シナリオ詳細
神有坂宗教戦争。或いは、争いは世の常…。
オープニング
●神有坂宗教戦争
豊穣のある山間部に、細く長い坂がある。
坂の左右には小高い丘。鬱蒼と茂った樹々が、昼でもなお辺りに暗い影を落としていた。
名を“神有坂”。
遥か昔に、人々を災いより救った“神”とやらが降りたと言われる伝説の地だ。
神有坂の麓には、2つの小さな村がある。
大昔は“隣村”同士として仲の良かった2つの村は、ある時を境に争い始めた。
人々を災いより救う神を……神の降り立つ地、神有坂を巡った対立である。
「調査の結果、2つの村の対立には1体の妖が関係していることが判明したんだ」
そう言ってエントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)は人差指を天へと向けた。
「妖の名前は“がごぜ”。神有坂の頂上にある社に住み着いた妖だね。2つの村の住人たちを煽って、憎悪や敵意を増幅している悪い奴だよ」
そうして意図的に争いを起して、生じた悪い気を喰らう。
がごぜとは、そのような性質を持つ妖だ。
「ただ、まぁ……がごぜを倒せば、村同士の争いも解決……って、ならないのが困ったところでね。実際、がごぜがやったことと言えば、2つの村の有力者を操って、悪心を増長させたぐらいでさ」
2つの村が争っている理由の一端は確かにがごぜにあるだろう。
だが、あくまで一端に過ぎない。
争いを続けているのは、村に住む人間たちの意思である。
人と人は争うものだ。
2人いれば喧嘩が起こる。
村同士など、2つの集団に別れてしまえば、戦争だって起こり得る。
「がごぜはそこに付け込んだ。ちょっと煽ってやるだけで、後は勝手に争ってくれるんだからさぞかし楽だっただろうね」
呆れたような顔をして、エントマは深い溜め息を吐いた。
エントマが、村同士の争いにがごぜが関与していることを知ったのは偶然だ。だが、偶然にせよ何にせよ、知ってしまった以上は放置することも出来ない。
「最低でもがごぜの討伐は必須かなぁ、って。ローレットからも“そうしてくれ”って言われてるしね。村同士の争いは……さて、どうしたもんか」
●2つの村と1体の妖
「主な敵はがごぜ……ってことになるのかな」
そう言ってエントマは、木の枝を使って地面に鬼の絵を描いた。
がごぜは神有坂の頂にある社に住まう妖だ。
特徴として【無常】、【狂気】、【怒り】などの状態異常を付与する攻撃手段を有することと、逃げ足が異様に速いことが挙げられる。
「次に神有坂の麓にある2つの村。村と村の間は数キロほど離れているけど、争いの中心になっているのは坂の麓にある2つの社だね」
エントマの調査によれば、2つの村の住人は、もう長い間、誰も神有坂を登ることが出来ていないらしい。神有坂を登ろうとする者がいれば、敵対している別の村の妨害が入るためである。
社は、監視のための拠点であるようだ。
「村同士の争いを主導しているのは、2つの宗教組織だね。正確にはがごぜに煽られた教祖たちが争いを煽っているよ」
社には常時、20名ほどの村人が在中しており、神有坂の警護をしている。
睨み合っているだけならまだいい方で、時には武器を持っての争いまで起きているというのだから始末に負えない。
「西の村の宗教は“神降教”。東の村の宗教は“拝神教”って名前だよ。まぁ、がごぜを討伐するために神有坂に近づいたら、彼らも出張って来るだろうね」
村の住人……教徒たちが、がごぜの盾となるわけだ。
本人たちは、妖を守護している自覚などまったく無いのだろうが。
「村の人たちからすれば、私たちは聖地を踏み荒らす余所者って感じに見えるんだろうね。聖地なんて、どこにも無いのにさ」
神有坂の伝説が、嘘か誠かは分からない。
だが、現在に限って言えば、神有坂はがごぜと言う名の妖の巣だ。
そのことを教えたところで、きっと誰も聞く耳なんて持っていないが。
