわるのだ。そんな秋奈を背後から眺めて盃を傾けたのは『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)。
「見ず知らずの他人の葬式がやってて、『どなたでもご献花ください』って看板立ってて。
酔狂な葬式もあるモンだって気まぐれ起こして覗いてみた、っつー。今そんなカンジなんだよな」
イレギュラーズと元イレギュラーズの殺し合い。そんなものは滅多に見れたモンじゃない。しかも真っ当に命の取り合いだというのだから。
●
「澄恋先輩……!!! なんで……あたし、これからもっと先輩と……もっと一緒にいたかったのに……」
ぼろぼろと、涙が落ちていく。『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)の肩を掴んで首を振ったのは『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)だった。
「でも」
「……『仕方が無い事』だよ」
フラーゴラは嫋やかに笑った鬼人種に向き合った。
「一緒に依頼に行ったり、遊んだり、ワタシのお肉屋さんを手伝ってくれたり。
新作スイーツのモデルになってくれたり、ウルズさんと強火女子同盟だーってしたこと、今でも覚えてるよ。
昨日のことのように覚えてる――忘れないよ。忘れられない」
唇を震わせた。もう戻れない。どうしてなんだろうと涙を堪えたフラーゴラにウルズの唇が戦慄いた。
「わかったっす。先輩は先輩、お別れなしじゃあ、寂しいっすよね……?」
涙を拭ったウルズは「泣くのは澄恋先輩を思い出したときにする」と穏やかに笑った。
彼女の火は絶やさない。ずっと、ずっと、そうやって生きていくと決めた。
(……ああ、彼女とのことを『今の私』は分からないけれど――)
『新たな一歩』隠岐奈 朝顔(p3p008750)はまじまじと彼女を見た。朝顔も誰かの最愛になりたくて、花嫁とを夢だと掲げていたのだ。
「私は貴女が幸せであるように願ってます!」」
選択を否定はしなかった。微笑む澄恋が見えた気がして、朝顔はそっと俯いた。
「私の知らないところで柔らかく、ひっくり返るなんて許せません。勿体ないと思いません?
……加工するのは、まあ、ご主人様のやってた事と同じなんですけど。やっぱり冒涜的だと思うんです」
唇を尖らせる『ザクロ』襞々 もつ(p3p007352)にとって、目の前で『お肉』が良い感じに調理されてしまうのはなんだか勿体なかったのだ。
「さらばだ、白無垢の乙女。
せめてその道行きに幸あらんことを。――他人の俺に言われても、とは思うけどな。祈らずにはいられない、それが人のエゴというものさ」
目を伏せった『傲慢なる黒』クロバ・フユツキ(p3p000145)はこれが彼女の花道だというならば送るのも人情だと考えた。
縁というのは焔心を斬る為に助力した事だ。クロバにとってもそれは真新しい記憶であったが――
「……澄恋」
どうして、という言葉を飲み込んでから『夜明けを告げる鐘の音』チック・シュテル(p3p000932)は俯いた。この場に居る誰もが抱いているであろう想いそのものだろう。
(……彼女が重ねた罪は、看過出来るものじゃ、ない。
死した命の眠りを妨げ、掘り起こし、捻じ曲げた。身勝手な『それ』が赦される事は、決して)
それでも、彼女がこの現実を変えるために手を伸ばしたことは確かだった。沢山頑張っていたことも知っている。
チックはぎゅ、と拳を固めた。そこにあるのは細やかな願いだけだった。
目の前の女は澄恋とは呼べやしなかった。ただ、それは『くものくら』と呼ぶべき存在か。
「愛する人と共に在りたいのは分かります……が、愛する人を傷つけ愚弄し、
挙句の果てに永遠に閉込め生きた屍にするとは、反転で堕ちたのではなく、堕ちるとこまで堕ちたから反転したのでしょうね」
すみれは嘲るように逝った。相手の魂に肉体を貼り付けて、視する女が置き土産として傀儡を産み出すとは酷い事。
「今日我々が壊しに来なかったら、お前はこのがらくたの運命をどうする気だったのです。下手に意志を持たせたままなだけあの肉屋の男よりタチが悪い」
「父の手法が交われば『人さえ生まれる』とは素晴らしい事でしょう?」
すみれは頭痛がした。ああ、そうだろう。志鸞ならば両手を叩き合わせて喜んだ。その現実が余りにも――『理解出来ない』
「はあ、こんなバケモノがこの世の私だなんて……本当に救えない、救われない」
存在を盗られた。母を侮辱された。家を嘲笑われたとて、この躯が埃だったのに、顔にまで傷が付いた。
(このままでは親に合わす顔もなければ、こんな穢身夫に見せられなくて……もう夫を、両の目で見られない、愛されない)
傷物だと破談にされるならば。お前を殺して見せよう。すみれは睨め付けた。
――おまえだけが楽になるなど、許せるものか。
くものくらを狙うすみれの前に『旦那様』が立っていた。相対するムサシの表情が曇り征く。
(澄恋さん、いや。魔種、澄恋。まるで曇暗志鸞のような……いや。『くものくら』そのものの動き………
ああ。どうすれば良かったんだろう。貴方を救うために俺は何が出来ていた?