- 神有坂宗教戦争。或いは、争いは世の常…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年12月26日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●2つの村
2つの村が争っていた。
きっかけはごく些細なことだ。
古い時代に神が降りたとされる坂。その所有権を巡った村同士の対立であった。
初めは、そうだったのだ。
だが、いつしか2つの村には、それぞれ“神有坂”に降り立つ神を崇め奉る宗教組織が出来ていた。村同士の諍いは、長い年月を経るうちにいつの間にか宗教戦争にまで発展していた。
宗教戦争。
血で血を洗う、村同士の殺し合い。
神有坂の頂に住まうのが、神などでは無く1体の妖であることを村の住人たちは知らない。当然、村同士の争いを煽ったのが、その妖であることも。
「あの地への信仰がどれだけ真実かは知らないが、結果として既にあの地には妖がいる……守れてないんだよ」
「おぉよ。そいつの言う通りだぜ。坂の上にいるのはすっごく悪質な存在だぞ」
ある寒い日の午後のこと。
神有坂を監視している教徒たちに包囲された『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)と『極夜』ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)は、農具や槍を突き付けられながらも、そんな言葉を口にした。
練は真摯に訴えかけるかのように。
「そんなもん守ってて本当にいいのかー?」
ペッカートは、まるで嘲るような口調で。
対して、2人を取り囲んでいる村人たちの反応と言えば……。
「余所者が坂に近づくな!」
「貴様ら、拝神教の手の者じゃないだろうな!?」
「馬鹿言え、こんな怪しい連中、神降教の仲間に決まってる!」
「構うな。坂に立ち入ろうとしたんだ。命で償わせるほかあるまい!」
と、これこのように。
2人の言葉に貸す耳は無い風である。
「何処の世界もカルト宗教ってのはクソ共の集まりなんだナ」
「話になんねぇ。潰すか」
『惑わす怪猫』玄野 壱和(p3p010806)と『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は、村人たちを殺めるつもりだ。
話が通じないのなら、もはやそうする他に術が無いのである。
「信じる者がすくわれるのは足元だけに決まってんだロ。馬鹿馬鹿しイ」
存在を確認したわけでもない神とやらを守るべく、村人たちはペッカートと錬を殺めるつもりでいるのである。
それが正しい行いであると、信じて疑っていないのだ。
まさしく、盲目的で信心深い“人間様”の見本のようだ。うんざりとした顔で、壱和が唾を吐き捨てた。よほどに村の宗教が気に入らないのだろう。
「気持ちは分かりますが、少しお待ちを。殺してしまっては、いよいよ村を上げての大戦争に発展しかねません。止まりませんよ、1度、箍が外れてしまえば」
さぁ殺そう。すぐ殺そう。
そんな勢いで立ち上がった2人を制止したのは『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)である。
瑠璃の言葉を聞いたことほぎが、ほんの僅かに思案した。
「……あん? ぁー、なる。殉教ね? 殺した奴祭り上げられて報復に絡まれたらウゼェってハナシね?」
「これだから信仰っていうのはタチ悪いんだヨ。はー、クソクソ。全員纏めて滅ベ」
生きていても邪魔になる。
殺ったら殺ったで邪魔になる。
神に阿る人間の、なんとも目障りなことか。
はじめのうちは錬とペッカートの糾弾だった。
だが、今ではすっかりお互いの村に対する罵詈雑言の投げつけ合いと化している。もはや2人のことになど、まったく視界に入っていない。
「信仰は自由だが、不毛な争いは辞めてほしいものだ」
呆れたように『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が溜め息を零した。信仰とは、こうも人の様子をおかしくさせるのだろうか。
否、何も人の愚かさだけが争いの根本的な原因ではないのだ。
「いやらしい妖だね。ボクこういうやつ大嫌い」
『無尽虎爪』ソア(p3p007025)の言うように、対立を煽ったのは坂の頂に住まう“がごぜ”という名の妖である。
「元は仲良しだったのでしょう? それを群の長どうしを操って喧嘩させたらこうなるに決まってる」
がごぜは神有坂の頂に住み着いて、時折、村に降りて来ては村人たちの悪心を煽る。敵対心に火を着ける。そうして村人たちの抱いた陰の気が、がごぜにとってはこの上もないごちそうになるのだそうだ。
「元凶が悪い妖となれば、倒すべきだな。それと……人間は愚かなだけでは無い事も示したい」
つまり、イズマたちの主目的……真に討伐するべき敵は、神有坂に住むがごぜであった。
もっとも、がごぜの元に辿り着くには村人たちの監視を抜けて、坂を登らなければならないわけだが。
「そう言うことなら、俺は村人達の足止めに徹しようかね」
『斬竜刀』不動 狂歌(p3p008820)が大太刀を抜いた。
村人同士の罵倒合戦はいよいよ佳境に差し掛かっていた。両陣営からおよそ20人ずつが出張って来ており、間に錬とペッカートを挟んだまま睨み合っている。
まさに一種即発である。
このような場に、イレギュラーズが姿を見せれば、張り詰めている緊張の糸などあっさりと切れるに決まっていた。
そうなれば、なし崩し的に戦いが始まる。
誰にも止められぬ暴力の応酬が始まる。
もしも、暴力の応酬を止められるものが1つだけあるとするのなら。
「この間ボコってやってるから俺の顔も覚えているだろうし、それで連中の足が竦めば儲けものってね」
それは圧倒的かつ理不尽なまでの暴力をおいて他に無いだろう。
●がごぜを討て
作戦は至ってシンプルである。
ただ、全速力で神有坂を駆け上がり、頂の社に住まう“がごぜ”を見つけて討伐する。
複雑な手順などは何も無いし、それを成すだけの実力も皆が備えていた。
1つだけ懸念があるとするなら、それは村人たちの存在だ。神有坂の麓に社まで建てて、何人たりとも坂へ踏み込ませないように見張っている2つの宗教の存在が邪魔なのだ。
「おっと、来た来た!」
「作戦開始だな。説得できなかったのは残念だが……」
「まぁ……無理だろうよ。すっかり信仰に狂ってらぁ」
もはや何を目的とした信仰なのかも定かではなくなっている。そんな自己の矛盾にさえ、村人……否、教徒たちは気が付いていないのだろう。
ペッカートと錬が、森の方へと視線を向ける。茂みを跳び越え現れたイレギュラーズの6人に、教徒たちも気が付いた。
だが、遅すぎる。
「死にたくないなら道を開けた方がいいぜ。今日はエンターテイメントの為に来てないんだ」
手近にいた1人の教徒に、ペッカートが掌打を当てた。
空気が震える。衝撃が、教徒の身体を弾き飛ばす。
「俺が目を醒まさせてやるからありがたく思ってくれよ」
地面を転がる教徒を見下し、ペッカートはいかにも悪辣な笑みを浮かべた。
「よぉ! しばらくぶりだな! 元気だったか!」
動揺している教徒たちの中央に、躍り出たのは狂歌であった。
大太刀を肩に担いだ戦鬼の姿に、教徒たちは青ざめる。狂歌がこの地を訪れるのは2回目だ。教徒たちの中には、狂歌に殴られた怪我がまだ治っていない者もいる。
「式神を先行させている。がごぜの元まで案内してくれるはずだ」
「助かります。迅速に坂を突破しましょう」
「俺もそっちについてくぜ。悪心を糧にしてんなら、オレなんてゴチソウみてーなモンだろ?」
練の飛ばした式神を追って、瑠璃とことほぎが教徒たちの中央を突破。
慌てて追いかけようとする教徒たちの前に錬が立ちはだかる。踏鞴を踏んで立ち止まった教徒たちを見据え、練は鼻を鳴らして笑う。
「何なら俺達に続いて登って来るか? 神の化けの皮が見れるかもしれないぞ」
信仰に狂っていようと、教徒たちは人間だ。