この依頼に、遊郭の調査を決めたときに何が出来ていたんじゃないか? 思いたくないんだ、最初からどうしようも無かったのかもしれないなんて)
彼と出会ったことがお終いだなんて、思いたくはなかった。もっと彼女に理解を示せば良かったのだろうか。
「臆するな」
コルネリアが静かに言った
「これは澄恋という女を終わらせる仕事でしょう」
そう、コルネリアは皆が弔い事の為に動くその助力をするのだ。震える心なんて秘めてしまえ。手と脚を動かして脳に信号を送れ。
引き金を引く。弾丸が旦那様の肉を貫き澄恋にまで届く。その様子にヴァイオレットは引き攣った声を漏した。
「混沌に来て、こんな私にも友達が出来て、取り零した温かさを知って、勘違いしていたのです。忘れていたのです。
悪を殺し、殺し、殺し……人の命を奪い続けた私は、いずれ理不尽に死に、報いを受けなければならないのです。
それがこの場だというのならば、私は喜んで死に臨みましょう。
くものくら。歪な愛憎に染まった狂気の悪――ここであなたを縊り殺せるならば、私も死んだって……」
死んだって、良いのに。
ああ、どうして、死ねやしないのだろう。誰かに殺される因果応報の惨めったらしい死は容易には訪れない。
「心のままになさい。いつか貴女を救うと言ったでしょう?」
小夜は淡々と囁いた。ヴァイオレットは「救われる……」と呆然と呟く。
そうして、淡々刀を手にする女のその声にすずなの肩がびくりと揺らぐ。
「すずな、惑った剣士の末路など言わずとも知れているでしょう?気が乗らないのはわかるけれど」
「理解っています、小夜さん。理解っているのですが……!」
惑えば、鈍ればどうなるか。そんなこと理解している。理解をせずに彼女の側に居たわけではないのだ。
剣士として戦場(いくさば)でそれは致命的――そんなこと、百も承知で。それならば、今自分に出来る事をせねばならないか。
「お手伝いします、コルネリアさん」
「ああ、旦那様ね」
その方が幾分か良い。ただ、ただ、伴侶を守る為に動き回る肉塊と斬り結ぶ度にすずなの剣は重くなる。
「見てくれは兎も角。貴方の自身を顧みぬ行動は立派な『旦那様』でした――御免」
だって、彼は、花嫁にとって大切な存在なのだ。そう思えばこそすずなは胸が締め付けられる。
『彼』の在り方が、否定もせず受け入れるその在り方が彼女の求めたものだったのだろうか。
「今までずっと痛い思いをしてきたのは、澄恋だ。
……澄恋や英司に護られてばかりで、俺は一度も傷ついたことがねぇ。
澄恋が白無垢を血で汚しても、英司がスーツに返り血浴びても。
俺の白衣は一度だって汚れたことは無い。回復役だからってのはわかるが、それがどうしたって辛かった。辛かったんだよ」
聖霊の唇は震えた。ああ、本当にどうしようも無い事じゃないか。避けやしない。澄恋をただ見据える聖霊は俯いた。
「本当は嫌だ、今からでも澄恋が元に戻って。また俺の診療所で英司と馬鹿やって。俺が叱る。そんな日常に戻して欲しい。
……澄恋。俺と英司も後からそっちに行くから、そしたらまた花火しような」
「ええ」
澄恋の気配をその身で感じ研ぎ澄ませた刃をすらりと向けた小夜は囁いた。
「どうなろうともう貴女は私の大切な友人よ」
初めて人を斬ったのは父の介錯だったか。それ自体に後悔はない。
小夜はすずなを見た。すずなはゆっくりと、澄恋を見る。
「これが貴女の選んだ未来、いち友人としてその選択を尊重致します。
出来得るならば、祝福と共に送り出してあげたかった。
でも。貴女が選択したのは魔と成り果てる未来、だから――斬らなくてはいけない」
まだ、震えている。向き合わねばならないのに。手が震えれば、命を奪う事さえ躊躇う。躊躇いは、傷を作る。
「……私では、貴女を楽にしてあげられそうにありません。せめて、その角をもう一度だけ、綺麗にさせて下さい」
喜んで。笑った女の大ぶりな動きに小夜が直ぐさまに反応した。
「私はね、『初めて』人を斬ったその時に、上手く刀を扱えずに何度も斬りつける事になったのは今でも悔いよ。
だから安心して頂戴、もう私の刃は、技は決して大切な人を苦しめることはしない。今は上手くなった」
躊躇いも円居も存在しないからこそ、容易に命を斬り取る事が出来るのだ。
小夜の背中にすずなは呆然と問う。
「ねえ、小夜さん。私が澄恋さんの立場だったなら、私を迷いなく斬ってくれるのですか……?」
――彼女は、応えなかった。
ただ、斬るべき相手を見据えるその背中は『貴女なら出来るでしょう』と語っているかのようだったから。
「ねえ――『私』」
ずい、と澄恋が近づいた。
「醜い鏡を見せ続けた事、死で償います。
けれど――わたしが消えればあなたが『澄恋』と同定され……混沌(この世)に囚われてしまったりして、ね?」
ぞうとすみれの肌が粟立った。気味の悪さを拭うように女が「やめろ」と叫ぶ。
「ふふ。冗談です。どうかわたしより幸せになってください」
そんな言葉、呪いでは無いか!
●
「ごめんね澄恋、アンタの相方はお別れみたい、花嫁の時間は此処で終わりよ」
ぼろりと崩れていく旦那様を眺めて居た澄恋はただ、余裕そうに微笑みを浮かべていた。
ぞっとする程に美しい笑みを眺めてから瑞鬼は「のう」とゆったりと唇を震わせる。
「いつも言ったろ……。独りで勝手に突っ走る。だからおぬしは馬鹿娘なのじゃ」
「ええ、馬鹿娘です」
悔いは無い、と思って居たがそうでもなかったのだろうか。思った以上に「この『馬鹿娘』を愛しく思って居た。
この娘がきちんと幸いを感じてくれたならば其れで良かったのに。そうも行かなかった、それだけの話だ。
「……のう、澄恋」
「はい」
血濡れの花嫁はうっとりと微笑んだ。曇り眼が細められ、嬉しそうに笑うのだ。なんて、救いの無い姿か。
「――澄恋、誕生日おめでとう」
誰にも、生を喜ばれなかったとそう認識していた娘にとって『母親代わり』の言葉は毬が地に叩きつけられたかのようにてん、てんと落ちた。
「さて、こんなになるまで放置とは。本当にひどい怪人様。でも……来てくれると信じてました」
無くした右腕を庇うことは無く『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)は現れた。
恨みを買う生き方ばかりしてきた。彼女のために消えた方が良い、離れた方が良い、そう考えてきた男はただ、立っていた。
「よう、腕だけじゃ夜が寂しいと思ってな。
迎えに来たのさ……世界で一番きれいな君を、死人の心の澱を浚っちまった責任として、六道の底まで付き合えよ」
唇が吊り上がる。遅れてくるだなんて、酷い人。
肩で息する魔種を前にして英司はやれやれと戯けて見せた。
誰よりも弱い男だった。自分自身すら見ない振りをして素顔を隠して生きてきた。そんな己を強くしてくれたのは彼女だった。
英司はただ、死にたかった。
女と共に死する道があれば、と願ったのだ。
だが奇跡は起こらぬからこその奇跡で、死というのもまた、何人にとっても遁れられぬ者だがそう易々とは与えられぬ。
噛み付いた左薬指に「痛い」と呟く女の瞳は朦朧と揺れていた。
「君みたいに、うまく跡はつけられないな。痛いか……なんてくだらないジョークだ。
でも、笑ってほしいのさ。ずっと、俺の隣で。
地獄に嫁入り道具は持ち込めないだろうから、代わりに俺の苗字を貰ってはくれないか」
共に在れたならば、それでよかった。
亡くした右腕では彼女を抱き締めることも出来ない。
「世界一悪くて、どうしようもなく凡庸だが これからも君にダーリンと呼ばれたい――結婚してくれ、澄恋」
目を細めた澄恋はただ、男と『共に逝こう』と誘うのだ。何処へだって、貴方ならば来てくれる。
そう信じて止まない。死は『二人を別たない』。その証明のように手を伸ばす。
しかし――そんなことは、成せやしないことだった。その手は届かない、崩れるようにして女の身体が落ちていく。
英司はまだ生きていた。ただ、肩口に空いたからっぽな穴には何も残らなかった。
「澄恋」
手を伸ばした聖霊が奥歯を噛み締めた。
その目だ。その紛い物の目が貫かれた日からずっと約束していた。己の可能性を全部やってもいい。
彼女が憧れた綺麗な花嫁に戻してやりたい。泡沫の夢で良い。ただ、穢れたなんざ一言も言わないで欲しい。
何も届きやしない。立ち竦んでいた澄恋を見て聖霊は理解する。彼女はもう生きちゃいないのだ。生命活動を停止したその肉体はただの伽藍堂になる。
魂の重さなど論じるに値もせず、肉屋にとっては商品にしかなりやしないのだ。それが、ゆっくりと傾ぐ。
――さよなら、ましろの人。俺が憧れた、強く美しい人。
「………澄恋さん」
呼び掛けたムサシは呆然とその場を眺めて居る。
男寡の一人を残して、解けるようにその肉が落ちていく。白き蝶に化したが最後、それは雪のように解けていく。
(ああ――ヒーローなのに)