命の危険を前にすれば、足を止めるのも道理であった。
生きていたい。死にたくない。怪我をしたくない。
それが人の……生ある者の本能的な欲求であるからだ。
教徒たちの妨害を、すんなりと突破出来たのは瑠璃とことほぎ、それからソアの3人だけだ。
「神聖な地に勝手にズケズケと踏み入りやがって!」
「今に天罰が下るぞ!」
運悪く、イズマと壱和はとくに信心深い教徒たちの妨害に逢って足止めを喰らう。
手には農具や竹槍を。
身に纏う揃いの白い着物は、教徒であることの証明か。
「なんの力も無い雑魚の分際で邪魔すんナ」
苛立ちを隠そうともせずに、壱和は頭上へ手を翳す。
瞬間、辺りに“影”が落ちた。
太陽に雲がかかったように見えただろう。だが、それは雲ではない。可視化された壱和の魔力と、膨大な数の鉄の棘である。
「正直オレとしてはこれ以上マヌケなバカ共とおはなしなんてしたかねーんダ。妄想上のカミサマとやらの存在を勝手に信じていればいイ」
壱和が腕を振り下ろす。
瞬間、ざぁと音がした。
降りしきるのは鉄棘の豪雨。教徒たちの皮膚を引き裂き、身に纏う白い衣を朱色に染める。
「あぁ、痛い! 痛い!」
「わぁぁ! 助けてくれ! 誰か! 神様!」
この期に及んで、教徒たちは神へと助けを求めているのだ。今まで1度だって見たことのない神に。存在しない神とやらに。
「大昔に神が降りてそれっきりなら、今、神はどこにいる?」
哀れであると、イズマは思った。
彼らにとって頼れる者は、縋れるものは、もはや想像上の“神”以外に存在しないのである。それ以外に縋る相手を知らないのである。
きっと、子供のころから“困った時には神様が助けてくれる”と教えられてきたからだ。
「神に坂を降りてほしいなら、まず登ってもらう必要があるのではないか?」
だから、イズマの言葉などまったく耳に届いていない。
「こんな争いで坂を塞いだら、神が降りる前に登れないだろうが! 坂道を開けてやれよ!」
教徒たちの目を覚まさせるには、言葉だけじゃ到底足りない。
暴力をもってしても、黙らせることしか出来ない。
元凶たるがごぜを、教徒たちの前に引き摺りだす他に、盲を晴らす術はきっと無いのだろう。
大太刀を振り回したのは、ほんの数回。
「この間あれだけ殴ってやったのに、まだ殴られ足りないようだな」
狂歌は大太刀を投げ捨てて、両手の拳を固く握った。
狂歌と教徒たちとの身体的な強度や戦闘能力、膂力の差を思えば武器などまったく必要が無いのだ。
事実、歯を剥き出しにして獣か悪鬼のような笑みですごんでみるだけで、教徒たちの足並みは崩れた。中には怯えたような顔をして、数歩ほど後ろに退がる者もいる始末。
「じゃあ、もう一回意識が飛んで馬鹿なことしてると思うまで殴ってやるから、殴られたい奴から前に出な」
狂歌の挑発に乗って、勇気ある数人が飛び出した。
なまじ勇気があったせいで、彼らは真っ先に意識を失い地面に転がることになる。
「数人、遅れていますね。大丈夫でしょうか」
「なんか事情があんじゃねぇの? 説得もするらしいしィ? オヤサシイねェ」
瑠璃とことほぎ、そしてソアの3人はもうじき坂を登り終える位置にいた。
坂の下の方からは、教徒たちの怒号が聞こえる。その音から判断するに、どうやら戦闘は順調に激化しているようだ。
怪我人は仕方ないにしても、あまり時間をかけすぎれば最悪の場合、死人も出る可能性がある。
教徒たちは自らの意思で死にに行っているわけで、まぁ、あまり同情の余地も無いのだけれど、それはそれとして不要な犠牲を減らせるのなら、そうすることに是非は無い。
「みぃつけた!」
坂を登り終えるよりも少しだけ速く、ソアが走る速度を上げた。
地面を削り、まるで弾丸のような勢いで跳び出したのだ。地上を走る稲妻のような急加速。音さえも置き去りにしたかと思うほどの全力疾走。
あっという間に、瑠璃とことほぎの視界からソアの姿が消え去った。
それから、ほんの一拍の間。
『あぁ!? な、なんだお前!?』
社の方から、がごぜの慌てる声がした。
がごぜ。
ぼろきれのような僧衣を纏った鬼である。
神を騙り、人心を操り、心に生まれた悪心を喰らう悪鬼である。
ずる賢く、逃げ足が速く、そして酷く性格が悪い。
そんながごぜが、泥に塗れて転がっていた。
「どうしてこんなことするの、楽しかった?」
「は……あ”ぁ“?」
へし折れた鼻を両手で押さえ、がごぜが震えた声をあげる。
邂逅一番、がごぜの顔面をソアが蹴り飛ばしたのである。鼻から零れる赤い血が、乾いた地面を赤に濡らした。
「どうして? んなもん、決ま」
ぽき、と軽い音がする。
がごぜの指を、ソアが掴んで折ったのだ。
「…………っ!!??」
激痛に顔を引きつらせ、がごぜが地面を転がった。そんな無様な悪鬼の様子を、冷たい瞳でソアがじぃと見下ろしている。
がごぜは決して、戦うことが得意な類の妖ではない。
むしろ、正面切っての殴り合いの類は不得手であった。
「付き合ってらんねぇ!」
ソアに話は通じないと悟るや否や、がごぜは即座に逃げに転じた。戦うことは苦手でも、生き残ることは、逃げ出すことは得意であるのだ。
事実、ソアの意識が一瞬、緩んだ隙を見逃さず、一気呵成に地面を蹴って逃げ出した。
タイミングは完璧だった。
社周辺の森は、がごぜの庭のようなものである。
森に飛び込めば逃げ切れるはずだ。
少なくとも、がごぜはそう確信していた。
けれど、しかし……。
「……あ?」
視界が揺れる。
地面が近い。
「あぁ?」
顎に強い衝撃が走る。転倒したのだと気付いた瞬間、がごぜの足首に激痛が走った。
「逃げられる前に仕留めねーと」
背後でそんな声がする。
振り返ったがごぜが見たのは、紫煙を燻らす長身の女の姿であった。がごぜ好みの悪心が、女の全身から滲んでいるようだった。
「まぁ、逃げられねぇだろうけど」
つまらなそうに紫煙を吐き出し、ことほぎは視線を森へと向ける。
森の中から現れたのは、イズマと壱和の2人である。
練の使役する式神に誘われた2人は、がごぜの逃亡ルートを先んじて抑えていたのだ。
「……ま、待ってくれよ。俺ぁ、何も悪いことはしちゃいねぇだろ? 確かに人間どもを利用はしたけどよぉ」
「争ったのは人間だから俺は悪くない、ってか?」
そう言って、イズマは腰から細剣を抜いた。
冷たい瞳だ。だが、冷たさの中に強い怒りの色がある。
「そんなわけあるか。いじめや運転でも同じ、煽る奴が悪いんだよ!」
細剣が濡れたように光って見える。
断罪の剣とは、きっとこのような見た目をしているのだろう。
「……ちぃ」
こうまで追い詰められてしまえば、もはやがごぜに選択肢はない。不得手だからと戦うことを避けてはいられない。
鋭い爪で、イズマの喉を引き裂いて、その隙に逃げる他に生き残る術は残っていない。
痛む脚に力を込めて、がごぜは僅かに腰を浮かせた。
まっすぐにイズマを睨む。
刹那、イズマの姿が、くるりと180度ほど反転した。
「?れあ」
否、反転したのはがごぜの頭だ。
「神殺し……にしては、些か拍子抜けですね」
がごぜの頭が地面に落ちる。
切断された首の付け根から、噴水のように血が噴き出した。
血飛沫の向こうに立つ瑠璃は、つまらなそうな顔をしていた。
●宗教の終わり
「ここまでしたんだから災いを止めに出てこいよ。なにやってんだ坂のカミはよぉ」
無事な者は誰もいない。
怪我をして、地面に転がる者は多い。
ペッカートが鼻を鳴らして憤る。狂歌は、教祖とやらを締めに向かってここにはいない。
「いや、戻って来たぞ。そら、お前たちが望んだ神を俺の仲間が連れて来た」
坂の方を指差して、練は静かにそう告げた。
教徒たちの前に転がされたのは、間抜けな顔で息絶えている醜い鬼の頭であった。
「相手の村より優れていると言われましたか? 自分達の教えが正しいと言われたのですか?」
瑠璃はがごぜの首を爪先で蹴って、教徒たちの前へと転がす。
「それが神様じゃなくてこんな妖の言葉でしたが、どんな気持ちです?」
瑠璃の問いに答える者はいなかった。