このお話のハッピーエンドなんて、何処にもなかった。もう取り返しが付かなかった。
ムサシの唇が掠れた音を立てた。さようなら、とたった五文字だけを残して。
『菫』――可憐な笑顔で、咲いた美しい花だった。
溌剌とした彼女は人と人の間を飛び回る蝶々だった。ひらりひらりと飛び交っては決して捕まってやくれないのだ。
(売り物にされていた子どもたち、殺人の誹りを受けた老人……そして、私を。その花のような笑顔で、照らしてくれた。
ああ……そうだ。気づかなかったけど……私達は、友達だった。ともだち、だったんだ)
がくんとヴァイオレットは膝を付いた。脚に力が入らない。土を掻いた爪先には砂が入り込む。
「殺さなければならない。因果応報……因果応報…悪人は殺す死ね不幸になれ報いを受けろ。悪は、死ね!! 死んじゃえぇ!!」
地へと埋もれるように女の身体は横たわった。嗚咽だけが響く。
「……そう、私は死ぬ為に、不幸になるために、生きてきたのに。
どうして、泣く資格があると、おもっているの。どうして、涙が、とまらないの。
ああ、ああああ――――わたしは、また、ともだちを、この手で!」
慟哭だけが響き渡る。
その場からたった一人だけが掻き消えた。
「さて」
ただ、その場に立っていた『悪縁斬り』観音打 至東(p3p008495)は目を伏せた。
――煙草や酒など、嗜める歳であれば良かったのですけどね。
何も、此処に慰めるものは残っちゃ居ない。さあさあと枯れ芒を揺らす音が響いた。
雨垂のように降りたのは、全ての痕跡を消し去るような真白い雪だけだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お誕生日おめでとうございました。
お疲れ様でした。
GMコメント
夏あかねです。連作四回目。
特殊判定で澄恋さんを探しに来てくださってありがとうございます。これが結果です。
●成功条件
『澄恋』の撃破
●フィールド情報
兎円居の屋敷です。荒れ果ててます。伽藍堂です。
誰も管理して居らず廃墟になって居ます。その奥座敷に澄恋さんが座っています。
月が美しい夜です。枯れ芒が庭には伸びており、ざあざあと風が煩い夜のようです。
●『澄恋』
イレギュラーズの澄恋(p3p009412)さんです。『<花蔓の鬼>紫蝶』の結果を受けて反転しています。
無くしていた眼には詩音のものが嵌められています。その他の身体的な損壊はすべて詩音のパーツで補いました。
……あ、側には旦那様がおります。
澄恋さんは父親である曇暗志鸞を継いでいるかのように戦います。人間のパーツも武器の一つです。
澄恋さんの心情面に関しては『澄恋さんがプレイングをかける』他、オープニングに明記されています。
※戦闘に関してはプレイングで澄恋さんが指定することは出来ません。あくまでも心情面でのアプローチとなります。
※当シナリオが出発した時点で澄恋さんのステータスは『反転』へと移行します。
●『旦那様』
澄恋さんの作品です。タダの肉細工ですが、人の形に急拵えで揃えました。
人語なんて理解していません。呻くだけ。本当に普通の化物です。
ただ、魔種となった澄恋さんに従い動く事が可能となりました。彼は澄恋さんを守り抜きます。
全戦で戦う非常に強力なユニットです。
(参考・詩音)
澄恋さんの憧れた先輩です。花嫁となって幸せになれることを教えてくれました。
愛する志鸞に嫁いだら普通に捌かれて死亡しました。詳細はシナリオ/SSの<花蔓の鬼>をご参照下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●サポート参加
当リクエストシナリオはサポート参加が可能です。
ただし、戦闘方面での手助けは出来ません事をご了承下さい。
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