ただ、愕然としているばかり。がごぜが神であるなどと、誰も信じられないのだ。
だが、不思議と疑う気にも慣れない。
「お互い、神様の言葉など聞こえていなかったと知る事が出来てよかったですね」
瑠璃が笑う。
嘲笑である。
「っていうか、どうせみんな神様なんてみたことないんでしょう」
ソアが前へと歩を進める。胸を張って、教徒たちを見回している。血に濡れた爪に気付いた教徒たちの顔色が悪くなるが、ソアはそれを気にしない。
「いっそボクを崇めてくれてもいいんだからね」
「そもそも、坂を守るのと神を奉るのは共存できるだろうに、なぜ争うんだ?」
呆れたようなイズマの声に、数人の教徒が俯いた。
本心では、争いごとを“くだらない”と思っていた者もいるのだ。
だが、本心を口にすることは出来なかった。
2つの村では、神有坂に祀られた神を崇め奉ることこそが何よりも重要で、それに従わぬ者は“悪”と罵倒され、殺められても仕方が無いと、そんな空気が出来上がっていたからだ。
結局のところ、人の愚かさが全ての種だ。
がごぜは種に、丁寧に水を撒いたのだ。
「本当に坂の上に神がいるってんならオレが猫神の名において末代まで祟ってやろうカ。
てかてめーらで末代にしてやろうカ。なんなら村ごと滅ぼしてやろうカ」
なんて、壱和の言葉を聞いて。
しかし、村人たちは何も答えない。
縋るものを失った彼らが無事に立ち直れるか否かは、また別の話なのである。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
がごぜは討伐されました。
村人たちは、神の正体を正しく理解したようです。
……が、2つの村の対立や、宗教組織が喪失したわけではありません。
1度、生まれた溝が埋まることは無いし、縋る対象を急に失いたくないからです。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
神有坂の頂に住む妖“がごぜ”の討伐
●エネミー
・がごぜ
神有坂の頂、社に住まう僧服の鬼。
人の悪心を糧とする。
2つの村の有力者を操り、宗教を設立させた張本妖。
逃げ足が速く、性格は卑劣にして姑息。
【無常】、【狂気】、【怒り】を付与する術を持つ。
・神降教教徒×20名
神有坂の所有権を主張する西の村で生まれた宗教。
神有坂の麓に社を立てて、立ち入る者を排除している。
教徒たちは農具や竹槍で武装しているようだ。
教義に「神の降りる時まで坂を守る」と定めている。
社には、がごぜに操られた教祖がおり、村同士の対立を煽っている。
・拝神教教徒×20名
神有坂の所有権を主張する東の村で生まれた宗教。
神有坂の麓に社を立てて、立ち入る者を排除している。
教徒たちは農具や竹槍で武装しているようだ。
教義に「いずれ来る日まで髪を拝し奉る」と定めている。
社には、がごぜに操られた教祖がおり、村同士の対立を煽っている。
●フィールド
豊穣。とある山間部にある長い坂。付近の村では神有坂と呼ばれている。
古くには、坂の頂に神が降り立ち人々を災いから救ったとされているが真偽は不明。
長さにしておよそ数百メートルほど。
近くには西の村と東の村が存在し、神有坂の所有権を巡って長年対立を続けている。
ここ数年は神有坂の麓に両村が社を築き、警戒網を敷いているため、誰も神有坂の頂にまで登れないでいる。
神有坂に近づくことで、教徒たちの妨害が入ることが予想される。
△坂上の社
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| |神有坂
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| |
△ △
神降教社 拝神教社
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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